214 は」のつもりなんですやろ。手伝いがよう食うから寺へやった、なんていわれてはみつともな いので、私は正月の重詰がどんだけ仰山あったか、。 とんだけ心をこめて作ったか、きんとんと 錦たまごなんそは、どんたけええ出来やったかを説明せんとおれません。けれど謙一は蜜柑を 食べながら、 「おばあちゃんはオー ー会の会長やからな」 というだけですので、私は、 「おつやさんに電話して聞いてみなはれ ! 」 と怒ってしまいました。人間というもんは、自分で経験してみんと、ほんまに、何もわから んもんです。この目で見て、はしめてわかったわ、とおつやさんもいいましたけれど、経験せ ずに信しるというのは、やつばり偉い人にしか出来んことかもしれません。私がそういうと謙 「そういうのは偉い人とは限らん。単純アホともいえる」 ほんまに贈らしい。えらそうにそういいますのです。 「人間、暇になるということは、ようないことやなあ 夕方、謙一と友達が風呂でいうてます。 「暇やとロクなこと考えへんし、人のアラ探しばっかりすることになる」 それはきっと謙一の母親がいつもいうてることですのやろう。謙一は今までに私がこ・ほした
というてやりました。お手伝いがおらんと聞けば、なおのこと、「手伝いに行っておいで」 というのが母親というもんやないでしようか。あんなぬい子みたいな娘に我慢してたというの も、こういう連中を相手にして暮すのがイヤやからやと思うと、ほんまに情けのうて涙が出て 来ます。 来んかてよろしい、というてるのに、それから間なしに、謙一が友達連れてやって来ました。 「年玉、もらいに来てん」 来るなり、可愛げもなくいいます。 「もう年玉の時期は過ぎてるがな」 そういうて、横向いててやりました。 「おばあちゃん、あの手伝い、よう食うからいうて、怒って、寺へやってしもてんてな」 の年を越して謙一はますます憎らしくなって、もとは色白の、鼻筋の通ったほんポンポンらし 世 い上品な顔だちゃったのに、ちょっと見んうちに顎がしやくれて、鼻たけが異常に発育して、 し 下品な顔になってます。謙一の連れて来た友達いうのんがまた、不細工な顔してます。謙一の っ む方は、まだ父親がうるさいので、髪だけは短こうに刈ってますけど、友達はモジャモジャ。昔 続やったら橋の下で、シラミわかしてムシロかぶって寝てる人ですワ。 「ちわ」 顎で顔の前の空気をすくうようにしていうたのが挨拶です。「ちわ」というのは「こんにち あご
174 物袋を下げてと・ほと・ほとお使いに行くぬい子の後姿を見ていると、なんでもっと、さっさと歩 かへんのやろと怒る気持と一緒に、なにやら可哀そうなような、虐めたらいかんのに虐めたい ような、イジイジ、ムズムズする気持が湧いて来て、何ともいえず情けのう、腹立てつつあわ れでたまらんようになるのでした。 十月の連休に、孫の謙一がひとりでひょこっと来ました。おつやさんがヨメに報告している とみえて、うちでもぬい子のことが話題になっているらしい。謙一は、 「おばあちゃん、サべッ意識はいかんで」 えらそうな顔していうのです。 「おばあちゃんはサべッ意識もってるさかい、手伝いとうまいこといかへんのや。人間、み な平等やで。皆、ひとしなみ、ちゅうこと知らなあかん」 小さい時はおばあちゃんおばあちゃんいうて、わたしに背中掻いてもろて寝るのが好きな可 愛らしい子やったのに、ちょっとの間にニキビ出してメガネかけて親の前でも平気でタ・ハコ吸 います。 「ええか、おばあちゃん、今、おばあちゃんは何もせんと、他人の労働力に頼って生きとる んや。そのことについておばあちゃんには何ら反省の色がないな。おばあちゃんは社会に対し
182 す。 というのですが、翌日は同じこと、やつばり山のように食べて、どたーっと横になってい しよくよく 「つまりそれは、異常食慾なんや」 丁度電話をかけて来た謙一に話しますと、すぐいいました。 「何か慾求不満があるにちがいないんや。心理学によるとやな、慾求不満が捌け口を求め一 異常に食べるのや。おばあちゃん、よく考えてやらなあかんー これたけ心配して我慢して、それでまだわたしのせいやというのですかいな。 「つまり、彼女自身の悪ではない。何が彼女をそうさせるか。そのものの立場に立って考、 たことあるか ? おばあちゃん」 ほんまにわたしはもう、この頃の世の中に生きてるのん、いやになります。 「あんたねえ、毎日、わたしに怒られてばっかりいて面白うないでしよう ? 帰りとう一 ある日わたしは気を鎮めていうてみました。 「はあ : : : べつに : : : わたしはかまいませんけど : 「わたしも短気やからねえ、毎日怒ってるのも辛いわ。あんたも辛いやろから帰ったらど、
「おばあちゃん、今度からは今までみたいに怒ってばっかりいはったらいけませんよ。う亠 にいるのとちがいますよ。ひとり暮しをしたことのない人が、いきなりひとりになったら困」 ますよ」 家を出る前の晩、息子は真面目な顔してそんなことをいいました。 「はアはア、わかってます。向うへ行ったらもう腹の立っこともないやろから、穏やかに うて暮せますやろ」 わたしはアテッケをいうてやりましたが、息子や嫁には通じたのやら通しなんたのやら。 けれども、ほんどうに、心のそこから、わたしはぬい子を可愛がって、仲よく暮すつもりュ しておりましたのです。ひとはみなわたしを怒りんボのイジワルばあさんやというてますが、 わたしは曲ったことはいうてません。 「おばあちゃんのいうことは正論や と中学生になった孫の美智子は、ときどき認めているのです。 「けど正論を押し通そうとすると、世の中、まちごうてくるんや と大学生の謙一はまたペ工ペ工の大学生のくせに、世の中、わかったようなことをいう。 「十九や一一十でそんなわかったようなこというてると、今に日本の国は滅びます : : : 」 とわたしがいうと、すぐ
212 ぬい子が権藤さんに連れられて行って、何日か経ちました。芦屋の嫁から電話がかかって来 て、 「おばあちゃま、お手伝いさん、どこそへやりなさったんですって ? ご不自由ゃありませ んの ? 」 といいますので私はむかっき、 「べつに不自由おません。咲山さんの奥さんやら米屋はんやら、みな、親切なおひとばっか りやさかい」 イヤミをいうてやりました。 「どこそへやりなさったんですって ? 」とは何ですねん。そのいい方の裏には、「おばあち ゃんの気儘がまた出た。そんなことして、不自由になって、わたしらの方へオシリ持って来て もろたらかないません」という意味合いが入ってますのや。 「謙一と美智子が土曜から日曜にかけて伺うというてたんですけど、お手伝いさんおらんの ならご迷惑やから、やめるというてます」 「そうか、そんならやめなはれ。お年玉用意してたんやけど、正月から誰も顔見せへんさか 、米屋の子オにみなやりました」
という。お正月ですから、おばあちゃん、どうそお帰りいたたけませんかとか、子供らに 、ませんのや。 顔見せてやって下さいとか、普通の嫁ならいいますやろ。それが、ウチのはいし 早いとこ、「そうですか」というてしまわんと、ぐずぐずしてて気が変ったらどうもならん、 という感しで、すぐに「そうですか、そんなら何かお正月のおいりようのもの : : : 」と一息 つづけるのが憎たらしい 「何もいりまへんー 私はいうてやりました。 「こっちで親切にしてくれはる人が仰山いてはるさかい 「そうですか」 嫁はまた、早いとこそう返事をし、 中 の 「そんなら、何か足りないものがありましたら、お電話下さいませね。謙一でもやります、 世 し 「いや、来ていりまへんー っ む何がおかしいのか、嫁は笑い声を立ててる。 続 「それではおばあちゃま、よいお年をどうそ。お風邪など召しませんように。またご機嫌冖 わせていたたきます」 なにが「お風邪など召しませんように」や ! ほんまに腹が立つ。秋に息子が本部長にな ぎようさん
176 「そんなふうやからおばあちゃんは誰とも一緒に暮せへんのやー すてぜりふ 憎たらしい捨台詞を残して帰ってしまいました。 「ぬい子さん、ちょっと来なさいー よじん わたしは謙一との喧嘩の余燼がおさまらず、ぬい子を引き据え、 「あんた、働く気あるのん、ないのん、どっち ? ここの家では働く気が起らんのやったら、 暇とって帰ったらどう ? 」 喧嘩腰でいっても、ぬい子はいつものように、 「はあ : : : すんません」 「すんませんやない。帰ったらどうやというてるのや」 「はあ・ : と暫く天井を見つめていて ( それもどういうわけか、真上を見ずに、し せるのがハラが立っ ) 、 「あのう : : : ええとオ : : : 約束は一年の約束でしたけど」 「たしかにそういう約束はしたけど、べつに契約書書いてハンコ押したわけやなし : : : 」 困ると黙りこくって、上唇の右の方が、馬が笑う時みたいに、めくれるのです。 「働かへんのならやめてほしいのやけど」 、つも右上へ目玉を寄
て何を貢献しとるんや ? また過去においてどんな貢献をして来た ? おばあちゃんはおじい ちゃんに養うてもろただけやろ。セックスして、子供産んたたけやろ。何も考えんとおじいち ゃんのいいなり、帝国主義のいいなりになって生きて来た、そんな人間に労働者の苦しみがわ かる筈がない 「なにいうてるのや、何も知らんと ! 」 わたしはいうてやりました。 「ぬい子は働かんと、寝てばっかりいてからに、おひつにし 「誰にかて、腹いつばい飯を食う権利はあるよー 「風呂に一一時間入って、朝九時に起きて : : : 」 「眠る権利もある ! 」 「権利権利いうならもっと働きなはれ 中 の 「ここには快適に働けへん理由が何かあるんや。雇主の責任や」 世 「トイレット パーかて一日にひと巻使うのんや ! それでもわたしは黙ってガマンして し かます」 むロ借しさいつばいでいわでものことまでいし 「クソする自由まで奪うんか ! 」 謙一は興奮して、 、つばいのご飯を食べるんやで」
るのは、猫そっくりゃなあ、と思い当ります。あの大きな身体で足音を立てずに歩くことはび つくりするほどで、寝てるのかと思てると、いつの間にか後ろへ来ていて、 「あのーう、奥さん」 と声をかけられて飛び上ったことは幾たびか。 「猫の百ペん飯いいますがな」 と咲山さんの奥さんも感心していました。 「トイレット 、むちや使いするのもこれでわかります。丁度、猫ちゅうもんは丸い もんみたら : : : 」 「そうそう毛糸の玉にじゃれて、先つ。ほの糸を引っぱって、なん・ほでも手繰ってほどいてし まいますもんなあー ー、たぐってたぐって、遊んでたんやろか 「便所の中でトイレット 「そこまで、想像は届きまへんでしたなあ」 と私と咲山さんの奥さんは肯き合う。おつやさんも何べんも電話をかけて来て、 「へんにそっけないところがあって、ちっとも親しまんと、それでいて出て行きもせすに居 ついてるいうのも、猫的やねえ」 と感想をいうたりしてくれる。謙一は、 「おばあちゃん、この前のタヌキが憑いてるという話のときは、そういえばタヌキ的や、タ