タクアン - みる会図書館


検索対象: カビと酵母 : 生活の中の微生物
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1. カビと酵母 : 生活の中の微生物

合成着色料を使ったタクアンを見慣れた眼には、窒素充填法に より貯蔵したタクアンの黄色はこよなく美しく見えた ( 図 7 ) 。 また、味も優れており、在来法と比較した優劣は明確であった。 また、漬け液の表面が産膜酵母で覆われ、デバリオミセスの他に ビキア属や赤色酵母などの雑菌が繁殖している従来法 ( 図 1 ) と は異なり、窒素充填法による漬け物工場は清潔であった ( 図 サッカロミセス・セルヴァジの分類と同定 サッカロミセス・セルヴァジは伝統的な酵母の分類法である形 態および生理・生化学的性状に基づき同定したが、この手法で同 一種となる種はしばしば複数の種よりなることが近年の化学分類 学的研究から明らかになっている。窒素ガス充填法によるタクア ン製造法において、この酵母種の果たす役割が重要であることが 明らかになるにつれ、同定が本当に正しいかどうか心配になっ た。また、製造工程の管理のことを考えると簡便・迅速な同定法 図 6 窒素ガス充境法によるタクアン漬 けの製造 ( 加藤司郎氏提供 ) 89 タクアンと塩と酵母

2. カビと酵母 : 生活の中の微生物

産額は二〇〇億円に達し、全国一であった。 昭和三〇年代後半の高度成長に始まる経済発展により、わが国は世界の経済大国となり、飽食の時 代を迎える中で、国民の健康指向が高まった。特に食塩の過剰摂取に警鐘がならされ、食品の低塩化 が叫ばれるようになった。タクアン漬けも当然、低塩化が試みられ、市販製品の食塩含量が四 % 前後 になり、調味前の脱塩が必要になった。一八 % 食塩の場合には二日間程度流水にさらす必要があるが、 手間がかかるうえに品質劣化が避けられす、また、食塩を含んた洗浄水による環境汚染問題が大きな 社会問題となっていた。六—八 % の食塩濃度で原料大根を保存する試みもなされたが、本来、漬け物 は高塩や高酸により有害微生物の増殖を阻止した保存食品でもあるので、低塩化は当然、製品の変敗 を招く。冬のはじめに漬け込んだ低塩タクアンは春先には酸敗が始まり、急速に変敗状態になる。 地場産業の技術指導を任務とする県の食品工業試験場に勤務する加藤氏はこの問題に取り組み、タ クアンの製造槽をポリ袋で覆い、窒素ガス充填を行なうことにより、好気性徴生物の生育を抑制し、 夏前までタクアンを良好な状態で貯蔵することに成功した。彼はこの方法によりタクアンが長期に良 好に保存されることを、科学的に証明したいと考え、模索していたのである。 タクアン漬けの製造に関与する酵母 漬け物の製造に関与する微生物は乳酸菌と酵母であり、チーズなどと同様にこの両者の協力により

3. カビと酵母 : 生活の中の微生物

人が、「わからないことは理研に行って教えてもらえ」というので、紹介者もなしに理研に行ったら、 事務から培養生物部へ行けといわれたとのことである。 とっとっ 村長さんといった感じの加藤氏が、訥々と、しかも懸命に自分の研究について説明された。当時、 私は他の分野の研究で費やした一〇年間の空白を早く埋め、酵母研究の最先端に出たいとの気持ちが 強く、やや焦り気味であった。面倒な話を持ち込まれるのではないかと、いささか及び腰で応対した ことが記憶にある。さそ態度が悪かったであろうと反省している。 加藤氏は「タクアン漬けは埼玉県の重要な産業であり、世間の健康志向に対応して、その低塩化技 じゅうてん 術の開発が求められている。そのため、窒素ガス充填法による低塩タクアン製造法を開発した。窒素 ガス充填すると、タクアンの変敗の原因菌のひとつである産膜酵母が生育してこなくなる。また、産 と話され 膜しない酵母も従来の酵母とは違ってくるようである。酵母がどうなっているか知りたいー とにかく、酵母を分離して持ってきてくれるようにお話し、お帰りいただいた。その後、何回が連 絡があったが、その年の一〇月になり、川越市および岡部町の漬け物工場の窒素充填法によるタクア ン漬け製造槽から分離した酵母五株を持って理研に見えた。とりあえず菌株を預かり、「仕事に余裕 ができた時に調べてみます」といって、またお帰りを願った。 余裕ができた時というのは、気が向いた時という意味であったが。

4. カビと酵母 : 生活の中の微生物

低塩タクアン漬けの製造と問題点 タクアン漬けはわが国で最も普遍的な漬け物であるが、時代に より製造法が異なり、地方によっても異なる。第二次世界大戦ま での伝統的な方法では、大根を乾燥してぬか漬けする場合が多 い。私が子供のころのタクアンもそうであったし、郷里の農家で 漬けるタクアンは今でもこの方法によっているとのことである。 戦後は大根を収穫後、洗わずに塩押しし、柔らかくした後に洗 浄、塩漬け貯蔵したものを、出荷時に調味して製品化する方法が 主流になっている。塩漬け貯蔵では、四、五月ごろになると漬け 液の表面が産膜酵母でおおわれ、ショウジョウバエやカビなどが 発生して不衛生な状態になるが ( 図 1 ) 、食塩が一八 % 以上使っ てあれば内部の漬け液は腐敗しないので、大根の貯蔵性には影響 よよ、つこ。 ナー、力ノ 加藤氏がはしめて理研に来訪された昭和五八年当時、漬け物の 全国出荷額は四千億円であり、その半分の二千億円がタクアンで あった。タクアン漬けは埼玉県の重要な地場産業であり、その生 図 1 従来法によるタクアン漬け製造 ( 加藤司郎氏提供 ) 87 タクアンと塩と酵母

5. カビと酵母 : 生活の中の微生物

よっては一 % 以下ともいう。この中には現在の手法では培養できないものも多いのであろうが、簡単 に培養できるものでも、他の微生物種との関連で分離培養できないものも多いと推定される。分離と は最高におもしろく、かつむずかしいものである。 アルコール発酵性のある漬け物酵母については、加藤氏の研究以前にも報告がある。一九六一年に 小崎道雄博士は本漬けタクアンの漬け込み初期においてはトルロプシス・ホルミ ( ご、ミを sis 、・ mii) のようなアルコール発酵性酵母も見られ、早漬けタクアンではサッカロミセスが見出されると 報告している。トルロプシス・ホルミはサッカロミセス・エクシグウスの不完全型であり、サッカロ 、、セス・セルヴァジと容易には区別できない種であるので、この酵母はサッカロミセス・セルヴァジ であった可能性が高い。、 る崎博士はカプリオッティ博士より以前にこの種を発見されていることにな 、詳細な研究をされなかったのが惜しまれる。 一九九二年にアメリカのアトランタ市で第八回国際酵母シンポジウムが開催された際に、イタリア、 ベルージア大学のマルチーニ博士にお会いした。「小鹿のような美女ーとして酵母研究者のアイドル である博士はサッカロミセス属酵母の分類の権威であり、酵母分類学の標準書ともいうべき『 The Yeasts, a Taxonomic Study ( 酵母の分類学的研究 ) 』第四版でこの属の分類を担当することになっ ている。「酵母の種の性質を記述するのに、一〇株以上の菌株を使いたいと思っているが、サッカロ 、、セス・セルヴァジの場合には二株しかなく、しかも由来不明の株は土壌由来の株と同じと推定され るので、実質的には一株しかない」との話をされたので、タクアンの酵母の話をし、この種は土壌中

6. カビと酵母 : 生活の中の微生物

161 ー 180 サトウキビ酒 12 細胞周期とシグナル応答 残雪上の菌類 55 産膜酵母 31 ー 33 , 81 シェリーの醸造法 34-36 シェリーフロール 38 シェリー酵母 40 , 42 , 161 シグナル受容体 156 シロキクラゲ 74 105 シクロクロロチン 212 射出胞子 子嚢世代 シトリニン 211 シゾ・ナッ G C 含量 155 セ / レフースボ . ′レレイティング タクアン漬けの酵母 82 一 85 タイ国黄変米 211 [ タ行 ] ソトロン 40 114 シストフイロノくシテイウム・インフ 76 207 シトレオビリジン 212 カロミセス属 18 , 19 , 74 ニアッム 115 , 117 イ 真性火落ち菌 199 水生カビ群 45 水生不完全菌群 45 スチールワインのアセトアルデヒド ~ 農 度 40 ステリグマシスチン 209 , 222 スペルモフトラ 77 スポロポロミセス属 75 生活史から眺めたカビと酵母 72 性接合した細胞における核の行動 タクアン貯蔵中の化学成分の変化 88 タクアン漬け製造工程の徴生物の消長 86 ー 89 タブイ 24 一 29 多相分類学 120 トルコスペルマム属の胞子 49 トリコデルマ 208 土壌由来性貯蔵カビ 208 トキシカリウム黄変米 212 凍結レプリカ法 134 電子顕徴鏡 131 テレオモルフ 73 , 207 デバリオミセス属 83 , 87 , 91 低塩タクアン製造法 80-82 ディープ・エッチング法 137 DNA 類縁性 107 土の中のカビ毒生産菌 209-211 漬け物の製造に関与する徴生物 82 貯蔵カビ 208 チモモナス属 22 チウの酵母 14 チウ 11 ー 19 タンニンの抗菌性 23 担子菌系酵母 75 , 103 タフリナ属 73 , 75 , 118 158 ー 159 性フェロモン 147 ー 157 生物試料の固定 132 ー 139 生物の化学分類 104 性分化細胞における核の行動 性分化細胞の行動 157 性分化のシグナル 153-154 赤色酵母 87 , 97 接合型変換機構 162 接合管の行動 157 158 トルラ属 98 , 103 , 115 トノレロプシス・ホノレミ 92 トレメラ属 77 [ ナ行 ] 軟ゲル麹の考案 230 ア索 引

7. カビと酵母 : 生活の中の微生物

の常在菌であるらしいと話したところ、たいへん興味を持たれ、 菌株を分譲してほしいとのことであった。帰国後、早速お送りし た。この権威ある分類書に加藤氏の分離株が貢献したことにな る。なお、一九九六年に出版された、オランダの中央菌類培養セ この種のドイツで分類された ンター (0 ()n ) の菌株リストに、 菌株が収録されている。サッカロミセス・セルヴァジは世界各地 に広く分布しているのではないかと推定される。 聞くところによるとタクアンの生産額は減り続け、現在では加 藤氏が理研を訪問された当時の半分程度になっているとのことで ある。しかも、時間をかけて発酵したものではなく、単に押して 脱水したものを調味液につけたものが多くなっているという。こ↓一 ~ 、 のような「惣菜的な漬け物」もあってもいいのかもしれないが、 漬け物は本質的に発酵食品である。徴生物の作り出す徴妙な味は なにものにもかえがたい 。日本人は甘味、塩辛味、辛味、苦味の 他に、「旨味」という微妙な味の要素を認識した民族である。惣 菜化した漬け物には徴妙な味が失われることは間違いない。食品 図 8 窒素ガス充壜法 の実験装置と加藤氏 タクアンと塩と酵母

8. カビと酵母 : 生活の中の微生物

ば容易に同定できることがわかった。 すでに述べたように、サッカロミセス・セルヴァジはフィンラ ンドの土壌より分離されて以来、一度も分離されていない酵母で ある。希少酵母と考えられていたこの種がタクアン製造工程の優 勢種として常に検出されることは驚くべきことであり、酵母の分 離法のむずかしさを痛感する。漬け物に関与する酵母のうち、デ リオミセス・ ハンゼニは土壌をはしめ、自然界のいたるところ に棲息している酵母であり、食塩濃度の高い発酵食品や海産物 ( 特に干物類 ) からは必ず分離できる。 加藤氏の研究により、サッカロミセス・セルヴァジは土壌中の一 常在酵母であることが判明したが、普通の酵母分離法では分離す るのは困難である。フィンランドでの分離株にしても、トルラス 母 酵 と ポーラ属 ( ごミ s をミ ) や非定型的なサッカロミセスを専門と と ア り、この種がこのように簡単に分離できるものとは、博士は夢に ク も思わなかったにちがいない。地球上に生息する微生物種のう 、研究者に 9 ち、人類が知り得たものは一〇 % とも五 % ともいし 1 は従来法、 2 は窒素ガス充境法 のタクアン ( 加藤司郎氏提供 )

9. カビと酵母 : 生活の中の微生物

ないことは確かである。過度の清潔症候群は人類を破滅に導く。微生物と仲良く付き合い、微生物の 作る微妙な味わいを持っ発酵食品を維持し、楽しむことが大切であろう。 この研究を通じて知り合った加藤氏は山歩きの趣味も発酵食品に関する考え方も同じであり、誠に たしな きず 得難い友であるが、より微妙な味わいを持っ発酵食品である酒を嗜まないのは玉に瑕の感がある。こ れを望むのは贅沢かも知れないが。 タクアンと塩と酵母

10. カビと酵母 : 生活の中の微生物

pH 6.0 ー 6.5 ーエタノーノレ 2.0 % 遠元糖 \ 3.0 ー 4.0 % ・ \ エタノール 0 % ⅸ ' 炭酸ガスデバリオミセス・ ′、ンゼニ 塩 漬 12 月。 . 始 1 月 サッカロミセス・ セルヴァジ エタノール 2. NaCl 5 ー 6 % 遭元糖寺 0 炭酸カ・スの 増減 pH 4.3 遠元糖寺 0 pH 3.4 6 月 7 月 炭酸ガス 0 アンモニア 漬液表面 0 0 00 のの・ 漬液 図 5 タクアン貯蔵中の化学成分の変化と微生物の消長の模式図 ( 加藤司郎 氏、 1994 年「漬け物の低温利用 ( 根菜類について ) 」「日本食品低温保蔵学会 誌」 Vol. 21 , No. 1 より改変 ) ハチルス・プ田 ( トミ、 ob ミミ brevis) やラクト・ ランタルム ( トミ、 0 c ミ、ミミミ ) などの 有害乳酸菌の過剰増殖を招き酸敗した。 これに対し窒素ガス充填法では、サッカロミ セス・セルヴァジが二月ごろから菌数が増加し はしめて優勢種となり、六月に他の有害酵母に 置き換えられるまで優勢種として維持される ( 図 4 ) 。この結果、は四・三、エタノール濃 度二 % の状態が維持され産膜酵母や有害乳酸菌 の生育が抑制される ( 図 5 ) 。 これら一連の研究に目鼻がついたころ、駒形 先生をお誘いし、県内大手のタクアン漬け工場 に加藤氏に案内していただいた。伝統的な発酵 食品の技術革新のモデルとなるので、当時、国 際協力事業団のバイオテクノロジー研修プロ ジェクトに参加し、研究室に滞在していた、タ イとインドネシアの研修生も連れていった。