が、その際も、彼の経済学批判にだけ関心を向けていた。そのため、私の経済学理解はかなり偏って いると一一一口わざるを得ない たとえば、サイモンはこんなことを言っていた。「人間は、経済学で想定するような合理的な存在 でない」「人間は比較しながら効用のもっとも高い解を見つけていくというが、瞬間的・直観的に解 を発見することもある」「しかも直観によって得られる解は最適解であるとは限らない」「社会は、利 己主義モデルだけでなく、利他主義モデルからも説明できる」。彼のこれらの指摘とそれを証明する 理論に魅せられたわけだ。 その意味で、私は、主流と言われる経済学を体系的に研究した経験がない。またそれゆえ、第二の 問いに対して答える資格はないかもしれない。ただ少なくとも、これに関して考えてきたこと、感じ てきたことは、素人的な説明になるかもしれないが、ここで披露しておきたい。 もっとも、ここで説明すると言っても、それは私独自の見解というより、私が生前多くを教わった なにわだはるお 難波田春夫氏の社会哲学であることを明記しておきたい。同氏は『社会哲学序説』『スミス・ヘ 1 ゲ ル・マルクス』『危機の哲学』『経済学革新の道』『国家と経済』を初めとする多くの著書を著し、無 数の理論家、実務家、政治家に影響を与えてきた。 逆説的な言い方ではあるが、大きな影響力を持っていたためであろう、戦後、難波田氏は戦前日本 の政策に影響を与えたとして、東京大学経済学部より公職追放された。また同氏は、一貫して、古典 的な自由主義経済が破綻せざるを得ない根拠を示し、「経済はその必然的帰結として、政治を必要と 問いに沿う形で表現すれば、「自 し、さらには倫理や道徳を求めることになる」と説き続けた。右の 158
づいて執筆することができた。 第二の「企業統治のあり方、に関しては、三井住友海上火災保険株式会社の社外取締役としてポー ドに入ったことがよい経験となっている。これにより、私は、机の上では得られない多くの知見を得 ることができた。二〇〇四年一二月一日、霞ヶ関ビルの喫茶店で同社の植村裕之社長と会い、そこで 社外取締役への要請を受けた。植村氏は、かねてより「私はをやりたくて社長に就いたんです よと語っておられ、それだけに同氏は私の尊敬する経営者の一人であった。そんな方からの要請で あったため、「お声をかけていただき、大変光栄に感じます。株主総会で認めていただけるのであれ ば、よろこんでお引き受け致しますーと即答した。 自分で言うのもおこがましいが、同社の取締役会では、大変盛んな議論が繰り広げられている。社 内の役員を含め、社外の取締役、監査役が、率直かつ自由に意見を述べ、時には厳しい指摘さえ行なっ ている。多くの日本企業が取締役会を形骸化させる中で、同社は取締役会を一層活性化させようとし ている。ちなみに社外の取締役や監査役はかなりの中立性を保っており、しかも取締役会にはほとん ど欠席しないという状況だ。私は、これを「『三井住友海上グル 1 プの意識改革を推し進める上で、まず トップが率先して従来の殻を破る必要がある』との認識から始まったチャレンジだ」と理解している しずれも同じようなもので、皆、 もっとも、読者からは「そんなことを言っても、損害保険会社は、、 保険金支払い漏れという問題を抱えていたではないか」と批判されるかもしれない。確かにその通り えである。ただ同社の取締役会では、この問題に関しても、歯に衣着せぬ徹底した議論を重ねてきた。 亠よ 現在、ポ 1 ドでのその議論を受け、三井住友海上は、具体的な施策の実施に動いている。手前味噌に
と呼ぶ」との説明を行なった。またプロと呼ばれる理由を「一般の素人では理解できない専門的な仕 事を行なっているからだ」とも述べた。その上で、このような信認関係においては、信頼され仕事を 託される側は「忠実義務、と「善管注意義務ーを負うと説明した。この二つの義務は、企業経営者 ( 取 締役や執行役 ) にそっくりそのまま課されることになる。なぜなら、経営者は、経営のプロであり、 一般の株主にはわからない専門的な仕事を行なっているからである。繰り返しになるが、非常に重要 な概念であるため、二つの義務を改めて説明しておこう。 まず「忠実義務ーとは依頼者 ( 株主、法人としての会社 ) や受益者 ( 株主 ) の利益を第一に考え、 自己の利益と依頼者・受益者の利益が相反する場合、自己の利益と会社の利益が相反する場合、自己 の利益を優先させてはならない、という義務である。たとえば、自分の地位や権限を使って、親族の 変会社と取引をするよう、自分の組織の担当者に働きかける場合、その会社より購入するものが一般の ものよりも割高であれば、あるいはそのサービス内容が一般のものより劣っていれば、彼の行為は忠 度 実義務違反となる。信頼される立場の者 ( 経営者 ) は、信頼してくれる側 ( 株主、法人としての会社 ) 巡の利益を第一に考えて行動しなければならない。これを「忠実義務ーと一言う。 を 主もう一方の「善管注意義務ーとは、その立場にある人であれば、当然払うであろう注意をもって業 と務を誠実に遂行する、という義務だ。たとえば、信頼された者 ( 経営者 ) は、信頼してくれた側 ( 株 企 主、法人としての会社 ) の利益さえ考えていればよいのかというと、それだけでは不十分である。信 4 頼してくれた側の利益を考える、ということは、さらに、利益につながるよう、十分な注意を払いな がら職務を遂行することまで含まなければならない。たとえば、組織であれば「後はすべて部下に任 115
インテグリティを競争力に変えるための取り組みは、日本ハム・グループにおいても始まってい る。二〇〇二年八月、子会社による補助金の不正受給が発覚。この事件の事後対応を誤り、日本ハム は消費者と市民の激しい怒りを買った。全国の小売店は、次々と日本ハム商品を棚から下ろし、これ を製造元へ返品していった。山となって返ってくるこの商品を焼き捨てたのは、それを製造した社員 自身であった。手塩にかけて作った商品を、また何の瑕疵もない商品を、彼らは、四十数億円の費用 をかけ焼き捨てていった。工場で働く人であれば、これがいかに残酷な試練、仕打ちであったかは容 易に理解できよう。この時の辛さ、悔しさ、空しさは、日本ハム・グループが本格的な組織改革に乗 り出す大きなきっかけとなっている 事件後、社長に就任した藤井良清氏が全社員に呼びかけたのは「日本でもっとも誠実と言われるよ うな会社を目指し努力しよう」であった。その気持ちを肝に銘ずるため、一一年弱の間、全役員・社員 が『日本で一番誠実な会社を』という名刺サイズのスローガンを胸に付けて働くこととした。 事件後、同社では、経営倫理室や内部監査部門が強化され、通報制度も積極的に活用されるように なっていった。藤井社長や改革推進本部長の梅本洋右氏 ( 現副社長 ) が推進役となり、またコンプラ ィアンス推進本部長の植木五郎氏と経営倫理室長の宮地敏通氏が現場の声を聞きながら、具体的なグ ループの風土改革に着手した。特に「宮地氏は、この間、事務局として大変な苦労を重ねられた」と 私は思っている。また経営側は、社内だけの取り組みでは不十分であると判断し、三菱商事より上田 敏氏 ( 現取締役 ) を執行役として、また資生堂出身の早川祥子氏を社外取締役として迎え入れた。 その結果と評してよかろう。二〇〇三年にも、二〇〇四年にも、日本ハムは、過去に行なわれてい 250
を命じた。この判決に関しては、原告、被告ともに納得せず、控訴。最終的には、大阪高裁で和解に 至り、被告側が大和銀行に対して支払う金額は現実的な額にまで引き下げられた。 ちなみに、取締役の義務を考える本書の狙いからすれば、和解に至ったことは、それほど重要でな い。なぜなら、善管注意義務や監督責任の議論とは関係のない、手続上の要因が強く働き和解となっ たからだ。その要因とは、二〇〇一年一二月に、旧大和銀行が株式会社「りそなホールディングス。 という持株会社の傘下に収まったことである。 これにより、旧大和銀行の株主は、株式交換で自動的に持株会社の株主となってしまった。その結 果、法律上、旧大和銀行の取締役に対して訴訟を提起できる原告は同持株会社となり「訴訟を提起し ていた従来の株主は、厳密な意味では、原告適格を失う」との解釈が出てきたのである。またこれと 変は逆に、あさひ銀行も同持株会社の傘下に入ったため、旧あさひ銀行の株主が、りそなホールディン はグスの株主になったことを理由として「新たに旧大和銀行の取締役に対する訴えを起こすことができ 制る」との議論も出てきた。 巡当時の商法は右のような状況を想定しておらす、結局、司法による「原告適格に関する判断」を待 を 主っしかなかった。ただし、それにはさらに多くの時間を費やすことが避けられず、原告・被告、とも とにやむを得ず、和解の道を選んだわけだ。彳 皮らはこれを「金融システムの基盤強化が緊急課題とされ 企 る状況下で、大局的見地から大和銀行と株主の利益に合致するとの認識」 ( 和解条項 ) をもって和解 4 したとい、つ 第 こうして「大和銀行の取締役ら四九人に対し総額一四億五〇〇〇万ドルを同行に支払うことーを求 119
問題解決の責任は組織が負う 第二に、同法は、問題を解決するのが基本的に組織そのものであることを明確にしている。それゆ え、通報にあたっては、ます組織の内部で指摘を行なうこと、つまり「内部通報ーを行なうよう、通 報者に求める。 既述のように「内部告発を行ないたい」などと考える人はますいないそれでも告発があるとすれ ば、それは、かなりの決意があっての判断と考えなければならない。 一般に「内部告発者を支援する民間団体は、内部者に対しできるだけ告発を行うよう促す」と考え られがちであるが、これは大きな誤解である。たとえば、欧米の内部告発者支援団体は、通報者に対 るし、ます内部告発を思いとどまるよう説得する。「告発した後に起こることすべてを覚悟しているの わか」「家族の者も了解しているのか」「しつかりとした証拠を持っているのか、「この問題だけで、残 りの人生を送ることになるかもしれないが、それでもよいのか」「自分自身が批判を受けるようなや ましいことをしていないか」などなどを確認した上で、それでも告発するというのであれば、彼らも テ 了解し支援を開始する。 ろいろなアドバイスも与える。通報者は、その一つひとつに厳 テまた実際に告発を行なう前には、い イ 格に従わなければならない。たとえば「誰に対しても、事実に枝葉をつけた話、大げさな説明をしな 2 いこと , 「日常の言動に責任を持っこと」「色仕掛けなどに注意すること」「ギャンプルや酒にかかわ 第 らないこと」といった助一言だ。これらのアドバイスを見てもわかる通り、外部に対し告発を行なった
困難と思われるような内容となっていた。 のこの結論は、ほとんど時間切れという状況の中で理事会に提出された。この提出を 受け、二〇〇四年六月、はスウェーデン・ストックホルムで国際会議を開催した。日本の産業 界を代表し出席した深田静夫氏は、壇上で「規格づくりを進めれば、やがて細部に悪魔が出てくる」 と述べ、将来、多くの難題が出てくることを示唆した。その難題に取り組んでいくだけの覚悟がある のか、会場の出席者たちに問題提起したわけだが、この国際会議は、個々人の意識を越えた何物かに 導かれるように、規格作成支持へと流れていった。 そして、国際会議直後の理事会において社会的責任に関する国際規格の作成が正式決定され 現在、この正式決定を受けて、作業が始まっているが、深田氏の指摘通り、規格作成作業は、行き っ戻りつを繰り返している。余談ではあるが、現在、深田氏本人が、日本のエキスパート・グループ の団長を務め、大変な苦労をされている。「将来、大変なことになるが、その覚悟ができているのか」 と指摘した本人に、結局、予想された通りの難問がぶつけられているわけだ。皮肉なものであるが、 それだけ深田氏には、日本のみならず、国際社会からも大きな期待が寄せられている もっとも「行きっ戻りつを繰り返している」と言っても、それはまったく先へ進んでいない、ある て 代いは先へ進まない、という意味ではない。既には、二〇〇八年一〇月に IS026000 を発 行すると公表した。公表した限り、 *(-no は、何としてでもタイムテープルにのせてくるはずである 結 283
第一に、信託に関して説明したように、信頼される側は、信用してくれる側を、その気になれば簡 単に裏切ってしまう、あるいは自分を律することができなければ、常に裏切る誘惑に駆られる、とい うことだ。裏切るという言葉がきつければ、信用してくれる側に甘え、手を抜くことができる、とい 、つことである たとえば、信頼される側は、自分に都合の良い理屈を練り上げ、「先方ならこれくらいのことは許 といった勝手な論理で己 容してくれるであろう」あるいは「先方に要らぬ心配をさせてはならないー の怠慢を正当化し、信頼してくれる側に甘えてしまう。こんなことをやるから、ある日、突然、企業 側の一方的な理屈が不祥事に発展し、表に出てくるのである。 とりわけ、一九八〇年代、多くの日本企業が好業績に浮かれ、企業倫理という考え方には、ほとん どいずれの企業も興味を示さなかった。この時期、私は、ある事業者団体を訪ね、企業倫理に関する あ研究の必要性を提案したことがある。返ってきた答えは「日本企業の倫理が素晴らしいから、日本経 済がこんなに好調なのだ」「今さら、企業の倫理について何を研究するのか」であった。 儔その時代、企業の倫理が素晴らしかったかどうかはわからないが、企業は人さえ採用すれば、簡単 に利益をあげることができた。このため、八〇年代後半、多くの企業が大量に従業員を採用した。前 と年一〇〇〇名だった従業員数が今年は二〇〇〇名に、そして来年は四〇〇〇名に、というように倍々 企 で増やしていった企業もある。もはや、そこには、企業の理念やミッションを真面目に教育する時間 章 的あるいは精神的な余裕などなかった。「そんなことをやっていたら、儲けるチャンスを逸してしま 第 う」というのが、当時の傾向だった。
てゴミにしてしまう。それゆえ、外部の者を入れない完全に閉じたシステムを構築しなければならな 、 0 そうなると「回収した商品は、手作業レベルで、どこまで分解するのか」「どれくらいのカテゴ 丿ーを設けて整理していけば、現実的なのか」「シュレッダ 1 ・システムにどこまで任せるのか」な ども細かく検討する必要が出てくる。 一定のレベルまでなら廃棄量を減らすことも可能であるが、これをゼロに持っていくためには、大 変なコストがかかってしま、つ。コストをかけ過ぎれば、今度は顧客の満足を下げることになりかねな 、 0 そこでまた知恵を絞ることになる。 このような議論を全社的に展開し、富士ゼロックスは、最終的に、商品を分解・分別する上でもっ とも合理的なカテゴリ 1 を確定し、鉄系、アルミ系、レンズ、ガラス、銅系などの四四分類を採用し た。このカテゴリー分類を前提とし、同社は、閉じたループの中で部品を循環させるシステム、新規 っ資源の投入を極力抑えるシステムを構築したのである 亠ま 循環システム稼働後の二〇〇〇年八月、富士ゼロックスは、ついに使用済み商品の廃棄ゼロを日本 'Ä国内で達成した。渡辺氏によれば、それまでに三二億円の資金を投入したという ( 八年目を迎えた二 ャ〇〇三年、初めて黒字に転換した ) 。 チ の 業 企 アジア・バシフィック地域に統合リサイクル・システムを 章 日本国内に構築したこの資源循環システムを国際展開したのが、アジア・パシフィック地域におけ 第 る統合リサイクル・システムである。 231
する責任が伴わないのか」というものだ。なぜなら、一方で所有しながら、他方で責任を回避すると いう妙案が、株式会社制度を巡って練られてきたからである。少し理屈つほくなるが、解説しておく 必要があろう。 所有権に関する古典的な説明は、ジョン・ロックにまで遡る。彼によれば、各人は自己の身体を、 自己の身体による活動 ( 労働 ) を、そして自己の労働の産物をそれぞれ所有する、という。つまり、 自己の身体を用いて労働し、その労働を自然物に混入すれば、その産物に対する所有権を取得できる という。たとえば、自然に生っているイチゴを採取すれば、イチゴに対する所有権を得、また未開の 地を開墾すれば、その土地の所有権を得るというのである。 ただし、ロックはこれに一つの重要な条件を付けた。それは、ある者が所有権を得た後でも「他の 者が十分かっ同程度にそれを使用できることーというものであった。イチゴを採取しても直ぐに実が 生り、他の者も同様にイチゴを採取できること、ある者が土地を開墾しても、依然として未開の土地 が残されていること、これらを条件としたのである。 言うまでもなく、現代社会では「他の者が十分かっ同程度にそれを使用できる」という条件は、ほ とんど説得力を持たない。たとえば、何処までもフロンティアが広がっていると考えられた時代であ れば、ある者が土地を所有しても、他の者の所有を妨げることはない。しかし、もはや誰もフロンティ アが無限であるなどとは考えていない このため、ロックに続く哲学者たちは、古典的な所有概念の修正を試みてきた。ここで特に注目し たいのは、現代社会のあり様を前提として修正を行なった一九七〇年代の考え方である。たとえば、 150