106 法学セミナー 2016 / 11 / n0742 LAW CLASS を持ち上げ甲に向けてひっくり返すように押し倒し たのに対し、両手でこの机を受け止めた後 v に向か って押し返した行為であり、それにより v は加療約 3 週間を要する傷害を負っているので、傷害罪 ( 204 条 ) の構成要件に該当する。 それでは、この暴行に正当防衛が成立するであろ うか。 ます、 V は甲に向けて机を持ち上げ、ひっくり返 すように押し倒し、現に甲の左足に当たったと認め られるから、この行為が甲に対する急迫不正の侵害 に当たることは明らかである。 また、甲の第 1 暴行は、 V が机を自分に向けて押 し倒したことに対する反撃として V になされたもの であって、甲にかねてから V に対し憎悪の念をもち 攻撃を受けたのに乗じて積極的な加害行為に出たな どの特別な事情も認められないから ( 12 講 138 頁 ) 、 防衛の意思をもってなされたと認めるのが相当であ る。 さらに、第 1 暴行は、 V が机を自分に向けて押し 倒したのに対し、これを受け止めて、 V に向けて単 に押し返すにとどまっているから、必要最小限度の 防衛手段であるといえる。 したがって、甲の第 1 暴行には正当防衛が成立す る。 次に、甲の第 2 暴行は、 V の左ほほ付近を手拳で 数回殴打する行為であり、暴行罪 ( 208 条 ) の構成 要件に該当する。 それでは、この暴行に正当防衛が成立するであろ うか。 まず、 V は既に転倒し、下半身付近に机が覆い被 さる状態になっているので、急迫不正の侵害は終了 したようにみえる。しかし、 V は、机を甲に向けて 押し倒すというそれなりに強度の暴行を先に行った のであるから、 V が第 1 暴行によって本件机に押し 倒されて上記のような状態になったことから直ちに 甲に対する攻撃意思を失ったとはいえないし、甲に よる第 2 暴行がなければ、間もなく態勢を立て直し て再度の攻撃に及ぶことも客観的に可能であったと 認められる。したがって、第 2 暴行の時点において も、 V の急迫不正の侵害が終了したとは認められな また、甲には積極的加害意思が認められない以上、 第 1 暴行のときと同様、防衛の意思は肯定される。 しかしながら、 V による暴行は、机の押し倒し 1 回にとどまっており、決して執ようなものではなく、 その後は第 1 暴行により押し倒されて、反撃がやや 困難な状態に陥っているのであり、第 2 暴行の時点 では V による侵害はさほど切迫した状態にあったと はいえないのに、甲は、攻撃に有利な体勢から、あ る程度暴行を継続する意思の下に、一方的に第 2 暴 行に及んでいるのであって、この時点では防衛手段 としての相当性の範囲を逸脱したものであることは 明らかである。 以上より、甲の第 2 暴行には暴行罪が成立し、 36 条 2 項が適用される。 そこで、最後に問題となるのは、第 1 暴行と第 2 暴行は 2 個の行為として別々に評価すべきか、 1 個 の行為として全体的に考察すべきかである。 この点、第 1 暴行と第 2 暴行はいずれも V の身体 という法益を侵害する行為であり、時間的にも場所 的にも近接性があり、机を倒すか顔面を殴打するか という違いはあっても暴行の態様に質的な相違はな い。また、甲は、あくまでも V から受けた攻撃から 自己の身体という法益を防衛する意思の下で V に対 する暴行を決意しており、 2 つの暴行は主観的にも 防衛の意思に基づく暴行という 1 つの意思決定に貫 かれているといえる。したがって、第 2 暴行の時点 で防衛の意思が欠けていた平成 20 年決定とは異な り、全体的考察により 1 個の行為と評価する余地が ある。 そこで、最高裁は、「被告人が被害者に対して加 えた暴行は、急迫不正の侵害に対する一連一体のも のであり、同一の防衛の意思に基づく 1 個の行為と 認めることができるから、全体的に考察して 1 個の 過剰防衛としての傷害罪の成立を認めるのが相当で あり、所論指摘の点は〔筆者注 : 第 1 暴行が正当防衛 的行為であること〕、有利な情状として考慮すれば足 りるというべきである」とし、甲に傷害罪が成立し 36 条 2 項が適用されると判示した ( 最決平 21 ・ 2 ・ 24 刑集 63 巻 2 号 1 頁〔拘置所内折畳み机投擲事件〕 ) 。 しかし、この決定に対しては、学説の批判が強い。 もし 2 つの行為を切り離して考えれば、第 1 暴行は 傷害罪の構成要件に該当するが正当防衛として違法 性が阻却され不可罰となるので、第 2 暴行だけが罪 となるべき事実であり、甲には「暴行罪」が成立し 過剰防衛の規定が適用される。ところが、本決定の ように、 2 つの行為を 1 個の行為と評価すると、「傷 害罪」が成立し過剰防衛の規定が適用されることに
応用刑法 I ー総論 103 判例が、分断的評価をせす、甲の追撃行為が恐怖、 驚愕などの心理的動揺に基づく行為であったことを 考慮して全体的評価をし、過剰防衛の規定を適用し た結論には異論はない。 [ 2 ] 平成 20 年決定 甲は、屋外喫煙所で、以前暴行されたことの ある V に呼びかけられたために応じたところ、 V からいきなり殴りかかられい激しいもみ合い となり、 V の顔を 1 回殴打したところ、 V がそ の場にあった固くて大きな円柱形のアルミ製灰 皿 ( 直系 19cm 、高さ 60cm ) を甲に向けて投げつ けたので、甲はこれを避け、投げた反動で体勢 を崩した V の顔を殴打したところ ( 第 1 暴行 ) 、 V は転倒し後頭部を地面に打ちつけ動かなくな った。しかし、甲は、その状況を十分認識しな がら、憤激のあまり、意識を失って仰向けに倒 れている V に対し、「おれを甘く見ているな。 おれに勝てるつもりでいるのか亠などと言い、 その腹部等を足蹴りにしたり腹部にひざ頭を落 としてぶつけるなどの暴行を加え ( 第 2 暴行 ) 、 V に肋骨骨折等の傷害を負わせた。 V は、搬送 先の病院で頭部打撲による頭蓋骨骨折に伴うク モ膜下出血によって死亡したか : 、 ~ 死因となる傷 害は第 1 暴行によって生じたものであった。甲 の罪責を論じなさい。 【間題 2 】灰皿投擲事件 き 【間題 2 】も、第 2 暴行の時点で急迫不正の侵害 が終了していたので量的過剰防衛の成否が問題とな る事案である。 本問において、 V は頭部打撲による頭蓋骨骨折に 伴うクモ膜下出血によって死亡しているが、これは 甲の第 1 暴行によるものであるから、第 1 暴行は傷 害致死罪 ( 205 条 ) の構成要件に該当する。 それでは、第 1 暴行に正当防衛は成立するか。ま ず、 v がアルミ製灰皿を甲に向けて投げつけたので 「急迫不正の侵害」は認められる。また、甲は急迫 不正の侵害の存在を認識しこれを排除しようという 意思があるので防衛の意思を欠くものとはいえす、 「防衛するため」の行為であるといえる。さらに V による侵害は固くて大きな円柱形アルミ製灰皿を 投げつける行為であり、甲の反撃行為は素手による 1 回限りのものであること、甲がこの反撃行為に出 なければ V が態勢を立て直して再び甲への攻撃に出 る可能性が高かったことなどを考慮すると、甲の第 1 暴行は、防衛のために必要最小限度のものであっ たので「やむを得ずにした行為」であるといえる。 以上より、甲の第 1 暴行は、傷害致死罪の構成要 件に該当するが正当防衛により違法性が阻却される。 次に甲の第 2 暴行は、 V に肋骨骨折等の傷害を負 わせたので傷害罪 ( 204 条 ) の構成要件に該当する。 それでは、第 2 暴行に正当防衛は成立するか。甲 の殴打により V は仰向けに転倒し後頭部を地面に打 ちつけ意識を失ったように動かない状態の中で甲は 反撃行為を続けており、しかも、転倒した V が甲に 対して反撃するなどの様子はなかったのであるか ら、 v が再度の攻撃に及ぶ可能性はなかったといえ る。したがって、 V の侵害の継続性は否定され、第 2 暴行時には急迫不正の侵害が存在しなかったので あるから、第 2 暴行は正当防衛はおろか過剰防衛も 成立しない。 そこで、第 1 暴行と第 2 暴行を切り離して判断す れば、甲には傷害罪が成立し、 36 条 2 項は適用でき ないことになる。 本問類似の事案において、第 1 審 ( 静岡地沼津支 判平 19 ・ 8 ・ 7 刑集 62 巻 6 号 1866 頁 ) は、甲の「各行 為は、さほどの時間的間隔をおかない同一機会に、 同一場所において、同一の被害者に対し、灰皿を投 げ付けられたことなどに起因する同根の暴行の故意 に基づき、数分間という短時間で連続的に行われた のであって、急迫不正の侵害に対する反撃行為に比 して、その侵害が去った後の暴行行為が質的・量的 に著しく変化したり、死の結果発生への寄与度が高 いなどの事情が認められない限り、上記各行為を分 断せすに一体のものとして評価することが自然であ る」と判示し、甲の第 1 暴行と第 2 暴行を一連の行 為とみて傷害致死罪の成立を認めた上で、 36 条 2 項 を適用し、甲に懲役 3 年 6 月を言い渡した。 これに対し、控訴審 ( 東京高判平 19 ・ 12 ・ 25 刑集 62 巻 6 号 1879 頁 ) は、「第 2 の暴行の際には、外観上、 侵害が終了していることが明らかであり、被告人も それを認識した上、攻撃の意思のみに基づいて第 2 の暴行に及んでいる」ことから、全体的に考察する 基礎に欠けているので、両暴行を分けて検討すべき であるとした上、第 1 暴行については正当防衛が成 立するが、第 2 暴行については正当防衛ないし過剰
129 り付けるなどし、左側頭部割創及び右側頸部の創に 被告人が、以前から折り合いが悪く、口論になる よる出血で死亡させて殺害した。 ことがあった実兄の A ( 当時 70 歳 ) から、杉の切り 原判決は、 A の行為が、脅迫程度にとどまり、現 方について文句を言われたのを取り合わずにいたと 実に被告人の生命身体に危険を及ばすようなもので はない一方、被告人の反撃行為が極めて危険であり、 ころ、その場に置いてあったエンジンのかかってい ないチェーンソーを A が持ちながら「ぶっ殺すぞ」 客観的に著しく過剰なものと言え、被告人がこれを などと言ってきたため、チェーンソーを取り上げて 認識しながら、 A が絶命するまで意図的に危害を加 え続けたことから、専ら攻撃の意思に基づくもので 地面に置いたが、 A を見ると木の棒を両手に持って 防衛の意思に欠けるとしたが、弁護側は過剰防衛が いたことから逆上してとっさに殺意を抱き、林内で、 A の頭部、頸部、顔面及び背部を鉈 ( 刃体の長さ約 成立すると控訴した。 20 センチメートル、重量約 535 グラム ) で多数回切 [ 仙台高判平 28 ・ 6 ・ 2 LEX / DB 文献番号 25543217 ( 控訴棄却 ) ] 過剰防衛と防衛の意思 最新判例演習室ーー刑法 免が認められるにとどまる。過剰防衛は「急迫性 過剰防衛と防衛の意甲 不正の侵害」及び「防衛するため」の 2 要件を正 ツ、・し、 0 当防衛と共通にする。「防衛するため」の文言の 本判決は、被告人が、意図的に A の加害行為 ( チ 解釈には、客観的に防衛行為であれば足りるのか、 ェーンソーを持ったり木の棒を持ったりした行 それが防衛の意思でなされることを要するのか、 為 ) に比べて著しく過剰な反撃行為に出たものと 行為の違法評価を巡る理論上の争点がある。 認められ、かかる行為が専ら攻撃の意思に基づく 判例は防衛の意思を必要とする。その意思内容 もので防衛の意思を欠き、防衛行為とはいえない、 は、当初、防衛の意図ないし動機として狭く解し とした原判決を是認した。 A の加害行為が被告人 ていたが、その後、憤激又は逆上による反撃行為 の生命身体に対する危険を有するとの弁護側主張 に防衛の意思を認め、防衛の意思と攻撃の意思と に対し、チェーンソーを持ち上げた状態でのエン が併存することも許容することで、緩和される一 ジン始動の困難さ、また A の年齢や健康状態での 方、正当防衛に託けて侵害者に積極的に攻撃する 重いチェーンソーの一度の振り下ろしによる攻撃 行為は防衛の意思を欠くとしている。判例におけ 力の低さ、さらに A がチェーンソーでも木の棒で る防衛の意思は、単に防衛状況の認識にとどまる も攻撃しようともしていなかったことから、それ ものではなく、現実に生じ難い偶然防衛事例を解 らを持っているという行為自体、現実に被告人の 決するために要求されるというより、むしろ、不 生命身体に危険を及ほすものでなかったとする。 正な侵害が差し迫った人間が反撃を決意する際の 被告人が専ら攻撃の意思に基づくとはいえないと 感情や心理を考慮し、狭い意味での防衛の意思に の弁護側の主張については、被告人が A のチェー よる正当防衛の成立範囲の厳しい制限を回避する ンソーをその刃を掴むなどして取り上げ地面に置 とともに、なお反撃行為が「意図的な過剰行為」 き、木の棒を持っている A に自ら近づいて鉈で切 である場合を正当 ( 過剰 ) 防衛から除くことにそ り付けた行為は、客観的に A が被告人の生命身体 の意義があると考えられる。実際、防衛の意思が に深刻な危害を加えようとしていることへの警戒 否定されるのは反撃が過剰であった事例において 感を窺わせるものではなく、むしろその危険がな であって、反撃行為が相当である場合にはほとん いことを前提とした行動とみるほかなく、被告人 ど見られないとの指摘もある。 は少なくとも鉈で 14 回切り付けており、相当の時 過剰防衛に刑の任意的減免の効果を認められる 間と体力を要し、出血を見るなど我に返る契機も 根拠が、急迫不正な侵害行為による心理的抑圧状 あったこと、反撃の途中で A が倒れた様子やその 態に基づく責任減少に ( も ) あると解すれば、意 後も鉈で攻撃を続けた様子を詳述していることか 図的な過剰行為には当該効果を否定する、あるい ら、反撃行為が過剰であることを認識できないほ はそもそも過剰防衛を否定することとなろう。 ど無我夢中であったともいえず、防衛の意思を認 本判決も、裁判例によれば、「専ら攻撃の意思」 めることはできないとする。 によるとの判断は、客観的な反撃の過剰性と、危 険がないとの認識を伴う逆上、不満の爆発とを認 過剰防衛 ( 刑法 36 条 2 項 ) は、「急迫不正の侵害」 定しこれに基づく点で、妥当であろう。 に対する「防衛するため」の行為が防衛の程度を 超えたために正当防衛に該当せず、刑の任意的減 裁判所の判断 広島大学教授門田成人 ( かどた・しげと ) 法学セミナー 2016 / 11 / n0742
104 法学セミナー 2016 / 11 / n0742 LAW CLASS 防衛が成立する余地はないとして、結局、第 2 暴行 について傷害罪の成立を認め、甲に懲役 2 年 6 月を 言い渡した 最高裁も、「両暴行は、時間的、場所的には連続 しているものの、 V による侵害の継続性及び被告人 の防衛の意思の有無という点で、明らかに性質を異 にし、被告人が前記発言をした上で抵抗不能の状態 にある V に対して相当に激しい態様の第 2 暴行に及 んでいることにもかんがみると、その間には断絶が あるというべきであって、急迫不正の侵害に対して 反撃を継続するうちに、その反撃が量的に過剰にな ったものとは認められない。そうすると両暴行を全 体的に考察して、 1 個の過剰防衛の成立を認めるの は相当でなく、正当防衛に当たる第 1 暴行について は、罪に問うことはできないが、第 2 暴行について は、正当防衛はもとより過剰防衛を論ずる余地もな いのであって、これにより V に負わせた傷害につき、 被告人は傷害罪の責任を負うというべきである」と 判示し上告を棄却した ( 最決平 20 ・ 6 ・ 25 刑集 62 巻 6 号 1859 頁〔灰皿投擲事件〕 ) 。 このように、第 1 暴行と第 2 暴行を全体的に評価 するか分断的に評価するかについて、第 1 審と控訴 審・上告審で見解が分かれたのは、一体性を判断す る基準が異なるからである。 第 1 審は、時間的・場所的近接性、故意の 1 個性、 行為態様の同一性、結果への寄与度を考慮要素とし、 第 1 暴行と第 2 暴行が、質的にも量的にも著しい変 化がないことを重視して一体性を肯定している。 第 1 暴行と第 2 暴行は、どちらも人の生命・身体 を侵害する危険性のある行為であり、同一の場所で 時間的にも数分間の隔たりしかなく行為態様も同一 のものといえるので客観的な関連性が認められ、い ずれも V から言いがかりをつけられたことに起因し V に暴行を加えようという意思に基づくもので実質 的にみて 1 つの意思決定に基づく行為であるといえ るので主観的関連性も認められる。したがって、第 1 暴行と第 2 暴行は 1 個の行為と評価することが可 能であるというのが第 1 審の考え方である。 これに対し、控訴審・上告審は、構成要件該当事 実 ( 実行行為の内容 ) やその認識事実 ( 故意の内容 ) に限定せす、違法性阻却事由である正当防衛の要件 事実まで考慮要素に含め、侵害の継続性と防衛の意 思の有無を重視し一体性を否定している。すなわち、 第 1 暴行時に存在した急迫不正の侵害が第 2 暴行時 には存在しないことから客観的な関連性を否定し、 第 1 暴行時に存在した防衛の意思が第 2 暴行時には 存在しないことから主観的な関連性を否定している。 たしかに、急迫不正の侵害が存在し防衛の意思も ある第 1 暴行と、急迫不正の侵害が存在せず防衛の 意思もない第 2 暴行は、明らかに性質が異なり断絶 があるので、全体的に考察して一連の行為とみるこ とはできない。したがって、甲の第 1 暴行は正当防 衛で不可罰となり、第 2 暴行には傷害罪が成立する という結論は妥当である。 このように、判例においては、第 1 暴行と第 2 暴 行の一体性を肯定できるか否かは、防衛の意思が継 続しているか否かが決定的な基準となっている。平 成 20 年決定は、全体的評価の限界を示したものとし [ 1 ] 平成 9 年判決 4 質的過剰防衛と一体性の有無 て重要な意義がある。 質的過剰防衛の成否を検討しよう。 を加えた ( 11 講 100 頁 ) 。今回は、同じ事例を使って であり、 11 講では「侵害の終了時期」について検討 号 435 頁 ( アバート鉄パイプ事件 ) を素材にしたもの である。この問題は、最判平 9 ・ 6 ・ 16 刑集 51 巻 5 【間題 3 】は、第 11 講の【間題 5 】と同一の問題 甲から鉄パイプを取り戻し、それを振り上げて 行 ) 。そして、再度もみ合いになって、。 V が、 その頭部を鉄パイプで 1 回殴打した ( 第 1 暴 が、同人が両手を前に出して向かってきたため、 ~ の直後に、甲は、 V から鉄パイプを取り上げた 大声で助けを求めたが : 誰も現れなかった。そ 同荘 2 階の通路に移動し、その間 2 回にわたり つかみかかり、同人ともみ合いになったまま、 た v に対し、甲は、それを取り上げようとして 1 回殴打された。続けて鉄パイプを振りかぶっ に長さ約 81cm 、重さ約 2kg の鉄パイプで頭部を 同便所で小用を足していた際、突然背後から V の午後 2 時 13 分頃、同荘 2 階の北側奥にある共 と日頃から折り合いが悪かったところ。ある日 たが、同荘 2 階の別室に居住する V ( 当時 56 歳 ) 甲は、文化住宅 s 荘 2 階の 1 室に居住してい 【間題 3 】アパート鉄パイプ事件
応用刑法 I ー総論 101 迫不正の侵害が継続中になされた過剰な反撃行為が質的過 剰防衛、急迫不正の侵害が終了した後になされた過剰な反 撃行為が量的過剰防衛である。これは、 36 条 2 項の適用を 基準とした区別であり、前者に 36 条 2 項が適用されること については異論はないが、後者については 36 条 2 項が適用 されるか争いがある。 これに対し、急迫不正の侵害が終了したか否かではなく、 反撃行為が最初から過剰だった場合を質的過剰防衛、反撃 行為の途中から過剰となった場合を量的過剰防衛とする見 解もある。これは行為の一体性の検討の要否による区別で、 前者は 1 個の過剰行為であるが、後者は過剰になる前の行 為と過剰になった後の行為の一体性が認められるかを検討 するか必要がある。 量的過剰防衛の場合、そもそも 36 条 2 項が適用さ れるか否かが問題となる。なぜなら、反撃行為の途 中から急迫不正の侵害が存在しなくなったからであ る。 ここで、反撃行為を急迫不正の侵害が存在してい た段階の反撃行為 ( 第 1 行為 ) 、急迫不正の侵害が 終了した段階の反撃行為 ( 第 2 行為 ) に 2 分してみ ると、第 1 行為は正当防衛行為、第 2 行為は ( 過剰 防衛にすらならない ) 完全な違法行為である。そこで、 法的評価の異なる反撃行為を 2 つに分けて評価すれ ば ( 分断的評価 ) 、第 1 行為は正当防衛として違法性 が阻却されるが、第 2 行為は完全な犯罪行為である から可罰的であり、 36 条 2 項を適用する余地はない。 そこで、 2 つの行為を「一連の行為」として評価 することにより ( 全体的評価 ) 、防衛行為の途中から 防衛行為が相当でなくなったので全体としてみれば 36 条 2 項が適用できるのではないかという点が問題 となる。 この点、違法性減少説からは ( さらには違法性減 少を不可欠とする重畳的併用説を厳格に貫いた場合 も ) 、途中からとはいえ急迫不正の侵害が終了して いる以上、正当防衛状況が存在せず違法性の減少は 認められないから過剰防衛は成立しない。この立場 からは、量的過剰防衛は「過剰防衛」には含まれず、 過剰防衛とは質的過剰防衛だけを意味することにな る。 これに対して、過剰防衛の刑の減免根拠を急迫不 正の侵害という緊急状態下における心理的動揺 ( 恐 怖、驚愕、興奮、狼狽 ) から責任が減少するという 責任減少説や択一的併用説によれば、途中から急迫 不正の侵害が終了していても、緊急状態下で心理的 に動揺しているという状況を考慮すれば、量的過剰 の類型も過剰防衛の規定の適用が認められることに なる。 正の侵害終了の前後を通して、分断的評価をすべき 質的過剰防衛であれ量的過剰防衛であれ、急迫不 ある。 るという意味でも、両者の区別自体微妙なところが 緩やかに判断するか厳格に判断するかで結論が変わ 慮して判断されるが ( 11 講 101 頁 ) 、侵害の継続性を 度の攻撃の可能性、主観的には加害意欲の存続を考 わけではない。侵害の継続の有無は、客観的には再 ある「急迫不正の侵害の継続」の有無も常に明確な また、質的過剰防衛と量的過剰防衛の区別基準で る。 評価するか全体的に評価するかが決定的に重要であ はあまり重要ではない。 2 つの反撃行為を分断的に 事例では、質的過剰防衛と量的過剰防衛の区別自体 このように考えると、 2 つの反撃行為が存在する が異なることに注意する必要がある。 ら法益侵害結果が発生したような場合は両者で罪名 に含まれるか否かに違いがあり、特に、第 1 行為か に違いがないようにみえるが、第 1 行為が犯罪事実 過剰防衛となる。いすれも過剰防衛になるので両者 2 行為を一連の行為とみて犯罪の成立を認めた上で となるのに対し、全体的評価をすれば第 1 行為と第 衛となり、第 2 行為だけに犯罪が成立して過剰防衛 すなわち、分断的評価をすれば第 1 行為は正当防 るからである。 るか全体的評価をするかで結論が分かれる場合があ した行為の範囲を超えていた場合、分断的評価をす ていたが、第 2 の反撃行為の時点ではやむをえずに 為の時点ではやむをえずにした行為の要件を満たし 害が継続中の 2 つの反撃行為のうち、第 1 の反撃行 衛においても、同様の問題が生する。急迫不正の侵 ところが、急迫不正の侵害が継続中の質的過剰防 一体的に評価するのかが論点となる。 析的に評価するのか、分断せすに全体的に考察して 終了前の反撃行為と終了後の反撃行為を分断して分 このように、量的過剰防衛では、急迫不正の侵害 [ 2 ] 分断的評価か全体的評価か 含まれることになる。 質的過剰防衛だけではなく、量的過剰防衛もそれに 定を適用している。この立場からは、過剰防衛とは、 了後の一連の行為を全体として考察し過剰防衛の規 判例は、後述のように、侵害現在時および侵害終
105 応用刑法 I ー総論 というものであり、同人が手すりに上半身を乗り出 甲を殴打しようとしたため、甲は、同通路の南 側にある 1 階に通じる階段の方へ向かって逃げ した時点では、その攻撃力はかなり減弱していたと いわなければならず、他方、被告人の同人に対する 出した。甲は、階段上の踊り場まで至った際、 暴行のうち、その片足を持ち上げて約 4 メートル下 背後で風を切る気配がしたので振り返ったとこ のコンクリート道路上に転落させた行為は、一歩間 ろ、。 V は、通路南端に設置されていた転落防止 違えば同人の死亡の結果すら発生しかねない危険な 用の手すりの外側に勢い余って上半身を前のめ ものであったことに照らすと、鉄パイプで同人の頭 りに乗り出した姿勢になっていた。しかし、 V 部を 1 回殴打した行為を含む被告人の一連の暴行 がなおも鉄パイプを手に握っているのを見て、 甲は、同人に近づいてその左足を持ち上げ、同 は、全体として防衛のためにやむを得ない程度を超 えたものであったといわざるを得ない」と判示し、 人を手すりの外側に追い落とし、その結果、同 人は、 1 階のひさしに当たった後、手すり上端 第 1 暴行と第 2 暴行の一連の行為は、全体として防 衛するためにやむをえない程度を超えたものと判断 から約 4 m 下のコンクリート道路上に転落した ( 第 2 暴行 ) 。 V は、甲の右ー連の暴行により、 した ( 前掲・最判平 9 ・ 6 ・ 16 ) 。 入院加療約 3 カ月間を要する前頭、頭頂部打撲 この判決は、前述の昭和 34 年判決と比べ、第 1 暴 行と第 2 暴行の場所や具体的態様、 V の侵害行為の 挫創、第 2 および第 4 腰椎圧迫骨折等の傷害を 状況に違いのある事案であったが、防衛の意思が継 負った。甲の罪責を論じなさい。 続していることから両暴行を一連の行為として全体 的に評価している点に特徴があり、判例の全体的考 【間題 3 】において、甲が V の頭部を鉄パイプで 察の流れを決定的にした判例であると言われている。 1 回殴打した第 1 暴行は、暴行罪 ( 208 条 ) の構成 ただ、分断的評価をしても第 2 暴行を傷害罪とし 要件に該当する。しかし、 V が鉄パイプで甲の頭部 て 36 条 2 項を適用することは可能であり、一連の行 を 1 回殴打しようとした時点で「急迫不正の侵害」 為と評価することにより正当防衛とされる第 1 暴行 が存在しており、甲の反撃は防衛の意思に基づく「防 を罪となる事実に含めることには批判がある ( 佐伯・ 衛するため」の行為であり、かっ、 V は鉄パイプで 殴りかかってきており、甲が鉄パイプを取り上げて 前掲 175 頁 ) 。 も両手を前に出して向かってきていたのであるか [ 2 ] 平成 21 年決定 ら、その侵害を止めるために鉄パイプで頭部を 1 回 殴打する行為は必要最小限度の防衛手段であり、「や 【間題 4 】拘置所内折畳み机投擲事件 むを得ずにした行為」といえるので甲には正当防衛 甲は、拘置所内の居室において、同室の V と が成立する。 共同で購入した石けんの使用方法をめぐって口 次に、甲の第 2 暴行は、傷害罪の構成要件に該当 論となり、 V が室内にあった折り畳み机を甲に する。その際、 V は間もなく態勢を立て直した上、 向けてひっくり返すように押し倒したところこ 甲に追いっき、再度の攻撃に及ぶことが可能であっ の机は甲の左足に当たった。甲は両手でこの机 たので「急迫不正の侵害」は継続しており、甲はそ を受け止めて V に向かって押し返したところ れに対し「防衛の意思」で反撃したものであるが、 ( 第 1 暴行 ) 、 V は転倒し、壁に上半身がもたれ、 v が手すりに上半身を乗り出した時点で V の攻撃力 、下半身付近に机が覆い被さる状態になった。し はかなり減弱していたのに対し、甲が V の片足を持 かし、甲は、転倒した V に馬乗りになって覆い ち上げて約 4m 下のコンクリート道路上に転落させ 被さり、 V の左ほほ付近を手拳で数回殴打した た行為は極めて危険性が高く、これより危険性が低 ( 第 2 暴行 ) 。 V は加療約 3 週間を要する左中指 い手段が存在する以上、必要最小限度の防衛手段と 腱断裂および左中指挫創の傷害を負ったが、そ はいえない。したがって、第 2 暴行だけを評価すれ れは甲の第 1 暴行によるものであった。甲の罪 ば傷害罪が成立して過剰防衛の規定が適用される。 責を論じなさい。 判例は、本問と類似の事案において、「 V の被告 人に対する不正の侵害は、鉄パイプでその頭部を 1 回殴打した上、引き続きそれで殴り掛かろうとした 【間題 4 】において、甲の第 1 暴行は、 V が長机
OI 7 れ独自の人生観、死生観、世界観を有しており、そ の体系の一つの様相として宗教があります。どの宗 教が正しく優れているかを世俗の権力が決めること は不可能であり、世俗の利害対立を調整する立法・ 行政・司法権力は、個々人の信仰内容について口を 出してはなりません ( 信仰の自由 ) 。その帰結として、 個々人がどのような宗教を信仰しているかを調査す ることは原則として許されません 4 。仮にそのよう な調査をするのであれば、それがやむにやまれぬ政 府利益のために、必要不可欠のものでなければなり ません。 この点裁判所は、強制手段によらずに信仰内容を 推知したとしても、嫌悪感を与える程度にとどまる から、信教の自由の制約に当たらないと判示しまし た。しかし、この判断は監視がもたらす萎縮効果や、 国家が市民の信仰内容を収集し管理することの危険 性を過小評価するものであり、国際的な常識に反す るものです。 例えば、国連人権理事会は 2008 年 3 月 27 日の決議 において、信教の自由に及ばす影響を憂慮し、宗教 などに着目して監視対象を決める捜査を行わないこ とを求めています。この決議は日本も含め、全会一 致で採択されました。 また、 9.11 の直接の被害を受けたニューヨークで は、日本のものと瓜二つの監視捜査が行われていま したが 5 ) 、モスクの管理者等のムスリムが原告とな り、ニューヨーク市警などを被告とする 2 つの訴訟 が提起されました。そのうちの 1 つの訴訟において、 アメリカ連邦高裁は、信仰のみに着目して対象者を 選定する監視捜査 ( マスサーベイランス ) は信仰の 自由を侵害する恐れがあるとして、訴えを却下した 一審判決を破棄し、差し戻しています 6 このように、信仰を要素として実施される監視捜 査は、信教の自由に対する重大な制約となるという のが国際的な潮流です。単なる嫌悪感に過ぎないと する日本の裁判所の感覚は、厳しく批判されるべき です。 [ 5 ] プライバシー権 今回の捜査は、 2 つの局面で被害者のプライバシ ー権を制約しています。 第 1 に収集の局面です。他人の視線はその人の選 択の幅を著しく狭めるとされています。特に多数派 [ 特集引市民の政治的表現の自由とプライバシー から白眼視されがちな思想、信仰、趣味、性的嗜好、 ないといラベきである。ノ ある禮度甜形にするといラによらさを によってなその内に立ちスって、その活冤を て、そのためにな、モス . クの〃近なもとよク、場冷 毅の笋からの拡によらざるをないのであっ 場にあるかといった形形ルからラかかカれる諸 その者か第形なユミュニティーのでいかなる - 立 式への参加のみ嘸、が活への参加のみ るテログス外かを見なめるためにな、その者の貉 ラムをであるか、あるいなイスラ必週にす を把する必要かク、また、ある者か平なイス いるのか、そ乙てその活勤の要か、いかなるものか スラムか、いかなるコミュニティーを形成・乙て をに発見乙て際テロを防するためにな、イ ん一スと乙ての〃活をっているテログス外 されています。 この点に関する裁判所の判断は以下の文章に集約 資するか否かです。 リムを無差別に監視する捜査手法が、テロの予防に ムスリムであることのみを理由としてすべてのムス か、すなわち、モスクを監視するなどの方法により、 決するのは、今回の監視捜査が目的の達成に資する 捜査活動の違憲性を検討する際、最終的に帰趨を 5 . 監視捜査の相当性 機会を逸してしまいました。 会に特有のプライバシー権の重要性を正確に捉える したうえで、収集に違法性はないと判断し、現代社 の局面の問題は収集の違法性の議論に収斂されると を「傾聴に値する」としながら、結局は保管・利用 違憲性を独自に検討するべきだとする原告らの主張 今回の訴訟において控訴審は、この保管・利用の 異なる固有のプライバシー権の制約です 8 ) 9 ) 10 ) 利侵害をもたらす恐れがあります。これは収集とは 繋ぐ行為は、データマイニングをはじめ、重大な権 報を電子化し、データベース化し、ネットワークに ータの技術が劇的に向上した現代において、個人情 第 2 に、保管・利用の局面です。通信やコンピュ く制限されることとなります 7 交友関係などを有する人々は、その私的生活を著し
1 OO 法学セミナー 2016 / 11 / n0742 LAW CLASS は、急迫不正の侵害に対し行われた防衛するための 行為であるという点で共通であるが、過剰防衛にお いても、被侵害者の正当な利益を守ろうとしたとい う部分が評価され、違法性が減少すると考えられる のである。 たしかに、過剰防衛が、急迫不正の侵害に対する 防衛行為を前提とするものであることは当然であ り、その意味で違法性減少の側面があることは否定 できない。しかし、過剰防衛の事例は、すべて被侵 害者の正当な利益を守ろうとしたという面が存在す る点では共通であるのに、刑が必ず減免になるわけ でもなく、また、免除になる場合もあれば減軽され る場合もあることは違法性の減少の側面だけでは説 明できない。 そこで、相手から攻撃を受けたという緊急状態で の恐怖・驚愕・興奮・狼狽という心理的動揺により 「防衛の程度を超えた」反撃行為を行ったとしても 期待可能性が減少し行為者を強く非難できないこ と、すなわち、責任が減少することを考慮して刑の 減免の可能性を認められると説明する見解が有力化 する ( 責任減少説 ) 。責任減少説は、過剰防衛に違法 減少が認められないという見解ではなく、急迫不正 の侵害に対する防衛行為であることを当然の前提と した上で、責任減少がなければ刑法 36 条 2 項は適用 できないという見解である ( 佐伯仁志『刑法総論の 考え方・楽しみ方』〔有斐閣、 2013 年〕 165 頁 ) 。 これに対し、通説は、刑の減免の根拠を違法性減 少と責任減少の両者に求め、急迫不正の侵害に対す る反撃行為によって正当な利益が維持されたことに より違法性が減少し、急迫不正の侵害という緊急状 態下における心理的動揺 ( 恐怖、驚愕、興奮、狼狽 ) から責任が減少すると考えている ( 違法・責任減少説 ) 。 もっとも、違法・責任減少説における違法性減少 と責任減少の関係については、違法性減少と責任減 少の双方が必要であるとする見解 ( 重畳的併用説 ) と違法性減少と責任減少のいすれかがあればよいと する見解 ( 択一的併用説 ) が対立している。 判例は、減免の根拠論について明示的に判断を下 したものはないが、責任減少を重視した判断 ( 責任 減少説もしくは〔違法性・責任減少説の中の〕択一的 併用説 ) に親和的であるといえる。 * 減免の根拠論と誤想過剰防衛 過剰防衛に刑の減免が認められる根拠をどのように解す るかは、誤想過剰防衛の場合に 36 条 2 項を適用できるかと いう問題の解決に影響を与えるとされている。 誤想過剰防衛とは、急迫不正の侵害が存在しないのに存 在すると誤信し、かっ、仮に行為者の認識したとおりの侵 害が存在したとしても、その防衛行為が防衛の程度を超え たと評価される場合をいう。 誤想過剰防衛は、急迫不正の侵害が存在しない場合であ るから、急迫不正の侵害に対する反撃行為によって正当な 利益が維持されたという事情がないので、違法性減少説お よび ( 違法性・責任減少説の中の ) 重畳的併用説からは 36 条 2 項は適用・準用できないことになる。 これに対し、急迫不正の侵害に欠ける誤想過剰防衛の場 合であっても、緊急状態下における心理的動揺 ( 恐怖、驚 愕、興奮、狼狽 ) から責任が減少するという事情は認めら れるので、責任減少説および ( 違法性・責任減少説の中の ) 択一的併用説からは 36 条 2 項を適用・準用できるといえる。 もっとも、違法性減少説や重畳的併用説の立場からも、 誤想過剰防衛の事例は行為者の主観が過剰防衛の場合と同 じであることを根拠に 36 条 2 項を準用できるとする見解も 主張されており、もしそのような主張が理論的に可能だと すると減免根拠論においていかなる立場をとるかは誤想過 剰防衛における 36 条 2 項の適用・準用論とは直接的な関係 はないことになる。 = 2 過剰防衛の類型と評価方法 [ 1 ] 過剰防衛の 2 類型 過剰防衛には、質的過剰防衛と量的過剰防衛の 2 つの類型がある。 質的過剰防衛とは、急迫不正の侵害に対して、「や むを得ずにした行為」の範囲を超えた場合をいう。 例えば、素手による攻撃に対して鉄棒で反撃して 相手を死亡させた場合のように、必要以上に強い反 撃を加えて防衛の程度を質的に超えた場合をいう。 質的過剰防衛になるか否かは、防衛行為の相当性の 判断 ( 13 講 88 頁以下 ) によって決まる。質的過剰は、 まさに本来的な過剰防衛である。 これに対し、量的過剰防衛とは、急迫不正の侵害 が終了したにもかかわらず、反撃行為を継続した場 ・合をいう。 量的過剰防衛は、当初は「やむを得すにした行為」 の範囲内にある反撃であったが、反撃を続けるうち に、相手方の侵害が終了したにもかかわらす、なお それまでと同様またはさらに強い反撃を続けた場合 で、反撃を継続したことによりその反撃が量的に過 の侵害が継続しているか否かで区別される。すなわち、急 質的過剰防衛と量的過剰防衛は、一般的には、急迫不正 * 質的過剰防衛と量的過剰防衛の区別 剰になった場合をいう。
008 I ー実態編 自衛隊情報保全隊による国民監視事件 平成 28 年 2 月 2 日言渡の仙台高裁判決の内容と問題点 市民の 政治的表現の自由と プライバシー 弁護士 法学セミナー 2016 / 1 1 / no. 742 円の賠償を命じた。その理由は、被告が情報収集の 1 国民監視事件の概要 目的や必要性について何ら具体的な主張をせず、情 報保全隊のした情報収集活動が違法と判断されたた [ 1 ] 発端と背景 本件の発端は、 2007 ( 平成 19 ) 年 6 月、日本共産 めである。 これに対し、原被告双方が控訴したが、被告は控 党が陸上自衛隊情報保全隊 ( 以下、「情報保全隊」と 訴審において初めて情報収集行為の目的、必要性に いう ) が作成した内部文書 ( 以下、「本件各文書」と いう ) を公表したことにある。本件各文書には、 ついて具体的に主張し、元情報保全隊長の証人尋問 を申請した。控訴審では元情報保全隊長の証人尋問 2003 ( 平成 15 ) 年 11 月から 2004 ( 同 16 ) 年 2 月まで が 4 期日にわたって実施され、さらに元陸上幕僚監 の自衛隊のイラク派遣に反対する活動 ( 市民集会、 部調査部調査課情報保全室長の証人尋問も実施され デモ行進等、以下、「イラク派遣反対活動」という ) 、 地方議会の動向、マスコミによる取材活動までもが 0 2016 ( 平成 28 ) 年 2 月 2 日仙台高裁は、アマチュ 詳細に記載されていた。 2003 ( 平成 15 ) 夏にイラク ア歌手であった XI について、 XI の本名および職業 特措法が国会で成立し、同年 12 月に同法に基づく基 本計画が閣議決定され、 2004 ( 平成 16 ) 年 1 月に陸 ( 勤務先 ) まで探索したことを違法と判断し、 XI の プライバシー侵害を認めて原審の判断を支持した 上自衛隊の先遣隊に派遣命令が下されているとこ が、 X2 ないし X5 については、地方議会議員であり ろ、本件各文書の作成時期はこれらと重なるもので 公の場における政治活動あるいはそれに準ずる社会 あった。 イラク派遣反対の運動が盛り上がる中で、情報保 的な活動と評価すべきで、秘匿性に乏しいとし、原 全隊が国民に対する監視・情報収集活動をしていた 審の賠償命令を取り消した ( 以下、「本判決」という ) 。 なお、 XI 以外の原告は上告受理を申し立てたが ことが暴露され、社会の注目を浴びた事件である。 XI については双方上告せず確定し、被告は賠償金 を持参して支払った。 [ 2 ] 裁判の概要 東北地方に居住する原告 XI ら 107 名 ( 控訴審判決 時は 91 名 ) は、情報保全隊が原告らのイラク派遣反 2 一本判決の中心論点 対活動を監視し、情報収集していたことに対して、 本判決の論点は、情報保全隊が本件各文書を作成 XI らが憲法上の権利を侵害され、精神的損害を被 したか、差止め請求の適法性、情報保全隊の権限の ったと主張し、被告 ( 国 ) に対して、人格権に基づき、 範囲、情報収集の目的、必要性、情報収集が国賠法 監視、情報収集活動等の差止めと損害賠償の支払い 上違法となるか、原告らの被侵害利益 ( プライバシ を求めた。 原審仙台地裁平成 24 年 3 月 26 日は、上記差止め請 ー権、自己情報コントロール権、肖像権、思想信条の 自由、表現の自由、知る権利、平和的生存権、監視さ 求を却下したが、被告に対する XI ないし X5 への不 れない自由 ) 等、多岐にわたる。 法行為を認め、 XI に 10 万円、 X2 ないし X5 に各 5 万
致活動の経緯等 日民法の一部を改正する法律 [ 平成 28 年 6 月法律第 71 号 ] [ 趣旨・内容 ] ①女性に係る再婚禁 止期間を前婚の解消または取消しの 日から起算して 100 日 ( 現行 6 か月 ) とする。②女性が前婚の解消若しく は取消しのときに懐胎していなかっ た場合または女性が前婚の解消若し くは取消しの後に出産した場合には 再婚禁止期間の規定を適用しないこ ととする。③再婚禁止期間の規定に 違反した婚姻は、前婚の解消若しく は取消しの日から起算して 100 日 ( 現 行 6 か月 ) を経過し、または女性が 再婚後に出産したとき ( 現行は懐胎 したとき ) は、その取消しを請求す ることができないこととする。④政 府は、本法の施行後 3 年を目途に、 再婚禁止に係る制度の在り方につい て検討を加える。 [ 施行期日 ] 2016 年 6 月 7 日 [ 審議経過 ] 2016 年 3 月 8 日 ( 190 国会 ) 内閣提出、 5 月 18 日衆・法務 委付託および趣旨説明、 20 日質疑の 後修正議決、 24 日衆・本会議委員長 報告のとおり修正議決、全会一致。 5 月 26 日参・法務委付託および趣旨 説明、 31 日質疑の後可決、 6 月 1 日 参・本会議可決、成立、全会一致。 [ 審議論点 ] 最高裁違憲判決と本法 の関係、再婚禁止期間の立法目的、 従来の戸籍実務における再婚禁止期 間の規定の例外的取扱い、嫡出推定 規定の趣旨とこれを見直す必要性等 国外犯罪被害弔慰金等の支給 に関する法律 [ 平成 28 年 6 月法律第 73 号 ] [ 趣旨・内容 ] ①国は、国外犯罪行 為 ( 日本国外において行われた人の 生命または身体を害する行為のう ち、日本国内で行われたとした場合 には日本国の法令により罪に当たる もの ) の被害者 ( 国外犯罪行為によ り死亡しまたは障害を受けた者で、 犯罪行為の時に日本国籍を有する者 ( 日本国外に生活の本拠を有し、か つ、その地に永住すると認められる 者を除く。 ) ) があるときは、この法 律の定めるところにより、死亡した 者の第 1 順位遺族に対して国外犯罪 被害弔慰金を、障害が残った者に対 して国外犯罪被害障害見舞金を、そ れぞれ一時金として支給する。ただ し、国外犯罪被害者等と加害者との 関係等から、これらの支給が社会通 念上適切でないと認められる場合 は、支給しないことができる。②国 外犯罪被害弔慰金の額は国外犯罪被 害者 1 人当たり 200 万円とし、国外 犯罪被害障害見舞金の額は国外犯罪 被害者 1 人当たり 100 万円とする。 ③国外犯罪被害弔慰金等の支給を受 けようとする者は、都道府県公安委 員会に申請し、その裁定を受けるこ と等の支給手続等を定める。 [ 施行期日 ] 公布日 ( 2016 年 6 月 7 日 ) から 6 月以内で政令で定める日 [ 審議経過 ] 2016 年 5 月 18 日 ( 190 国会 ) 衆・内閣委において起草、同 日同委員長提出、委員会審査を省略 し、 19 日衆・本会議趣旨説明の後可 決、全会一致。 5 月 27 日参・内閣委 付託、 31 日趣旨説明の後可決、 6 月 1 日参・本会議可決、成立、全会一 致。 真珠の振興に関する法律 [ 平成 28 年 6 月法律第 74 号 ] [ 趣旨・内容 ] ①農林水産大臣およ 135 び経済産業大臣は、真珠産業 ( 真珠 およびその加工品の生産、加工、流 通または販売の事業 ) および真珠に 係る宝飾文化の振興の意義および基 本的な方向に関する事項等を内容と する基本方針を定めることとし、都 道府県は基本方針に即し、真珠産業 および真珠に係る宝飾文化の振興に 関する計画を定めることができるこ ととする。②国および地方公共団体 は、真珠の生産者の経営の安定、真 珠の生産に係る生産性・真珠の品質 の向上の促進、真珠の生産に係る漁 場の維持改善、真珠の加工・流通の 高度化、真珠の輸出の促進、効率的 かっ安定的な真珠の生産の事業の経 営を担う人材の育成・確保、真珠に 係る宝飾文化の振興等に必要な施策 を講ずるよう努めるとともに、真珠 の生産に係る漁場の調査等および真 珠産業の振興のために必要な研究開 発の推進等に努める。③国は、地方 公共団体の施策が円滑に実施される よう、必要な情報の提供、助言、財 政上の措置その他の措置を講するよ う努める。 [ 施行期日 ] 2016 年 6 月 7 日 [ 審議経過 ] 2016 年 5 月 19 日 ( 190 国会 ) 衆・農林水産委において起草、 同日同委員長提出、委員会審査を省 略し、 24 日衆・本会議趣旨説明の後 可決、全会一致。 5 月 30 日参・農林 水産委付託、 31 日趣旨説明の後可決、 6 月 1 日参・本会議可決、成立、全 会一致。