法セミ LAW CLASS シリーズ 憲法解釈論の応用と展開 [ 第 2 版 ] 憲法 解駅論の 応用と展開 宍尸常寿 / 著 学習者の誤解を芯からほぐし、憲法解釈論の深い理解を導いた初版から 3 年。この間の新判例、文献を 網羅して刊行する待望の第 2 版。 ■本体 2 , 700 円十税 / A5 判旧 BN978-4 ー 535 ー 52046-2 基本事例で考える民法演習 池田清治 / 著 「基礎・基本」の定着を追求する演習書。基本レベルから応用・展開レベルまで、段階的な記述で思考を 鍛える。 ・本体 1 , 900 円十税 / A5 判旧 BN978-4 ー 535-51971-8 基本事例で考える民法演習 2 池田清治 / 著 「基礎・基本」の定着を追求する演習書。基本レベルから応用・展開レベルまで、段階的な記述で思考を鍛える 好著の第 2 弾。 ■本体 1 , 900 円十税 / A5 判旧 BN978-4-535-52067-7 クロススタディ物権冫去事案分析をとおして学ぶ ク、スタ 物権法 田高寛貴 / 著 多様な事実が交錯する複雑な事案も、「クロススタディ」で乗り越えられる。事案の読み解き方を身につけ、 物権法の理解を深めよう。 ・本体 2 , 800 円十税 / A5 判旧 BN978-4-535-51618-2 担保物権法講義 : 第第二、を 河上正二 / 著 『物権法講義』に続く、法学セミナー連載からの 4 冊目の単行本。変動する担保法の世界を、基礎から丁 寧に学ぶ。 ■本体 3 , 700 円十税 / A5 判旧 BN978-4-535-51980-0 理論刑法学入門刑法理論の味わい方 高橋則夫・杉本一敏・仲道祐樹 / 著 刑法学上の重要論点を気鋭の研究者が大胆に分析し、驚きと発見の中から理論刑法学の姿を鮮やかに描き 出す。 一本体 3 , 300 円十税 / A5 判旧 BN978-4-535-52031-8 実例で理解するアクチュカレ会社法 上柳敏郎 / 著 会社法が現実の社会のなかでどのような機能を果たしているのかを事例に基づいて解説。市民・消費者 の立場から活用する視座を得る。 ■本体 2 , 500 円十税 / A5 判旧 BN978-4-535-51816-2 民事訴訟法重要間題とその解法 杉山悦子 / 著 民事訴訟法の学習上で躓きやすい問題を題材に、基礎的な知識から考え方の分岐点までを分かりやすく 説く。 一本体 a800 円十税 / A5 判旧 BN978-4-535-52021-9 刑事訴訟法入門 緑大輔 / 著 刑事訴訟法学習の基礎力を身につける入門書。条文の構造、判例の読み方、学説の意味など、学習に 欠かせないポイントを身につける。 ・本体 2 , 600 円十税 / A5 判旧 BN978 ー 4-535-51922-0 日本評論社 〒 1 70-8474 東京都豊島区南大塚 3-12-4 TEL : 03-3987-8621 FAX : 03-3987-8590 こ注文は日本評論社サービスセンターへ TEL : 049-274-1780 FAX : 049-274-1788 http://www.nippyo.co.jp/ 民法演習 ・本事例 ( をえる 民法演習 ・地物をと・してみ 担保物権法講義 アクチュアル 刑事 訴訟法 入門
応用刑法 I ー総論 097 なる。こうして、未遂犯の処罰根拠は法益侵害の具 体的危険性に求められるので、実行の着手時期も法 益侵害の具体的危険性が発生した時点と解すべきこ とになる ( 実質的客観説 ) 。法益侵害の具体的危険性 とは、既遂に至る客観的危険性を意味する。 判例も、強姦の意図で通行中の女性をダンプカー の運転席に引きずり込む暴行を加え、 5km 離れた地 点において運転席内で姦淫したという事案におい て、「被告人が同女をダンプカーの運転席に引きず り込もうとした段階において既に強姦に至る客観的 な危険性が明らかに認められるから、その時点にお いて強姦行為の着手があったと解するのが相当」で あると判示して、強姦罪の実行の着手を認めており、 既遂に至る客観的危険性に着目して実行の着手を判 断している ( 最決昭 45 ・ 7 ・ 28 刑集 24 巻 7 号 585 頁〔ダ ンプカー強姦事件〕 ) 。 《コラム》 判例学習の注意点 初学者の中には判例の「結論」だけを記憶し ようとする傾向がある。しかし、判例の結論は、 一定の「事案」を前提になされた判断であるこ とを忘れてはならない。ダンプカー強姦事件で は、犯人が複数であったこと、ダンプカーの運 転席が高い位置にあるため被害者が容易に脱出 することが困難であることなどの事情があった からこそ実行の着手が認められたのである。そ こで、判例は「強姦罪においては自動車内に引 : きずり込んだ時点で実行の着手がある」などと 一般化することは誤りである。強姦目的で自動三 : 車内に引きずりこもうとした事案でも実行の着 : 三手が否定された裁判例もある ( 大阪地判平 15 ・ 4 ・ 1 1 判タ 1 126 号 284 頁 ) 。ある判例を学習する際に は、どのような事実関係が前提とされているか をきちんと把握することが重要である。 もっとも、既遂に至る客観的危険性という実質的 観点からの判断のみによると、危険には相当の幅が あることから、判断者如何では処罰範囲が不当に拡 大するおそれもある。そこで、密接性の観点からす る形式的限定にも合理的な理由がある。そこで、判 例実務では、実行の着手の有無は密接性と危険性と いう双方を考慮し、ある行為が当該犯罪の構成要件 該当行為に密接な行為であり、かっ、その行為を開 始した時点で既に当該犯罪の既遂に至る客観的な危 険性があると評価できるときに実行の着手を認めて いる。 [ 2 ] 実行の着手の判断資料 実行の着手の有無を判断する際の判断資料の範囲 については、客観的事情に限定する見解 ( 客観説 ) 、 客観的事情に加え行為者の故意のみを判断資料とす る見解 ( 故意限定説 ) 、客観的事情に加え犯行計画を も判断資料とする見解 ( 計画説 ) が対立している。 この点、判例実務は、伝統的に、客観的事情のみ ならず主観的事情をも考慮するという立場をとって いる。このうち、下級審裁判例の中には計画説を採 用したものも少なくないが ( 例えば、名古屋地判昭 44 ・ 6 ・ 25 判時 589 号 95 頁など ) 、従来、最高裁判例で は計画説を正面から採用するものはなかった。とこ ろが、クロロホルム事件最高裁決定は、計画的 ( 段 階的 ) 犯行の事案にあっては、実行の着手の判断資 料として犯人の計画をも考慮すべきことを最高裁と してはじめて明確に示したものとして注目される。 判例が、実行の着手の有無の判断にあたって行為 の客観面のみならず行為者の主観的事情を考慮する のは、主観面により行為の危険性が異なるからであ る。ある行為のもつ危険性は、行為者がその行為の 次にどのような行為に出ようと考えているか ( 行為 意思 ) を考慮しなければ適切に評価することはでき ない。例えば、 X が拳銃の引き金に指をかけて銃ロ を A に向ける行為であっても、それが脅すつもりか 殺害するつもりかで人の生命に対する危険性は全く 異なるといえる。 また、行為者の計画内容如何によって行為のもっ 危険性が異なることもある。特に、計画的犯行にお いては、構成要件該当行為に至る前の段階で、構成 要件該当行為を確実かっ容易に行うための準備的行 為が行われることが多く、行為者の計画を考慮しな ければ、その準備的行為の危険性を適切に評価する ことはできない。複数の行為を行うという内容の犯 行計画は、複数の行為意思の組み合わせであるから、 行為意思が危険性の判断資料に入るのであるなら ば、このような犯行計画も当然判断資料に加えられ てしかるべきであろう。 計画説に対しては、犯行計画を考慮することによ り実行の着手時期が不当に早くなり妥当でないとい
【事例 1 】 X は、電子マネーの金額情報が記録された℃ カードについて、これを所持していた A からひ そかに奪い取った。 この事例において、 X は、当該 IC カードに対し て占有侵害・移転を行ったといえ、窃盗罪 ( 235 条 ) の成立を認めることができそうである。しかし、 の事例において問題となるのは、当該 IC カードそ れ自体が保護に値する財物に当たるのかということ である。というのも、 IC カードの素材は単なるプ ラスチック片と IC チップなのであって、そこに注 目すべき「財産的価値」を見いだし難いからである。 また、電子マネーの「財物」性の問題と関連して、 行為者の「不法領得の意思」の有無についても問題 になる。というのも、 X が IC カードを奪った目的 に着目してみると、一般的には当該カード自体を欲 しているのでなく、当該カードに記録された電子マ ネーを手に入れて利用したいと思っているはずだか らである。それゆえ、電子マネーの金額情報とそれ が記録された媒体を分離して検討するならば、 X に は媒体である当該カードについて「不法領得の意思」 がないのではないかという疑問も生まれる 3 以上の問題について参考になるのは、「秘密資料」 が記載されたファイルを盗み出した場合において、 窃盗罪の成否が問題となった下級審の裁判例であ る。この裁判例によると、情報の化体された媒体の 財物性は、情報と媒体が合体した全体をも考慮して 判断すべきであるとされた ( 東京地判昭和 59 ・ 6 ・ 28 刑月 16 巻 5 = 6 号 476 頁 ) 。この理解は、電子マネーと その媒体の関係についても当てはまる。すなわち、 【事例 1 】における IC カードについて、その記録さ れた電子マネーと一体となった全体に着目すると、 IC カードに財産的価値があることを認めて「財物」 性を肯定することができるのであり 4 ) 、また、電子 マネーとそれが記録された IC カードを分離して判 断するのではなく、その全体を考慮して X に不法領 得の意思があると認められ得るのである。 [ 3 ] 電子マネーの「財産上の利益」性 金額情報がウエプ上などのサーバを通じて管理さ れており、その保有者はカードなどある特定の媒体 トル回イヤル ることになる。ただし、自己の所持する媒体に電子 い場合には、「財産上の利益」性を肯定すれば足り 取得、利用に当たってある特定の媒体を必要としな 報がウエプ上などのサーバを通じて管理され、その は、その「財物」性を肯定し、他方で、その金額情 その取得、利用に当たって媒体を必要とする場合に て、その金額情報がカードなどの媒体に記録され、 以上からすると、プリペイド式電子マネーについ 詐欺罪の成否が検討されたのは正当と考えられよう。 に取引が処理されていることから、電子計算機使用 が伴っておらず、また、電子計算機によって機械的 ることである 7 ) 。当該電子マネーには具体的な媒体 を捉えて X が「財産上の利益」を得たと指摘してい のは、判例が、電子マネーの利用権の取得という点 ている この点はともかくとして、注目すべきな 着目してこれを肯定し、結論的に同罪の成立を認め ないにもかかわらず、そのような情報を与えた点に 判例は、 A が電子マネーの購入を申し込んだ事実が 偽の情報」を与えたといえるかが問題となったが、 いる。この事例では、 X が電子計算機に対して「虚 得ること、または他人に得させることと規定されて 磁的記録を作ることによって、財産上不法の利益を な指令を与えて財産権の得喪、変更に係る不実の電 理に使用する電子計算機に虚偽の情報、または不正 2 の前段において、同罪の成立要件は、人の事務処 る ( 最決平成 18 ・ 2 ・ 14 刑集 60 巻 2 号 165 頁 ) 。 246 条の 計算機使用詐欺罪 ( 246 条の 2 ) の成否を検討してい この事例において判例は、 X の行為につき、電子 万 3000 円相当の電子マネーの利用権を得た。 マネーを購入したとする電磁的記録を作り、 1 1 算機に接続されたハードディスクに、 A が電子 子マネーの販売のための事務を処理する電子計 番号等を冒用し、インターネットを介して、電 X は、窃取した A 名義のクレジットカードの 【事例 2 】 ことになる 5 ) 。例えば、次の事例をみてみよう。 ことはできず、「財産上の利益」にすぎないという 化体していないのであるから、「財物」性を認める マネー ) については、そのデータが具体的な媒体に 用することのできる電子マネー ( サーバ管理型電子 によることなく、 ID やパスワードなどによって利 105
108 法学セミナー 2016 / 05 / n0736 LAW CLASS 先行の同罪の被害者が A ないしは電子マネーの運営 会社であり、後行の同罪の被害者が B 社であれば、 被害者が異なるのであって、この 2 つの罪は併合罪 の関係となろう。しかし、 B 社が電子マネーの運営 会社より代金相当額の支払いを受ける限りで、そこ に損害が発生したとみるべきではない。 X が代金の 支払いを免れてゲームを行ったことから発生した損 害はいずれにせよ A ないしは電子マネーの運営会社 が負担することになり、この損害と先行の同罪にお いて生じた損害は表裏一体のものと評価されるべき であるから、後行の同罪は不可罰 ( 共罰 ) 的事後行 為として処理すれば十分と思われる。 [ 2 ] 媒体に対する複数の不正利用 【事例 3 】では、行為者が IC カードについて 1 回 だけ横領を行ったが、電子マネーの不正利用が複数 回にわたって行われる場合も想定される。この場合 に横領罪はいくつ成立して、その罪数処理はどうな るのであろうか。例えば、次の事例をみてほしい。 【事例 6 】 X は、 A から買い物を頼まれて、その支払い のために A が保有する電子マネーが記録された ℃カードを預かった。しかし、 X は、その買い 物以外に、その℃カードを勝手に利用して、 B 店において雑誌を購入しただけでなく、さらに、 C 店においてジュースを購入した。 これまで述べてきたように、この事例においても、 電子マネーの加盟店、運営会社に対する関係におい て ( 電子計算機使用 ) 詐欺罪の成否を検討するので はなく、 A に対する関係において横領罪の成否を検 討する必要がある。こで問題となるのは、 2 回目 の不正利用について横領罪の成立を認めることがで きるのかということである。既に 1 回目の不正利用 について横領罪の成立を肯定するのであれば、いわ ゆる「横領物の横領」といった問題が生じるのであ る。ここで、 1 個の財物につき、既に横領したとい えるのであれば、さらに当該物を横領することはで きないとも考えられる。これに対して、判例は、従 来の立場を変更して、一度横領した物をさらに同一 の行為者が横領した場合に、その後行行為につき、 別途横領罪が成立し得るとの判断を示した ( 最大判 平成 15 ・ 4 ・ 23 刑集 57 巻 4 号 467 頁 ) 。この判例による と、【事例 6 】において 2 回目の不正利用は文字通 りの「不可罰」的事後行為であると解するのではな く、横領罪の構成要件該当性を肯定することができ る限りにおいて、「共罰」的事後行為として横領罪 の成立が認められることになろう 15 ) 。 X は、一度は IC カードを横領したとしても、未使用の残額部分 について、なお A から委託の趣旨に基づき IC カー ドを管理するよう規範的に要請されているのであ り、それにもかかわらず再度電子マネーを不正利用 したのであれば、この点に基づきさらに横領罪の構 成要件該当性を肯定することができる 16 。したがっ て、先行の横領罪と後行の同罪は、いすれもその成 立が認められるのであり、一体的な財産侵害がなさ れたといえる限りで両者は包括一罪として評価され ると解される。 事実を処理するメソッド 今回は主としてプリペイド式電子マネーに関する 事例を中心に検討したが、これを利用することによ り、商品、サービスの提供を受けることができるの であるから、電子マネー自体に財産的価値を認める ことができる。このことを前提として、電子マネー の金額情報が媒体に記録されている場合には、その 媒体について「財物」性を肯定し、他方で、その金 額情報がウエプ上のサーバを通じて管理されている 場合など、具体的な媒体を伴わない場合には「財産 上の利益」性を肯定することになる。したがって、 媒体の占有を侵害し、その移転をなすことによって 電子マネーを不正に取得する場合には、窃盗罪など を検討し、媒体の占有移転によることなく電子マネ ーそれ自体を不正に取得する場合には、電子計算機 使用詐欺罪などを検討することになる。また、自己 の占有する他人の媒体を使用することにより、電子 マネーを不正に利用する場合には、横領罪を検討す ることになる。なお、今回は十分に検討することが できなかったが、今後は、サーバ管理型電子マネー の不正利用についても財産犯の成否を解釈論ないし は立法論として検討する必要があると思われる 17 ) さて、さらに問題となるのは、電子マネーの不正 取得に続いて不正利用がなされた場合である。 では先行の犯罪と後行の犯罪の罪数処理が問題とな るが、不正利用については占有離脱物横領罪ないし
[ 特集員へイトスピーチ / ヘイトクライムⅡーー理論と政策の架橋 031 にした不法行為責任の追及は、ヘイトスピーチ被害 救済の有効なアプローチの一つといえよう。 ふれた女性たちが名誉毀損を理由として損害賠償を って」などの発言について、雑誌等を通じて発言に 生殖能力を失っても生きるってのは、無駄で罪です " 悪しき有害ものはババァ " なんだそうだ」「 " 女性が 知事 ( 当時 ) による「・・文明がもたらしたもっとも を問う試みは既になされている。石原慎太郎東京都 個人に向けられていない差別的発言について責任 為法は対処できるのだろうか。 たとえば在日コリアン一般を指しての発言に不法行 特定の個人・法人に向けられないへイトスピーチ、 ヘイトスピーチといえる ( b ) は含まれていない。では、 事実摘示型の ( a ) の諸発言に限られており、典型的な 認めたのは、原告である京都朝鮮学園を対象とする ところで、京都事件で裁判所が名誉毀損の成立を 特定 / 不特定 として②の充足が否定された 7 活動の主眼が差別的見解を世に広めることにあった れた表現全体の内容や活動前後の被告の行動から、 と想像される。京都事件でも、示威活動中に発せら 型的なヘイトスピーチ事案では要件の充足は難しい ーチをめぐる訴訟では②④の要件が争点となり、典 な論評とはいえないと判断されるので、ヘイトスピ 人格を攻撃し貶める表現が用いられるときには公正 る目的ではなかった 6 ) 」と、また、苛烈に被害者の 場合や人格攻撃が目的であった場合には、公益を図 「原告に対する反感ないし敵対感情から表現した を示してきた 5 。 いときには不法行為の成立を認めない、とする法理 当な理由があり、④論評としての域を逸脱していな であることの証明もしくは真実であると信ずるに相 ①②に加え、③前提事実が重要な部分において真実 れるとき、意見論評型の名誉毀損の場合には、上の は真実であると信ずるに相当の理由があると認めら でなされ、③摘示事実が真実であることの証明また の利害に関する事実に係り、②専ら公益を図る目的 高裁は、事実摘示型の名誉毀損の場合には、①公共 や免責事由を慎重に彫琢することが求められる。最 の自由と矛盾するものであってはならず、成立要件 ただし、不法行為法もまた憲法で保障される表現 求めた事案がそれである 8 ) 。東京地裁は「上記のよ うな被告の個人的な見解ないし意見が公表されたこ とによって原告ら個々人の名誉が毀損されたかとい うことになると疑問」だという。その理由は、「発 言は、『生殖能力を失った女性』ないし『女性』と いう一般的、抽象的な存在についての被告の個人的 な見解ないし意見の表明であって、特に原告ら個々 人を対象として言及したものとは認められないから ・・・原告ら個々人についての社会的評価が低下する という道理もない」という点に求められている。 名誉毀損とは異なる事例も一つ紹介しよう。明治・ 大正期のアイヌ民族の健康状態や病歴等を収録した 書籍のなかに、アイヌ民族を劣った民族と決めつけ、 差別表現が多く記載されているとして、アイヌ民族 である原告が、民族的少数者としての人格権が侵害 されたなどとして慰謝料の支払い等を求めた事件が ある ( アイヌ史資料集事件 ) 。札幌地裁はこの不法行 為の成立を認めなかった。理由はこうである。当該 「図書に実名を掲げられたアイヌ民族の中に原告ら ・・・現在に は含まれていないことも明らかである。 至るまでのアイヌ民族全体に対する差別表現がされ たとみる余地があるとしても、その対象は、原告ら 個人でなく、アイヌ民族全体である。・・・・・・本件行為 により直接に侵害を受けた者と原告らとの間には、 原告らがアイヌ民族に属するという以外には、何ら のつながりを認めることができない。アイヌ民族に おける同胞間のつながりが他民族に比べ強く、かっ、 アイヌ民族が民族的少数者であることを考慮して も、〔直接の被害者でなくとも法的保護の対象とな る〕社会通念上親子及び夫婦間における精神的つな がりと同視できる」ほどの特別な関係性があるとは 認められない 9 ) 。 性別、民族といった大きな集団 10 ) に向けられたへ イトスピーチについて、それが「集団に属する個人 の名誉を侵害して不法行為となる」という接近方法 には困難さが付きまとうようである 11 ) 。そもそも、 被害者に生じた実際の損害を填補するとの不法行為 の目的からすれば、原告が被ったとは認定できない 被害について救済の手が差し伸べられないのはやむ を得ざるところであな 2 ) 。そこで、不法行為法を通 じたヘイトスピーチへの対応の試みは、被侵害利益 を個人の権利・利益として巧く構成できるかが勝負 どころとなる川 ( ヘイトスピーチの人種差別としての
[ 特集員へイトスピーチ / ヘイトクライムⅡーー理論と政策の架橋 033 集団に向けられたヘイトスピーチが、その集団に 属する個人の内心に不快・不愉快というレベルに止 まらない深刻な被害をもたらしたと証明できるかど うか、苦痛の深刻度と因果関係の立証が鍵となる。 それぞれ困難な論点ではあるけれども、今後、議論・ 分析が進んでゆくかもしれない圸。 [ 3 ] 名誉感情 ( 侮辱 ) 名誉毀損が成立しない対個人へイトスピーチに関 して、考えうる現実的な他の選択肢としては名誉感 情侵害がある ちらは [ 2 ] と比べると議論が僅 かに先行しており、賠償責任が認められた裁判例も 蓄積されてきている。名誉毀損にいう名誉には名誉 感情 ( 自身の人格的価値についてもっ主観的な評価 ) を含まないとの判例は刑事民事ともに確立している ものの、不法行為法にあっては名誉から独立した利 益として名誉感情を認める見解が一般的である 22 ) また、刑法学では侮辱を事実の摘示なしに社会的評 価を低下させることと捉えて名誉感情侵害とは区別 している一方、民事では両者の区別は曖味のようで、 裁判所は ( 名誉毀損を生じさせない ) 侮辱行為につき、 名誉感情侵害を認めたり人格権侵害を認めたりして いる。なお、原告を直接対象とした発言しか、どれ も今のところ認容例はないようである 23 ) さらに検討すべき論点 本稿が課題とする不法行為法でのアプローチは、 以上みてきたように、可能性にあふれているとは言 ポテンシャル い難いものの、若干の潜在性は見て取れる。この隘 路に道行きを探るにあたっての要検討事項をさらに 幾つか挙げておきたい。 4 の [ 2 ] 、 [ 3 ] に共通しているのは、「内心」や「感 情」という主観的なものを被侵害利益として置いて いることである 24 。しかし、主観的な事情を不法行 為の成立要件とすることには慎重さが求められ、主 観だけを基準とすることは避けねばならない。傷つ きやすさには個人差があり、被害の有無・程度に関 して本人の主張だけで加害責任を認めるとなれば、 現行法体系は大きく揺さぶられる。 [ 2 ] で紹介した 最高裁判決は、「人は、社会生活において他者の言 動により内心の静穏な感情を害され、精神的苦痛を 受けることがあっても、一定の限度ではこれを甘受 すべきであり、社会通念上その限度を超えて内心の 静穏な感情が害され、かっ、その侵害の態様、程度 が内心の静穏な感情に対する介入として社会的に許 容できる限度を超える場合に初めて、右の利益が法 的に保護され、これに対する侵害について不法行為 が成立し得るものと解するのが相当である」と述べ た 25 ) 。アイヌ史資料集事件でも名誉感情侵害に関し て、「社会通念上許される限度を超え、一般的に他 者の名誉感情を侵害するに足りると認められる場合 でなければならない。その判断に当たっては・・・・・行 為者がした表示の内容、表現、態様等の具体的事情、 侵害されたと主張する者の客観的な事情も総合して 検討されるべき」とされた % 。こうした判断枠組み は多くの裁判例で確認できるもので、いずれも成立 の可否を原告の主観に頼るのではなく、客観的な物 差しによって判断しようとしている。 しかしながら、表現の自由保障の観点からすると、 かかる諸要素を考慮した受忍限度論では萎縮効果の 懸念を完全に払拭できていない、と評価したくなる。 表現者に働く萎縮効果を最大限減少させるには、ど のような材料を揃えておけば事後の訴訟で勝てるの か見通しを与えるべく、 ( 個別の事案ごとの適切な判 断を重視する立場からは異論もあろうけれど ) もう少 し明瞭な要件化が求められてよい。たとえば、米国 の不法行為法では、意図的に精神的苦痛をひき起こ すことは独立した不法行為となりうると認識されて きた (lntentional lnfliction of EmotionaI Distress 〔 IIED 〕 )。その成立要件は、④故意または無謀にも (recklessly) 、⑤極端かっ言語道断な行為がなされ、 ④その行為と精神的苦痛との間に因果関係があり、 ④苦痛が深刻であること、と定式化されている。⑥ では単なる侮辱とは到底いえないレベルの性質が要 求され、④も苦痛の強度や持続期間を厳格に判断す ることになっている 27 ) また、加害行為のもつ表現としての価値如何は、 受忍限度論のなかでは数多の考慮要素のワンオプゼ ムの位置づけしか与えられていないようにみえる。 表現の自由に配慮しての免責法理が整えられてきた 名誉毀損の領域とは異なった事態である。その意味 において、仮に今後 [ 2 ] や [ 3 ] の利益が次第に認めら れてゆくとするならば、それはヘイトスピーチ被害 者にとっては好材料といえそうな反面、憲法学の観 点からはただ喜んでばかりはいられない。ちなみに
学習基本図書のご案内 法学の世界にようこそ ! スタートライン民法総論 [ 第 2 版 ] 民法総則講義河上正二 / 著 物権法講義 スタートライン債権法 [ 第 5 版 ] ・法セミ LAWCLASS シリーズ ス←トン民法総論 物権去講義 担保物権法講義 池田真朗 / 著 ・法セミ LAW CLASS シリーズ 1 : 平易な文章で具体例を豊富にイメージできる。初学者から研 物権法・債権法・家族法から始める、民法総則学習の新しいモ テル。初心者も最後まで読み通せる定番入門書の新版。「債 究者まで満足できる本格的な体系書。「人間や社会に対する 権法」は横組みに改め、債権法の改正動向も取り入れる。 深い洞察力」をコンセプトに、著者の体系を示す。■各 A5 判 ■民法総則講義 3 , 900 円 / 物権法講義 3 , 300 円 / 担保物権法講義 3 , 700 円 ■各 A5 判 / 民法総則 2 , 200 円 / 債権法 2 , 400 円 家族法の歩き方 [ 第 2 版 ] 山野目章夫 / 著 本山敦 / 著 法セミ シリース 民法の中核をなす物権法の法改正と判例理論を 家族法を入門レベルから一通り学びたい読者に、 ふまえた、詳細かっ丁寧な解説の体系書、最新 親族法・相続法の各分野を軽妙な語り口で解説す 版。震災復興の局面で問われる事項も加筆。 る。 2009 年初版以降の法改正も踏まえた改訂版。 ■ A5 判 3 , 700 円 ■ A5 判 2 , 600 円 一人間ドラマから [ 第 2 版 ] 会社法入門 基本義消費者法 中田邦博・鹿野菜穂子 / 編著 c 高田晴仁・久保田安彦 / 編著 シリース シンプルな事例で消費者法の基本から応用まで 会社法の重要論点を、具体的でリアルなストー を解説。集団的消費者被害回復のための特例法 リーとイメージを視覚的に想像させるマンガを 等の法改正に対応した改訂版。 使って、気鋭の商法学者が丁寧に解説。 ■ A5 判 2 , 700 円 ・ A5 判 2 , 500 円 基本刑法 I 総論 [ 第 2 版 ] 実例で理解する アクチュアル会社法 基本刑法Ⅱ各論 会社法 法セミ 大塚裕史・十河太朗 上柳敏郎 / 著 シリース 塩谷毅・豊田兼彦 / 著 会社法が現実の社会のなかでどのような機能を 判例の立場をしつかり理解できる自習用教材。 果たしているのかを事例に基づいて解説。市 豊富な事例で基礎から受験に必要な内容まで徹 民・消費者の立場から活用する視座を得る。 底してわかりやすく解説。 ■各 A5 判い 3 , 800 円 / Ⅱ : 3 , 900 円 ■ A5 判 2 , 500 円 この 1 ・で文第 . 刑法総論・各論 ケーススタディ」法 [ 第 4 版 ] ケススタディ 井田良・丸山雅夫 / 著 松原芳博 / 著 物 C 第法各ま シリース 事例で学べば、刑法も面白い。具体的事例を通じ 3 物原み第 基本原理から判例の分析まで、事例の分岐を通じ て、立体的に学ぶ刑法総論の基礎。創意工夫に満 て奥の深い議論をしつかり学べる。法学セミナー ちたわかりやすい記述と構成。法改正や判例・学 の好評連載を単行本化。 説の動きに対応して、大幅な加筆・修正を行い、 ■ A5 判総論 : 3 , 200 円 / 各論 : 4 , 200 円 待望の新版化。 ー A5 判 3 コ 00 円 刑法講義総論・各論 く市民〉と刑事法 [ 第 4 版 ] 〈市民〉と ・一わたしとあなたのための生きた刑事法入門 伊東研祐 / 著 、刑事法 内田博文・佐々木光明 / 編 しとあなたのための LAW C 5 シリース 内田物文、佐々本え 刑法、刑事政策等の入門授業で多く使用実績が 刑法の基本原理に遡って考察する、新しい行為 ある刑事法入門書。問題提起が多く、自分の頭 無価値論からの待望の教科書。法セミ連載を全 で考える端緒とすることを狙いとする。 面リニューアルして初学者にもお勧め。 ■各 A5 判 3 , 200 円 ■ A5 判 2 , 500 円 民法搬則講義 スタートライン慣権法 家族法の 歩き方 本山教 物権法 第を・ に第第れ山義 0 高田謝 : 久保田安を 人間ドラマから 会社法入門 「ン解 - ス新なの たを難門 ・と解も人 き理説法 法セミ 実例でを解する 2 版 WC 礎いら司ま 各論 嬌刑法総 法セミ 事例で学へは、 刑法もおもしろいこ ~ , = ー 0 ・ ! 3 約物を物 . イ朝第第工学 5 物第論の基礎 を二めに : ・まを第量ネ第画 明日を拓く フレッシュな刑事法入門の 最新第 4 版 ! 劇法講義総論 刑法講義各論 伊ま ■表示価格は本体価格です。別途消費税がかかります。
応用刑法 I ー総論 095 早すぎた構成要件の実現という問題について、最 高裁判所としてはじめて判断を示したのがクロロホ ルム事件最高裁決定 ( 最決平 16 ・ 3 ・ 22 刑集 58 巻 3 号 187 頁 ) である。そこで、同判例をきちんと分析 して判例の考え方を正しく把握しておくことが極め て重要である。 【間題 2 】は、クロロホルム事件の事案を簡略化 したものである。早すぎた構成要件の実現の事例は、 実行の着手、因果関係、故意、因果関係の錯誤など の論点が複雑に絡み合っているため学習者にとって は難解であり、判例の考え方を正しく理解すること は必ずしも容易ではない。そこで、以下、この判例 に焦点を当て、早すぎた構成要件の実現の事例解決 の思考手順を丁寧にフォローすることにしよう。 丙は、夫 V を事故死にみせかけて殺害し生命 保険金を詐取しようと考え、甲に殺害の実行を 依頼し、甲は報酬欲しさからこれを引き受けた。 甲は、実行担当者乙と次のような犯行計画を立 てた。すなわち、乙の運転する自動車を V の運 転する自動車に衝突させ、示談交渉を装って V を乙の自動車に誘い込み、クロロホルムで V を 失神させた上で、 A 港まで運び、自動車ごと V を海中に転落させて溺死させるというものであ った。ある日、乙は、甲の指示に基づき上記計 画を実行に移し、乙車を V 車に追突させた上、 示談交渉を装って V を乙車の助手席に誘い入れ た。同日午後 9 時 30 分頃、乙は多量のクロロ ホルムを染み込ませてあるタオルを V の背後か らその鼻ロ部に押し当て、クロロホルムの吸引 を続けさせて V を昏倒させた ( 以下、この行為 を「第 1 行為」という ) 。その後、乙は、 V を約 2km 離れた A 港まで運んだが、甲を呼び寄せた 上で V を海中に転落させることとし、甲に電話 をかけてその旨伝えた。同日午後 1 1 時 30 分頃、 甲が到着したので、乙は、ぐったりとして動か ない V をあらかじめ A 港にまで運んでおいた V 車の運転席に運び入れた上、同車を岸壁から海 中に転落させて沈めた ( 以下、この行為を「第 2 行為」という ) 。 V は死亡したが、その死因は 溺水に基づく窒息であるか、そうでなければ、 クロロホルム摂取に基づく呼吸停止、心停止、 【間題 2 】クロロホルム事件 窒息、。ーショックまたは肺機能不全であるが、い ずれであるかは特定できなかった。 V は、第 2 行為の前の時点で、第 1 行為により死亡してい た可能性があった。なお、甲、乙は、第 1 行為 自体によって V が死亡する可能性を認識してい なかった。甲、乙および丙の罪責を論じなさい@ すなわち、「もし第 1 行為から死亡結果が発生し かない。 る。このような場合は「場合分け」をして考えるし 基づく窒息死であるか不明であったという点であ または肺機能不全であるか、第 2 行為による溺水に ム摂取に基づく呼吸停止、心停止、窒息、ショック 問題は、 V の死因が、第 1 行為によるクロロホル 討しなければならない。 実に実行した 2 つの行為は、原則どおり、別々に検 る場合の「例外的」処理にすぎない。そこで乙が現 の行為とみるのは、その必要性と合理性が認められ 別々に検討するのが「原則」である。両行為を 1 個 そもそも、 2 つの行為が存在する以上それらは 行為といえるか自体が自明ではないからである。 といえなければならないが、両行為とも殺人の実行 というためには、いずれの行為も殺人罪の実行行為 とはできない。なぜなら、両行為を 1 個の実行行為 行った第 2 行為を当然のように 1 個の行為とみるこ しかし、乙が現実に行った第 1 行為と乙が現実に ものであるという誤解が生じやすい。 為 ) を 1 個の行為とみて殺人罪の成立を肯定したと ルム吸引行為 ) と現実に行った第 2 行為 ( 海中転落行 ら、判例は、乙が現実に行った第 1 行為 ( クロロホ て、その目的を遂げた」という判示がある。そこか と海中に転落させるという一連の殺人行為に着手し ロホルムを吸引させて V を失神させた上で自動車ご ところで、平成 16 年決定の中に、被告人は「クロ るか否かが問題となる。 199 条 ) が成立する。そこで、乙に殺人罪が成立す は共謀が認められるので殺人罪の共同正犯 ( 60 条・ 定する判例・通説の立場からは ) 、甲、乙および丙に に殺人罪 ( 199 条 ) が成立すれば、 ( 共謀共同正犯を肯 なっているが、 V 殺害の実行犯は乙であるから、乙 【間題 2 】では、甲、乙および丙の罪責が問題と 2 死因が特定できない事案の処理方法
107 ! トル回イヤル 託を受けて占有する IC カードを、電子マネーの不 について、さらに財産犯が成立するであろうか。窃 正利用を通じて横領したと評価することができる。 取 ( 拾得 ) されたカードであっても、カード上の金 他方で、不正利用類型においても ( 電子計算機使用 ) 額情報は真正なものであり、カードを使用した結果、 一乍欺罪の成立が考えられるが、欺罔ないしは「虚偽 金額情報に変動があっても、この変動は取引の結果 の情報」、「虚偽の電磁的記録」の有無が問題となる。 として生じるのであるから、この点を捉えて B 店に まず、当該カードに記録された金額情報自体は、 A 対して「欺罔」があったとも、「虚偽の電磁的記録」 が供されたとも解することはできない 12 ) 。ただし、 による前払いによって真正に構成されたものである 【事例 3 】において検討したように、他人名義のカ から、この点に関して店側に対する欺罔があった、 あるいは虚偽の電磁的記録が供されたとはいえな ードの使用という点を捉えて店員に対して「欺罔」 がなされた、ないしは電子計算機に対して「虚偽の い。これに対して、媒体が記名式であって、他人名 義の媒体の使用がそもそも許されていない場合 1 。 ) 情報」が与えられたと解される余地がある。しかし、 【事例 4 】において x が雑誌を購入し、本来ならば 他人名義のカードの使用は、客観的な取引目的、な いしは電子計算機による事務処理の目的に照らして 支払うべき代金の支払いを免れたことに伴う損害 は、【事例 3 】において検討したように、 A におい 虚偽性があると判断され得る ll この点に着目する と、 X が店側を欺罔した、ないしは電子計算機に「虚 て発生するのであるから、やはり B 店、ないしは電 偽の情報」を与えたとして ( 電子計算機使用 ) 詐欺 子マネーの運営会社に対する関係において ( 電子計 罪が成立する余地が生じる。しかし、電子マネーの 算機使用 ) 詐欺罪の成立を認めるべきではない。 A 加盟店はその取引によって電子マネーの運営会社よ の意思に反して IC カードを使用した点において、 り代金相当額の支払いを受け、その運営会社は支払 せいぜい占有離脱物横領罪 ( 254 条 ) が成立するの いにあてる資金について A から前払いを受けていた であり、これは先行の窃盗罪との関係において不可 罰 ( 共罰 ) 的事後行為として扱われるべきであろう。 のであるから、両者ともに財産的損害がそもそも発 また、【事例 4 】との対比において、行為者が不 生しておらす、両者に対する関係において ( 電子計 実の電磁的記録を作出することで電子マネーを取得 算機使用 ) 詐欺罪の成立を認めるべきではない。結 局、損害が生じるのは A においてなのであるから、 し、その後、これを使用する場合も罪数処理が問題 A に対する関係において、 IC カードを領得した点 となる。例えば、次の事例をみてほしい。 につき、横領罪の責任を問えば十分と解される。 規範と事実のブリッジ X は、 A 名義のクレジットカードの番号等を [ 1 ] 電子マネーの不正取得に続く不正利用 冒用し、インターネットを介して電子マネーを 行為者が既に不正に取得した電子マネーを利用し 取得したが、さらに、その電子マネーを使用し て、商品、サービスを受け取る場合、先行の不正取 て B 社が提供するインターネット上のゲームを 得に財産犯が成立するとして、後行の不正利用にも 行った。 財産犯が成立するのであれば、両者の罪数処理が問 この事例では、【事例 2 】において検討したように、 題となる。例えば、次の場合をみてみよう。 X が電子マネーを不正に取得した点につき、電子計 【事例 4 】 算機使用詐欺罪の成立が認められる。また、 X が自 己の保有する電子マネーの金額情報を勝手に変動さ X は、電子マネーが記録された℃カードを A せて、それが増額されたとの電磁的記録が作出され のカバンから奪取した上で、そのカードを使用 た場合であっても、同罪の成立が認められよう。問 して B 店から雑誌を購入した。 題となるのは、そのような電子マネーの電磁的記録 この事例では、【事例 1 】において検討したように、 に虚偽性が認められることであり、これを供して財 産上の利益を得ることに 3 ) 、さらに同罪の成立が認 IC カードを奪取した点については窃盗罪が成立す 14 ) められる余地があるということである る。他方で、当該カードを用いて商品を購入した点 ニ一口 【事例 5 】
074 法学セミナー 2016 / 05 / no. 736 LAW CLASS 判例は未登記譲受人につき取得時効を認める が 3 ) 、その上で、譲受人と占有者間の優劣に関する 「取得時効と登記」準則が、この問題類型 ( 以下、「譲 受人→抵当権者型」という ) にも妥当するかが問われ る。これまでも断片的に取り上げてきたが、判例に より確立された準則をまとめて確認しておこう。 判例は、 177 条における「登記を要する物権変動」 に取得時効も含まれるとしつつ、登記の要否につい ては、時効完成時を基準として、譲受人が取得時効 による物権変動の当事者に準じる関係。 r 第三者のど ちらにあたるかによって決する立場に立つ。 第一に、時効完成時の所有者は当事者に準じる関 係に立っことから登記不要である旨を前提とし て、時効完成前の譲受人も同様となる ( 当事者準 第二に、時効完成後の譲受人については、時効取 得の後その旨につき未登記の間にこれと相容れない 譲渡が行われたとみうるため、占有者と対抗関係に 立つ ( 第三者準則 ) 16 ) 。そうすると、時効完成後の譲 受人が先に登記を備えた以上、もはや占有者が保護 される余地はないのかが問われるが、これに答える のが以下の二つの準則である。 まず、時効完成後の譲受人にも背信的悪意者排除 論が妥当する。判例は背信的悪意の意義につき、多 年に亘る占有継続の事実に対する悪意 + 登記の欠缺 の主張における信義則違反を挙げる ( 背信的悪意者 排除準則 ) 17 ) 次いで、占有者が時効完成後の譲受人の登記後も さらに占有を継続し、新たに取得時効が完成した場 合、両者は当事者に準じる関係に転じるため、登記 不要となる ( 再度当事者準則 ) 18 ) 事例 P .3 において、本件抵当権設定は時効完成 後であるから、第三者準則によれば、 H は登記なく して丙地の所有権取得を I に対抗することができな い。もっとも、 I が本件抵当権設定に際して、 H が 丙地を長期に亘って占有している事実を確認した上 でこれを前提として抵当権を設定した場合であれ ば、背信的悪意者にあたり得るが、事例 Part. 1 のよ うな境界誤認型の事例以外では困難であろう。加え て、譲受人→抵当権者型に背信的悪意者排除準則を 適用すれば、抵当権者の主観的態様によって買受人 の地位が不安定になるおそれがあることも懸念され 19 ) それでは、抵当権設定登記後 10 年の占有継続を理 15 ) 由として、再度当事者準則を譲受人→抵当権者型に あてはめてよいか ? これに応接したのが平成 24 年 判決である。 [ 2 ] 平成 24 年判決の論理 平成 24 年判決の論理は以下の通りである。 i . 未 登記の占有者がいかに長期間占有を継続しても抵当 権の負担のない所有権を取得できないというのは、 取得時効の趣旨に反する。ⅱ . 占有者は抵当権実行 後の買受人ひいては抵当権者と対抗関係に立ち、そ れは譲受人との対抗関係に比肩するものであるとこ ろ、再度当事者準則によれば譲受人が所有権を失う 場合にまで抵当権者を保護するというのは、均衡を 失している。ⅲ . したがって、占有者が抵当権の存 在を容認していたなど、抵当権の消滅を妨げる特段 の事情がない限り、占有者は抵当不動産を時効取得 し、これにより抵当権は消滅する。 i . 長期占有保護の必要性、ⅱ . 譲受 要するに、 人に対する関係との共通性および均衡を理由とし て、抵当権者についても再度当事者準則が妥当する というのである。なお、同判決は抵当権消滅を取得 時効の効果として導いており、 397 条確認規定説に 親和的であるが、同条には言及していない。 ところで、同判決には次のような注目すべき補足 意見が付されている。 i . 抵当権も所有権と同じく 長期占有によって消滅することを正当化するには、 所有者と同じように抵当権者にも時効による権利消 滅を防止する手段が手当てされていなければならな いところ、抵当権者は抵当権実行前において直ちに 占有を排除して取得時効の完成を阻止することはで きない点を考慮すべきである。ⅱ . 時効による抵当 権の消滅を導くための法的根拠として民法 397 条の 意義が見直されてよい。 法廷意見が、占有者保護の必要性および所有権と の共通性ないし均衡の観点からアプローチするのに 対して、補足意見は、非占有担保としての抵当権の 特色および抵当権者の不利益に配慮すべき旨を指摘 するものであり、両者を通して考察すべきポイント を把握することが重要である。 [ 3 ] どのように考えるべきか ? 事例 Pa 3 において、未登記の H は抵当権者に対 抗できない占有者であるが、抵当権設定登記前から 占有しており、本件抵当権の負担を前提として占有