菌類 - みる会図書館


検索対象: カビと酵母 : 生活の中の微生物
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1. カビと酵母 : 生活の中の微生物

人類は微生物の存在を知る以前から、微生物の機能を酒類をはじめとする各種発酵食品の製造に用 いてきた。さらに、微生物学の進歩にともない徴生物による新しい生産物の検索が行なわれ、抗生物 質をはじめ、各種アミノ酸、核酸調味料などが工業的に生産されている。酵母は微生物の中で、最も 早くから人類に用いられてきたもので、そのアルコール発酵の機能は広く世界の酒の醸造に利用され てきた。酵母という呼び名は正確な分類学上の言葉ではなく、通常の生育状態が主として単細胞であ る菌類の総称である。したがって、その系統も子嚢菌のものもあれば、それ以外の菌類に由来するも のもある。 典型的な酵母であるサッカロミセス・セレヴィシア工 ( S ミ c きミ es ce 、、 e ミ isi ミ ) は子嚢胞子を つくる子嚢菌由来の酵母であるが、ロドトルラ属 ( R ぎ 7 斗 ) は少し毛色の変わった酵母である。 ロドトルラ属の特徴は、胞子を形成せず、赤色ないしオレンジ色のコロニーを形成し、糖の発酵性が ないことである。自然界から糖を加えた培地で酵母の分離を試みると、必ずといってもよいほど頻繁 世界に先駆けるロドトルラ属酵母の研究 駒形和男

2. カビと酵母 : 生活の中の微生物

は水蒸気が空中で昇華して結晶したものであるから、やつばり水の菌類を考える以上は雪の上のもの引 まで探ってみよう、という気になるのは当然であろう。 残雪の上にいる生物について菌類の調査文献はそれほどでもないが藻類、特に微細藻類に関しては 数多くある。残雪の上には、微細藻類、特に氷雪プランクトンと呼ばれる生物群がある。古く ( 1902 ) ショダーが名づけた小さな藻の仲間で、雪の表面近くに生えて赤、緑、黄などに色づけることで知ら れている。日本でも彩雪、あるいは雪の華といわれて古文書にも記されているほどである。私は別に はじめから雪の上の菌類を予想していたわけではなく、前述の小著に書いたとおり、だいぶ前になる が氷雪プランクトンの研究グループに同行して尾瀬の雪原を訪れたときに気がついたのである。 ハショウもそろそろといった早春の尾瀬は観光客の喧騒もなく白一色の静寂の世界、また眠っている 木立ちの中の残雪を踏みしめ、ウサギや熊の足跡を気にしながら歩く。「なごり雪」というイメージ すると、ところどころにポッカリと赤く色づいた残雪が見つかる。いわゆる赤雪である。こ れをすくって顕微鏡で見ると、氷雪プランクトンに混じってイカリ形やテトラボット形の水の中の不 完全菌の胞子が潜んでいるのに気づいたのが始まりである。このヒントを大切に、忙しい春の大学で 本来の仕事の暇を見つけては毎年の早春の尾瀬はもちろん、谷川岳や東北の山々の残雪地帯を探って みた。すると、春の息吹いつばいの下界をよそに、尾根の陰や森林地帯に溶けないで溜まっている残 雪の表面には結構これらの菌類が、それもさまざまな種類が胞子の形で潜んでいることが次第にわ かってきたのである。藻類学者によって氷雪プランクトンの仲間にされていたものの一つが、どうも

3. カビと酵母 : 生活の中の微生物

カビの面から酵母の分類を眺めてみよ、という題目を与えられた。不明瞭のところばかり残されて いる現在の両者の分類体系、視点が同じともいえない部分の多い両者の分類学を正確に論ずる力はと ても持ち合わせないし、書いている間に、カビとは、酵母とは、という出発点に戻ってしまった。そ こで、現在はもう子嚢菌類や担子菌類と酵母といわれる生物群との結びつきを語る事実はたくさんわ かってきているなかで、ここでは今までの両者の関係の流れを振り返って述べることにする。 カビと酵母の最初の認識 カビとか酵母という言葉がまだわれわれの前に現われるすっと以前、人類はまず周囲の生き物を、 動くものを動物、動かないものを植物として区別することから始めた。その植物を考究する学問、す なわち植物学の始まりは、ギリシアのテオフラストスの『植物誌』 ( 紀元前三〇〇年ころ ) といわれ カビといい酵母という生物 椿啓介

4. カビと酵母 : 生活の中の微生物

カビ毒とはー カビ毒とはカビの生産する動物に対する毒性物質の総称で、通常は低分子の化合物をさす。また、 菌類の生産する毒性物質のうちキノコの生産する毒性物質はカビ毒には含めすキノコ毒として独立し て扱われている。 菌類は地球上に約一〇万種ほどいるといわれている。鞭毛菌類、接合菌類、担子菌類、子嚢菌類、 不完全菌類に大きく分類されている。重要なカビ毒を生産し、食品衛生上問題となる菌類は子嚢菌、 不完全菌を中心に数十種程度にすぎない。特に重要なカビはアスペルギルス ( s, 、き s ) 、 リウム ( P ~ ・ ( 一ミミ ) 、フザリウム ( Fus ミ、きミ ) とそのテレオモルフ ( 子嚢世代 ) 属のカビである。 これらの中には抗生物質生産菌として重要なカビも含まれている。毒性の強い抗生物質の中にはカ ビ毒として扱われるものもあり、このような抗生物質とカビ毒の境目ははっきりしているわけではな ハツリンのように以前は抗生物質として開発研究された化合物も毒性が強いため現在ではカビ毒 として扱われている例もある。一方、グリセオフルビンのようにカビ毒として知られていた化合物で あるが、強い抗真菌作用をもっことから現在では抗真菌性抗生物質として利用されているものもある。 な。せカビはカビ毒を生産するのであろうか。明瞭な答えはないが、土壌をはじめカビの生活する環 境で他のカビをはじめとする徴生物や小動物に対し、カビ自体が生存するための武器として発達した、 または菌糸や胞子などが昆虫や小動物に食べられないための毒性物質や忌避物質として発達したもの

5. カビと酵母 : 生活の中の微生物

の常在菌であるらしいと話したところ、たいへん興味を持たれ、 菌株を分譲してほしいとのことであった。帰国後、早速お送りし た。この権威ある分類書に加藤氏の分離株が貢献したことにな る。なお、一九九六年に出版された、オランダの中央菌類培養セ この種のドイツで分類された ンター (0 ()n ) の菌株リストに、 菌株が収録されている。サッカロミセス・セルヴァジは世界各地 に広く分布しているのではないかと推定される。 聞くところによるとタクアンの生産額は減り続け、現在では加 藤氏が理研を訪問された当時の半分程度になっているとのことで ある。しかも、時間をかけて発酵したものではなく、単に押して 脱水したものを調味液につけたものが多くなっているという。こ↓一 ~ 、 のような「惣菜的な漬け物」もあってもいいのかもしれないが、 漬け物は本質的に発酵食品である。徴生物の作り出す徴妙な味は なにものにもかえがたい 。日本人は甘味、塩辛味、辛味、苦味の 他に、「旨味」という微妙な味の要素を認識した民族である。惣 菜化した漬け物には徴妙な味が失われることは間違いない。食品 図 8 窒素ガス充壜法 の実験装置と加藤氏 タクアンと塩と酵母

6. カビと酵母 : 生活の中の微生物

が出て、それが親の細胞と同じくらいの大きさになると離れて独立し、同様な行動を繰り返す、すな わち、出芽増殖である。酵母の大部分は後者の法を採るが前者の方法も見られる。どちらも分かれて 独立した細胞それ自体が出芽胞子形成細胞となるわけである。この分裂や出芽以外に菌類が採った方 法は、より植物的というか芽を出すところまでは似ているが、その発芽した細胞はそのまま伸びて糸 状細胞、すなわち菌糸となる方法で、この菌糸は分枝を繰り返して複雑な形をつくっていぎ、そのあ る部分に胞子形成細胞が分化して先端に胞子をつくる。これがカビといわれる繁殖型の基本である。 酵母は出芽 単純にまとめてみると、以上のように、カビは菌糸をつくって生育して胞子をつくり、 吊冫。しかない。生物は、 を反復して増殖する、ということで区別されそうであるが、実は話はそう単屯こよ、 特に菌類はまわりの条件によって、まことに変幻自在といってもよいほどさまざまな形を取ることが できるのである。あるいは、そのような形を取り得るのが菌類である、と言ってもいいのかもしれな 。典型的なカビ、たとえばアオカビと、典型的な酵母、たとえばビール酵母を並べてみると生え方物 や形態における両者の差は歴然としていて、上に述べたような結論は容易に適用できそうであるが、 カビの仲間の中には条件が変わると一転して酵母のように生えてくるものもあって、判断に苦しむこ 母 酵 とさえあるのである。つまり、カビと酵母が条件によって相互乗り入れのような表現型をとってくる のである。このことは、カビの菌糸の先端生長とは出芽の極端な形と理解すればわかることであるが、と それにしても菌類の多様性には目を見張ることが最近になり次々と明らかになってきた。さらに急速カ な発展を遂げてきている分子系統学の手法によって、たとえば、単純な形の比較から、この菌類はカ刀

7. カビと酵母 : 生活の中の微生物

せっさたくま がっかりもした。どうやら教育過程の基本に対する考え方に大きな差があるようだ。切磋琢磨して長 ーロッパの歴史と、独特の発達を遂げ い博物学から近代生物学を鍛え上げた人文科学に支えられたヨ つつあった徳川時代の博物学の見識をさっさと捨てて、できあがったものの外側だけを頂戴した日本 いまでも尾を引いているような印象を強く受けたのであった。ともかく海生菌は系統、分 との差は、 類、生態、生理などの面でまだまだおもしろいところがあり、現在はさらに幅広い研究が当時の共同 研究者の中桐博士 ( 発酵研究所 ) によって進められているところである。 水とカビとのかかわりを追って海にまできてしまった。私の表舞台に出している菌類系統分類学、 特に不完全菌類の分類体系に関する研究と教育の合間にごそごそと、しかし絶え間なく、自然現象を 確かめたいという願望を押し進めてきた道程の脇道のひとつである。最初は小川の流れや池の中に潜 んでいる小柄ながら独特な形の胞子と、一風変わった生き方を秘めているカビの世界を推理もどきに 探りながら、格好よくいえば自然生態系、わかりやすくいえば身のまわりのあちこちと「水ーのあるる ところを考えながらやってきた。自然界における水の循環にはもっとむずかしいことがありそうであ陸 る。土の中の水の流れにしても簡単なものではないらしい。ましてさまざまな種類の水の流れの中で、 図のような一風変わった胞子の形は果たしてどんな意味を持っているのだろう。本当になにか水中の好 物体に引っかかりやすいための形なのだろうか、泡の中から採集したてのイカリ形の胞子はちゃんと境 した形のままなのに、流れを離れるとなぜすぐ発芽をはしめるのだろうか、など。大学定年を過ぎて水 研究室に通うことから離れても、発想はかえって自由である。菌学者には採集能力、分離能力、同定

8. カビと酵母 : 生活の中の微生物

東洋の麹カビと西洋のチーズカビ 軟ゲル麹の考案 穀類にカビの胞子を混。せて培養し、菌糸 ( 体 ) を生長させたものが麹である。麹は酵素の宝庫であ る。麹では菌糸体 ( 菌体 ) と培養原料との分離が困難であるため、菌体内の酵素と菌体外に生成する / 麦 分泌性酵素の分離やそれら酵素と生育との関係を調べるのは容易ではない。矢野俊博博士らは、 ふすま 越を水に一〇 % 懸濁したものに寒天を〇・二—〇・四 % 加えた軟ゲル状態で、麹菌胞子を表面に接種 すると、液中に沈まない非常に安定した菌のマット ( 菌蓋 ) が発達することを知った。これは純粋な 菌体のみからなる麹 ( 純麹 ) で、。ヒンセットで容易にはがすことができ、その中にたくさんの酵素が 入っている。軟ゲル培養では、菌糸体が空気と接触した自然の状態で生長するものであるから、一般 = ネルギー共役発酵と命名した。この , ネルギー発酵では、合成原料を選択して添加したり、いろい ろな合成用酵素を組み合わせて用いると非常に多種類の生産物が得られる。この発酵の重要な産業上 の特徴をあげると、第一に、糖類やデンプンなどの。ハイオマスを原料とするエネルギー生産法である ために、再生産性・無公害技術であること、第二に、副産物としてアルコールとクリーンな炭酸ガス を安価に供給できること、さらに、反応後の酵母菌体は飼料として利用できることなどがあげられる。 こうした特徴から、この方法は新酵母産業の技術原理の一つとして期待できよう。

9. カビと酵母 : 生活の中の微生物

究 研 の 母 属 ロドトルラ属の研究の流れ 赤色酵母の存在は古くから知られており、一八五二年にフ = ルセニウスがクリプトコッカス・グル る ティ = ス ( C こ coccus ミミ il ) と記載したのが最初である。その後、しばらくの間この一群の酵駆 母の分類学的研究はなされていない。 これは、微生物学が応用、広くいえば醸造と医療を基礎としてに 界 世 発展してきたため、赤色酵母のような酵母が研究者の興味を引かなかったと思われる。 一九一五年から一九一七年にわたり当時の満州 ( 現在の中国の東北 ) の南満州鉄道株式会社 ( 満鉄 に分離される。しかし、現在までこれといった応用があるわけではない。 いわば「雑酵母」である。 しかし、この酵母は研究の歴史から、また近代微生物分類学の対象として、われわれが研究する価 値があるものと考えている。その理由は次のとおりである。 ( 1 ) この酵母は、歴史的にわが国の研究者により研究されてきたので、われわれがこの研究を受け 継ぎ、次の世代に伝えねばならない。 ( 2 ) 近代微生物分類学の手法を取り入れることにより、この酵母の生活環が明らかになり、将来他 の菌類の生活環の研究に役立っことが考えられる。 ( 3 ) 微生物分類学が、単なる種の配列・整理だけでなく、「物質のレベル」で菌類の有性時代が推 定できるようになる。

10. カビと酵母 : 生活の中の微生物

能力の三つが必要不可欠な基本であるとは他でも書いたが、さらに論文として発表する能力、これは むしろ義務かもしれない。分離操作の点で現在はいささか不自由となったが、あとの作業はまだ定年 後でも可能である。得体の知れないほど膨大な自然の中で、隠れ蓑というヴ = ールをかぶって科学者 の目から逃れている菌類のさまざまな世界を、もっともっと暴いてみたいと密かに思っている。菌類 は不思議なもの、秘密に満ちている。彼らの秘めている機能が開発されて、人類福祉のために役立っ ことができたら幸いこの上もない。母なる大自然は中でうろうろしている人間よりもはるかに頭がい いのだから。電子顕微鏡、ミクロマニプレーター、分析装置こそないが、ひとつひとっ想像したこと を手元の顕微鏡で確かめつつ、道筋にそって自然の営みを観察しなおしていこうと、ポケーとした時 おうか 間を謳歌している現在である。