んできたのであるが、自然の姿をまず認識するところから出発する。ところが、ひるがえって酵母の R 場合はどうであろうか。もちろん酵母は顕微鏡的な大きさの細胞であるから肉眼観察はとてもできな い。ただ、酵母には発酵学の進歩にともなって発達した培養という強力な武器があり、当初から分離 培養という技術が駆使されてきた。要するに、自然の姿のカビの観察から始まるという態度と、見え ないものを見えるようにする操作、培養してみるという、 いわば一つの「ふるい」を通してから酵母 の観察を始める、という基本的な両者における差が、その後の研究の発展にも影響を少なからず与え ているように思われてならない。 もちろん、土壌カビ、空中力ビなどを分離するようになってから、 カビの場合でも後者の操作が採られるようになったが、扱うカビと酵母の細胞の形の違いもあろうが、 基本的な考え方の差が研究者の考え方、研究方法にも差となって現われているような気がするのであ る。 どうもカビと酵母の認識から方法論的な話になってしまった。それでは両者の違いはなんであろう、 という出発点に戻ってみよう。 カビと酵母の生え方の違い ここにある細胞があるとする。その細胞が殖えようとするときには、まずどんな方法があろうか。 最も簡単な方法は細胞が真っ二つに分かれること、すなわち分裂である。もう一つは細胞の端から芽
結法である。細胞や組織を液体へリウムや液体窒素で冷却した銅プロックに接触させたり、液体窒素 で冷却した液化プロバンに浸漬して凍結することが行なわれるようになった。急速凍結した試料を凍 結レプリカ装置に入れ、割断したのち、高真空中で水分を昇華させると、細胞骨格とその関連構造が みごとに出てくるのをみることができる。いわゆるディープ・エッチング法である。他方、急速凍結 した試料をドライアイス・アセトン ( マイナス七九℃ ) で冷却したアセトンーオスミウム酸で置換し、 脱水、樹脂包理して通常の超薄切片を作製する方法が凍結置換法であり、今日では広く普及するにい たっている。そして、酵母や糸状菌の細胞超微構造の研究でも、この方法が行なわれるようになって やっと、動物細胞と同列のレベルで超徴構造の議論ができるようになったのである ( 図 1 ー、図 2 、 図 3 ) 。 ところで、菌類細胞について凍結置換法を最初に本格的に始めたのは、エイスト、ホック、ホワー ドといった、コーネル大学の植物病理のグループであった。一九七七年の夏、フロリダのタン。ハで開 かれた第二回国際菌学会議で、当時、院生だった・ホワードが、私に凍結置換法でみた菌糸の切片 る 像をみせ微細繊維がはっきりと出ているのを示しながら、熱つぼく語っていたのを思い出す。私はこ観 胞 の方法の有用性にいち早く気づくべきであったが、実際にこの方法をやり始めたのは、それからだい 細 の ぶん経ってから、エイストが三重大学の久能教授のもとに滞在したとき、彼がわれわれに実際にやり カ 方をデモンストレーションしてくれたからである。そして、そのころになって、解剖学の人たちも急 速凍結置換法を行なうようになり、いろいろなノウ ( ウが電子顕微鏡学会で発表され、今日では、こ
自然界には、高等動物・植物とともに微生物が生活している。この生態系の一員として人類も生き てきた。昔の人々は微生物そのものをまったく知らなかったが、食品の保存や加工のために、まった く反対の二つの方法を取ってきた。今日の科学、技術からみると、一つは微生物の生育を阻害したり、 殺したりする方法であり、もう一つは、微生物の生育を促進することによって、優れた性質を有する 食品を作り出す方法である。 食品に対する徴生物の作用はしばしば発酵もしくは腐敗と呼ばれる。人類にとって有用な作用が発 酵であり、有害な作用が腐敗である。パストウールは発酵も腐敗も徴生物の無酸素呼吸、つまりエネ ルギー代謝にほかならないことを明らかにして微生物学と生化学の基礎を築いた。微生物が食品に作 用した結果、変化した食品を発酵産物として認識するか、腐敗産物とみるかは風土や民族の嗜好性に よって異なる場合が多い。つまり、徴生物と食品の関係は文化の影響を受けやすい性格のものである。 発酵の技術は、長年にわたる試行錯誤を経て、民族や地域の風土条件に適応して発達し、特有の食べ 酵母とカビの発酵の新しい側面 栃倉辰六郎
第二次大戦後、わが国では国内に保存してある微生物株の性状を確かめ、その分類と分類方法の研 究を行なうことを目的として、昭和二九年 ( 一九五四年 ) 当時の東京大学応用微生物研究所の坂口謹 一郎教授を委員長とする大規模の総合研究が組織された。その課題名は「国内保存微生物株の分類及 び整備に関する研究」である。この総合研究は昭和三一年 ( 一九五六年 ) まで継続し、わが国の微生 物の分類学的研究に大きな影響を与えたので、少し詳しく述べる。その総合研究概要には、 「目的」国内の各研究室および教育機関に保存されている微生物株を中心として、その分類およ び分類方法の研究を行なうこと。「方法」現在国内に保存されている微生物株は日本微生物株総 究 目録 ( 一九五三年文部省刊行 ) によれば総数一三三〇〇余におよび、かっその内容も分類学上極の めて広範囲にわたっている。また、殊に注意を要するのは本邦で発見された新菌株が比較的多い酵 ことである。従って、これらを主な対象として本総合研究はそれそれの各部門の分類の専門家のラ 分担研究によって実施した。すなわち本研究代表者五〇名は ( 1 ) 日本微生物株総目録所載の分 担菌株およびその類縁菌株を集めて分類学的研究を行い、 ( 2 ) ( 1 ) の研究結果に基づき日本微 る け 生物株保存総目録の再検討を行う、という方法をとった。 駆 先 と述べられている。そして、この総合研究は四二の微生物群を対象としている。続いて、昭和三三年世 ( 一九五八年 ) 課題名が「有用微生物の分類学的研究 ( 研究代表者東京大学坂口謹一郎名誉教授 ) 」と
タクアン漬けの製造工程の微生物の消長 —一二月に収穫した大根を塩押しし、洗浄後、コンクリ ート槽で荒漬けし、本漬けの後、調味 液に漬けてから袋詰めして殺菌、製品とするのが伝統的なタクアン漬け製造法である。この方法は開 放した貯蔵槽を用いる ( 図 1 ) 。加藤氏の開発した窒素ガス充填法ではコンクリ ート槽に気密性の袋 を内張りし、内側および外側をポリエチレンの袋で覆い、大根を漬け込んた後に、押板と重石をして から気密性の袋でシールし、内部の空気を窒素ガスで置換するものであり ( 図 6 ) 、酸素濃度は二 % 前後に保持される。この方法では一一 —一二月に漬け込んだ場合、八 % の食塩では七月以降も貯蔵可 能であったが、六—七 % の食塩では五—六月にかけて乳酸菌が生育して酸敗することがある。加藤氏 は生産現場での実証実験を繰り返し、実用に耐える技術を確立した。さらに安定した方法として確立 するために、この方法による貯蔵性改善の機構を明らかにしたいと考え、関与する微生物である酵母 と乳酸菌の動態と漬け液成分との関係を検討した。 小規模の実験装置を作成し、経時的に酵母、乳酸菌を定量的に分離し、また、漬け液成分とガス相 を分析した。酵母は生菌数を計算した平板培地から、コロニーの性状を観察し、その量比を反映する ように一試料当たり一二株前後を釣り菌し、一二六株を得た。グルコースなど五種類の糖の資化性、 硝酸態窒素の資化性、アルコール発酵能、、 ビタミン要求性、三〇℃、三七℃、および四二℃での生育、 コロニーの性状および細胞の形態に基づき、群別し、四九株について詳細な同定実験を行なった。ま
低塩タクアン漬けの製造と問題点 タクアン漬けはわが国で最も普遍的な漬け物であるが、時代に より製造法が異なり、地方によっても異なる。第二次世界大戦ま での伝統的な方法では、大根を乾燥してぬか漬けする場合が多 い。私が子供のころのタクアンもそうであったし、郷里の農家で 漬けるタクアンは今でもこの方法によっているとのことである。 戦後は大根を収穫後、洗わずに塩押しし、柔らかくした後に洗 浄、塩漬け貯蔵したものを、出荷時に調味して製品化する方法が 主流になっている。塩漬け貯蔵では、四、五月ごろになると漬け 液の表面が産膜酵母でおおわれ、ショウジョウバエやカビなどが 発生して不衛生な状態になるが ( 図 1 ) 、食塩が一八 % 以上使っ てあれば内部の漬け液は腐敗しないので、大根の貯蔵性には影響 よよ、つこ。 ナー、力ノ 加藤氏がはしめて理研に来訪された昭和五八年当時、漬け物の 全国出荷額は四千億円であり、その半分の二千億円がタクアンで あった。タクアン漬けは埼玉県の重要な地場産業であり、その生 図 1 従来法によるタクアン漬け製造 ( 加藤司郎氏提供 ) 87 タクアンと塩と酵母
アスペルギルス・ 。ハラジティクスとの菌学的関係が研究された。一部の研究者はアフラトキシン生産 菌はこれまでの種には含まれない新種であると主張した。その結果わが国で麹として利用されている カビからはアフラトキシン生産性は認められなかった。今では、アフラトキシンの分析方法は当時と 比較して格段に進歩し、現在広く行なわれている蛍光検出器を用いた高速液体クロマトグラフを用い ても検出されす、わが国の麹菌の安全は実証された。しかし、アフラトキシン生産菌を別種とするな どの程度の低い研究は世界に受け入れられなかったのは当然である。その後 Z を用いた遺伝子工 学的手法で種間の系統関係を調べる方法が開発され、アフラトキシン生産菌とわが国の麹菌との系統 ラ 275 人力ビ毒に会う
アモンチラード、フィノの三つのタイプに大別される。そのなかで酵母の産膜現象を利用してつくら引 れたものをフロールシェリーという。フロールという一言葉は、ブドウ酒の表面に繁殖した酵母の皮膜 を「花」にたとえたものといわれる。 まず、シェリーというブドウ酒の醸造方法の概略を紹介することにしよう。 シェリ ーはもともとオロロソやアモンチラードタイプの酒で、数百年前からっくられていたといわ れている。これらはブドウ果汁の発酵終了後にブランデーアルコールを加えるか、あるいは発酵の途 中でアルコールを加えて発酵を停止させたものを、ソレラと呼ばれる独特のシステムによって熟成さ せる。しかし、のちほど紹介するようなフィノタイプにおける皮膜酵母、フロールの繁殖は見られな 熟成後の酒は、ブレンド、アルコールの補強、濃縮果汁による調味により甘さ辛さ、アルコール 度数などの違ったさまざまなタイプの酒に仕上げられる。のちほど紹介するようにソレラは多様にし て一定品質な酒を得るのに適した熟成方法であり、シェリーが好評を博してきた原因のひとっと思わ れる。類似した酒にアルコールの補強と温熱によって製造されるマデイラ、マラガ、あるいはアル コール補強によって発酵を停止させたポートワインなどがある。なお、これらの甘みと熟成香のある アルコール補強酒は保存性がよいことから、一五世紀からの大航海時代、船積みされ、喜望峰からイ ンド洋を経て平戸、長崎まで到来している。 フロールシェリ ーの原料ブドウは。ハロミノという白品種である。降雨量が著しく少ないへレス・ デ・ラ“フロンティア地方の白亜の石灰質土壌に栽培されたブドウは、糖度約二四から二六 % にも達
がうまくいかないのではないかと考え、前固定のあとで細胞壁溶解酵素で処理をするということが試 みられた。こうして、ロビノーは、はじめて酵母サッカロミセス・セレヴィシア工 ( S ミミ、 0 き es ~ 、 ) ミ ) の核分裂装置、紡錘体徴小管と両極の (spindle pole bodies) の構造を明らかに したのであった ( ロビノーとマラク、 1966 ) 。彼らは、酵母の細胞壁を溶かすのに、古くから使われ ていたカタッムリ酵素を使ったが、われわれは、日本で開発されたザイモリエース (zymolyase) を 使うことにした。ところが、ここでは徴小管があるらしい場所はわかるのであるが、どうしても微細 構造が壊れてしまうのである ( 図 1 ー ) 。おもしろいことに、種々の酵素の混合物であるカタッム リの消化酵素よりも、より純粋なグルカナーゼ酵素標品を使うと、細胞壁だけでなく細胞基質の構造 が壊れることであり、これは、酵素標品にタンパク分解酵素などの混入のせいであろうと考えていた。 とにかく、この方法を使って、シアトルのバイヤースらは細胞周期における微小管の挙動 ( 1974 ) 、 減数分裂のときに出現するシナプトネマ構造などの観察 ( 1975 ) を報告した。 これまでの試料作製法では、薬剤を使った固定によるタンパク質の変性が起こり、脱水と樹脂への こうして観察した細胞の超 包理の過程で脂質などの流出や試料の収縮が起こることは避けられない。 微構造は、細胞のほんとうの構造をあらわしているのかという疑いを除くことはできない。微生物や 精子は凍結したまま長期間保存でき、融解するとふたたび生きた細胞を得ることができることはよく 知られている。それでは、細胞を瞬時に凍結して観察すれば、生きた状態での構造を知ることができ るのではないか。それにしても凍結した細胞の構造をどのようにして観察するのか。一つの方法は、
が出て、それが親の細胞と同じくらいの大きさになると離れて独立し、同様な行動を繰り返す、すな わち、出芽増殖である。酵母の大部分は後者の法を採るが前者の方法も見られる。どちらも分かれて 独立した細胞それ自体が出芽胞子形成細胞となるわけである。この分裂や出芽以外に菌類が採った方 法は、より植物的というか芽を出すところまでは似ているが、その発芽した細胞はそのまま伸びて糸 状細胞、すなわち菌糸となる方法で、この菌糸は分枝を繰り返して複雑な形をつくっていぎ、そのあ る部分に胞子形成細胞が分化して先端に胞子をつくる。これがカビといわれる繁殖型の基本である。 酵母は出芽 単純にまとめてみると、以上のように、カビは菌糸をつくって生育して胞子をつくり、 吊冫。しかない。生物は、 を反復して増殖する、ということで区別されそうであるが、実は話はそう単屯こよ、 特に菌類はまわりの条件によって、まことに変幻自在といってもよいほどさまざまな形を取ることが できるのである。あるいは、そのような形を取り得るのが菌類である、と言ってもいいのかもしれな 。典型的なカビ、たとえばアオカビと、典型的な酵母、たとえばビール酵母を並べてみると生え方物 や形態における両者の差は歴然としていて、上に述べたような結論は容易に適用できそうであるが、 カビの仲間の中には条件が変わると一転して酵母のように生えてくるものもあって、判断に苦しむこ 母 酵 とさえあるのである。つまり、カビと酵母が条件によって相互乗り入れのような表現型をとってくる のである。このことは、カビの菌糸の先端生長とは出芽の極端な形と理解すればわかることであるが、と それにしても菌類の多様性には目を見張ることが最近になり次々と明らかになってきた。さらに急速カ な発展を遂げてきている分子系統学の手法によって、たとえば、単純な形の比較から、この菌類はカ刀