本居の遺作などは、平成十一一年十月、三重県松阪市にオープンし た「本居長世メモリアルハウスに収められている 館長の松浦良代さんは童謡の普及者として行動した本居の魅力に 取りつかれ、自宅を開放してまでハウス設立に奔走した人だが、昨 年九月上旬ハワイを訪ねた際、本居の力に改めて驚かされた。 老人ホ 1 ムで若葉さんの吹き込んだテープをお年寄りに聞いても らった。九十五歳の老人が涙を流して歌い、「いい歌だった。また 来てね」と松浦さんに礼を述べた。日本に比べ米国では日系人の間 で本居の童謡が歌い継がれ、しつかりと根付いているのだった。 松浦さんは「日本人は新しいものを取り入れると、古いものは本 当によいものまで捨ててしまう。大人が子供に伝えることをやめて しまった」と落差を痛感する 遺品などを展一小する本居長世メ モリアルハウス ( 三重県松阪市 ) は海を第らた

ふうび 本居長世 ( 一八八五ー一九四五年 ) 。大正中ごろから一世を風靡 して「童謡の父ーと称せられる。「七つの子」「十五夜お月さんー 「赤い靴」「青い眼の人形」の作曲家と聞けば、メロディーを思い出 す人が多。に、 ( な ( 言語学者・金田一春彦氏が「日本の童謡史上、第一の功労者と考 ちゅうちょ えることに躊躇しない ( 「十五夜お月さんー本居長世人と作品」か ら ) と評価する大家がいまでは、教科書でほとんど忘れられかけて いる。だが、本居は生涯に八百曲近い童謡を残した。その中で会心 の出来栄えと自負していたのが「十五夜お月さん」である 江戸中期の国学者、本居宣長の末裔である長世は東京音楽学校で 十五夜お月さん 「童謡の父」を覚えていますか まっえい 【作曲】 もとおりながよ 明治年、東京生まれ。東 京音楽学校ピアノ科卒。 「十五夜お月さん」「お山の 大将」など童謡を数多く作 曲した″日本童謡の祖″ 西欧の音階と日本のわらべ 歌の音階を巧みに取り入 れ、歌いやすい新しい童謡 を次々に発表した。昭和 年月日殳。

十五夜お月さん 十五夜お月さんごきげんさん ばあやはおいとまとりました 十五夜お月さんいもうとは いなかへ貰れてゆきました 十五夜お月さんかかさんに も一度わたしはあいたいな もら 作詞野口雨情 作曲本居長世

赤い靴 一赤い靴はいてた 女の子 異人さんにつれられて 行っちゃった はとば ニ横浜の埠頭から 船に乗って 異人さんにつれられて 行っちゃった じん 三今では青い目に なっちゃって 異人さんのお国に いるんだろう 四赤い靴見るたび 考える 異人さんに逢うたび 考える 作詞野口雨情 作曲本居長世 1 O

婦が、開拓地に入植するのに幼い子を連れて行けないため、アメリ カ人宣教師に養子に出した。その子の行方がわからないという話を 打ち明けられ、薄幸な子供をモデルにしたのが「赤い靴」誕生の秘 話である 昭和五十年代、テレビ記者の精力的な取材で、モデルの女の子は 病気で渡米できず東京・六本木の教会施設で亡くなったことが突き 止められた。したがって、拉致の被害者でないことは明白だ。それ でもなお、教科書会社はタブー視するのである。 本居長世メモリアルハウス ( 三重県松阪市 ) の松浦良代館長は 「大正の曲だから、外国に十分開かれていない時代背景がある ま差別的だと批判されるのだったら、本居が童謡普及のために全国 旅行した苦労は何だったのか、ということになる」と残念がる 童謡・唱歌の世界に存在する変なタブ】。差別につながるとレッ テルがはられるや、出版社が自己規制する悪弊が繰り返されてきた のだ 127

だが、世間の関心は歴史と公民教科書にとどまっている。その陰 に隠れた音楽の世界で、実は深刻な伝統破壊、日本語の混乱がゆる やかに進行していたのだ。音楽教科書を通読した私は、ここに「も う一つの教科書問題ーが潜んでいることを確信した。 こうして取り組んだのが十三年十一一月、一カ月近く産経新聞に連 載した企画「教科書から消えた唱歌・童謡」である。今日の教科書 の長所、短所を検証するには過去の教科書との対比が不可欠である 取材では明治以降の教科書や文献に当たり、研究者をたずね歩いた。 また一曲ごとに込められた作詞・作曲家の情念やエピソードを発掘 するために、ゆかりの人たちや関係施設を支える人たちへのインタ ビューを繰り返した。 唱歌・童謡という、未体験の森に分け入る作業は、知られざる事 実と魅力的な人物との出会いの日々だった。。 こく普通の音楽教育を 受けたにすぎない私は滝廉太郎、山田耕筰、西条八十程度は知って いても、本居長世や清水かつら、弘田龍太郎らについて何の知識も 151

変なタブー 自己規制と外圧で作られる 「赤い靴」。野口雨情、本居長世コンビで大正十 ( 一九二一 ) 年に 発表された童謡は根強い人気を保っている。ところが、教科書に扱 われることがない。その理由を教科書編集者が明かす 「いい曲なんですが、『異人さんにつれられて』の歌詞は、外国人 が女の子をさらうという意味に受け取られ、外国人への差別的ニュ アンスがある。だから載せにくい 確かにいまは外国人のことを異人とはいわない「船に乗って連 らち れられる」は、どこかの国の拉致事件を連想させる。しかし待って まし、。 そんな恐ろしい目にあった女の子の曲なのだろうか 野口は札幌の新聞記者時代に作詞のヒントを得た。隣で暮らす夫 【作詞】 あさはらろくろう 明治年、長野県池田町生 まれ。早稲田大学英文科卒。 卒業後、実業之日本社に入 社し、「少女の友」を編集 このころ鏡村のペンネーム で童謡「てるてる坊主」を 作詞。その後、小説に専念 し、川端康成・尾崎士郎ら と十三人倶楽部を結成。代 表作に「混血児ジョオヂ』 「女群行進』などがある 昭和年加月日没。 126

157 野口雨情記念館 茨城県北茨城市磯原町機原 130-1 TEL. 0293-43-4160 9 : 00 ~ 16 : 30 月 ( 祝日の場合は翌日 ) 年末年始休館 「七つの子」「赤い靴」などの作詞者・ 野口雨情の遺品や資料を展示 浜辺の歌音楽館 秋田県北秋田郡森吉町米内沢字寺の下 17-4 TEL. 0186-72-3014 10 : 00 ~ 17 : 00 月・第 3 日・年末年始休館 「浜辺の歌」の作曲者・成田為三の業績を 歌教室が定期的に開催され、自由参加できる いてのさまざまな展示物が並んでいる。また、唱 地元鳥取はもちろん、国内、世界の子供の歌につ 第 3 水 ( 祝日の場合は翌日 ) 年末年始 9 : 00 ~ 17 : 00 TEL. 0857-22-7070 鳥取県鳥取市西町 3-202 わらべ館 当時の楽譜や彼の遺品などを展示 「早春賦」の作詞者・吉丸ー昌。 無休 8 : 30 ~ 17 : 00 TEL. 0972-63-7999 大分県臼杵市市浜 980 吉丸ー昌記念館早春賦の館 本居長世の直筆楽譜などを展示 「七つの子」「赤い靴」などの作曲者・ 月 ~ 木 ( 6 、 7 、 1 、 2 月 ) 休館 10 : 00 ~ 17 : 00 TEL. 0598-29-6715 三重県松阪市下村町 2203 本居長世メモリアルハウス ロポット・ピアノ自動演奏で紹介 瀧廉太郎記念館 大分県竹田市大字竹田 2120-1 TEL. 0974-63-0559 9 : 00 ~ 17 : 00 年末年始休館 「荒城の月」の作曲者・滝廉太郎の旧居を 改装、遺品を数多く展示 月の沙漢記念館 千葉県夷隅郡御宿町六軒町 505-1 TEL. 0470-68-6389 9 : 00 ~ 16 : 30 水 ( 祝日の場合は翌日 ) 休館 「月の沙漠」の作詞者・ 加藤まさをゆかりの品々を展示 てるてる坊主の館 浅原六朗文学記念館 長野県北安曇郡池田町大字池田 3203-5 TEL. 0261-62-6666 9 : 30 ~ 17 ℃ 0 月・祝日・年末年始休館 「てるてる坊主」の作詞者・浅原六朗の 文学作品や日記、蔵書などを展示 中山晋平記念館 長野県中野市大字新野 76 TEL. 0269-22-7050 9 : 00 ~ 17 : 00 ( 3 月 ~ 11 月 ) 9 : 30 ~ 16 : 00 ( 12 月 ~ 2 月 ) 月 ( 12 月 ~ 3 月 ) 年末年始休館 「背くらべ」「てるてる坊主」などの 作曲者・中山晋平ゆかりの品々を展示 日本国際童謡館 熊本県南阿蘇郡久木野村久石 3516 TEL. 09676-7-2577 10 : 00 ~ 17 : 00 ( コンサート 10 : 30 、 14 ℃ 0 ) 火 ( 祝日の場合は開館 ) 12 月 ~ 3 月下旬まで休館 懐かしい曲、埋もれた佳曲、新しい曲、童謡のすべてを楽 しめる。専属歌手による毎日 2 回のコンサートで、懐かし い曲から新しい曲まで童謡・唱歌のすべてがナマで楽しめる 訪館の際には念のため、休館日・営業時間・所在地をご確認ください。

その代わり、聞き慣れないカタカナ曲が増えていることがわか るだろう 唱歌・童謡を放逐して、一一十一世紀にふさわしい愛唱歌が登場す るのなら許せようが、どの教科書も乱れた日本語、意味不明な単語 の羅列にすぎない曲や外国曲が随分目につく。 幾世代にもわたって歌い継がれた唱歌・童謡は世代間のギャップ を埋めるばかりか、肌の違い、国境の壁を越えるコミュニケーショ ンの手段である。外国人家庭に招かれて「日本の曲を歌ってほしい と求められた人もいるだろう しかし、いまの曲に唱歌が果たした歴史的な役割を期待できるだ ろうか教科書を手にして驚かされるに違いない 。この重要な問題 はあらためて詳述する 唱歌・童謡の受難は戦後、 ( 連合国軍総司令部 ) の教育政 策で軍国調、国家主義的な唱歌の追放に始まり、高度成長が加速さ せた。

ピアノを学び、首席で卒業した。本格的に作曲活動に入るのは大正 九 ( 一九二〇 ) 年、同校助教授を辞してからだ。同年九月、雑誌 「金の船」に「十五夜お月さん」を発表した。 野口雨情 ( 一八八一一ー一九四五年 ) の詩は、母を失い妹や世話を してくれる婆やとも離れて一人、月を見上げる子供の寂しい姿を描 写する本居は古謡「うさぎうさぎ」の旋律を取り入れ、ゆったり と歌い上げた。 本居は自信作を八歳の長女・みどりさんに歌わせることにした。 同年十一月、東京・有楽座でオーケストラをバックに歌唱するけな げな姿は大喝采を浴びた。この成功で野口とともに童謡作家として の地位が確立された。 本居の曲の魅力は、長短両音階の巧みな流れにやさしく、どこか もの悲しげな日本情緒が漂うところにある。そのやさしさは一男三 女のわが子を見つめる父親のまなざしかもしれない。そして三人の 娘は作品普及の最大の功労者でもあった。 かっさい 筰詞】 のぐち - つじよ - っ 明治朽年、茨城県中郷村生 まれ。東京専門学校英文科 中退。中学から詩作を始め、 年三木露風らと早稲田新 社を結成。大正 8 年から童 謡を書き始める。北原白秋、 西条八十らと近代童謡の基 礎を固め、以後も童謡、地 方民謡の創作に活躍した。 代表作に「十五夜お月さん」 「波浮の港」「青い眼の人形」 などがある。昭和年 1 月 7 日殳。 1 第 マ /