事例 - みる会図書館


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1. 法学セミナー2016年05月号

事実の概要 124 ものにつき閲覧を許可する一方、 b の部分について は、刑事確定訴訟記録法 ( 以下「法」という ) 4 条 閲覧請求人は、放射性物質に汚染された木材チッ プ ( 以下「本件木くず」という ) を滋賀県内の河川 2 項 5 号の閲覧制限事由に該当するとして、閲覧ー 部不許可処分をした。これに対して閲覧請求人が準 管理用通路に廃棄したという廃棄物の処理及び清掃 抗告を申し立てたところ、原決定 ( 大津地裁 ) は、 に関する法律違反被告事件に係る刑事確定訴訟記録 上記閲覧一部不許可処分を取り消し、木くずの移動 の一部である①被告事件の裁判書、② a 滋賀県が河 経路に関する情報部分 ( 取扱業者名、土地所有者名 川敷進入のための鍵を貸与した経緯、 b 本件木くず と余罪に関する木くずの両方 ( 以下、単に「木くず」 を含む全情報部分 ) 、木くずの最終搬入先の都道府 県市町村名までの情報部分 ( 以下「本件閲覧許可部 という ) について移動経路、保管状況等が分かる供 述調書、報告書等、③起訴状の閲覧請求をした。同 分」という ) の閲覧を認めた。検察官側が特別抗告。 己録の保管検察官は①と③、②のうち a 等に関する [ 最三小決平 27 ・ 12 ・ 14 裁時 1642 号 28 頁 ] 刑事確定訴訟記録の閲覧制限事由 一三ロ 4 条 1 項は、 53 条 1 項を踏まえ、閲覧自由の原則 本件閲覧許可部分は、法 4 条 2 項 5 号の閲覧制 を定めている。法 4 条 2 項 5 号は、「関係人の名 限事由に該当するか。 誉又は生活の平穏を著しく害する」場合に例外的 に「閲覧させないものとする」ことを定めるが、 本決定は特別抗告の一部を認めて原決定の一部 「一般の閲覧に適しないもの」 ( 53 条 2 項 ) の具体 を取り消した ( その余の特別抗告は棄却 ) 。すな 例の一つである。「著しく」という文言があるこ わち、別紙 ( 除外部分 ) を除いた本件閲覧許可部 とからも、法 4 条 2 項 5 号の該当性は、制限的に 解釈すべきであり、特別の重大な被害が発生する 分の閲覧を認めた。 「本件閲覧許可部分のうち、別紙の除外部分に ことが明白で現実的であるような場合に限定すべ きである。さもなければ、閲覧の禁止が、名誉や ついては、これらが閲覧されると木くずの取扱業 生活の平穏 ( プライバシー ) の名のもとに無限定 者、移動経路、搬入先の土地所有者等が特定され、 これにより風評被害、回復し難い経済的損害等が に広がる危険性がある。 発生し、関係人の名誉又は生活の平穏を著しく害 本決定は、別紙の除外部分が法 4 条 2 項 5 号に することとなるおそれが認められる。閲覧請求人 該当することのほか、閲覧請求人の「請求の範囲」 自身、上記のとおり、『関係者の固有名詞や役職名、 と「裁判の公正の担保」を理由に挙げて、この部 その他プライバシーに関する部分は除く』として 分を除いた本件閲覧許可部分の閲覧を認めるとい う一部 ( 不 ) 許可処分の結論を採った事例判断で 閲覧を請求しているのであって、原決定は請求の ある。このような閲覧制限事由の該当性の判断は、 範囲を超えているともいえる。また、 ・・・木くず 閲覧によって生じる弊害の内容・程度とその訴訟 の移動経路、搬入先については、市町村名の閲覧 記録を公開する利益との比較衡量によるが、さら まで認めなくても、裁判の公正を担保するに十分 と考えられる。」 ( 全員一致 ) に閲覧請求人の属性や閲覧目的も考慮される。最 別紙 ( 除外部分 ) 近閲覧を認める方向での判断を示した最決平 24 ・ 個人名、業者・法人名 6 ・ 28 刑集 66 巻 7 号 686 頁と最決平 21 ・ 9 ・ 29 刑 木くすの移動経路及び搬入先に関する市町村名以 集 63 巻 7 号 919 頁も、このような判断方法を採っ 下の住所・名称 ( 埠頭名、港名を含む。 ) ているが、本決定もこれに従っているといえよう。 船舶名、車両番号 前掲最決平 24 ・ 6 ・ 28 の閲覧請求人は弁護士であ り、訴訟等の準備の目的で第 1 審判決書の閲覧を 市町村の地方公共団体名 請求し、前掲最決平 21 ・ 9 ・ 29 の閲覧請求人は再 刑事確定訴訟記録の閲覧は、裁判公開原則 ( 憲 審請求事件の弁護人であり、再審請求のための記 法 82 条 ) に基礎づけられるとともにそれを実質的 録確認の目的を持っていた。これに対して、本件 に担保するものと位置づけられる。刑訴法 53 条 1 の閲覧請求人は、上記被告事件の告発人であり、 項が訴訟記録の閲覧を認める趣旨は、この裁判公 市民グループの代表者として、国民・周辺住民の 知る権利や平穏に生活する権利を主張していた。 開原則を拡充し、裁判の公正を担保し、かっ、裁 判に対する国民の理解を深めることである。 53 条 このような相違が、風評被害等のおそれの現実的 切迫性と相まって一部 ( 不 ) 許可処分の結論に至 1 項は、閲覧自由の原則を明らかにしているが、 法学セミナー 同条同項但書と 53 条 2 項は、その例外である。法 ったのではないか。 2016 / 05 / n0736 争 点 裁判所 の判断 山形大学教授髙倉新喜 解説 ( たかくら・しんき )

2. 法学セミナー2016年05月号

102 法学セミナー 2016 / 05 / 8736 LAW CLASS が開始された後の結果発生に至る因果の流れに関す る錯誤の問題に過ぎない」と述べて殺人罪の成立を 認めており ( 仙台高判平 15 ・ 7 ・ 8 刑集 58 巻 3 号 225 頁 ) 、 最高裁決定も原判決の判断を是認していることか ら、最高裁決定も因果関係の錯誤について法定的符 合説の立場から故意を阻却しないという考え方に立 っていると思われる。 [ 3 ] 【問題 2 】の結論 以上より、【問題 2 】の乙の罪責は、準備的行為 ( 第 1 行為 ) から死亡結果が発生したと仮定した場合は 殺人罪、構成要件該当行為 ( 第 2 行為 ) から死亡結 果が発生したと仮定した場合も殺人罪となるので、 いずれにせよ殺人罪 ( 199 条 ) が成立する。 また、乙は、甲、丙両名との共謀に基づいて殺人 行為を行ったものであるから、結局、甲、乙および 丙の 3 名に殺人罪の共同正犯 ( 60 条・ 199 条 ) が成立 する。 * 準備的行為 ( 第 1 行為 ) から死亡結果が発生したと仮 定した場合、準備的行為には殺人罪が成立する。これに対 し、現実に行った第 2 行為は、死亡している被害者を海中 に転落させたことになるので、殺人罪の不能犯の問題とな る。この場合、不能犯にはならないという結論をとると、 第 2 行為は殺人未遂罪となる。また、第 2 行為は殺人の故 意で客観的には死体遺棄を実現したことになり ( 抽象的事 実の錯誤 ) 、殺人罪と死体遺棄罪の構成要件は重なり合わ ないので故意犯は成立せず ( 第 7 講 94 頁 ) 、不可罰となる。 もっとも、殺人未遂罪は第 1 行為の殺人罪に包括して評価 されるので、乙の最終的な罪責は殺人罪となる。なお、乙 が現実に行った第 1 行為と第 2 行為を 1 個の行為とみるこ とはできない。なぜなら、第 1 行為は生命侵害に向けられ た行為であるのに対して、第 2 行為は死亡した被害者を海 中に転落させる行為であり、客観的には生命侵害に向けら れた行為ではないので、両行為に客観的な関連性が認めら れないからである。 5 早すぎた構成要件の実現の射程範囲 最後に、クロロホルム最高裁決定の考え方は、ど のような事案にまで及ぶかを検討しておこう。 [ 1 ] 準備的行為の物理的危険性の有無 クロロホルム事件は、準備的行為 ( 第 1 行為 ) 自 体が ( クロロホルムが多量であったため ) 科学的にみ れば生命侵害の物理的危険性が高かったという事案 であるが、準備的行為自体に既遂結果発生の物理的 可能性が全くなくても実行の着手を認めることは可 能である。なぜなら、判例実務において、実行の着 手は、客観的事情のみならず主観的事情をも考慮し て判断されるべきものであるから、行為者の犯行計 画上の第 1 行為と第 2 行為が一体のものといえれ ば、そのような計画を考慮することによって実行の 着手を肯定することが可能となるからである。 例えば、被害者を確実に眠らせることはできるが 死亡させる可能性が全くない睡眠薬を用いた場合で あっても、計画上の第 2 行為との一体性が認められ る限り、準備的行為を開始した時点で殺人罪の実行 の着手を肯定することができる。 [ 2 ] 第 2 行為の実行の有無 クロロホルム事件は、計画上の第 2 行為 ( 構成要 件該当行為 ) も現実に実行した事案であるが、第 2 行為が行われなくてもクロロホルム事件最高裁決定 の考え方に従って事案を処理すればよい。なぜなら、 早すぎた構成要件の実現は、準備的行為から既遂結 果が発生した点にその本質があり、計画したすべて の行為をやり切ったかどうかは関係がないからであ る。 【問題 3 】衝突後刺殺計画事件 甲は、統合失調症の影響による妄想から 0 自 らが一方的に好意を寄せていた V を殺害し自ら も死のうと考えた。甲は、 V がソフトボールの 経験を有すると聞いていたことなどから、身の こなしが速い V の動きを止めるために自動車を 衝突させて転倒させ、その上で包丁で刺すとの 計画を立てた。ある日の午後 6 時 20 分頃甲 は路上を歩いていた V を認め、 V に低速の自動 車を衝突させて転倒させた上で所携の包丁でそ の身体を突き刺して殺害するとの意図の下に、 歩行中の V の右斜め後方から甲運転の自動車前 部を時速約 20km で衝突させた。しかし、甲の 思惑と異なってぐ V は転倒することはなく、ポ ンネットに跳ね上げられて、後頭部をフロント ガラスに打ちつけた上、甲車両が停止した後、 路上に落下した。 V はその衝撃によって、加療 約 50 日間を要する頭部挫傷、右肩挫傷、右下 腿挫傷の傷害を負った。甲は、意外にも A がポ ンネットに跳ね上げられて、路上に落下し、立 ち上がろうとするその顔を見て、急に V を殺す ことはできないとの考えを生じ、犯行の継続を 中止した。甲の罪責を論じなさい。

3. 法学セミナー2016年05月号

058 なせロースクレで学ぶのか ~ 手弁護士が語る法科大学院の魅力 弁護士 小塩康祐・毛受達哉・戸塚雄亮・重政孝・堀香苗 Extra rticles 法学セミナー 2016 / 05 / no. 736 ※本稿は、法科大学院協会主催「 2015 年今、なぜロース クールで学ぶのか☆列島縦断リレー☆法科大学院がわかる 会」 ( 2015 年 10 月 24 日・中央大学駿河台記念館 ) で行われ た座談会をもとに編集したものです。 小塩みなさんこんにちは。弁護士の小塩康祐と申 します。まずはじめに、登壇者それぞれから簡単に 自己紹介をして、その後、法科大学院の魅力につい て説明していきたいと思います。 私は、早稲田大学の政治経済学部経済学科を卒業 後、早稲田大学ロースクールの未修者コースを経て、 現在は TM I 総合法律事務所で弁護士として働いて います。主な業務としては、企業法務、訴訟、スポ ーツ関係の仕事をしております。 毛受弁護士の毛受達哉と申します。立教大学の法 学部政治学科を卒業して、 3 年ぐらい違う仕事をし ていましたが、 26 歳の時に中央大学ロースクールの 未修者コースに入り、現在は本間合同法律事務所に 勤務しています。業務としては、訴訟が多く、クラ イアントの種別でいうと企業が 7 割、個人が 3 割ほ どです。 戸塚弁護士の戸塚雄亮と申します。早稲田大学の 法学部を卒業後、早稲田大学ロースクールの未修者 コースに入り修了しました。現在は今村記念法律事 務所で勤務弁護士をしています。業務としては、 般民事、それから刑事、特殊なところとして外国人 の入管事件行政訴訟等をやっています。 重政弁護士の重政孝と申します。慶應義塾大学法 学部を卒業後、慶應義塾大学ロースクールを修了し まして、現在、 AOS リーガルテック株式会社とい う I T 企業で働いております。業務内容としまして は、後ほど詳しくご説明しますが、デジタルフォレ ンジックのコンサルティング業務を行っております。 堀弁護士の堀香苗と申します。私は、早稲田大学 法学部を卒業した後、慶應義塾大学一スクールの既 修者コースに通いました。現在は、 R & G 横浜法律 事務所で勤務弁護士をしております。扱う分野は、 企業法務が中心ですけれども、やはり横浜という土 地柄、一般民事や家事なども幅広く扱っております。 ロースクールで学んだことが 弁護士の仕事でどう活きるのか 小塩それではつぎに、弁護士といっても本当に多 種多様で、事務所によって業務内容も異なりますし、 民事事件・刑事事件というように事件によっても内 容は大きく異なると思います。さまざまな業務があ りますが、ロースクールで学んだことが現在の業務 にどのように活かされているのかということを説明 していただきたいと思います。 毛受そうですね、実際に弁護士になりますと、法 律を学び直す時間はそれほどとれません。クライア ントから聞いた事実をどのように組み立てるかを考 える、そういった実務的なところに割く時間が大き いので、ロースクールで学んだ知識は業務をするう えで必要不可欠なものとなっています。例えば今、 私は倒産法分野の否認権訴訟 ( 注 : 管財人による不 公平な弁済を是正するための手続 ) をやっているの ですが、それはロースクールで学んだ倒産法の知識 を使ってできていますので、そういった面で役立っ ています。 戸塚ロースクールには、研究者教員と実務家教員 とがおられます。司法試験に直結する判例べースの 規範を前提とした事案の分析ですとか、事実の評価 の仕方、そういったものの手ほどきを上手くやって

4. 法学セミナー2016年05月号

086 法学セミナー 2016 / 05 / no. 736 ( 3 ) 和解 和解は、当事者が互いに譲歩してその間に存する争 いをやめることを約するものである ( 695 条 ) 。紛争を それ以上蒸し返さないよう、後から新たな証拠が出て きても、和解の結果は動揺しないものとされている ( 696 条 ) 。民事紛争の自主的解決の方法であり、交通 事故などでの「示談」も、和解に準ずる性格を有する。 裁判所で争われている事件について、裁判所カ喇解を 勧めることもあり、裁判所で和解が成立した場合 ( 裁 判上の禾 ) 、当事者に確認されてその内容力啝解調書 に記載されると、判決と同一の効力を生ずる眠 9 条、 265 条、 267 条参照 ) 。なお、第三者 ( 調停人 ) が、争いの ある当事者の間に立って斡旋をして和解をさせること を「言刪亭」といい、民事事件でも借地借家関係や家族 関係、消費者取引などの紛争では裁判と並ぶ大きな役 割を演じ、交通事故紛争などでも組織的な調停制度が 利用されている ( 交通事故紛争処理センター ) 。よく似た ものに、「仲裁」や「裁判外紛争解決手段 (A1ternative Dispute Resolution:ADR) 」があり、近時注目されてい る。特に裁判所が関与する仲裁は、仲裁法 ( 平成 15 〔 2003 〕 年法 138 号 ) で詳細な手続きが定められており、同手続 きによる仲裁判断は確定判決と同一の効力カ咐与され る ( 同法 45 条 ) 。仲裁法によらない仲裁は、当事者カ鰤 裁人を定めて、その仲裁判断に従うという「仲裁契約」 であるが、これには確定判決と同一の効力までは認め られない。 以上カ眠法上の典型契約 ( 有名契約 ) である。もち ろん、これ以外にも様々な契約類型カ在し、その性 質決定をめぐって多くの議論があることは既に前回述 べたとおりである。なお、商取引における契約では、 業態に応じた様々なルールの展開が見られ、商取引法 上、仲立契約・問屋契約・特約店契約・運送契約・倉 庫寄託契約・電気通信役樹是供契約・保険契約など、 いくっかの契約類型カ陬り上げて論じられるが、 では省略する ( 後掲、江頭・商取引法カ陏益である ) 。 【教科書など】参考文献は、必要に応じて関係箇 所に掲げるが、本講義契約法部分で略記引用する ことのある教科書・概説書・講座物の一部を凡例 本評論社、 2009 年 ) ; 代わりに掲げておこう。なお、債権法改正関連の ものは掲載していないが、商事法務編・民法 ( 債 権関係 ) 改正法案新旧対照条文 ( 商事法務、 2015 年 ) 、 野澤正充・契約法 ( セカンドステージ債権法 1 ) ( 日 田山輝明・契約法 < 第 3 版 > ( 成文堂、 1993 年 ) ; 論 ) ( 法律文化社、 2007 年 ) ; 滝沢昌彦 = 武川幸嗣・ハイプリッド民法 ( 債権各 高島平蔵・債権各論 ( 成文堂、 1988 年 ) ; 鈴木禄弥・債権法講義 < 4 訂版 > ( 創文社、 2001 年 ) ; 1975 年 ) ; 末川博・契約法 ( 上・下 ) ( 岩波書店、 1958 年、 1998 年 ) ; 品川孝次・契約法 ( 上・下 ) ( 青林書院、 1986 年、 文堂、 2012 年 ) ; 清水元・プログレッシプ民法 [ 債権各論 I ] ( 成 同・契約各論 I ( 信山社、 2002 年 ) ; 得 ) < 第 2 版 > ( 新世社、 2009 年 ) ; 潮見佳男・債権各論 I ( 契約法・事務管理・不当利 後藤巻則・契約法講義 < 第 3 版 > ( 弘文堂、 2013 年 ) ; 来栖三郎・ ( 法律学全集 ) 契約法 ( 有斐閣、 1974 年 ) ; 斐閣、 1995 年 ) ; 北川善太郎・債権各論 ( 民法綱要Ⅳ ) < 第 2 版 > ( 有 川井健・民法概論 4 < 補訂版 . > ( 有斐閣、 2010 年 ) ; 勝本正晃・債権法概論 ( 各論 ) ( 有斐閣、 1949 年 ) ; 不当利得 ) ( 弘文堂、 2008 年 ) ; 笠井修 = 片山直也・債権各論 I ( 契約・事務管理・ 加賀山茂・契約法講義 ( 日本評論社、 2007 年 ) ; 大村敦志・基本民法Ⅱ ( 債権各論 ) ( 有斐閣、 2005 年 ) ; 2006 年 ) ; 近江幸治・民法講義 V 契約法 < 第 3 版 > ( 成文堂、 江頭健治郎・商取引法く第 7 版 > [ 弘文堂、 2013 年 ] 斐閣、 1984 年 ) ; 梅謙次郎・民法要義巻之三債権編く復刻版 > ( 有 学出版会、 2011 年 ) ; 内田貴・民法Ⅱ ( 債権各論 ) く第 3 版 > ( 東京大 石田穣・民法 V ( 契約法 ) ( 青林書院、 1982 年 ) ; 版 > ( 法律文化社、 1993 年 ) ; 石外克喜編・現代民法講義 V ( 契約法 ) く第 2 出版会、 2010 年 ) ; 池田真朗・新標準講義民法債権各論 ( 慶應大学 < 教科書・概説書など > 融財政事情研究会、 2015 年 ) が便利である。 潮見佳男・民法 ( 債権関係 ) 改正法案の概要 ( 金 平井宜雄・債権各論 1 上 ( 契約総論 ) ( 弘文堂、 広中俊雄・債権各論講義く第 6 版 > ( 有斐閣、 1994 年 ) ;

5. 法学セミナー2016年05月号

026 て、新たな処罰規定をもって対処することはどの程 度可能なのだろうか。刑罰法規の新設を検討する場 合、その妥当性は罪刑法定原則 ( とりわけ明確性の 原則 ) 、侵害原理、刑法の謙抑性・断片性・補充性 といった刑法の諸原則に照らして判断されねばなら なし、。 [ 1 ] 集団侮辱罪 名誉毀損罪・侮辱罪が特定個人ないし団体に向け られた表現のみを対象とすることから、マイノリテ ィ集団に向けられた表現にも適用可能な集団侮辱罪 を新設することが考えられる。ただし、名誉に対す る罪の特別類型として考える限り、その規定の保護 法益は名誉と解さざるを得ない。個人や団体を超え た集団それ自体の名誉を法益として認めることは困 難であると思われるため、集団に向けられた表現を 通じて当該集団に属する個人の名誉が侵害されると いった理論構成が必要となる 11 ) 。 この問題に関連して、そもそも現行法解釈におい て統一的意思の認められない集団に対する名誉毀損 は一切不可罰であるとする見解には議論の余地があ る。たとえば家族は統一的意思を欠く集団であり、 たしかに妻に対する名誉毀損事実は、夫の名誉を害 するものではない。しかし、通行人にも容易に聞き 取れる状況下で、「盗人野郎、詐欺野郎、馬鹿野郎」 と連呼し、次で、「手前の祖父は詐欺して懲役に行 ったではないか」との事実を摘示した事案につき、 「右連呼と祖父に関する事実と相俟って被告人自身 の社会的評価を受くべき具体的な事項 ( すなわち性 行 ) を摘示したもの」として名誉毀損を認めた例が ある ( 最決昭和 29 ・ 5 ・ 6 裁集刑 95 号 55 頁 ) 12 ) したがって、立法論にせよ現行法解釈にせよ、被 害者の面前で行われる等の行為時の客観的状況や発 言の文脈次第では、マイノリティ集団一般に向けら れた表現がそれに属する個人の社会的評価を低下さ せるとみることは不可能ではないように思われる。 ただし、当該表現が個人の名誉に関連することを示 す要件が求められるので、その要件を明確化し、処 罰範囲を絞り込む作業が必要となる。 [ 2 ] 扇動罪 近年のヘイトスピーチには「殺せ、殺せ、朝鮮人」 「朝鮮人を日本から叩き出せ」といった、侮辱とい うよりも暴力や迫害の扇動というべき表現も見られ る。ドイツでは、公共の平穏を乱すのに適した態様 で、ユダヤ人などの集団に対して憎悪をかきたてた り、暴力的な措置や恣意的な措置を誘発したりする 行為は民衆扇動罪として処罰される。ナチス期にお けるユダヤ人迫害・虐殺を決して繰り返さないとの 決意から、名誉毀損、侮辱罪とは別の、より重い犯 罪として本罪を新設したのである。日本では同様の 規定は存在しないが、扇動罪としてヘイトスピーチ 規制を新設することは可能だろうか。 破壊活動防止法は、政治上の主義もしくは施策を 推進しまたは反対する目的をもって、放火や公務執 行妨害、騒乱の罪等を扇動する行為を処罰し ( 第 39 条および 40 条 ) 、公共の安全を保護法益とする。政治 活動集会で千人を超える学生・労働者の前で行われ た、「渋谷の機動隊員を撃滅し、一切の建物を焼き 尽くして渋谷大暴動を実現する」等を内容とする演 説が同罪に問われた事案で、判例は、「表現活動と いえども、絶対無制限に許容されるものではなく、 公共の福祉に反し、表現の自由の限界を逸脱すると きには、制限を受けるのはやむを得ない」とし、本 件のような「せん動は、公共の安全を脅かす現住建 造物等放火罪、騒擾罪等の重大犯罪を引き起こす可 能性のある社会的に危険な行為」であり、これを処 罰することは憲法 21 条 1 項違反ではないとした ( 最 判平成 2 ・ 9 ・ 28 判時 1370 号 42 頁 ) 。 こからすればマイノリティに対する迫害や虐殺 の扇動を処罰する規定を創設することは不可能では ないように思われる。ただし、公共の福祉論から扇 動罪の合憲性をあっさりと認めたこの判例に対して は学説から批判が加えられている 13 ) 。扇動の処罰に ついては、プランデンバーグ原則を満たすような、 害悪発生の切迫性が認められる行為に限られるとす る見解が多い 4 ) 現行の扇動罪を参照して新たなヘイトスピーチ処 罰規定を設ける場合、扇動の内容は一定の重大犯罪 に限定され、かっ、多数説に従い、そこに害悪発生 の切迫性まで要求するとすれば、実際に適用可能な 対する刑事規制の新設は、不可能ではないが、やは 現行法体系を前提とする限り、ヘイトスピーチに [ 3 ] ヘイトスピーチの害悪 行為はほとんどないようにも思われる。

6. 法学セミナー2016年05月号

LAW 104 CLASS ーー財産犯事例で絶望しないための方法序説 [ 第 17 回 ] こバトル回イヤル 電子マネーをめぐる諸問題 肝心な価値は目に見えない 内田幸隆 明治大学教授 法学セミナー 2016 / 05 / no. 736 ク 問題の所在 フ ス 日ごろ、私たちが商品やサービスを受ける際に 現金で決済することは徐々に少なくなってきてい る。例えば、高額な代金を支払うときは預金の振込 みを利用することが一般的であろう。これに対して、 比較的小額な代金を支払うときは電子マネーを利用 することが一般的になってきている。しかし、これ まで刑法上の関心は、現金や預金をめぐる諸問題に 向けられており、どちらかという電子マネーをめぐ る諸問題については議論がそれほど盛んではないよ うに思われる。そこで、今回は、目に見える現金の やり取りとは異なって、目に見えないデータのやり 取りである電子マネーについて、どのような刑法上 の保護を与えるべきかを考えてみることにする。 基本ツールのチェック [ 1 ] 「電子マネー」の位置づけ 電子マネーとーロにいってもそれは多義的なもの である。ひとます電子マネーとは、信用に基づく「電 子的決済手段・サービス」であると定義してみたい が、このように解すると、電子化した通貨の他に 事実上、預貯金に基づく振込決済、デビットカード 決済も含まれることになる。他方で、いわゆる電子 マネーとして認知されているのは、プリペイド式電 子マネーやポストペイ式電子マネーということにな ろう。前者の電子マネーと後者のそれは、その所持 者の実際の支払いが前払いなのか後払いなのかとい う違いがあるものの、取引の相手方にとっては、電 子マネーの使用による金額情報の移転と引き換えに 商品、サービスを提供し、その後、電子マネーの運 営会社からその代金相当額の支払いを受ける点では 共通の性格を有する。この意味で、電子マネーには、 これを使用することによって商品、サービスを取得 することができる点で財産的利益があると認められ る。ただし、ポストペイ式電子マネーは、実際上は クレジットカードによる後払い的性格を有するので あり、これに関する事例については、クレジットカ ードの不正利用の場合と同様な解決を図れば足りる のであって、今回の検討では特にプリペイド式電子 マネーの事例を取り上げることにする 1 [ 2 ] 電子マネーの「財物」性 まず、プリペイド式電子マネー ( 以下、特に断ら ない限り単に電子マネーと表記する ) は、財産犯にお いて保護されるべき「客体」性を有しているのであ ろうか。刑法は「財物」を客体とする財物罪を財産 犯の基礎においており、電子マネーそれ自体が「財 物」であるならば、刑法において広く保護されるべ きものとなる。しかし、電子マネーは電磁的記録に すぎないのであるから無体物である。「財物」性の 要件に有体性を必要と解するのであれば、電子マネ ーそれ自体は「財物」とはならない。しかし、「財物」 性の要件として管理可能性があれば足りるとの見解 をとれば、管理可能であるといえる限りにおいて電 子マネーも「財物」として位置づけられる余地があ る。ただし、管理可能性に着目する見解も「物理的 な」管理可能性を要求しており 2 この意味では電 子マネーそれ自体を「財物」に含めるのは困難であ ろう。これに対して、媒体に金額情報が記録されて いる電子マネー ( 媒体型電子マネー ) については、 その媒体に着目して「財物」性を認めることができ る。例えば、次の事例をみてみよう。

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116 LAW CLASS 5 ) GPS 捜査については、「小特集強制・任意・プライ バシー : 『監視捜査』をめぐる憲法学と刑訴法学の対話」 法律時報 87 巻 5 号 ( 2015 年 ) 60 頁以下、「特集 2 GPS 捜査の問題点と刑事弁護の課題」季刊刑事弁護 85 号 ( 2016 年 ) 83 頁以下及びそこでの引用文献など参照。 6 ) かっての通説としては、平野龍ー「刑事訴訟法』 ( 有 斐閣、 1958 年 ) 82 頁以下など . 7 ) その議論状況を検討したものとして、大澤裕「強制 処分と任意処分の限界」刑訴法百選 4 頁以下、井上・前 掲書注 4 ) 2 頁以下、葛野尋之「判例学習・刑事訴訟法 〔第 2 版〕』 ( 法律文化社、 2015 年 ) 3 頁以下など、川出 敏裕『判例講座・刑事訴訟法 [ 捜査・証拠篇 ] 』 ( 立花書 房、 2016 年 ) 5 頁以下など。 8 ) 井上・前掲書注 4 ) 7 頁以下。これに対し、昭和 51 年決定を、 ( 昭和 51 年決定の事例のような相手方に対す る有形力の行使など ) 「直接相手方に向けてなされる」 捜査上の処分には少なくとも妥当する基準を示したもの と理解する場合は、 ( ア ) をそのまま「意思の制圧」 ( 「意 思に反する」では足りない ) と理解することになります ( 川出・前掲書注 7 ) 2 頁以下など ) 。そのうえで、それ 以外の、通信傍受のような「対象者が認識していない状 態で行われる処分」 ( 最決平 11 ・ 12 ・ 16 刑集 53 巻 9 号 1327 頁 ) については、通説の基準が適用されることにな るとされています。いすれにせよ、すべての事案につい て「意思の制圧」というフレーズを丸写しで使うことに は、問題があるでしよう。この「意思の制圧」について、 佐々木正輝 = 猪俣尚人『捜査法演習』 ( 立花書房、 2 開 8 年 ) 44 頁は、被処分者が反対意思を明示しているかどうかに かかわらす、「抵抗不可能な状態下に置く」こととして います。判例に関する裁判官による詳細な検討として、 青沼潔「強制処分の意義及び任意捜査の限界」法学セミ ナー 712 号 ( 2014 年 ) 120 頁以下。 9 ) これが強制処分法定主義の趣旨の「民主主義的側面」 とされます。これに加え、強制処分の内容・要件・手続 を事前に明示することにより、強制処分に関する予測可 能性を確保するという「自由主義的側面」も存在します。 10 ) 酒巻匡「刑事訴訟法』 ( 有斐閣、 2015 年 ) 30 頁以下な ど。 (1) この問題については、井上・前掲書注 4 ) 431 頁以下 などを参昭 12 ) GPS を用いた捜査の強制処分性を認めた裁判例とし て、大阪地決平 27 ・ 6 ・ 5 LEX / DB25540308 、名古屋地 判平 27 ・ 12 ・ 24LEX / DB25541935 など。その強制処分性 を否定したものとして、大阪地決平 27 ・ 1 ・ 27LEX/ DB25506264 。 13 ) すべての権利・利益侵害を強制処分とすべきとの私 見を示したものとして、斎藤司「強制処分概念と任意捜 査の限界に関する再検討」川崎英明ほか「刑事訴訟法理 論の探求』 ( 日本評論社、 2015 年 ) 19 頁以下。 14 ) 後藤昭「強制処分法定主義と令状主義」法学教室 245 号 ( 2001 年 ) 12 頁。また、この見解は、捜査のための「権 利制約」を規制するという強制処分法定主義の目的のた めには、「同意に基づかない権利制約があれば、侵害の 程度を問わず強制処分とするという基準の方がより忠実 であろう」とします。同趣旨の見解として、緑大輔「刑 事訴訟法入門』 ( 日本評論社、 2012 年 ) 47 頁など。本文 で述べた見解とは、「権利」制約としている点で異なり、 さらに検討が必要です。 15 ) 今回は検討できませんでしたが、強制処分概念を再 検討するものとして、松田岳士「刑事手続の基本問題』 ( 成文堂、 2010 年 ) 227 頁以下、稻谷龍彦「刑事手続にお けるプライバシー保護ーー熟議による適正手続の実現を 目指して ( 1 以 8 ・完 ) 」法学論叢 169 巻 1 号 ( 2011 年 ) 1 頁以下一 173 巻 6 号 ( 2013 年 ) 1 頁以下など。 ( さいとう・つかさ )

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事実の概要 123 科刑上一罪の処断刑としての「その最も重い刑」 ( 刑法五四条一項 ) の意義 た。その上で罰金刑を選択した場合、その多額は、 被告人は、被害者宅に侵入した上、被害者に対し、 2 つの罪のうち最も重い刑を定めた住居侵入罪の 「 10 万円」であると解するのが相当であるとし、本 その左腕および右肩付近を手でつかむ暴行を加え 件の事案につき罰金刑で処断した場合、 10 万円以下 た。この事案について、原審富山地裁は、その事実 に対する法令の適用として、刑法 130 条の住居侵入 の罰金になると判断した。 これに対して、検察官は、手段・結果関係にある 罪 ( 3 年以下の懲役又は 10 万円以下の罰金 ) と刑法 住居侵入と暴行の処断刑は、 1 罪として重い住居侵 208 条の暴行罪 ( 2 年以下の懲役若しくは 30 万円以 入罪の刑によって処断することとなるものの、その 下の罰金又は拘留もしくは科料 ) は手段と結果の関 うちの罰金の多額については、暴行罪のそれ ( 30 万 係にある牽連犯であるので、牽連犯の処断刑を定め 円 ) によるべきであり、従って原審には法令適用の た刑法 54 条 1 項および刑の軽重の判定基準を定めた 誤りがあり、それは判決に影響を及ほすことが明ら 10 条を適用して、この 2 つの罪を、 1 罪として最も かであると主張して控訴した。 重い刑を定めた住居侵入罪の刑で処断することとし [ 名古屋高金沢支部判平 26 ・ 3 ・ 18 高刑速平成 26 年 140 頁 ( 破棄自判・確定 ) ] 月以上 5 年以下の懲役 ) を手段として詐欺罪 ( 1 月以上 10 年以下の懲役 ) を行った事案に重点的対 科刑上一罪の処断刑としての「その最も重い刑」 照主義を適用すると、詐欺罪の刑がその処断刑と ( 刑 54 条 1 項 ) の意義。 なる。しかし、このような方法を機械的に適用す ると、軽い私文書偽造の刑の下限を下回る懲役 2 数罪が科刑上一罪の関係にある場合、刑法 54 条 月の量刑も可能となってしまう。それゆえ、妥当 1 項は、「その最も重い刑により処断する」とし な結論とは言い難いとの批判が向けられてきた。 ている。そして、最も重い刑を定めるに当たって 判例には、傷害罪 ( 旧規定 : 10 年以下の懲役又 は、数罪の法定刑を対照してその刑の軽重を定め は 10 万円以下の罰金 ) と公務執行妨害罪 ( 同 : 3 ることになるが、選択刑が定められている数罪の 年以下の懲役又は禁錮 ) が牽連犯の関係に立つ事 比較対照方法については、各罪の重い刑種のみを 案につき罰金 2 万円に処した原判決を破棄し、刑 取り出して比較対照し、処断刑を決定することに 法 54 条 1 項の「その最も重い刑により処断する」 なる ( 重点的対照主義。最一判昭 23 ・ 4 ・ 8 刑集 とは、軽い罪である公務執行妨害罪の最下限の刑 2 巻 4 号 307 頁参照 ) 。この場合、その重い罪及び ( 1 月の禁錮 ) よりも軽く処断することはできな 軽い罪のいずれにも選択刑として罰金刑の定めが い趣旨であるとして、懲役 3 月及び罰金 8 千円を あり、軽い罪の罰金刑の多額の方が重い罪の罰金 言い渡したものがある ( 最判昭 28 ・ 4 ・ 14 刑集 7 刑の多額よりも多いときは、罰金刑の多額は軽い 巻 4 号 850 頁 ) 。また、詐欺罪と犯罪収益等隠匿罪 罪のそれによるべきであると解するのが相当であ ( 5 年以下の懲役若しくは 3 百万円以下の罰金又 ・・・原判決が確定した判例・実務とする重点 る。 はこれの併科 ) が観念的競合の関係に立つ事案に 的対照主義は、刑の軽重を定めるについて、刑法 関しても、重い詐欺罪の刑に軽い犯罪収益等隠匿 10 条、刑法施行法 3 条 3 項を適用しなければなら 罪の罰金刑を併科できると判断した原判決を維持 ないとしているが、軽い罪との関係において、選 したものがある ( 最決平 19 ・ 12 ・ 3 刑集 61 巻 9 号 択刑である罰金刑の上限の扱いまで直接指示して 821 頁 ) 。このように最高裁は、判例の重点的対照 いるとはいえず、上記のような修正ないし補充を 主義を踏襲しながら、その機械的な適用から生ず 排除しているとまではいえない。 ・・従って、原 る問題を是正することに努めているといえる。 判決の法令適用の誤りは、判決に影響を及ほすこ 本件のような、重い罪及び軽い罪の双方に選択 とが明らかであり、原判決は破棄を免れない。 刑として罰金刑が定められ、重い罪の罰金刑の多 額が軽い罪のそれを下回る事案につき、明確な判 観念的競合や牽連犯のような科刑上一罪の処断 断を示した判例はなかった。本判決は、従来の判 の方法について、刑法は、「その最も重い刑によ 例の流れを踏まえて、 2 個の罪の社会的事実とし り処断する」 ( 刑 54 ① ) と規定している。「その最 ての一体性に基づいて、それらを包括的に評価し、 も重い刑」の判定方法について、判例は、刑法施 罰金刑の多額は軽い罪のそれによるべきであると 行法 3 条 3 項が「重キ刑ノミニ付キ対照ヲ為ス可 判断した。ただし、それが重い方の罪の刑で処断 シ」と規定していることを根拠にして、各罪の重 する重点的対照主義を是正したものなのか、それ い方の刑種の長期を比較対照して処断刑を選定す とも 2 個の罪を包括して、処断刑を形成したもの る重点的対照主義を採用している ( 最判昭 23 ・ 4 ・ 法学セミナー なのかは、検討の余地がある。 ( ほんだ・みのる ) 8 刑集 2 巻 4 号 307 頁 ) 。例えば、私文書偽造罪 ( 3 2016 / 05 / no. 736 最新判例演習室ーー刑法 裁判所の判断 立命館大学教授本田稔

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応用刑法 I ー総論 103 【間題 3 】において、甲は、自動車を v に衝突さ せ V を転倒させてその場で V を刃物で刺し殺すとい う計画を立てていたところ、その計画によれば、自 動車を V に衝突させる行為は、 V に逃げられること なく刃物で刺すために必要であり ( 必要不可欠性 ) 、 甲の思惑どおりに自動車を衝突させて V を転倒させ た場合、それ以降の計画を遂行する上で障害となる ような特段の事情はなく ( 遂行容易性 ) 、自動車を衝 突させる行為と刃物による刺突行為は引き続き行わ れることになっていたのであって、同時、同所とい ってもいいほどの時間的にも場所的にも近接してい るので ( 時間的・場所的近接性 ) 、自動車を V に衝突 させる行為と刺突行為とは密接な関連を有する一連 の行為というべきであり、このような犯行計画を考 慮すれば、甲が自動車を v に衝突させた時点で殺人 に至る客観的な危険性も認められるから、その時点 で殺人罪の実行の着手があったものと認めるのが相 当である。 また、甲が頭の中で想定していた第 1 行為 ( 衝突 行為 ) と想定していた第 2 行為 ( 刺突行為 ) は「一 連の行為」であり、 1 個の構成要件該当事実である といえるので、甲は、現実に行われた第 1 行為 ( 衝 突行為 ) の際に、「自動車を衝突させて被害者を転 倒させた上で包丁で刺すという一連の殺人行為」を 行う認識があるから、殺人の故意に欠けるところは ない。したがって、甲は殺人未遂罪 ( 199 条・ 203 条 ) が成立する。本問類似の事案において、名古屋高裁 も、同様の考え方に立ち、殺人未遂罪の成立を肯定 している ( 名古屋高判平 19 ・ 2 ・ 16 判タ 1247 号 342 頁 ) 。 同様の裁判例として、ガソリンを散布し ( 第 1 行 為 ) その後に点火する ( 第 2 行為 ) という犯行計画 を立てた被告人が、ガソリンを散布した後、 ( 点火 行為をする前に ) 心を落ち着けるためにタバコを吸 おうとしてライターに火をつけたところ、ガソリン の蒸気に引火して爆発し家屋が全焼したという事案 において、現住建造物等放火罪 ( 108 条 ) の成立を 肯定したものがある ( 横浜地判昭 58 ・ 7 ・ 20 判時 1108 号 138 頁〔ガソリン散布事件〕 ) 。こでも、裁判所は 計画説に立ち、「被告人はガソリンを散布すること によって放火について企図したところの大半を終え たものといってよく、この段階において法益の侵害 即ち本件家屋の焼燬〔筆者注 : 現在では焼損〕を惹 起する切迫した危険が生じるに至ったものと認めら れるから、右行為により放火罪の実行の着手があっ たものと解するのが相当である」とした上で、被告 人の故意責任を検討しこれを肯定している。 ( おおっか・ひろし )

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054 するというようなことが行われてきたわけです。 が科されます。 さらにいうと、私的な場でのヘイトスピーチに関 れはアメリカ特有の立法事実というか、文脈に即し て行われた規制だといえます。日本は日本で、現在 しては、自主規制とかその他の私的なルールにおい の排外主義的な団体のデモ、街宣といった立法事実 て規律がなされるのが一般的です大学でも私立大 を踏まえて規制することは十分あり得るのではない 学であればスピーチコードとして議論されてきた問 題ですが、何らかの規則の中でヘイトスピーチを規 かと思います。 桧垣奈須さんもご指摘されたように、アメリカ 制することが極めて広範に行われています。職場で ではヘイトクライムはかなり広範な規制、しかも厳 も同様ですし、マスメディアにおいても広範な自主 規制がなされていることが、いくっかの論文で報告 しい規制がなされており、州レベルで、ほとんどの 州でヘイトクライムが行われた場合に刑罰を加重す されています。 こうしたことを考えると、アメリカは決してヘイ ることが行われています。連邦レベルにおいても トスピーチには寛大ではないといえるのではない 1990 年代以降、ヘイトクライム法がいくつか制定さ か。日本と比べてみると、日本はこういった代替的 れ、ヘイトクライムはかなり厳しく規制されていま な手段、措置をほとんどとっていないなかで、不特 す。 定型のヘイトスピーチを規制すべきではないと本当 この背景には、言論と行為は違うという理解があ にいえるのかどうか、私は疑問に思います。 るようです。 しかし、 90 年代にも激しい論争があっ もう 1 点加えさせていただくと、これは非常に大 ローレンス・トライプという憲法学者 たのですが、 は、ヘイトクライムというのは思想を理由に刑を加 きな議論になるので、この場では十分に検討できま 重しているということなので、これは思想を罰して せんが、アメリカは非常に硬直的で柔軟性を欠いた いるのではないかという批判をしています。その点 違憲審査基準論、あるいはテストを採用しているわ けです。これに対しては、たとえばドイツ憲法研究 の検討がまだ必要ではないかといえると思います。 ただし、先ほど奈須さんが指摘されていたように、 者等からはさまざまな批判があり、どの程度、硬い バージニア対プラック事件でも、いちおう内容中立 基準というか硬質な基準を使えるのかという点で、 原則の例外だということでしたが、あれは明らかに かなり異論があるわけです。それではアメリカにお いて硬いルールがコンセンサスを得ているかという クー・クラックス・クランを標的にした規制ともい われており、一定程度へイトスピーチの規制は許し と、実はそうではなく、たとえばヘイトスピーチに ているのではないかということも指摘できるかと思 関する R.A.V. 事件という有名な判例がありますが、 この中の結論同意意見でジョン・ポール・スティー います。 プンス裁判官が極めて、まさに日本の最高裁と類似 奈須その点について補足的に質問したいのです が、プラック事件で問題になった法令は、必ずしも する柔軟な審査基準論を説いていた。最近でも、か 特定人に向けたヘイトスピーチではなくても規制で なり柔軟な基準を用いる裁判官が何人かいるわけで きる規定になっていました。にもかかわらず、その す。ですから、この辺もアメリカでコンセンサスが それほどあるわけではないということは前提に置い 点を最高裁は特に指摘せすに、脅迫に該当するから 合憲であるといっているわけです。 ておくべきではないかと思います。 私は、最高裁が不特定型の規制をこの事件で一般 さらにいうと、アメリカでも、やむにやまれぬ利 的に認めたかというと、そうではないと思います。 益を実現する場合には規制ができると考えられてい アメリカの学者の評価としても、従来の判例法理を るので、アメリカの法理を日本で用いるとしても、 大きく変えるものではなかったといわれています。 独自にそのような利益を論証することにより、規制 を設ける余地はありうると思います。たとえばバー ただ、先ほど議論にも出たと思うのですが、特定、 不特定というのは区別が難しい面もあり、たとえば ジニア対プラックという事件では、十字架焼却の規 白人居住区で黒人が少数住んでいる。その黒人の見 制が合憲と認められました。アメリカでは黒人等に 対する入居差別は歴史的に問題になっていて、そう えるところで庭に大きな十字架を立てて燃やす場合 があります。完全に誰々という名前を名指しして行 した差別の一環として十字架を燃やして黒人を威嚇 0 1 三