【音】ヘン 邊 ( 辺 ) 【訓】あたりほとりべへ へんび この雪深い邊境の地邊鄙な山奧にも電氣が通じてゐる海邊磯邊川邊 岸邊山邊春邊三角形の底邊渡邊さん 【蘊蓄】「訓ーに掲げた「へーはたいていの漢和辭典には訓として擧げてないやうだが、古語 だからだらう。實際は訓である。「べ」は擧げたものが多いがこれは「へーの變化で ある。漢字音「ヘンーと訓「へ」は偶然の類似。 「渡邊ーをワタナベとは一見不思議な讀み方だが、これは「渡り」の「へ ( あたり ) ー ↓わたのヘ↓わたなべ。「田」の「へ」↓田邊のごとし。平安朝の渡邊綱以來の姓と いふ。「渡邉 . の「邉」の字は本來誤字。 【例文】王仁「古今集』假名序 大伴家持の長歌の一部『萬葉集』卷第十八 たなべ 2 ー 9
旧字・旧仮名のわけ き・つかんし さてここまでは、新漢字と新仮名遣で書きましたが、ここから後は「舊漢字」と「舊假 名」になります。 漢字が狙ひなのに假名遣を歴史的假名遣、いはゆる舊假名にしたのには少々わけがあり ます。 ひとつは、本文で擧げた例文がほとんど舊假名ですから、どうせならそろってゐた方が 親しみやすいだらうと思ったからです。 もうひとつの理由、これは大きな理由ですが音訓、特に〔訓〕の示しかたです。漢字の 〔訓〕は當然ながら假名で示すしかありません。「萬 ( 万 ) 」なら「よろづ」、「與 ( 与 ) 」な してせ、つ。 ら「あたへる」といふ具合なのですが、例へば「圍 ( 囲 ) 」の訓はどう書けばい、。 新假名で示すなら、 圍〔訓〕かこう となりますね。また「戀 ( 恋 ) 」なら「こう」となります。これはちょっと分りにくいの ではないでせうか
【音】オウ ( アウ ) 嬰 ( 妛 ) オオ【訓】さくら ひかんざくら 吉野の櫻緋寒櫻彼岸櫻は江戸彼岸の通稱 【語】櫻花爛漫観櫻のゆふべ 【蘊蓄】「櫻ーの字はもともとの漢字の意味は「ゆすらうめ」のこと。さくらの花や實がゆす らうめに似ることからわが國では「さくら」の意に用ゐる。植物・動物の漢字にはこ の種のものが多い。例へば「萩 . の字は元來「かはらよもぎ」だが國訓「はぎ」。 「鮎」は元來「なまづーだが國訓「あゆ . など。 【例文】泉鏡花「妖術」明治四十四年 くわんあう
【音】オウ 歐 ( 欧 ) 【訓】はく 【語】歐洲自由貿易聯合歐羅巴 【蘊蓄】訓として「はく ( 吐く ) 」を擧げた。「歐吐」といふ熟語もある。ただ日本では「吐 く」の意味では「嘔」の字だけを使ふのではないか。「歐ーは歐洲の意味ですっかり 定着してゐる。「歐吐 . では奇異な感じがする。だが「嘔」の字は常用漢字にない すると「歐吐」とするのがわが國語政策といふことになるか 【例文】小泉信三『私とマルクシズム』昭和二十五年 北宋の文人政治家歐陽脩
( 舌 ) 【訓】みだるみだす 【語】部屋が亂雜だ亂暴者下剋上の亂世を逞しく生きる一心不亂に制作に取り 組む胡亂な奴が門前をうろついてゐる 【蘊】「亂」の左側は音符で「みだれる」の意。右側は定説がないやうだが亂れた絲の象形 だともいふ。 「胡亂」は「うろんーと讀む。コ・ランが「うろん、とはヘンだが唐音である。つい でながら「胡坐ーを「あぐら」と讀むのはもちろん訓讀、すなはち日本語讀みだ。 【例文】アンドレ・ジイド『田園交響樂』今日出海譯 239
車車【訓】ころぶめぐるまろぶうたた 【語】伊豆に轉居する營業職に轉職する食品販賣に轉業する配置轉換で窓際族 となる自轉車自動車の運轉 ころがる意の古語。音符 【蘊】「まろぶ」の訓を擧げたが漢和辭典にはあまり出てゐない の「專 ( セン・テン ) ーはめぐる意。「專」を持っ字には、傳 ( 伝 ) 、囀 ( さへづる ) などがある 【例文】『太平記』卷第三十九 注・原文はカタカナ。化け物出現の場。 19 ノ、
【音】ガ ( グワ ) カク ( クワク ) 畫 ( 画 ) 【訓】かぎるはかるゑがく 【語】畫家書一一的水彩畫版畫壁畫の録畫 【蘊】部首は「田、の部の文字。成り立ちは複雜でまた諸説あるやうだが、要するに田んば をしつかりと區切るといふ原義のやうだ。新字「画」は、尽 ( 盡 ) 、昼 ( 晝 ) 、芸 ( 藝 ) 、蚕 ( 蠶 ) 、広 ( 廣 ) などと竝んで大幅に字形が變へられてゐる代表的な字。 訓として「ゑがく」を擧げたが全くの和語ではない。漢字音「ゑ、と和語「かく , の 合體したもの。「繪。の項參照。 【例文】アポリネール「蛙の住む沼」堀ロ大學譯
聲 ( 声 ) 【語】聲援を送る音樂大學に入って聲樂家になりたい兩國代表は會談後共同聲明を しゃうみやう 發表した佛敎音樂の聲明聲色を使って年寄を騙す 【蘊蓄】「聲」の字の上の部分「殻」は高い音を出す樂器だといふ。さういへば「磬ーといふ 字があって石製打樂器だ。 訓は「こゑ」。つまりワ行のゑ。だから聲色もワ行の「こわいろ [ となる。 【例文】チェーホフ『シベリヤの旅』中村白葉譯 【音】セイショウ ( シャウ ) 【訓】こゑ こわいろ せいめい 141
【音】カケ 假 ( 反 ) イ【訓】かりるかり 【語】彼の理論は假定に假定を重ねたもので肯定しがたい假裝行列では水戸黄門が傑作 けびやう だった漢字を眞名といふのに對してひらがな・カタカナを假名といふ假病を だいおんじゃうこけ 使って缺席した彼の大音聲は虚假おどしだ 【蘊】「假」の字は「段」 ( にせ ) に「人」を加へたもの。「仮、は俗字による。 かりよそほ 化粧のことを假粧とも書く。「假の粧ひーといふわけ。 「假令」は「たとへ・たとひ」と讀むが、「假令」は漢文で「かりにもし : : : であるに せよ」の意味になるので、そのやうに訓讀する。 【例文】寺田寅彦「科學と文學」昭和八年
【一音】レイライ 一加ネ【訓・意】ゐや人の守るべき禮儀、禮法をいふ 【語】禮儀・禮節をわきまへる年賀缺禮朝禮での校長先生のお話無禮者 『禮記』は中國古代の五經のひとっ 【蘊蓄】新字の「礼」は中國古字「礼」の變形。 旁の「豊」はレイと讀む字で音符であり、「豊」 ( 豐 ) とは別のもの。 ゐや 〔訓〔に擧げた「ゐや」といふのはわが國の古語。「無禮な行ひ」を「禮無きふるま ひーなどと言ふ。 【例文】芥川龍之介『戯作三昧』大正六年 243