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検索対象: 注文の多い料理店
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1. 注文の多い料理店

収録作品について 351 く荒物屋の主人、家には小十郎の死後そろって餓死するか離散するしかない老母と幼い孫た ちかいて、物をいっそ、つ憤ろしく切ないものとしている。 なお、この物語は固有名詞たちを主役とする物語でもある。「なめとこ山」からはじまっ たき みよ・つじ かいン = っ ふちざわ て、「淵沢川、「中山街道」「大空滝」。主人公の苗字も「淵沢」だから、名前からしてこの人 物は地名の精霊であり、川の神である。そしてかれが「なめとこ山からしどけ沢から三つ又 からサッカイの山からマミ穴森から白沢からまるで縦横に」あるいたという、みごとな地名 の列挙。この「白沢」は最後に小十郎が死にに行く場所の入口となる。これは一篇の「地名 じよじよ・つし の抒情詩」とも読めるのである。 ( 一九九〇年一一月、詩人 ) いきどお また

2. 注文の多い料理店

『遠野物語」に多く登場する「山男」は、平地人にとって畏怖すべきあ 「山男の四月」 ひとがら たかも他界の存在、異人であるのに対して賢治童話の山男は多く粗野純朴な愛すべき人柄と なっている。しかし「種山ヶ原」の達二が見る怖ろしい山男の夢や、本篇の主人公のモノロ ーグ「おれはまもなく町へ行く。町へはいって行くとすれば、化けないとなぐり殺される」 は、賢治世界の平地人にとっても山男が、いわゆる〈異人殺し〉伝承の幻想の対象であった ことを明らかに示している。さらに、そこへ行商の中国人という、もうひとり、別種の〈異 人〉が登場することに注目しなければならない。〈異人〉の〈異人〉との遭遇によって、〈異 理人〉の観念そのものが異化するという現象が自然に読者の側によび起される。広告ちらしに 料 「一つの小さなこころの種を有ちます」とあるのは、具体的には、「山男はもう支那人が、あ 多 んまり気の毒になってしまって、おれのからだなどは、支那人が六十銭もうけて宿屋に行っ の かしよかく 文て、鰯の頭や菜っ葉汁をたべるかわりにくれてやろう」と思う箇所を核としているかと思わ れるか、この核もまた、そのような異化のあわいに出現したものといえよう。 日暮れどき、つまり昼と夜との境目という不思議な時刻に、農夫 「かしわばやしの夜」 青作は不思議な声に誘われるようにして、「鍬をなげすてて . 、つまり農夫としての自分をそ こへそっくり置きすてて、画かきに導かれて林に入り、柏の木たちの歌合戦に立ちあうこと になる。そしてこのたのしい歌合戦が、あるときを境に、柏の木たちによる農夫清作への、 ちょ・つろ・つ 烈しい嘲弄の攻撃に移行する。ーーこうした〈歌合戦〉のドラマチックな展開を、賢治は浅草 オペラや、さらにはワグナーの楽劇「タンホイザー」「ニュルンベルクの名歌手」などから え かしわ

3. 注文の多い料理店

うずのしゅげ、植物学では「おきなぐさ」とよばれるあのやさしい可憐 「おきなぐさ」 おか あり な花をめぐっての、「私」と蟻のをした対話、そして小岩井の南の小さな丘の斜面で二本 せんさい の花が、雲影のせわしい動きを語りあう息も詰まるばかり繊細な繊細な対話、そして夏、 ひか 「ひくく丘の上を」とんできたひばりと、旅立ちを間近に控えた花たちとの最後の会話、「星 ちょ・つか が砕けて散る」ようなその旅立ち、ひばりが歌った弔歌、そして二つの小さな魂が「二つの 小さな変光星」になったという想像 : : : 賢治童話において世界がどのように見えているか、 その秘密を深々と暗示する作品だが、とくに賢治の詩でも童話でも「対話」がすぐれて方法 であることをよく示している。 「土神ときつね」ーー美しい女の樺の木をめぐって、粗暴で正直な土神と上品で不正直な狐 ほとん シェーマ が争う、三角関係とその悲劇的結末 : : : この図式は、殆ど神話的単純さといっていい ゅうもん 録はげしい憂悶に髪をかきむしるこの土神は、「おれはひとりの修羅なのだ」と熱つほく歌 った詩篇「春と修羅」の詩人の化身だが、一方の狐もこの作品では決してたんなる悪役では なくて、「ああ僕はほんとうにだめなやつだ」と激しくわが身を責める、 " 悲しいうそっき ~ けんげん としての詩人の分身であり、二人に愛され霊感を与える樺の木は「詩神」の顕現である。 また、詩人とは土地の精霊でもある。土神の住みかが「ぐちゃぐちゃの谷地」であること はのつけに明らかにされているのに、狐の方は「いつも野原の南の方からやって来る」とし きれい あかは か語られなかった。その「赤剥げの丘」の下の、「がらんとして暗くただ赤土が奇麗に堅め ばくろ られているばかり」の住居を暴露されるくらいなら、狐は死んだ方がましだと思ったであろ かた かれん

4. 注文の多い料理店

それから小十郎はふところからとぎすまされた小刀を出して熊の顎のとこから胸から腹へ かけて皮をすうっと裂いて行くのだった。それからあとの景色は僕は大きらいだ。けれども ふさ とにかくおしまい小十郎がまっ赤な熊の胆をせなかの木のひつに入れて血で毛がばとばと房 になった毛皮を谷であらってくるくるまるめせなかにしよって自分もぐんなりした風で谷を 下って行くことだけはたしかなのだ。 小十郎はもう熊のことばだってわかるような気がした。ある年の春はやく山の木がまだ一 本も青くならないころ小十郎は大を連れて白沢をずうっとのばった。夕方になって小十郎は とま ささこや と一一ろ 店 ばっかい沢へこえる峯になった処へ去年の夏こさえた笹小屋へ泊ろうと思ってそこへのほっ 理 から 蝌て行った。そしたらどう云う加減か小十郎の柄にもなく登り口をまちがってしまった。 多 なんべんも谷へ降りてまた登り直して大もへとへとにつかれ小十郎も口を横にまげて息を の わきみす 文しながら半分くずれかかった去年の小屋を見つけた。小十郎がすぐ下に湧水のあったのを思 おどろ い出して少し山を降りかけたら愕いたことは母親とやっと一歳になるかならないような子熊 あわ と二疋丁度人が額に手をあてて遠くを眺めるといった風に淡い六日の月光の中を向うの谷を しげしげ見つめているのにあった。小十郎はまるでその二疋の熊のからだから後光が射すよ くぎづ うに思えてまるで釘付けになったように立ちどまってそっちを見つめていた。すると小カ あま 甘えるように云ったのだ。 「どうしても雪だよ、おっかさん谷のこっち側だけ白くなっているんだもの。どうしても雪 だよ。おっかさん。」 294 ひき みわ

5. 注文の多い料理店

きねも倒れたろうと思って外へ出たらひのきのかきねはいつものようにかわりなくその下の ところに始終見たことのある赤黒いものが横になっているのでした。丁度一一年目だしあの熊 がやって来るかと少し心配するようにしていたときでしたから小十郎はどきっとしてしまい ました。そばに寄って見ましたらちゃんとあのこの前の熊か口からいつばいに血を吐いて倒 れていた。小十郎は思わず拝むようにした。 一月のある日のことだった。小十郎は朝うちを出るときいままで云ったことのないことを 理云った。 料 「變さま、おれも年老ったでばな、今朝まず生れで始めで水へ入るの嫌んたよな気するじ の えんがわ 文すると縁側の日なたで糸を紡いでいた九十になる小十郎の母はその見えないような眼をあ ゅわ げてちょっと小十郎を見て何か笑うか泣くかするような顔つきをした。小十郎はわらじを結 えてうんとこさと立ちあがって出かけた。子供らはかわるがわる廐の前から顔を出して「爺 さん、早ぐお出や。」と云って笑った。小十郎はまっ青なつるつるした空を見あげてそれか ら孫たちの方を向いて「行って来るじゃい。」と云った。 かたゆき 小十郎はまっ白な堅雪の上を白沢の方へのばって行った。 大はもう息をはあはあし赤い舌を出しながら走ってはとまり走ってはとまりして行った。 ひえわら しず かげおか 間もなく小十郎の影は丘の向うへ沈んで見えなくなってしまい子供らは稗の藁でふじっきを たお うまや め

6. 注文の多い料理店

も又最良の方便です。その一例を挙げますとわなです。わなにはいろいろありますけれども、 いかにもわなのような形をしたわなです。それもごく仕掛けの下手なわな 一番こわいのは、 です。これを人間の方から云いますと、わなにもいろいろあるけれども、一番狐のよく捕れ むかし るわなは、昔からの狐わなだ、いかにも狐を捕るのだぞというような格好をした、昔からの 狐わなだと、斯う云うわけです。正直は最良の方便、全くこの通りです。」 この時さっき校長が修 私は何だか修身にしても変だし頭がぐらぐらして来たのでしたが、 身と護身とが今学年から一科目になって、多分その方が結果かいいだろうと云ったことを思 理い出して、ははあ、なるほどと、うなずきました。 料 先生は たけす 多 「武巣さん、立って校長室へ行ってわなの標本を運んで来て下さい。」と云いましたら、一 の 文番前の私の近くに居た赤いチョッキを着たかあいらしい狐の生徒が、 「はいつ。」と云って、立って、私たちに一寸挨拶し、それからす早く茨の壁の出口から出 て行きました。 たま 先生はその間黙って待っていました。生徒も黙っていました。空はその時白い雲で一杯に なり、太陽はその向うを銀の円鏡のようになって走り、風は吹いて来て、その緑いろの壁は ところどころゆれました。 武巣という子がまるで息をはあはあして入って来ました。さっき校長室のガラス戸棚の中 に入っていた、わなの標本を五つとも持って来たのです。それを先生の机の上に置いてしま とだな いつばい

7. 注文の多い料理店

「おかしいな、西ならほくのうちの方だ。けれども、まあも少し行ってみよう。ふえふき、 ありかと、つ。」 滝はまたもとのように笛を吹きつづけました。 一郎がまたすこし行きますと、一本のぶなの木のしたに、 てこどってこどってこと、変な楽隊をやっていました。 一郎はからだをかがめて、 猫 と「おい、きのこ、やまねこが、ここを通らなかったかい。」 ぐとききました。するときのこは に「やまねこなら、けさはやく、馬車で南の方へ飛んで行きましたよ。」とこたえました。一 店郎は首をひねりました。 「みなみならあっちの山のなかだ。おかしいな。まあもすこし行ってみよう。きのこ、あり のかと、つ。」 注きのこはみんないそがしそうに、どってこどってこと、あのへんな楽隊をつづけました。 一郎はまたすこし行きました。すると一本のくるみの木の梢を、栗鼠がびよんととんでい ました。一郎はすぐ手まねぎしてそれをとめて、 「おい、りす、やまねこがここを通らなかったかい。」とたずねました。するとりすは、木 の上から、額に手をかざして、一郎を見ながらこたえました。 「やまねこなら、けさまだくらいうちに馬車でみなみの方へ飛んで行きましたよ。」 たくさんの白いきのこが、どっ

8. 注文の多い料理店

えあちこちには黒いやぶらしいものかまるでいきもののようにいきをしているように思われ ました。 ねすみ 一郎は自分のからだを見ました。そんなことが前からあったのか、いっかからだには鼠い ろのきれが一枚まきついてあるばかりおどろいて足を見ますと足ははだしになっていて今ま でもよほど歩いて来たらしく深い傷がついて血がだらだら流れて居りました。それに胸や腹 がひどく疲れて今にもからだが二つに折れそうに田 5 われました。一郎はにわかにこわくなっ て大声に泣きました。 足 けれどもそこはどこの国だったのでしよう。ひっそりとして返事もなく空さえもなんだか 素 のがらんとして見れば見るほど変なおそろしい気がするのでした。それににわかに足が灼くよ うに傷んで来ました。 「檎夫は。」ふっと一郎は思い出しました。 ひ 「楢夫お。」一郎はくらい黄色なそらに向って泣きながら叫びました。 しいんとして何の返事もありませんでした。一郎はたまらなくなってもう足の痛いのも忘 れてはしり出しました。すると俄かに風が起って一郎のからだについていた布はまっすぐに うしろの方へなびき、一郎はその自分の泣きながらはだしで走って行ってばろほろの布が風 おそ でうしろへなびいている景色を頭の中に考えて一そう恐ろしくかなしくてたまらなくなりま した。 「楢夫お。」一郎は又叫びました。 177

9. 注文の多い料理店

たしかに鹿はさっきの栃の団子にやってきたのでした。 しかだ 「はあ、鹿等あ、すぐに来たもな。」と嘉十は咽喉の中で、笑いながらつぶやきました。そ してからだをかかめて、そろりそろりと、そっちに近よって行きました。 一むらのすすきの陰から、嘉十はちょっと顔をだして、びつくりしてまたひっ込めました。 まわ 六疋ばかりの鹿が、さっきの芝原を、ぐるぐるぐるぐる環になって廻っているのでした。嘉 十はすすきの隙間から、息をこらしてのぞきました。 こずえ 亠ま じ 太陽が、ちょうど一本のはんのきの頂にかかっていましたので、その梢はあやしく青くひ の かり、まるで鹿の群を見おろしてじっと立っている青いいきもののようにおもわれました。 けなみ 鹿すすきの穂も、一本ずつ銀いろにかがやき、鹿の毛並がことにその日はりつばでした。 制嘉十はよろこんで、そっと片膝をついてそれに見とれました。 料鹿は大きな環をつくって、ぐるくるぐるくる廻っていましたが、よく見るとどの鹿も環の しょ・つ一一 多まんなかの方に気がとられているようでした。その証拠には、頭も耳も眼もみんなそっちへ 文向いて、おまけにたびたび、いかにも引っぱられるように、よろよろと二足三足、環からは なれてそっちへ寄って行きそうにするのでした。 もちろん、その環のまんなかには、さっきの嘉十の栃の団子がひとかけ置いてあったので したが、鹿どものしきりに気にかけているのは決して団子ではなくて、そのとなりの草の上 にくの字になって落ちている、嘉十の白い手拭らしいのでした。嘉十は痛い足をそっと手で 曲げて、苔の上にきちんと座りました。 111 すきま いたたき

10. 注文の多い料理店

なもびくっとしました。けれども鹿はやっとまた気を落ちつけたらしく、またそろりそろり と進んで、と、つと、つ手拭まで鼻さきを延ばした。 こっちでは五疋がみんなことりことりとお互にうなずき合って居りました。そのとき俄か さおた に進んで行った鹿が竿立ちになって躍りあがって遁げてきました。 「何して遁げできた。」 きびわり 「気味悪ぐなてよ。」 いぎつ じ 「息吐でるが。」 いぎおどさ の 「さあ、息の音あ為ないがけあな。ロも無いようだけあな。」 「あだまあるが。」 制「あだまもゆぐわがらないがったな。」 「そだらこんだおれ行って見べが。」 多四番目の鹿が出て行きました。これもやつばりびくびくものです。それでもすっかり手拭 文の前まで行って、いかにも思い切ったらしく、ちょっと鼻を手拭に押しつけて、それから急 いで引っ込めて、一目さんに帰ってきました。 「おう、柔つけもんだぞ。」 どろ 「泥のようにが。」 「うんにや。」 「草のようにが。」 115