間違いなくいえるのは、日銀当座預金残高の増加は、鉱工業生産にはっきりと影響を及ばし ているとい、つことだ。 しかもこの研究では、量的緩和政策が株価の動きを通じて国民経済に影響を及ばしているこ とも明らかにされている。これは私の師ジェ 1 ムズ・トービンが主張した、「貨幣量の変化が 経済主体の資産選択を通じて国民経済に影響を与えていく効果」にほかならない。 「貨幣を増やせばテフは止まる、というのは、ゼロ金利下ですら、充分に正しい真理なので ある しかも、広義の買いオペ、つまり貨幣を増やすとき諸証券を買うとその効果が拡大すること は、のバーナンキ議長のにおける抵当裏付け証券に対する介入成果が証明してい る。 広義の「買いオペ」を「包括緩和」と名付けて、実施したのは日本のほうが早い、というの が日銀の自慢だが、その規模はあまりに小さいものだった。そのため、物価、円レ 1 ト、そし て株価には、ほとんど効果が及ばなかったのである
政策は効かない」という見解が、明白に反証されたのである 金融緩和は、ただ量だけで効くのではない。 このときのように、「期待」を通じての効果が 大きいのである。 繰り返して強調したい。過去数年間、さまざまな経済要因のなかで、それがたとえ中途半端 なものであったとしても、二〇一二年二月のインフレ・ゴール宣言以外、ここまで株価や為替 レートに影響を与えたものがあっただろうか ? 日銀が何度、否定しようとも、インフレ・ゴ 1 ルと買いオペ ( 中央銀行が市場から有価証券 を買い入れ、通貨を放出すること。市場にある通貨が増加するため金融を緩和し、金利を引き 下げる効果がある ) に対する積極的姿勢の表明は、株価、為替レートに対して明白に効くの だ。そのことが、市場によって如実に示された。 またこれは、国際金融論の最初の一時間目に学部生に対して教えることでもある。もっと も、日本銀行のある高官は、貨幣供給の増加の予想が株高をもたらすという理論の基本さえ理 解していないか、理解しようともしなかったのだが : 金融緩和の必要性からのがれるために 日本経済が長期成長の経路を堅実に歩むためには、たしかに人口成長率や生産性上昇率を高 めることが必要だ。政府の構造改革も必要だろう。しかしそのような変化は、一朝一タには達
持っているのに、「薬は使うな」と指示しているようなものである これは、日銀とまったく同じスタンスである デフレや円高のようなとき、すなわち通貨の価値が高すぎて困っている場合には、通貨を増 しよほうせん やすのが、古今東西を通じて有効な処方箋。これは現代経済学の常識である。しかし日銀は、 「金融緩和は効きません」と言い続ける。これは、胃が痛いといってきた患者に対して、その 病院にしかない特効薬を医局の都合で出さず、呼吸器 ( 財政 ) や循環器 ( 産業政策 ) の専門医 に行ってくれといっているようなものである もちろん、私は日銀や政府の政策担当者に個人的な恨みなどない。私が東京大学時代や、イ エール大学で教えたり、指導したりした人、共同研究者だった人が、日銀、財務省、経済産業 省などにはたくさんいる。重要な地位にいる人も多い。みな、いまでも親しい友人だ。しか し、彼らのすることが国民生活に及ばす効果や弊害を考えると、「人は憎まず、されど政策の 結果 ( Ⅱ罪 ) を憎む」といわざるをえない 首相の狂気「増税すれば経済成長する」 大臣たちだけではない。菅直人首相は、信じられないことに、「増税すれば経済成長する」 えだのゆきお と語った。「利上げすれば景気が回復する」といったのは枝野幸男官房長官だ。 も、つ笑、つしかない そんな高橋氏の言葉に、私もうなずくしかなかった。 4
する効果がある。 アメリカのエネルギ 1 省が推定した二〇一〇年の日本の温暖化ガス排出量に基づいて、同省 案の炭素税を課すとすれば、約八〇〇〇億円の税収が見込めると、クーパ 1 教授はいう。これ では充分でないかもしれないが、財政再建のためには真剣に考慮されるべきではないだろう また環境税の効果は、水や空気をきれいにするだけではない。イノベ 1 ションを通じて新た な需要を生み出すきっかけになる。それにより、日本は低成長から脱する糸口をつかめるかも しれない。 る す 世界は日本経済の復活を知っている 復 変動相場制のもとでは、アメリカの金融緩和は、日本に景気収縮的な影響を及ばす。アメリ す力のは、真剣に金融緩和姿勢を続けている。一方、日本は表向きだけ緩和の姿勢を見せ ま るが、本腰であるよ、つには田 5 えない 本 日銀総裁の発言から、「二〇一二年二月のバレンタインデー緩和は効かなかった」「効いても 日 らっては過去の日銀の立場がないので困る」「デフレの犯人は人口構成だ」という本音が透け 章 て見えてしまうから、二〇一二年九月の金融緩和には、市場はほとんど反応しなかった。バレ 終 ンタインデ 1 や九月の緩和宣一一一一口自体が、「見せ金」に等しい政策であることは、すでに述べた 2 ラ 9
経済行動に大きな変化を与えない可能性が出てくる。だからゼロ金利下では、短期国債や残存 期間の短い長期国債ではなく、長期国債や民間株式や債券の購入、あるいは外為市場における 円売り介入のほうが、デフレを止めるためにはより有効ということになる ( ちなみに日銀がも つばら買っているのは、長期国債といっても残存期間の短い長期国債だ ) 。 私はこれを、広義の「買いオペ。 ( 中央銀行が銀行から国債などを買うこと。代金が中央銀 行から銀行に支払われるため、通貨量が増える ) と呼びたい。 ゼロ金利下では貨幣を増やせばデフレは止まるが、その効果は弱くなる。そこで「広義の買 いオペを行えば効果はいっそう上がる」と付け加えれば完璧になるのではないか 実際、たとえば一一〇一〇年三月の金融政策会合では、金融機関に短期資金を貸し出す「新型 オペ」の規模を拡大することを政策の目玉とした。しかし、このような短期金融市場に働きか けるオペは、理論上あまり効かない。長期金利、円ドルレート、そして物価水準には、あまり 影響を与えないのだ。 つまり、あまり効かないことが分かっている薬を処方しておいて、「やつばりダメじゃない か」とする、日銀がよく使うトリックだったのである。ある新聞は、そんなやり方を、「緩和 のジェスチャー」だけをしていると評していた。まさにそのとおりだ。
9 から、産業界のハードルの高さは変わっていない ゼロ金利のもとでは、金融の量的緩和は有効とはいえ、効果が弱くなる。効果を強めるに は、人々に通貨にしがみつかせないため、「期待」に働きかける必要があるのだ。 ハレンタインデ 1 の政策変更は、「期待ーに働きかければ金融政策が有効だということを示 してくれた。だが日銀は、物価上昇の目標を「目途」と名付けることで、人々が充分に信じな いようにプレ 1 キをかけたといえる。そしてそれ以後、追加金融緩和のフォローアップも充分 ではなかった。 日銀が本気だと主張するならば、デフレ、円高のトレンドを反転してから、ドルが少なくと も〇円口になってからいってほしい。こ、つなると、日銀の本心は変わっていないと見るしか ない。白川総裁のコメントも、このことを裏付けている。 いま、心ある政治家からは、日本銀行法改正の声が上がっている。それもあって、日銀はデ フレ対策にも真剣であるようなジェスチャーを見せたのではないか。そしてそのことで、日銀 法改正をやめてもらう免罪符にしようとしたのではないか。 しかし、本心としてはデフレを保っておきたい。そのためにインフレ「目途」を一。 トにとどめた。あまり効きすぎると、いままでの日銀の策が間」しだったことが匀カてし き小、つ、か、らに。 二〇一二年三月以降、緩和を積極的に続けなかったことには、そんな背景があるのだろう。 166
従ってインフレやバブルを放任してしまわないように、という狙いだ 日銀法が改正された当時は、中央銀行の独立性がマクロ経済の安定に役立っという研究結果 も多かった。また、役人への接待スキャンダルが多く報じられてもいた。大蔵省への風当たり は強 / 、日銀に対して一 を = = ることにも抵抗できなかったのだろう。 日銀法改正には、当時の大蔵省の思惑に左右されすぎた金融政策の問題点を是正する効果 が、たしかにあった。日銀の会合や、総裁あるいは政策審議委員の講演等、金融政策のあり方 がガラスりになった点も評価できる。その代わり、今度はあまりにも日銀に権限を与え過ぎ てしまったである ほとんどの国では、金融政策の目標として、経済成長の促進と完全雇用の維持などが定めら れている。中央銀行に自主性が与えられるのは、それらの目標を達成する手段として何を選ぶ かにおいてだ。 だが新日銀法のもとでは、手段だけでなく、目的すら日銀が勝手に決めることができる。そ れが「独立性」とされているのだ。しかも、その結果について買缶を・間われ - る。一」・どもない " 。 「日本銀行は、通貨及び金融の調節を行うに当たっては、物価の安定を図ることを通じて国民 経済の健全なる発展に資することをもって、その理念とする」 ( 改正日銀法第二条 ) つまり、目標としては物価安定が掲げられているが、成長や雇用を目標にせよとは書いてい なし「国民経済の健全なる発展ーは、あくまでも物価の安定を通じて達成されるという理屈
序章教え子、日銀総裁への公開書簡 図表 1 」マネタリー・べース前年比の推移 ( % 、前年比 ) 25 インフレ 「目途」導入 O 2 5 0 とっては「良い日銀であったが、総裁の談話 などを聞いて、「悪い日銀ーがまだ隠れている のではないかとも思えたのだ。 あんじよう 案の定、何カ月か経っと、私が「良い日銀 の看板にだまされていたことが分かってきた。 「バレンタインデー緩和」が有効だったのは、 それがうまく期待に働きかけたからに他ならな 。しかし、期待効果が有効に働くのは、期待 がもっともらしい、信頼できるものでなくては 0 ならない 総裁談話や講演の内容は、「金融緩和を外国 もやっているし、国内の批判も激しいので、仕 方なく宣言していますが、実はデフレ脱却には 。行効かないのです」といわんばかりのもの。そし 2 銀 て実際、バレンタインデーのあと約半年の間、 日銀政策審議委員会は、買い入れ資産の五兆円 5 出 増額を除いては、なんら金融緩和の具体的、あ
大震災のようよとき、機動的な対策を打てない。しかし、増税の前にできることがいくらでも あるといいたいのだ。そして、もし増税が必要だとしても、然るべきやり方がある。 金融を緩和しないまま消費税を引き上げるのは、最悪の場合、消費税収そのものが減ってし まいかねない。 そうでなくても、税率上昇による経済活動の鈍化のために、所得税や法人税の減収が消費税 の増収を帳消しにすることは、すでに述べたを本龍太郎内閣の教訓からも明らかだ。 当時、わすか二パ 1 セントの増税でも、財政収入が減少してしまったのだ。ましていま、災 害後 0 国民 0 苦しむ時期を狙 0 たか 0 よう」税負担をかけようとする 0 は、順序からしも かしい 仮に消費税を上げざるをえないとしても、そのことで景気を悪化させずに済み、しかも長期 「的には望ましい歳入歳出のバランスを回復しようとするなら、が提一言するように、消費 税を毎年一バーセンドずつ、たとえば一〇年間上げていく政策を私は薦めたい。 ぜんしん それでも、課税による効率の低下をまったく避けることはできないのだが、その影響は漸進 ふかおみつひろ 的なものとなる。慶応大学の深尾光洋教授が強調するように、将来の増税を避けようとする国 民による消費の前倒し効果も期待できる。 税金がすべて効率上の損失を生むとは限らない。たとえば環境税のように、人々が環境汚染 をもたらすインセンテイプを取り除こうとする税もある。それは税収を上げながら環境を浄化 てき 2 ラ 8
るどころか、受け止めてさえもらえなかったのである。 これではいけない。国民のためには、このままではいけない。そんな思いは、さらに募っ た。とはいえ、白川氏や日銀に何かを投げかけても効果はないことも思い知らされた。そのこ とが、私が本書を執筆しようと決意した理由の一つでもある。 これは師弟関係がどうであるとか、弟子が師に反抗するといった次元の話ではない。新し く、より正しい理論で教師に反抗するのはよくあること。これはむしろ健全なことだと、教師 として私は学生に奨励してきた ( 霞が関の各省で、「浜田ゼミの卒業生は生意気だ」といわれ 簡たのも、そのような理由によるのであろう ) 。 書 開 ただし、正統的な金融理論から日銀理論への回帰は、経済学発展の流れからすると逆噴射で 公 のある。最も困るのは、それが稼働率の低下や失業、そして倒産を生む、国民を苦しめる方向へ 裁の退歩でもあるからだ。 日銀やその総裁に対してではなく、自分のメッセ 1 ジか届く範囲を広げなければいけない。 日 そのためにあるの 私が一生かかって研究してきた成果を、一般の人々にこそ知ってほしい。 子 え が、本書なのだ。 教 章 バレンタインデーの衝撃 序 一九九八年に新日本銀行法が施行されて以降、次章でも示すように、日本経済は世界各国の