いっこ - みる会図書館


検索対象: むつかしい世の中
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1. むつかしい世の中

53 富士は五月晴 「はい、もう一枚」 四人はにつと笑った。春彦はもう一度シャッターを押した。 と彼は愉快そうに笑った。 帰りの車の中で陽子は、足立の土地を買う気がないといった。 「すんでのところで欺されるところだったわ」 陽子はいっこ。 「いくら私だってそうそういつまでもあなたの餌食になっていないわよ」 「そんなこといわないで、買ってくれないかなあ」 帰りの運転は春彦がしている。 「坪一万なんて、ほんとに安いんだぜ。買ってすぐに売っても倍は儲かるー 「なら、売ればいいじゃないの、倍で買う人に」 「だから金が急ぐんだよ。みすみす損だと思いつつ、急ぐためにナゲ売りしてるんだ」 春彦はいっこ。 「助けてやってくれないかなあ。高桑君を。おい、高桑君、君からも頼めよ」 えじき も、フ

2. むつかしい世の中

来て下さいよ」 「わかったよ。朝六時頃に行けばいいんだね ? 」 「五時半に来て下さい。私は欺されないからね , 「笑いながら欺すテはもう使い古されたわよ」 それでもやはり春彦は笑った。彼は電話を切ってタ。ハコに火をつけた。 「どうでした ? 高桑が心配そうにいった。そこは高桑に金を貸した沼田金融の事務所である。 「先生、大丈夫ですかいな ? 」 と沼田が大きな事務机の向うからいった。 「登記の書類みたら、足立さんの土地やないこと、すぐにわかりまっせ」 春彦はいっこ。 「その時はその時だ。とにかく今は高桑の店を救うことが問題なんだ」 「そんなこというてるから、悪循環が切れへんのとちがうかいな ? 高桑はんの奥さんにこ のことが・ハレたらどないします 「 ( レるのは先のことだ。だが店を取られるのは今のことだ」 春彦はいっこ。

3. むつかしい世の中

「お願いします・・ : : 何とカ・ 仕方なく高桑はいっこ。 「三百万の金がないと高桑君は金貸しに家を取られる。家は高桑君の職場だ。住居と同時に 職場も失うんたよ。もしかしたらワイフも : : : 失うかもしれない」 「悪亭は偉大な妻を作る、だわ。失礼だけど亭主の不始末は女が躍進するチャンスですよ。 ふが 私は日本女性の躍進のために、男の不始末、不甲斐なさを歓迎しているわ、ア ( 高桑は絶望的にその笑い声を聞いた。車の中に沈黙が落ちた。 「金の苦労よ、 恋の歎きよ、 私から去っておくれ、私も君たちから去ろうから、 な・せといって、今日、春がリュクサンプウルの公園を 接吻しに帰って来ているのだ」 春彦はいっこ。 「覚えているかい。ギイ・シャルル・クロス : 陽子はフンと鼻を鳴らしただけである。 「あなたの詐欺師の才能も衰えて来たようねー せつぶん

4. むつかしい世の中

高桑がいった。 「ああ、そうでした。カメラを持って来ているんでございますよ、先生ー ようや 足立の妻は漸く話題を転じ、 「今日の記念に是非、 , 御一緒に写真を撮らせていただこうと思いまして、さあ、あなた、先 生を挾んで並びましよう。さあ、高桑さんもご一緒に : それから足立の妻は春彦を見ていった。 「ちょっと、周旋屋さん、すみませんがシャッターを押して下さいな」 「いいですよ」 にこにこと春彦 ) はいっこ。 「いいカメラですねえ。ライカですな。いいなあ。古いものはやつばりいい」 「いえね、息子がカメラ狂だもんで、幾つも持ってるの」 「じゃあ、並んで下さい」 四人は並んだ。春彦はカメラを覗いてから頭を廻らせて空を見上げ、 「後ろに富士山があればいいんですがねえ、残念だな」 それから春彦はいっこ。 「いいですか。押しますよ。さあ、ニッコリ笑って : : : 」 春彦はシャッターを押した。

5. むつかしい世の中

113 私が訊くと犬屋は苦笑して、 「こいつらと同じですよ」 といいながら、箱の隅からその小さなプルをつまみ上げた。 「同じって : : : 兄弟 ? 一緒に生れたの ? そのチビは片手の手のひらに乗る。他の三匹と較べると、全体の大きさが他の犬の頭の大、 さと同じくらいである。 「こいつだけ、どういうわけか小さくてね」 犬屋はいっこ。 「べつに病気というわけじゃないんですがね、ちょっと発育が悪かったんだね」 「でも、顔は可愛いわねー 「四匹の中じゃあ一番、べツ。ヒンですよ」 「メスなの ? 」 「メスですよ。たからおとなしいんですよ」 テ犬屋は私の顔色を見ながらいった。 べ 「こんないい顔のプルは滅多にいませんよ。穏やかでね、愛嬌があって、性質のよさが顔一 出てるー 「可愛いねえ、これ」 あいきよう

6. むつかしい世の中

104 誰も何もいわず陽子を見つめている。 「これからどっかへ連れて行かれるんですって。今、アートコーヒーにいるんだって。三ー 万あったら連れてかれないですむんですってさ」 はすつばにいって陽子は笑った。 「だからいってやったのよ、行っていらっしゃいって」 また笑った。 「そりや、ウソですねー と高桑がいった。 「そうよ、例のテですよ、決ってるわ」 陽子は急に笑いを引っこめていまいましげにいっこ。 「どこまで私を甘く見てるのか。そのテは食わないわ」 「次から次と、ようまあ、考え出すもんですな」 中沢がいった。 「そんで、この後はどうなります ? 」 「だからね、連れてかれればいいのよ、殴られるなり、蹴られるなり : : : まさか殺されー 突然電話が鳴った。陽子が立ち上ってす早く受話器を取り、もしもしといってから受話器宀 下ろした。

7. むつかしい世の中

「はあ、 えて、どういうこと ? 」 イライラが高まって行くのを覚えつつ、 「体重は ? ちイとは減ったん ? 」 ぬい子はうつむいて、しばらく黙っていてから、 「増えました : 「何やて、増えたア ! 」 「いっこ、、可キロになったん ? 」 うつむいたきり、顔を上げません。どういう好みからか、。ハ ーマネントをかけていない髪・ そろ の耳の下で切り揃えて、前は七三に分けてヒットラーのように横に流している。うつむくと、 に流した前髪が額に下って来て、さそうるさいであろうに、かき上げもせんと、ただ、片方 ( し 眉毛がビク、ビク、と動くだけです。 っ む私は体重を訊くことを断念して、 続 「お経は上げてましたんか ? 」 忘れた頃に「はア」と答が返って来る。何もかも前と変りません。

8. むつかしい世の中

「あの丘の下あたりです」 高桑は車を出て指をさした。草原はこの台地の裾からゆるやかに下って行き、向うの丘の真 下で急に落ち窪んでいる。その窪みのあたりに小さく人影が二つ見えた。 「あ、もう足立夫妻が来ているようだね」 春彦がいった。 「ほら、こっちに向って手を上げているよ」 「あすこなの ? 陽子はいっこ。 「あの落ち窪んだところ ? 」 春彦はそれには答えず、 と向うの人影に向って手を大きく振り、 「ああ、気持がいいなあ ! どうだい、この広さ ! 」 と歌うようにいオ 「これそまことの自然だよ。どうたい、 このうまい空気 ! 青緑の鮮やかさ ! ああ残念だ なあ、曇っているので富士が見えないねえ。本来ならあの丘の向うに、雄大な姿を現している

9. むつかしい世の中

59 富士は五月晴 いよねえ。アハ 家も女房には弱 春彦は高笑いをし、 「それでね、すまないけど金の方、すぐに頼めるかな ? 「いいですよ。でも足立さんに会って直接渡すわよ。あなたじや信用出来ないから」 「ワ、 春彦はまた高笑いし、 「ではもう一度、富士まで行ってもらうことになるねえ」 「行くわよ。今度の日曜日」 「日曜じゃあ、遅いんだよ。金は金曜日に必要なんだ」 「でも日曜までは出られないわ」 「何とかならないかなあ。しや、こうしよう。足立さんの代理人にそっちへ行ってもらう , ら、そこで金の受け渡しをしてもらうわけこよ、 、ぐ ( し、刀十′し、刀しフ・」 「代理人 ? 危いわねえ。ニセモノが来る危険があるもの」 陽子はいっこ。 「じゃ、私、無理して行くわ。木曜に、富士ヘー 「だって忙しいんだろう ? 」 「五時起きして行きますよ。忙しがっているとつけ込まれて欺されるから。その代り迎え一

10. むつかしい世の中

- へティの尻も同しも その翌日、私は庭の芝生に、また赤黒くこびりついているものを見た。・ だえん ので汚れていた。私はべティの食器を見た。ドッグフードが数粒、楕円型の食器の中に散らば っていた。 「安枝さん、安枝さん ! 」 私はいきり立って叫んだ。 「これは何なの ! これはー 居間の敷居の上に立った安枝は太い声で答えた。 「ドッグフードですけど」 「あんた ! ドッグフードをやったのー 安枝が答えないのは肯定の印だ。 「どうして : : : あなたという人は ! 私は絶句した。 「どうして : : : そんなことをするのよー ごらん、また血便を出してるしゃないの ! 当分 の間はドッグフードを控えるのよ、っていったばかりじゃないの ! 」 しばら 安枝は暫く黙っていてからぶつきら・ほうにいっこ。 「お腹が空いて可哀そうたと思って」 「じや血便出すのは可哀そうじゃないのフ え ? やったの ? やった ? 」