向う - みる会図書館


検索対象: 注文の多い料理店
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1. 注文の多い料理店

さんぽんぐわとうぐわ 四人の、けらを着た百姓たちが、山刀や三本鍬や唐鍬や、すべて山と野原の武器を堅くか ひうちいし ( 一六 ) らだにしばりつけて、東の稜ばった燧石の山を越えて、のつしのつしと、この森にかこまれ た小さな野原にやって来ました。よくみるとみんな大きな刀もさしていたのです。 げんとう 先頭の百姓が、そこらの幻燈のようなけしきを、みんなにあちこち指さして とこだろう。畑はすぐ起せるし、森は近いし、きれいな水もながれている。 「どうだ。いい それに日あたりもしし とうだ、俺はもう早くから、ここと決めて置いたんだ。」と云いま すと、一人の百姓は、 理「しかし地味はどうかな。」と言いながら、屈んで一本のすすきを引き抜いて、その根から てのひら 料 土を掌にふるい落して、しばらく指でこねたり、ちょっと嘗めてみたりしてから云いまし の 文「うん。地味もひどくよくはないか、またひどく悪くもないな。」 「さあ、それではいよいよここときめるか。」 も一人が、なっかしそうにあたりを見まわしながら云いました。 「よし、そう決めよう。」いままでだまって立っていた、四人目の百姓が云いました。 四人はそこでよろこんで、せなかの荷物をどしんとおろして、それから来た方へ向いて、 高く叫びました。 「おおい、おおい。ここだぞ。早く来お。早く来お。」 すると向うのすすきの中から、荷物をたくさんしよって、顔をまっかにしておかみさんた ひやくしよう おれ カカ かた

2. 注文の多い料理店

かしわばやしの夜 清作は、さあ日暮れだぞ、日暮れだぞと云いながら、稗の根もとにせっせと土をかけてい 夜ました。 やますそぐんじよう ( 四一 ) あかがね ( 四 0 ) し そのときはもう、銅づくりのお日さまが、南の山裾の群青いろをしたとこに落ちて、野は や しらかば らはヘんにさびしくなり、白樺の幹などもなにか粉を噴いているようでした。 わ かしわ し いきなり、向うの柏ばやしの方から、まるで調子はずれの途方もない変な声で、 うこん ( 四一 l) ( 四三 ) 制「欝金しやつほのカンカラカンのカアン。」とどなるのがきこえました。 くわ 料青作はびつくりして顔いろを変え、鍬をなげすてて、足音をたてないように、そっとそっ 多ちへ走って行きました。 文ちょうどかしわばやしの前まで来たとき、清作はふいに、うしろからえり首をつかまれま した。 ねすみ ほう ( 四四 ) びつくりして振りむいてみますと、赤いトルコ帽をかぶり、鼠いろのへんなだぶだぶの着 むやみ ものを着て、靴をはいた無暗にせいの高い眼のするどい画かきが、ぶんぶん怒って立ってい ました。 「何というざまをしてあるくんだ。まるでうようなあんばいだ。鼠のようだ。どうだ、弁 ひえ え

3. 注文の多い料理店

そしてその手の雪をはらってやりそれから、 「さあも少しだ。歩げるが。」とたずねました。 「うん」と楢夫は云っていましたがその眼はなみだで一杯になりじっと向うの方を見、ロは ゆがんで居りました。 雪がどんどん落ちて来ます。それに風が一そうはげしくなりました。二人は乂走り出しま したけれどももうつまずくばかり一郎がころび楢夫がころびそれにいまはもう二人ともみち をあるいてるのかどうか前無かった黒い大きな岩がいきなり横の方に見えたりしました。 ちり 足 風がまたやって来ました。雪は塵のよう砂のようけむりのよう楢夫はひどくせき込んでし 素 のまいました。 そこはもうみちではなかったのです。二人は大きな黒い岩につきあたりました。 一郎はふりかえって見ました。二人の通って来たあとはまるで雪の中にほりのようについ ひ ていました。 みち ( 九 0 ) 「路まちがった。戻らないばわがない。」 一郎は云っていきなり楢夫の手をとって走り出そうとしましたがもうただの一足ですぐ雪 の中に倒れてしまいました。 楢夫はひどく泣きだしました。 「泣ぐな。雪はれるうぢ此処に居るべし泣ぐな。」一郎はしつかりと楢夫を抱いて岩の下に 立って云いました。 175

4. 注文の多い料理店

「どう致しまして。私こそいきなりおうちの運動場へ飛び込んで来て、いろいろ失礼を致し かえ ました。生徒さん方に笑われるのなら却って私は嬉しい位です。」 めがわふ 校長さんは眼鏡を拭いてかけました。 「いや、ありがとう ) 」ざいます。おい武村君。君からもお礼を申しあげてくれ。」 えしやく 三年担任の武村先生も一寸私に頭を下げて、それから校長に会釈して教員室の方へ出て行 きました。 校長さんの狐は下を向いて二三度くんくん云ってから、新らしく紅茶を私に注いでくれま 理した。そのときベルが鳴りました。午后の課業のはじまる十分前だったのでしよう。校長さ くろぬ 料 んが向うの黒塗りの時間表を見ながら云いました。 しゆりよ・つ 多 「午后は第一学年は修身と護身、第二学年は狩猟術、第三学年は食品化学と、こうなってい の 文ますがいずれもご参観になりますか。」 「さあみんな拝見いたしたいです。たいへん面白そうです。今朝からあがらなかったのが本 当に残念です。」 「いや、いずれ又おいでを願いましよう。」 「護身というのは修身といっしょになっているのですか。」 「ええ昨年までは別々でやりましたが、却って結果がよくないようです。」 「なるほどそれに狩猟だなんて、ずいぶん高尚な学科もおやりですな。私の方ではまあ高等 専門学校や大学の林科にそれがあるだけです。」 きつね おもしろ っ

5. 注文の多い料理店

「そいつはかあいそうだ。陳はわるいやつだ。なんとかおれたちは、もいちどもとの形にな らないだろ、つか。」 「それはできる。おまえはまだ、骨まで六神丸になっていないから、丸薬さえのめばもとへ 戻る。おまえのすぐ横に、その黒い丸薬の瓶がある。」 それではすぐ呑もう。しかし、おまえさんたちはのんでもだめ 「そうか。そいつはいし 四「だめだ。けれどもおまえが呑んでもとの通りになってから、おれたちをみんな水に漬けて、 男よくもんでもらいたい。それから丸薬をのめばきっとみんなもとへ戻る。」 山 「そうか。よし、引き受けた。おれはきっとおまえたちをみんなもとのようにしてやるから 理な。丸薬というのはこれだな。そしてこっちの瓶は人間が六神丸になるほうか。陳もさっき おれといっしょにこの水薬をのんだがね、どうして六神丸にならなかったろう。」 多 文「それはいっしょに丸薬を呑んだからだ。」 注 「ああ、そうか。もし陳がこの丸薬だけ呑んだらどうなるだろう。変らない人間がまたもと の人間に変るとどうも変だな。」 そのときおもてで陳が、 「支那たものよろしいか。あなた、支那たもの買うよろしい。」 と云う声がしました。 「ははあ、はじめたね。」山男はそっとこう云っておもしろがっていましたら、俄かに蓋が びん

6. 注文の多い料理店

291 なめとこ山の ふちざわ ( 一三五 ) なめとこ山の熊のことならおもしろい。なめとこ山は大きな山だ。淵沢川はなめとこ山か ら出て来る。なめとこ山は一年のうち大ていの日はつめたい霧か雲かを吸ったり吐いたりし うみほうす はらあな ている。まわりもみんな青黒いなまこや海坊主のような山だ。山のなかごろに大きな洞穴が のからんとあいている。そこから淵沢川がいきなり三百尺ぐらいの滝になってひのきゃいたや 山のしげみの中をごうと落ちて来る。 かいどう ( 一三六 ) たれ ふき と中山街道はこのごろは誰も歩かないから蕗ゃいたどりがいつばいに生えたり牛が遁げて登 め らないように柵をみちにたてたりしているけれどもそこをかさかさ三里ばかり行くと向うの いたたき 方で風が山の頂を通っているような音がする。気をつけてそっちを見ると何だかわけのわか らない白い細長いものが山をうごいて落ちてけむりを立てているのがわかる。それがなめと むかし こ山の大空滝だ。そして昔はそのへんによ旨、ゞ : カこちやごちゃ居たそうだ。ほんと、つはなめと こ山も熊の胆も私は自分で見たのではない。人から聞いたり考えたりしたことばかりだ。間 ちがっているかも知れないけれども私はそう思うのだ。とにかくなめとこ山の熊の胆は名高 いものになっている。 なまり ( 一三九 ) 腹の痛いのにも利けば傷もなおる。鉛の湯の入口になめとこ山の ~ 照の胆ありという昔から

7. 注文の多い料理店

「どうです。飛んで行くのはいやですか。」 「なんともありません。僕たちの仕事はもう済んだんです。」 「恐かありませんか。」 え、飛んだってどこへ行ったって野はらはお日さんのひかりで一杯ですよ。僕たちば らばらになろうたってどこかのたまり水の上に落ちょうたってお日さんちゃんと見ていらっ しやるんですよ。」 「そうです、そうです。なんにもこわいことはありません。僕だってもういつまでこの野原 理に居るかわかりません。もし来年も居るようだったら来年は僕はここへ巣をつくりますよ。」 「ええ、ありがとう。ああ、僕まるで息がせいせいする。きっと今度の風だ。ひばりさん、 多 さよなら。」 の 文「僕も、ひばりさん、さよなら。」 「じゃ、さよなら、お大事においでなさい。」 奇麗なすきとおった風がやって参りました。まず向うのポプラをひるがえし、青の燕麦に 波をたてそれから丘にのばって来ました。 うすのしゅげは光ってまるで踊るようにふらふらして叫びました。 「さよなら、ひばりさん、さよなら、みなさん。お日さん ( ありがとうごさいました。」 そして丁度星が砕けて散るときのようにからだがばらばらになって一本ずつの銀毛はまっ てつほうだま しろに光り、羽虫のように北の方へ飛んで行きました。そしてひばりは鉄砲玉のように空へ 220 きれい いつばい

8. 注文の多い料理店

( ははあ、六神丸というものは、みんなおれのようなぐあいに人間が薬で改良されたもんだ な。よしよし、 ) と考えて、 「おれは魚屋の前から来た。」と腹に力を入れて答えました。すると外から支那人が噛みつ ノ \ よ、つにどなり・ました。 「声あまり高い。しずかにするよろしい。」 山男はさっきから、支那人かむやみにしやくにさわっていましたので、このときはもう一 ペんにかっとしてしまいました。 理「何だと。何をぬかしやがるんだ。どろほうめ。きさまが町へはいったら、おれはすぐ、こ 料 の支那人はあやしいやつだとどなってやる。さあどうだ。」 多 支那人は、外でしんとしてしまいました。じつにしばらくの間、しいんとしていました。 の 文山男はこれは支那人が、両手を胸で重ねて泣いているのかなともおもいました。そうしてみ ると、 いままで峠や林のなかで、荷物をおろしてなにかひどく考え込んでいたような支那人 たれ は、みんなこんなことを誰かに云われたのだなと考えました。山男はもうすっかりかあいそ うになって、いまのはうそだよと云おうとしていましたら、外の支那人があわれなしわがれ た声で言いました。 「それ、あまり同情ない。わたし商売たたない。わたしおまんまたべない。わたし往生する、 それ、あまり同情ない。」山男はもう支那人が、あんまり気の毒になってしまって、おれの じる からだなどは、支那人が六十銭もうけて宿屋に行って、鰯の頭や菜っ葉汁をたべるかわりに

9. 注文の多い料理店

ヒームカって云うのは、あの向うの女の子の山だろう。よわむしめ。あんなものとっきあう のはよせと何べんもおれが云ったじゃないか。ぜんたいおれたちは火から生れたんだぞ青ざ めた水の中で生れたやつらとちがうんだぞ。」 ラクシャンの第四子は しょげて首を垂れたが しずかな直かの兄が 弟のために長兄をなだめた。 野「兄さん。ヒームカさんは血統はいいのですよ。火から生れたのですよ。立派なカンランガ 士ンですよ。」 学 大ラクシャンの第一子は ・木・なおさら ノ尚更怒って 立派な金粉のどなりを まるで火のようにあげた。 しいよ。けれどもそん 「知ってるよ。ヒームカはカンランガンさ。火から生れたさ。それは、 なら、一体いつ、おれたちのようにめざましい噴火をやったんだ。あいつは地面まで騰って とちゅう 来る途中で、もう疲れてやめてしまったんだ。今こそ地殻ののろのろのほりや風や空気のお かた かげで、おれたちと肩をならべているが、元来おれたちとはまるで生れ付きがちがうんだ。 きさまたちには、まだおれたちの仕事がよくわからないのだ。おれたちの仕事はな、地殻の

10. 注文の多い料理店

ひかりの素足 161 一、山小屋 鳥の声があんまりやかましいので一郎は眼をさましました。 もうすっかり夜があけていたのです。 かやかべ 小屋の隅から三本の青い日光の棒が斜めにまっすぐに兄弟の頭の上を越して向うの萱の壁 の山刀やはんばきを照らしていました。 土間のまん中では榾が赤く燃えていました。日光の棒もそのけむりのために青く見え、ま たそのけむりはいろいろなかたちになってついついとその光の棒の中を通って行くのでし ならお 「ほう、すっかり夜あ明げだ。」一郎はひとりごとを云いなから弟の楢夫の方に向き直りま した。楢夫の顔はりんごのように赤く口をすこしあいてまだすやすや睡って居ました。白い 歯が少しばかり見えていましたので一郎はいきなり指でカチンとその歯をはじきました。 ちょっと 楢夫は目をつぶったまま一寸顔をしかめましたがまたすうすう息をしてねむりました。 ひかりの素足 すみ なな