【音】リョウ ( リャウ ) 【訓】ふたつならび 【語】兩親に結果を報告する兩方に氣を遣ふ衆參兩院の決議を經てゐる千兩箱 千兩役者兩親兩手を擧げて贊成兩刃の劍 おもり 【蘊蓄】「兩 . の字は、秤で兩方の錘が釣り合った様からきた象形文字。新字「両ーは俗字に よる。「伎倆」「車輛ーなどのリョウは常用漢字外だから技量、車両などと書き換へ字 が使はれることもある。 【例文】芥川龍之介『トロッコ』大正十一年 兩 ( 両 ) ふたおや もろで 241
【語】 壽 ( 寿 ) 【音】ジュ 【訓】ひさしことほぐことぶき 壽命七輻紳のひとり壽老人喜壽 ( 七十七歳 ) を迎へる傘壽 ( 八十歳 ) 米壽 ( 八十八歳 ) 白壽 ( 九十九歳 ) 新年を壽ぐ 【蘊蓄】「老」の意味の意符と「つづく」意の音符が合はさった字で、それがいまの形「壽」 に整へられたものだといふ。いづれにしろめでたい文字。最も親しまれてゐる舊字で はないか。龍 ( 竜 ) と雙璧か ち・つざう もの 壽を音符に持っ字には鑄造の鑄 ( 鋳る・鋳物 ) 、躊躇の躊 ( ためらふ ) ほかがある 祈疇の疇もある。これは表外字だから疇の形だが、俗に「祷、が使はれることがある 【例文】謠曲『高砂』
【音】ソウ ( サウ ) 雙 ( 双 ) 【訓】ふたつならぶたぐひ ならびがをか もろて ふたご 【語】雙手突き兼好法師の住まひのあった雙ケ岡雙子の男の子が生れた栴檀は かんば すごろく ふたば 雙葉より芳し道中雙六で遊ぶ ひとつがひ 【蘊蓄】手 ( 乂 ) に一番の鳥 ( 隹 ) を持っさまを表した文字。新字「双ーは俗字による。 「雙手突き」、「雙手を擧げる」などは「諸手ーとも「兩手 , とも書く。 「雙六。がスゴロク ( 中世以前はスグロク ) とは不思議な讀み方だが、昔からたくさ んの語源説がある。「雙六」の唐音だらうとされてゐる。 【例文】『萬葉集』卷十六 「枕草子』第百四十段 せんだん 1 ) 3
本書骨組 本文ではご覧のように、漢字一つすつについて右ページにます字形を大きく掲げ、筆順 も示しました。そしてそれをすぐ薄字で示してあるので何度かなぞって練習をしてもらい ます。その後にはその文字を含む例文を挙げて、それを鉛筆でなぞり書きできるように配 列しました。 左ページには活字体で新旧の字体・音訓を示し、次にその文字を含む単語・語句をなら ・つんちく べ、次いで〔蘊蓄」と題して、文字の構成や、文字にまつわる多少の話題を挙げてみまし 例文は、できるだけ幅広くさまざまな方面から採り上げたかったのですが、私がいくぶ んかでも親しんだ本から採るしかなく、どうも文学書に偏ってしまっています。それでも ある程度さまざまなものから採れたと思います。若いころ読んだ旧漢字の文庫本が手許に たくさんありますので、図書館に出かけることもなく採集できたのは幸いでした。もちろ め じん書棚とパソコンの間を何百往復もして、少々腰を痛めてしまったのですが 9-
【音】レン 。戀 ( 恋 ) 【訓】こふこひし 【語】戀愛結婚戀慕する母を戀ふる記 【蘊】上部の音符は痙攣の「攣」などの字を作って「ひく」の意 ( 他の説もある ) 。心がひ かれる意を表す。この字の覺え方として、「いとし、いとしと言ふ心」といふ。「糸し 糸しと言ふ心」といふわけ。新字は「亦 ( また ) 」 に「心」。もちろん俗字による。 國學者村田了阿の『了阿遺書』にこんなメモが出てゐる。 恋といふ文字のつくりの糸なればしたの心のくるしかるらん 全く意味不明だ。「恋」の字には「糸」なんか見えない。實はこれは「戀」の字につ いての覺え歌だ。それを中央公論社は新字にして出した。結果は、了阿が意味不明の ことを言ったことになった。字形につき、「變」の項參照。 【例文】小野小町「古今集』卷十一一 注・寫本では「こひしきとき」と假名書きが多いやうだ。 247
【音】ブッフッ 佛 ( 仏 ) 【訓 【語】佛敎に歸依する佛像を拜む奈良の大佛佛蘭西 【蘊蓄】梵語「ブッダ」の音譯に用ゐられて「ほとけ」の意となる。國名フランスの音譯にも 用ゐられる。常用漢字「仏ーは「佛」の俗字として昔から使用される。同じ旁の文字 に「拂 ( 払 ) 」「沸」「髴ーなど。 おさらぎ 北條氏の支族大佛氏。「おさらぎ」と讀む。近代の作家に大佛次郎がある。「おさら ぎーとは不思議な讀みだが、 蜀山人大田南畝の『半日閑話』に關聯記事がある。それ きさらぎ きさらぎ によると、一條兼良の歌に「歸佛や」といふ句がある。如月は佛陀の入滅の月だから 歸佛の字をあてる。「さらぎとは「新木」である。なぜ新木が佛かといへば、どん な木でも佛體に作れば「新木」になるからである、といふのである。 ホントかど、つかは知らないが面白い話だ 【例文】和辻哲郎『古寺巡禮』十三章大正八年 フランス 217
鹽 ( 塩 ) 【語】鹽分をひかへる鹽田の開拓鹽加減このジャムの味はいい鹽梅だ鹽引 の鮭 【蘊蓄】徒然草に面白い話が出てゐる。ある醫師がしきりに自慢して、自分は食品關係のもの ならどんな語も文字も完璧に知ってゐる。なんなら聞いてみよ、といふことを言ふ。 そこで意地悪な公卿が「しほといふ文字はいづれの偏にか侍らん」 ( シホといふ字は なに偏か ) と尋ねる。醫師は「上偏に候」と答へる。そこで皆、大した學でもないぢ ゃないかと言って笑った、といふ話だ。たしかに「鹽」は土偏でない。當時もふだん は「塩ーと書いてゐた。 【例文】三島由紀夫『潮騷』昭和二十九年 【音】エン 【訓】しほ あんばい しほ・ひき
にわざわざ新字を作るまでもなかったらうに、といふ感想がどうしても浮んでしまひます。 それはそれとして、舊字、舊漢字といってもこの程度のものだと思へば、ひとまづ氣樂と いふものではないでせうか これらについては、卷末の索引になるべくたくさん擧げておきます。例へば「冬」とい ふ字には舊字體があるのだらうかと思ったら索引の「ふゅ」の項を見てください。「冬」 が出てゐます。「トウ」の項でも見ることができます。この索引は便利だと思ひますよ。 しよっちゅう引いてみてください。本文で見出しに立てた字については該當頁を示してあ ります。 デザインなどのこと たしかに字形の違ふ二種の文字があっても實は新舊の違ひとは言へず文字デザイン、文 字表現の差にすぎないといふものにも觸れておきます。 例へば「入ーといふ字があってこれには新字體といふものはありません。ところが私た ちは、この字を手で書くとき、けっして「入」の形には書きませんね。まづは必ず第一畫 に第二畫をかぶせるやうな形で書きます。つまり二つの字形があるわけですが、これは字
タイプとして目立つのは、しばしば現れる偏や旁を一齊に變へたといふものでせう。し んにゆうの字などは多いのだけれど、「逢ー「辿」などは常用漢字にないからしんにゆうは こんな形、通、近、道などは表にあるので「辷」と變形、といふわけです。 どうせ使ふ文字なのだからこのやうにバラバラにしておくよりは、元の形にもどした方 かよいと思ふのですがどんなものでせう。「逢」の字などは中學生以上なら讀み書きでき ない人はあまりないやうに思ひますが、このしんにゆうは「逢ふ瀬」のときは「辷」、「近 道」の場合は「辷」と書き分けなくてはならない 「雪」などといふ字は、ヨの部分の中線を元の形に延ばして「雪」としたからといって、 もどしたいものです。このやうにいろいろ疑問はありま べつに難しくなるとは思へない すが、この本は「舊字」と言はれるものに親しむためのものですから、あまりシャカリキ になって主張したりはしないことにしませう とにかく、變形させられたものはたくさんあるので、本文で一項としては取り上げなか ったもので少し注意したい文字を、順不同ですが少しならべてみます。括弧内がいはゆる 新字體です。 社 ( 社 ) 輻 ( 福 ) 腦 ( 脳 ) 巣 ( 巣 )
【音】ヨ 豫 ( 予 ) 【訓】あらかじめ 【語】地震を豫言する豫備校に通ふ八丈島旅行の豫定を立てる映畫の豫告編 豫約制の齒科醫院が多い 豫防注射伊豫の國 ( 今の愛媛 ) 【蘊蓄】もともと、大きな象の意味の形聲文字。「予」 + 「象」。「予」は音符。 また「予ーはもともとこの形で自稱に用ゐる。「予が吉宗ぢや」といふ具合。「豫が吉 宗ぢや」とはならない 【例文】『古事記』 233