私とUNIVAC 日本における電子計算機の歴史

キーフレーズ

UNIVAC 昭和 システム NUK 赤須 開発 日本 リアルタイムシステム 全日空 技術 米国 IBM プロジェクト サービス 当時 担当 プログラム バック NRU () 1004 リアルタイム USAS 部門 コンピュータ 本部長 1050 HCS 東京 電子計算機 本部 pcs 装置 課長代理 営業 機能 問題 データ 機械 VAC 大阪 処理 テスト ソフトウェア ュニバック GCS 補給処 カード 営業所 参考資料 使用 接続 時代 開発センター オンライン 三井物産 制御装置 NCR NTT Computer PNR 業務 開始 OUK RPM 必要 プロダクト 三菱電機 UNI 横須賀 通雄 ユーザー 磁気ディスク scs 導入 会社 端末 商品 1100 PCS 通信 秋元 持っ サポート キーパンチ 航空会社 UFC SCS ヘッドクラッシュ ディスク 対応 技術者 予約 採用 実現 責任者 行っ

目次

目次 まえがき 第 1 部創成吉澤会計機株式会社 (YKK) 時代 第 1 章学習 1. 1 吉澤会計機株式会社 ( YKK ) 入社 1. 2 厚生省常駐ー「 Self Study 」の開始 1. 3 統計局常駐 1. 4 大蔵省常駐 1. 5 東京証券取引所ー w / U の組直し 1. 6 野村證券常駐 第 2 章仙台派遣 2. 1 仙台へ 2. 2 仙台にて 第 3 章大阪支店勤務 3. 1 大阪へ 3. 2 神戸駐在員 3. 3 大阪支店技術課 3. 4 海外出張 3. 5 大阪支店技術課の整備・管理 3. 6 結婚 第 2 部成長日本レミントン・ユニバック株式会社 (NRU) 時代 第 1 章 N R U 1. 1 N R U 発足 1. 2 コンピューティング化へ向けて —Univac File Computer(UFC) 導入 っ 0 LD C-D 「 / 1 / 8 9 LO 「 / フー - LD C..D -1 1- 1 一 1- ワ」ワ」 32

目次 第 2 章体制造り 39 2. 1 技術部門の方向付け 40 2. 2 技術教育課 2.3 保守対象ポイント制度一保守対象機械のデータベース作成 41 42 2. 4 保守契約の実施 43 2. 5 要員の採用 43 2. 6 技術第 6 課と新機種受け入れ体制 44 2. 7 本部 / 営業所体制 第 3 章 UN ー VAC 1 0 0 4 3. 1 時代背景 3. 2 P C S について 3. 3 UNIVAC 1004 カードプロセッサーの発表 3. 4 UNIVAC 1004 のインストラクターズコース 3. 5 受入れ体制作り 3. 6 UNIVAC 1004 サポートの為沖縄出張 ( S38 / 12 / 7 ー S38 / 12 / 17 ) 3. 7 RPM(Request for Product Modifica い 0 ⅱ ) 制度のスタート 3. 8 OUK ( 沖ユニバック株式会社 ) 発足 3. 9 昭和 39 年度一 40 年度体制 第 4 章 NRU を襲った激震ー 90 欄フェイズアウト 4. 1 営業所体制から本部体制への移行とその背景 4. 2 開発部門創設のきっかけとなった 90 欄フェイズアウト問題 70 4. 3 UNI VAC 9200 インストラクターズコース 4.4 プルーベル開発センターでの 90 欄関連作業 73 4. 5 UNIVAC 9200 プロトタイプによる東京 SHOW の準備 75 4. 6 UNIVAC 9200 受け入れ準備 第 5 章開発部門の立ち上げ 77 5. 1 開発室発足 5. 2 9000 シリーズをサポートするための製品開発 77 5.3 NRU 標準商品以外の 9000 シリーズをサポートする RPM 製品開発 78 5. 4 リアルタイム時代の幕開け 「 / 8 0 0 4 5 6 「 / 8 4- 4 ・ LD ロ 0 LO L.O LO 5 ロ 0

第 3 部拡張日本ユニバック株式会社 ( NUK ) 時代 第 1 章組織改編 1. 1 開発部門、開発室から開発部に昇格 1. 2 ユニバック総合研究所発足 第 2 章プライアント社製のディスク問題 2. 1 時代背景 2. 2 問題点 2. 3 プライアントに関する開発部の関与 2. 4 プライアント・ディスクの検収実施 2. 5 米国での作業 第 3 章三菱電機との提携 3. 1 発端 3. 2 幻のスクープ 3. 3 金曜会での事 3.4 NUK の組織対応 3. 5 三菱電機との製品開発 第 4 章新しい時代に向けて 4. 1 赤坂時代の始まり 4. 2 テクニカルマーケティング部に改名 4. 3 ADAGE Graphic Display 4. 4 システム開発本部発足 第 5 章 UN ー VAC 1 1 1 0 5. 1 UNI VAC 1 1 1 0 5. 2 UNIVAC 1110 の位置付け 5. 3 UNIVAC 1110 の問題点 5. 4 ソフトウェア関連 5. 5 ハードウェア関連 第 6 章システム統括本部発足 6. 1 システム統括本部発足 89 90 -1 っ・」っ」 00 9 9 9 尸 0 c.D 8 8 1 02 1 03 105 106 107 1 09

6. 2 システム職群の発生経緯 6. 3 SSA の役割 6.4 赤須の困惑 第 7 章システム本部発足 7. 1 システム本部の発足 7. 2 システム本部の意義 7. 3 経営悪化 第 8 章商品開発 8. 3 バンガード (Vanguard) 並びにマッ /X—(MAPPER) 8. 2 GCS 通信制御システム 8. 1 UNIVAC 1100 コンバチプルメモリーユニット 8. 4 DCP インテリジェント通信処理システム 8. 9 0S3 コンバチプルコンピュータ 8. 8 TlP(Transaction lnterface 8. 7 OEM MTU( 富士通 ) 8. 6 OEM HSP( 日立 ) 8. 5 OEM 8470 ディスク ( 日立 ) Program ) 採用までの経緯 第 9 章全日空プロジェクト 9. 1 はしめに 9. 9 全日空プロジェクトの再編成 8 福永社長の関与 9. 7 SCCS ( ソースコードコントロールシステム ) 9. 6 PNR 座席予約システム 9. 5 全日空プロジェクト発足からカットオーバーの延期に至る経緯 4 全日空プロジェクト成約の経緯 9. 3 航空機座席予約システムに関して 9. 2 U Ⅲ VAC のワード系 OS に関する考察 9. 9. 9. 10 ポストカットオーバーフェーズ 10. 1 若手プロバーの役員登場 第 10 章マーケティング本部時代 目次 1 1 4 1 1 9 1 20 1 23 1 24 125 129 130 135 135 138 1 40 176 172 170 169 1 60 1 58 1 52 1 45 1 45

10. 2 生き残りを賭けた戦い 第 1 1 章工ンジニアリングセンター 11. 1 昭和 56 年 ( 1981 年 ) の組織変更 第 4 部拡散日本ユニバック情報システム株式会社仙 S ) 時代 田中稔 1 私の UNIVAC 物語 第 5 部 U N ー VAC あれこれ 2. 3 破局から離別へ 2. 2 海外出張報告 2. 1 環境の変化 第 2 章世界の情勢 1. 3 Ⅲ S の立ち上げ 1. 2 Ⅲ S の設立 1. 1 Ⅲ S 設立の経緯 第 1 章Ⅲ S の設立 鈴木晶之 7 日米の技術水準の隔たり 守田洋一 6 U Ⅲ VAC の ON ー凵 NE の実績とその特徴 大戸真日呂 5 私のユニバック四方山話・・・あれこれ 小林敬 4 私の UNIVAC 物語 岡野太郎 3 317 タグリーダー 水野孝三 2 私の昭和 30 年 ( 1955 ) 入社から 15 年間の技術サービス 1 85 283 276 272 256 254 223 219 210 193 193 192 192

8 UNIVAC 1050 リアルタイム物語 井出進、斉藤剛伸、水野孝三 9 私の U Ⅲ VAC 物語ー SCS の改造まで 加藤重信 1 0 メモリーズオプ UNI VAC 418 濱窪侔 著者紹介 あとがき 参考資料 第 5 部著者略歴 大石完ー 12 コンピュータ周辺機器技術に携わって 赤須通雄 11 UNIVAC のリアルタイムシステムを支えた GCS の開発物語 目次 285 305 309 317 350 360 362

奥付

ータ業界では「日本ュニバック」に 34 年間勤務し、 コン・ヒュ 電気通信業界では「共同 VAN( 後に CSK ネットワークシステムズ に社名変更 ) 」に 14 年間勤務し、その後もテレコムサービス協会 に関係しているので、電気通信業界に約 20 年関係していること になる。 コンピ = ータの黎明期と、通信の自由化による競争社会一、の黎明 期の両方の経験を持っていることは、時代と言う、デジタル化の 進展に伴い、コンピ = ータと通信の本格的な融合が行なわれている 今日では、貴重な経歴の持ち主である。 私と U N ー VAC 日本における電子計算機の歴史 2006 年 12 月 16 日 編著お会いしたいですね会代表赤須通雄 発行お会いしたいですね会 午可なく複製転載を禁じます 一三ロ