てみると、まわりの山は、みんなたったいまできたばかりのようにうるうるもりあがって、 まっ青なそらのしたにならんでいました。一郎はいそいでごはんをたべて、ひとり谷川に沿 ( 四 ) ったこみちを、かみの方へのばって行きました。 すきとおった風がざあっと吹くと、栗の木はばらばらと実をおとしました。一郎は栗の木 をみあげて、 「栗の木、栗の木、やまねこがここを通らなかったかい。」とききました。栗の木はちょっ としずかになって、 理「やまねこなら、けさはやく、馬車でひがしの方へ飛んで行きましたよ。」と答えました。 「東ならばくのいく方だねえ、おかしいな、とにかくもっといってみよう。栗の木ありがと 多 の 文栗の木はだまってまた実をばらばらとおとしました。 たき ( 五 ) 一郎がすこし行きますと、そこはもう笛ふきの滝でした。笛ふきの滝というのは、まっ白 な岩の崖のなかほどに、 小さな穴があいていて、そこから水が笛のように鳴って飛び出し、 すぐになって、ごうごう谷におちているのをいうのでした。 一郎は滝に向いて叫びました。 「おいおい、笛ふき、やまねこがここを通らなかったかい。」 滝がびーびー答えました。 「やまねこは、さっき、馬車で西の方へ飛んで行きましたよ。」
( 四七 ) 「わたしのは清作のうたです。」 がんじよう またひとりの若い頑丈そうな柏の木が出ました。 「何だと、清作が前へ出てなぐりつけようとしましたら画かきがとめました。 わるぐち 「まあ、待ちたまえ。君のうただって悪口ともかぎらない。 柏の木は足をぐらぐらしながらうたいました。 働「清作は、一等卒の服を着て し 野原に行って、ぶどうをたくさんとってきた。 や と斯うだ。だれかあとをつづけてくれ。」 わ し 「ホウ、ホウ。」柏の木はみんなあらしのように、清作をひやかして叫びました。 制「第七とうしよう、なまりのメタル。」 料「わたしがあとをつけます。」さっきの木のとなりからすぐまた一本の柏の木がとびだしま 多した。 文「よろしい、はじめ。」 かしわの木はちらっと清作の方を見て、ちょっとばかにするようにわらいましたが、すぐ まじめになってうたいました。 「清作は、葡萄をみんなしばりあげ 砂糖を入れて びん 甁にたくさんつめこんだ。 しち ふどう よろしい。はじめ。
て時々気づかわしそうに土神の祠の方を見ていました。けれども木椎には土神の形は見えな かったのです。 土神はそれを見るとよろこんでばっと顔をらせました。それから右手をそっちへ突き出 して左手でその右手の手首をつかみこっちへ引き寄せるようにしました。すると奇体なこと は木樵はみちを歩いていると思いながらだんだん谷地の中に踏み込んで来るようでした。そ れからびつくりしたように足が早くなり顔も青ざめて口をあいて息をしました。土神は右手 のこぶしをゆっくりぐるっとまわしました。すると木樵はだんだんぐるっと円くまわって歩 あわ ね いていましたがいよいよひどく周章てだしてまるではあはあはあはあしながら何べんも同じ っ き所をまわり出しました。何でも早く谷地から遁げて出ようとするらしいのでしたがあせって ところまわ ともあせっても同じ処を廻っているばかりなのです。とうとう木樵はおろおろ泣き出しました。 神 ネ : し力にも嬉〕しそ、つににやにやにやにや笑って そして両手をあげて走り出したのです。土申よ ) 、 土 寝そべったままそれを見ていましたが間もなく木樵がすっかり逆上せて疲れてばたっと水の 中に倒れてしまいますと、ゆっくりと立ちあがりました。そしてぐちゃぐちや大股にそっち へ歩いて行って倒れている木樵のからだを向うの草はらの方へほんと投げ出しました。木樵 は草の中にどしりと落ちてううんと云いながら少し動いたようでしたがまだ気がっきません でした。 土神は大声に笑いました。その声はあやしい波になって空の方へ行きました。 空へ行った声はまもなくそっちからはねかえってガサリと燁の木の処にも落ちて行きまし 231 たお きたい
九とうしようはマッチのメタル 十と、つしよ、つから百と、つしよ、つまで あるやらないやらわからぬメタル。」 柏の木大王が機嫌を直してわははわははと笑いました。 柏の木どもは大王を正面に大きな環をつくりました。 いまちょうど、水いろの着ものと取りかえたところでしたから、そこらは浅 お月さまは、 あみ い水の底のよう、木のかげはうすく網になって地に落ちました。 えんびつ 理画かきは、赤いしやつほもゆらゆら燃えて見え、まっすぐに立って手帳をもち鉛筆をなめ 料 ました。 多 「さあ、早くはじめるんだ。早いのは点がいいよ の 文そこで小さな柏の木が、一本ひょいっと環のなかから飛びだして大王に礼をしました。 月のあかりがばっと青くなりました。 もっと 「おまえのうたは題はなんだ。」画かきは尤もらしく顔をしかめて云いました。 「馬と兎です。」 「よし、はじめ、」画かきは手帳に書いて云いました。 うさき 「兎のみみはなが : : : 。」 けず 「ちょっと待った。」画かきはとめました。「鉛筆が折れたんだ。ちょっと削るうち待ってく
まゆ かしわの木大王が眉をひそめて云いました。 「どうもきみたちのうたは下等じゃ。君子のきくべきものではない。」 ふくろうの大将はヘんな顔をしてしまいました。すると赤と白の綬をかけたふくろうの副 官が笑って云いました。 「まあ、こんやはあんまり怒らないようにいたしましよう。うたもこんどは上等のをやりま 夜すから。みんな一しょにおどりましよう。さあ木の方も鳥の方も用意いいカ し おっきさんおっきさんまんまるまるるるん や おほしさんおほしさんびかりびりるるん わ し かんからからららん かしわはかんかの おつほほほほほほん。」 制ふくろはのろづき 蝌かしわの木は両手をあげてそりかえったり、頭や足をまるで天上に投げあげるようにした おど 多り、一生けん命踊りました。それにあわせてふくろうどもは、さっさっと銀いろのはねを、 文ひらいたりとじたりしました。じつにそれがうまく合ったのでした。月の光は真珠のように、 すこしおばろになり、柏の木大王もよろこんですぐうたいました。 「雨はざあざあざっざざざざざあ 風はど、つど、つどっどどどどど、つ あらればらばらばらばらったたあ 雨はざあざあざっざざざざざあ」 しんしゅ
そして画かきはじぶんの右足の靴をぬいでその中に鉛筆を削りはじめました。柏の木は、 遠くからみな感心して、ひそひそ談し合いながら見て居りました。そこで大王もとうとう一一一一〔 いました。 「いや、客人、ありがとう。林をきたなくせまいとの、そのおこころざしはじつに辱けない。」 ところが画かきは平気で くずす ( 四六 ) ししえ、あとでこのけずり屑で酢をつくりますからな。」 しと返事したものですからさすがの大王も、すこし工合が悪そうに横を向き、柏の木もみな興 をさまし、月のあかりもなんだか白っほくなりました。 わ ゅ力い し ところが画かきは、削るのがすんで立ちあがり、愉央そうに、 割「さあ、はじめて呉れ。」と云いました。 料柏はざわめき、月光も青くすきとおり、大王も機嫌を直してふんふんと云いました。 多若い木は胸をはってあたらしく歌いました。 文「うさぎのみみはなかい。と うまのみみよりながくない。」 「わあ、うまいうまい。ああはは、ああはは。」みんなはわらったりはやしたりしました。 「一とうしよう、白金メタル。と画かきが手帳につけながら高く叫びました。 きつわ 「ばくのは狐のうたです。」 また一本の若い柏の木がでてきました。月光はすこし緑いろになりました。 きげん かたじ
ってはせまわり、たびたび太陽の方にあたまをさげました。それからじぶんのところに戻る やびたりととまってうたいました。 「お日さんを せながさしょえばはんの木も くだげで光る 鉄のかんがみ。」 はあと嘉十もこっちでその立派な太陽とはんのきを拝みました。右から三ばん目の鹿は首 理をせわしくあげたり下げたりしてうたいました。 料 「お日さんは 多 はんの木の向さ、降りでても の 文 すすぎ、ぎんがぎが 注 まぶしまんぶし。」 ほんとうにすすきはみんな、まっ白な火のように燃えたのです。 「ぎんがぎがの すすぎの中さ立ぢあがる はんの木のすねの 長んかい力し 、ガほ、つし。」 五番目の鹿がひくく首を垂れて、もうつぶやくようにうたいだしていました。
「よろしいはじめつ。」 「きつね、こんこん、きつねのこ、 月よにしつほが燃えだした。」 「わあ、うまいうまい。わっはは、わっはは。」 「第一一とうしよう、きんいろメタル。」 「こんどはばくやります。ばくのは猫のうたです。」 「よろしいはじめつ。」 理「やまねこ、にゃあご、ごろごろ 料 さとねこ、たっこ、ごろごろ。」 多 「わあ、うまいうまい。わっはは、わっはは。」 の 文「第三とうしよう、水銀メタル。おい、みんな、大きいやつも出るんだよ。どうしてそんな にぐずぐずしてるんだ。」画かきが少し意地わるい顔つきをしました。 「わたしのはくるみの木のうたです。」 すこし大きな柏の木がはずかしそうに出てきました。 「よろしい、みんなしずかにするんだ。」 柏の木はうたいました。 「くるみはみどりのきんいろ、な、 風にふかれてすいすいすい かしわ
169 「あの木さ房下ってるじゃい。」楢夫が又云いました。見るとすぐ崖の下から一本の木が立 っていてその枝には茶いろの実がいつばいに房になって下って居りました。一郎はしばらく それを見ました。それから少し馬におくれたので急いで追いっきました。馬を引いた人はこ たま の時ちょっとうしろをふりかえってこっちをすかすようにして見ましたがまた黙ってあるき だしました。 みちの雪はかたまってはいましたがでこほこでしたから馬はたびたびつまずくようにしま した。楢夫もあたりを見てあるいていましたのでやはりたびたびつますきそうにしました。 足 「下見で歩げ。」と一郎がたびたび云ったのでした。 のみちはいっか谷川からはなれて大きな象のような形の丘の中腹をまわりはじめました。栗 の木が何本か立って枯れた乾いた葉をいつばい着け、鳥がちょんちょんと鳴いてうしろの方 へ飛んで行きました。そして日の光がなんだか少しうすくなり雪がいままでより暗くそして ひ 却って強く光って来ました。 そのとき向うから一列の馬が鈴をチリンチリンと鳴らしてやって参りました。 ひと ( 八八 ) みちが一むらの赤い実をつけたまゆみの木のそばまで来たとき両方の人たちは行きあいま ちょっと ひざ した。兄弟の先に立った馬は一寸みちをよけて雪の中に立ちました。兄弟も膝まで雪には、 ってみちをよけました。 「早いな。」 あいさっ 「早がったな。」挨拶をしながら向うの人たちゃ馬は通り過ぎて行きました。 おか
るだけだ。 しかしお前らはも、つ少し語に気をつけないといかんぞ。」 「、つん。行っても ) ) 。 小猿の大将は、むやみに沢山うなすきながら、腰掛けの上に立ちあがりました。 見ると、栗の木の三つのきのこの上に、三つの小さな入口ができていました。それから栗 の木の根もとには、楢夫の入れる位の、四角な入口があります。小猿の大将は、自分の入口 に一寸顔を入れて、それから振り向いて、楢夫に申しました。 たたいま 「只今、電燈を点けますからどうかそこからおはいり下さい。入口は少し狭う ) 」ざいますが、 中は大へん楽でございます。」 し ゞヾッと占 ~ きました。 小猿は三疋、中にはいってしまい、それと一緒に栗の木の中に、電燈カノ の檎夫は、入口から、急いで這い込みました。 えんとっ る 小さな電燈がついて、 栗の木なんて、まるで煙突のようなものでした。十間置き位に、 さ かべ さな小さなはしご段がまわりの壁にそって、どこまでも上の方に、のほって行くのでした。 「さあさあ、こちらへおいで下さい。」小猿はもうどんどん上へ昇って行きます。楢夫は一 ペんに、段を百ばかりずつ上って行きました。それでも、仲々、三疋には敵いません。 楢夫はつかれて、はあはあしながら、云いました。 「ここはもう栗の木のてつべんだろう。」 猿か、一度にきやっきやっ笑いました。 「まあいいからついておいでなさい。」 145 たくさん いっしょ のぼ せも