ヘイト・スピーチ - みる会図書館


検索対象: 法学セミナー2016年05月号
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1. 法学セミナー2016年05月号

022 由とヘイトスピーチ」立命館法学 360 号 ( 2015 年 ) 129 頁、 170 ー 72 ( 2008 ). 榎透「「国家 0 よる自由」の特質と問題点 - ーー差別表現 23 ) See Post, s ゆ耀 note 9 , at 287. 規制に関する議論を手掛かりに」憲法理論研究会編「 " 危 24 ) See : れ 0 厖 0 s ゆ尾 note 10 , at 22. 駒村も、憲法 14 条の「社会的関係」における差 機の時代 " と憲法」 ( 敬文堂、 2005 年 ) 74 頁、同「「ヘイト・ 別禁止の要請を反映した、新たな「精神的公序」を憲法 スピーチ」と表現の自由の相克」法と民主主義 486 号 ( 2014 論として構築する可能性に言及する。座談会・前掲注 年 ) 55 頁、成嶋隆「ヘイト・スピーチ再訪 ( 2 ) 」獨協法学 17 ) 171 頁〔駒村発言〕昭 93 号 ( 2014 年 ) 67 ー 68 頁参照。 : 彡。・い、 0 25 ) 同上 170 頁〔駒村発言〕昭 12 ) See FREDERICK SCHAUER, FREE SPEECH: A PHILO : 彡、・い、 0 26 ) 師岡・前掲注 2 ) 150 ー 152 頁、金尚均「ヘイト・スピ SOPHICAL ENQUIRY 91 ー 92 ( 1982 ). 詳しくは、拙稿「アメ ーチ規制の意義と特殊性」金・前掲注 2 ) 所収 154 ー リカ合衆国憲法修正第 1 条の射程ー一言論の自由法理の 155 、 160 ー 161 頁参照。 構造に関する比較法的考察」佐賀大学経済論集 41 巻 3 号 27 ) 横田耕一「人種差別撤廃条約と日本国憲法ー - ー表現 ( 288 年 ) 8 ト 82 頁参昭 規制について」「芦部信喜先生古稀祝賀現代立憲主義 13 ) S 召 KENT GREENAWALT, SPEECH, CRIME, AND THE USFS の展開 ( 上 ) 」 ( 1993 年 ) 735 ー 736 頁、榎透「米国におけ OF LANGUAGE 42 ( 1989 ). 同上 83 ー 84 頁参照。このほか、 るヘイト・スピーチ規制の背景」専修法学論集 96 巻 69 号 C. Edwin Baker, 〃川 , ん催な , イお e “ c ん , 70 S. ( 2006 年 ) 102 ー 103 頁、榎・前掲注 11 ) 「「ヘイト・スピー CAL. L. REV. 979 , 982 ー 86 ( 1997 ) ; CASS R. SUNSTEIN, チ」と表現の自由の相克」 56 ー 57 頁、松井茂記「インタ DEMOCRACY AND THE PROBLEM OF FREE SPEECH 182 ーネットの憲法学〔新版〕』 ( 岩波書店、 2014 年 ) 268 頁 ( 1993 ) 等参照。なお、アメリカの主要学説がヘイトスピ 参昭 ーチの文脈でも言論価値を明確に考慮に入れている点に 28 ) 横田・同上 734 頁、市川・前掲注 (1) 128 ー 129 頁、松井・ ついては、桧垣・前掲注 9 ) 論文参照。 同上 269 頁参昭 14 ) ル召必 0 T / 川 Co. 仇 Su 〃 4 〃 , 376 U. S. 254 29 ) 拙稿・前掲注 14 ) 88 頁参照。言論の害悪の発生パタ ( 1964 ) 等によって確立された名誉毀損の法理の体系は明 ーンはこれに尽きない。たとえば言論を生み出す過程に らかに公的言論の保護にウェイトを置くもので、言論の 参加する者への害悪 ( 児童ポルノのモデルとなる児童へ 自由の民主的価値を反映している。また、猥褻の範囲画 の害悪等 ) もしばしば問題とされる。これらの害悪の類 定のために「作品が全体として真摯な文学的、芸術的、 型について、 Frederick Schauer, 〃〃 / 川 (s) イおレ 政治的または科学的価値を欠いている」かを検討する 襯 d 川劭れ 2011 SUP. CT. REV. 81 , 93 ー 104 ( 2012 ) 参照。 M 〃 / 催 C 0 翔 413 U. S. 15 , 24 ( 1973 ) 、公務員の言 30 ) これに対して、暴力の煽動、憎悪や偏見の助長のよ 論の自由が規制の対象になるかを判断する際に、当該言 うな 2 段階型の害悪に対しては、対抗言論が一定程度機 論が「公的関心事」に関わるかを検討する朝々 v . 能することを想定できる。なお、 2 段階型の害悪を狙っ 」なげ s , 461 U. S. 138 , 143 ー 49 ( 1983 ) 等参照。ヘイトスピ た規制が聞き手の自律的判断過程に介入するという意味 ーチに関しても価値の考慮が垣間みえる点について、拙 で、深刻な理論的問題を孕む点について、 David 稿「ヘイト・スピーチ規制法の違憲審査の構造ーーー「害 悪アプローチ (harm-based approach) 」から」関西大 Strauss, Pe S44 0 4 〃 0 川 4 〃イ / 召イ 0 川 0 / E ゆ〃 , 91 COLUM. L. REV. 334 , 353 ー 60 ( 199D ; 学法学論集 59 巻 3 ・ 4 号 ( 2009 年 ) 90 頁参照。 15 ) ヘイト・スピーチ規制の文脈で価値の考慮を行うも Thomas Scanlon, T 0 お / 川 E. ゆ川 1 PHIL. & PUB. AFF. 213 ー 22 ( 1972 ) 参昭 のとして、師岡・前掲注 2 ) 152 ー 155 頁、桧垣・前掲注 9 ) 31 ) ヘイトスピーチ規制は「国家からの自由」から「国 1018 ー 1020 頁参昭 家による自由」への原理的転回であるとする議論 ( 阪ロ 16 ) 駒村圭吾「憲法の観点から一一 - 憎悪と表現の規制を 正二郎「差別的表現規制が迫る「選択」 含衆国にお めぐって」国際人権 24 号 ( 2013 年 ) 72 頁参昭 ける議論を読む」法と民主主義 289 号 ( 1994 年 ) 42 ー 43 頁、 17 ) 同上 73 頁参照。以上の点につき、座談会「表現の自由」 榎・前掲注 11 ) 「「国家による自由」の特質と問題点」 論究ジュリスト 14 号 ( 2015 年 ) 160 頁〔駒村発言〕も参照。 74 ー 75 頁、塚田哲之「表現の自由とヘイト・スピーチ」 18 ) See g げ〃 James Q. Whitman, E 〃 g C 浦 人権と部落問題 867 号〔 2015 年〕 21 頁 ) も、主として 2 and e 眇た T ん / Soc 〃 , 109 YALE L. J. 1 ( 1999 ). ホ 段階型の害悪にのみよくあてはまるものである。 イットマンの議論は、蟻川恒正「尊厳と身分」石川健治 32 ) 師岡・前掲注 2 ) 151 ー 152 頁参照。 編「学問 / 政治 / 憲法ーーー連環と緊張』 ( 岩波書店、 33 ) See 12 U. S. C. 1091 (c); 1093 ( 3 ). 2014 年 ) 219 頁で詳しく論じられている。 34 ) 松井・前掲注 27 ) 269 頁、齊藤・前掲注 3 ) 61 頁等参 19 ) 公的言説に礼節の規範を適用することに強く反対す るポストも、礼節の規範の重要性は国ごとに異なると明 35 ) 塚田・前掲注 (1) 2 ト 22 頁、小谷・前掲注 2 ) 101 ー 言している。 See ″ん 0 厖れ 0 弘 s ゆ 102 頁、座談会・前掲注 17 ) 163 ー 164 頁〔長谷部発言〕等 note 10 , at 31. 20 ) ウォルドロンは「尊厳」を市民的地位として定義し 参昭 36 ) 成嶋・前掲注 11 ) 46 頁、小谷・同上 96 ー 97 頁等参照。 ている。 See WALDRON, s ゆ note 8 , at 59 ー 61 ( 邦訳 70 ー 37 ) 小谷・同上 94 ー 95 頁参昭 72 頁 ). ウォルドロンの尊厳概念を読み解く試みとして、 塚田・前掲注 31 ) 2 ト 22 頁、小谷・同上 94 ー 95 , 101 頁、 38 ) 蟻川・前掲注 18 ) 参照。 榎・前掲注 (1) 「「国家による自由」の特質と問題点」 73 (1) See WALDRON , at 92 ー 100 ( 邦訳 110 ー 119 頁 ) 頁、成嶋・前掲注 11 ) 44 頁参照。 22 ) STEVEN J. HEYMAN, FREE SPEECH AND HUMAN DIGNITY

2. 法学セミナー2016年05月号

[ 特集員へイトスピーチ / ヘイトクライムⅡーーー理論と政策の架橋 021 を生む言論を規制しないことは、その害悪を被害者 に負担させることを意味する。そして、この負担が 一部のマイノリティに対して継続的かっ集中的に課 せられている場合には、公共性を理由に多数派がそ の負担を甘受するように求めることは著しく公正さ を欠く 43 ) 。日本の現在の状況はまさにこうした不公 正を露見しているからこそ、マイノリティ側から規 制を求める強い主張がなされているのではないだろ うか。 とはいえ、上述のような限定的規制はおそらく象 徴的なものに留まり、効果はかなり小さいだろ 、 44 ) ただ一れについては日本が人種差別撤廃条 約や国際人権規約 ( B 規約 ) により規制を求められ ていることを考慮する必要がある 45 。また、上述の ような規制が適正に執行されれば、少なくとも公共 の場でのヘイトスピーチの態様を穏健にすることが できる。このこと自体を規制の大きなメリットとし 結び て評価できるだろう。 現状を考えると、現行法を超える規制の可能性を理 だ、ヘイトスピーチが大きな社会問題になっている 述した規制が常に合憲になるとは考えていない。た 説明できるのかもしれない。実際に、筆者自身も上 消極説と大差がなく、その差異は現状認識の違いで こうしたことを踏まえると、本稿の結論も大半の れない。 述べたような規制を合憲とする余地を認めるかもし っかの消極説も、明言はしていないものの、本稿で を許容しうると考えている 47 。また、その他のいく 市川正人も、同じく明確な害悪の証明があれば規制 は」規制も可能であると述べている 46 。木下智史と 脅かされる危険が客観的に存在するといえる場合に あり、それにより社会における人々の平和的共存が とどまるとは言えない、社会的に根拠のある反応で 歴史的状況からして、単なる個々人の主観的不安に が「集団の一員として感じる恐怖心が、当該社会の は消極説に立ちつつも、ヘイトスピーチの攻撃対象 ていることに留意すべきである。たとえば、毛利透 たような限定的な規制を合憲と判断する余地を残し 難点を含む。ただ、いくっかの消極説は本稿で述べ 以上で述べたように、消極説はいくつかの理論的 論的に明確にしておく必要性は大きいのではないだ ろうか。 の争点』 ( 有斐閣、 2008 年 ) 127 頁、市川正人「表現の自 11 ) 木下智史「差別的表現」大石眞・石川健治編「憲法 2012 ). RFSPONSES 23 ー 25 (Michael Herz & peter M01nar eds. , CONTEXT OF HATE SPEECH.• RETHINKING REGULATION AND 10 ) See ルれ″ん 0 厖 Po 弘 in THE CONTENT AND 1018 頁参照。 原理論」同志社法学 64 巻 7 号 ( 2013 年 ) 1 開 6 ー 189 , 1015 ー して、桧垣伸次「ヘイト・スピーチ規制論と表現の自由 ( 1991 ) . ヘイトスピーチに関するポストの議論の紹介と おレ川イ川召厩 , 32 WM. & MARY L. REV. 267 , 290 9 ) See Robert post, “ / “ c ん , De 川 oc 耀 , イ the 房、 2015 年〕 216 ー 228 頁 ) 参昭 谷澤正嗣訳〕「ヘイト・スピーチという危害』〔みすず書 ( 2012 ) ( 邦訳、ジェレミー・ウォルドロン〔川岸令和・ 8 ) JEREMY WALDRON, THE HARM 1N HATE SPEECH 181 ー 92 1999 年〕 310 頁 ) . 訳〕『自由の法ーーー米国憲法の道徳的解釈』〔木鐸社、 238 ( 1996 ) ( 邦訳、ロナルド・ドウォーキン〔石山文彦 THE M()RAL READING OF THE AMERICAN CONSTITUTION 制しうるという。 See RONALD DWORKIN, FREEDOM'S LAw: 7 ) ドウォーキンも他者の「利益」を侵害する言論は規 6 ) See , at v ーⅶ , ⅸ . e ds. , 289 ). AND DEMOCRACY vii—viii (lvan Hare & J ames weinstein 5 ) See Ronald Dworkin, Fo " 肥 0 , in EXTREME SPEECH 4 ) 同上 108 ー 118 頁参照。 191 ー 192 頁参昭 ュルケーム社会学を手がかりにして』 ( 弘文堂、 2015 年 ) 3 ) 齊藤愛「異質性社会における「個人の尊重」一一デ ( 岩波新書、 2013 年 ) 146 ー 170 頁参照。 するものとして、師岡康子「ヘイト・スピーチとは何か』 2014 年 ) 90 頁参照。日本の消極説を紹介し、それを批判 均編『ヘイト・スピーチの法的研究』 ( 法律文化社、 として、小谷順子「言論規制消極論の意義と課題」金尚 2 ) アメリカの学説を参考にして消極説をまとめたもの 14 号 ( 2015 年 ) 152 頁がある。 部真裕「ヘイトスピーチと表現の自由」論究ジュリスト 1999 年 ) 104 ー 105 頁等参照。最近のものとしては、曽我 高橋和之・大石眞編「憲法の争点〔第 3 版〕』 ( 有斐閣、 ( 有斐閣、 1990 年 ) 160 ー 161 頁 : 棟居快行「差別的表現」 る代表的な規制積極説として、内野正幸『差別的表現』 セミナー 707 号 ( 2013 年 ) 27 ー 28 頁参照。憲法学におけ 可能性一一近年の排外主義運動の台頭を踏まえて」法学 1 ) 拙稿「わが国におけるヘイト・スピーチの法規制の ては別稿で検討したい。 題に触れることができなかった。これらの点につい の整合性、保護法益の問題等、いくっかの重要な問 メリカの法理の評価、上述した規制の最高裁判例と なお、本稿では、多くの消極説が依拠してきたア

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034 すぐ上で紹介したⅡ ED について米国連邦最高裁は、 表現の自由保障との兼ね合いから、表現の対象者が パプリック・フィギュアである場合には原告は現実 の悪意の立証を求められ、表現の内容が公共の関心 事を述べる場合には特別の保護が与えられて表現者 は免責される、と判示してきたむろん筆者とて、 これらの成立要件や免責法理を日本法にそのままス ライドさせよと主張したいわけではない。とはいえ、 成立要件を明確化し、憲法の要請と適合するように 免責法理を整えていこうとする姿勢には我々も見習 うべきところがあると考えている。 差止めの可能性 最後に、ヘイトスピーチに対する民事救済という テーマを考えるとき、京都事件で学校から半径 200 m の範囲内で原告を誹謗中傷する演説やビラ配布行 為の差止めが認められたことが注目に値する。加害 行為が繰り返されており、特定人に対する将来の被 害が具体的であれば、ヘイトスピーチの差止め命令 を裁判所は発することがあるとの先例ができたわけ で、被害者側にとっては効果的な対抗手段たりうる。 ただし、裁判所は時間と場所を定めての差止めであ ったからか、示威活動の悪質性を重視したためか、 あるいは、繰り返されてきた行為をさらに継続する ことの差止めだったためか、表現の自由に配慮して の詳細な差止め要件を厳密に検討した気配がな 四 ) 。ここでは紙幅の関係から、安易な差止めが拡 大すれば表現の自由が掘り崩されることになるので 警戒の眼差しを緩めるべきではないと指摘しておく に止める 1 ) 京都地判平成 25 ・ 10 ・ 7 判時 2208 号 74 頁、大阪高判 平成 26 ・ 7 ・ 8 判時 2232 号 34 頁、最決平成 26 ・ 12 ・ 9 LEX/DB 25505638 。 2 ) 後者は同時に濫訴の危険性を胚胎していることに注 意が必要である。 3 ) 民事の場合は意見の発表でも特定の第三者への発言 でも名誉毀損の成立は否定されないので、刑事の場合よ りも責任を問われうる範囲が広い。 4 ) 奈良地判平成 24 ・ 6 ・ 25LEX / DB25482112 。 5 ) 最判昭和 41 ・ 6 ・ 23 民集 20 巻 5 号 1118 頁、最判平成元・ 12 ・ 21 民集 43 巻 12 号 2252 頁、最判平成 9 ・ 9 ・ 9 民集 51 巻 8 号 3804 頁。 6 ) 松井茂記「マスメディア法入門〔第 5 版〕」 ( 日本評 論社、 2013 年 ) 117 頁。 7 ) 一審では「公益を図る表現行為が実力行使を伴う威 圧的なものであることは通常はあり得ない」との判断も 合わせて示され、上級審でもこの点は維持されている。 8 ) 東京地判平成 17 ・ 2 ・ 24 判タ 1186 号 175 頁、東京高判 平成 17 ・ 9 ・ 28LEX / DB28131634 。 9 ) 札幌地判平成 14 ・ 6 ・ 27LEX / DB28072130 ( 〔〕内 は引用者 ) 。 10 ) 「所沢市内において野菜を生産する農家」という程度 であれば対象を特定したものとして認められる ( さいた ま地判平成 13 ・ 5 ・ 15 判タ 1063 号 277 頁 ) 。刑事ではある が、大判大正 15 ・ 3 ・ 24 刑集 5 巻 3 号 117 頁も参照。 (1) 参照、小谷順子「日本国内における憎悪表現 ( ヘイ トスピーチ ) の規制についての一考察」法学研究 87 巻 2 号 ( 2014 年 ) 394 頁。 12 ) ヘイトスピーチ被害の性質を「集団そのものの名誉」 を害することに求める見解もある。しかし、集団誹謗 (group libel, group defamation) という括り方は、特定 の個人・団体の被害救済を狙う不法行為法制のもとでは 困難というほかない。 13 ) 表現の字面は集団そのものを対象としていたとして も、その発言を取り巻くコンテクストによっては、特定 個人を対象としていると解釈する余地はあろう。 14 ) 参照、駒村圭吾「憲法の観点から一一憎悪と表現の 規制をめぐって」国際人権 24 号 ( 2013 年 ) 72 頁。被害者 の声をどのように法的言説・ Rights TaIk に変換してい くのか ( できるのか ) が法学徒に問われている。ただし、 その作業そのものに、被害者を置き去りにしてしまう陥 穽が口を広げているかもしれないことは留意されていて よい。参照、望月清世「ライットークの語れなさ」棚瀬 孝雄編「法の言説分析』 ( ミネルヴァ書房、 2001 年 ) 232 頁以下。 15 ) ジェレミー・ウォルドロン ( 谷澤正嗣・川岸令和訳 ) 『ヘイト・スピーチという危害』 ( みすず書房、 2015 年 ) 6 頁。ウォルドロンはこうした社会の成員としての基本 的な社会的地位を「尊厳 (dignity) 」と称している。 16 ) 金尚均「ヘイト・スピーチ規制の意義と特殊性」同 編『ヘイト・スピーチの法的研究』 ( 法律文化社、 2014 年 ) 155 頁。 17 ) 最判平成 11 ・ 3 ・ 25 裁時 1240 号 6 頁。 18 ) 本稿の観点からは、判決がこのほかに、「本件記事が 上告人ら個々人の内心の静穏な感情を害する意図・目的 で掲載されたというような事実関係もうかがわれない」 と述べていたことが興味をひく。 19 ) 判決は心の平穏と [ 3 ] で扱う侮辱による名誉感情の侵 害とを分けて判断している。 20 ) 集団そのものに向けられた悪辣なヘイトスピーチが、 それを否応なく直接見聞きした個々人の内心に「害悪 harm 」といえるほど深刻な打撃を与えているという社 会通念が仮に成立すれば、事情は異なってこよう。 (1) 山本敬三「差別表現・憎悪表現の禁止と民事救済の 可能性」国際人権 24 号 ( 2013 年 ) 78 頁。 22 ) 一部の民法学説は名誉毀損の中に名誉感情侵害を含 めて考えている。たとえば、川井健「民法概論 4 ( 債権 各論 ) 〔補訂版〕』 ( 有斐閣、 2010 年 ) 420 ー 21 頁。 23 ) 例として ( 実質的に同種の判断となる発信者情報開 示請求事件を含む ) 、タクシー運転手に対する「昔は駕

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040 2 開 9 年 ) 65 頁。 4 ) 京都地判平成 25 ・ 10 ・ 7 判時 2208 号 74 、 103 頁。 5 ) 奈須祐治「判批」新・判例解説 Watch14 号 ( 2014 年 ) 15 、 18 頁。 6 ) 詳細は、梶原健佑「ヘイト・スピーチ概念の外延と 内包に関する一考察」比較憲法学研究 27 号 ( 2015 年 ) 127 、 138 ー 140 頁を参照。 7 ) JAMFS B. JACOBS & KIMBERLY POTTER, HATE CRIMFS: CRIMINAL LAW & IDENTITY POLITICS 36 (Oxford University press 1998 ). 8 ) 「ヘイトクライム」という呼称が使われるようになっ たのは 1980 年代である。なお、「ヘイトスピーチ」とい う呼称も同時期に使われるようになった。なお、ヘイト クライム法の歴史については、 Daniel Aisaka & Rachel Clune, 〃召 C 川召召 g ″〃イ C ん 4 〃 g い 14 GEO. J. GENDER & L. 469 ( 2013 ) を参照。 9 ) ローラー ミカ「ヘイトクライムに関するアメリカ の連邦法」外国の立法 258 号 ( 2013 年 ) 3 頁以下に、同法 の訳と解説がある。 10 ) 各州の立法状況については、反名誉毀損同盟 (Anti- Defamation League) のホームページで参照できる。 http://www.adl.org/assets/p df/comb atin g-hate/ADL- updated-2016-Exce ト State-Hate-Crime-Statutes. pdf ( 平成 28 年 3 月 3 日最終閲覧 ) (1) 蟻川・前掲注 1 ) 2 ー 3 頁。 12 ) R. A. V. 判決と同じく、十字架を燃やす行為の規制 が問題となった 2003 年の BIack 判決 (Virginia v. BIack, 538 U. S. 343 ( 283 ) ) では、問題となったバージニア州 法について、 R. A. V. 判決が示す①にあたる - ーー脅迫の とりわけ有害な形態である「真の脅迫」の規制ーーとし て、合憲である旨判示した。 13 ) JACOBS & POTTER, s ゆ川 note 7 at 112. 14 ) 小谷順子「アメリカにおけるヘイトスピーチ規制」 駒村圭吾・鈴木秀美編「表現の自由 I 状況へ』 ( 尚学社、 2011 年 ) 454 、 462 頁。なお、梶原健佑「ヘイト・スピー チと『表現』の境界」九大法学 94 号 ( 2007 年 ) 49 、 73 頁 以下も参昭 15 ) 奈須祐治「言論の自由保障における「言論 (speech) 』 の外延ーーヘイト・スピーチ規制の合憲性判断における 言論 / 行為区分論 (speech / conduct distinction) の 限界」九州法学会会報 2006 ( 2007 年 ) 5 、 8 頁も昭 : クハ、 0 16 ) Note, 召化厩 C , 107 HARV. L. REV. 235 , 240 ; 言 葉によるものだけではなく、行為によってある見解等を 表明する場合 ( いわゆる「象徴的言論」 ) にも言論の自 由の保障が及ぶのは周知のとおりである。十字架を燃や すという「行為」がヘイトスピーチとみなされるのは、 その行為が発する ( KKK による暴力の歴史と関連する ) メッセージが理由である。これに対して、十字架を燃や す行為と同様に人種差別的なメッセージを伝達するとい われている「木に縄を吊るす行為 (noose) かって 行われた奴隷に対するリンチを象徴する行為・一一」はヘ イトクライムとされる。 17 ) CASS R. SUNSTEIN, DEM()CRACY AND THE PR()BLEM ()F FREE SPEECH 194 ( Free press 1995 ) ; ミッチェル判決 において、ウイスコンシン州最高裁判所は、ウイスコン シン州法は、反差別法が客観的な行為 (objective act) を処罰するのとは異なり、主観的な精神過程 (subjective mental process) を処罰している点を指摘する。 18 ) Martin H. Redish, お“面川 T ん 04g お“川 0 / E 工カ s 朝 0 ル・〃〃 C 〃尾 Sentencing E 〃ん 4 c に襯に〃ー イおレ川イ召厩 T ん eo 11 CRIM. JUST. ETHICS 29 , 38 ー 39 ( 1992 ). 19 ) Note, s ゆ note 16 at 241 ー 244. 20 ) United States v. O'Brien, 391 U. S. 367 , 376 ー 377 ( 1968 ). 21 ) 立法目的が表現の自由の抑圧にある場合には、厳格 審査が適用される。 22 ) Note, s ゆ note 16 at 242 ー 243. 23 ) 芦部信喜『憲法学Ⅲ人権各論 ( 1 ) く増補版 > 』 ( 有斐 閣、 2000 年 ) 108 頁。 24 ) 最大判昭和 48 ・ 4 ・ 4 刑集 27 巻 3 号 265 、 269 頁。 25 ) なお、前掲注 12 ) で言及したように、 2003 年の Black 判決は、問題となったバージニア州法は R. A. V. 判決が 挙げた内容中立原則の例外にあたるとした。しかし、同 州法は、明らかに十字架を燃やす行為が発するメッセー ジを理由に規制するものであり、 BIack 判決は R. A. V. 判 決の射程を限定したと指摘される。この立場からする と、ヘイトスピーチは、その害悪ゆえに規制が憲法上正 当化され、ヘイトクライム法もまた憲法上正当化される。 歴史的・社会的文脈の異なる日本において、ヘイトスピ ーチおよびヘイトクライムの害悪についてどのように考 えられるのかについては、今後の検討課題としたい。 ( ひがき・しんじ )

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に外ならない」と判示しており、ドイツのヘイトスピー チ規制である民衆扇動罪における「人間の尊厳への攻撃」 要件の判断と共通する部分がうかがわれ、興味深い。 8 ) アメリカにおける諸学説の主張については、奈須祐 治「ヘイト・スピーチの害悪と規制の可能性 ( 一 ) 」関 西大学法学論集 53 巻 6 号 ( 2004 年 ) 57 頁以下が詳しい。 9 ) 柑本美和「「暴行』と「傷害』」上智法学論集 50 巻 4 号 ( 2007 年 ) 105 頁以下参照。 10 ) このような視点からすれば、現行刑法で対処可能な ものはヘイトスピーチというよりへイトクライムである との見方も可能であろう。前田朗「ヘイトクライム研究 所説」 ( 三一書房、 2015 年 ) 16 頁以下参照。 (1) 集団侮辱罪については、楠本孝「集団侮辱罪と民衆 扇動罪」龍谷大学矯正・保護総合センター研究年報 2 号 ( 2012 年 ) 38 頁以下など参昭 12 ) こうした例をひきつつ、現行法でも「全員に共通す る性質が認められるのであれば、集合的名称での複数人 に対する名誉毀損は可能」とするものとして、大塚仁ほ か編「大コンメンタール刑法〔第 2 版〕 12 巻』 ( 青林書院、 2 開 3 年 ) 16 頁〔中森喜彦執筆〕。 13 ) 曽根威彦「判批」判例時報 1388 号 218 頁以下、平川宗 信「判批」警察研究 63 巻 5 号 ( 1992 年 ) 42 頁以下、君塚 正臣「扇動罪と破防法」阪大法学 41 号 ( 1992 年 ) 1283 頁 以下など。なお、先の渋谷暴動事件では、この演説の 4 日後、実際に渋谷で暴動が起き、警察官 1 人が死亡した ほか、交番等への放火、山手線の運行が止まるなどの事 態が生じている。学説から少なからぬ批判を受ける同判 決でさえ、破防法の扇動罪の成立を認めた事案にはこう した背景が存在した。扇動罪処罰の検討に関しては慎重 に慎重を重ねた検討が求められる。 14 ) 金尚均「ヘイト・スピーチ規制における「明白かっ 現在の危険』」龍谷政策学論集 4 巻 2 号 ( 2015 年 ) 79 頁 以下も参照。 15 ) 民衆扇動罪の制定過程については、拙著「ドイツに おける民衆扇動罪と過去の克服ーー一人種差別表現及び 「アウシュヴィッツの嘘』の刑事規制」 ( 福村出版、 2012 年 ) 参照。なお、その他にもヘイトスピーチと虐殺との 関連を想起させるものとしては、ルワンダ虐殺の際に「ゴ キプリどもを皆殺しにしろ」などと連日繰り返されたラ ジオ放送などがある。 16 ) したがって、口頭による表現よりも、印刷物、掲示 物およびインターネットへの書き込みなどのほうが、社 [ 特集員へイトスヒーチ / ヘイトクライムⅡーー理論と政策の架橋 法津時報 029 会に持続的に存在する点で問題が大きいとみる。なお、 ( さくらば・おさむ ) る助成の成果の一部である。 25 ) 本稿は科学研究費補助金 ( 課題番号 15K16943 ) によ ( 2015 年 ) 127 頁以下も参昭 概念の外延と内包に関する一考察」比較憲法学研究 27 号 スピーチの定義」 19 頁以下、梶原健佑「ヘイトスピーチ 前田・前掲注 10 ) 書 309 頁以下、金・前掲注 18 ) 「ヘイト また、ヘイトスピーチの類型化を試みるものとしては、 イトスピーチの法的研究』 ( 法律文化社、 2014 年 ) 121 頁。 24 ) 拙稿「刑法における表現の自由の限界」金尚均編「へ 頁以下を参照されたい。 刑罰を規定すべきか」部落解放研究 204 号 ( 2016 年 ) 179 23 ) 詳細については、拙稿「禁止規定の担保措置として 22 ) 紙幅の関係上、これに関する詳細な検討は別稿に譲る。 (1) 三井誠「判批」警察研究 61 巻 7 号 ( 1990 年 ) 54 頁。 制しないのは極論であろう」 ( 同 165 頁 ) と指摘する。 からという理由で、現実の切迫した法益侵害を放置し規 2013 年 ) 164 頁以下参照。ただし、「濫用の危険性がある 20 ) 師岡康子「ヘイトスピーチとは何か』 ( 岩波書店、 ( 尚学社、 281 年 ) 85 頁。 19 ) 戒能民江編著「ドメスティック・バイオレンス防止法』 の定義」龍谷法学 48 巻 1 号 ( 2015 年 ) 19 頁以下。 事規制を検討するものとして、金尚均「ヘイトスピーチ 18 ) ヘイトスピーチに特有の害悪に焦点をあて、その刑 : 彡い、 0 矢昭 17 ) 各国の法状況については、前田・前掲注 10 ) 書 553 頁 りわけ第 4 章および第 5 章参昭 イト・スピーチという危害」 ( みすず書房、 2015 年 ) と ジェレミ ・ウォルドロン ( 谷澤正嗣 / 川岸令和訳 ) 『へ いう意味で、むしろ環境犯罪との類縁性が想起される。 限界点に達すると取り返しのつかぬ害悪を発生させると と概念化するが、私見では、小さな害悪が蓄積し続け、 ウォルドロンはヘイトスピーチからの保護利益を「尊厳」 日東日个大震災 5 年 あの 3.11 から 5 年が経過した今、被災地の内外で、 どのような異同があるのか。被災地で顕著な事象 に着目しつつ、日本の普遍的な法的問題も視野に おいて分析する。 日本評論社 2016 年 4 月号 好評発売中 / 本体 1 , 750 円 + 税 2 被災地における法と法律家の役割・・・飯考行 / 被災地の住 宅問題と法・・・津久井進 / 被災地の雇用・労働問題と法・・・和 田肇 / 被災地の高齢消費者保護と法・・・河上正二 / 福島原 おける個人番号制度をめぐる諸問題・・・人見剛ほか 改正案における協議・合意・・・池田公博【法律時評】番号法に ツの司法取引と日本の協議・合意制度・・・辻本典央 / 刑訴法 米国の司法取引と日本の協議・合意制度・・・青木孝之 / ドイ 的検討ーーー比較法研究を踏まえて企画趣旨・・・加藤克佳 / で語る日本国憲法・・・金井光生ー小特集 : 司法取引の多角 ・・・福田健治・河﨑健一郎 / Vo 「 dem Gesetz—福島大学 発事故賠償の現段階・・・吉村良一 / 原発事故と避難の権利

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[ 特集員へイトスピーチ / ヘイトクライムⅡ -- ー理論と政策の架橋 かじわら・けんすけ 051 ーチを捉えることになると、ヘイトスピーチの背後 にある、たとえば「歴史性」や「非対称性」の問題 がかえってうまく反映できないのではないか。つま り、民主主義社会の構成員であれば誰もが守るべき ルールとして位置づけられることによって、ヘイト スピーチ固有の問題が抜け落ちるのではないかとい う危惧もあるのではないか。その点はいかがでしょ うか。 奈須私は、基本的にはそれらは両立するのでは ないかと思います。たしかに、そのルールは万人が 守るべきものです。しかし、構造的に従属状態に置 かれているマイノリティに対し、たとえば「殺せ」 とか「ゴキプリ」といった発言をすることは、とり わけそのルールを逸脱する行為と評価できるのでは ないでしようか マイノリティの保護 奈須それと関連することでみなさんにおうかが いしたいのですが、たとえば、究極的な目的として 構造的差別の是正、あるいは構造的、継続的に従属 状態に置かれているマイノリティの地位の改善とい うことを考え、実際に新たな法規制を行う場合、マ イノリティのみを保護するような規定にすべきなの か。あるいは人種、民族に基づくこれこれの発言を 禁止するというように、マイノリティが多数派に向 けたヘイトスピーチも文面上は規制できるように書 くべきなのか。 桧垣その場合、明らかな観点差別となるので、 やむにやまれぬ利益があるか、手段が限定されてい るかということは、当然問われるかと思うのですが、 その場合に具体的にどのような立法事実があるかと いったことを検討する必要があります。前回の特集 号でもヘイトスピーチの被害の実態が詳しく論じら れましたが、被害の実態というものを実証的に研究 をする必要があると思います。 最近そういった研究が進んできており、たとえば インターネットでのレイシズムに関する社会心理学 者の高史明さんの研究があります ( 高史明ルイシ ズムを解剖する』〔勁草書房、 2015 年〕 ) 。それによると、 ツィッターにおける在日コリアンへの差別的発言の 少なくない分量は、プレゼンスが極端に高い一部の アカウントによってなされていたということが指摘 されています。これは非常に興味深い研究で、ヘイ トスピーチ規制でよくいわれているのが、一部の特 うなものを置けば、たしかにマイノリテイだけを保 め、そのうえで具体的な法益として公共の平穏のよ 梶原究極的な理念を構造的な差別の解消に求 への構造的差別解消を目指すべきだと考えています。 組みの一部として法規制を位置づけ、マイノリティ て、できる限り共通の理解を広げていく全体的な取 がなぜとりわけ問題となるのかということについ うえで、日本社会において特定の集団に対する攻撃 面上は中立な規定にした方がよいと思います。その がら進めていくのが政策上は重要でしようから、文 入れると、できるだけ多くの人々からの理解を得な さらに、施策の継続性といったところまで観点に うことを論文の中で指摘しました。 会の分断につながる危険性があるのではないかとい ては、そうした規制に対する「不公平」感が地域社 ると思いますが、とりわけ住民に近い自治体におい 中村社会の状況にある程度左右される部分はあ るのは難しいのではないかと思います。 ですから、政策的には、マイノリテイだけを保護す からのバックラッシュが起こる可能性があります。 頁以下 ) の中で書かれていたと思いますが、多数派 に入っていくと、これは中村さんが本特集の論文 ( 41 り方だと思います。しかし、実際の政策的なところ 筋的にはマイノリティのみを保護するのが本来のあ にしてマイノリティになされる攻撃だと思うので、 奈須ヘイトスピーチの本質は構造的差別を背景 いう調査は必要と考えています。 りあるといえるかもしれません。その意味で、こう ヘイトスピーチを取り締まるだけでも実効性がかな イッター上の件に限ればですが、一部の特に悪質な います。しかし、この研究に従うと、少なくともツ いのではないかと、実効性の問題が指摘されると思 に悪質なヘイトスピーチを取り締まっても意味がな

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020 な害悪を生じない段階で公的言説にルールを課すこ とには問題がある。しかし、明確な害悪を生むヘイ トスピーチを規制の対象として範疇化するにあたっ て、公共的討議の最低限のルールを侵害しているか を考慮することはむしろ不可欠であろう。特定の民 族を「ゴキプリ」と称するような言論は、人間の尊 厳や市民としての地位を否定することに疑いはな い 26 ) 。規制立法の立案の際に、この点を害悪と併せ て考慮すべきである。 [ 4 ] ヘイトスピーチの害悪と対抗言論の有効性 消極説の中にはヘイトスピーチの害悪が不明確 で、規制を行うだけの立法事実が欠けているとする ものがある % また、ヘイトスピーチに関しては法 規制ではなく対抗言論が最も有効だともいわれ るこれらの議論の妥当性を考えるにあたって、 ヘイトスピーチの害悪の類型を明らかにする必要が ある。一般に言論の害悪には、聞き手に対して直接 的に与えられるものと、聞き手を媒介して第三者に よって与えられるものがある期。この類型論はアメ リカで広く用いられている。ここでは前者を「 1 段 階型」、後者を「 2 段階型」と称する。 まず 1 段階型の害悪は比較的明確で、証明も容易 である。また、面前の聞き手に直接的に与えられる 精神的衝撃のような、 1 段階型でしかも即時的に生 じる害悪に対しては、対抗言論という概念自体がほ とんど成り立たない。 このような害悪に標的を絞 った規制を行っても、言論の自由を過度に制約する ことにはならないだろう さらに、主として 2 段階型の害悪を生む言論であ っても、特定民族の殺害の煽動のような、マイノリ テイへの危害を生む過激な言論であれば、そうした 危害の発生が切迫しているとはいえない場面でも規 制が可能ではないだろうか。というのも、このよう な言論はそれを面前で見聞きしたマイノリティに強 烈な衝撃を与えうるものであり、同時に 1 段階型の 害悪が生じる可能性が高いからである 32 。たしかに アメリカは、このような言論を規制するにあたり、 最高裁が定立したプランデンバーグ・テストを踏ま え、危険の切迫性を要件としているしかし、 のような言論の害悪の重大さと深刻さを考えれば、 日本国憲法がアメリカの法理への準拠を要求してい ると判断する必要はないだろう。 [ 5 ] 線引きの問題 消極説の中には、規制対象を明確に定義できない とする主張がみられる。これらの主張においては、 先述した害悪の不明確さのほか、規制立法において 保護される集団の定義の困難さが挙げられる 34 。ま た、国会が適切な立法をすることが可能かを疑う議 論も見られる 35 。仮にそれなりに限定が可能だとし ても、萎縮効果が懸念されるという指摘もなされて きた。さらに、ヘイト・スピーチ規制が「滑り坂」 現象を起こし、他の類型の言論も次々と規制される 危険もしばしば指摘される 37 。立法段階での線引き がうまくいったとしても、運用段階で様々な問題が 生じるともいわれる。たとえば、むしろマイノリテ ィが規制の標的になるという議論や、警察や検察が 権限を濫用する等の議論がなされてきた地 筆者は、以下のようないくつかの限定を加え、冒 頭で述べたような規制に留めるのであれば、立法段 階での線引き、およびその後の運用の問題はそれほ ど大きくないと考える。まず規制目的を限定すべき である。たとえば「構造的差別の是正」等の抽象的 な目的を掲げた場合には問題が大きくなるが 39 ) 、そ うした抽象的理念は究極的目標とみて、たとえば一 段階型の即時的な害悪の防止を一次的目的とすれば 問題は緩和される。たとえばマイノリティの生活の 平穏等の個人的法益を保護することを立法目的と し、マイノリティが見聞きしうる範囲で、またはそ の面前でなされるものに規制対象を限定することが 考えられる。このような限定により、インターネッ トや書籍等における広範な言論が規制の対象外にな る 40 。また、立法にあたってヘイトスピーチの害悪 に関する実証的調査・研究に依拠するべきであ る 41 。さらに、言論の「態様」の面から限定を加え、 著しく脅迫的または侮辱的な言論や、他に埋め合わ せる価値を欠く言論のみを規制対象にすることも考 えられる 42 ) このようにして範疇化される言論は、 言論としての価値が低く、公共的討議の最低限のル ールを逸脱し、重大かっ明確な害悪を生じるもので あり、十分に規制に値するだろう。 たしかに、言論の自由が公共的性格を持つ以上、 害悪を生じるというだけで直ちに規制を認めること はできない。マイノリテイも社会の成員として言論 の自由の利益を享受する以上、一定限度の害悪を甘 受することが求められるからである。しかし、害悪

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[ 特集員へイトスピーチ / ヘイトクライムⅡ ーー理論と政策の架橋 023 39 ) 駒村・前掲注 16 ) 71 ー 72 頁参照。 40 ) 曽我部・前掲注 1 ) 155 頁は規制対象をさらに限定し て、マイノリティ集住地域におけるもののみに絞り込も うとする。本稿で十分な検討ができないへイトスピーチ の保護法益の問題については、櫻庭総「名誉に対する罪 によるヘイト・スピーチ規制の可能性一一一ヘイト・スピ ーチの構造性を問うべき次元」金・前掲注 2 ) 所収参照。 なお、不快原理によるヘイトスピーチ制約の可能性を探 る試みとして、梶原健佑「ヘイトスピーチ・害悪・不快 原理」松井茂記・長谷部恭男・渡辺康行編「阪本昌成先 生古稀記念論文集自由の法理」 ( 成文堂、 2015 年 ) 735 頁参照 41 ) 曽我部・同上 153 頁参照。先行業績は枚挙に暇がない が、たとえば THE PRICE WE PAY: THE CASE AGAINST RACIST SPEECH, HATE PROPAGANDA, AND P()RNOGRAPHY (Laura Lederer & Richard Delgado eds. , 1995 ) 所収論 文や、 Journal of Social lssues の 58 巻 2 号 ( 2 開 2 ) 掲載 の各論文等参照。なお、萎縮効果も抽象的に主張するの ではなく、経験的に実証されなければならない。同上 156 頁参照。 42 ) 内野正幸の差別的表現規制立法の私案は「ことさら に侮辱する意図を」伴うことを要件としていた。内野・ 前掲注 1 ) 171 ー 172 頁参昭 43 ) See Frederick Schauer, U 〃 co ゆ / 切 g お / 勧 , 92 COLUM. L. REV. 1321 , 1322 , 1355 ( 1992 ) 44 ) 小谷・前掲注 2 ) 100 、 102 頁参照。 45 ) 日本は国際人権規約 ( B 規約 ) 20 条 2 項に留保や解 釈宣言を付していない。また、日本は人種差別撤廃条約 4 条 ( a ) ・ ( b ) を留保しているが、あくまでも「日本国憲法 の下における集会、結社及び表現の自由その他の権利の 保障と抵触しない」限りで、同条の義務を履行できない としているにすぎない。 46 ) 毛利透「ヘイトスピーチの法的規制について一一ァ メリカ・ドイツの比較法的考察」法学論叢 176 巻 2 ・ 3 号 ( 2014 年 ) 235 頁参昭 47 ) 木下・前掲注 (1) 127 頁、および市川・前掲注 11) 130 頁参昭 ( なす・ゆうじ ) 2015 年 7 月号 ( 726 号 ) [ 特集 ] ヘイトスピーチ / ヘイトクライム ーー民族差別被害の防止と救済 く目次 > I ヘイトスピーチ / ヘイトクライム被害の歴 史性と非対称性 1 レイシズムの歴史性と制度性・・・板垣竜太 2 ヘイトスピーチ被害の非対称性 ・・鄭暎惠 Ⅱ李信恵さんのこと。裁判のこと。 ・・・上瀧浩子 Ⅲ京都朝鮮学校襲撃事件ー一心に傷、差別の 罪、その回復の歩み・・・朴貞任 Ⅳヘイトスピーチとヘイトクライムの法的議 論・・・金尚均 V 加害行為だけでなく、具体的被害実態に目 を向けるべき・・・冨増四季 Ⅵ Ⅶ Ⅷ Ⅸ 刑事法および憲法と差別事件・・・内田博文 ヘイトスピーチ / ヘイトクライムと修復 1 ヘイトクライムへの修復的アプローチを 考える・・・中村一成 2 裁判において問われなかった二つのポイ ント - ー - 地域社会と支援組織・・・山本崇記 包括的な人種差別撤廃制度の必要性 ・・・師岡康子 人権教育の現状と改善のための視点 ・・・吉田俊弘

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044 な被害が発生しているのかについての的確な実態調 査と分析に基づいて条例が制定されたかどうかが問 題となる。そうした調査・分析を経すに制定された 条例は、裁判所によって立法事実の存在を否定され る可能性があるのみならず、そもそも施策の目的が 不明確となり、実効的な問題解決は期待できないで あろう。 ②、③に関しては、原則として国が法令で規制を 行う場合と同様の憲法適合性が要請される。②につ いて、鳥取県条例の場合は規制対象の不明確性・広 汎性が批判されたところ、大阪市条例は、対象をへ イトスピーチに限定したうえで、表現の「目的」「内 容または態様」「場所または方法」による三重の絞り をかけるなど、かなり意を用いていることがうかが われる。また③について、条例の実効性を担保する、 あるいは義務の履行を確保しようとする場合、地方 公共団体が投入しうる手段としては、指導・勧告、 それらに従わない場合の公表のほか、行政刑罰とし て「 2 年以下の懲役若しくは禁錮、 100 万円以下の 罰金、拘留、科料若しくは没収」、行政上の秩序罰 として「 5 万円以下の過料」がある ( 自治法 14 条 3 項 ) 。 その際、表現の自由を制限する以上、目的達成のた めのより制限的でない手段でなければならない。 以上のような法的問題とは別に、行政刑罰は手続 に多大なコストを要すること、警察による捜査や検 察による起訴が不確実であることなどから、実際に は活用が難しいと指摘されている 22 。それに対して 過料は、地方公共団体の長が行政処分として科すこ とができるため、簡易迅速性が期待できる。しかし、 相手が任意に支払わない場合 ( 確信的ヘイトスピー チ事案の多くはこちらであろう ) 、地方税滞納処分の 例により強制徴収する必要があるため、やはり相応 の徴収コストがかかることになり、確実な執行を期 待することは難しい 23 ) 。そこで、比較的執行コスト の低い、公表という手法が各地の条例で採用されて いる。この点、鳥取県条例は、人権侵害中止勧告に 従わない場合の公表と併せ、調査への協力拒否に 5 万円以下の過料を科していたが、大阪市条例は、当 該表現活動のヘイトスピーチ該当性とそれを行った ものの氏名・名称などを公表する措置のみにとどめ ている。もっとも、公表による実際の社会的制裁効 果は大きく、いったん情報が公になると原状回復も 困難なため、慎重な手続的配慮が必要とされる。い ずれにしても、ヘイトスピーチ規制に対する司法判 断の積み重ねがないなかで、地方公共団体の訴訟リ スクや執行コストも考えると、できる限り制限的で ない手段を採用したうえで、条例の目的達成を不断 に検証しながら見直しをしていかざるをえないと思 われる。さらに、ヘイトスピーチが帯びる「歴史性」 「非対称性」 24 の認識を欠いた社会への制裁手段の投 入は、「日本人に対する " ヘイトスピーチ " は処罰さ れないのに」といった反発を容易に引き起こす。問 題の現場により近い地方公共団体の場合、それが地 域社会の分断を招きかねないことにも注意が必要で ある。実効性のある啓発活動の開発や普及 25 ) は、地 方公共団体においてこそ、より喫緊の課題である。 ④に関しては、規制の方法によっては、ヘイトス ピーチの審査・認定機関の設置が必要となる。独立 性の高い行政委員会を条例で設置することはできな い ( 自治法 138 条の 4 ) ため、当該機関は執行機関 ( 首 長 ) の附属機関とせざるをえない。その場合、極端 な例ではあるが、附属機関の代表を首長が兼ねるこ とも法律的には可能とされる 26 。審査・認定機関の 実質的な独立性、公正性を確保するため、委員の構 成や選任方法の工夫、事務局の編成や処遇などへの 配慮、情報開示の徹底、予算執行上の配慮などが求 められよう。また、当事者参加の観点から、ヘイト スピーチを向けられる当事者を委員に加えるべきで あるという考え方もあるが、住民に近い地方公共団 体における関係者との密接な接触に基づく決定は、 客観性を担保し基本権を保障するために重要な「住 民との距離」を失わせる危険性がある 27 ことにも留 意しなければならない。こうした点を踏まえると、 審査・認定機関は、執行機関と住民双方から適切な 距離を確保した専門的機関とするのが妥当ではない かと思われる。それに対して、被害者の救済・回復 の場面では、当事者団体や支援団体との連携が本質 的に重要である。それ故、被害者の救済・回復まで を制度の視野に入れるのであれば、ヘイトスピーチ の審査・認定機関と救済機関とを明確に分離し、後 者において関係者の「実践知」を最大限活用すると いう方法も考えられてよいのではないだろうか 28 ) その他の課題 自治法 244 条は、地方公共団体が設置する公の施

10. 法学セミナー2016年05月号

056 ととも関連するのですが、アメリカではヘイトクラ イム統計法というものがありまして、政府はヘイト クライムについて統計をとり、インターネット上で 公開しています。件数だけではなくて、どういう事 実に基づくへイトクライムなのか、たとえば人種に 対する偏見に基づくものなのか、性的指向に対する 偏見に基づくものなのかなど、非常に詳細な統計を とっています。被害の実態調査という点でも行政の 果たす役割は非常に大きいと思います。 中村私がかって鳥取県人権救済条例の見直し検 討委員会に関係していた経験からお話ししますと、 この委員会は、県内の救済機関 36 機関・ 68 人および 当事者団体等 38 団体・ 100 人に聞き取り調査を行い ました。それが十分だったかはともかく、そのとき に強く感じたことは、表現の自由の意義を共有する ことが非常に難しいということでした。表現の自由 の領域においては、基本的に「正しさ」を相対化す るべクトルがはたらきますし、「真理の発見」を先 送りするべクトルがはたらきますけれども、それに 対して人権救済や差別解消の領域においては、一定 の「正しいこと」を前提に施策が進められる傾向が あるかと思います。そうしたなかで、表現の自由の もつ意義というものの理解を広く共有すること自体 に非常に困難を感じました。ヘイトスピーチの法規 制において、被害の実態と法規制あるいは法律学の 議論がかみ合わない原因の一端もそのあたりにある のかもしれないと思います。また、鳥取県条例が問 題となったのは今から 10 年くらい前ですので、ヘイ トスピーチが社会的に問題化する以前でしたが、そ の時点では、さまざまな当事者の方々のなかに加害 者に対する処罰を望むという声は少なかったという 印象があります。当時と現在とで社会の何が変わっ たのか、変わっていないのかということも、改めて 検証し直す必要があるのではないかと感じています。 櫻庭本日は有意義な検討ができたと思います。 ありがとうございました。 ( 2016 年 3 月 8 日実施 )