ニキ・ド・サンファル展 NIKI DE SAINT PHALLE

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私はここにいる、そして私は愛する 笠木日南子 Here / am. / am the Lover ニキ・ド・サンファル な異彩を放つ彼女の作品は、その圧倒的な存在感とオリジナリティによって世 存在感で私たちを圧倒する。この、他にどこにもなく、誰にも真似できない強烈 ロポーションもテッサンも関係なく、ナナたちは、のひのびと、力強く、かなりの ズくナナ〉の制作者として知られている。原色を多用したポップな色遣いで、プ ニキ・ド・サンファルという芸術家は、色とりとりの丸々とした立体作品のシリー ニキ・ド・サンファル そして私にとって必要不可欠なものとして。 私は芸術を抱きしめました。救いとして。 界中の人々を魅了し続けている。 126 動向そのものであった。ヌーヴォー・レアリスムは、近代的な消費社会を背景 く、しかも、時に観客が撃っことによって完成される作品は、当時の前衛芸術の 映像からもわかるように、過激でありながら、華麗でエンターテイメント性も高 り、滴り落ちる・・・。その「射撃絵画」の / ヾフォーマンスの様子は現在残っている 本物の銃弾が撃たれ、血が噴き出すように、石膏レリーフから絵具が飛ひ散 なり、瞬く間に美術界の時代の寵児となったのた。 ル・レスタニー率いるフランスの前衛美術運動ヌーヴォー・レアリスムの一員と である。ニキ・ド・サンファルはこの「射撃絵画」によって、美術評論家ピエー イフルで撃ち、彩色することで完成させるというパフォーマンスを伴った作品 石膏のレリーフに絵具が入った缶やヒニール袋を埋め込み、それを本物のラ 年に射撃ノヾフォーマンスとともに公開された「射撃絵画」からである。これは、 ニキ・ド・サンファルが、前衛芸術家として美術界に大きく踏み出したのは、 1961 アクション、ノヾフォーマンス、 1960 年代の気運 いと思う。註 3 ) 20 世紀美術の展開における彼女の重要性とともに、その軌跡を追っていきた そのようなニキ・ド・サンファルの作品について、本展覧会の構成に合わせて、 ともに今後ますます彼女の存在の重要性が認識されていくだろう。本稿では、 ほとんとプームとも言えるような再評価の波が起こっており、それらの研究と 因によるものであった。しかし、近年ヨーロッパを中心に彼女の作品について、 がほば独学によって成り立っていること、註 2 ) また女性であることなど多くの要 ゴライズすることが非常に難しい作家であるということ、彼女の芸術的な基盤 ように、その圧倒的な個性と次々と変化していく奔放さによって、どこかにカテ 部分がある。それは、自らを「特別な事例のアウトサイダー」註 1 ) であると言う れ続けているにもかかわら常に正当な評価が与えられてきたとは言えない 二キ・ド・サンファルに関しては、知られている彼女の立体作品が、人々に愛さ ある。 その活動の多くがその後展開される現代美術の先駆的なものと言えるので 手がけたり、さらには、自分の内面を顕わにした映像作品を制作するなと、 ョンという手法が美術界で定着する以前から巨大なインスタレーション作品を 既存の女性像から開放された新たな女性像を提示していたり、インスタレーシ 作風を変化させる奔放さに驚かされる。しかも、フェミニズムが台頭する前に やテサインの分野での活躍なと、その作品の多様性もさることながら、次々と 射撃絵画、さまさまな女性像や版画作品、建築的な作品、さらには映画や演劇 彩作品に始まり、コラージュやアッサンプラージュ作品、パフォーマンスを伴う 知られる原色遣いのユーモラスな形態をした立体作品たけではなく、初期の油 ニキ・ド・サンファルの初期から晩年までの作品を見ていくと、実際はナナで に、現実にある通俗的で大衆的なものを主題として、時に日常にある物をその まま材料として使い、現実世界のリアリティを新しいかたちで表現することを 求めていた。基本的にはレテイメイドなどマルセル・テュシャンのコンセプトを もとに、絵画や彫刻といった伝統的な表現領域の限界を広け、より過激な方法 で、あるいは皮肉的に表現することを目指していた。レスタニーは 1961 年のロ ンサン袋小路での最初の射撃セッションに参加した時のことを、次のように回 想している。「私は、もちろん、この儀式のセンセーショナルな衝撃と、射撃によ って絵が変化を遂けるという効果に魅了されました。しかし、それよりも行為 によって完成されるということに感銘を受けたのですヌーウォー・レアリスム わらまニキ・ド・サンファルが最初の射撃セッションを行なった 1961 年、フラン った。第ニ次大戦で人類が原爆とアウシュヴィッツを体験したその後にもかか の文脈におけるものたけではなく、政治に対する反感が反映されたものでもあ のたからである。射撃という攻撃的な行為に込められた反抗意識は実は美術 せなら、それはその後も彼女の芸術家としての公的な活動の多くに見られるも 「射撃絵画」に見られる、二キ・ド・サンファルの政治性も注目すべきだろう。な 射撃絵画に見られる政治性 見ることができる。 い価値観を破壊し、新しいものをつくっていくのだというはっきりとした意識を ールドマスター ( 小さな射撃絵画 ) 》 ( cat. no. IO ) では、彼女が美術において古 自身も当時の前衛的な美術の傾向をく意識することになったのたろう。《オ 知り合った作家たちとの交流やヌーヴォー・レアリスムへの参加を通して、彼女 女の芸術と人生において運命の相手となるティンゲリーと出会い、彼を通して ソン・ポロックを意識した抽象表現主義風の画風を試みている。註 6 ) しかし、彼 品についての考察がなされているが、それによると、ニキは 1950 年代にジャク 本カタログ巻頭のクレンベル氏の論文でニキ・ド・サンファルの最初期の作 わね」。註 5 ) うべき敵と見なして、自分たちの価値観を彼らにも分からせたいと思っていた についてたくさん話してくれた。あなたとイヴ・クラインは抽象表現主義者を闘 した。私たちは芸術に関しての果てしない議論を続けて、あなたはダタイスト ち寄って、一緒にスクラップ置き場に行って、そこであなたが気に入る部品を探 「ジャン、あの頃私はしよっちゅうあなたに会っていました。あなたのところに立 ティンケリーの死後、彼に宛てた架空の手紙で次のように思い起こしている。 ニキ・ド・サンファルは、当時のヌーヴォー・レアリスムの雰囲気を、ジャン・ ロニーのようにも見えたのである。 ひ散るノヾフォーマンスは、まるでポロックのドリッピンクの手法に対するアイ 連に、ニキの射撃絵画はびったり合っていた。射撃によって絵具のしぶきが飛 ってくる。古いものを壊し、新しい時代の芸術を創るといった、その当時の気 を結ひつけようと、ヌーヴォー・レアリスムやポップ・アートといった運動が起こ りが欠けたものとして批判され、その後、反動として、リアルな日常生活と芸術 る。しかし、抽象表現主義はその作品のもつ抽象性のために、現実とのつなが ョンやハプ二ングといったパフォーマンス的な作品にも直接的につながってい その後展開されていく、作品を制作する活動と創作物との境目を壊すアクシ インティンクと呼はれるきっかけになったポロックの有名な制作風景とともに おもしろいことに、アメリカで起こった抽象表現主義は、実は、アクション・ペ からです」。註 4 ) 特有の、その場限りで完結するという過激な考え方と非常に近いものを感じた

マイノリテイへのシンパシーや、工イズ啓発の絵本やアニメ制作といった活動 こに表われているのは、当時の政治的あるいは社会的 にもつながっていく。 状況をも含む彼女自身の現実そのものである。彼女は世の中に怒り、それに 対して何もできない自分自身に怒って撃った。この作品においては、原爆の黒 い雨を思い起こさせるように、画面に黒い絵具が飛ひ散っている。そして、怒 りを出し切った彼女はこの後、射撃をやめるのである。 ニキ・ド・サンファルという存在と「射撃絵画」はあらゆる点から非常にセンセ ーショナルたった。当時は女性の芸術家という存在は現在ほとポピュラーでは なく、ヌーウ、オー・レアリスムに参加した女性は彼女たたひとりであったし、古く は十字軍の時代にまで遡れるというフランスの責族の家系の出身、しかも、か っては『ライフ』なとの一流雑誌の表紙を飾るほとのトップモテルであった美 豸皃の持ち主が、細い体で、大きなライフルを持ち、本物の銃弾をぶっ放すまた、 フェミ二ズムが台頭する前であり、伝統的な受け身で控えめな女性像とはかけ 離れた様子で、男性の戦争の道具であるライフルを手に撃つ姿を人々が見た 時のショックは想像に難くない。註 11 ) 花嫁の無垢な処女性を感しさせる真っ白 な石膏を撃ち、色とりどりに変豸皃させるパフォーマンスは、男性たちが女性に望 む役割に対する反発のようにも見えた。実際に《家長の死》 ( fig. 2 ) では、家長 をシンホリックに殺すことで、男性中心社会に対する反発を示している。この パフォーマンスを伴う「射撃絵画」は、のちに、性の革命とフェミニズムの台頭 とともに活発になった、女性アーティストによるアクションを伴うフェミニズムア ートの先駆的表現でもあった。怒りや心理的藤を直接表現するという特徴 を多くもっていた彼女たちの活動は、ニキ・ド・サンファルの活動をまさに追いか けるものであった。 さらに、ニキ・ド・サンファ丿レは「射撃絵画」で、西洋社会のモラルにおける大 きなタブーを冒している。本展出品作品《カテドラル》 ( cat. no. 11 ) は教会を模 したアッサンプラージュ作品であり、《キンク・コンク》の一部分にも教会が描か れているが、少女時代に聖職者になろうと思っていた彼女は自身の教育の根 幹に深く関わるキリスト教の教会も撃っている ( fig. 3 ) 。「子ともの頃、私はニュ ーヨークの聖心修道院の学校に通っていました。当時私は聖職者になろうと 決めました。しかし、 15 歳の時、最初の疑問を抱きました。 : とうして神を愛す スは未たアルジェリアと戦争をしていたし、アメリカもウェトナムでの新たな戦 争の危機に向かっていた。射撃の行為は、公的な場で、ノヾフォーマンスとして 発表されることにより、その行為が象徴する戦争なとの暴力性をさらけ出すこ とにもなったのである。「射撃絵画」が国際的に過剰なほどメティアやプレスに 取り上けられた理由のひとつは、彼女が芸術において暴力をテーマにしたた けでなく、公にそれを実施したということにもあった。註 7 ) 最初の「射撃絵画」では、絵画をシンホリックに表わした、絵具を埋め込んた 石膏レリーフを撃っていたが、次第に、レリーフに具体的な形態が表わされ、さ らにはファウンド・オプジェクトによるアッサンプラージュに絵具を埋め込み、そ れを撃つようになる。アッサンプラージュの形態の具体性によって、射撃とい う暴力の向けられている矛先が、より明らかにされるのである。 1963 年にアメリカで行なわれた射撃ノヾフォーマンスで、二キ・ド・サンファル は《キング・コング》 ( fig. 1 ) という作品を制作している。これは幅 6 メートルもあ 物 : ニ fig. 1 《キング・コンク》 1963 年、ストックホルム近代美術館 King Kong, 1963 , 276X611 X48.2cm , Moderna Museet, Stockh01m る巨大なもので、彼女の作品に繰り返し現われる多くのモティーフで構成され ている。出産する女性、遊んでいる子ともたち、愛を表わすハート、そして結婚 式の様子が画面の左側に描かれ、まるで彼女が歩んできた人生を示している ようである。しかし、花嫁の相手はメキシコの祭「死者の日」を思い起こさせる 骸骨の姿で表わされている。画面中央には仮面のような政治家たちの顔 ( フ ルシチョフ , ジョン・ F. ケネティ、ド・ゴール、カストロ ) が配置され、その下にアメ リカの国旗がおかれている。画面の上の部分には教会、太陽と死の顔、その下 にモンスターとしてのキング・コング右側には摩天楼があり、飛行機や爆弾が 「 B 〇〇 M 」という吹き出しとともに、爆発している様子が描かれている。摩天楼 の下には巨大な蜘蛛がいる。この作品について、ニキは次のように述べる。 「左側には私自身の生い立ちのひとこまを見ることができま魂 : 出産する女性、 子供時代、青春時代、愛、結婚。花嫁は死と結婚し、そうやって彼女は自らを破 滅に導く決心を示しているのです。右側には戦争の光景が描かれていま魂 ニューヨークが一匹の巨大なモンスターに攻撃されていますこれは、国家の 次元で受け取られるような問題が、未解決の個人的問題として表われている のです《キンク・コンク》は、死の蜘蛛が地球の生存者を貪り食ってしまうとい う醜悪な結末の現代のメルヘンなのです」。註 8 ) この作品が制作されたのは 1963 年 5 月のことたったが、この年の 11 月にケネ ティが暗殺されるのを予告するかのように、ニキ・ド・サンファルは彼に向かっ てライフルを向けている。註 9 ) ニキは生涯にわたって、政治的な関心を強くもっ ていた。彼女のヒューマニスティックで、平和やすべての人間の平等を熱望す る思想は、 1999 年に発行された自伝で、父親ゆすりのものであったと回想して いるが、註 1 。 ) それはのちに、作品で示される黒人をはしめとする社会における fig. 2 《家長の死》 1962 年、シュプレンゲル美術館 ( ニキ・ド・サンファル氏寄贈 ) l-amortdupatriarche, 1962 , 251 X160X40cm, SprengeI Museum Hannover, Schenkung NIki de Saint Phalle 127

に使用されるもので構成されている。男たちは殺しの道具を発明し、戦争を引 き起こした。一方、ニキの女性世界のイメージは、メランコリックで心的痛みに 満ちたものになっている。 《馬に乗った花嫁》 ( fig. 4 ) は、等身大の大きさで、真っ白な花嫁衣装をまとっ た女性がまるでメルヘンに出てくるお姫様のように馬に乗っている。しかし、 彼女の足は宙ぶらりんで、決して自分の足で力強く歩こうという様子ではない。 彼女が乗っている馬は、さるなどの台所用品、さまさまな食べ物、人間、戦争、 死等々、さまさまなものを象徴するありとあらゆるモティーフで埋め尽くされて いる。彼女が間もなく経験するであろう、実際の現実世界のすべてが表わされ ているのだ。《花嫁》 ( fig. 5 ) では、女性の肩に子どもの人形を配置して、プーケ を持った若い花嫁には子ともを産むという重荷が課せられていることを表わ す二キは言う。「花嫁は美しい。女神のように力強く。そして素晴らしいドレス を着ていますでもちゃんと見てください。彼女は驚いて、悲しんでいます小さ な赤ん坊が彼女の花嫁衣装の上を這い回っています彼女はこの役目から逃 れられないのでしようか ? 」。註 14 ) また、《はら色の出産》 ( fig. 6 ) では、まさに子どもを産み落としている場面の 女性が描写され、片方の胸は母乳を思わせるように無数の牛が置かれ、体の 部分は動物や花、子どもに人気のおもちゃの飛行機や車、電車などから構成さ れている。生まれつつある赤ん坊はまるで、男性性器のように女性の肉体につ けられている。女性は出産することで、男性的な強さも兼ね備えた両性具有者 fig. 3 ミラノで開催されたヌーウォー・レアリスム IO 周年記念祭のために再ひ試みた 射撃 / ヾフォーマンス、 1970 年 る人々が宗教の名のもとに戦争をおかすのでしよう ? とうして修道女は黒い 服を着ているのでしよう ? もしかすると神様は色が嫌いなのでしようか ? セックスに反対するのはとうして ? 生命を否定しているの ? 本当に神のメ ッセージなのでしようか ? 私は一度も神に向かって撃ちませんでした。私は 教会に向かって撃ったのです」。註 12 ) ニキ・ド・サンファルの育った西洋社会はキリスト教が根幹にあり、社会に対 して攻撃を向けた彼女の怒りが教会に向けられるのは自然なことでもあった が、彼女は人問が宗教の名のもとで戦争を起しうるということがどうしても理解 できなかった。そして制度化された教会に攻撃を向け、人間が信仰をもちなが らも時に神の名の下に不平等や道徳に反することを行なうことに対しても批判 を向ける。自身でも強調しているように、その怒りは神に向けられたものでは ない。のちに彼女は「特別な宗教なしに神を愛する」註 13 ) と言っているが、すべ ての宗教のための理想の神殿 ( p. 35 、参考図版 ) もつくっている。ニキ・ド・サン ファルはすべての人間を愛する神を愛し、自らもすべての人問の自由と平等を 求め、愛する。このヒューマニスティックな思想は、生涯にわたって彼女の作 品に一貫して表われる。 ニキ・ド・サンファルの女性像 キリスト教の道徳で、男性中心社会の考え方で、そして自分のカたけでは解決 できない国家の政治によって、彼女を縛りつけ苦しめる社会と、その社会に縛 られている自分自身に、怒りを向けすべてを破壊した後、ニキ・ド・サンファル は、そこで明らかになった自身の心の問題と取り組んでいかなけれはならなか った。それは《キンク・コング》の左側に描かれた、自身の女性としての半生、 つまり、自分自身とは誰かという問題であった。そして、それを探すために、社 会における女性とは誰なのかということを模索し、アッサンプラージュの手法 でさまさまな女性像を生み出していく。花嫁、出産する母親、娼婦、そして魔女。 これらは社会における女性の役割を象徴するものでもある。ニキ・ド・サンファ ルのアッサンプラージュの特徴は、おもちゃなとのファウンド・オプジェクトを シンホリックなモティーフとして使用し、彼女の価値世界を明確に表わしてい ることである。特に男性と女性の世界に対する確固たる彼女のイメージは明 らかた。たとえは《家長の死》に表現された人物には、彼女がもつ男性に対す るイメージが反映されており、この人物は、銃や戦車、トラック、飛行機なと戦争 fig. 4 《馬に乗った花嫁》 1963-97 年、シュプ レンケル美術館 ( ニキ・ド・サンファ ル氏寄贈 ) La mariée 目 cheval, 1963-97 , 235X300X 120cm, SprengeI Museum Hannover, Schenkung N lki de Saint Phalle fig. 5 《花嫁》 1965-92 年、シュプ レンゲル美術館 ( ニキ・ド・ サンファル氏寄贈 ) Bride, 1965-92 , 190X 194X75Cm , Sprengel Museum Hannover, Schenkung NIki de Saint Phalle 128