54 第Ⅱ部突然変異と自然淘汰の保守的な本性 トロンビンのトリフ。シン様の作用によって , 酵素的に分解され , 取り除かれる この切除によって , フィフ。リン分子が自発的に重合し , 不溶性のフィブリノゲ ルを形成しうるようになる . フィブリノベプチドの機能は非特異的なものなの で , シストロンのこの部位を変化させる多くのミスセンス変異やトリプレット の欠失は , 自然淘汰の作用を受けずに , 中立突然変異として種分化の過程に併 存したと考えられる . すべての哺乳類のフィブリノベフ。チドは , トロンビンの・ トリプシン様の作用で開裂されるので , カルポキシル末端はアルギニンである が , フィフ・リノベフ。チド A はヒトのもののようにたった 17 アミノ酸残基の長 さの場合も , あるいはヒッジやヤギでのように 19 残基の長さの場合もありう た 15 残基で構 る . そしてフィブリノベプチド B はヒトのもののようにた 成されている場合も , あるいはトナカイのもののように 21 残基で構成されて いる場合もありうる . 2 種のかなり近縁種のフィブリノベフ。チドのアミノ酸 - 配列が顕著な差異を示しうるものである . たとえば , ウマとロバのフィブリノ ペプチド A には , 次に示すように , 二つの置換と二つの插入という差がある (BIomback . , 1965 ). ウマ : Thr—Glu-GIu-GIy-GIu—Phe- Leu-His -GIu-GIy-Glv-Gly—Val—Arg ロ / ヾ : ThrfiÄFd-GIu-GIu—Gly—GIu—Ph -lle-se -Glu-Gly-Gly—Gly—Va1-Arg フィブリノベプチドで見出されている上述の事態と , ヒストン 4 で明らかに なっていることとの比較は , 自然淘汰の性質の理解に役立つものである . すで に触れたように , ヒストンの機能は , そのリジンとアルギニンの遊離アミノ基 とセリン残基の -OH 基によって , DNA のリン酸基と結合することである . この機能には , 決まったアミノ酸配列の維持が必要である . ウシとエンドウの 両種のヒストン 4 は 101 アミノ酸残基から構築されていて , 2 種のヒストンは たった二つのアミノ酸置換の差異があるだけである (deLange & Fambrough, 1968 ). この保守性は , 動物と植物が少なくとも 10 億年間も互いに違った進化 の道程を経てきたという事実からみて , 非常に注目すべきものである . 実際 , 変異が遺伝子の機能に必須でない部分に影響するときにのみ , 自然淘汰はそ 0
第 9 章進化速度 , および隔離の重要性 つの種のうちの生物学的あるいは生態学的品種が , ーっの地域に地理的に共存 し , しだいに遺伝的に多様化していって , 明確な種を形成するようになるとい う同所的 ( sympatric ) 種分化の仮説は , 今やあまり信用されなくなった . 同所 的種分化が存在することを確立しようとして初期に主張された例は , こまかく 検討してみると , ほとんどの場合 , 異所性種分化によって完全種の段階まです でに多様化していたものであることが明らかとなった . 最近 , 種分化の定着場 所性 (stasipatric) モデルが提出された (White, 1968 ). しかし , 定着場所性モ デルと同所性モデルの基本的な違いが私には見出せない . 少数者集団が , 共存する多数者集団から隔離されるためには , 両集団の間の 近親交配を妨げる有効な障壁が存在してはじめて可能である . 求愛行動や , 体 色や , 染色体構成における違いなどは , 第 7 章で述べたように , 有効な障壁と して働いているとはいえ , このような差異は一夜にして形成されるものではな い . 長い間の地理的隔離によってはじめて , 少数者集団が , 十分に独特な自ら の特徴を集積することができるのである . 同じ地理的場所を共有する発端種と そのもとの種との間に存在する生殖的障壁を同所的種分化の証拠と思い誤って はならない . それというのも , そのような障壁自身 , それ以前の地理的隔離に よって生じたものであるからである . 2. 集団の大きさと成功の代償 突然変異はかなり稀な事象であるので , 1 組の新たに獲得した遺伝的形質の 固定 , すなわちホモ接合状態は , 近親交配が行なわれる非常に小さい集団にお いてしか生じない . 新種は必ず , 非常に小さい集団から生ずるので , 多くの中 立突然変異の偶然的な固定もまたこの過程で生ずるに相違ない . 実際 , 第 6 章 うまく進行した種分化の過程に伴うことのできたアミノ酸 で指摘したように 置換の多くは中立突然変異に相当するものであると考えられる . 進化速度は集団の大きさに逆比例しているという理由だけでも , 地理的隔離 は進化の必要条件である . それ故に , 多数者集団の絶減もまた , 地理的隔離に 等しい状態をつくり出すことになる . 突然の , 急激な環境変化によって , 繁栄
第 5 章禁制突然変異 43 産物である tRNA に割り当てられている機能の遂行はさまたげられるに違い ない . 実際 tRNA は , 大腸菌であれ , ヒトであれ , たとえどんな種から由来 しようとも , すべて同じ特徴をもっている . 自然淘汰によって禁制突然変異は 有効に除去されるので , それそれの tRNA シストロンの塩基配列は十数億年 にわたって存在しているにもかかわらず , ほんのわずかしか変化してこなかっ た . 自然淘汰の極端に保守的な性質を示すこれ以上の明らかな例はない . 2. 構造遺伝子の禁制突然変異 構造遺伝子の塩基配列のどのような種類の変化が禁制突然変異であろうか . 考えうる最も有害なタイプは , フレームシフト突然変異やナンセンス突然変具 である . このタイフ。の突然変異によって構造遺伝子の末端部付近に変化が起こ り , ポリペプチド鎖のカルポキシル末端部位だけが影響をうけるような場合以 外には , 突然変異した構造遺伝子によって規定される変化したポリペプチド鎖 が , 依然としてその本来の機能を遂行する能力をもっということは期待できそ うもない . つまり , フレームシフト突然変異とナンセンス突然変異はほぼ確実 に有害であり , それ故に禁じられている . 他方 , ミスセンス突然変異は , 禁じられていることもあるが , 許容されてい ることもある . 一般に , アラニンとグリシンとの置換や , フェニルアラニンと チロシンとの置換のようなあまり大きな変化を伴わないアミノ酸の置換は , 自 然淘汰によって禁止されるものではない . しかし , 特定のアミノ酸置換が自然 淘汰によって許容されているかどうかは , 置換が起こる座位に依存するのであ る . たとえば , ヒスチジンとチロシンとの間の置換は , 多くのポリペプチド鎖 の特定座位において許容されているが , 哺乳類のヘモグロビン鎖の 58 番目 と 87 番目で起きるこの種類の置換は禁止されている . ミオグロビンとへモグロ ビンのペプチド鎖の場合 , 図 4 に示されるように , 向い合った位置から出てい る二つのヒスチジン残基がヘムを支持している . 哺乳類“鎖の場合には , 141 アミノ酸座位のうち , 58 番目と 87 番目にあるヒスチジンが , ヘム基への付着 - 点に相当している . ヒトにおいては , 1 箇所以上のヒスチジン残基がチロシン
第 8 章自然突然変異率 79 酸置換の性質 ( 保存的なものか , 電荷を変えるものか ) と置換が起こった座によ て林制突然変異にも寛容突然変異にもなりうる . この知見をもとにして , 禁制突然変異に占めるナンセンス突然変異の割合がわかると , 遺伝子座当りの 寛容突然変異率を既知の禁制突然変異率から推定できる . Ames らは , ネズミ チフス菌 ( S 0 れ e 〃佖んを佖アを範 ) のヒスチジンオペロンのアミノトランスフ ニラーゼ座 ( C 遺伝子 ) における機能喪失型の自然突然変異体を解析し , ナンセ ンスおよびミスセンス突然変異体がほぼ同じ割合で機能喪失型変異体 ( 禁制突 然変異体 ) に含まれていることを明らかにした . 上述の観察から , このバクテリアのアミノトランスフェラーゼ座で禁制突然 変異が一つ生成すると , ポリペフ。チド鎖の機能に必須でない座位にアミノ酸置 換をもたらす寛容突然変異が八つ生成しているだろうという結論が導かれる . したがって , 機能にとりわけ必須でない座位を多くもっポリペフ。チド鎖の生成 を支配する大きな遺伝子の場合 , 寛容突然変異の自然生成率は 10 ー 4 の桁の値 ( 禁制突然変異率より 1 桁高い値 ) になるといえる . こでの議論では , 同義突 然変異は考慮されていない . 2. 突然変異率と遺伝子の大きさ 寛容突然変異率と禁制突然変異率間の差の大きさは個々の遺伝子で違うであ ろう . 部分的には遺伝子の大きさの差異によっている . 異なる遺伝子は異なっ た大きさをもっているので , 突然変異率を表わす理想的な方途は座当りでなく , 塩基対当りである . 普遍的突然変異率として , IXIO ー 7 / 塩基対 / 世代という値 (Kimura, 1968 ) をとりあえず仮定しよう . いくつかの遺伝子は極端に小さく , 80 余りの塩基対で構築されているものもある . tRNA の遺伝子がこの例であ る . tRNA 遺伝子座当りの起こりうるすべての変異の自然突然変異率は 8X10 ー 6 にすぎないものであろう . 第 2 章で議論したように , tRNA に課せら れている分子構造的要請は非常に厳密なものである . tRNA 遣伝子の塩基配列 のほとんどいかなる変更も禁制突然変異に相当するであろう . 生物の歴史を通 じて , tRNA の塩基配列が厳格に保存されてきたことは , 自然淘汰によって禁
第 13 章既存の遺伝子の冗長なコヒ。ーからの新遺伝子の創生 117 ノ酸のカルポキシル末端側でペプチド結合を切る . このタンパク質分解酵素を 両方とももっていることがより有効であることは疑いの余地がない . 生物がど ・ちらか一方だけの酵素しかもっていなければ , 食物タンパク質の消化はきわめ て非能率となるだろう . この二つのタンパク質分解酵素は明らかに異なる機能をもっているので , ト リフ。シノーゲンとキモトリフ。シノーゲンの合成を支配する遺伝子座は , 互いに 独立に進化したと想像されるかもしれない . しかし , この二つのペフ。チド鎖の 全アミノ酸配列を比較すると , 245 個のアミノ酸からなるウシのキモトリプシ ノーゲン A (Keil 観” 1963 ) は , 229 個のアミノ酸からなるウシのトリプシノ ーゲン ( Kauf a Ⅱ , 1965 ) よりもはるかに長いけれども , 両者間の相同性したが ってその共通の祖先というものが明らかとなる ( 図 11 ) . 活性化されてキモト リプシンになるとき , アミノ末端の 15 のアミノ酸からなるべプチドがキモト リフ。シノーゲンから切除される . したがって , キモトリフ。シノーゲンそのもの は , 230 のアミノ酸から構成されていることになる . 他方トリプシノーゲンの 場合 , 活性化はアミノ末端のわずか六つのアミノ酸からなるべプチドが切り捨 てられて起こる . したがってトリフ。シン自体は , 223 のアミノ酸で構築されて いる . 長さの違いは今やたった七つのアミノ酸残基にすぎなくなる . 図 5 ( 第 5 章 ) に示されているように , キモトリフ。シノーゲンは五つのジスルフィド結 合をもち , トリプシノーゲンは六つのジスルフィド結合をもっている . これら のジスルフィド結合によって , 両方の分子はかなり似た形をとっている . キモ トリプシノーゲンの第 1 の活性部域の中心は 57 位のヒスチジンであり , 第 2 の活性部域の中心は 195 位のセリンである . トリプシノーゲンのそれそれに対 応している活性中心は 46 位のヒスチジンと 183 位のセリンとである . 両酵素 において , 活性中心になるヒスチジンは 16 のアミノ酸からなる環の部分にあ り , この環は , キモトリフ。シノーゲンの場合では 42 位と 58 位とのシスティン に形成されるジスルフィド結合によってつくられ , トリプシノーゲンの場合 では 31 位と 47 位との間でつくられている . 活性中心になるセリンもまた , 両 酵素で , もうーっの環状構造の部分にあり , 環状構造は , キモトリフ。シノーゲ
108 第 12 章 もとの対立遺伝子の分別調節と ァイソザイム遺伝子への転換 一群の機能的に互いに関連した遺伝子のうち単一座だけの不均衡な遺伝子重 複は , その座の二つのもとの対立遺伝子が同一ゲノムに組み込まれたのちすぐ に分別遺伝調節機構が発達した場合に可能になる . この遺伝調節機構は , 対立 遺伝子であった片方だけを個体のあるタイプの細胞で転写されうるようにする ので , ある単一座に起こった不調和な重複にもかかわらず , 機能的に関連した すべての遺伝子間に , もとの 1 対 1 対応の量的関係が効果的に回復する . 生物が同じ酵素の重複した遺伝子をそれそれ区別し , 個体発生過程で分別利 用できるようになるや , 生物がこのタイプの遣伝子重複から利益を導きだす道 が究極的に開かれる . この分別的な遺伝子の利用によって , 重複した遺伝子は 異なる自然淘汰の圧力にさらされることになる . 二つの重複した遺伝子は違っ た種類の突然変異を蓄積し , 多様化し , 最終的に酵素は同じ基質に作用し , 同 じ補酵素をもちいながらも , 相互に著しく異なった反応速度的特性を獲得する ようになる . このような方途で , アイソザイムといわれているものの遺伝子群 が生まれてきたと考えられる . 大部分の脊椎動物は , 乳酸脱水素酵素 ( LDH ) の A'B サフ・ユニットに対して , 別座にある少なくとも二つの遺伝子をそなえている . この異なるサブュニット は同一分子種とも , 異なる分子種とも会合しうる . したがって , 二つの異種サ ニットの重合によって , 五つの 4 量体アイソザイムが形成される . すなわ ブュ ち , A4, A3B, A2B2, AB3, B4 である (Markert, 1964 ). 二つの別な遺伝子座の産物 がそれそれ制限をうけない親和性を維持しているという事実は , 二つが共通の
第Ⅱ部突然変異と自然淘汰の保守的な本性 制突然変異が無慈悲に除去されたことによるだけでなく , 遺伝子が小さいこと にもよっている . 遺伝子が小さいために , 座当りの突然変異率は極端に低いの である . 一般に , 脊椎動物のチトクロム c は 104 アミノ酸残基で構成されている . ポ リペプチド鎖の各アミノ酸残基は mRNA のトリプレット塩基で決められてい るので , チトクロム c 遺伝子の大きさの最小値は 312 塩基対である . したがっ て , チトクロム c 座当りの真の突然変異率として 3 x 10 ー 5 という値が得られる . この値は , 禁制突然変異だけに適用しうる IXIO ー 5 という一般に受け入れられ ている値の範囲におさまっている . ポリペプチド鎖が短くなるにしたがって , 機能に必須な座位 , すなわちどのようなアミノ酸置換も禁制突然変異になるア ミノ酸配列の部分が大きくなるのが普通である . 小さい遺伝子に関しては , 起 こりうるすべての変異の真の突然変異率は , 禁制突然変異だけに適用しうる , 一般的な値とほとんど違わないものであろうと予想される . このような場合 , 座当りの低い突然変異率が無慈悲な自然淘汰圧に対する保護壁になっている . 事実 , チトクロム c のアミノ酸配列は , 約 3 億年前に始まった脊椎動物の進化 を通じて , 広い範囲にわたって保存されている . ヒトとマグロのような遠縁の 脊椎動物のチトクロム c でも , 104 座位のうち 21 が互いに異なっているだけ である (Marg01iash, 1966 ) . また他方では , いくつかの酵素や非酵素性タンパク質のサブュニットになる ポリペフ。チドは , 600 にも達するアミノ酸残基で構成されていることもある . したがって , このようなポリペプチド鎖のシストロンは 1800 塩基 : 対の長さに なる . この場合 , 座当りの全突然変異率は 2X10 ー 4 になり , 全突然変異と禁制 突然変異の変異率の大きさには 1 桁の差異がみられる . この差は寛容突然変異 に相当するものである . 長いポリペフ。チド鎖では , アミノ酸置換で機能に影響 を蒙らない座位が多くなるので , このような大きな差は予期されるものである . 酵素サフ・ユニットの場合 , 機能にとりわけ必須といえない座位でのアミノ酸置 換は , 至適 p Ⅱや K 。、などの反応速度的特性を変化させる . したがって特定の 寛容突然変異が好ましいものとして保存される機会が自然淘汰によってもたら
第 3 章真核性生物の染色体 27 によって残りの領域から区別される . 分裂前期の染色体上のこれらの先行して 凝縮している領域は , 染色中心 ( DNA の凝縮体 ) として , その前の中間期の核 の中ですでに目立。ている . 先立。凝縮しやすい染色体の領域は , ( 氛気 ) 質 ( へテロクロマチン ) から成るといわれており (Heitz,1933), 異質染色質領域 は , 中間期 ? ダ尠 ( p ざへ期 ) に , 真正染色質 ( = ークロマチン ) から成ると いわれている染色体の他の領域よりおくれて , 自らの DNA を複製するという 特徴をもっている (Taylor, 1960 ). ある場合には , 異質染色質の状態は , 染色体または染色体の一部分がとる一 時的な不活性状態にすぎない . この最もよい例は , 哺乳類の X 染色体の場合 にみられる . 哺乳類の雄個体の中間期の核には染色中心がないけれども , 雌個 体の体細胞の中間期の核にはその特徴として 1 個の顕著な染色中心が存在して いる (Barr & Bertram, 1949 ). この染色中心は , 2 本の X 染色体のうち , 先立 って凝縮した方の 1 本を示している ( Ohno 観 . , 1959 ). このようなやり方で , 0 哺乳類の種は x 染色体に連関した遺伝子の量に関して , 雄個体と雌個体との 間に存在する不釣合を明らかに均一化している ( Lyon , 1961 ; Beutler . , 1962 ). 雌個体の二つの X 染色体のうちの一つは異質染色質化によって不活性 にされているため , 雌個体および雄個体のそれそれの体細胞は , X 染色体に座 をもつ遺伝子の半数体量を効果的に備えていることになる . 雌個体の生殖細胞 においては , 2 本の X 染色体は共に真正染色質としてとどまっているので ( Ohn 。矼 , 1962 ) , 雌体細胞の異質染色質の状態は明らかに X 染色体によっ てとられる一時的な機能状態である . 他の場合においては , 異質染色 ? 状態は , ある一染色体の分節に固有の性質 を反映している . このような異質染色質領域は構造遺伝子を欠いている . した がって , それはいわば遺伝的に空白の領域であをこの域は転写されない無 用な DNA 塩基配列の分節からなっているに違いない . ちょっとみたところ , 自然淘汰は明らかに無用な染色体分節が恒存するのを許さないように考えられ よう . しかしよく考えてみると , これとは反対に , 個々の染色体の構造的統一 性を保存するためには , 染色体の特定の分節は無用な塩基配列からできていな
第 10 章重複による同一遺伝子座の生成 99 である . 染色体はすでにこの遺伝子の 2 万もの重複コビーをもっているので . それ以上の増幅は必要としないのであろう (Brown & Dawim1968). 爬虫類や鳥類や哺乳類の有羊膜卵の場合には , 卵形成過程で核小体オルガナ イザーのコビーが染色体外に分散するようなことは , たとえ起こっているとし ても , 恐らくもっと小さい規模でしか起こっていないだろう . にもかかわらず , 染色体のある分節は繰り返し DNA を複製し , そのコピーを染色体外に分散さ せるが , 一方 , 残りの部分は DNA を複製しないという事実は , 広い含蓄ある 意味をもっているものである . 2. tRNA 遺伝子 tRNA も種類は少ない . 生物のゲノムは , tRNA に転写されるたった 30 余 りの遺伝子を必要とするだけである ( 第 2 章 ). しかし平均的な長さの mRNA が 1 回ポリペフ。チドへ翻訳されるためには , 200 ~ 300 の tRNA が必要である ので , 細胞は個々の tRNA 種をかなり多量に生産しなければならない . 事実 , 成長している胚から抽出した全 RNA の 15 % 程度は tRNA である . tRNA の 場合にも , 自然淘汰はそれぞれの tRNA 遺伝子の直列重複を好ましいものと して選び出したと考えられる . Ritossa, Atwood, Spiegelman(1966 ( 1 ) ) は , ・ DNA-RNA ハイブリッド法を用いて , もし 60 種の tRNA 遺伝子があるなら , キイロショウジョウバエのゲノムは個々の遺伝子の重複した 13 コビーをもっ ているだろうという結論に達した . 同じ方法を用いて , アフリカツメガェル では , 半数体ゲノムはほぼ 8700 コビーの tRNA 遺伝子をもっており , 基本的 な tRNA 種のそれそれに平均 200 コビーの遺伝子があると推定されている (CIarkson . , 1973 ). このような方法で得た tRNA 遺伝子の表面上の冗長性が , そのまま直ちに , ゲノムがそれぞれの tRNA 遺伝子の複数コビーをもっているという証左には ならないが , ツメガェルで個々の tRNA 種の遺伝子数が DNA-RNA ハイフ・リ ッド法で調べられた結果 , バリン tRNA(tRNAVal) は約 240 の遺伝子コヒ。ーを tRNA?{et もち , 2 種あるメチオニン tRNA のうち , tRNAYet は約 310 コビー
第 5 章禁制突然変異 この種は , ルヒチンに富む草を食用にしている . 明らかにこの理由のために 微小管ポリペプチド鎖の機能的に重要な部分のアミノ酸配列を変化させた突然 変異のホモ接合体になったと思われる . たとえゴールデン , 、ムスターがこの抵 抗性の獲得のために高価な代償を支払ったとしても驚くべきことではなかろう . この生物種の徴小管タンパク質は , その定められた機能の遂行に当って多少効 率が悪いかもしれない . ーっの遺伝子座での禁制突然変異の有害な影響が , 別の遺伝子座における同 程度の禁制突然変異によって打ち消されるという稀な場合を想定することがで きる . ガラクトセミアはヒトの重大な遺伝病で , 変異遺伝子のホモ接合個体が , ガラクトースをグルコースに変換することができなくなることによるのである .. その欠損は , ガラクトースー 1 ーリン酸ウリジルトランスフ = ラーゼ酵素の遺伝 子座にある (lsselbacher 矼 , 1958 ). 哺乳類では , ガラクトースの主な供給源 . は母乳のラクトースであり , 小腸でラクトースを吸収するためには別の酵素 ( ラクターゼ ) の存在が必要である . 仮にこの種が , ラクターゼとガラクトース ー 1 ーリン酸ウリジルトランスフェラーゼの両酵素に対して同時に欠損のあるホ モ接合個体になれば , ガラクトースを体内に吸収しなくなるので , ガラクトー スが体内に蓄積するために生ずる悪い影響をもはや蒙らなくなる . このような 1 対の禁制突然変異は , 他の一連の突然変異がガラクトースの代りに母乳中に 含まれる炭水化物源として別のヘキソースを用いるのを可能にした場合のみ , 自然淘汰によって許容されることになる . カリフォルニア産アシカ ( Z 叩ん c 佖們佖範 ) のような , いくつかの海 産哺乳類の母乳には , ほとんどラクトースが含まれていない . そして , この動 物種のゲノムはラクターゼに対する機能的な遺伝子座を消失しているようであ る . しかし , ガラクトキナーゼとガラクトースー 1 ーリン酸ウリジルトランスフ ェラーゼに対する 1 対の遺伝子座は依然として存在している ( Mathai 畆 , 1966 ).