坂の上の雲 5

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168 すすめてゆくという以前からのやりかたに主力をそそぎ、坑道が堡塁下に入れば、強力 な爆薬をつかって爆破するという方法をとっていた。この日の前々日の十八日、この方 くっしん ひがしけいかんざん 法によって、かって幾万の日本兵を死傷させた東鶏冠山堡塁の堡塁下まで掘進し、こ れを爆破してしまった。 「あと十日以内に、二竜山も松樹山も爆破できます」 と、陸軍将校はいった。この将校は、かって児玉源太郎の出むかえに行った軍司令部 参謀副長大庭一一郎中佐である。 東郷が、乃木を訪ねようとしている目的には、まず二〇三高地をおとしてくれた礼と、 次いで乃木が二児を戦死させたことについて弔意をのべるということがあるであろう。 この目的の第二の点については、東郷という、戦時艦隊の将帥としての次元と、この ような世間的儀礼の次元とがちがいすぎるようであったが、しかしこの時代の人間の感 覚としては、むしろこれが尋常であった。東郷も乃木も、江戸期の武士である自分を十 分以上に保っていた。武士のもっとも重要な課題のひとつは、情義というものであった。 東郷の乃木訪問の目的のひとつがそれであったことは、のち東郷が佐世保に帰り、大 本営への報告のために東上したとき、大本営での報告がすんだあと、かれはどこにも寄 らず、まっすぐに新坂の乃木邸へゆき、乃木夫人静子を見舞ったことでもわかる。 目的の三番目は、

「自分の旅順口外での任務はおわった。これで本国へ帰ります」 というあいさつを、東郷は、旅順における戦友であった乃木に対してしておきたかっ たにちがいない 以上のことは、東郷自身は明かしていない。真之にもだまっていた。ただ真之や飯田 久恒などがそのように臆測したにすぎないのだが、ほばあたっているであろう。 真之は、よく、 自分は新時代のうまれだから。 っこ 0 と、 新時代というのは、真之が明治元年うまれであるという意味であった。だから自分た ちは頭があたらしいという意味ではなさそうで、むしろ卑下するときに使った。武士と いうものがなくなる時代にうまれたため、武士的な素養をあまり身につけていない、と いう意味のことをいう場合につかった。真之だけでなく、かれの世代の連中は、旧式な 人間を軽侮する一方、同時に典型的武士像というものへのあこがれをたいていがもって いた。真之が、広瀬武夫を生涯の友人であるとしたのは、広瀬が自分と同世代の人間な 濤がら武士的教養をもち、懸命に武士であろうとしたところに魅かれたといえるであろう。 はんちゅう 真之は、東郷をそのような範疇の人間としてみていたし、乃木をさらにいっそうそ 海のような目でとらえていた。 かれは二〇三高地の攻防戦の最中、乃木軍司令部の客として常駐している海軍参謀に

対し、しばしば陸戦の戦略戦術について意見をのべる手紙を書いているが、そのなかで 乃木に対するその意味での尊敬の気持を、例の彫るような文章で幾度か書いている。 いずれにせよ、この多分に劇的なことに心の昻揚しやすい元来の文学青年は、東郷が 乃木に会いにゆくというこんどの柳樹房ゆきについては、かれの脳裏にきわめて劇的な 想像の構成がすでに準備されていた。 会見後、真之は大本営の同僚にやった手紙のなかに、 この両将会見の状況だけは、筆紙の尽すところにあらず。 という文章を書いている。二〇三高地の陥落が、東郷艦隊を旅順の束縛から解放させ たというその巨大な劇的背景が、この会見をいっそう劇的にさせていることを、立場上、 真之以上に痛感した者はすくないであろう。 柳樹房には駅の設備がなく、草原に列車がとまるだけのことであることについては、 すでにのべた。 汽車がとまるとすぐ機関助手がとびおりて、乗降ロの下に石炭箱を置く、というかた ちにする。 汽車は、近づいている。 乃木希典は、東郷が海上からやってくるというので、幕僚をひきいてこのレールわき まで迎えにきていた。