て、内ポケットにねじこんだ。 「あら、もう交渉したのー 「あとからフロントに電話する。名前は ? 「いや、上司が、そういうんですよ」 「や、安田てす」 「そんなに出すもんですか。スクープといったっ て、すぐに犯人があがるものじゃないんだし、そ「十分後に電話する」 と、言い捨てて、おれは〔ビレーネ〕を出た。 れに、警察で公開してしまえば、一文の価値もな 階段の下のビンク電話で、アコは必死にデスクを くなるのよ」 口説いていた。 「それもそうですが : ・・ : 」 スクープよ、いい絵があるの、犯人の筆跡 「とにかく、デスクに聞いてみるわ」 ⅱし一いだ。おれは、その隙よ、だから、五万・ : ・ : 」 アコはビンク電話こ急 しぶ その表情から見て、よほど吝いデスクらしい。 おれは階段の上から、安田をふりかえって見 「二十万出すぜ」突然のことに驚いた顔におれ た。ラムネの瓶の底のような眼鏡が、まだ驚きか は、繰り返した。「売りたいものはわかってい らさめずに、おれを追っていた。 る。二十万で買おう、これは手付けだ」 十分後におれは電話をかけ、安田を呼びだし おれは一万円札を二枚、握らせて立ち上がっ た。安田は、交替の時間まで、フロントを離れる ことは出来ないと答えた。 こういうときは、呼吸の問題だ。おれが出した 「じゃ、何時ー 二万円を、フロントの男はひったくるようにとっ ) 0 ホシ ホシ
二杯飲んだ。 「桂たまきさんを : ・ と、おれはとばけこ。 このあたりのサテンはボーイの訓練がゆきとど いていて、十分も立っと、コーヒーを片付けにく る。しかたがない。おれは三杯目はレモンティー 「もしもし、ポポロですね」 を注文した。 三十分待った。電話はなかった。さらに十五 返事はなかった。 分、待った。が、やはり、何の連絡もなかった。 「お電話、代わりました」受付嬢の声だ。すぐに おれは不安を感じた。この不安は、何に由来するおれに気がついたように、「あ、さっきの御万て のか。 すね。桂さんは、やはり、リザープなさっていま たまきが美容院に来たら、電話があるなり、イせんでした」 ンターンが、呼びにくるなりするはずだ。 「そうですか」 あのインタ 1 ンのやつめ、余分なことを言いや おれは電話をかけてみた。 がるから、四十五分、損をした。 「桂たまきさん、来ていますか ? 」 「あの、何か、お約東 : 「失礼ですが、どなたさまですか」 「いや、そうじゃないんですが」 受話器をとった女は、こう切りかえしてきた。 あの受付嬢の声ではなかった。さっきのインター 「メッセージでもございましたら、お伝えします ンの声とも違った。気取った声だ。
「ああ、お話、伺ってましたわ。もうお見えにな 早ロだから、聞きとり難かったが、たしか、そう るでしよう。何を召し上がる ? 」 い、つ説明だっこ 0 プランディに口をつけない、っちに、アコが飛び 神宮前二丁目の交叉点の右側にサントロべの小 こむように入ってきた。彼女は、店内を一暼する さな看板が見えた。おれは車を停めようとした。 と、ママに、やア、と親しげに言って、迷いもせ 、つつかり・していた。 この車は盗品だ。この近くに停めていては、ジずにまっすぐに、おれのところへやってきた。 「あなたね、お電話下さったの」 エフから盗難届けが出ていると、すぐに足がっ く。おれは、三百メートルばかり引きかえしてわ「そうだ」 びつくり 「吃驚したわ」 き道に入れた。このあたりはマンションが多いか 「何が」 ら、たとえ発見されても、こっちまて捜索の手が 「予感がしたの。ママ、あたしは水割り」 伸びるのは時間がかかるだろう。 「プランディにしないか。たまには、男に合わせ おれは歩いて、サントロべにいった。まだアコ は来ていなかった。小さなスナックだが、内装のるもんだぜ」 感じはいい。 三十くらいのママが、客の男と話し「言うわね」 はんばっ 意外に反撥しなかった。アコは嬉しそうにマ ているだけだった。静かな音楽が流れている。 マ、あたしもカレと同じものを、と言った。 「新聞のアコと待ち合わせているんだが」 「どうして、あたしを知っていたのーアコはプラ と、おれは言った。 いちべっ
( どこへ行っちまったのか。こんなときに ) 「七時過ぎるといいんですが」 おれにとって、生きるか死ぬかの瀬戸際だ。 「よし、七時半だ。そうだな場所は」 直接、たまきの家にも〔夜の女王〕にも行けな 「あのビレーネでは」 。多分、おれが一歩でも入れば、警察が待ちか 「そいつアやばい。あの女記者が嗅ぎつける。花 まえているだろう。たまきには、事を説明して 園神社にしよう : : : 」 むろん、おれは二十万なんて払う気はない。そおきたかった。 れくらい高くいわないと、あの野郎がこっちに渡おれの殺人容疑が濃くならないうちに、どうし てこういうことになったか、明らかに罠であるこ さないからだ。 七時まで時間がある。その間、おれは、桂たまとを説明しておかないと、あとからでは、何を言 っても弁解に聞こえる。 きに連絡をとることにした。 おれの立場は危険なものだ。強力な後ろ楯が要 たまきの行き先を、あれこれ考えた。大体、彼 る。万一の場合は、日木脱出するしかない。その女の行動半径は知っているつもりだが、この時間 とき費用やパスポートの世話を頼むのは、桂たまとなると、一寸、見当がっかない。食事か、美容 きしかオし 院か、買い物か。 おれは、たまきに電話をかけた。たまきは不在たまきは、逗子マリーナのプールではじめて逢 だった。お手伝いが出てきて、何処へ行ったか、 ったときから見ると随分、肥った。あのときが、 行き先はわからないという。おれは焦った。 少なくとも美人の範疇に入る最後だったろう。お だてい はんちゅう 120
はげしく否定しながら、ユカリはおれにしがみ「ひどい ! 」 両手で顔を蔽った。 「蛸の電話だって ? 」 「ふざけるんじゃねえ、おれを甘く見やがって、 蛸と桔梗は、殺し屋だ。おれのあとをつけて来なんだ、この番号は」 やがった。逆におれが殺している。 「だって : : : 蛸さんの電話 : : : 」 : 四 X >< ヒトゴロシ、人殺し、か。 あんな奴らの電話番号を聞いたって、いまさ「馬鹿野郎 : ら、どうにもならない。四 >< x ・一五六四番。おふざけるな」 れは何気なく片手でメモに書き込みながら、渋谷「ヒトゴロシ ? : : : あ、そう読めるわ、ああおか 辺だなと思った。 しようしゃ ・、、十っ 枕元の受話器は最新式のコードレス。瀟洒て豪 ュカリは笑いだした。おれの掌のあとカ あか 華で新しいもの好きが、とびつくやつだ。 きりと赧らんでいる。 いや、そんなことよりも、おれはイチゴロクョ 「やい、笑いごとじゃねえぞ」おれは女の首に両 ン、と書き終えて、「この野郎 ! 」かっとなつ手をかけた。「おれは、男を小莫迦にする女を、 許さない」 「ふざけるな」 「あ、く、苦しい : びしっと、思いきり、ユカリを撲った。ュカリ 「死ね ! 」 はひえーっと、悲鳴をあげた。 「やめて ! こ 0 バカにしたんじゃないわ、ほんと こばか 巧 7
ポポロ美容室に電話した。むろん、閉店してい は、考えを変えた。 外人は習慣的に、たいてい。ハスポートをいつもる。消息が知れれば、と思ったのだが、今夜は来 携帯している。そいつを見たかった。おれはロッ なかったという。マキシムか橋善でよく食事をす カーの前に誰もいないのを幸い、奴の背広のポケるのだが、食道楽だから、行くところが多すぎ ットをさぐった。分厚い財布が触れた。 る。ポポロにはユカリが戻っているはずだと思っ 中身を調べているひまはない。そのままイタダたが、ユカリもいない。どこにいっているのだろ キだ。別のポケットから、キイの東が出てきた。 う。あの恰好ではとても帰れないので、友人のと しめた、と思った。そのときまて思いもしなか ころにでもいったのか。 ったことだ。キイがあれば、あの車を無断借用で おれは急に思いついて、アコの新聞社に電話し きるわけだ。これで足に不自由しない。 た。社会部だ。こんな時間だが、ひょっとして、 おれは何食わぬ顔て、サウナを出た。小豆色のまだ働いているかもしれないと思ったのだ。 いる ? 」 キャデラックだ。新車じゃないがエンジンのかか「アコ、 おれは馴れ馴れしく、言った。 りはよかった。おれはふっとばした。快適だっ こ 0 友達からかかってきたような調子だった。こち 六本木の〔夜の女王〕に戻るつもりだった。 らの名前を聞かれても、どうせアコが知るはずが が、途中で気が変わった。桂たまきの家へ電話しない。もしも警察におれの名前が密告されている た。やはり不在だっこ。 としたら、尚更、ロにできない。アコのような婦 202
人記者が、そいつを秘密にしてくれるはずはなか「 : 「安田から、情報を買ったのさ」 幸い、受話器をとったのは男だった。 「え」 「ああ、いるよ」 「あんたより一足先にな」 それから、アコを呼ぶ声が聞こえた。あら、あ「まあ : : : 」 たしに電話 ? カレかな : : : そんなはしゃいだ声 「お宅はデスクがケチりやがるから、スクープは で、アコが出てきた。 できないな」 「あたし・ : ・ : 」 「それで、その情報は」 「おれだ」 「おれが持っている」 だれ ? 」 「幾らなの」 「名前言ったって、知らないだろうな。ホテル 「その相談をしたいな」 のフロントの安田、といえば思いだしてくれたろ「 : 「お宅のデスクじやア話が出来ないのは、先刻御 承知だ。だから、あんたに電話したのさ」 「ええ : : : でも」 安田とは声も感じも違うからだろう。アコは言 「どこで逢って下さる」 上ど い澱んでいる。 「もう遅いから、あんたのほうで指定してくれ」 「いや、安田じゃない」 「青山の神宮前二丁目に、サントロべというスナ っこ 0 203
もう一人の奴に視線を向けると、そいつは、も と一一一口った。 う、ロもきけないようだ。 「松濤の家に一度、お伺いしたんですが、番地を の家を聞かなきやアな。 忘れてしまって : : : ュカリさんなら、御存じだと 「ほかの奴からもエミー 誰かいるだろう」 思って」 そいつは、失いかけた思考力をはたらかせて、 「どうして、私の名前を」 あの美容室のユカリなら知っている、と言った。 「いや、エミーさんが、そう言っていたから」 「あら、そうなのー嬉しそうに、ユカリは、声を 「ユカリ ? 「インターンなんだ。エミーが家でセットさせる弾ませて、「松濤にゆけば、すぐわかりますわ。 こともあるんだ」 山本富士子の家の前をずっと来て : : : 」 電話番号を奴はそらんじていた。おれはすぐに また山本富士子か。これじやア山本富士子が風 ・カゞー子′ 邪をひいちまうぜ。 電話口に出てきた声を聞いたとき、おれはあっ 「赤い風見鶏があるから、すぐわかりますわー と思った。おれに、待つようにと言ったあの声じ「そうだったな。一度いったときは、暗くて」 「番地をお教えしますわ、ちょっと待ってね」 ゃないか。 顧客名簿を見ているんだろう。二、三分して出 ( あいっか ) てきたユカリは、番地と号数まで、言った。 何だか、漸く、謎がほぐれてゆく感じだった。 「有難う」と、おれはソフトな声で甘く言った。 おれは声を変え、エミーさんのともだちだが、
た。それが来ても、ロをつけようとせず、夢中に 「そうだ、もう少しで、ポカやるところだった」 記者は首をすくめた。「仮面の女の名前が中島薫なっている。面自い女だ。こういう女は、セック って、もう少しで電話でいうところだったよ」 スに夢中になれる女だ。浅茅陽子に似ている。お 「デスクに怒鳴られるところだったわね」 れは、ああいう女はあまり好きじゃない。うるさ 「だが、誰だって、薫なんて名前聞くと、女だとすぎる。が、べッドでは面自いだろう。アコの脣 思うぜ。フロントの奴が意地が悪いんだな」 のたえまない動きを見ていると、おれはふっと、 くわ 「だから、警察の発表を待てばいいんだといわれ男のものを咥えて、緊めたり弛めたりしている部 るのさ」 分を想像した。こういう女は、尻の穴まで舐めて 「そいつが出来ないのが、駈け出し記者だ。薫な くれる。 んて : : : 女の名前だ」 「ーー・・・住所はどうなっているのよ、電話番号だっ 「あら、庄司薫って、小説家がいるじゃないのー て書いてあったんでしよ。そんなところをびしび 「顧客名簿に書いてあったんだろ、誰だって殺さしあたってみなくちゃ れた女の名前と思うさ」 「そんなことは、とっくに警察がやったさ。表ん 「男のところにチェックしてあったんだって」 な出鱈目だってよ」 「そのカードは、見せて貰えないのか」 「そこよ、みんながウトイのは」 「証拠品として、警察が持っていったらしいわ」 「ウトイ、御挨拶だな」 アコと呼ばれた女は、クリームパフェを注文し「ウトイじゃないの。男のくせに、みんなだらし ビジター・カード ゆる
ヒステリックな金切り声に、営業所のおやじが るつもりだった。が、待てなかった。二年のと 電話でペこペこ頭を下げて謝る。その反動が、お き、おれも飛びだしてしまった。 そのとき、おれは五、六十万持っていた。アルれの上に落ちる。 バイトで稼いだのだ。どうせ、まともなバイトじ「この馬鹿野郎、さっさと届けてこい。怒ってや やよ、 0 められたら、一年間、お前の給料から差っ引くか らな」 はじめのうちは、それでもまともなやつをやっ おれは、怒鳴られて、横っ飛びに走りだす。 た。新聞や牛乳の配達さ。御多分に洩れずな。 だが、馬鹿馬鹿しくなった。おれにいいバイトま、そんなことくらいで、中止する家はなかった が、こっちは真剣だった。そのマンションの奥さ を教えてくれたのは、牛乳の配達先の奥さんだ。 伯母の家は横浜の霞町にあったが、牛乳の営業んは、いっか見たことがある。学校の帰りに、表 所は野毛だった。この辺から真金町あたりはごちを通りかかったら、丁度外出しようとしたところ やごちゃしていた。普通の家と商店とマンションだった。 やア。ハートがあちこちにあって、一軒一軒、間違 ( きれいだな ) と、そのとき思った。岩下志麻に似ていた。 いなく配達するのも、容易なことじゃない。 ( あの奥さんなら、大して怒らないだろう ) おれはよく間違った。よその家へ入れてしまっ と、おれは、階段を上がりながら思った。マン たり、入れ忘れたりした。すると、電話がかかっ ションの二階だったのだ。 てくる。