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検索対象: 法学セミナー2016年05月号
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1. 法学セミナー2016年05月号

事実の概要 121 旨 ( 保証免責条項 ) が定められていた。 XI 信用金庫及び X2 銀行は、 Z から融資の申込みを 警視庁は、平成 22 年 12 月、国交省関東地方整備局 受け、東京信用保証協会 ( Y ) に対して、それらの 等に対し、 Z は、暴力団員が支配する会社であると 信用保証を依頼した後、融資を実行、 Y と X らとの して、公共工事の指名業者から排除するよう求めた。 間には、当該融資 ( 貸付 ) にかかる X に対する Z ら その後、 Z らが貸付債務を履行せず、 x らは、 Y に ( 主債務者 ) の債務を、 Y が連帯して保証する旨の 対し、 ( 本件 ) 各保証契約に基づき、保証債務の履 本件各保証契約が締結された。 Y と XI ・ X2 は、昭 行 ( 残債務の支払 ) を求めた。 Y は、主債務者が反 和 41 年 8 月、約定書と題する書面により信用保証に 社である場合、保証契約は締結しないところ、それ 関する基本契約を締結した。本件基本契約には、 X を知らずに同契約を締結したものであり、同契約は ( 金融機関 ) が「保証契約に違反したとき」は、 Y ( 協 要素の錯誤により無効であり、また、保証免責条項 会 ) は、 X ( 金融機関 ) に対する保証債務の履行に によっても保証債務の履行を免れる、と主張し、争 つき、その全部又は一部の責めを免れるものとする っている。 [ ①最三小判平 28 ・ 1 ・ 12 金判 1483 号 19 頁、②同・金判 1483 号 21 頁。ともに、裁判所 HP ] ている協会・金融機関の間の保証契約にかかわっ ( 1 ) 錯誤無効の成否、 ( 2 ) 付随義務違反の効果 て、融資 ( 信用保証 ) の実施後、主債務者が暴力 団等、反社であることが判明した場合に、当該保 ( 1 ) 保証契約上、「主債務者が反社会的勢力でない 証契約の法的効力はどうなるか、具体的に、協会 ・・・が当然に同契約の内容となっているとい は保証にかかる意思表示の錯誤を主張して、契約 うことはでき」ず、「本件基本契約及び本件各保 を無効にできるか。下級審において、肯定例 ( ① 証契約等に」当事者が想定できた事後判明の「場 事件第 1 審、原審ほか ) 、否定例 ( ②事件第 1 審、 合の取扱いについての定めが置かれていないこと 原審ほか ) が分かれていたところ、本件各最高裁 珮からすると」主債務者が反社会的勢力であること は、保証契約の ( 本来的 ) 性質論の観点及び約定 が「事後的に判明した場合に本件各保証契約の効 書及び個々の契約書 ( = 信用保証書 ) 等からする 力を否定することまでを」当事者「双方が前提と 当事者の法律行為の解釈論の観点から、これを否 していたとはいえない」。 < ①②事件共通 > 定した。協会の信用保証には、共通の約定書が利 ( 2 ) 「 X 及び Y は、本件基本契約上の付随義務とし 用されているので ( 金法 2005 ・ 132 ) 、この点にか て、個々の保証契約を締結して融資を実行するに かる本件最高裁の解釈論は、 ( 約定書を改正しな 先立ち、相互に主債務者が反社会的勢力であるか い限り ) 他の信用保証契約にも等しく及ぶ判断と 否かについてその時点において一般的に行われて なる。 いる調査方法等に鑑みて相当と認められる調査を ( 2 脇会の約定書 ( 例 11 条 1 号 ~ 3 号 ) には、保証 すべき義務を負」い、「 X がこの義務に違反して、 人 ( 協会 ) の保証履行責任を免除する、 3 つの保 証免責事由 ( 旧債振替、保証契約違反、故意重過 その結果・・・・・・保証契約が締結された場合には、本 件免責条項にいう X が「保証契約に違反したとき』 失による取立不能 ) が定められている。本判決は、 契約に先だって、普通レベル ( 相当 ) の反社調査 に当たると解するのが相当であ」り、その場合、 Y は「本件各保証契約に基づく保証債務の履行の をする基本契約上の付随義務が双方に生じている 責めを免れるというべきであ」り、「その免責の とし、金融機関の側が当該付随義務に違反するこ 範囲は、上記の点についての Y の調査状況等も勘 とは、保証契約違反 ( 例 11 条 2 号 ) と評価される 案して定められるのが相当である」。 < ②事件 > こととなり、その場合には、保証免責 ( 保証債務 消滅・最二小判平 9 ・ 10 ・ 31 参照 ) の法的効果が 信用保証協会は、中小企業者への金融機関から 生じる、という規範を打ち立てた。全国信用保証 の貸付金の債務を保証することを主たる業務とす 協会連合会「約定書例の解説と解釈指針」によれ る。中小企業が借入金を返済できなくなったとき、 ば、これらの免責は、「金融機関の債務不履行に 協会が同企業に代わりその金額を金融機関に支払 よる損害に相当する部分につき責任を問う」趣旨 い ( 代位弁済 ) 、それによる求償権を、その後、 の条項であるとされており ( 金法 1818 ・ 17 、 28 、 41 ) 、本判決も、協会側の調査 " も " 不十分であっ 中小企業に行使する ( 民 459 条。なお、協会は公 たときには、民法 418 条による調整がありうるこ 保険でリスクを一定外部化。中小企業信用保険法 とを示唆しながら、付随義務違反と相当因果関係 3 条参照。また、約定書で求償保証人も確保 ) 。 のある損害に相当する部分の保証債務消滅を考え ( 1 ) 政府反社指針 ( 平成 19 年 6 月 ) を受け、それぞ 法学セミナー ( どき・たかひろ ) れ監督指針レベルでも反社取引の遮断を要請され るようである。 2016 / 05 / n0736 主債務者が反社会的勢力と判明した保証契約の効力と同・付随義務違反の効果 最新判例演習室ーー商法 裁判所の判断 中京大学教授土岐孝宏

2. 法学セミナー2016年05月号

032 性質は、何らかの不法行為の成立を与件として、その 土台の上で賠償額に影響を及ばす要素とされる ) 。では、 その土台として、どのような権利・利益の侵害を主 張するのがよいだろうか。 何が害されているのか ヘイトスピーチが特定被害者の社会的評価を低下 させるものとして名誉毀損となりうることは既に確 認した。しかし、社会的評価の低下をもたらすとは 評しつつも、「一応は不法行為法上も保護されるべ 権利というだけの内包・外延の明確さは存しないと 件で原告から主張されていた。これに東京地裁は、 権利」なるものが、先述の都知事の発言にかかる事 これらに類すると思しき「平穏に社会生活を営む されやすくなる 16 ) 」点にみる論者がある。 貶められ続け・・・・・・将来のいわれなき犯罪行為にさら 団に属する人々が社会において不当な立場や地位に が国でも、ヘイトスピーチの一つの特徴を「当該集 を困難にする、という主張が注目を集めている。わ 関心の当然の対象として・・・・・・取り扱われる 15 ) 」こと 仕事場で、何事もなく普通に交流し、社会の保護と 「周りの他者と共に、公共の場所で、通りで、商店で、 近年米国では、ヘイトスピーチは、その被害者が [ 1 ] 平穏に生活する権利 以下、幾つかの可能性を探ってみよう。 し、それぞれ分析しておく必要があるはずである。 足するのではなく、その内実をもとに適切に腑分け 異なっている。とすれば、抽象度の高いラベルで満 バシー権とでは、法益としての性質も成立要件等も 、たとえば名誉権とプライ に限定したとしても ても一一一それも表現の自由との緊張関係を孕むもの があるかもしれない。しかし、一口に人格権といっ ラベルを貼っておけばそれで十分ではないかとの声 あるいは、「人格権 ( 人格的利益 ) の侵害」とだけ 法行為のラベルを、名誉毀損とは別に探すことであ の課題は、ヘイトスピーチ被害の実相に見合った不 とは必ずしもいえないのではないか。そこで、本節 表現は、文脈にもよるけれど、社会的評価が下がる 本から出ていけ」「あいつら気持ち悪い」といった 評しにくいへイトスピーチも数多い。たとえば、「日 き利益であると認めて差し支えないように思われ る」と理解を示してみせた。とはいえ、「発言が、 仮に原告らの上記諸利益を否定する趣旨と受け取ら れるものであったとしても、そのことと現実にその ような諸利益が侵害されたということは区別して考 える必要があ」り、「そのような利益が本件各発言 によって侵害されたとは認められない」と結論づけ ている。すなわち、発言と平穏に社会生活を営む利 益の侵害との対応関係、つまり、当該発言を直接の された。 いわざるを得ない」として、不法行為の成立は否定 対する影響は、それだけ希薄化されたものになると を対象者としているだけに、個々人の権利、利益に め難い。本件各発言については・・・・・極めて多数の者 神的な苦痛を与えるまでの内容、性質のものとは認 能力を失った女性』又は『女性』に対して深刻な精 きない」と認めた。しかしながら、「個々の『生殖 ・・・等、様々な否定的な感情を抱いたことは否定で 言に接したことによって・・・・・・憤り、不快感、虚脱感 も扱われている 19 ) 。裁判所は、「原告らが本件各発 なかった 18 ) 。「内心の平穏」は都知事発言の事件で に属するものである等として不法行為の成立を認め 感等を抱いたに止まり、表現も本来自由な言論活動 とがある 17 。ただし同判決は、原告は不快感、不安 上において尊重されるべきものである」と述べたこ されないという利益を有し、この利益は社会生活の は自己の欲しない他者の言動によって心の静穏を乱 が侵害されたと個人が訴えでた事件において、「人 の領域における心の静穏を乱されることのない利益 団体やその主宰者を誹謗する表現によって、宗教上 できないか。最高裁はかって、自己の帰依する宗教 の状態を「法律上保護される利益」と捉えることは られない状態を強いられているとすれば、この内心 の社会的評価は低下しないとしても、心穏やかでい 集団に向けられたヘイトスピーチによって個々人 [ 2 ] 内心の平穏 に近い。 すである。とすれば、この因果関係の立証は不可能 しても、同種の発言の積み重ねがそれをもたらすは ヘイトスピーチにそうした社会構築の効果があると 立証しなければならないわけである。しかし、仮に 起因として現実に当該利益が害されたということを

3. 法学セミナー2016年05月号

事実の概要 124 ものにつき閲覧を許可する一方、 b の部分について は、刑事確定訴訟記録法 ( 以下「法」という ) 4 条 閲覧請求人は、放射性物質に汚染された木材チッ プ ( 以下「本件木くず」という ) を滋賀県内の河川 2 項 5 号の閲覧制限事由に該当するとして、閲覧ー 部不許可処分をした。これに対して閲覧請求人が準 管理用通路に廃棄したという廃棄物の処理及び清掃 抗告を申し立てたところ、原決定 ( 大津地裁 ) は、 に関する法律違反被告事件に係る刑事確定訴訟記録 上記閲覧一部不許可処分を取り消し、木くずの移動 の一部である①被告事件の裁判書、② a 滋賀県が河 経路に関する情報部分 ( 取扱業者名、土地所有者名 川敷進入のための鍵を貸与した経緯、 b 本件木くず と余罪に関する木くずの両方 ( 以下、単に「木くず」 を含む全情報部分 ) 、木くずの最終搬入先の都道府 県市町村名までの情報部分 ( 以下「本件閲覧許可部 という ) について移動経路、保管状況等が分かる供 述調書、報告書等、③起訴状の閲覧請求をした。同 分」という ) の閲覧を認めた。検察官側が特別抗告。 己録の保管検察官は①と③、②のうち a 等に関する [ 最三小決平 27 ・ 12 ・ 14 裁時 1642 号 28 頁 ] 刑事確定訴訟記録の閲覧制限事由 一三ロ 4 条 1 項は、 53 条 1 項を踏まえ、閲覧自由の原則 本件閲覧許可部分は、法 4 条 2 項 5 号の閲覧制 を定めている。法 4 条 2 項 5 号は、「関係人の名 限事由に該当するか。 誉又は生活の平穏を著しく害する」場合に例外的 に「閲覧させないものとする」ことを定めるが、 本決定は特別抗告の一部を認めて原決定の一部 「一般の閲覧に適しないもの」 ( 53 条 2 項 ) の具体 を取り消した ( その余の特別抗告は棄却 ) 。すな 例の一つである。「著しく」という文言があるこ わち、別紙 ( 除外部分 ) を除いた本件閲覧許可部 とからも、法 4 条 2 項 5 号の該当性は、制限的に 解釈すべきであり、特別の重大な被害が発生する 分の閲覧を認めた。 「本件閲覧許可部分のうち、別紙の除外部分に ことが明白で現実的であるような場合に限定すべ きである。さもなければ、閲覧の禁止が、名誉や ついては、これらが閲覧されると木くずの取扱業 生活の平穏 ( プライバシー ) の名のもとに無限定 者、移動経路、搬入先の土地所有者等が特定され、 これにより風評被害、回復し難い経済的損害等が に広がる危険性がある。 発生し、関係人の名誉又は生活の平穏を著しく害 本決定は、別紙の除外部分が法 4 条 2 項 5 号に することとなるおそれが認められる。閲覧請求人 該当することのほか、閲覧請求人の「請求の範囲」 自身、上記のとおり、『関係者の固有名詞や役職名、 と「裁判の公正の担保」を理由に挙げて、この部 その他プライバシーに関する部分は除く』として 分を除いた本件閲覧許可部分の閲覧を認めるとい う一部 ( 不 ) 許可処分の結論を採った事例判断で 閲覧を請求しているのであって、原決定は請求の ある。このような閲覧制限事由の該当性の判断は、 範囲を超えているともいえる。また、 ・・・木くず 閲覧によって生じる弊害の内容・程度とその訴訟 の移動経路、搬入先については、市町村名の閲覧 記録を公開する利益との比較衡量によるが、さら まで認めなくても、裁判の公正を担保するに十分 と考えられる。」 ( 全員一致 ) に閲覧請求人の属性や閲覧目的も考慮される。最 別紙 ( 除外部分 ) 近閲覧を認める方向での判断を示した最決平 24 ・ 個人名、業者・法人名 6 ・ 28 刑集 66 巻 7 号 686 頁と最決平 21 ・ 9 ・ 29 刑 木くすの移動経路及び搬入先に関する市町村名以 集 63 巻 7 号 919 頁も、このような判断方法を採っ 下の住所・名称 ( 埠頭名、港名を含む。 ) ているが、本決定もこれに従っているといえよう。 船舶名、車両番号 前掲最決平 24 ・ 6 ・ 28 の閲覧請求人は弁護士であ り、訴訟等の準備の目的で第 1 審判決書の閲覧を 市町村の地方公共団体名 請求し、前掲最決平 21 ・ 9 ・ 29 の閲覧請求人は再 刑事確定訴訟記録の閲覧は、裁判公開原則 ( 憲 審請求事件の弁護人であり、再審請求のための記 法 82 条 ) に基礎づけられるとともにそれを実質的 録確認の目的を持っていた。これに対して、本件 に担保するものと位置づけられる。刑訴法 53 条 1 の閲覧請求人は、上記被告事件の告発人であり、 項が訴訟記録の閲覧を認める趣旨は、この裁判公 市民グループの代表者として、国民・周辺住民の 知る権利や平穏に生活する権利を主張していた。 開原則を拡充し、裁判の公正を担保し、かっ、裁 判に対する国民の理解を深めることである。 53 条 このような相違が、風評被害等のおそれの現実的 切迫性と相まって一部 ( 不 ) 許可処分の結論に至 1 項は、閲覧自由の原則を明らかにしているが、 法学セミナー 同条同項但書と 53 条 2 項は、その例外である。法 ったのではないか。 2016 / 05 / n0736 争 点 裁判所 の判断 山形大学教授髙倉新喜 解説 ( たかくら・しんき )

4. 法学セミナー2016年05月号

LAWJOURNAL ロー・ジャーナル 007 の社説が、起訴を前提とした検察の捜査を「恥」と 指摘した。同年 10 月 10 日付の京郷新聞も、「大統領 府の顔色を窺った無理な起訴」と批判した。記事で は、世明大・鄭然雨教授やソウル大・曺國教授も同 様の見解を示していた。アメリカでも本件捜査・起 訴を批判する報道がなされ 9 、国務省・人権報告書 でも本件が取り上げられた 10 ) 。判決翌日には、韓国 の保守系新聞・朝鮮日報さえ「得たものは無く、損 害だけが甚大な『バカ起訴 ( 可旦幻丕 ) 』」と報じた。 検察が無理な起訴を行った背景として、次の 2 点 を指摘しておく。 ( 1 ) 李明博政権以後、検察や情報機 関出身者を政府高官に多く重用し、言論の自由に対 して強硬姿勢を採っている。 2015 年 11 月には、国連・ 自由権規約委員会が、韓国政府が政府を批判する者 を名誉毀損罪で訴追・処罰していることを挙げ、懸 念を示したほどである 11 ) 。 ( 2 ) 朴槿恵大統領は、本件 記事公表直後に怒りを露わにしたと報道されてい る。しかし、その後は処罰意思を明確にしていない。 韓国の名誉毀損罪は、反意思不罰罪である ( 刑法 312 条 2 項、情報通信網法 70 条 3 項 ) 。そのため、被害 者の告訴が無くても公訴提起できるものの、被害者 が処罰を望まない意思を示したときは公訴提起でき ない。韓国 NGO ・参与連帯は、朴槿恵政権下で、 市民団体が政府批判を刑事告発し、直接の被害者 ( = 政府高官 ) が処罰意思を明らかにしないまま刑事訴 追が行われる事例が散見されると指摘している 12 一国の大統領が自国の刑事事件について処罰意思を 示すことは困難である。本件でも、大統領が明示的 な処罰意思を示すことも、検察がそれを確認するこ ともできなかった。また、国内外から捜査の進行自 体に批判が集まった。加えて、本件記事に先行して 同内容の報道をし、加藤氏の引用元でもある朝鮮日 報は告発されていないため、本件のみを起訴すれば 公平性を欠くことが明らかであった。検察は、起訴 した場合は国際社会から、起訴しなかった場合は大 統領ないしは大統領府から批判を受ける状況に置か れ、「大統領府の顔色を窺った無理な起訴」に至っ たと思われる 13 ) 7 おわりに 韓国では、本件起訴自体に強い批判が向けられて いる。刑事法の観点からも言論の自由の保障という 観点からも、無罪判決に疑義は示されていない。む しろ、言論の自由の保障を巡る議論の引き金として 受け止められている。周知の通り、慰安婦問題を巡 り、世宗大・朴裕河教授が刑事訴追・損害賠償請求 されたこともあり、表現・言論の自由や学問の自由 に関する議論は高まっている 14 。 1987 年の民主化以 後、国際水準への合致を目指して法整備を行ってき た韓国における議論の行く末が注目される。 ( あべ・しようた ) 1 ) 本判決原文は、韓国・高麗大の洪榮起教授・河泰勲 教授を通じて、ソウル中央地裁から入手した。この場を お借りして御礼申し上げる。本判決全訳は、安部祥太「産 経新聞社前ソウル支局長無罪判決」青山口一フォーラム 5 巻 1 号 ( 2016 年 6 月発刊予定 ) を参昭 2 ) 本件記事や朝鮮日報の記事、ニュースプロの論評や 起訴状、本件公判を含む事件の詳細 ( 判決文を除く ) は、 加藤達也「なぜ私は韓国に勝てたかー朴槿恵政権との 500 日戦争ー』 ( 産経新聞出版、 2016 年 ) を参照。 3 ) 申東雲「新刑事訴訟法〔第 5 版〕』 ( 法文社、 2014 年 ) 612-622 頁。 4 ) 李在祥・趙均錫「刑事訴訟法〔第 10 版〕」 ( 博英社、 2015 年 ) 436 頁など多数。 5 ) 同文書の邦訳は、加藤・前掲注 2 ) 20 & 209 頁。 6 ) 大久保史郎・徐勝編「現代韓国の民主化と法・政治 構造の変動』 ( 日本評論社、 2003 年 ) 137-174 頁〔韓寅燮 執筆〕。 7 ) 加藤・前掲注 2 ) 210-211 頁。 8 ) 韓国内で、本件評釈や学術論文は発表されていない ため、筆者の問い合わせに対する韓国人研究者の見解を、 承諾の下に紹介する。 9 ) See W. S. J, Sept. 12 , 2014 ; N. Y. TIMES, Nov. 19 , 2015. 10 ) U. S. DEPARTMENT OF STATE, REPUBLIC OF KOREA 2014 HUMAN RIGHTS REPORT 8-9 ( 2015 ). 11 ) CCPR/C/KOR/CO/4 ( 2015 ) , para. 46. 12 ) 参与連帯「朴槿恵政府の国民口止め事例 22 選」 ( 2015 年 9 月 ) 4 頁、 9 -10 頁。朴槿恵大統領の指示で、ウェ プ上の名誉毀損専属班が検察内に組織されたほどであ る。 13 ) 加藤・前掲注 2 ) 63-65 頁、 75 頁、 77 頁など。 14 ) ソウル東部地裁 2016 年 1 月 13 日判決は、損害賠償請 求訴訟で、元慰安婦 9 名に各 1 千万ウオンを支払うよう 朴教授に命じた。刑事裁判は、本誌発売日現在、審理中 である。

5. 法学セミナー2016年05月号

LAW JO [ 飛、 A しロー・ジャーナル 006 れる犯罪事実の事案が重大であり、 これを処罰しな 5 司法と行政の距離 ければ著しく正義と衡平に反すると認められる場合 「善処」を要請する文書の提出 には、裁判所が縮小認定を行う義務を負うとしてい る ( 上記大法院 2009 年判決 ) 。このような考え方は、 本件では、韓国外交部から法務部に渡された文書 この文書 従前から採られてきた ( 大法院 1997 年 2 月 14 日判決な が、検察を通じて裁判所に提出された 5 は、日韓関係を考慮し「善処」を要請するものであ ど多数 ) 。たとえば、検察が殺人罪のみを公訴状に り、判決宣告前日に届けられた。 2015 年 12 月 17 日付 記載して起訴し、公訴状変更を行わなかったため、 の KBS 報道によれば、この文書は「量刑の参考資料」 傷害致死の認定がなされすに無罪が言い渡されるこ ともある ( 春川地裁 2015 年 7 月 3 日判決 ) 。名誉毀損 として提出されたという。そして、本件裁判所は、 罪についても、虚偽事実による名誉毀損 ( 刑法 307 判決の宣告に先立ち、この文書を朗読した。このこ 条 2 項 ) で訴追され、審理途中で当該事実の虚偽性 とは、司法の独立に疑問を抱かせる。 が否定された事案で、事実の摘示による名誉毀損 ( 同 韓国では、政治的判断が司法に持ち込まれること 条 1 項 ) の成立を認定しなかった原審の判断が肯定 がある。過去には、 2006 年の米韓 FTA を巡り、通 商部がアメリカから受け取った文書を裁判所に提出 されている ( 大法院 2008 年 10 月 9 日判決 ) 。 ちなみに、上記大法院 2009 年 5 月 14 日判決は、縮 したこともあった ( ソウル行政裁判所 2012 年 4 月 12 日 小認定を行うべきであるとした。この事案は、婚姻 判決 ) 。盧武鉉政権下では、与党が国会で少数となり、 関係にある者の手足を縛り、殴った上でべランダか 議会での解決が困難になった首都移転問題が憲法裁 ら突き落として殺害したという殺人事件である被 判所に委ねられた ( 憲法裁判所 2004 年 10 月 21 日決定 ) 。 韓国の司法と行政の距離感は、 ( 1 ) 権威主義体制期に 告人は、被害者を殴り、両手足を縛った事実を認め つつ、殺害の故意ゃべランダから突き落とした事実 司法が政権の手足として濫用され、両者の接近に抵 抗感が少ないことや、 ( 2 ) 民主化後の司法積極主義へ を否認していた。原審の光州高裁は、殺人について の転換なども影響していると思われる 6 合理的な疑いがない程度の証明が行われていないと した上で、傷害や暴行等の縮小認定を行わすに無罪 もっとも、本件では、「善処」しなくても無罪判 決を言い渡すことができた ( 3 ・ 4 参照 ) 。提出され を言い渡した ( 光州高裁 2006 年 12 月 29 日判決 ) 。これ た文書は事実認定に影響していないと思われる。加 に対して、大法院は、上記テーゼを確認した上で、 ( 1 ) 被告人が認めている事実を有罪と認定しても、そ 藤氏は、大統領府が追い詰められていた ( 本件が有 の防禦権行使に実質的な不利益をもたらすおそれは 罪の場合には国際社会から、無罪の場合には国内反 日勢力から批判を受ける ) と指摘した上で、文書は ないこと、 ( 2 ) 婚姻関係にあって互いに保護する義務 大統領府が裁判所に提出したものであると解してい がある被害者に対する犯行であり、縮小認定される る。そして、既に無罪判決を書き上げ、世論や大統 犯罪事実が軽微であるとは言えないことを挙げた。 領府を敵に回す怖さを感じていた裁判官の許へタイ そして、「検察官による公訴状変更が行われなかっ たという理由のみで他の犯罪事実を処罰しないこと ミング良く文書が届いたため、読み上げたのではな は、適正手続による実体的真実の発見という刑事訴 いかと推測している 訟の目的に照らし、著しく正義と衡平に反する」と 6 韓国内の評価と影響 8 ) 述べ、原審無罪判決を破棄し、事件を原審裁判所へ 高麗大・洪榮起教授は、韓国の法学者は本稿で挙 差し戻している。 げた諸判例を周知しているため、本件で有罪判決が 本件は、これらの判例を踏まえ、公訴状記載の特 宣告されることはないと考えていたと言う。また、 別法上の名誉毀損 ( 情報通信網法法 70 条 2 項 ) と、縮 検察も同様であるため、無理な起訴であると承知し 小認定によって認め得る刑法上の名誉毀損 ( 刑法 ていたのではないかと言う。同大学校の河泰勲教授 307 条 2 項 ) を比較し、本件記事の作成目的などを は、本件は検察への政治的影響が明確に示された事 考慮した結果、刑法 307 条 2 項による処罰をしなく 例であるとし、国際的な恥であると言う。 ても著しく正義と衡平に反しないと判断したものと このような見解は、当初から指摘されていた。本 思われる。 件記事公表直後の 2014 年 8 月 20 日には、ハンギョレ 0 二 =

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125 事実の概要 判 に対しての残業手当のみなし相当額」とされ、 X の 機飲 X ( 原告 ) は平成 20 年 7 月に、ショッピングセン 場合は 83 時間分を 10 万円の固定で支払うものとされ ター内のフードコートで店舗を経営している Y 社 ていた。 Y 社においては、店長の上にマネージャー 件 店 ( 被告 ) の正社員となり、同月 21 日から平成 21 年 1 がいたため、店長が営業時間を変更することはでき 月 20 日までは副店長、同月 21 日から同年 7 月 20 日ま ず、休業することもできなかった。また、店長は、 では店長代理、同月 21 日から平成 24 年 7 月 20 日まで 店舗の金銭管理を任され、店舗で扱う食材の発注量 長 はジュニア店長、同月 21 日からは店長として稼働し 等を決めることができたが、什器備品購入について の てきた。 X に対しては、基本給、積立手当、役職手 店長独自でできるのは 3000 円までであり、それ以上 当、管理者手当 ( 平成 24 年 1 月からは「管理固定残 になるとマネージャーを通じて決裁を得ることが必 業」 ) 、能率手当などが支払われてきたが、このうち 要とされた。このような業務形態のなかで、 X が Y 管理者手当は、労働条件通知書で、「 9 時半以前及 社に対し、 X は管理監督者ではないとして、時間外 び店舗閉店時刻に発生するかもしれない時間外労働 労働手当の支払いなどを求めて提訴した。 [ 岐阜地判平 27 ・ 10 ・ 22 労判 1127 号 29 頁 ] 者 性 20 ・ 1 ・ 28 労判 953 号 10 頁は、①職務内容、権限 と 飲食店店長が管理監督者 ( 労基法 41 条 2 号 ) に 及び責任に照らし、労務管理を含め企業全体の事 該当せず、固定残業代は認められるか否か。 業運営に関する重要事項にどのように関与してい 固 るか、②その勤務態様が労働時間等に対する規制 定 「 X が管理監督者に当たるといえるためには、店 になじまないものであるか否か、③給与及び一時 残 長の名称だけではなく・・・・・・具体的には、①職務内 金において、管理監督者にふさわしい待遇がなさ 業 容、権限及び責任に照らし、労務管理を含め、企 れているかなどから判断するとして、店長が管理 業全体の事業運営に関する重要事項にどのように 監督者に該当しないと判断し、未払いの時間外割 関与しているか、②その勤務態様が労働時間等に 増金等を認容したが ( 控訴後和解 ) 、本件もこの の 対する規制になじまないものであるか否か、③給 判断を踏襲している。日本マクドナルド事件後も 取 与 ( 基本給、役付手当等 ) 及び一時金において、 様々な事件で管理監督者性が争われてきたが、店 管理監督者にふさわしい待遇がなされているかな 長については一定の権限を有していることが多い どの諸点から判断すべきである」。 ものの、企業全体の事業運営に関する重要事項に 「当該店舗の営業時間を変更することはできず、 どのように関しているかという視点から考察する パート等従業員の給料や、昇給等についても一定 ことが確立しており、本件の判断も是認できると の枠の範囲内での権限であった上、 X に与えられ 考えられる。 ていた権限は、担当店舗に関する事項に限られて そのうえで問題となるのは、管理監督者でなか った場合に各種手当をどのように扱うかである。 いて、 Y の経営全体について、 X が決定に関与す ることがなされていたとは認められない」。 これまでは、①割増賃金の算定基礎となる賃金に 「タイムカードを打刻することが求められ・・・・・・ X 該当するとしたもの ( 東建ジオテック事件・東京 は、実質的には自らの労働時間を自由に決定する 地判平 14 ・ 3 ・ 28 労判 827 号 74 頁など ) 、②算定基 ことはできないものであった」。 礎となる賃金から除外し、労基則 21 条の除外賃金 「店長が賃金面で、他の一般労働者に比べて優遇 と認めたもの ( 岡部製作所事件・東京地判平 18 ・ 措置が取られていたとは認められない。 5 ・ 26 労判 918 号 5 頁など ) 、③割増賃金の既払い ・・・ X が 労基法 41 条 2 号の管理監督者に該当するとは認め 分としたもの ( 東和システム事件・東京高判平 ることはできないというべきである」。 21 ・ 12 ・ 25 労判 998 号 5 頁など ) のほば 3 点に分 83 時間の残業は、 36 協定で定めることのできる かれてきたが、本件がとったのは①である。本件 上限時間の 2 倍近い長時間であり、管理者手当 ( 管 では、管理者手当 ( 管理固定残業 ) については、 理固定残業 ) は公序良俗に違反し、合意されたと 上限時間の 2 倍近い時間が対象となっており、公 いうことはできず、「時間外労働等の割増賃金の 序良俗違反に当たり合意されていないとした。 83 基礎とすべきである」。 時間の固定残業代を認めることはできないもの の、月 45 時間までの既払い分として認めるという 労基法 41 条 2 号の管理監督者に該当しないと判 ザ・ウインザー・ホテルズインターナショナル事 件・札幌高判平 24 ・ 10 ・ 19 労判 1064 号 37 頁 ( ④の 断されれば、時間外労働手当等の支払いが認めら れるが、管理監督者性はどのように判断されるの 類型 ) のような取扱いもできたのではないだろう 法学セミナー ( ねもと・いたる ) か。この点、日本マクドナルド事件・東京地判平 2016 / 05 / no. 736 か。 裁判所の判断 大阪市立大学教授根本到

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事実の概要 122 本件の訴状は Y の住民票上の住所に宛てて郵便に よる送達がされたが、 Y は転居届を出さずに転居し X ( 弁護士 ) は Y から委任を受けて、 A に対する 小 ており、送達は奏功しなかった。 x は旧住所を訪ね 訴訟 ( 別件訴訟 ) を追行したが、訴訟係属中に訴訟 たところ、 Y が賃貸人に転居先を告げないまま転居 代理人を辞任した ( 別訴は訴訟上の和解が成立後、 した旨を知った。 x は公示送達の申立てを行い、公 再び X が訴訟追行の委任を受けて口頭弁論期日指定 示送達により訴状が送達され、同年 11 月 14 日、請求 の申立てをしたが、訴訟終了宣言がなされた ) 。 認容判決が言い渡された。 x が右判決正本に基づき、 Y は X に費用や報酬の返還を求め、平成 26 年 2 月 Y の預金債権に対する債権執行を申し立て、債権差 から 7 月にかけて x の事務所を訪れ、弁護士会に対 の 押命令の正本が旧住所に送達されたところ、右正本 して苦情申入れ等を行うなどした。 X は平成 26 年 7 が Y の現住所に転送された。 Y は平成 27 年 2 月 18 日、 月 23 日、 Y を被告として債務不存在確認請求および 本件訴訟につき控訴を提起した。 損害賠償請求訴訟を提起した ( 本件訴訟 ) 。 定 [ 名古屋高判平 27 ・ 7 ・ 30 判時 2276 号頁 ] 最新判例演習室ーーー民事訴訟法 として意義を有する。本件では、訴状の公示送達 が違法にもかかわらず手続が進行して言い渡され 公示送達に際して、「当事者の住所、居所その た違法な第一審判決が、これまた違法な公示送達 他送達をすべき場所が知れない場合」 ( 民訴 110 条 によって Y に送達されたため、判決書の送達が奏 1 項 1 号 ) の要件を充足するために必要な調査の 功しておらず、控訴期間が経過していない ( 民訴 程度。 285 条 ) 。したがって、 Y の控訴は適法であり、か っ第一審判決は上記の通り違法なので、控訴には 大要以下のように判示して、原判決取消差戻し。 理由がある ( 控訴認容 ) ことになる。 X は Y の職業や事務所を聞いていた上、本件訴 送達制度は、受送達者の手続保障と相手方の裁 訟提起後直後に、ファックスを使用して Y と文書 判を受ける権利との調整問題を孕むが、現行法上 でやり取りしていたのであるから、上記事務所に 送達事務は裁判所書記官が担い、判例上、送達手 赴いてその所在地などを調べ、電話等で Y と連絡 段選択に必要な資料の収集は書記官の裁量に委ね を取り、現在の住所を問いただすことは容易にで られる ( 最ー小判平 10 ・ 9 ・ 10 判時 1661 号 81 頁 ) 。 きたと考えられ、仮に Y が現在の住所を明らかに 他方で、公示送達の要件充足については、疎明で しなかったとしても、弁護士会照会申出をして自 はなく証明を要すると解する見解が有力である らこれを調査し、民訴法 186 条の調査嘱託の申立 ( 大阪地判平 21 ・ 2 ・ 27 判タ 1302 号 286 頁。札幌高 てができたと考えられる。また、 X は本件訴訟提 判平 25 ・ 11 ・ 28 判タ 1420 号 107 頁は「疎明」とする ) 。 起の頃に Y 宛に発送した暑中見舞いのはがきの還 裁判官ではなく書記官の心証形成を規律すること 付を受けていないのだから、公示送達申立ての時 になるが、本件のように送達違法が主張された場 点において、上記はがきが転送された可能性が高 合に客観的な評価規範として証明のハードルが機 いことを容易に推測できたと考えられる。 能する点に、実質的な意義があろう。 本件における公示送達の申立ては、上記のよう こで、裁量と証明は別次元の問題である。送達 にその前段階に取るべき種々の調査手段があった 場所が知れないか否か ( 民訴 110 条 1 項 1 号 ) を書 にもかかわらず、これらを一切経ることなくなさ 記官が解明するに至るための収集方法は書記官の れたものであり、民訴法 110 条 1 項 1 号の要件を 裁量に委ねられる ( 申立人に資料提出を促すこと 満たしたものとはおよそ認めることができない。 も、職権調査もできる ) が、右要件に該当する具体 また、受訴裁判所の書記官は、電話番号などが 的事実の解明度や証明点を低下させて良いことに 記載された書証が提出されているのだから、上記 はならない。本件では、訴え提起直後に XY 間でや 番号から Y の現住所を探索できないか X にただす り取りされたファックス文書までが公示送達の内 か、または自ら探索を試みるべきと考えられるが、 容に含まれており、 Y に通じる蓋然性の高い連絡 これらの措置が取られた形跡はない。 手段が書記官にも知れていることが明らかなため、 したがって、本件における公示送達は、その要 客観的に見て解明度が低い ( または心証が証明点 件を満たさない申立てに基づき、しかも要件の有 に達しない ) と評価できる。それにもかかわらず 無を十分に調査せずにされたものであって、無効 民訴 110 条 1 項 1 号の要件充足を認定することは、 というほかない。 裁判所書記官の裁量権の存否やその範囲に関わり 法学セミナー ( うえだ・たけし ) なく、違法と評価されよう。 本件は、公示送達の適法性に関する先例の一つ 2016 / 05 / n0736 裁判所の判断 九州大学准教授上田竹志

8. 法学セミナー2016年05月号

[ 特集員へイトスヒーチ / ヘイトクライムⅡーー理論と政策の架橋 037 本格的にヘイトクライム法が制定されるようにな ったのは 1980 年代以降である 8 。 1980 年代にヘイト クライムが頻発したことを受けて、 1990 年にはヘイ トクライム統計法 (Hate Crime Statistics Act 、 28 U. S. C. A. 534 ) が制定され、司法長官に対して、 ヘイトクライムに関する情報を収集および報告する ことを命じていた。 1994 年にはヘイトクライム量刑 カ日重法 (Hate crime Sentencing Enhancement Act 、 28 U. S. C. A. 994 ) が制定され、ヘイトクライムの 場合、少なくとも三段階量刑をあげるよう、連邦の 量刑ガイドラインの改定を命じていた。さらに 2009 年には、マシュー シェノヾード = ジェイムス・ノヾー ド Jr. ・ヘイトクライム防止法 (Matthew Shepard and James Byrd, Jr. Hate Crime Prevention Act, 18 U. S. C. 249 ) が制定された 9 ) 。同法は、対象とする ヘイトクライムを、人種や宗教、民族だけでなく、 ジェンダー、性的指向、障害などの集団への偏見を 理由とするものにまで広げた、包括的なヘイトクラ イム法である。また、州がヘイトクライムを訴追す ることを容易にするために、連邦が援助を提供する など、ヘイトクライムを効率的に規制するための 様々な方策を規定していた。 州レベルでも、 1980 年代以降は、主として刑を加 重する類型のヘイトクライム法が規制されるように なった。現在ではほとんどすべての州で、ヘイトク ライムに関する何らかの州法を制定している 1 。 ) れらの州法の合憲性が問題となった事例がいくっか ある。その一つが R. A. V. 判決 (). A. V. v. City ofSt. PauI, Minnesota, 505 U. S. 377 ( 1992 ) ) である。 [ 2 ] R . A. V. 判決 本件は、白人の少年が仲間の少年とともに、白人 が多く居住する地域に転居してきた黒人男性の家の 庭で、壊れた椅子で作った十字架を燃やした事件で ある。彼らは、十字架を燃やす行為等を規制するセ ント・ポール市の条例に違反するとして起訴された。 本件で問題となったセント・ポール市の条例は「公 的財産または私的財産において、 ( 十字架を燃やす行 為、ナチスの鉤十字を含むが、それらに限定されない ) 表象、物体、称号、描写または落書きを掲示した者 で、人種、肌の色、信条、宗教または性別に基づく 怒り、恐怖、憤慨を引き起こすことを知っていたま たは合理的に知りえた者」を軽罪に処する旨規定す る (St. paul, Minn. , Legis. code 292.02 ( 1990 ) 、以下、 「セント・ポール条例」とする ) 。 これは通常の脅迫罪の刑を加重する規定ではない が、十字架を燃やす行為などの脅迫行為に対し、通 常の脅迫罪よりも重い刑を科すことができる規定で ある。つまり、セント・ポール条例はヘイトクライ ム法である。しかしながら、 R. A. V. 判決は、一般 的にヘイトスピーチに関する判例であると理解され ている。 法廷意見を執筆したスカリア裁判官は、セント・ ポール条例は、「保護されない言論 (unprotected speech) 」とされてきた喧嘩言葉 (fighting words) を規制するものであると認めたうえで、セント・ポ ール条例は人種、肌の色、信条、宗教あるいは性別 に基づく喧嘩言葉のみを規制しているので、観点に 基づく規制となるため、修正 1 条に抵触すると述べ た。このように、スカリア裁判官が、喧嘩言葉に対 する「選択的規制の許否をその憲法論の中軸に据え」 たため、 R. A. V. 事件はヘイトスピーチに関する判 例として理解されるようになったといわれる (l)o な お、 R. A. V. 判決は、内容差別が許される例外的な 場合として、①内容差別の根拠が、問題となってい る表現の範疇全体を禁止できる理由から成り立って いる場合、②規制される表現行為に二次的効果があ る場合や、それにより行為規制に吸収される場合、 ③思想弾圧が起こる可能性が全くない場合、を挙げ ている ミッチェル判決 ヘイトクライムに関するリーディング・ケースで あるとされるのは、 R. A. V. 判決の翌年に下された ッチェル判決 (Wisconsin v. Mitchell, 508 U. S. 476 ( 1993 ) ) である。 本件は、黒人の少年が、イ中間に呼びかけて、通り がかりの白人の少年に暴行を加えて 4 日間昏睡状態 に陥るほどの重傷を負わせるなどした事件である。 ウイスコンシン州法は、被害者の「人種、宗教、肌 の色、障害、性的指向、民族的出自または起源に関 する行為者の思想または見識」を理由に不法行為に 及んだ場合は刑を加重する旨規定していた (). S. A. 939.645 ; 以下、「ウイスコンシン州法」とする ) 。本件 では、黒人少年らが、被害者の少年を彼の人種を理 由に意図的に選び出したとして、法定刑が加重され 12 ) [ 3 ]

9. 法学セミナー2016年05月号

プラスアルフアについて考える基本民法 073 続したと誤信した E が未登記のまま占有を開 始し、 20 年以上経過した後に、乙地につき D が F のために本件抵当権を設定して、設定登 記が経由された。その後 E は D に対して乙地 につき取得時効を援用して所有権移転登記を 具備したが、本件抵当権設定登記から 10 年経 過したところで、 E はさらに F に対して時効 による本件抵当権の消減を主張して抹消登記 手続を求めた。この請求は認められるか。 [ 1 ] 取得時効の再度援用の可否 事例 Pa 「 t. 2 は、最判平成 15 ・ 10 ・ 31 判時 1846 号 7 頁 ( 以下、「平成 15 年判決」という ) をモデルとする 事案である。設例において E は乙地につき二度に亘 って時効を援用しているが、平成 15 年判決の事案で はもつばら取得時効を援用したため、 D に対する時 効援用によって確定的に乙地の所有権を取得した以 上、起算点を後にずらして再度 F に対して取得時効 を主張することは許されない、という判断が示され た。同判決は、取得時効の起算点を占有開始時に固 定し、援用権者にその任意選択を許さない判例法 理 5 および、抵当権の消滅を所有権の取得時効の効 果と捉える構成を前提とするものである。 [ 2 ] 時効援用の重複か ? 新たな時効完成か ? 事例 Pa 「 t. 2 については、次の二通りの評価が成り 」ムつ。 第一に、 F は時効完成後の第三者であり、対抗関 係において E は F に劣後する以上 6 ) 、起算点を本件 抵当権設定登記時にずらしてこれをくつがえすのは 許されないことを理由として 7 、あるいは、本件抵 当権の消滅を主張せずに所有権の取得時効だけを D に対して援用する態様は、抵当権の負担を前提とす るものであると評価し 8 ) これにより E は本件抵当 権の負担付きの所有権を取得した旨が確定したとし て、平成 15 年判決を支持する見方が挙げられる。 第二に、本件抵当権設定登記後における E の占有 継続を独自に評価して、新たな時効完成による抵当 権の消滅を認める考え方があり得る。まず、時効完 成後の第三者の登記後さらに占有を継続したことに より再度取得時効が完成したとして 9 、あらためて 「抵当権の負担のない所有権」の時効取得を認める ことが考えられる。また、 397 条特別規定説に立って、 D に対する関係における所有権の取得時効とは別個 に、 F に対する関係において抵当権の時効消滅を導 く構成も成り立つ 1 。 ) このように考えれば取得時効 の援用重複はなく、抵当権消滅の当否を所有権取得 の可否と区別して評価すべき旨がより一層鮮明にな る。予め指摘しておくと、この構成によれば次の事 例 Part. 3 と同様になる。 [ 3 ] 事例へのあてはめ それでは、事例 Part. 2 についてどのように考える べきか ? 乙地につき E のために取得時効が完成し たとしても、これをもって時効完成後の第三者であ る F に対抗することはできない。問題は、本件抵当 権設定登記後の占有継続によりその優劣関係がくっ がえるか否かである。 E は本件抵当権設定登記前か らの占有者であって、本件抵当権の負担を前提とし て占有を開始したとはいえないことに照らせば、未 登記だからといって永久にその負担から解放されな いというべきではないであろう (l)o とすれば、新た な時効完成による保護が考えられてよい。そして、 D に対する時効援用時においては本件抵当権に関す る時効が未だ完成しておらず、 E は本件抵当権が付 いた状態で所有権の取得時効のみを援用せざるを得 ない立場にあったと考えられることから、かかる時 効援用は 397 条に基づく主張を妨げるものではないと いえよう 12 ) 。それでは、本件抵当権は消滅するのか ? 事例 Part. 3 においてまとめて検討しよう。 3 時効完成後の譲受人と抵当権者との異同 [ 事例で考えよう part. 3 ] G が所有する丙地につき H が買い受けて引 渡しが行われ、 H は農地として使用開始した が、未登記のまま 20 年が経過した後、一が丙 地につき G から本件抵当権の設定を受け、設 定登記が経由された。その後さらに 10 年余り が経過したところで一が本件抵当権の実行を 申し立てた。 H はこれに対して異議を唱える ことができるか。 [ 1 ] 問題の所在 事例 Part. 3 は、最判平成 24 ・ 3 ・ 16 民集 66 巻 5 号 2321 頁 ( 以下、「平成 24 年判決」という ) の事案をモ デルにしたものである。

10. 法学セミナー2016年05月号

072 法学セミナー 2016 / 05 / no. 736 プラスアルフアについて考える 基本民法 CLASS [ 第 14 回 ] 抵当権と時効・その 2 ーー - もう一歩先の類型的考察 慶應義塾大学教授 武川幸嗣 の埒外にあり、抵当権の負担を前提とする占有開始 こうした無権原者は を認め難いからである。また、 今回のテーマ 前回は、時効による抵当権消減について何 占有部分の所有権を時効取得し得るのに、抵当権の 負担からはいつまでも免れることができず、実行後 が問題となるかを確認した上で、抵当不動産 の第三取得者の要保護性を取り上げ、考察の に買受人からの明渡請求に応じなければならないと いうのは均衡を失していよう。とくに第三取得者に ポイントと留意すべき理解の対立点について 立ち入って分析した。今回はこれをうけて、 対する 397 条適用否定説は、同条の適用対象を無権 原占有者に限定すべき旨を説く 3 ) 。事例 Part. 1 にお 近年の最高裁判決を素材とする応用問題に挑 いて C が本件抵当権の存在につき善意無過失であっ みながら、さらなるプラスアルフアを目指す。 たなら、占有開始から 10 年で本件抵当権は本件土地 取得時効と登記に関する判例準則をそのまま 部分の範囲で消滅する。 抵当権にもあてはめてよいかが、とくに問わ これに対して、抵当権者に対して抵当権設定後に れるところである。 所有者と同様の占有管理を求めるのは酷である上、 被担保債権の弁済期到来前から抵当権の時効が進行 1 抵当権設定登記後の無権原占有者 するのは不合理であると考えるなら、時効の起算点 を被担保債権の弁済期到来時ないしは債務不履行時 とするなどの調整があり得る 4 ) 。 [ 事例で考えよう Part. 1 ] 所有権の取得時効との関係については、これと同 A が所有する甲地につき B が抵当権の設定 を受け ( 以下、「本件抵当権」という。 ) 、設定 時に抵当権も消滅すると考えるのが簡明ではある が、 397 条特別規定説に立てば両者を区別して要件 登記が経由された。本件抵当権設定登記後に 判断すべきことになる。第一に、善意悪意の対象が 甲地の隣地を C が買い受けたが、境界線を誤 異なる。事例 Part. 1 において C は、甲地との境界誤 認したため、 C が甲地の一部 ( 以下、「本件土 訒につき過失ありとしても、本件抵当権の存在につ 地部分」という。 ) を自己の所有地に含まれる ロ心、 いては善意無過失と認められることがあり得るが、 と信じて占有を開始し、 10 年余りが経過した その場合は本件土地部分に関する本件抵当権の消滅 ところで B が本件抵当権の実行申立てを行っ だけが肯定される。第二に、上述のように起算点が た。 C はこれに対して異議を唱えることがで 異なると解する余地もある。 きるか。 2 取得時効の援用と抵当権に関する時効の援用 [ 事例で考えよう Part. 2 ] D が所有する乙地につき、 D の先代から相 民法 397 条確認規定説・特別規定説 1 を問わず、 抵当不動産につき取引によらずに占有を始めた無権 原者が時効により保護される点については、異論が ないようである 2 。占有開始時が抵当権設定登記の 前後いずれであっても、このような無権原者は公示