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そんなある日、初太郎が春彦を訪ねると、春彦は一流広告代理店として全国的に有名な東亜 エージェンシーからの二千万円の仕事の発注伝票を机の上に置いて、貧乏ゆすりをしながら たばこ 煙草をくゆらせていた。 「おかげさまで、こういう仕事が貰えましてね」 初太郎を見るなり、春彦はにこにこしていった。 おやじ 「これも死んた親爺の七光がまた消えずにいるおかげでしようか。東亜エージェンシーの和 田倉さんーー知ってますか ? 知らない ? 社長ですよ。和田倉修平 : : : 。彼が若い頃、・ほく 、今どき、東亜エージ = ンシーに喰い込む の親爺が色々と面倒を見たものですから、アハ にはまず、十年はかかりますからね。それが帝国ホテルの便所で、ひょっこり和田倉さんに会 いましてね。ゃあやあ、春ちゃんじゃないか、今、何をやっとるんだ、というわけでね。お互 いつでも来いよ、仕事ならいくらでも出 いにシャアシャアやりながらの話ですよ。アハ すよ、ってね。いやああいう人は簡単なものなんですなあ。小便しながらの約束だったもんで 彦ね、流れっちまったかと思って、アテにもせすに行ったんですがね。この通り、くれましたよ。 ハという咸じ 詐春彦の気分が最も高揚している時は、その笑い声はア ( ハハではなく、ガ ( かったっ になる。そのガ、 、をくと、人は春彦の闊達な人柄に触れた思いがして、何となく春彦を 信頼してしまうのである。

しているのか、それは自分のためか、他人のためなのかミオ子にはわからない。春彦に訊くと、 「自分のためでもあり、同時に他人のためさ」 と答える。 「・ほくにとっては自分も他人も区別がない。・ほくはね、他人の苦痛を自分の痛みとして感し てしまうからだよ」 、」うこっ 何年か前は春彦の口からそんな一言葉が出ると、ミオ子は恍惚として幸福感で胸がいつばいに なったものだ。しかし今はミオ子は何ともいえす悲しくなる。ミオ子は銀座のクラ・フにホステ スとして勤め、春彦との生活を支えている。二人が . 一緒に暮すようになってから八年近くなる が、春彦はまた一度も生活費というものをミオ子にくれたことがないのだ。 とうしてわたしの痛みは感しないの」 「他人の痛みを自分の痛みとして感しるあなたが、・ 一度だけミオ子は逆襲したことがある。すると春彦はいった。 「まあ待ちなさい、今におふくろが死ぬ」 男春彦が身内から義絶されて数年になる。それはミオ子が春彦と知り合う前のことた。その頃 ちは、つ の気丈で知られていた春彦の母は今年は八十一一歳になり、やや老人性痴呆症の傾向が現れて来た。 風彼女は鉱山王として有名な五島房雄の一人娘である。気丈だが夫を亡くしてから病弱になって いた彼女は、近年、老人性痴呆症の傾向が出て来てから、それまでの病弱が嘘のように頑健に なって来た。おふくろが死ねば少くとも五千万円の現金が入る、と春彦は口癖のようにいって