082 法学セミナー 2016 / 05 / no. 736 た同時履行の抗弁などを信販会社に対しても主張でき るようにしている ( 同法 30 条の 4 、 35 条の 3 の 19 。いった んは切断された抗弁をつなぐという意味で「抗弁の接続」と いう ) 。自動車や不動産をローンで購入する場合にも、 事情は同じであるが、こちらは通常のクレジットとは 別の形で規律されている。 4 労務提供型契約 民法は、労務提供型の契約類型として雇用・請負・ 委任・寄託の 4 種を定める。事務処理等の委託を目的 とする「委任」の要素がべースにあり ( 646 条 ) 、労務 の提供について、相手方の指揮命令に服するものが「雇 用」 ( 623 条 ) 、仕事の完成を目的とするものが「請負」 ( 632 条 ) 、物の保管を目的とするものが「寄託」 ( 657 条 ) であると考えてよいであろう。とはいえ役務給イ寸は、 あらゆる契約に内包されており、極めて多様である。 + 仕事の完成と報酬 + ものの預かり 寄託 ( 1 ) 雇用契約 労務の提供 相手方の指揮・命令 請負 雇用については、労働契約の条件等に関して、早く から労働基準法 ( 昭和 22 〔 1947 〕年法 49 号 ) を始めとす る労働三法 ( 労働組合法 [ 昭和 24 〔 1949 〕年法 174 号 ] ・労 働関係調整法 [ 昭和 21 〔 1946 〕年法 25 号 ] ) や労働災害補 償保険法 [ 昭和 22 〔 1947 〕年法 50 号 ] などが重要な役割 を演じてきたが、更に労働契約上のルールを整備すべ く、 2007 年に労働契約法 ( 平成 19 〔 2007 〕年法 128 号 ) が制定されて詳細な規定がおかれ、民法の雇用に関す る諸規定 ( 623 条 ~ 631 条 ) は、ほとんど意味を失った。 労働契約法では、労働者の雇用の安定と生存権を守る ため、解雇権濫用法理なども明文化されている ( 同法 16 条参照 ) 。他方、非正規雇用を多数生み出した労働者 派遣法 ( 昭和 60 〔 1985 年〕年法 88 号 ) やパートタイム労 働法 ( 短時間労働者の雇用管理の改善に関する法律 [ 平成 5 年〔 1993 年〕法 76 号 ] ) などがもたらす多くの課題にも 直面しているが、詳細は労働法で学んでいただきたい。 ( 2 ) 請負契約 させ、他方 ( 注文者 ) がその仕事に対して報酬を支払 請負は、当事者の一方 ( 請負人 ) がある仕事を完成 うことを約東して成立する契約である ( 632 条 ) 。仕事 の完成を目的としている点で、他の契約類型と区別さ れる。報酬は、「仕事の完成」に力点が置かれている ことと関連して、完成した仕事の目的物の引渡しと同 時もしくは労務の終了時以降とされているが ( 633 条 ) 、 ときに実態に合わないため、可分の給付に関しては報 酬の分割請求も可能と解されている ( 最判昭和 56 ・ 2 ・ 17 去 967 号 36 頁。なお、改正法案 634 条も参照 ) 。 請負の代表は建設工事請負契約であるが、これには 建築基準法 ( 昭和 25 〔 1950 〕年法 201 号 ) や建設業法 ( 昭 和 24 〔 1949 〕年法 1 開号 ) 等の規制があるほか、多くの 場合、標準約款が利用され、その契約内容を形成して いる ( たとえば、建築士会・建築家協会・建設業協会などか らなる眠間 ( 旧四会 ) 連合協定工事請負契約約款」など ) 。 約款内容の当否はともかく、民法の規定に関連しては、 欠陥住宅など、仕事にキズ ( 瑕疵 ) があった場合の請 負人の担保責任と、危険の移転に関する重要な問題が ある。仕事に瑕疵がある場合、瑕疵の修補・損害賠償 のほか、建物等の土地の工作物についての請負を除い ては契約解除ができることになっている ( 634 条、 635 条。 改正法案では両条は削除され、売買と同様の契約不適合一般 を理由とする追完請求・損害賠償請求・請負報酬減額請求・ 解除などで対処される。なお不適合の場合の責任につき、改 正法案 636 条以下 ) 。 目的物に瑕疵がある場合、注文者は、信義則に反し ない限り、請負人から瑕疵の修補に代わる損害賠償を 受けるまで報酬全額の支払いを拒むことができる ( 634 条 2 項第 2 文参照。最判平成 9 ・ 2 ・ 14 民集 51 巻 2 号 337 頁 ) 。 また、判例では、建築請負の仕事の目的物である建物 に重大な欠陥があるために建て替えざるを得ない場合 には、注文者は請負人に立て替えに要する費用相当額 の損害賠償請求をすることができ、それは民法の規定 の趣旨に反しないとされている ( 最判平成 14 ・ 9 ・ 24 判 時 1801 号 77 頁 ) 。なお、住宅の品質確保に関しては、住 宅の品質確保に関する法律 ( 品確法 ) ( 平成 11 〔 1999 〕年 法 81 号 ) が重要である。 仕事が完成して引渡す前の目的物 ( たとえば家屋 ) の 所有権の帰属に関して、判例は、特約のない限り主た る材料の提供者に帰属するとしてきた ( 大判大正 3 ・ 12 ・ 26 民金耙 0 輯 1208 頁、大判昭和 7 ・ 5 ・ 9 民集 11 巻 824 頁 など。材料提供者帰属説 ) 。しかし、最近では、代金の支 払状況から当事者の合意を推定するなどして、注文者 に原始的に帰属させる判断力いている ( 注文者帰属説。
になる ( 606 条。なお、改正法案 606 条、 607 条の 2 ) 。賃借 目的物について、賃借人が賃貸人の負担に属する必要 費を支出したり、有益費を支出したときは、賃貸人に 償還請求ができる ( 608 条 ) 。また、利用によって通常 生じる目的物の自然な損耗は対価である賃料に反映さ れていると考えねばならない。 家屋賃貸借では、契約時に賃料以外に「敷金」が求 められることがあるが、少なくとも敷金は借家人の義 務違反による損害賠償責任の担保であり、何事もなけ れは喫約終了・家屋明渡時に返還されるべきものであ る ( 最判昭和 48 ・ 2 ・ 2 民集 27 巻 1 号 80 頁。なお、改正法案 622 条 2 ( 1 ) も参照。これに対し「権利金」は「賃料の一部前払 い」と考えられている ) 。この関連で、建物の自然損耗 についての原状回復費用として、明渡後に敷金から差 し引いて返還する旨の特約を見かけるが、そのような 特約は、消費者契約法 10 条に照らして無効と解され る可能性が高い ( もっとも、最判平成 23 ・ 3 ・ 2 眠集 65 巻 2 号 903 頁が示すハードルはかなり高く、問題が多い。なお、 改正法案 622 条の 2 も参昭 ) ( 2 ) 消費昔 消費昔は、当事者の一方が、種類・品質・数量の 同じ物をもって返還することを約して相手方から金銭 その他の物を受け取ることによって効力を生ずる契約 である ( 587 条 ) 。米・酒・醤油等の貸し借りのような 日常的な教室設例で語られることもあるが、現実には、 金銭の貸し借り ( 金銭消費昔 ) が最も重要である。消 費貸借は、後からの返還債務のみカるために要物契 約とされているが、予約 ( 589 条 ) が認められているだ けでなく、融資金に担保をつける際に、貸付けが有効 になされていることカ埔提になるので ( 成立における附 従性の問題 ! ) 、諾成的消費貸借契約も有効と考えられ ている ( 改正法 587 条の 2 では「書面でする消費貸借」につ いて要式行為としての消費貸借を予定しつつ、借主が金銭を 受け取るまでは消費貸借契約の解除の可能羅を認める ) 。 金銭消費貸借には「利息」がっきもので、古くから、 高利・暴利に対する規制が政策的にも重要な課題であ り続けている。わが国では、既に明治 10 ( 1877 ) 年の 太政官布告 66 号が、利息制限法の先駆けとなった ( 現 行の利息制限法の制定は昭和 29 〔 1954 〕年 ) 。高度成長期 にも、いわゆる「サラ金」による過酷な取立て被害が 後を絶たず、昭和 58 ( 1983 ) 年には、いわゆる「サラ 金 2 法」 ( 貸金業法 [ 法 32 号 ] ・出資法 [ 昭和 29 年法 195 号、 081 債権法講義 [ 各論 ] 2 昭和 58 年法 33 号 ] ) が制定された ーで重要なことは、 利息制限法によって定められた上限金利 ( 元本 10 万円 未満 20 % 、 10 万円以上 100 万円未満 18 % 、 100 万円以上 10 % ) を超えた利息の契約が超過部分につき無効であるにも かかわらず、旧貸金業規制法 43 条が、一定の要件下 で債務者が「任意に支払った」限りで有効な弁済とみ なす旨が定められたことである。つまり、民事上は「無 効」でも、貸金規制法上は有効な弁済となる「グレイ ゾーン金利」が生まれた。さらに、出資法によって刑 事上違法となる金利も別に定められ、金利規制はひど く複雑なものになっていた。その後、グレイゾーンは 徐々に縮まり、近時、最終的にグレイゾーン金利を解 消する方向での立法化が進み ( 出資法 5 条 2 項 ) 、出資 取締法は、年 109.5 % を超える利息で契約したときは 直罰の対象とし、当該契約全体を私法上も無効として 民法 90 条 [ 公序良俗違反 ] の特則とする可能性を開 いた ( 河上・民法学入門 < 第 2 版増補 > 166 頁以下参昭 ) 問題は、健全な庶民金融をどのような形で形成するか というすぐれて政策的なものである。国による指導・ 監督を強化するだけでは、表に出ない「ヤミ金融」が はびこる危険もあり、ことは単純ではない。 ( 3 ) クレジット契約 今日ではクレジット・カードを利用して商品を購入 することは、ごく一般的になっており、一般社団法人 日本クレジット協会の調査によれば、平成 27 年 3 月 末のクレジット・カード発行枚数は 2 億 5890 万枚、 販売信用供与額合計は、 46 兆円を超える。一般に、 クレジットで物を購入する場合も、金銭消費貸借カ嘴 後に組み込まれている。自社割賦の場合は、単に売主 によって売買代金の支払いが猶予され、買主が割賦で 弁済するだけの二当事者関係であるが、クレジットで の売買では、売主と買主の売買契約に加えて、信販会 社による代金の立替払い、信販会社と買主との立替払 い委託 ( 立替金についての一種の金銭消費貸借 ) が結合し た「三面契約」の関係が結ばれている。立替金返済が 滞った場合に備えた保証料なども加わって、利息制限 法上の問題を生じることもある。割賦販売法は、書面 要件 ( 同法 4 条 ) をはじめ、実質利率等に関する情報 開示に配慮しているほか ( 同法 3 条 ) 、軽率な契約から の買主のクーリング・オフ権を定め ( 同法旧 4 条の 4 、 29 条の 3 の 3 →現在は同法 35 条の 3 の 10 ~ 35 条の 3 の 12 ) 、 自社割賦であれば買主力続主に主張できるはずであっ
( 1 ) 贈与 「贈与」は、相手方に無償で財産を与える諾成・片務・ 無償・不要式の契約である ( 549 条参照 ) 。無償契約で あるため、一般に契約の効力は限定されているが、ひ とます諾成契約として規定されている ( 無償のものに対 価的応答以上の価値や誠意を見出す極めて日本的な感覚に由 来するものであろうか ) 。特に、契約としての効力の弱 さに関連して、「書面によらない贈与」は、履行の終 わっていない部分について撤回 ( 改正法案 550 条は「解除」 に改めた ) カ可能であること ( 550 条 ) 、贈与の目的であ る物や権利にキズ ( 瑕疵 ) があった場合に、原則とし て責任を負わないとされていることなどが重要である ( 551 条。ただし改正法案 551 条では、契約の趣旨によって確 定された贈与目的の特定時の状態での引渡義務へと表現が改 められている ) 。なお、負担を伴う贈与 ( 負担付贈与 ) も 可能であるが、その場合は、負担の限度で売買の売主 と同様の地位に立つものとされている ( 553 条 ) 。死因 贈与は、遺贈に準ずる ( 554 条 ) 。「無償性」の判断は、 ときに困難な場合がある。たとえば、代金ゼロの通信 機器が、その後のランニング・コストを考えれば有償 と評価されてよい場面も少なくないように、取引全体 を総合的に評価する必要がある ( 原因 (cause [ 仏 ] ) の 問題でもある ) 。 ( 2 ) 売貝 「売買」は、各当事者が互いに財産権の移転と代金 支払いを約することによって成立する有償・双務・諾 成契約の代表である ( 555 条参照 ) 。 30 ヶ条からなり、 予約・費用等に関する「総則」 ( 第 1 款 ) 、売買の「効力」 に関する規定 ( 第 2 款 ) 、「買戻し」に関する規定 ( 第 3 款 ) で構成されている。その多くは、前回すでに「契 約の流れ」を説明する際に言及したので、 こでは繰 り返さない。諾成契約であるが、高価品や不動産の売 買などでは契約書カ乍成されるのが一般的取引慣行で あるので、契約の成立を認定する際には注意を要する。 目的物の売主は、対抗要件を含め財産権を完全に移転 すべき義務を負う ( 改正法案 560 条は対抗要件を備えさせ る義務を明文化 ) 。効果においては、売買目的物に瑕疵 ( キ ズ ) があった場合の売主の「担保責任」が重要である ( 561 条 ~ 572 条。ただし、改正法案では、契約の趣旨に基づ く契約目的不適合を除去すべき義務に再構成されている [ 改 正法案 562 条の追完請求、 563 条の代金減額請求、 564 条の解除、 損害賠償請求など ] ので注意 ) 。商事売買については、商 079 債権法講義 [ 各論 ] 2 法に若干の特別規定がある ( 商法 524 条 ~ 528 条 ) 。また、 消費者取引分野での後述の特別法上のルール ( 消費者 契約法・割賦販売法・特定商取引法 [ 訪問販売・通信販売など ) にも注意が必要である。 「買戻し」は、売主が一定の期間内 ( 10 年以内 ) に代 金を返還して目的物である不動産の取戻しを認めると いう、わが国特有の規定であり ( 579 条以下に 8 ヶ条用 意されている ) 、所有権移転型の債権担保の一形態とし て利用されることがある。 「再売買の予約」によっても買戻しと同様の効果を 得ることカ可能であるが、買戻しの場合は、最初の売 買の解除と構成されているので、当初の代価が返還さ れる形をとるのが通常である ( 579 条。ただし、改正法案 579 条は「別段の合意」の可能性を正面から認める ) 。 売買契約は商品流通の基本をなす契約形態である。 それだけに、目的物や契約形態に応じたきめ細かな規 律が展開している。製造物供給契約や継続的供給契約 も、最終的には売買要素を含むが、その特殊な性格に 配慮が必要となる。目的物では、不動産が重要で、農 地法 ( 昭和 29 年法 229 号 ) 、国土利用計画法 ( 昭和 49 年法 92 号 ) 、宅建業法 ( 昭和 27 年法 176 号 ) などに特別な規律 がある。さらに、契約形態では、割賦販売にかかる割 賦阪売法 ( 昭和 36 年法 159 号 ) 、非店舗販売 [ 訪問販売・ 通信販売・電話勧誘販売・連鎖販売など ] にかかる特 定商取引法 ( 昭和 57 年法 57 号 ) などがあり、とりわけ消 費者取引の領域で、消費者契約法 ( 平成 12 年法 61 号 ) と ともに、重要な役割を演じている。 ( 3 ) 交換 「交換」は、当事者が互いに金銭以外の財産権の移 転を約する点で売買と区別される ( 586 条参照 ) 。本来、 物々交換は対価関係を有する日常的取引行為の最も原 初的な姿であるが、今日では金銭を媒介とする取引行 為に凌駕されるに至っている ( チリ紙交換 ! ) 。交換に 関する規定は、民法に 586 条の 1 箇条しかなく、他の 権利とともに金銭の所有権を移転することを約した場 合におけるその金銭について売買の代金に関する規定 が準用されるとするのみである ( 559 条 ) 。土地改良事 業や土地区画整理事業等における換地や交換分合に、 その例を見ることができる ( 「下取り」もある種の交換で あるから、値引部分に売買の規定が準用される ? ) 。 特定商取引法における「訪問購入」規制を逃れるた め、安価な商品や商品券などとの外形のみの「交換」
[ 特集員へイトスヒーチ / ヘイトクライムⅡーー理論と政策の架橋 025 よる黒人襲撃に付随する儀式という歴史的文脈を有 するものであり、脅迫を意味しうる 5 。日本では刑 法 222 条で、生命、身体、自由、名誉または財産に 対する害悪の告知を脅迫として禁止しており、それ が団体や多衆の威力を示す等して行われる場合には 暴力行為等処罰法 1 条の集団的脅迫として加重処罰 される。ヘイトスピーチにこれらの規定を適用する ことは可能だろうか。問題は、「お前の家に火をつ けてやる」といった特定人に対する害悪の告知では なく、「在日朝鮮人に対して南京大虐殺ならぬ鶴橋 大虐殺を実行するぞ」などとマイノリティ集団一般 に対して向けられた場合である。 判例によれば、害悪の告知について、それが明白 かっ現在の危険を内包することは同罪の成立に必要 な要件でなく ( 最判昭和 34 ・ 7 ・ 24 刑集 13 巻 8 号 1176 頁 ) 、一般に人を畏怖させるに足りる程度のものと されるが、その害悪の発生を行為者が直接または間 接に左右しうる内容でなければならず ( 最判昭和 27 ・ 7 ・ 25 刑集 6 巻 7 号 941 頁 ) 、それは四囲の客観的 状況に照らして判断される。 具体的には、駐在所の巡査一名に対し、売国奴と その手先どもの行為は来るべき人民裁判によって裁 かれ処断されるだろうなどと告知した事案につき、 脅迫罪の成立を認めたものがある一方で ( 最判昭和 29 ・ 6 ・ 8 刑集 8 巻 6 号 846 頁 ) 、警察隊員等百数十名 を前に、「云々の警察官は人民政府ができた暁には 人民裁判によって断頭台上に裁かれる。」等と申し 向けた事案につき、害悪たる断頭台の処刑を行為者 が直接または間接に可能ならしめるものとして通知 したとはいえないとし、警告にすぎず脅迫に該当し ないとした裁判例がある ( 広島高松江支判昭和 25 ・ 7 ・ 3 高刑集 3 巻 2 号 247 頁 ) 。 告知の向けられる対象が特定個人から多数へと拡 散するにつれ、告知される害悪の支配可能性が消極 的に解されるようになるのだとすれば、大多数の集 団に向けられたものについては規定の適用が困難で あることがうかがえる。もっとも、一見して特定人 ではなくマイノリティ集団一般に向けられた害悪の 告知であっても、周囲の状況等から特定人に対する ものであることが認定できるようなごく限られた場 合には脅迫の成立する余地はあろう 6 。しかし、その 他の多くのヘイトスピーチはその対象とならない 7 ) 。 [ 3 ] 傷害罪 の害悪ないし被害をそれらの罪とは別のところに求 そのため、後述するように、ヘイトスピーチに特有 ト」以外のスピーチによっても実現可能である川 ) は傷害罪に該当するにすぎず、これらの罪は「ヘイ イトスピーチは、たまたま名誉毀損罪、脅迫罪また 違があるように思われる。現行規定で対処可能なへ ヘイトスピーチの害悪ないし被害に関する認識の相 例外的な事例に属するといってよい。この一因には、 イトスピーチといわれるものごく一部でしかなく、 以上、現行刑法規定により処罰可能な範囲は、ヘ [ 4 ] 現行刑法規定の限界 範囲は限られるだろう。 故意が認められなければならないため 9 、その成立 自体は傷害に該当せず、未必的なものであれ傷害の することはありうる。しかし、精神的ストレスそれ るヘイトスピーチであっても、それが傷害罪を構成 したがって、たとえ物理的接触のない音声等によ 刑集 59 巻 2 号 54 頁 ) 。 つき、傷害罪の成立を認めた ( 最決平成 17 ・ 3 ・ 29 痛症、睡眠障害、耳鳴り症の傷害を負わせた事案に 的ストレスを与えることにより、全治不詳の慢性頭 音を大音量で鳴らし続けるなどして、被害者に精神 ないし翌未明まで、ラジオの音声や時計のアラーム 被害者に向けて、約一年半にわたり連日朝から深夜 平成 24 ・ 7 ・ 24 刑集 66 巻 8 号 709 頁 ) 。判例は、隣家の の障害を惹起した場合にも傷害罪が成立する ( 最決 の侵害と解されるため、 PTSD のような精神的機能 て敷衍できる。刑法 204 条にいう傷害とは生理機能 これは日本では、暴行によらない傷害の問題とし 神的苦痛の側面に着目する見解といえる。 である」と主張する 8 。ヘイトスピーチの与える精 える、あるいは「平手打ちを受けるのと同様に有害 え、それは被害者に呼吸困難や PTSD など実害を与 快ではあるが無害である」といった認識に異議を唱 あり、直接的な暴力を加えるわけではないので、不 米国の一部の学説は、「ヘイトスピーチは表現で 現行刑法では対応できないへイトスピーチに対し 現行法体系と刑事立法論 めることにも理由がある。
プラスアルフアにつし、て考える基本民法 077 18 ) 前掲・昭和 36 年判決。 15 頁、阿部裕介「判批」民法判例百選 I 〔第 7 版〕 191 頁。 19 ) 執行官の現況調査 ( 民執 57 条 ) を通して抵当権者の 25 ) 古積「判批」ジュリ平成 23 年度重判 ( 2012 年 ) 71 頁、 主観的事情を執行手続に反映させることができなけれ 石田剛「判批」リマークス 44 号 21 頁、金子敬明「抵当権 ば、買受人が予期せぬ損失を被る。そのため、例えば抵 と時効」千葉大学法学論集 27 巻 3 号 ( 2013 年 ) 54 頁以下、 当権設定登記後の賃借権は、抵当権者の事前の同意があ など。 れば実行後も存続し得るが、かかる同意につき登記を要 26 ) 石田・前掲注 25 ) 21 頁は、用益物権とは区別すべき する ( 387 条 1 項 ) 。また、法定地上権の成否についても、 旨を説く。 執行手続の円滑と安定を図るため、後順位抵当権者が不 27 ) 平成 23 年判決の原審がこの観点を指摘する。 在でかっ抵当権者自身が買受人となった場合を除き、抵 28 ) ところで、抵当権の負担を前提とする占有か否かが、 当権者の主観的な担保評価のみによってこれを決すべき 時効の要件において「所有の意思」の有無または善意悪 ではないと解されている ( 道垣内弘人「担保物権法〔第 意のいずれのレベルに相当するのかについては、必すし 3 版〕』〔有斐閣、 2008 年〕、高橋眞「担保物権法』〔成文 も明らかではない。前者に比肩するものとすれば、他人 堂、 2g7 年〕 162 頁、安永正昭『講義物権・担保物権法〔第 の所有に属することを前提とする占有 ( 他主占有 ) に準 2 版〕』〔有斐閣、 2014 年〕 310 頁、田高寛貴「法定地上権」 じて、抵当権設定登記後の第三取得者保護の否定に連な 法教 418 号〔 2015 年〕 69 頁以下、など ) 。 るが、抵当権につき悪意で占有を開始すれば債務者また 20 ) 安永・前掲 153 頁。 は設定者による占有に準じて扱ってよいかについては、 (1) G も丙地を農地として使用しており、客観的外形的 なお検討を要しよう。もっとも、第三取得者については、 にみて H への譲渡前後において占有状況に変化がない場 同人の側において被担保債権の状況を継続的に把握する 合などは、認識困難といえようか。 よう努めるとともに、必要に応じて抵当権消滅請求を行 22 ) 平成 24 年判決は特段の事情を留保するものの、占有 うなど、所有権喪失のリスクを管理すべき立場にあると 者がその占有開始時に存在していなかった抵当権を後か もいえるため、時効によって保護するにしても、時効期 ら容認するとは考え難い ( 松岡久和「判批」民法判例百 間あるいは起算点において調整を図るなどの要件調整が 選 I 〔第 7 版〕 189 頁、角・前掲書 382 頁、など ) 。 されてもよいように思われる。 23 ) 最判昭和 43 ・ 10 ・ 8 民集 22 巻 10 号 2145 頁、最判昭和 29 ) 抵当権における諸問題全体を通してこの観点の重要 52 ・ 9 ・ 29 裁判集民 121 号 301 頁、など。 性を説く最近の文献として、水津太郎「抵当権と利用権 24 ) 秋山靖浩「判批」現代民事判例研究会『民事判例Ⅲ 抵当法のあり方を考える」法教 426 号 ( 2016 年 ) 82 ー 2011 前記』 ( 日本評論社、 2011 年 ) 48 頁、大久保邦彦「判 頁以下。 ( むかわ・こうじ ) 批」判例セレクト 2011 〔 I 〕別冊法教 377 号 ( 2011 年 ) 可第補メ - モ 要件事実論について ロースクール・新司法修習制度が始まってから、要件 思われるが、実務的視点として重要であるにれは、主 事実論に関する書籍が数多く出版されるようになった。 張・立証責任の分配が基本的には問題とならない刑事訴 従前から、要件事実論は実務家の共通言語といわれてい 訟においても同様だと思われる ) 。訴訟には様々な事実 たところであるが、学生も要件事実論の勉強を求められ が現れるが、例えば、「原告は、被告に金員を貸し付けた」 ているのが現状である。しかし、何のために勉強してい ( 主要事実 ) 、「被告は、金遣いが荒くなった」 ( 主要事実 るのかよく分からない方も多いのではないだろうか。 を推認させる間接事実 ) 、「金銭消費貸借証書には被告の 要件事実論の定義も人によってまちまちであるが、 実印が押されている」 ( 証拠である金銭消費貸借証書の こでは差し当たり、訴訟物の存否を判断するために必要 証拠力に関わる補助事実 ) のように、同じく重要な事実 最小限の事実を把握する思考方法としておく。ーロに要 といっても、重要さの意味合いは異なる。主要事実→間 件事実論といっても、そこには多様な作業が含まれてい 接事実→補助事実と構造的に事案を分析し、「何が重要 るが、中でも、①主張・立証責任の分配、②主要事実と か、なぜ重要か」をシンプルに説明することは、実体法 間接事実 ( 及び補助事実 ) の区別が重要だと思われる。 の解釈論と事実認定論について一定の訓練を経なければ ①の作業は、弁論主義が妥当し、かっ限られた証拠の できないものであり、まさに法律実務家としてのアイデ 中で結論を出さなければならない民事訴訟においては、 ンティティであるといえる。 避けて通れないものである。これについては、民法 ( そ このように、要件事実論は、事案の核心に迫り、結論 の他の実体法 ) の解釈論であるというのが通説的な考え を出すための方法論である。要件事実論が好きな人も嫌 方 ( 法律要件分類説 ) である。 いな人も、基本を大切にして、それぞれに勉強を進めて ②の作業は、①に比べると意識されることが少ないと いただければと思う。
076 法学セミナー 2016 / 05 / no. 736 LAW CLASS 認めることと、抵当権者に対抗できない賃借人を時 効によって保護することとは、別問題であろう 25 ) 。 平成 23 年判決は、抵当権者は抵当権設定登記に先立 って対抗要件を備えた賃借権の負担だけを覚悟すれ ば足り、特別法上の対抗要件すら備えていない賃借 権を抵当権者の犠牲において保護する必要はない、 という価値判断を基礎とするものといえよう。ちな みにこの考え方では、賃借人が時効によって保護さ れるには買受人との関係においてさらに長期占有す ることを要することになろう。このような評価はも つばら賃借権に限定されるのか、あるいは、抵当権 と利用権 ( 用益物権を含む ) との優劣関係一般に妥 当するのかについては、今後の課題であろう 26 ) ⅱに関しては、抵当権者ひいては買受人の立場か らみれば 27 、抵当権者は当然に賃借人を排除できる わけではないため、抵当権者に対抗できない賃借人 に対しても定期的に抵当権存在確認訴訟あるいは承 認請求等の保全措置を講じなければならないとすれ ば、その負担は決して小さくない。また、賃借人の ための時効の成否までを抵当権実行手続に反映でき るかどうかも問題となろう。 これらの指摘は譲受人→抵当権者型一般に妥当す るが、譲受人→抵当権者型 + 占有者→賃借人型につ いてはさらに i に関する上記の評価と相俟って、再 度当事者準則による保護の限界が示され、占有権原 に応じた「線引き」がされたものと解されよう。 5 おわりに 非占有担保である抵当権が他人の占有によって消 滅するというのは、一見すると矛盾してみえる。し かしながら、抵当権者に対抗できない占有者は永久 に抵当権の負担から免れることができないとすれ ば、制限物権であるはずの抵当権が時効においては 所有権以上に厚く保護されることになるが、それで よいか ? 抵当権についても「取得時効と登記」準 則に即して規律するのが所有権との均衡に適うとと もに、権利関係の簡明化に資するのではないか ? 他 方において、占有者の要保護性と抵当権者の不利益 とのバランスを考えるとき、抵当権の負担を前提と して占有を始めたといえる者まで保護しなければな らないのか ? 占有権原を問わなくてよいのか ? 抵当権者は時効のリスクをどのように管理すべきな のか ? 抵当権においては執行手続の円滑および買 受人の地位の安定化にも配慮すべきではないか 29 ) ? 本連載は、上記のような問題意識に基づいて、抵 当権の制限物権性からみた「所有権との均衡」と、 非占有担保性に着目した「所有権との差異」という 対立軸を立て、主要な問題類型について検討した。 類型化に際しては、①占有開始時による区別 ( 抵当 権設定登記の前。 r 後 ) および、②占有権原の有無・ 性質に応じた区別 ( 第三取得者・無権原占有者・賃借 人 ) を基軸として整理を行った。大変な難問である ため、問題の所在と考察すべきポイントならびに、 成り立ち得る考え方の把握に努めてほしい。 1 ) 397 条につき、所有権の取得時効の効果として抵当権 が消滅する旨を確認する規定にすぎないと解する説 ( 確 認規定説 ) と、同条は所有権の取得時効とは別個に抵当 権に特有の時効消滅について定めたものであり、 162 条・ 167 条 2 項の特別規定であると捉える説 ( 特別規定説 ) を指す ( 本連載の前回〔本誌 735 号〕昭 ) : イ・・い、 0 2 ) 我妻栄『新訂担保物権法』 ( 岩波書店、 1965 年 ) 423 頁、 鈴木禄弥「物権法講義〔五訂版〕』 ( 創文社、 2007 年 ) 、 235 頁、内田貴『民法Ⅲ〔第 3 版〕』 ( 東大出版会、 2005 年 ) 473 頁、など。 3 ) 角紀代恵「再論抵当権の消滅と時効」星野英一先生 追悼『日本法学の新たな時代』 ( 有斐閣、 2015 年 ) 382 頁、 古積健三郎『換価権としての抵当権』 ( 弘文堂、 2013 年 ) 325 頁、など。 4 ) 我妻・前掲書 423 頁、鈴木・前掲書 234 頁、など。こ のように要件構成するには、 397 条の趣旨に消滅時効の 要素を読み込むなどの工夫を要しよう。 5 ) 最判昭和 35 ・ 7 ・ 27 民集 14 巻 10 号 1871 頁、など。 6 ) 大連判大正 14 ・ 7 ・ 8 民集 4 巻 412 頁、など。 7 ) 内田貴「民法 I 〔第 4 版〕」 ( 東大出版会、 2008 年 ) 454 頁。 8 ) 角・前掲 389 頁、同「判批」「民事判例Ⅵ』 ( 日本評論 社、 2013 年 ) 131 頁、石田剛「判批」リマークス 46 号 ( 2013 年 ) 21 頁、古積・前掲書 335 頁。 9 ) 最判昭和 36 ・ 7 ・ 20 民集 15 巻 7 号 1903 頁 ( 以下、「昭 和 36 年判決」という ) 。 10 ) 安永正昭「抵当不動産の自主占有の継続 ( 取得時効 ) と抵当権の消滅」田原睦夫先生古稀記念『現代民事法の 実務と理論 ( 上巻 ) 』 ( 金融財政事情研究会、 2013 年 ) 153 頁、角・前掲 388 頁、など。 (1) 河上正二『物権法講義』 ( 日本評論社、 2012 年 ) 125 頁以下。 12 ) 本件抵当権の存在確認を理由とする時効中断を認め る余地はあろうが、 D に対する取得時効の援用の事実の みから直ちに認定できないであろう。 13 ) 14 ) 15 ) 16 ) 17 ) 最判昭和 42 ・ 7 ・ 21 民集 21 巻 6 号 1643 頁、など。 大判大正 7 ・ 3 ・ 2 民録 24 輯 423 頁。 最判昭和 46 ・ 11 ・ 5 民集 25 巻 8 号 1087 頁、 前掲・大連判大正 14 ・ 7 ・ 8 、など。 最判平成 18 ・ 1 ・ 17 民集 60 巻 1 号 27 頁。 など。
201 [ 目 Contents 05 法学セミナー ( 4 ) 日本評論社 2016 年 5 月 1 日発行毎月 1 回 1 日発行通巻 736 号 19 聞 ( 昭和 31 ) 年 4 月 12 日第 3 種郵便認可 VOL61-05 特集 ] ヘイピー ヘイトクライムⅡ 理論と政策の架橋 ヘイトスピーチ規制消極説の再検討・ 現在の刑事司法とヘイトスピーチ ヘイトスヒーチに対する民事救済と憲法 ヘイトクライム規制の憲法上の争点・ 地方公共団体による ヘイトスヒーチへの取組みと課題 [ 座談会 ] 理論と政策の架橋に向けて 奈須祐治 櫻庭総 梶原健佑 ・桧垣伸次 ・中村英樹 ・梶原健佑・櫻庭総・中村英樹・奈須祐治・桧垣伸次 別企画 ] 今、なぜ ロースクールで 学ぶのか [ 座談会 ] 若手弁護士が語る法科大学院の魅力 ・・小塩康祐・毛受達哉・戸塚雄亮・重政孝・堀香苗 018 024 030 036 041 047 058
株式会社法の基礎 093 報酬コンサルティング部門『経営者報酬の法律と実務 ( 別 冊商事法務 285 号 ) 』〔 2005 年〕 19 頁 ) 。 6 ) 大阪地判昭和 2 年 9 月 26 日法律新聞 2762 号 6 頁、矢 沢・前掲注 5 ) 241 頁、大隅 = 今井・前掲注 5 ) 166 頁。 7 ) 龍田節「役員報酬」我妻榮編「続判例展望 ( 別冊ジ ュリスト 39 号 ) 』 ( 1973 年 ) 178 頁。 8 ) 伊藤靖史『経営者の報酬の法的規律』 ( 有斐閣、 2013 年 ) 19 頁以下、落合誠一編『会社法コンメンタール ( 8 ) 』 ( 商 事法務、 2009 年 ) 148 頁以下〔田中亘〕、比較法研究セン ター「役員報酬の在り方に関する会社法上の論点の調査 研究業務報告書」 ( 2015 年 ) 68 頁〔松尾健一〕《 http:〃 www.moj.go.jp/conten レ 001131783. pdf 》 ( 2016 年 3 月 21 日最終確認 ) 、津野田一馬「経営者報酬の決定・承認手 続 ( 1 ) 」法学協会雑誌 132 巻 11 号 ( 2015 年 ) 2086 頁以下。 9 ) 田中・前掲注 8 ) 163 頁。 10 ) 田中・前掲注 8 ) 163 頁は、個人別の報酬額まで株主 総会に決定させることが、裁判所による事後的審査の可 能性を留保しつっ取締役会にこれを決定させることと比 べて、報酬規制の手法として優るとは必ずしも言いきれ ないとする。 (1) 例えば、タワーズワトソン社の調査研究 ( 2014 年度 ) によれば、米国では Fortune500 企業、英国では FT UK500 企業、日本では時価総額上位 100 社のうち、売上 高 1 兆円以上の企業を取り上げて、 CEO の報酬額 ( 連 結子会社の役員として受けた報酬額を含む ) をみると、 その中央値は、米国では 12 億 2251 万円 ( うち基本報酬は 1 億 3160 万円、業績連動賞与は 2 億 7057 万円、株式報酬 等の長期インセンテイプは 8 億 2034 万円 ) 、英国では 6 億 7840 万円 ( うち基本報酬は 1 億 6736 万円、業績連動 賞与は 2 億 3031 万円、株式報酬等の長期インセンテイプ は 2 億 8073 万円 ) 、日本では 1 億 2950 万円 ( うち基本報 酬は 7627 万円、業績連動賞与は 3584 万円、株式報酬等の 長期インセンテイプは 1738 万円 ) である《 https:〃 www.towerswatson.com/ja-JP/Press/2016/01/Towers- Watson-Japan-StPock-Option-implementation-status 》 ( 2016 年 3 月 21 日最終確認 ) 。 12 ) 伊藤・前掲注 8 ) 39 頁以下・ 109 頁以下、田中・前掲 注 8 ) 165 頁。例えば、株主総会による限度額の決定後 に取締役の員数が著しく減少したにもかかわらず、取締 役会が漫然と 1 人あたりの取締役の報酬額を増やしたよ うな場合には、任務懈怠責任が認められる可能性がある といわれる ( 田中・前掲注 8 ) 166 頁 ) 。ただし、「 7 」 で触れるように、この点に関する司法審査の機能は限定 的であると考えられる。 13 ) 名古屋高金沢支判昭和 29 年 11 月 22 日下民集 5 巻 11 号 1902 頁。 14 ) 龍田・前掲注 7 ) 175 頁、矢沢・前掲注 5 ) 244 頁。 15 ) 田中・前掲注 8 ) 166 頁。 16 ) 東京地判昭和 44 年 6 月 16 日金判 175 号 16 頁。また、最 判昭和 31 年 10 月 5 日集民 23 号 409 頁は、一任を受けた取 締役会が、社長と専務取締役の報酬については両名の総 額だけを決定して、両名間の配分は社長に再一任した事 例につき、かかる再一任は違法でないと判示している。 17 ) 龍田・前掲注 7 ) 175 頁、江頭憲治郎「株式会社法〔第 6 版〕」 ( 有斐閣、 2015 年 ) 449 頁注 6 参昭 18 ) 阪埜光男「判批」金融・商事判例 197 号 ( 1970 年 ) 5 頁、伊藤・前掲注 8 ) 268-269 頁、津野田一馬「経営者 報酬の決定・承認手続 ( 2 ) 」法学協会雑誌 133 巻 1 号 ( 2016 年 ) 115 頁。 19 ) 津野田・前掲注 18 ) 115 頁。 20 ) なお、このような改善策を会社法改正によって実現 すべきか、それとも証券取引所の上場規則の改正によっ て実現すべきかは別途問題になる。 21 ) 伊藤・前掲注 8 ) 281 頁以下、松尾・前掲注 8 ) 72 頁、 津野田・前掲注 18 ) 119-120 頁参昭 22 ) 尾崎悠ー「ドッド・フランク法制定後の米国におけ る役員報酬規制の動向」神作裕之責任編集・資本市場研 究会編「企業法制の将来展望 2013 年度版』 ( 資本市場研 究会、 2013 年 ) 288 頁。なお、伊藤・前掲注 8 ) 285 頁、 松尾・前掲注 8 ) 72-73 頁、津野田・前掲注 18 ) 120 頁も 参 23 ) 津野田・前掲注 18 ) 118 頁。なお、松尾・前掲注 8 ) 69 頁も参昭 24 ) 津野田・前掲注 18 ) 119-120 頁。また、尾崎・前掲注 22 ) 289 頁以下、松尾・前掲注 8 ) 70 頁も参照。米国では、 連邦法 ( ドッド = フランク法 ) でかかる株主総会の勧告 的決議が要求されるが、勧告的決議とされる大きな理由 の一つは、州会社法上、取締役報酬について株主総会は 決定権限を有しないとされていることにある ( ただし、 ストック・オプションなどの工クイティ報酬については、 株主の同意を要求する州会社法もあるほか、証券取引所 の上場規則で原則として株主の同意が要求されている ) 。 米国法の詳細につき、伊藤・前掲注 8 ) 119 頁以下・ 189 頁以下、尾崎・前掲注 22 ) 245 頁以下、松尾・前掲注 8 ) 1 頁以下、津野田・前掲注 8 ) 2127 頁以下参昭 25 ) 菊田秀雄「 EU における取締役報酬規制の新たな展開 と日本法への示唆」奥島孝康先生古希記念論文集編集委 員会『現代企業法学の理論と動態第 1 巻 ( 上篇 ) 』 ( 成 文堂、 2011 年 ) 293 頁参照。こうした立法論の下では、 報酬決定の基本方針は、株主総会決議による取締役会ま たは報酬委員会への委任の趣旨となるから、それに反し て具体的な報酬が決定された場合には、取締役の任務懈 怠責任が生じるほか、取締役会決議や報酬委員会決議の 効力にも影響が及びうる。この意味で、かかる立法論に は、取締役会・報酬委員会による報酬決定に対する司法 審査の実質化という意義も認められる。ただし、報酬決 定の基本方針として、株主総会決議で抽象的な方針が定 められてしまうと規制の意義が乏しくなるから、株主総 会で報酬決定の基本方針として定めるべき事項を法定す ることも必要であろう。この点については、前掲注 22 ) に対応する本文も参照のこと。 26 ) 米国の say on pay に対する議決権行使助言会社の影 響力について、尾崎・前掲注 22 ) 255 頁以下、津野田・ 前掲注 18 ) 67 頁以下参昭 ( くばた・やすひこ )
刑事訴訟法の思考プロセス 113 ければならない。ただ、②強制手段に当たらな い有形力の行使であっても、何らかの法益を侵 生し又は侵生るおそれがあるのであるから、 状況のいかんをわ宀に言六されるものと るのは当でなく、必要、、急なども 慮した、え、具的状況のもとで当と認めら れる限度において許容される。 以上の判断プロセスと判断基準を示したうえ、最 高裁は、本件の警察官の行為は、 a 「性質上当然に 逮捕その他強制手段にあたるもの」とはできないと し ( ①のあてはめ ) 、 b 任意処分として、許容される 範囲を超えた不相当な行為ということは」できない としています ( ②のあてはめ ) 。判例も、 3 で述べた 思考プロセスに沿って、強制処分該当性を検討し、 本件捜査は任意処分に当たるとして ( a ) 、そのう えで任意処分としての適法性を踏まえて検討してい ることが分かります ( b ) 。下線部②は、任意処分 としての適法性の判断基準で、 197 条 1 項本文にお ける捜査の「目的を達するため必要」といえるかの 判断基準 ( 比例原則 ) といえるでしよう。 問題は、判例がどのような基準で、強制処分該当 性を検討したかです。昭和 51 年決定は、「有形力行 使の有無」というかっての通説の基準 6 をとらず、 下線部①のように判示しました。このうち、 ( ア ) 「個 人の意思を制圧し」、 ( イ ) 「身体、住居、財産等に 制約を加えること」が、判例の示した基準で重要だ とされています。 この判示自体は多くの学説によって支持されてい ますが、とくに、 ( ア ) を中心に、その理解にはや や争いがあります 7 。ここでは、その争いを詳細に みることはできませんが、昭和 51 年決定の ( ア ) ( イ ) 部分を、すべての捜査活動に応用可能な基準として 理解しようとする場合は、通説のように、 ( ア ) を「対 象者の明示又は黙示の意思に反すること」と、 ( イ ) を「法定の厳格な要件・手続によって保護する必要 があるほど重要な権利・利益に対する実質的な侵害 ないし制約」と理解することになります 8 。 ( ア ) に該当しない ( 同意がある ) 場合には、そもそも ( イ ) に該当することはないということから、強制処分該 当性判断については、 ( イ ) ( 以下、「重要な権利・利 益の侵害」とします ) が中心の基準となります。 判例・通説の考えを活用する場合の注意点 平 20 ・ 4 ・ 15 刑集 62 巻 5 号 1398 頁 ) 。同決定は、憲法 を理由に、強制処分該当性を否定しています ( 最決 受忍せざるを得ない場所におけるもの」であること 常、人が他人から容ばう等を観察されること自体は おける被告人の容ばう等のビデオ撮影について、「通 デオ撮影、不特定多数の客が集まるパチンコ店内に 判例は、公道を歩いている被告人の容ばう等のビ よう ) 。 と関連づけるべきかについては、議論はあり得るでし 強制処分該当性を判断する際に、常に憲法 33 条や 35 条 強制処分性は否定されることになります ( もっとも、 説明されます ) への侵入・侵害はないと評価され、 行われないであろうと合理的に期待できる場所などと 想定し得ない場所とか、他者による観察や聴取などが 護されている「私的領域」 ( 通常他者からの観察等を を侵害する可能性はあるものの、憲法 35 条により保 する「みだりに容ばう・姿態を撮影されない自由」 いる者をカメラで撮影する捜査は、憲法 13 条に由来 対する侵害となります。そうすると、公園を歩いて 条、憲法 33 条・ 35 条の保護する重要な権利・利益に 害とは、単なる権利・利益の侵害ではなく、憲法 31 このような説明によれば、重要な権利・利益の侵 と説明されているのです。 保護するほどの「重要な」権利・利益に対する侵害 原則 ( 憲法・刑訴法上の厳格な要件や手続 ) によって うな趣旨説明から、強制処分とは、この両者の原理・ ントロールも原則として必要とされます。以上のよ 33 条・ 35 条 ) により、強制処分には裁判官によるコ すべきことにあります 9 。さらに、令状主義 ( 憲法 自身による、国会を通じた意識的かっ明示的決断を う国民の権利・利益の侵害を許すかについて、国民 強制処分法定主義の趣旨の 1 つは、強制処分とい ちます。 「重要な」権利・利益の侵害に限定する根拠が役立 示されていませんが、この混乱の解決には、通説が 処分と考えてしまうといった混乱です。判例では明 分理解せず、感覚的にプライバシー侵害だから強制 第 1 に、「重要な権利・利益」の具体的意味を十 招くことがあります。 的に判例・通説の基準を活用する場合、やや混乱を 特にプライバシー侵害が問題となる場合に、具体
法学セミナー ヘイトスピーチ / ヘイトクライムⅡ 2016P5 理論と政策の架橋 奈須祐治 ヘイトスヒーチ規制消極説の再検討 櫻庭総 現在の刑事司法とヘイトスヒーチ ヘイトスヒーチに対する民事救済と憲法 梶原健佑 桧垣伸次 ヘイトクライム規制の憲法上の争点 地方公共団体によるヘイトスヒーチへの取組みと課題 中村英樹 [ 座談会 ] 理論と政策の架橋に向けて HOUGAKU Seminar 論 2016 年 5 月 1 日発行毎月 1 回 1 日発行通巻 736 号 1956 ( 昭和 31 ) 年 4 月 12 日第 3 種郵便認可 VOL61-05 ISSN 0439-3295 集 ] クールで学ぶのか 今、なぜ が語る法科大学院の魅力」 小祐・毛受達哉・戸塚雄亮・重政孝・堀香苗 えん罪救済センターの始動 日本版イノセンス・プロジェクトの可能性 産経新聞社前ソウル支局長無罪判決 ーー刑事実体法・刑事手続法の観点から 公共空間を考える一一 - 技術者として法を語る・・・ 辺野古基地建設問題と法律事項・地方特別法住民投票 米軍基地という公共空間を憲法 92 条・ 95 条から考える わたしの仕事、法つながり [ ひろがる法律専門家の仕事編ト あるシンクタンクのお仕事ーーそして情報法の世界への道案内 [ 特別企画 ] 徳立文一般 笹倉香奈 安部祥太 [ ロー・ジャーカ切 木村草太 桑原俊 [ 連載 ]