人 - みる会図書館


検索対象: かんかん虫は唄う
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1. かんかん虫は唄う

先へ行ったトム公が戻って来て、そう告げる。 どまんじゅうがた 谷戸坂を登って、左側の高い崖をのばると、中腹に土饅頭型の陰気な丘があった。刈 られてある雑草のひろい空地の向うは、凝固土の低い杭から杭へ、鉄の鎖が垂れてい て、その中には、異国で死んだ中華人の墓石が乱立している。 ここのナンキン墓の墓番をしながら、花や香を売っている広東人の若夫婦は、たいし せんばう もう・ た金が儲かるというので、その頃、在邦の清国人のあいだでは羨望の的だった。 ようきひ 墓番の若い細君は、同邦人の葬式があるたびに、必ず、楊貴妃のように盛装して施主 に雇われてゆく。それは、清国式の大げさな葬式にはぶたの丸煮と共に、ぜひともなく てはならない「泣き女」の職業に かね どら - もくばん 銅鑼や、木鼓板や、鉦を、破れかえるほどたたきながら、よく、彼等の祭の如き輿を かこんで行く葬式の行列が、横浜の町を練ってゆくのを見る。 職業婦人の「泣き女」は、その葬式の先頭に立って、人力車の上でオイオイと声をあ 唄げて泣くのが商売だった。ナンキン墓の細君は、その泣くことの天才であって、ご亭主 かせ 虫さんよりは稼ぐということである。 その「泣き女」の細君と懇意なのか、お光さんは、家の中で立ち話をしていたが、 ム公の声を聞くと、すぐに出て来た。 田「あ、来たのね、諸君」 こんい コンクリート

2. かんかん虫は唄う

西瓜の種と、夥しい蠅の中で刑事部屋のはなしは賑やかだった。その中に一青堂の主 人が扇をつかっていた。西瓜は彼の携えて来たおみやげらしく、刑事の一人は彼の知人 彼が八丁堀署のその知人の刑事を訪れた用向きは、水野椋太郎が一銭蒸汽のうちに遺 失して来た古鞄の問題であった。その鞄の内にある数枚の錦絵は、実はまだ水野から代 価を受けてない自分の物であり、しかもその中の春信、春潮などは時価数百円もする逸 品でもあるというのだった。 水野椋太郎は、大蔵省属からやっと近年判任になった善良な官吏で、勤続数十年をチ コチコと蓄財しては唯一の趣味とする浮世絵蒐集のほかに何の道楽あるをも聞かない小 心清廉な君子人だったとおもっていたところ、どうした風のふきまわしかつい先頃その 辺の河岸ッぶちで売笑婦に袂をひかれ、ふらふらと魔がさしたように怪しげな廃船の一 銭蒸汽のうちであやしい春を買ったのがあやまりで、そこに大事な鞄を忘れて来てしま った。それもいいが彼の小心は、すぐ後でそれと気づきながら、何か、その売笑婦に帰 りがけひどく罵られた事を気に病んで、どうしてもひとりでは再びあの怪船へ鞄を取り けんちゅう をあきらめさせて、お重は絹紬の洋傘を手に、妓夫の為吉とふたりで家を出て行った。 おびただ

3. かんかん虫は唄う

R ときめいた。二人はべンチを離れると、すぐに他人のようになってべつべつに別れて行 つつ 0 彼は、ばんやりとお光さんの唇を思いうかべた。 そして朝、眼がさめてまでゆう べの悪夢が後頭部にこびりついて彼の軽快を削いだ 陽がたかくなると、全市の空に、根岸競馬の花火が晴々しい爆音をひろげた。町の 人々はすべて競馬場へ向っているようにトムには見えた。 ポケットの百円紙幣も海軍ナイフも、きのう伊勢佐木署から少年懲治監に送られるま えに刑事に取り上げを食っていたので、彼の淋しく探る指先には、何もふれるものがな かった。それでも競馬場にさえゆけば、お光さんか誰かが来ているにちがいないという 希望が、わずかに彼の気もちを幾分か躍らせていた。 「トム、トム公じゃないか」 彼は刑事の声と聞きちがえた。。 ヒクリとした眼は秋の空の下にはちきれそうな健康さ しつ、」く をもって笑っている男の眼と出会った。彼は、数百円もしそうな漆黒のサラブレッド種 くら つや の鞍にぎゅっと乗りこんでいた。その毛の艶、乗馬靴の艶、鞭の艶、トム公はれ惚れ ジョッキー と見入ってしまった。 それは競馬界で島崎とよばれている売出しの騎手だった。 内外人の女たちにもてて、体がいくつあっても足りないほど騒がれているというこの 根岸の花形騎手も、つい数年前まではメリケン波止場で砂糖馬車組合の幌荷馬車に鞭を さっ

4. かんかん虫は唄う

「こっちで用があるんだ」 彼は、中へとびこんだ。 先刻の夫人と令嬢がびつくりして、卓から立った。オペラバッグが、彼女と刑事の間 にあった。 刑事は、彼女たちを、眼でかばいながら、 「なんだおまえは」 「かんかん虫のトム」 「何しにはいって来た ! 」 「おれの連れだよ、その人は。一緒に帰るんだ」 「これは泥棒だ」 「冗談じゃない 「ーー奥様」 刑事は、体を横に反らした。 「ご紛失の腕輪は、これでしような」 プラチナだいダイヤ 白金台の金剛石の環が、燦然と、卓の上におかれた。 「え、これですの , ・ : まあ、よかったわねえ、奈都子さん」 「ほんとに、不」 さんぜん テープル

5. かんかん虫は唄う

き一ら 朝、まだ朝霧や紙屑がほの白い横浜の町を、二人曳きで波止場へ飛ばしてゆく四、五 台を見る。 その上には、ゆうべ、真金町の日本ムスメに、もてたか、ふられたかし A っ ラシャ おおびん た、赤羅紗の外国士官どもが、籐の細いステッキを膝に挟んで、強烈なウスケの大壜を くるま らつば 喇叭飲みにつかみ、俥から俥の上へ、手わたしに飲み廻しながら銀貨の音で、車夫の細 すねしった い脛を叱咤して行く。 らんりよう ばうじゃくぶじんしやじよう 傍若無人な俥上の声、日本ムスメの貞操と、シンガポール、蘭領あたりの女のそれと * やまと の値段の比較や、いわゆる、大和なでしこの、低級さ、騙しよさ、肌のよさ、髪あぶら のろけ つば の臭さなどを、日本人なみの惚気まじりに、唾を吐きつつ爆笑して行ッた。 えら ひんきやく さっそう それが、当時の浜ッ子には、いかにも颯爽と見え、開化の賓客らしく見え、偉く見 え、文明人らしく見えた。 商館の通勤者、税関吏、お茶場女、燈台局の官員さん、沖仲仕、生糸検査所へ初めて 採用された海老茶袴、すべて朝まだきの人通りは、みな彼らに道をひらいた。先生に、 そうせよと教えられているのか、小学生は、脱帽した。 しやじよう そんな時、彼らが、俥上から捨てる葉巻の吸いかけを見ると、きっと、パンへ飛びつ ナンキンまい く痩せ犬のように、頭から南京米の麻袋をかぶっている男が、鳶のようにあらわれて、 攫い取るように、自分のロへ横に咥えた。 だから彼等が、どんなにジャップを軽蔑し、また開港場の我利我利人種も、それに対 えびちやばかま び だま おきなかし とび

6. かんかん虫は唄う

「みんな ! 何を買って上げようネ」 本牧から横浜の市街へ向って走る馬車の中で、女将は、はしゃいでいた。 七人の雛妓ばかりが、二台の馬車につまっていた。馬車がゆれるたびに、雛妓たちは キャッキャと笑い転けこ。 「たくさんご祝儀をいただいて来たんだからネ、何でもおねだり、何でも」 ーーカ ト猫のような眼は、急に羞恥んでしまった。 「欲しくないの」 「ほしいわ」 ひとりが手をあげた。 「なあに ? 軍艦 ? おもちゃの」 「いやあよ、そんなもの」 「犬屋にいるお猿さん」 「洋服」 豆菊 おしやく

7. かんかん虫は唄う

トム公は、立ち塞がった。 「待ってくれ、オイ」 奈都子は、まっ蒼になった。 「伯母さん、こわいわ」 め 「人に濡れ衣を着せて、すまして、帰るのか、てめえッちは」 「何がコラだ。もっと、調べろ」 「明・日じゃないか」 「うそだい」 「君 ! このチビを追い出してくれんか」 守衛は、両方から、トム公の襟くびをつかんで、ズルズルと引っ張った。トム公は、 ドア 両方の手を、扉と壁に突ッ張って、木靴でバタバタと床をたたいた。 唄 「こら、出んか」 虫 ん 「出ン」 ん か「」 , っー ) 士ーレよ , つ」 為「よろしい」 ぎめ た ふさ さお

8. かんかん虫は唄う

116 をとってしこたま儲けているんだよ」 言しながらポケットを探っていたお光さんの手には、、 しつのまにか、小さな短銃 が光っていた。 すく 黒眼鏡は、それを見て、顔もからだも、硬直したように、竦んでしまった。 きり きんちゃ 巾着ッ切 ピストルが物を一言うように、冷たいことばだった。 「君」 黒眼鏡は、その黒い玻璃の奥で、お光さんの顔を、恐怖にみちた目で見つめたままだ 「君」 ・ : なんだ」 お 「名まえを仰っしゃいな、名まえを」 「僕の姓名を貴様などに告げる必要はない。そんな物を人に向けて、何をするんだ」 から 「素直にしなければ、撃つのよ。空弾だと思うならば、撃ってみましようか、見本に ガラス ビストル

9. かんかん虫は唄う

称。底翳、内障。 * 愚連隊 註解 繁華街をうろっき、暴行、ゆすり、たかりなどをす る不良青少年の仲間。「ぐれる」と「連隊」とが結び * オペラバッグ 観劇用のしゃれた手下げぶくろ。転じて、小形の手ついたもので、「愚連隊」は当て字。 * 佩剣 下げぶくろ。 軍人や警官が腰にさげた西洋風の刀剣。洋剣 * ヒステリカル * チイハ ヒステリーを起こしている状態。興奮して、極度に かけ 1 一と ーと・もいし 、中国の賭博の一種。罫 感情の高まっているさま。ヒステリック。 紙に三十六個の熟語を記して配付し、胴元の伏せた語 * そよめく を考えて書かせ、当れば賭金の三十倍を払い、当らな そよそよと動く音がする。 やまと ければ賭金は胴元のものになる。明治時代、横浜や神 * 四大和なでしこ 戸の華僑居留地から流行した。 日本女性の清楚な美しさをたたえていう語。 ほんち * 奔馳 * 青楼 あおうるし かけ走ること。奔走。 昔、中国で青漆を塗ったところから「せいろう」と ・一う・ゅ・つい 、美人のいる楼の意。転じて、女郎屋、妓楼、貸 * 康有為一八五七 ~ 一九二七 中国、清末・中華民国初期の政治家・学者。広東省 座敷。 あぎな 南海県の人。字は広廈、号は長素。世に南海先生と称 * 万年青 く・よ・つカ′、 された。春秋公羊学を修め、「孔子改制考・大同書」 ュリ科の常緑多年生植物。観賞用。 などの著書は、清朝末期の政治運動に多くの影響を及 * バイオレット スミレ。すみれ色。 ばした。生年については、一八五八年説もある。 かんう * 8 関羽 * 浦黒内障 あざな 中国の三国時代、蜀漢の人。字は雲長。桃園に義を 眼球内の病気、黒内障、白内障、緑内障などの総 おちやや おもと そこひ ぐれんたい

10. かんかん虫は唄う

したまち もよお 1 ) ととど 日本橋の開通式は、もともと、下町もこの一区だけの催し事に止まるはすのものだっ とうきようまつり たが、その日になると、事実は全市の " 東京祭 , みたいな大はしゃぎになっていた。 シンポル 四月三日という絶好な浮かれ陽気の一日ではあったし、日本橋という東京の象徴が、 あいせき 古い木橋擬宝珠のチョン髷を切って文明都市らしい新装になるという歓びやら淡い愛惜 も又、全市民を当日の " 時勢の告別式 , へ駆りたてたにちがいない。が、もっと分りき った理由は、東京人が なかんずく下町の人々が、お祭好きだという事であろう。そ うやす れと世の中も、時々祭りでもやらなくては、無事に過ぎて、人心も倦み易く、商品や市 第一章