78 ポックス 2 ー 1 プロフェッショナルであることについて ケリーが「私は、プロフェッショナルだ し」と言うとき、彼女は何のことを言って いるのだろうか ? プロフェッショナルで あるか否かで、どんな違いがあるというの だろうか ? この「プロフェッショナル」という単語自 体には、興味深い歴史がある。西洋中世に おいて、知識の多くは、修道院で生活する 修道士たちによって活用されていた。彼ら は自らの信仰を「プロフェス ( 告白 ) 」し たので、「プロフェスする人々」ないし 「告白する人々」とよはれるようになった。 今日のプロフェッサー ( 教授 ) は、その伝 統に直接つながっている。最終的には、教 育や研究を必要とするような専門的知識を 有する人は、誰でも「フロフェッショナル」 とよはれるようになった。 もちろん、「プロフェッショナル」とい う語には他にもよく使われている意味があ る。すなわち、サービスに対して報酬を受 け取る人のことである。たとえは、スポー ツにアマチュアとプロフェッショナルがあ るのは、こうした区別のしかたによる。し かし、これはケリーが言わんとしているこ とではない。彼女は、プロフェッショナル は公衆のニーズに奉仕しなけれはならない、 という特別の責務のことを言っているので ある。 プロフェッション ( 専門職業 ) 24 である ものと、そうでないものの基準はたくさん あるが、次に述べるものは広く受け入れら れている。フロフェッショナルとは次のよ な権威を与えるということである。たとえ い特徴は、月ヨがプロフェッショナルに特別 おそらくプロフェッションの最も興味深 ないのだ。 ( 教授 ) は教え方について訓練を受けてい ことである。ほとんどのプロフェッサー 教育は、こうした基準を満たさないという 少数のものである。少し驚きなのは、大学 護、会計学、製薬学、そして他のおそらく 致するのは、医学、法学、神学、工学、看 わけではない。これらの基準に明らかに合 発を要する分野で広範な訓練を受けている センスを与えられるが、重大な知的能力開 を提供しており、ある地域では州からライ たとえは、理髪師は社会に有益なサービス かにプロフェッションではない職業がある。 このリストを指針として用いると、明ら ・倫理規程をもつ組織に属している を得ている ・公共善への参加と引き替えに少 I\I から権限 入を管理する組織をもつ ・自己規制を行い、また、その分野への加 ている ・州から資格ないしライセンスが与えられ ・重要なサービスを公衆に提供する もつ ・著しい知的能力開発を必要とする技術を いは少なくとも一方をもつ ・幅広い高次の訓練と教育の両方を、ある うな人である。 あるプロフェッションの中で仕事をしている人のこと。 わし、「プロフェッショナル」 (professional) は、医師、弁護士、エンジニアといった個々の人、すなわち、 24 ( 訳注 ) 「プロフェッション」 (profession) は、医学、法学、エンジニアリングといった専門職業集団をあら
24 ンジニアには公衆に対するモラル上の責任 があるという認識が生まれ、「エンジニア は公衆の健康、安全、福利を最優先する」 という有名な条項が追加された。 工ンジニアリングにおける代表的な倫理 規程には、勧告と要件というモラル性を示 すニつの言明がある。「勧告」 (admoni- tions) とは、エンジニアをモラル上高い 領域へと導き、常にモラル上の高潔さをもっ て行動し、プロフェッショナルとして生活 設計するように促す言明である。勧告は、 善いエンジニアであるために何をすべきか を特定する言明である。倫理規程における この勧告を遵守しないからといって、エン ジニアはトラブルに巻き込まれるわけでは ないが、勧告を遵守することでよりよい工 ンジニアになることができるというもので ある。たとえば、アメリカ土木工ンジニア 協会 (ASCE) の倫理規程のガイドライン 7a は次のようにいう。 7a. 工ンジニアは、プロフェッショナ ルの実務に携わり、継続的な教育コー スに参加することによって、また、技 術文献を読み、フロフェッショナルの 会合およびセミナーに出席することに よって、自分の専門分野における最先 端を維持すべきである。 たとえ工ンジニアが学ぶことをやめてし まっても、悪いことは ( おそらく ) 何も起 こらないだろう。しかし、善いエンジニア とは、時代の最先端であり続ける人である。 これが「モラルの」言明である理由は、工 ンジニアリングは公衆に関わるものであり、 技術的発展に追いつかなければ、公衆を害 しうる無能な設計につながるからである。 また、倫理規程には多くの「要件」 ( 「 e- qui 「 ements) がある。それは、エンジニ アがエンジニアリングの共同体の一員であ り続けるためになさ「なけれはならない」 (must) ことである。要件に従わないこと は、エンジニアと公衆の両方に危害をまね き「うる」 (can) ということであり、 れが勧告と要件との違いである。要件を無 視することは、プロフェッショナル・エン ジニアリングにおいてモラルに反する行為 を行うことになるだろう。 たとえは、ガイドライン 1 b は、次のよ うにいう。 ] b. 工ンジニアは、エンジニアによっ て審査し作成された文書、すなわち、 受容されているエンジニアリング規格 に従って、公衆の健康および福利にとっ て安全であると判定される設計文書の みを承認ないし押印するものとする。 もし、構造工ンジニアが、鉄鋼の設計基 準にまったく合わないトラスの設計を承認 することによってクライアントのこ機嫌を とるならは、そのエンジニアはモラルに反 して行動しているのである。もし、そのト ラスが壊れたら、人々が怪我をしたり死ぬ かもしれないのだ。そうなると、そのエン ジニアには罪があるのであり、深刻な結果 となるだろう。 「でも、その倫理規程がある理由のひとつは、 をする手助けをするためだよ」 ュ、ンジ ニアが適切な判断
20 特殊化されているとか、タテ社会組織に特 徴的な権威の委任があるからといって、工 ンジニアが道徳的責任を免れたり、道徳的 勇気を出さなくてもよいということにはな らない」。 言い換えると、状況によっては、エンジ ニアは内部告発を行う義務がある ( ホック ス 5 ー 6 と 5 ー 7 を参照 ) 。ケリーが、「私は プロフェッショナルだし」と言うとき、彼 女は、エンジニアリングにおける倫理上の 問題のことを言っているのである。もし彼 女が道徳的判断を実行に移すなら、おそら く仕事を失うだろう。彼女は、自分がやっ ている仕事は正しくないと思っているが、 自分の家族に対する責務はもちろんのこと、 自分の仕事上の責任にも拘束されていると 感じているのである。 しかし、あなたは、多くのエンジニアたちが、ケリーのように、エンジ ニアたちが従来もっていた特権、すなわち、主体性をもったプロフェッショ ナルという特権をもっていないことも理解しているだろう。アメリカの工 ンジニアたちが、自分たちの影響力をプロフェッショナルのひとつの組織 に集結させるほどの賢明さを持ち合わせておらず、それぞれの専門領域で 別々の組織を作ってしまっていることは残念なことである。 ポックス 2 ー 3 プロフェッショナル・エンジニアリングという組織 26 ( 訳注 ) 数字的なものに対する嫌悪があったために建築家というプロフェッショナルが出現することにつ / ない 26 。工ンジニアを社会にとって真に有 な社会的地位にしかならなかったかもしれ 事のような他の手工業のレベルと同じよう 嫌悪がなけれは、建築家は、石工や大工仕 であるが、もし建築家に数字的なものへの 昔の建造者は、古いタイプのエンジニア 物を批判する。 えるエンジニアによって設計された醜い建 形状が重要であり、彼らは、機能だけを考 はない。建築家にとっては、機能と同様に とについて、技術的詳細に深入りすること るいはいかにして建てられるのかというこ 彼らは、なせ建物が持ちこたえるのか、あ トであるという点でエンジニアとは異なる。 とよんでおり、彼らは何よりもアーティス ロフェッショナルを「建築家」 (architect) りを感じた。今日、私たちは、これらのプ あるべきかを目に見える形にすることに誇 すことよりは、むしろ、事物がどのように ショナルが現れた。彼らは、何かを生み出 これらの製作者の中から特別なプロフェッ 人々であった。 何かを生み出すことができたために特別な を開発した。歴史を通じて、エンジニアは、 ないしカタバルトのような戦争に使う武器 ものを作った。他のエンジニアは、投石機 ニアは、壁や城など、町を守る手段となる ことに起源がある。歴史上、初期のエンジ ( 専門職技術業 ) は、人が使うものを作る プロフェッショナル・エンジニアリング
索引 249 ハラスメント 90 60 , 83 , 84 , 99 , 1 12 , 1 13 , 138 , フリードマン , ハリケーン ・ H. 78 モンロ 148 , 221 , 226 , 227 , 236 , 239 , ハワード大学 94 240 プリュファー べンサム , ジェレミ ノ、ン・コック , ノ、一一ビ クルト 124 161 プルーイット・ハイツ PE 82 , 100 , 1 13 , 138 , 231 , 71 , 35 ポイジョリー 236 84 PE 試験 217 , 218 プルックリン橋 21 , 45 , 69 , ビジネス倫理 90 ボウイ , ノーマン 146 70 , 123 ビースティ・ボーイズ プルネル , マーク・イザムバー 法曹倫理 56 , 57 , 240 162 ビーチ・ボーイズ 161 防弾チョッキ 166 ド プルーム , タフト 法的権利 33 , 192 ヒッチコック , アルフレッド 94 プルントラント委員会 ボク , シセラ 116 , 146 , 195 , 124 27 プレジネフ , レオニード B-2 爆撃機 166 230 ヒッポクラテス 52 , 53 ホッブズ , トマス 8 123 プロフェッショナリズム ヒトラー , アドルフ 162 , ホメイニ , アヤトラ 194 ポリ塩化ビフェニル (PCB) 212 159 , 231 , 237 プロフェッショナ / レ・エンジ ヒュー・スタビンス・アンド・ 71 , 72 ニアリングという組織 アソシェイツ ホロコースト 76 ヒューマンエラ 70 20 ヒューム , ディヴィット プロフェッショナルの尊重 ま行 ディヴィッド 35 マカノレー 235 費用便益分析 プロフェッショナル ( の定義 32 , 92 , 93 70 ビョートル大帝 と起源 ) 18 マッキュエン , リチャード 69 プロフェッショナル ( の登録 ) ビノレマ 192 114 ヒ。ント マナー 214 83 , 167 , 198 , 199 , プロフェッショナル倫理 ファイアストーン 214 229 ー 231 , 236 フォード社 214 32 , 47 , 112 , 217 マノ、ティーノレ , モノ、マド フセイン , サダム フ。ロフェッシ・ヨン 166 , 194 18 , 21 ー 194 仏教 12 23 , 35 , 37 , 43 , 52 , 57 , 60 , 65 , マレーシア 194 仏陀 192 マン , ケニス 94 , 113-115 , 139 , 141 , 229- 56 , 57 見知らぬ人に対する責務 231 , 236 普遍化可能性 33 12 普遍主義者 南アフリカ 148 166 プライバシー 151 , 152 ミュスケンス , ジェームズ プラウン・アンド・ウィリア 93 ムソン 98 ミ / レ , ジ・ - ョン - ・スチュアート プラトン 30 6 , 30 フランス 191 プリチャード , マイケル 230 プリテン , / くンジ - ヤミン・ 162 フリードマン , ミルトン 200 , 201 56 32 , ロジャー 73 123 154 2 1 7 123 フローマン , サミュエノレ 161 文化 146 , 148 , 149 , 153 ー 155 , 192 , 198 , 199 , 230 文化相対主義 154 文化多元主義 154 兵器 165 ー 167 ペイン , トマス 191 ベトロスキー ヘンリ 58 / くフ。シ , コ ーフ 173 弁護士 31 , 40 , 50 , 51 , 55 ー 58 , ムーア , ジョージ・ E. 無知のべーノレ 34 名誉 199 , 230 , 231 , 235 , 236 メーソン , ジェラルド 73 , 74 メディア 52 , 97 , 98 , 237 30
第 15 章客観的で誠実なやり方 237 この建物を設計したエンジニアたちに スタジオのマイク、お返しします」 にすべての責任があると思われます。 は、ずさんな建築設計の前歴があり、今回の事故も、そのエンジニアたち 「崩落の原因はまだ不明ですが、 ポックス 1 5 ー 2 工ンジニアとメディア ジャーナリストは、プロフェッショナリ ズムとセンセーショナリズムの狭間のきり きりのところで仕事をしている。ほとんど のジャーナリストはプロフェッショナルで あり、自分たちを公衆と世界 ( 政府、科学、 娯楽、そして社会一般を含む ) をつなぐも のとみなしている。彼らは熱心かっ雄弁に、 ジャーナリスティックな事業を、崇高な使 命てあるとして弁護する。また彼らは、印 刷物や発言において注意深くかっ公正であ り、アメリカ合衆国憲法修正第一項の権利 を守ることにおける自分たちの役割の重要 性を認識している。ジャーナリストは、ビ ジネス、地方自治体と中央政府、スポーツ、 教会、国際組織などにおける、不正、非効 率、腐敗、そして災難を何度も世間にさら してきた。 しかし、ジャーナリズムもまたプロフェッ ショナルらしからぬ側面をもつ。高い評価 を得ている報道機関でさえも、締め切りと お金の圧力がジャーナリスティックな活動 に影響を与えるときには、プロフェッショ ナリズムよりも私利私欲を優先させるとい うミスをすることがある。あらゆる報道機 関 ( 自由社会における ) は、もし誰も新聞 を買わず、誰もテレビを見ないならは、そ のどちらもなくなるだろうということを認 識しているのである。 そうした圧力は、小規模な地方紙、ラジ オ局やテレビ局においてさえ常に懸案事項 である。工ンジニアが出会う記者のほとん どは、地方の新聞社で仕事をしており、工 ンジニアが最も公衆の目に触れ、また、工 ンジニアリングが最も人々の日々の生活に 影響を与えるのは、地方レベルでのことで ある。不幸にも、エンジニアはしはしば、 記者の役割がプロフェッショナル・エンジ ニアの役割とは大きく異なることを理解し ていないし、プロフェッショナル・エンジ ニアリングの仲間に接するように記者に接 してしまう。編集者が要求する記事を書く、 あるいは、より多くの新聞や宣伝広告で売 れる話題を記事にするために記者にかかる プレッシャーについて、多くのエンジニア は知らないのである。 地方メティア ( 新聞やテレビ、ラジオ ) の記者たちは生活のために働いており、彼 らは二ュースに値する題材を手に入れるこ とで給料をもらっている。ほとんどの記者 は、バランスのとれた立場からニュースを 伝えようとしているが、その一方で、ヘッ ドラインまたはセンセーショナルなサウン ド・八イト 2 幻になるかもしれないという理 由て、当該者 ( しはしば工ンジニア ) に連 絡をとろうとする者もいるだろう。たまに 工ンジニアが自分自身の目的 ( たとえば、 公聴会に備える、というような ) のために 記者を使うことがあり、また、記者がエン ジ二アにとって有利にはならないようなこ とをエンジニアにしゃべらせることもある。 2 幻 ( 訳注 ) ラジオやテレビのニュースなどに挿人された効果的な音や映像のこと。
50 母校のド・トクヴィル大学 43 のエンジニアリング設計の上級クラスで行う ド・トクヴィ ことになっているプレゼンテーションのことを思い出した。 ル大学は、名門の私立大学で、アイビーリーグの大学ではないが、アメリ 力では有名な私立大学である。入学するのはとても難しい。 大学で話をするのはずいぶん先のことだが、すでにいくっかのアイディ アがあった。あなたのトピックは、「エンジニアリングの最善性」 (Engi- neering Excellence) についてで、どんなエンジニアリング上の問題に対 しても常に最善の解決策がある、という話になる予定だった。あなたは、 ェンジニアリングの最善性とは、問題を理解できるようにクライアントか ら十分な情報を提供してもらい、鍵となる要素を考え出し、最も効率的で 効果的なエンジニアリング上の解決策を見つけ出すことで構成されている と判断していた。要するに、エンジニアリングの最善性とは、すばらしい 意思決定のことである。工ンジニアリングを満足のいくものとするのは、 あなたが、メンバー全員が最善の解決策を求めることに同意しているプロ フェッション ( 専門的職業集団 ) の一員である、ということなのである。 もちろん、ケリーは、このことを、エンジニアリングの問題としてでは なく、倫理的な問題として認識していたのである。あなたは、倫理的な問 題が、いかにエンジニアリング上の問題と異なっているかに思いをめぐら した。倫理には多くの異なる視点があり、倫理的な問題への最善の解決策 について、すべての人の見解が一致するわけではなさそうである。倫理学 者が、エンジニアのように効率的になれないのは残念である。 ポックス 4 ー 1 なぜ倫理学者はエンジニアのように効率的になれないのか ? 工ンジニアは、子どものおもちや用のプ ラスチックの種類を選ぶといった実際上の (on-the-job) 小さな決定から、新しいコ ンピュータのアーキテクチャ 44 や、主要幹 線道路の交差点のレイアウトのような、よ り大きなプロジェクトでの決定に至るまで、 いつも技術的な (technical) 決定を行っ ている。ほとんどの場合、彼らは正しい決 断を下す。工ンジニアは技術的に正しい決 43 ( 訳注 ) 架空の大学。 44 ( 訳注 ) コンビュータの構造や設計法工法を含めた全体。 「建築」 (architecture) だった。 定をする能力をもっており、これは歯科医、 医師、建築家などの他のプロフェッショナ ルと同様である。弁護士、会計士、情報技 術のプロフェッショナルもまた、正しい決 定をしなければならない。ただし、彼らが 行う技法は、物質的なものに関してという よりは、法的、財政的、電子的なものにつ いてである。 これらすべてのプロフェッショナルは、 コンピュ ータは昔は大型だったので、その設置は
232 理規程をもっと役に立つものにできるだろうか ? 14 ー 4 シャーマンに同意するか ? 彼は、すべての人に最善のアドバイスをし ていると心から思っているにもかかわらず、どうして、開発業者や規制委員 会や環境団体といった複数のグループへのアドバイスを続けてはならないの か ? 14 ー 5 プロフェッショナル登録委員会は、シャーマンに、公益と私利の相反で はないかと苦情を申したてる手紙を送った。手紙には状況が詳しく述べられ、 どうして公益と私利の相反にあたるのかが示されていた。ジョージア州のプ ロフェッショナル登録員会のメンバーとして、シャーマン・ロビンスに送る 問題の要点をまとめた手紙を書いてみよう。 14 ー 6 本書中の何箇所かで気づかれたと思うが、エンジニアのアーンと倫理学 者のアラステェアの倫理の本質に対する見解は異なっている。簡単にいうと、 アーンは普遍的な倫理 (universal ethics) を信じているのに対し、アラステェ アは文化的多元主義者 (cultural pluralist) である。ボックス 14 - 4 は、 ういった双方の見解が妥協してできたものである。ボックス 14 ー 4 へのあなた の感想を述べなさい。どうすれば、文化的な違いを適切に許容しながら、多 くの人が普遍的な基準だと考えているものを擁護できるのだろうか ? 参考文献 ・ Bok, S. 1978. んⅲ g. ・ MoraI C ん 0 e 乃〃 c の Private ん / / &. New York: Pantheon Books. ( シセラ・ボク ( 著 ) . 古田暁 ( 訳 ) . 1982. 『嘘の人間学』 TBS プリタニカ . ) ・ Pritchard, M. S. 1991. 0 〃 Being es 〃 0 厄 Lawrence: University Press Of Kansas.
第 2 章工ンジニアリング・プロフェッション 25 「そうかもしれないけど、私は弁護士であって、エンジニアではないの。 ASCE 倫理規程って、今の私には合わないわ」 ポックス 2 ー 6 工ンジニアであることをやめることは可能か ? たぶん、エンジニアはみんな、スコット・ アダムスの人気連載漫画「ティルノヾート』 になじみがあるだろう。この漫画は世界中 で ] 400 以上の新聞で掲載されている ( も し新聞で読めないなら、インターネットで アクセスできる。 http://www.dilbert.com/ 。 『ティル八一トの法則』 ( アダムスの ] 996 年の本のタイトル ) は、「最も無能な社員 は、最も実害をおよぼしにくい管理職とい うポストへ異動させられる仕組みになって いる」というものである ( p. ] 4 ) 。 アダムスが説明するように、不幸にも 「あなたはこれはうまい戦略だと思うかも しれないが、それで問題が解決するわけで はない」。ティル八一トは、作者自身とは 違って四、フロフェッショナルらしく行動 しようと試みても、最近流行している管理 理論と、傲慢で愚かでとんがった髪型のホ スの存在のせいで、いつも挫折させられて しまうエンジ二アである。 管理者自身は、時として次のように考え ている。工ンジニアは、組織上と経営上の 現実について理解せす、大梁に金メッキを 施したり、少なくとも四つの冗長な ( 「 e- dundant) システムを使ってものを作るよ うな欲求を常にもっていて、それがエンジ 二アの原動力なのだと。 そもそもエンジニアであることをやめる ことはできる。しかし、フロフェッショナ ルというステータスに関係なく、あなたは 倫理規程の対象となるのではないだろうか ? たとえは、あるエンジニアが仕事を完全に 辞めて、退職してメイン州へ行くとしよう。 彼女は、その土地のエンジニアが、その地 域で最高の渓流釣りができる川を汚染する 廃水システムを設計していることに気づく。 それは設計通りに機能しないことを、彼女 は知っている。倫理規程によると、エンジ ニアは、知識をもつ人間として、悪しき状 況が生しるのを防ぐ責任がある。しかし、 彼女はもはやフロフェッショナル・エンジ ニアとして登録されていない。彼女には、 何かをする責任があるのだろうか ? 他の例をあげよう。現役を退いた外科医 が飛行機に乗っていて、誰かが心臓発作を 起こしたとしよう。彼には、患者を助ける 責任があるのか ? あるいは、助けること は称賛に値するが、それは義務以上のこと なのだろうか ? ( ホックス 1 ー 5 を参 ) 管理者へ「出世」するエンジニアは、も はやエンジニアとして仕事をしていないか もしれないし、プロフェッショナル・エン ジ二アリングのライセンスをもっていない かもしれない。私たち ( 著者二人 ) の見解 は、彼女は、まだ工ンジニアであるという ものである。それはタトゥーのようなもの であって、消えることはない。 確かに行為をやめる 29 ( 訳注 ) 作者のスコット・アダムスはもとはエンジニアである。 ことができるのか ? ポックス 6 ー 2 を参照。
第 14 章利害の相反を避ける刀 7 「どうぞ」 「シャームには、たくさんの肩書きがあってね。生物の学士号をもって いることは知っているでしよう ? でも、学部を出たあと、数年間プラブ ラしていたの。ペンキ塗りの仕事や、看板を描く仕事や、特別注文車の塗 装の仕事なんかをしながらね。その後、彼はちゃんとした資格をとろうと 思って、環境工学の修士号をとったの。 2 年前には、 PE 資格検査に合格 したのよ。工学分野の学士号をもっていなかったから、 10 年かかったけど。 このことは、本人もちょっと苦々しく思っているようだわ」 ポックス 14 ー 2 プロフェッショナルの登録 1 500 年代から 1 600 年代にかけてのギ ルドの時代には、人は長い修行期間を経て フロフェッショナルとなった。親方がすべ ての教育を行い、弟子が職人として独り立 ちする準備ができたかどうかを最終的に決 定した。ギルドは、大工や石工、さらには 師に至るまで、ほとんどすべての職業を カ八一していた。 現代のエンジ二アリングは、技術系学校 ( 八リのエコール・ポリテクニークが最初 である ) の設立からはしまった。工ンジニ アになるための最低条件には、工学部を卒 業することが含まれ、これはその後、プロ フェッショナルの登録のための必要条件と なった。 卒業の直前に、学生は通常、 FE (Funda- mentals of Enginee 「 ing) 試験を受けな けれはならない。これは ] 日がかりの筆記 試験であり、プロフェッショナル倫理はも ちろんのこと、熱力学、化学、固体力学、 電気回路、コンピュータといった、エンジ 二アリング・サイエンス全般から出題され る。 この試験を八スすると、工学部卒業生は 実習生になって、仕事を覚えるために現役 のエンジニアのそはて仕事をする。一般に 少 FI は「責任あるエンジニアリング上の仕事」 で 4 年間の実習を行うことを実習生に要求 している。言い換えると、エンジニアは、 工ンジニアリング上のスキルと基本原理を 用いて、自分が実際にエンジニアリング上 の特定の領域で仕事を進められる、という ことを示さなければならないのである。 実習が終わると、そのエンジニアは PE (P 「 ofessional Enginee 「 ing) 試験を受け ることが許される。これもまた 1 日がかり の試験てあるが、その内容は FE 試験とまっ たく異なる。 FE 試験は、そのほとんどが 短い計算を含む多肢選択式の問題だが、 PE 試験には、エンジニアリング上の解決 策が必要な、現実的な設計問題が含まれる。 時として、その問題は技術倫理をも含む。 筆記試験に続き、面接が行われ、そのプロ フェッションの一般的な倫理的責務と法的 責務についての討議が行われる。それとは 対照的に、カナダの州で行われる PE 試験 は、ほとんどが倫理に関する問題であり、 受験者には、技術的にエンジニアリングを 行う能力があることが前提となっている。 PE 試験を通過すると、エンジニアは、 試験が行われた州から資格を得る。ほとん どの州には他の州との相互協定があるため、
226 らの判断やサービスの質に影響をおよぼす 可能性があるということに彼らが同意する かはわからないが、その可能性のある取引 が彼らによってなされてしまった。私たち は、第 8 条 (b) の倫理規程も引用したが、 工ンジニア A と B は、条項が意図してい る公共のサービスに携わっているわけでは ないため、原理のみの適用になる。しかし、 相反する利害に奉仕するような立場をエン ジニアが避けることの重要性は、第 8 条の 哲学の他の部分とも矛盾はないため、この 条項 ( 第 8 条 (b) ) を引用したのは適切 である。 仕事に関する論議が起きた場合に備えて、 工ンジニア B がコンクリート下請け業者 のための鑑定人としての仕事も行うことは、 明らかに倫理規則に合わないため、さらな る議論に値しない。工ンジニア B が、ク ライアントの利害を代表するという第一の 倫理的義務を遂行する一方で、下請け業者 の側についていると思われるようなことを してはならないことは、彼にとって明らか あなたはもう少し考えてみた。 だったはすである。「クライアント」を、 単に A/E の会社の主任プロフェッショナ ルとして解釈するのであれ、最終的なクラ イアント、すなわち、政府機関として解釈 するのであれ。 これらの状況と考察にもとづき、私たち は、エンジニア A と B が、同一のプロジェ クトの同時期に、オーナーと鉄鋼納入業者 とコンクリート下請け業者の利益に奉仕す ることによって、自分自身の独立した立場 とプロフェッショナルとしての判断を鈍ら せる、ないし鈍らせる可能性があると判断 する。 結論 工ンジニア A と B が上記の取り決めに 参加したことは、倫理的に許容できない。 また、 A / E の会社の責任ある立場にいた 工ンジニアが、これらの取り決めを認めた ことも、倫理的に許容できない。 「たぶん、シャームは委員会が連絡してくるのを待ってもいいんじゃな いかな。もし、委員会側が本当に倫理的な意見をもらっているのなら、た ぶん、その意見と委員会の考えを彼に伝えてくると思うよ。委員会側は物 事を急がないだろうし、シャームに自分を弁護する機会をたくさんくれる と思うね」 「彼の弁護士も同じことを言ったのよ」とジーナが答えた。「弁護士が言 うには、専門家登録委員会に勝訴した判例もあるそうなの。ある人の名声 を損ない、仕事をしづらくしてしまうという根拠でね。どうやら、委員会 側が、ちゃんとした理由なしで、その人の会員権を取り消したみたいなの。 でも、普通は裁判にならずに解決するわ。もちろん、弁護士と相談費用で 折り合いがつけばだけど」