茨海小学校 203 それに運動場の入口に、あんなものをこしらえて置いて、もしお客さまに万一のことがあっ たらどうするのだ。お前は学校で禁じているのを覚えていながら、それをするというのはど う云うわけだ。」 「わかりません。」 「わからないだろう。ほんとうはわからないもんだ。それはまあそれでよろしい。お前たち はこのお方がそのわなにつますいて、お倒れなさったときはやしたそうだが、乂私もここで 聞いていたが、 どうしてそんなことをしたか。」 「わかりません。」 「わからないだろう。全くわからないもんだ。わかったらまさかお前たちはそんなことしな わび いだろうな。では今日の所は、私からよくお客さまにお詫を申しあげて置くから、これから いいか。もう決して学校で禁じてあることをしてはなら よく気をつけなくちゃいけないよ。 んぞ。」 「はい、わかりました。」 「では帰って遊んでよろしい。」校長さんは今度は私に向きました。担任の先生はきちんと まだ立っています。 むじやき たたいま 「只今のようなわけで、至って無邪気なので、決して悪気があって笑ったりしたのではない ようでございますから、どうかおゆるしをねかいとう存じます。」 私はもちろんすぐ云いました。
このときまるできらきら笑った。 きらきら光って笑ったのだ。 ( こんな不思議な笑いようを いままでおれは見たことがない、 おどろ 咢くべきだ、立派なもんだ。 ) 楢ノ木学士が考えた。 暴つほいラクシャンの第一子が 野すいぶんしばらく光ってから 士やっとしすまって斯う云った。 まて 大「水と空気かい。あいつらは朝から晩まで、俺らの耳のそば迄来て、世界の平和の為に、お こうまんけす 一削らの嗷を削るとかなんとか云いなから、毎日こそこそ、俺らを擦って耗して行くが、ま るつきりうそさ。何でもおれのきくとこに依ると、あいつらは海岸のふくふくした黒土や、 美しい緑いろの野原に行って知らん顔をして溝を掘るやら、濠をこさえるやら、それはどう も実にひどいもんだそうだ。話にも何にもならんというこった。」 ラクシャンの第三子も つい大声で笑ってしまう。 「兄さん。なんだか、そんな、こじつけみたいな、あてこすりみたいな、芝居のせりふのよ うなものは、一向あなたに似合いませんよ。」
解のことばがあるか。」 けんか 清作はもちろん弁解のことばなどはありませんでしたし、面倒臭くなったら喧嘩してやろ うとおもって、いきなり空を向いて咽喉いつばい 「赤いしやつほのカンカラカンのカアン。」とどなりました。するとそのせ高の画かきは、 にわかに清作の首すじを放して、まるで咆えるような声で笑いだしました。その音は林にこ んこんひびいたのです。 「うまい、じつにうまい。どうです、すこし林のなかをあるこうじゃありませんか。そうそ あいさっ くからさきにやろ、つ。いし力、いや今晩は、野はら 理う、どちらもまだ挨拶を忘れていた。ほ 料こは小さく切った影法師かばら播きですね、と。ぼくのあいさつはこうだ。わかるかい 多 んどは君だよ。えへん、えへん。」と云いながら画かきはまた急に意地悪い顔つきになって、 の 文斜めに上の方から軽べっしたように清作を見おろしました。 ちょうどタがたでおなかが空いて、雲が団子のよう 上冂作はすっかりどぎまぎしましたが、 に見えていましたからあわてて、 「えつ、今晩は。よいお晩でございます。えつ。お空はこれから銀のきな粉でまぶされます。 ごめんなさい。」 と一一一口いました。 たた ところか画かきはもうすっかりよろこんで、手をばちばち叩いて、それからはねあがって 一一一一口いました。 なな めんどうくさ
たたくのだ、あの豪気な山の中の主の小十郎は斯う云われるたびにもうまるで心配そうに顔 ひえ をしかめた。何せ小十郎のとこでは山には栗があったしうしろのまるで少しの畑からは稗が とれるのではあったが米などは少しもできず味噌もなかったから九十になるとしよりと子供 ばかりの七人家内にもって行く米はごくわずかずつでも要ったのだ。 あさ 里の方のものなら麻もっくったけれども、小十郎のとこではわすか藤つるで編む入れ物の 外に布にするようなものはなんにも出来なかったのだ。小十郎はしばらくたってからまるで しわがれたような声で云ったもんだ。 ねがい いいはんて買って呉ない。」小十郎はそう云いな 「旦那さん、お願だます。どうが何ほでも の 山がら改めておじぎさえしたもんだ。 と主人はだまってしばらくけむりを吐いてから顔の少しでにかにか笑うのをそっとかくして め 云ったもんだ。 「いいます。置いでお出れ。じゃ、平助、小十郎さんさ二円あげろじゃ。」 すわ 店の平助が大きな銀貨を四枚小十郎の前へ座って出した。小十郎はそれを押しいただく ようにしてにかにかしながら受け取った。それから主人はこんどはだんだん機嫌がよくな る。 「じゃ、おきの、小十郎さんさ一杯あげろ。」 小十郎はこのころはもううれしくてわくわくしている。主人はゆっくりいろいろ談す。小 ぜん 十郎はかしこまって山のもようや何か申しあげている。間もなく台所の方からお膳できたと 297 いつばい
茨海小学校 209 うと、その子は席に戻り、先生はその一つを手にとりあげました。 「これはアメリカ製でホックスキャッチャーと云います。ニッケル鍍金でこんなにびかびか 光っています。ここの環の所へ足を入れるとピチンと環がしまって、もうとれなくなるので す。もちろんこの器械は鎖か何かで太い木にしばり付けてありますから、実際一遍足をとら たれ れたらもうそれきりです。けれども誰だってこんなピカピカした変なものにわざと足を入れ ては見ないのです。」 狐の生徒たちはどっと笑いました。狐の校長さんも笑いました。狐の先生も笑いました、 しゅびよう 私も思わず笑いました。このわなの絵は外国でも日本でも種苗目録のおしまいあたりにはき っとついていて、然も効力もあるというのにどう云うわけか一寸不田 5 議にも田 5 いました。 この時校長さんは、かくしから時計を出して一寸見ました。そこで私は、これはもうだん だん時間がたっから、次の教室を案内しようかと云うのだろうと思って、ちょっとからだを へや 動かして見せました。校長さんはそこですっと室を出ました。私もついて出ました。 「第一一教室、第二年級、担任、武池清一一郎」とした黒塗りの板の下がった教室に入りました。 先生はさっき運動場であった人でした。生徒も立って一べんに礼をしました。 先生はすぐ前からの続きを講義しました。 でんぶんしほうたんばくしつ 「そこで、澱粉と脂肪と蛋白質と、この成分の大事なことはよくおわかりになったでしよう。 こんどはどんなたべものに、この三つの成分がどんなエ合に入っているか、それを云いま にわとり す。凡そ、食物の中で、滋養に富みそしておいしく、また見掛けも大へん立派なものは鶏で およ めつき
うひゅう、ひゅひゅう。」雪婆んごは、また向、つへ飛んで行きました。 ゆきわらす 子供はまた起きあがろうとしました。雪童子は笑いながら、も一度ひどくつきあたりまし こ、日か暮れるよ、つに田 5 た。もうそのころは、ばんやり暗くなって、まだ三時にもならない : われたのです。こどもは力もっきて、もう起きあがろうとしませんでした。雪童子は笑いな がら、手をのばして、その赤い毛布を上からすっかりかけてやりました。 「そうして睡っておいで。布団をたくさんかけてあげるから。そうすれば凍えないんだよ。 あしたの朝までカリメラの夢を見ておいで。」 店 雪わらすは同じとこを何べんもかけて、雪をたくさんこどもの上にかぶせました。まもな 理 料 く赤い毛布も見えなくなり、あたりとの高さも同じになってしまいました。 多 「あのこどもは、ぼくのやったやどりぎをもっていた。」雪童子はつぶやいて、ちょっと泣 の 文くよ、つにしました。 すいせんづき 「さあ、しつかり、今日は夜の二時までやすみなしだよ。ここらは水仙月の四日なんだから、 やすんじゃいけない。さあ、降らしておくれ。ひゅう、ひゅうひゅう、ひゅひゅう。」 雪婆んごはまた遠くの風の中で叫びました。 そして、風と雪と、ばさばさの灰のような雲のなかで、ほんとうに日は暮れ雪は夜じゅう 降って降って降ったのです。やっと夜明けに近いころ、雪婆んごはも一度、南から北へまっ すぐに馳せながら云いました。 「さあ、もうそろそろやすんでいいよ。あたしはこれからまた海の方へ行くからね、だれも わむ ふとん
「どう致しまして。私こそいきなりおうちの運動場へ飛び込んで来て、いろいろ失礼を致し かえ ました。生徒さん方に笑われるのなら却って私は嬉しい位です。」 めがわふ 校長さんは眼鏡を拭いてかけました。 「いや、ありがとう ) 」ざいます。おい武村君。君からもお礼を申しあげてくれ。」 えしやく 三年担任の武村先生も一寸私に頭を下げて、それから校長に会釈して教員室の方へ出て行 きました。 校長さんの狐は下を向いて二三度くんくん云ってから、新らしく紅茶を私に注いでくれま 理した。そのときベルが鳴りました。午后の課業のはじまる十分前だったのでしよう。校長さ くろぬ 料 んが向うの黒塗りの時間表を見ながら云いました。 しゆりよ・つ 多 「午后は第一学年は修身と護身、第二学年は狩猟術、第三学年は食品化学と、こうなってい の 文ますがいずれもご参観になりますか。」 「さあみんな拝見いたしたいです。たいへん面白そうです。今朝からあがらなかったのが本 当に残念です。」 「いや、いずれ又おいでを願いましよう。」 「護身というのは修身といっしょになっているのですか。」 「ええ昨年までは別々でやりましたが、却って結果がよくないようです。」 「なるほどそれに狩猟だなんて、ずいぶん高尚な学科もおやりですな。私の方ではまあ高等 専門学校や大学の林科にそれがあるだけです。」 きつね おもしろ っ
「そいつはかあいそうだ。陳はわるいやつだ。なんとかおれたちは、もいちどもとの形にな らないだろ、つか。」 「それはできる。おまえはまだ、骨まで六神丸になっていないから、丸薬さえのめばもとへ 戻る。おまえのすぐ横に、その黒い丸薬の瓶がある。」 それではすぐ呑もう。しかし、おまえさんたちはのんでもだめ 「そうか。そいつはいし 四「だめだ。けれどもおまえが呑んでもとの通りになってから、おれたちをみんな水に漬けて、 男よくもんでもらいたい。それから丸薬をのめばきっとみんなもとへ戻る。」 山 「そうか。よし、引き受けた。おれはきっとおまえたちをみんなもとのようにしてやるから 理な。丸薬というのはこれだな。そしてこっちの瓶は人間が六神丸になるほうか。陳もさっき おれといっしょにこの水薬をのんだがね、どうして六神丸にならなかったろう。」 多 文「それはいっしょに丸薬を呑んだからだ。」 注 「ああ、そうか。もし陳がこの丸薬だけ呑んだらどうなるだろう。変らない人間がまたもと の人間に変るとどうも変だな。」 そのときおもてで陳が、 「支那たものよろしいか。あなた、支那たもの買うよろしい。」 と云う声がしました。 「ははあ、はじめたね。」山男はそっとこう云っておもしろがっていましたら、俄かに蓋が びん
少し笑って弟に云う。 「大へん怒ってるね。どうかしたのかい。ええ。あの東の雲のやっかい。あいつは今夜は雨 じゃもんせき をやってるんだ。ヒームカさんも蛇紋石のきものがずぶぬれだろう。」 「兄さん。ヒームカさんはほんとうに美しいね。兄さん。この前ね、僕、ここからかたくり の花を投げてあげたんだよ。ヒームカさんのおっかさんへは白いこぶしの花をあげたんだよ。 そしたら西風がね、だまって持って行って呉れたよ。」 まあいいよ。あの雲はあしたの朝はもう霽れてるよ。ヒームカさんが 「そうかい あお 理まばゆい新らしい碧いきものを着てお日さまの出るころは、きっと一番さきにお前にあいさ 料 っするぜ。そいつはもうきっとなんだ。」 多 「だけど兄さん。僕、今度は、何の花をあげたらいいだろうね。もう僕のとこには何の花も の 文ないんだよ。」 さくらそう 「うん、そいつはね、おれの所にね、桜草があるよ、それをお前にやろう。」 「ありがとう、兄さん。」 「やかましい、何をふざけたことを云ってるんだ。」 あら 暴つほいラクシャンの第一子が 金粉の怒り声を 夜の空高く吹きあげた。 「ヒームカってなんだ。ヒームカって。 252
( ははあ、六神丸というものは、みんなおれのようなぐあいに人間が薬で改良されたもんだ な。よしよし、 ) と考えて、 「おれは魚屋の前から来た。」と腹に力を入れて答えました。すると外から支那人が噛みつ ノ \ よ、つにどなり・ました。 「声あまり高い。しずかにするよろしい。」 山男はさっきから、支那人かむやみにしやくにさわっていましたので、このときはもう一 ペんにかっとしてしまいました。 理「何だと。何をぬかしやがるんだ。どろほうめ。きさまが町へはいったら、おれはすぐ、こ 料 の支那人はあやしいやつだとどなってやる。さあどうだ。」 多 支那人は、外でしんとしてしまいました。じつにしばらくの間、しいんとしていました。 の 文山男はこれは支那人が、両手を胸で重ねて泣いているのかなともおもいました。そうしてみ ると、 いままで峠や林のなかで、荷物をおろしてなにかひどく考え込んでいたような支那人 たれ は、みんなこんなことを誰かに云われたのだなと考えました。山男はもうすっかりかあいそ うになって、いまのはうそだよと云おうとしていましたら、外の支那人があわれなしわがれ た声で言いました。 「それ、あまり同情ない。わたし商売たたない。わたしおまんまたべない。わたし往生する、 それ、あまり同情ない。」山男はもう支那人が、あんまり気の毒になってしまって、おれの じる からだなどは、支那人が六十銭もうけて宿屋に行って、鰯の頭や菜っ葉汁をたべるかわりに