オンセン 6 0 1 中にひろがり普通の地下水と同し存 途中で混入する循環水に含まれてい 在形態をとり , 地下水型温泉あるい たもの温泉水が通路とする母岩か ら導入されたものなどと考えられる。 は層間泉 , 流下性泉となる。新しい 火山の噴気孔やその周辺の地熱の高 しかし実際には各成分ごとにその起 い変質部に湧出する活火山性温泉は , 原を区分し , また相互の割合を知る ことはいまのところできない。火山 温泉水の大部分は循環水 ( 降雨 , 降 活動の本源であるマグマ中にはケイ 雪などの水 ) によってかん養されて 酸塩など造岩物質のはか多量の揮発 いる。山頂近くでは地下水が少ない ため噴気のみを噴出し温泉とはなら 性成分が含まれている。これらの大 ない。火山体内で循環水が天然に噴 部分は水蒸気であるが , ほかに炭酸 気に混入し , また高温変質帯で暖め ガス , 水素 , 亜硫酸ガス , 硫化水素 , られて生した温泉は , 火山砂レキや 塩素 , 塩化水素 , フッ化水素 , イオ 溶岩中のすきまを流れて谷間 , 山ろ ウ , 窒素 , ヒ素などを伴う。また流 くに湧出してくる。温泉は岩の割れ 出した新しい溶岩や火口壁には , 水 めからおだやかに自然にわきでる自 素 , ナトリウム , カリウム , ケイ素 , 然湧出泉として発見されたものが多 カルシウム , アンモニウム , 鉄 , マ い。しかし掘さくして新しい通路を グネシウムなどの塩化物 , フッ化物 , 温泉のわきだしかたのいろいろ 1 温泉水が地表にしみでている 人工でつくっている場合も多く , そ ヒ化物およびイオウなどが , 少し離 ( 雨水がまざる ) 。 2 地下の透水層を通って地表に流れだす ( 雨水が のうちには掘さく井の穴口から自然 れた噴気孔では水蒸気に混しって炭 まざる ) 。 3 岩石の割れめから直接わきでる。 4 沖積層にたまった に湧出する自噴泉と水位が地表下に 酸ガス , 硫化水素 , イオウ , 亜硫酸 温泉水をくみだす ( 川水がまざる ) 。 5 断層にそって上がってきた温 あるため動力でくみ上げなければな ガス , 窒素などを放出している。 泉水が , 地下の薄い沖積層にたまっている。地面を少し掘れば , ど らない汲上げ泉がある。また高温の れらの火山ガスが冷却し一部凝結水 こからでもわきだす。 6 断層にそって上がってきた温泉水が地下の 温泉では掘さくにより温度 I()()OC , のなかに , また一部はこれと接触す 帯水層にたまっている ( 地下水がまざる ) 。 7 断層にそって上がって 圧力 1 気圧以上の熱水にあった場合 , きた温泉水 ( 透水層を通って , 雨水がしみこんでまざる ) 。 8 ポーリ る循環水に成分としてはいっていく。 ングをおろして , 温泉を直接地表にみちびきだす 減圧による沸騰現象のため熱水と水 もちろん岩石と反応したり壁面に沈 着するため全量が温泉水として地表 蒸気がいっしょに噴出する吹上げ泉 に湧出するわけではない。多くの研 または沸騰泉となることがある。間 究によれば温泉水のうちマグマから 欠泉は , 地下水圧と熱水の水蒸気圧 直接由来した岩漿性の水は数 % 程度 との関係で周期的に噴出するものを で , 残りの大部分は循環水である。 いう。吹上げ泉 , 間欠泉は温泉水の したがって泉温 , 泉質を左右する因 沸騰によることが多いが , 温泉にガ 子としても循環水のしめる役割は大 スが多量に含まれる場合は , そのガ ス圧により類似の現象がおこりうる。 きい この循環水は元来は電解質に 湧出した温泉は , 地表での温度降下 , 乏しい良水であるが , 石灰岩 , 泥灰 圧力減少 , ガスの放出 , 空気との接 岩地帯ではカルシウム , マグネシウ ムに富む硬水に , 酸性岩や粘上帯な 触などと泉質 , 地下水の混入および どではナトリウムなどの多い軟水に ノヾクテリアの作用などで , それぞれ 特有のにおい , 味 , 水色をもち , ま なる。また海成層に含まれる地下水 た黄 , 白 , 黒 , 赤かっ色などの温泉 は一般に塩分に富み , ことにガス田 , およそ 2 ( ) ヵ所知られている。温泉の 含有成分は複雑な塩類溶液で大部分 沈殿物すなわち「湯の花」を生し , 油田地帯 , 深層の地下水は地層堆積 さらに付近の岩石に白く風化変質 , はイオンに解離しているが一部のケ 当時の海水を化石水として含み , イ酸 , ホウ酸 , 水酸化鉄 , イオウ , 着色をあたえる。また火山性の温泉 いまの海水よりも塩分の多いことが 有機物などはコロイド状で含まれ , では高温な噴気とガスのため荒涼た ある。 硫化水素 , 炭酸がス , 窒素 , メタン る岩石河原 , 賽の河原となり , 温泉が地表に到達するまでに細か などのガスを伴うことがある。温泉 有毒ガスを放出している場合は鳥地 なすきまを通過し , 深部になるほど 水中の構成元素は多数あるが , 最も 獄などとよばれている。また水が少 長期間にわたって貯留されているか 普通のものは陰イオンとして HCOÅ なく噴気がスの多いときは周囲の岩 たちであるため , 母岩との反応面積 S O;- , C 1 ー , 陽イオンの K + , N a+ 石の粘上化した徹粒と温泉沈殿物が も反応時間にきわめて大きく温度 , 黒 , 赤 , 灰色などに着色し一見沸騰 圧力の増大とあいまって現在の表層 Ca+4, Mg 、 : A い 3 Fe + + , Fe 、 3 で泉 しているかにみえる , いわゆる「地 地下水にみられないほど含有成分に 質による分類の基礎になっている。 獄」を形成することがある。 変化を生する。岩漿水がまったく混 この主要イオン相互の関係は海水 〔温泉の化学〕温泉水のなかに含ま 入していないと考えられる比較的低 ( N a >M g > C a , C 1 > S 04 > C 03 ) れる成分 , すなわち塩分量は , 日本 温の温泉でもかなりの含塩量を示す および河川 ( C a > M g > N a , C 03 > では福島県吾妻火山の毒水の場合で のはこのようなわけである。日本で S 04 > C l) とは異なり , 陽イオンで は N a > C a > M g , 陰イオンでは酸・匹 は 100g 月を越える例があり , 海水の は海水よりも含塩量の多い温泉がお 含塩量 35g 月より多いものが数カ所 の温泉に知られている。一殳に温泉 のなかで温度の低い鉱泉が塩分の多 い傾向があるが , 大部分のものは 1 ~ 3 g/ / 以下で , 全温泉の平均値は 3.86 g/l である。しかし 1 年間の湧 出量 4 >< 108 トンを考えれば日本だけ でも毎年 1 0 0 万トンに上る物質が地 表に温泉水とともに運び出されてい ることになる。この塩分は直接マグ マから由来した岩漿う性物質と , 水 6 2 5 第イ 温泉水 菴 , ~ 」 - 岩しよう水 循環水 温泉水には , 直接マグ マからでる岩しよう水 , 地表からしみこんだ循 環水 , および両者のま ざった水の 3 種がある 右は秋田県御生掛温泉 付近の泥火山。かって 温泉水の沼だったカぐ水 がなくなって沼底にで きたものと考えられる。 左は御生掛温泉にある オナメ , モトメ大噴泉
く北野天神縁起絵巻 > 恩賜御衣の部分 紙 1 2 1 9 年ごろ く信貴山縁起絵巻〉 飛倉の部分 紙 1 2 世紀 絵巻物 2
1 0 9 ノアの舟のついたところ , 北方の があり , 繁殖期にははねをもつ難雄 十一章 > く芸術論集 > くイデー > く神々 > が多数まじるのがふつうであるが く我が思索のあと ) その他多くの著書 アラスの谷はエデンの園だとの伝説 がある。 1829 年ドイツの、 J. J . パロッ がある。政治的には漸進的共和主義 なかには数十匹の女王があるものも あり , アミメアリのように女王がな の立場に立っている。 1951 年フラン トが初登頂。 〔奧野〕 ス文学国家大賞を得た。 く , 働きアリが多くいてこれがみな アラ′レカ、、、アラ丿レ海 Ar a ー 〔粟津〕 アラン〔島〕 Arran イキ、リス 少しすつの卵を産むものもある。ま Sea ソ連 , 中央アジア地方にある 大きな湖。面積約 62 ( ) ( ) ( ) km2 , 最深は スコットランド南西の入江ファ た働きアリばかりで兵アリを欠く種 68m であるが , 底の大部分は浅く 2 ( ) 類も少なくない反面 , サムライアリ ス・オプ・クライドにあり , 面積 431 ~ 25 m 程度である。水は塩分を含む のように兵アリばかりで働きアリの km2, 人凵約 5 ( )( ) ( ) 。北部にゴートフェ か、 , 海水のほどの濃さである。漁 いない種類もある。巣は種々の様式 ル ( 86 ( ) m ) がそびえる。巨石文化 獲も多く , 年間 3 万 ~ 4 万トンで , 北 があるが , 大部分は地中に作られ , の石塚 , 立石 , 環状列石群がのこる 岸にはアラリスクなどの漁港がある。 地下数 m に達するものもあり , 縦横 はか , 王城や館の跡をとどめ , また アラル海には , アムダリヤ , シルダ に走るトンネルとその間に作られた シカ狩りその他猟漁の地として観光 リヤの二つの川が注いでおり , これ 客も夛い。 1934 年フラハティにより へやからできている。このはか朽ち 木中に作るもの , 落葉などでつかを らの川の岸と湖岸はオアシスとなっ 記録映画くアラン〉に収められた 作るもの , 樹上の虫うの中に作 てコルホーズがある。冬には湖の北 〔宮尾」 半分に氷が張る。 るもの , 樹皮の下にすむものなど種 〔渡辺〕 種あり , 外国にはツムキ、アリのよう あられ霰空から降ってくる白 い雪の粒で , 形は球形 , または円す に木の葉をつづリ合わせてその中に い形。粒の直径は普通 2 ~ 5 mm くら 巣を作るものや , アリノスノキとい いで , もろくてこわれやすい。 う特別な植物の一部分がアリの巣を 作リやすいようになったところに巣 を気象観測では雪あられとよび , 雪 を作り , その植物を他の害虫から保 が雲の中を落下するとき過冫翁却の水 護してやる種類もある。食物は一般 滴が付着したものである。同じよう に他のこん虫の死体 , みつ液などで に , かたい氷の粒か・降ることか、ある。 春から秋にかけての好季節に働きア これを氷あられとよぶ。雪あられは 気温カぐ ( ) ℃前後の初冬や早春に雪と リが集めてきて , その一部を越冬の 前後して降り , 氷あられは () ℃より ために貯蔵するが , クロナカ、、アリの 戯曲や映画で有名なアラン島の風景 高い晩春に雨といっしょに降ること ように秋にだけ巣のロを開いてイネ カヾ多い 〔大田〕 あり〔蟻〕膜し目 , アリ科に属 科の雑草の種 f ・を収穫して地中深く たくわえ , 翌秋まで地上にあらわ あられいし霰石 / 方解石と同 するこん虫の総称。外見は / ハチと し化学成分 ( C C ( ) 3 ) だが , これの同 れない種類もある。極端になるとア 異なるようにみえるが , アリの有し 質異像であることで知られる鉱物。 虫には 4 枚の膜状のはねがあり , メリカのシュウカクアリのようにキ与 方解石が六方品系であるのに対して 定の草の種子を巣の付近にまいてそ チ類中の特定方向に分化した一群に これは斜方品系に属する。肉眼で見 の種子を集めたり , さらに進むとプ すぎない はわの構造は脈が簡単で える結品として産出するときは , 柱 、チ類のなかではツチバチ科やアリ ラジルのノ、キリアリのように草木の 状 , 塊状の結品であるが , ときに鱗 葉を切り取ってきてそれをかんで練 バチ科に最も近い。おそらくこの類 状や繊維状の結品が集合して , 全体 から進化して社会性を獲得したもの り これにある種の菌を栽培し , そ の子実体をえさとするような奇妙な として球状 , 鐘乳状をしめすことも と考えられ , 他のミッパチ類やスズ 習性をもつようになる。アリの繁殖 ある。白色の半透明で淡黄 , 緑を呈す メバチ類などの社会生活を営むハチ 法は初夏の候にはねのある雌雄が多 るものもある。温泉の沈殿物として , 類とは異なる経路で社会生活を始め 数発生し , 多少むし暑く晴れた日を るようになったものと考えられる。 また火山岩のすきまや粘土層中に産 アズマオ・オズアカアリ 体の構造は触角がひざ状である点と , する。島根県松代鉱山の粘土中に産 選んで大挙して空中に飛び出し , 高 腹部第 1 節が他の腹節から完全に分 空に舞い上がり , そこで交尾する。 する球状集合体は天然記念物。霰石 離して区別できる点で他のハチ類と 交尾のすんだ雌は地上に降りはねを は 35 ( ) ~ 49 ( ) ℃に熱すると方解石に なる。常温でも徐々に変化する傾向 自分でおとしてのち , 地中あるいは 異なる。ロは大あごがよく発達しか か・ある。 〔高野〕 樹皮ドなど適当な場所をさがして独 むのに適しているが , 小あごと下く ちびるが短筒形になっているので , 力で巣を作る。雄は交尾後まもなく アラン A 1 a i n 1868 ~ 19 51 本 名はエミール・シャノレチェ E m ⅱ e A. ッ / ヾチはどではないがみつなどの 死んでしまう。 この結婚飛イはクロ 液体をなめることもできる。複眼は Chartiero フランスの晢学者 , 評論 ヤマアリ , クロオオアリ , トビイロ 家。」ヒフランスのモルターニュに生 小さく , まれにはほとんど退化した ケアリなど普通の種類では夏である 種類もある。下等なハリアリ亜科で か、 , シリアゲアリ類 , トゲアリなど まれた。高等中学時代 , ジュール・ ラニョーに傾倒した。ロリアン , ル では秋に行なう。しかしなかには地 は他のハチのように毒針 ( 産卵管 ) を 上や樹上で交尾する種類もある。巣 ーアンなどで教職についたのち , ノ、 もっていて刺すが , 他の大部分の種 を作った女工は数個ないし数十個の 類は毒針が退化していて , アリ特有 リのアンリ 4 世校に移り , 晩年まで 卵を産み , これを保護しながら卵が その職にとどまった。第一次大戦に のにおいのある蟻酸し液を放射する。 成虫になるまで絶食する。この間 も従軍 , 負傷した。プラトン , デカ 幼虫はうし状で乳白色 , まゆを作っ てその中でさなぎになる。まゆはよ しゅ . う拠 E は体内に貯蔵された脂月方 ルト , カント , コント , およびスタ 組織や不要になったはわの筋肉をだ ンタ、、一ル , バルサックを血肉化し , く卵と間違えられることか・あるが 液に変えて幼虫を養う。 主意的合理主義の立場に立って , 19 こうして生 卵よりはすっと大形なので見分けが ( ) 6 年以降アランの筆名で思想 , 文学 , つき , また小 . 島のえさとして売って 育した第 1 回の成虫は栄養个良のた 芸術その他あらゆる文化的間題につ いることもある。 め小形で全部働きアリである。この 雄アリ いて独特のスタイルのく語録 > を発 〔生態〕社会生活をし勤勉なこん虫 働きアリが労働して食物をさがし順 表した。独創的な思想家というよリ として有名である。その社会の構成 次巣をひろげ女工の産んだつぎの卵 も「精神の覚せい者」として強い影 は , 1 匹の女王を中心にこれに多数 を育てていく。このようにしてアリ 響力をもち , く精神と情熱に関する八 の働きアリと場合によっては兵アリ の家族はだんだんふえていくか・ , あ アリ アラン 働きアリ 兵アリ クロ本オアリ 女王アリ 働きアリ
OÄ. 0 クノッソスの宮殿の西建物群 い茎の植物や海の動物が自然に描かれている 各部分を飾った。また最盛期の陶器には , 細 うな部分 , 倉庫ながそろい , 明るい壁画が 王の公的生活 , 私的生活用の各室 , 工場のよ ソス宮殿から海上帝国を支配した。宮殿には その最盛期に、クレタの王は , 社麗なクノッ クレタ文明 タコを描いた壺ボライカストロ出土高さ 2 8cm よ、 0 ・物の 0 , クノッソス宮殿の倉庫
盟加新ⅲ 1 965 年 1 2 月日 , ジェミニ 6 号と 7 号は太平 洋上でランテプーに成功し , 1 m の近さにま で接近した。上のニつの写真はジェミニ 6 号の / 、ツチ窓を通してジェミニ 7 号を写したもの。 左は地球の夜側の空問に浮かふジェミニ 7 号 で , 背景に地球の曲がりが青くみえ , 7 号の 機体も地球あかりを受けて青白く輝いている。 機長のポーマンは , U N げ E D S T AT E S の文 字のすぐ上にある窓のうしろにおり , ラベノレ は左の窓のうしろにいる。右の写真ではジェ 7 号がタイタン 2 型発射ロケットから離 されたとき残ったひもがぶらさがっている。白 い部分は逆噴射ロケットをふくむアダブタ・ この部分は再突入前に本体か セクションで , この部分の背面は寒さを防ぐた ら離される。 め断熱材でおおわれている。下の写真はジェ 5 号のクーパーとコンラッドが上空から 撮影した日本の姿で , 左は関門 , 国東半島付 近で遠くに朝鮮がみえ , 右は遠州灘から伊勢 湾 , 名古屋港をのぞみ左方遠く大阪港がある 日 本 下関 小野田 名古屋 伊勢湾 伊勢 大島 姫島 渥美半島 知多半島 海 宇宙開発 浜名湖 2
インサッ 2 8 9 真製版術が出現した。 60 年にコロタ イプが実用化され , 8 ( ) 年代に網目凸 版が発明され , 9 ( ) 年代には原色版が 実用化されるなど急速に発展したた め , 過去の手工的製版法は駆逐され た。また色彩印刷はオフセット印刷 法の発明によって著しく発展をとげ この方法は米国のノレーベル lra Washington RubeI(? ~ 19 ( ) 8 ) カ { 19 ( ) 4 年に偶然発見した方法であるが , ( 湿板 , または乾板 ) によって必要寸 このため金属平版の用途を急激に拡 は深みを表現する。平版はこれらと 法に撮影し , ネガを作り , 感光液を 大したものである。その後 , 19 1() 年 異なり , 油性インキが水と反発する 塗布した亜鉛板にこれを密着焼付け 米国のヒューブナー Wi Ⅱ iam C. Hueb- 性質を利用して , 版面に吸収性の部 分とそうでない部分 ( 画線部 ) を作り , して現像する。 こうしてできた画線 ner が H B プロセスを考案した とによってオフセット平版印刷は確 これに水分を与えて印刷インキの付 部を耐腐食性にし , これを硝酸液に つけて腐食し , 画線以外の部分をへ 着を画線部だけに限定して印刷する 立されたといってもよい。グラビア 印刷は写真製版のうちでいちばんあ こませて凸版を作る。さし絵などに 方式で , 版面の状態は平らである。 使用されるハイライト版は , 線画凸 とで生まれた方法である。 1893 年チ したがって画線も他の方式に比して 版の一部分につぎの写真版を利用し ェコスロノヾキアのクリッチュ Karl 弱く柔らかい。以上の 3 種の版にお いてインキの付着状況を考えると , たものである。 K li c ( 1841 ~ 1926 ) カ { はしめてこの方 凸版と平版では薄く一様であるが , 3 ) 写真版網目凸版ともいい , 製版 法を完成したが , それまでの網目に 工程としては線画凸版と同じである 凹版では厚みを生することが想像さ よる印刷にくらべて , 写真原稿の複 が , 原稿の濃淡を点の大小に分解す このことは写真のように濃 れよう。 製において一段と進歩をみせて人々 るために , ネガを作るとき , その間 淡のある調子を再現するためには , を驚かせたものである。 に網目スクリーンと称するものを置 凸版や平版では砂目または網点の大 なおこれらの新しい技術が日本で く。これはガラス板に細かい線を格 小に分解しなくてはならないが , 凹 開始されたのは , コロタイプーーー・ 18 子こう・状に引いたもので , その 1 イン 版では濃淡は版の深さ , すなわちイ 89 年 , 写真版・一一 1890 年 , 原色版 ンキ皮膜の厚さで現すことができ チ ( 2.54 (m) の間に含まれる線数で , 1896 年 , オフセット印刷 1912 ~ ・ 80 線 , 10 ( ) 線 , 133 線などとよばれる。 るということがわかる。つぎにそれ 14 年 , グラビア -- 一一 1916 ~ 20 年で この数の多いほど分解された網点は ぞれの版式における実際の製版技術 ある。 細かく高級印刷に用いられる。新聞 や用途について考えてみよう。 6 ) 印刷速度の増大近代印刷には正 用写真版などは点が通常の視距離で 〔凸版〕凸版は三つの版式のうちで 確で美しい複製を作るという目的と も識別できるが , アート紙に刷る美 最も古くから行なわれており , 現在 同時に , 大量の製品をはやく作ると 術印刷になると 15 ( ) 線以上を使用し , でも印刷量のすぐれている点で最も いう使命か、要求される。このため 18 需要度の高いものである。この方式 肉眼でははとんど点を感しさせない。 14 年ドイツの F. ケーニヒ ( 1774 ~ 18 に含まれるものに , 活版 , 鉛版 , 電 あらい網目を使用した場合は版の材 33 ) は蒸気機関で運転する印刷機械 気版 ( 電胎版 ) , プラスチック版 , ゴ 料は線画と同し亜鉛板でもよいが , を作って当時のロンドンタイムズを ム版などがあり , 写真を応用して製 10 ( ) 線以上の場合は銅板を使用し , 印刷した。このときの印刷速度は 1 版するものに , 線画凸版 ( 亜鉛凸版 ) , 腐食液は塩化第二鉄溶液を使用する。 時間に 11 ( ) ( ) 枚でそれまでの手引き印 写真版 ( 網目凸版 ) , 原色版などがあ なお , 網目凸版の原理と三原色の原 刷の約 4 倍であった。その後の印刷 理を色彩再現に応用したものが / 原 る。これらの版を用いる印刷を凸版 物の需要の激増と新聞ー ーユーースク ) 虫 色版である。 印刷と総称する。 報化は , 印刷機械のより高速化をう 4 ) 複製版印刷の版は本来複製のた 1 ) 活版活版印刷という場合は本来 ながし , 1871 年には輪転機が生まれ , めのものであるが , こでいう複製 活字を組んだ版をいうが , 通常その 現在では新聞 , 雑誌のはとんどが輪 版とは , 大量印刷をする場合に最初 中に線画凸版 , 写真版などを含むも 転機によって刷られ , 1 時間に 16 ペ に作った版 ( 原版 ) だけでは耐久度が ージ新聞を 9 万部刷り上げるまでに のをいう。活版は印刷量の多い凸版 不足するのでこれを補ったり , また 発達している。 印刷の中でも , その大部分を占める 後日ふたたび同し印刷物を作る場合 〔印刷の版式とその特徴〕 19 世紀以 ほど需要が多いが , その用途の幅も 後の印刷は需要の増大とその技術の に便利であるように , 原版よりさら ひろく , 小は名刺印刷から大は 1 ( ) ( ) 発展によって , ますます多様化した。 に複製した版のことをいう。美術用 万単位の日刊新聞に至るまでの , 文 などの精巧な印刷物はすぐれた原版 現在ふつうによばれている何々印刷 字を主体とした印刷のはとんどがこ より直接刷ることが多いが , この場 という名称は , 版式別であったり用 の方式で刷られる。しかしどの場合 途別であったり , 印刷方式の名前で 合は大量印刷は困難である。そこで もはしめは原稿によって活字を拾う あったりして混乱がはなはだしく , 大量に心要の場合は愎製版を作り増 作業から始める。これを文選といい これを名称から分類することは困難 版して印刷する。鉛版 , 電気版 , ゴ 文選された活字は植字作業に移され , ム版などはみな複製のための版で , である。そこで版面の形状による分 割付け ( レイアウト ) された大きさと これらの版を原稿から直接製版する 類をしてみると , 凸版 , 平版 , 凹版 位置に組まれる。この作業は欧米の ことは少ない。 ように文字数の少ない国では早くか の三つに分けられる。凸版はインキ 鉛版は日本で最もよく使われてい ら機械化されて , いろいろの植字機 がっく部分 ( 画線部 ) が他よりも高く る複製版で , 新聞 , 雑誌 , 書籍など 械が使用されているが , 日本では文 なっている版式で , 日常使用される ははとんどこの方式で印刷される。 印判と同形式のものである。これは 字数にわざわいされて , 機械化がむ ます組み上げられた活版を紙の折り すかしくまだ一部にしか使用されて . 版面の形状からいっても比較的強い 方にしたがって幾ページかにまとめ , 線を表現する。凹版は逆に画線部を いない ( / 活版印刷 / 植字機 ) 。 持殊な紙で作った紙型叔、用紙をこれ へこませ , その部分にインキをつめ 2 ) 線画凸版亜鉛凸版ともいい , 単 に当て , 圧さくして紙型という雌型 て印刷する版式で , 印刷物のインキ に凸版とも称される。濃淡のない画 線の原稿 ( カットや漫画など ) は写真 をつくり , これに地金を流し込んで に盛りあがりがあり , 重厚さ , また た 左は網目スクリーンの 拡大。中は網目凸版の 版面の拡大。右は網目 凸版印刷面の拡大
ェイヨウ 4 0 2 第 1 表日本人の年齢別 , 性別熱量 中の炭水化物 , 脂肪 , タンパク質各 およびタンパク質所要量 1 g が吸収されてから発生するエネ 男子女 子 ルギー量はそれぞれ 4 , 9 , 4 カロリ 年齢 熱量タンヾク熱量タンパク ーであるから , 食物中の炭水化物 , 質 (g) ( Ca l) 質 ( g ) (Cal) 脂肪 , タンノ、ク質のグラム数にこの 値を乗して合計すれば , 摂取カロリ 76 ( ) 30 69 ( ) ー量がわかる。その 1 日所要量は年 2 1200 45 4 ( ) 1100 45 齢 , 性別 , 身体の大きさ , 寒暑によ 1400 5 155 ( ) って影響されるが , 最も重要なのは 6 ~ 8 1700 50 185 ( ) 作業の程度による差異である。 9 ~ 11 2 川 0 70 75 95 85 に掲げた表は , 標準体重の日本人に 12 ~ 14 2400 250 ( ) ( 95 ) ついての年齢別 , 性別のカロリー所 ( 11 ( ) ) 80 要量 ( 第 1 表 ) , 労働強度別のカロリ 15 ~ 17 275 ( ) 235 ( ) 85 7 ( ) 一所要量 ( 第 2 表 ) である。また妊婦 , 18 ~ 19 27 ( ) ( ) 23 ( ) 0 授乳婦では胎児 , 乳児を養うだけ余 2 ( ) ~ 29 25 ( ) ( ) 7 ( ) 2 川 ( ) 6 ( ) 分のカロリーを要するわけである 3 ( ) ~ 39 25 ( ) ( ) 7 ( ) 4 ( ) ~ 49 24 ( ) ( ) 7 ( ) 1950 ( 第 3 表 ) 。 永平寺の中雀門。伽藍 現在の寺名に改められたものである 所要カロリー量が増大すると , そ 7 ( ) 19 ( ) ( ) 60 5 ( ) ~ 59 23 ( ) ( ) ( がらん ) は法堂 , 仏殿 , が , 寺は 5 世義雲 ( ? ~ 1333 ) のとき , 55 れだけ食物量もますのは当然である 215 ( ) 1750 6 ( ) ~ 69 中雀門 , 山門が一直線 今の地に移された。永平の名は仏教 が , 日本人のように米食にたよる場 にならぶ禅宗様式の配 185 ( ) 6 ( ) 155 ( ) 50 70 ~ 東漸のはしめである後漢明帝の年 合にはその容積が大きく , 胃腸に負 置をしめしている 注タンパク質所要量は , 動物性タンパク質 3 ( ) % 号にちなむといわれる。 9 世宗吾 を含みタンパク価 70 のものとして計算した。 担をかけることになる。脂肪は容積 ただ 12 ~ 14 歳のゴシック数字は , タンパク質 ( 1343 ~ 14()0 ? ) のとき , 勅旨によっ が少なくて多量のカロリーを生する の質を向上させタンパク価を 8 ( ) にしたときの て出世道場と定められ , 1615 年には から , 食物に脂月方を加えると , 容積 数値で , このばあいにタンパク価を 70 とした 数値は括弧内に付記した。第 1 ~ 4 表は厚生 幕府は永平寺法度を定めて総本山 をへらして胃腸の負担を軽くするこ 省く日本人の栄養所要量〉 ( 1961.2 ) による としての規模を確立した。 1879 年 2 とができ , また腹もちもよくなって 度めの火災にあい , 再建され現在に 能動的に生活するのに適する。最も ンパク質は本来のやくめは身体をつ いたっている。北陸線福井駅から京福 くるのにあるので , その目的に使わ 過度の脂肪摂取は欧米諸国で警戒さ 電鉄永平寺行きが通じる。〔石田〕 れなかった部分が燃焼される ( 身体 れているように , 動脈硬化の原因と えいよう栄養栄養とは生物が の主要成分はタンパク質である ) 。無 なりうるからさけなくてはならない 自分のからだを維持し , 生活現象を 機質はこれら三つとちがって体内で が , 日本人はもっと脂肪を多くとっ 続けるために適当な物質を外部から 燃えるということはないが , リンや た 0 まうカ { いい とりいれることである。栄養のため カルシウムのように骨や歯の成分と 〔タンパク質の量と質〕つぎにタン に外部からとりいれる物質のことを して多量に存在するものもあり , 食 パク質の量と質とが栄養上重要であ 栄養素という。ヒトその他の動物で 塩のように体内組織液のおもな溶解 る。身体の不断の消耗を補うのにタ は , 栄養素をとるのに食物として口 成分としてたいせつな役割を果たす ンノヾク質の摂取が必要であるが , から食べ , 消化器の中で消化し吸収 ものもある。あるいは赤血球中の血 とに発育盛りの子どもとか , 妊婦 , 授 する。吸収されてからのちは身体内 色素の成分の鉄や , 甲状腺ホルモン 乳婦はより多くのタンパク質を必要 部で複雑な化学変化をうけるが , 成分のヨードのように , 量はわすか とする。タンパク質は , 食品の種類 こうして栄養素は れが代謝である。 だが必要不可欠のものもある。ビタ によりその栄養価にたいへん差があ 身体を構成する材料として用いられ ミンは複雑な有機化合物で , 食物中 り , 一般に動物 1 生タンノヾク質は必須つ るいつは。う , たえす酸化分解 , つま にわすか存在するだけであるが , アミノ酸を十分に含むのでいずれも り燃焼して , 生活現象に必要なエネ 栄養価が高いが , 植物性タンパク質 れが欠乏すると他の栄養素が十分あ ルギーを発生する。 には穀類のように栄養価の低いもの っても重大な障害がおこる。ビタミ もあり , ダイズのようにかなり高い ンは微量で体内の代謝を円滑にする , 〔栄養素〕ヒトのための栄養素とし いわば機械の潤滑油のような役をす ものもあってまちまちである。日本 ては , 炭水化物 , 脂肪 , タンパク質 , 人は動物性タンパク質をとることが る物質である。 無機質 ( ミネラル ) , ビタミンがある。 この点は改良すべきであ 少ないが われわれの日常の食物にはこれら このうち炭水化物 , 脂肪 , タンノヾク る。 1 日のタンノ、ク質所要量はカロ の栄養素が十分に , かつまた適当な 質の三つは食物中に含まれる量が多 リー所要量とならべて表中にあげて 割合で含まれていなくてはならない。 いので三大栄養素といい , また身体 この数値は摂取タンパク質 しかし , 食品の種類は多く , その栄 あるが , 内で燃えてエネルキ、一源となるので の 3 ( ) % が動物性タンノヾク質であるこ 熱量素ともいわれる。このうち , タ 養学的な価値はまちまちである。た とを前提とする。 とえば , 牛乳のように一種の食品で 〔カルシウムと鉄〕無機質のうち , 第 2 表日本人 ( 成年 ) の労働強度別熱量およびタンパク質所要量 十分栄養素を含むものもあるが , 多 女 子 男 子 栄養学上問題になるのはカルシウム くは欠点があって , 寒天のようには とんど栄養にならないものもある。 タンパク熱量 熱量 労働区分 職業例 タンパク (CaI) 質 (g ) 質 (g ) したがって , 健康を保持し , より活 (Cal) 第 3 表妊婦 , 授乳婦の熱量お 動的な生活をいとなむには , 食品の よびタンパク質所要量 非常に軽い 会計士 6 ( ) 180 ( ) 222 ( ) 7 ( ) 期別妊娠期 授乳期 組合せや調理に栄養学にかなった酉己 軽 い 医師 21 ( ) ( ) 6 ( ) 25 ( ) () 7 ( ) 種別 前半期 後半期 全期 慮をしなくてはならない。 中く 漁業者 らい 24 ( ) ( ) 7 ( ) 熱量 ( C a い 24 ( ) ( ) 〔カロリー〕食物はエネルキ、一所要 27 ( ) ( ) い 農夫 7 ( ) ( 90 ) 重 28 ( ) ( ) 35 ( ) ( ) タンパク質 ( g ) 75 85 ( 9 ( ) ) 90 ( 95 ) 非常に重い 量をみたしうるだけの量がなくては きこり ならない。栄養学ではエネルキ、一の 注ゴシッフ数字は , 妊娠および授乳時に増 注 一般にタンパク質所要量は労働強度とは無関係とされるが , 非常に激し 加すべきタンバク質をタンパク価 8 ( ) とし い労働とくに未熟練者がこれに従事するばあいは , 余分のタンパク質を 単位として水 1 kg を温度 1 ℃だけ高 て計算した数値。括弧内の数字は他の所 必要とする。そのため「重い」あるいは「非常に重い」労働時の所要量 めるに要する熱量の単位を採用し , 要量と同ヒく , すべてのタンパク質のタ には若干のゆとりが望ましい。表では一応熟練と未熟練の中間値を括弧 ンパク価を 70 として計算した数値である これを 1 カロリ—Cal という。食物 内に付記したが , 熟練者でも良質のタンパク質をとることが望ましい
をつくったインディアン , セコイヤ の銅像は今もり、 l•l 会議事堂に立ってい る。オクラホマは五指の中にはいる 鉱産州で , 石油 , 天然がスのはかセ メント , 石炭 , 鉛 , 亜鉛 , セッコウ , イオウを産し , 5 万人を雇用し 8.4 億ドル ( 1963 ) の鉱産額をあげている。 土地の 8() % を農用地として , ムギ類 , トウモロコシ , 干し草 , 綿を産し , また牛 , 豚 , 羊の家畜も多く , とく に牛は 4 ( ) 2 万頭 ( 1964 ) におよぶ。石 油製品 , 航空機 , 電気機器類 , コム キ、粉 , 食肉 , 乳製品 , 綿製品 , 木材 , ガラスなどをつくる。 1956 年着工の カナジアン川のユーフォラ湖は湖水 面積 550 2 をこえる予定である。 〔石光〕 オクラホマシチ Oklahoma CitY 米国 , オクラホマ州中央部 , ミシシ ッピ川の支流ノースカナジアン川に のぞむ商工業都市で , 州の主都。人 ロ 324253 ( 196 ので州 1 位。鉄道の要 地。石油 , 鉄鋼 , 家具 , 衣類 , 陶器 類 , 電気器具 , 蓄電池を生産し , 食 肉加工所 , 石油精製所 , 自動車組立 工場がある。白人による入植は 1889 年に始まり , 1910 年に主都となった。 州立オクラホマ医科大学 ( 1890 創立 ) , オクラホマシチ大学 ( 1904 創立 ) があ り , またチンカー空軍基地がある。 〔石光〕 オークランド A uc k I a n d ージーランド北島の北部に突き出る 半島が幅約 l()km の狭い地峡をつくる ュージーランド最大 位置にあり , の商工業都市 , 港市である。人口 4997 ( ) ( ) ( 1964 ) 。市の名は町の基礎を 定めたインド総督オークランドにち なみ , 1840 年建設され , 1865 年ウェ リントンに移るまで首都であった。 北側にウイテマタ , 南側にマヌカウ の二つの港を有し , 港湾設備もすぐ れ , また海軍基地となっている。後 背の広い酪農地帯の生産物を集散し , ヾター , チーズ , 肉類など遠く海外 へ移出され , またオーストラリアや 北米との間に定期航路が通しる。工 業は製糖 , 食料品から最近では造船 , 機械などの重工業も興っている。り、 l'l 庁 , オークランドカレジ , カトリッ ク聖堂 , 博物館など文化施設も多く , 近郊の間欠温泉 , 火山地形 , 湖など観 光要素にもこと欠かない。 〔小野〕 オークランド Oakland 米国 , カリフォルニア州西音に , サンフラン シスコ湾の東岸にあり , 金門橋に面 する工業都市 , 港町。人口 367548 ( 19 6 ( ) ) で , 州 4 位。鉄製品 , ジーゼル・ ェンジン , 塗料 , アルミニウム製品 を生産し , かん詰 ( 果実 , 野菜 ) 工場 , 造船所 , 空港 , 天文台がある。湾内 のヤーバブエナ ( 旧称ゴート ) 島をへ てサンフランシスコとは世界最長の サンフランシスコ ~ オークランドベ イ橋 ( またはトランスペイ橋とよば れ , 1936 年完成。上段は乗用車 , 下 5 2 1 段はバス , トラック , 鉄道の二段構 造 , 島部トンネルの断面は 15. 24 m X23.16m , 橋の全長は 870()m , 接近 道を入れた全長は約 13000m ) で結ば れる。女子大学の名門ミルスカレジ ( 1852 創立 ) がある。 〔石光〕 よう。 この案は「まえがき」で , 1 ) 活用語およびこれを含む語はその活 用語の語尾を送る , 2 ) なるべく誤読 や難読のおそれのないようにする , 3 ) 慣用が固定していると認められる ものはそれに従う , との 3 方針をあ げ , 以下 26 通則を品詞別に配列した もので , 別に五十音図順の用例集も 公開された。これは細部においては 迷わざるを得ない点もあり , 完全に 解決したわけではないが , 今後はこ の実施案を中心として問題がとりあ げられると思われるので , 以下に通 則全文をあげておく。 〔第 1 動詞〕 1 ) 動詞は , 活用語尾を送る。 〔例〕書く読む生きる考えるただ し , 次の語は , 活用語尾の前の音節から送 る。〔例〕表わす著わす現われる行な う脅かす異なる断わる賜わる群 がる和らぐ 2 ) 活用しない部分に他の動 詞の活用形またはそれに準するものを含む 動詞は , 含まれている動詞の送りがなによ って送る。〔例〕浮かぶ ( 浮く ) 動かす ( 動 く ) 及ぼす ( 及ぶ ) 語らう ( 語る ) 聞こ える ( 聞く ) 積もる ( 積む ) 照らす ( 照る ) 計らう ( 計る ) 向かう ( 向く ) 起こす , 起こる ( 起きる ) 終わる ( 終える ) 悔やむ ( 悔いる ) 定まる ( 定める ) 3 ) 活用しない 部分に形容詞の語幹を含む動詞は , その形 容詞の送りがなによって送る。〔例〕近づく 遠のく赤らめる重んする , 怪しむ悲 しむ苦しがる 4 ) 活用しない部分に形容 動詞の語幹を含む動詞は , その形容動詞の 送りがなによって送る。〔例〕確かめる 5 ) 活用しない部分に名詞を含む動訶は , その 名詞の送りがなによって送る。〔例〕黄ばむ 春めく先んする横たわる 6 ) 動詞と動 詞とが結びついた動詞は , それぞれの動詞 の送りがなによって送る。〔例〕移り変わる 思い出す流れ込む譲り渡す 〔第 2 形容詞〕 7 ) 形容詞は , 活用語尾を 送る。語幹が「し」で終わるものは , 「し」 から送る。〔例〕暑い白い高い若い しいただし , 次の言吾 新しい苦しい は , 活用語尾の前の音節から送る。明るい 危うい大きい少ない小さい冷たい 平たい 8 ) 活用しない部分に他の形容詞の 語幹を含む形容詞は , 含まれている形容詞 の送りがなによって送る。〔例〕重たい憎 らしい古めかしい 9 ) 活用しない部分に 動詞の活用形またはそれに準するものを含 む形容詞は , その動詞の送りがなによって 送る。〔例〕勇ましい輝かしい頼もしい 10 ) 活用しない部分に 喜ばしい恐ろしい 形容動詞の語幹を含む形容詞は , その形容 動詞の送りがなによって送る。〔例〕暖かい 細かい柔らかい愚かしい 11 ) 動詞と形 容詞が結びついた形容詞は , その動詞と形 容詞との送りがなによって送る。〔例〕聞き 苦しい待ち遠しい 〔第 3 形容動詞〕 12 ) 形容動詞は , 活用語 尾を送る。〔例〕急だ ( な ) 別だ ( な ) 適切 た ( な ) 積極的だ ( な ) 13 ) 活用語尾の前に 「た」「か」「ら」「やか」「らか」を含む形 容動詞は , その音節から送る。〔例〕新ただ 静かだ石寉かだ平らだやかだ健や かだ明らかだ朗らかだ 14 ) 活用しない 部分に形容詞の語幹を含む形容動詞は , そ の形容詞の送りがなによって送る。〔例〕清 らかだ高らかだ同じだ 15 ) 活用しない 部分に動詞の活用形またはそれに準するも のを含む形容動詞は , その動詞の送りがな によって送る。〔例〕晴れやかだ冷やや かだ オクリガナ オクラホマ ( 補 ) ュー フォラ・ダムは 1964 年 9 月に完工した。また アーカンソー川のキー ストン・ダム ( タルサ の西方 ) も同年同月に 貯水を開始した。 おくりかな送り仮名漢字とか なとを用いて日本語を書き表わすと き , 漢字の読みを確定するため 1 語 ( 複合語ではそのおのおのについて ) の末部を表わすのに用いるかなの部 分。たとえば「起る , 細い , 少くな い」などと書いたものはそれぞれ「お きる , おこる , はそい , まかい すくない , すくなくない」などと幾 とおりかに読むことができる。この ような場合に , 誤読のおそれがない ように , かなを送る基準をきめたも のを「送りがな法」という。 この基準 は , 書くほうの立場からすると , 実 践に役立つよう簡単明白で迷わすに 書けることが必要であるが , 同時に 過去の習慣を尊重して原則で性急に 割り切らぬことが必要である。送り がな法に関して多くの案が出されて きたが , 方針としては 1 ) 漢字の読み は文脈で相当程度確定されるので , 送りがなは必要なスペース , てまか らいって少ないはうが便利である。 2 ) かなを多く送って誤読や難読を避 ける。 3 ) 漢字の読みの音節数を原則 的にきめておいて読み書きを容易に する , という三つの立場があるよう である。 送りがなそのものの起原は古く , 奈良 , 平安時代の漢文訓読のさい漢 字の読みを示すために記入した万葉 がなや宣命書の動詞活用語尾の部分 などに求められる。のちにひらがな やかたかなも用いられて捨てがなと いわれた。しかし , 実用的なもので 漢字かな交しり文が発達してからも , とくに一定した用法はなく , 送り方 はさまざまであった。明治初年には 漢文の訓読をそのまま書きおろした ような文体が用いられたが , 親しみ やすい「普通文」とよばれる文語文 の文体がやがてでき上がった。中根 淑のく日本文典 > ( 1876 ) で初めて送 りがな法がとりあげられて以来 , 普 通文を対象とする案がいくつか出さ れたがこの種のものは 1907 年の国 ロロ 調査委員会の「送仮名法」において 一応の完成をみた。しかしロ語文の 発達にともない , 文語文とのすれか 1935 年ごろ らふたたび問題となり , からロ語文を対象とする送りがな法 や案が公表されるようになった。戦 後は , 公用文にロ語文が採用される に至り , 現代かなづかい , 漢字制限 の問題との関係において , 文部省が 中心となって数度にわたって案が出 されたが , これらの案は 1959 年 , 政 府が前年の国語審議会の建議にもと づいて告示した「送りがなのつけ方」 ( 実施案 ) にまとめられたものといえ
カイスイ 6 3 8 減少し , 1 ( ) ( ) ( ) m 付近で最小となる。 水温も海表面が最大で , 深さととも にしだいに下カ { り , 1 ( ) ( ) ( ) m で約 5 。 C , 3()()0m では 1 ~ 2 C となる。塩分と水 温がわかると海水の比重が求められ る。海水の比重は 1. ()2 ~ 1. ( ) 3 の間で ある。 海の色はふつう青色であるが れは 65 ( ) ミリミクロンより長波長の 赤色光線は海のごく表層で吸収され , 50 m の深さにはまったく届かないの に対し , 450 ミリミクロンより短波 長の青色光線の % は届いている。ま た水分子は青色光線をつよく散乱す るということもあって , 水の層があ る程度厚くなると , 水の色はふつう 青く見える。しかし , 海の色はとき により異常色を呈することがある。 原因は主として海洋生物の異常繁殖 ・ 322 によるもので , ケイ藻類が極端に繁 69 殖するとオリープ色を呈し , またべ 6. S ル 7 ノや ん毛藻類が大量に繁殖するとかっ色 になる。後者は赤潮とよばれ , 魚が 人 大量に死滅するので , 沿岸の養殖業 者に恐れられる。 . ・・り・ノノイあ 食塩は , われわれの日常生活に欠 " " 東京海湾南部 くことができないばかりでなく , 化 ( C 0 ノ 0 ) 学工裳Ⅲとして主要なカセイソーダ 歴史的には , コロンプスが 1492 年 やソーダ灰などの原料となる。この 初は安全な航海をするために作られ はか , マグネシウム , ウランおよび海 アメリカ発見のとき用いたといわれ たものだが , そのほか , 漁業 , 海底 底に眠っているマンガンなどの海洋 るトスカネリの海図がいちばん古い 資源の開発 , 海洋研究などに役だっ 資源は将来活用される可能性が大き ものとされている。 1569 年にメルカ ている。 いまでは航海する場所と目的に応 トルが新図法を発見してから海図は 〔猿橋〕 - れ几お して種々な海図がある。大洋を航海 著しい進歩を示し , とくに 1768 ~ 8 ( ) かいすいよく海水浴夏季のレ 年にクックが行なった 3 回の世界周 するときの航洋図 , 沿岸の地物の見 クリエーションとして代表的なもの 航によって , 使用に耐える海図がで えるところを航海するときの沿岸図 , で , 娯楽以外に , 冷水浴 , 日咒浴 , きるようになった。日本が独力で海 港への出入に使う港泊図などがある。 および清浄な空気浴を同時に兼ねる 図をつくれるようになったのは 1871 またこれら普通海図のはかに , 使用 意味で保健上も大きな効果をもつ。 年に水路部が設けられてからである。 目的に応していろいろな特殊海図が 近代になってとくに盛んになり , 大 〔須田〕 都会にはど近い海岸には各種の娯楽 ある。漁業用の漁業用等深線図や底 施設をもった海水浴場ができて多く 質図 , 電波航法用のロラン図 , デッ かいすい海水海水が塩辛いの は塩化ナトリウム ( 食塩 ) を 1 / 中に の客を集めている。海水浴場には , カ図 , 海底資源調査のため海底地質 21 ~ 25 g も含むからである。海水中 波が静かで比較的遠浅な砂浜がえら 図 , 地殼構造図 , 海流図 , 潮流図 , の塩類の合計は 1 / 中に 3 ( ) ~ 35 g で , 等温線図 , 等塩分線図などがそれで は - れる。 海水浴は古くから世界中にあった 食塩のほか , 1 冨イヒマグネンウム ( 5. ( ) ある。 海図を作るには測量 , 製図 , 印刷 が , 主として衛生のための洗身の意 g/ / ) , 硫酸ナトリウム ( 3.9 g/ / ) , 味をもち , また信仰上の禊や沐 の 3 作業を要する。ます測量で最も 塩化カリウ 化カルシウム ( 1.1 g/l ) , たいせつなことは , 深さを正しく測 浴としての水あみであった。しか ム , 臭素 , ホウ酸 , また微量成分と ることと , 位置を正確に決定するこ してウラン , トリウムなどがある。 しもともとは魚や員類をとるための 水入りに起原があったとも考えられ これら塩分含量は沿岸で少なく , 沖 とである。製図に使われる図法には , 合いにいくにしたカヾって多い。また る。近代的な海水浴が流行したのは , 甲港から乙港に行くのに一定の方向 季節により場所によっていくらか変 18 世紀中ごろの英国においてであっ に沿って航海するときに有効なメル カトル図法 , 大洋横断航海にさいし て , その後 19 世紀末には海水浴は全 動する。しかしおもな成分元素の含 量比は海のどこで測っても一定なの 欧州に広まった 最短距離を進むときの大圏図法 , 両 日本でも古くから温泉の湯治に で , ある 1 種の成分を測定すれば , 極地方の海図を作るときの方位等距 対して潮湯治しという呼び名があ そこの海水中の塩分含量を計算でき 極図法 , ごく狭い場所を現わすとき る。ふつうには測定のしやすい塩素 って海水浴の意味で使われたが , く吾 の平面図法などがある。 量を定量して , 塩分濃度に換算する。 妻鑑〉には源実朝が医療のために 海や港の深さと形は , 自然または 鎌倉海岸で海水浴をしたことがのっ 塩素量と水温はそれぞれの水系 人為的に変化するから , その海図を ている。また約 80() 年前のく尾張名 ( 親潮とか黒潮など ) に特有のもので 最新に保つには , つねに変化をみつ 所図会 > には愛知県大野海岸におけ あるから , 塩素量と水温の値から水 けて改訂 , 増補しなければならない。 る海水浴図がのせてある。近年にな 系を区別することができる。水産業 また機雷などの漂流物が流れてきた っては , 松本順が 1876 年神奈川県大 や漁業にとっては , よい漁場をさが り , 危険な武器の試験なども行なわ 81 年にはときの 磯の照が崎海岸に , すための基礎資料として塩素量と水 れるから , 水路部では 1 週に 1 回航 愛知県立病院長後藤新平が大野海岸 温の測定が必要である。塩分濃度は 海告示を作って各方面に無料で配布 に海水浴場を開き , これらが今日の 海表面が最大で , 深くなるとともに している。 40 ' 千駄 、 R 長沢を・ / ゃ 83 、 R ノ 2 ′・・イイ ラ 54 Åノ 63 下宮田 : 一、か . ー金田港 ノ 4 ヨ / 387 ( R ・・イ 8 小網代港・ ″ 3 .2 ・ 5 ノ 87 ( 28 十 + 小網代 岩堂山。 50 、。 . ん輪崎 / ノ 7 ゞ 35 イ き・昆沙門 今 . な ) 叫、 R 廴・、ノーイ 3 …信第 , 、 7. ニ . を / 8 0 長井町 2 イ 27 イ 27 イ 92 又 2 f.S 001 ノ 04 日本本州南岸野島崎 至御前崎 20 万分の 1 ・ ( 緯度 35 。 N ) の一部分
既成品といったものが用いられる。 日常惰性と化した意識をくつがえす 心、理的効果をもっことがわらいであ る。フランスの M. デュシャン , H. アノレプ , スイスの A. ジャコメッチ , スペインの S. ダリらの絵画 , 彫刻 などがこの手法を用いる。なお日本 の前衛華道などにもこの語が流用さ れている。 〔石川〕 おは、せ小布施〔町〕長野県上高 井郡 , 善光寺平の町。人口 9817 ( 19 65 ) 。千曲 2 ま川にのぞみ , 松川扇状地 の北半を占め , もとはクリ林が多く 小布施クリは名産であった。昭和の 初めからしだいにクリ林が減少し , かわりにリンゴ園が増加した。現在 はリンゴの小布施として名高く , 出 荷用の木毛 , 木などが生産される。 〔千葉〕 オフセットいんさつオフセット 印刷 / 印刷 オプローモフ 0 い omov 19 世紀 ロシアの作家ゴンチャロフの代表的 長編小説。 1859 年完成。主人公オプ ローモフに代表される怠惰で無力な 青年地主貴族は当時のロシア・イン テリゲンチアの典型であり , オプロ ーモフシチナ ( オプローモフ気質 ) と いう流行語を生んだはどであった。 ドプロリューポフ ( 1836 ~ 61 ) はくオ プローモフ主義とは何か > を書いて , この小説は農奴制ロシアの精神的化 石化に対する抵抗であると評した。 〔あら筋〕両親の死後遺産を相続したオプ ローモフは , 「水品のように透明な魂の持 ち主」であるが実生活上の能力はまったく ない。友人シュトルツにはげまされ , 令嬢 オリガに恋するが , その恋に実を結ばせる 意地もなく , 破局がくる。財産は悪質な取 巻きどもに . 奪われ , オリガはシュトルツと 結婚してしまう。シュトルツは悪人たちの 手からオプローモフを救いだすが , 彼は依 然無為の生活にはまりこみ , 下宿の主婦と 親しくなり , 子どもまでできる。そしてあ る日 , 脳出血による死が彼の怠惰な生活に 終止符をうつ。 オープン / 天火ん 〔泉〕 オペラ ope r a 17 世紀に始まる 歌唱を中心とした劇。歌劇と訳され る。 16 世紀末から 17 世紀初めにかけ , イタリアのフィレンツェで誕生し , その後欧州の各地で盛んに作られて 今日におよぶ歴史的な背景をもち , それ以前の音楽劇 ( 古代ギリシア劇 や中世の典礼劇 , 牧歌劇など ) , ある いは欧州以外の地の音楽劇とは区別 される。オペラという名は , ラテン 語で「作品」を意味するオプス。 pus の複数形に由来する。イタリアでオ ペラが誕生したころは「ドランマ・ イン・ムジカ」あるいは「ドランマ・ ベル・ムジカ」といわれ「音楽によ る ( のための ) 劇」を意味したが , 劇 ということばカ { のちに作品という とばにかわり「オペラ・イン・ムジ 力」となり , さらに「オペラ」と省 こうした点からも , オペ 略された。 ラが演劇と音楽の間の密接な関係を 5 5 3 示していることカ { わかるか , オペラ では , 演劇におけるせりふのもつ文 学的要素 , 演技 , 舞台装置 , 衣装の ほかに , 音楽的諸要素が重要性をも ち , ときとしてノヾレーが加わる総合 的性格をもっている。 〔オペラの種類〕オペラが誕生した イタリアでは , 古代ギリシア悲劇の 作曲家が協力したくパラの騎士 > ( ホフ ような例はまれで , むしろ文学者と 上にも残ることになる。しかしこの がおり , このため彼の名は文学史の 台本を執筆する例に W. R. ワグナー 場合が多い。また作曲家がみすから た作曲家のカではしめて生かされる 文学的価値はおおむね低く , すぐれ があげられる。しかしオペラ台本の 家としても有名 ) と G. ベルディなど w. A. モーツアルト , ポイト ( 作曲 95 ) と Ch. W. グルック , ダ・ポンテと は , とくに R. カノレツアビージ ( 1714 ~ した台本作者と作曲家の協力関係で つ イト ( 1842 ~ 19 18 ) などがいる。 したベルディ作曲くオテロ > の A. ポ ~ 1838 ) や , シェークスヒ。ア劇を改編 イガロの結婚〉の L. ダ・ポンテ ( 1749 を書き改めたモーツアルト作曲くフ 名な作者には , ポーマルシェの喜劇 に改作することもしばしばある。有 多く , 有名な小説や戯曲をオペラ用 の台本作者によって作られることが 短いのがつねである。これらは専門 を主とするから一般の劇の台本より 劇のための台本と類似するが , 音楽 音楽がつけられる。この台本は , 演 ラ用に書かれた台本 ( リプレット ) に 〔台本〕オペラでは , ふつう , オペ く , 内容も通俗的なものである。 これもせりふをもち舞踊の部分も多 作品として / オペレッタがあるが , ペラがある。なお , はかに喜劇的な 国のこの種の作品にはノヾラッド・オ よばれ , これもせりふがはいり , 英 ラは , ジングシュピール ( 歌芝居 ) と はかぎらない。 ドイツの喜劇的オペ かならすしも喜劇的な内容を持っと またオペラ・コ クといっても , イタリアのものと異なっているし , フ・コ ークはせりふを用いる点で 相当するが , オペラ・ブッフ , オペ いたいイタリアのオペラ・セリアに 称が用いられた。グラントペラはだ ブッフ , オペラ・コミークなどの名 ランスではグラントペラ , オペラ・ 話や歴史物語を主材としている。フ 的性格のもの , オペラ・セリアは神 の現実生活に題材をとリ軽快な風刺 いう。オペラ・ブッフアはその時代 オペラをオペラ・セリア ( 正歌劇 ) と て , もともとの悲劇的性格をもった つけい歌劇 ) となった。それに対し これか、のちにオペラ・ブッファ ( こ インテルメッツオ ( 幕間劇 ) が生まれ , そうした作品の幕間に喜劇をはさむ 題材にした作品がます作られたが , 復活ということから , ギリシア劇を オペラ マンスターノレ作言司 , R. シュトラウス 作曲 ) や , 本来のすぐれた戯曲作品を わすかばかり変えてオペラに使った ドビュッシー作曲のくべレアスとメ リサンド〉 ( マーテルリンク作 ) , R. シュトラウス作曲のくサロメ > ( ( ). ワ イルド作 ) などの形がよくみられる。 〔オペラの歌と歌手〕オペラ誕生の ペラを「番号オペラ」とよび , レチ 通し番号をもっている。 こうしたオ れ , 第 1 番 , 第 2 番などと最初から それぞれ独立した曲に番号がつけら て区切られるが , 古典的オペラでは オペラの構成は幕や場 ( 景 ) によっ のカ { ふつうであった 唱と合唱によってはなやかに終わる は , 各幕のフィナーレがこうした重 に合唱も加わる。古典的なオペラで めてアンサンプル ( 重唱 ) とよび , さら テット ) などと名づけられるが , まと 重唱 ( カルテット ) , 五重唱 ( クイン ゥ工ット ) , 三重唱 ( テルツェット ) , 四 は歌手の数にしたがって , 二重唱 ( ド 時に歌うことも多く , このような歌 またオペラでは , ふたり以上が同 ンツア ( 叙情的な歌 ) などがある。 ラード ( 物語的な歌 ) , あるいはロマ セレナータ ( 窓べで歌う愛の歌 ) , ソ ( 詠叙唱 ) , カバチーナ ( 短い歌 ) , アリエッタ ( 小さなアリア ) , アリオ 独自の形式 , 内容をもった曲として , 向をとった。なおアリアのなかでも はその影響をうけておなしような方 代のイタリアのベルデイも , 晩年に かって徹底的な歩みをつづけ , 同世 ーは , こうした点で新しい傾向に向 くる。 19 世紀後半に活躍したワグナ アとレチタチーボの対立が失われて ことが意識されはじめ , やがてアリ っては , あまり好ましいものでない ことは , オペラの統一的な性格にと なアリア部分とを機械的に区分する レチタチーポ部分と , 純粋に音楽的 代が進むと , 劇の進行をつかさどる ノヾニャートとよぶ。しかしさらに時 まれ , これをレチタチーボ・アコン 楽器により伴奏された叙唱の形も生 のちに管弦楽 , あるいはその一部の これをレチタチーボ・セッコという。 和音による簡単な伴奏がふつうで , ープシコード ) などの鍵盤楽器の の伴奏よりは , むしろチェンノヾロ ( ハ 分で , アリアの場合のような管弦楽 レチタチーポは語るような感じの部 た ( ダ・カーポはくりかえしの意味 ) 。 らなるダ・カーボ・アリアカヾ完成し るにつれて , 3 部分 ( A B A 形式 ) か 巧を見せるのに好つごうな場ともな を形づくり , 歌手たちが声楽的な技 アリアはオペラの中で独立した部分 後者はレチタチーポ ( 叙唱 ) である。 ってくる。前者はアリア ( 詠唱 ) で , 要素と劇的要素が二つの歌の形をと がふつうであったが , やがて音楽的 子が音楽的にたかまった形をとるの ころは , 歌といってもいわば語る調