のない話と思われそうだが、コーンのくり返し読んだのが、 ニューヨークで何人もの女が、コーンに好意を示したので、 『深紅の国』だ。『深紅の国』は、大の大人が読むと、たいへ 帰ってきたコーンは、すっかり変わってしまったのだ。以前 ・ 4 ・ よりすっとアメリカびいきになり、それはど単純でも、人づん不吉な本になる。熱烈にロマンチックな国にやってきた、 イ かんべき 工き合いのいい男でもなくなった。出版社が彼の小説をかなり完璧な英国紳士のすばらしい空想的な愛の冒険を描いた本で、 グめあげ、これが頭にきた。それに、何人かの女が進んで好背景はたいへんよくかけている。三十四にもなった男が、こ 意を示したので、彼にとっていわば周りの世界ががらりと変んな本を人生案内として真に受けるのは、たとえばフランス へ 一八三四 ~ 九九。アメリカの少年読 の修道院育ちの男が、アルジャ わってしまった。四年間というもの、コーンの世界は、まっ み物の作家。奮闘努力による出世が 主 たく細君だけに限られていた。三年間、そう三年間近くは、 ) 全集をかかえてウォール街に乗りこむようなものだ。コ 題 アメリカの実業家。一八九 フランセスだけしか目に入らなかった。いったい、コーンは ーンは、『深紅の国』を、・・ダン ( 三年以来、業界報告をだす ほんとうに恋愛したことなど一度もなかったのだとばくは思の業界報告なみに、一字一句真に受けたようだ。そりや、コ ンだって少しは割弖 ーはしたろ , つが、全体としては、まとも 大学で苦い目を見た反動で結婚し、また細君にとって自分な本と受けとった。コーンがのばせあがるのは、これだけで がすべてではなかったという発見の反動で、フランセスにつじゅうぶんだった。彼ののばせぶりは、ある日ばくのオフィ かまった。い まも恋愛を始めたわけではないが、女にもてるスへ押しかけてきたときに、ばくにもはじめてわかった。 「やあ、ロ バート、元気づけの応援に寄ってくれたんかい」 素質があることに気づき、自分を好きになって、いっしょに きせき 「南米へ行きたかないかね、ジェーク」 住もうという女がいるとい , つのが、何もすばらしい奇蹟じゃ 「いやだね」 ないとわかってきた。このせいで、コーンは変わり、つき合 「 'X ) , っー ) て」 しにくくなってきた。それに、ニューヨークの親類とプリッ 「どうしてもないよ。行きたいと思ったこと、ないんだ。金 ジで身分不相応の高い賭け金ではり合った際、うまく運がっ 、るじゃな、 いて、数百ドルもうけた。これで図に乗ってきて、食うに困もないし。南米の連中なら。ハリにもいつばいし れば、プリッジで暮しが立つなどと何度もいってのけたりし 「やっこさんたちは、本物じゃないよ」 それから、こんなこともあった。コーンは・・ハドソ「本物としか見えんがね、ばくにま いかに・もÅド ばくは、今週の記事を、臨港線の汽車にまに合わせねばな ) を読んでいた。といえば、 米生れのイギリス作家
「きみは、フランセスを知らんから。女の子は、し ヌの防、 ) を何杯か飲み、ばくはもう帰るといった。コーン はばくら二人でどこか週末旅行に出かける話をしていた。バ 物。さっきの顔つき、見ただろう」 リを離れて、たつぶり歩いてみたいというのだ。ストラスプ 「ふうん。じゃ、サンリスにでも行こうや」 ールへ飛び、サン・オリードか、アルザスのどこかまで歩く 「気を悪くしないでくれ」 いいさ。サンリスも、 しいとこだよ。グラン・セール のはどうだろう、とばくはいった。「ストラス。フールには知「いや、 ってる女の子がいて、町も案内してくれるさ」と。 に泊まって、森にハイキングに行って帰ってくれば」 「うん、そいつはいいや」 テー。フルの下で足を蹴られた。ばくはもののはずみだろう 「じゃ、明日またコートで」 と思って、話をつづけた。「その子は、二年間住んでいて、 町のことなら何から何まで知っているぜ。すてきな子なん「さよなら、ジェーク」そういって、コーンは、カフェに帰 もう一度足を蹴られて、みると、コーンの女、フランセス 「新聞を忘れてるそ」ばくはいっこ。 キオスグ 、、こ。「怒ってな が顎をぐっとあげ、硬い顔になっている。 「そう、そう」角の売店までいっしょに歩し 「ち一よっ , ストラスプールなんて、願いさげだ。。フルージ いだろうね、ジェーク」彼は新聞を手にもって、振り向いた ュか、そ , つ、アルデンヌにでも行くか」 「いや、怒るもんか」 コーンは、ほっとした顔になった。ばくはそれ以上は足も 「じゃ、またテニスで」ばくは、新聞をかかえてカフェへも 蹴られず、さよならといって、座を立った。コーンが新聞をどってゆくところを見守っていた。コーンに、ちょっと好意 買うから、角の所までいっしょにと、ついてきた。「やれやを感じた、あの女に痛めつけられているな、と思った。 れ、どうしてストラス。フールの女の子なんか持ちだすんだ。 るフランセスの顔、気がっかなかったかい」 昇 「知るもんか。ストラスプールにおれの知り合いのアメリカ 十 6 バート・コーンは仕上げた小説をもってアメリ の女の子がいる。フランセスには、ぜんぜん関係ない話さ」 その冬、ロ 日 「いや、だめなんだ。。 とんな女の子だろうと。禁足というこ力へ行ったが、かなりいい本屋が出版を引き受けた。彼のア 、つわ」 -4 ・ とになっちまうんだよ」 メリカ行きで、一騒動もちあがったと噂にきいたが、フラン セスがコーンをとりにがしたのは、アメリカのせいだろう。 「馬鹿なことを」 あご 、つさい禁
れた鼻とにがい自意識の持ち主で、やさしくしてくれた最初りしだしたが、とにかくできるうちに少しでも利用しなくて の女の子と結婚するはめになった。この結婚は五年つづき、 はという気になって、ヨーロッパ行きをせがみ、あそこなら、 子供も三人できたが、父親の遺産の五万ドルを使い果たしあなたも書ける、とすすめた。で、二人はもとその女が学校 イ 工 ( 残りは、母親のものになった ) 、金持の細君との不幸な夫婦を出たヨーロッパにやってきて、これで三年になる。最初の グ生活のせいで、おもしろ味のない男の型に固まってしまい 一年は旅行、後の二年はパリで過ごした。コーンには、プラ ミニアチュア ミさて別れようと決心したところで、細君のほうが微細画工のドックスとばくと、友だちが二人できた。。 「フラドックスは文 男といっしょに家を飛びだしてしまった。何カ月も離婚を考学上の友人で、ばくはテニス友だちのほうだ。 えながら、捨てるのは相手に残酷すぎると別れかねていたと コーンをつかまえたご婦人の名はフランセス、二年目の終 よ、つばう ころで、細君の家出は、コーンにはたいへんいい薬になった。 りころには、容貌が衰えかけたことに気がっき、ロバ コースト 離婚が片づくとコーンは、西海岸へやってきた。カリフォ 対する態度もさほど気のない所有、利用というところから、 ルニアで作家連中とっき合うようになり、例の五万ドルも少ぜひとも結婚させるという断固たる決意に変わった。このあ しは残っていて、まもなく芸術雑誌の後援者になった。この いだコーンの母親が財産譲渡の手続きをしてくれ、毎月三百 雑誌は、カリフォルニア州のカーメルで発刊、マサチューセドルほどもらえることになった。この二年半のあいだ、ロバ ツツ州のプロヴィンスタウンで終刊となった。もともと純粋 ート・コーンは、ほかの女には目もくれなかったと田つ。ま な。ハトロンで、表紙顧問の一員として雑誌の目次に名がのるず幸福といってよかったが、ヨーロッパ暮しの連中によくあ だけだったのが、このころには、編集長になっていた。自分るように、コーンもアメリカにいたほうがましと考え、それ ちょうへん の金なのだし、編集長の権威も悪くないことがわかったのだ。 にものを書くということを見つけていた。彼は長篇を一つ 雑誌の入費がかさみ、やめねばならなくなったときは、残念書きあげ、批評家たちのいうほどひどくはなかったが、まず な気がした。 し 4 言たった。本をたくさん読み、プリッジをやり、テニス もっとも、ほかにも苦労の種はあった。コーンは、この雑をやり、郊外のジムで拳闘をやっていた。 ぎゅうじ 誌で名をあげようと思ったご婦人に牛耳られていた。たいへ ばくがそのご婦人のコーンに対する態度にはじめて気づい ん強烈な女で、コーンではどのみち脱れようがなかった。そたのは、ある晩三人でいっしょに食事をした後のことだ。 の女を愛していると思いこんでもいたのだ。さてこの女は 「ラヴィーニュ」で晩飯をすませてから、「カフェ・ド・ベル 雑誌がものになりそうにないとわかると、コーンにもうんざサイユ」へコーヒーを飲みに入った。コーヒーの後、フィー のが