日ホ黝代文學集 瓧区四 紅葉と古典からの影響 : ・久松潜一 京の ・ : 大岡昇平 紅葉一面 : 紅葉傳の一トコマについて 報 3 談町 泉 : 柳田 京羽 ・ : 横尾三千代 額の中の父 : ・ 月講東音 水蔭による紅葉の三面・ : 伊藤 題字・谷崎潤一郎 える。西鶴から寫實という點で影響を受けたのは二十三年の「おぼ ろ月」あたりからであり、伽羅枕に至って著しいのである。年譜に よると「おぼろ月」が讀賣新聞に連載されたのはその年の三、四月 であるが、その年の七月から伽羅枕が讀賣新聞に連載されている。 久松潜一 「おぼろ月」は相當な家の父が亡くなってその母と娘との二人の生 紅葉が明治文學の大きな存在であることはいうまでもない。たゞ活の窮迫のために娘は妾になるのであるが、はじめて男性を知った 紅葉も先蹤文學からの種々の影響をうけていることは知られているその娘は眞實の愛を抱くようになり、そのために病になって死んで ことである。その中で紅葉の寫實が西鶴の影響をうけている點を主しまうのである。女性の純情が描かれているが、はじめの妾の周旋 として述べて見たい。露件や紅葉が西鶴を知ることになったのは、屋の描寫などには西鶴の寫實的な文體の影響が見られる。たゞ同じ 淡島寒月を媒介としてであるが、そんな關係で紅葉は比較的早くか年に出た巴波川にしても紅葉は女性の純粹な愛情に目覺めてゆく點 ら西鶴の作品を讀むに至ったのである。露件や紅葉の讀んだ好色一を扱っているのは西鶴の好色物における性欲を描いているのと相違 代男が、澁井淸氏のところに藏せられているとの事であるが、それがある。これは伽羅枕においても同樣である。伽羅枕は一人の女性 の愛欲の生涯を描いた點で主題や構想の上でも西鶴の好色一代女な は寒月からのであったであろう。 小説禪髓で寫實 ( 當時は模寫と言った ) を主張した逍遙は人情本どの影響が大きいことは言われている通りであり、文體も西鶴の影 から入ったので、西鶴は當時まだ讀んでいなかった。その點、紅葉響は著しい。しかし伽羅枕における佐大夫という女性の愛欲も西鶴 らは寒月の關係で早く西鶴に接したのである。紅葉の作でいうと明の作におけるような性欲的な描寫はなく、むしろ後の人倩本に見え 治二十二年に發表した一一人比丘尼色懺悔にはすでに西鶴の影響はあるような意地や意氣の方が主になっているようである。西鶴が性欲 ると見られる。寒月を知り西鶴の作品に接したのは一一十一年であっとならんで描いている金という問題は紅葉も常に關心を抱いてお おぼろ月にしてもその點は扱われているし、後の金色夜叉では たからである。たゞ色懺悔における西鶴の影響はその省略の多い文り、 體が主であって西鶴の寫實性については學んでいない。色懺悔は題金という問題が主題にさえなっている。これは西鶴の影響のためば 名その他から假名草子の二人比丘尼などから影響をうけていると言かりではなく、人間生活の體驗からも金を意識的にとりあげている 1 紅葉と古典からの影響
尾崎紅葉集目次 卷頭寫眞 筆蹟 一一人比丘尼色懺悔・ 心の闇 靑葡萄・ 多情多恨・ 金色夜又 煙霞療養 :
病臥三月 ( 「病骨録」より ) : 作品解説・ 尾崎紅葉人門 年譜 : 參考文獻・ : 中村光夫四一一一一 : 田淸人四一一七 ・ : 四
日本現代文學全集 尾崎紅葉集 5 整郎夫謙吉 集 編藤井村野本 伊龜中平山 昭和 38 年 3 月 10 日印刷 昭和 38 年 3 月 19 日發行 定價 500 圓 ◎ KöDANSHA 1963 め 0 0 お ざき 著者 尾 崎 紅 葉 野 間 發行者 省 北 島 織 衛 印刷者 株式會瓧講談社 發行所 東京都文京區音羽町 3 ~ 19 電話東京 ( 941 ) 3111 ( 大代表 ) 振替東京 3 9 3 0 刷 大日本印刷株式會瓧 寫 眞 製 株式會社興陽社 版 印 刷 製 本 大製株式會瓧 株式社岡山紙器所 製 函 株式會社第一紙藝瓧 背 革 小林榮商事株式會社 表紙クロス 日本クロス工業株式會社 ロ繪川紙 日本加工製紙株式會瓧 本文用紙 本州製紙株式會瓧 函貼用紙 安倍川工業株式會社 見返し用紙 ・菱製紙株式會社 扉用紙 神崎製紙株式會社 落丁本・亂丁本はお取りかえいたします