坂の上の雲 3

キーフレーズ

ロシア 日本 真之 東郷 権兵衛 旅順 マカロフ 伊藤 広瀬 英国 艦隊 海軍 日露戦争 ロシア軍 アレクセーエフ 明治 好古 ウィッテ ロシア側 司令長官 日本軍 騎兵 極東 日本側 駆逐艦 日本海軍 朝鮮 山本権兵衛 作戦 児玉 満州 日清戦争 連合艦隊 クロバトキン ワリャーグ ドイツ 自分 伊藤博文 日英同盟 戦争 ヨーロッパ 陸軍 子規 日本陸軍 旅順要塞 参謀 日高 秋山真之 開戦 虚子 ロシア海軍 ステッセル 巡洋艦 秋山 海軍大臣 仁川 薩摩 おもっ 戦術 海軍省 兵力 司馬 日露 西郷 ロンドン 戦艦 日本人 軍艦 東京 南山 ロシア陸軍 外交 遼太郎 人物 シベリア 鴨緑江 佐世保 参謀長 千代田 少佐 大佐 計画 三笠 広瀬武夫 外務省 国家 二等巡洋艦 東郷平八郎 黒木 知っ 艦長 渋沢 島村 金州

目次ページ

168 をつくることが決議された。 この開戦への決意にさきだち、日本陸軍にとって重大な事態がおこった。 いよぞう 参謀本部次長田村怡与造が病死してしまったことである。田村は「今信玄」といわれ、 対露戦の研究の権威であった。 日清戦争のときの作戦は、戦術の神さまといわれた川上操六が立案遂行した。川上は 戦後、あとにロシアがくるとして対露戦研究に没頭したが、過労で急逝した。 その川上の対露戦研究を、田村怡与造がひきついで研究をかさねた。 田村は士官学校の第一期生で、甲州 ( 山梨県 ) の出身である。甲州ということの連想 から今信玄というあだなができたのであろう。 対露戦というのは、その作戦を研究すること自体、心理的重圧感からぬけでることが できない。勝ち目を見出すことがきわめてすくないからであり、その辛労が川上の命を , つはし こんどは田村の命をうばった。やがてそれを継いだ児玉源太郎の命をもうばう のだが、ただしその死は戦後である。 田村怡与造がこの年の十月一日、日赤病院で死ぬと、その後任が問題になった。 ついでながら参謀総長は大山巌であった。大山はいわば最高責任者で、実務のいっさ いは次長がやる慣例になっている。ちなみに次長であった田村は、少将であった。 「あとを、わしがやります」

と、児玉が、陸軍の元老の山県有朋と大山巌の前で無造作にいったが、児玉はこれよ り前から、田村に万一のことがあった場合自分が出ざるをえないと覚悟していたらしい 能力からいえば児玉は田村よりも数倍上であろう。日清戦争における川上操六にくら べても、独創性においてまさっていることはたしかであった。 ま、児玉は次長をやるにはえらくなりすぎてしまっている。三年前に陸軍大臣までや った古参の中将で、来年は大将に昇進するはずだし、現在、内務大臣、台湾総督であっ た。たかだか少将がやる次長職につくというのは、異例の職階降下である。 。 : 児玉は生来そういうことには頓着のない人柄で、見わたしたところ、対露戦の作 戦をたてうるのは全陸軍で自分以外にないとみるとさっさとそう決意した。 山県も、大山もよろこんだ。 ついでながら山県有朋は、 大山さんさえよければ、わしは参謀総長の労をとってもいい。 と、言いだしたのだが、児玉はそいつは私のほうがごめんです、と笑いとばしてひっ こめさせてしまった。 〈山県は総大将に不向きの男で、なにごとにも我説や自分一流の好みがあり、それを下 戦に押しつけるところがある。長州人の児玉にとって山県は長州軍閥の大親玉であったが、 開その下では自由な活動ができないとおもっていた。 っさ そこへゆくと薩摩人の大山巌はうまれながらの総大将といったところがあり、

170 いを部下にまかせてしまう。児玉は、大山を頭にいただけば思う存分のしごとができる とおもっていた。 むろん、そのとおりになった。 天才にはときに学校教育というのは不必要であるかもしれない。 児玉源太郎は戦国時代の武将や、もしくはナポレオンによって一兵卒から抜擢された 将軍たちのように、士官学校を出ていなかった。 かれは十七歳の少年兵として戊辰戦争に参加し、奥州から函館へ転戦した。そのあと たまっくり 大阪の玉造に仮設された「兵学寮」に三カ月ばかりいたというのが、かれの唯一の学 歴である。 そのあと、六等下士官というものに任ぜられ、ついで権曹長 ( 軍曹 ) にすすんだ。明 治三年、十九歳のときである。かれは少年軍曹からたたきあげた男であり、おなじく長 まれすけ 州出身の乃木希典が戊辰戦争がおわるとほどなくいきなり少佐に任命されたことをおも うと、児玉の出発点はかならすしも幸福ではない。 が、明治十年の西南ノ役のころには乃木と同格の少佐になっており、すでに才幹をみ とめられて熊本鎮台付の参謀になっていた。齢二十六歳である。 その後日本陸軍の成長段階のなかで児玉の半生は密着している。かれの軍事学は、独 学であった。