出し - みる会図書館


検索対象: かんかん虫は唄う
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1. かんかん虫は唄う

な姿態にも。 あしおと 多勢の、跫音が聞こえると、李鴻章は、ものうい顔をして、水煙管を、卓の上へ捨て て、腰へ手をあてがいながら、室内をあるきだした。 お光は、もう、はしゃぎ立って、多勢の男たちの中から、トム公を拾い出して、しゃ べっていた。 「なぜゅうべ、私が行くまで、薬師様に行っていなかったの」 「待っていたよ」 トム公は、ロを尖らした。すこし、不平のように。 その顔を、お光の白い指が、痛いほど強く突いて、からかい気味に 、、よ、つこじゃよ、 「 , っ子ス一時には・も , っ 「ああ、十二時には帰ったから」 「それごらんな、だからあたしや、、い配しちゃッて、あれから、どれほどヤキモキした か知れないよ。 だがね、おまえに頼まれたことは、探っているから、安心おし」 曲「亀田さんは」 みけつかん ん 「検事局からすぐに根岸の未決監へ送られているのさ。それはまあ、これからの工夫と ん かしてーー。私が心配しちまッたのは、おまえの方さ」 矼「それで、みんなが来てくれたのか」

2. かんかん虫は唄う

思って、お光さんや愚連隊の男たちは、止めどなく笑いを交換した。 お槙は、ふるえていた。そこに硬直したまま、誰とはなく睨みつけているのだった。 けしん そのあたまのうえを、ふわっと、白くながれてゆくマグネの煙が、島崎の化身のよう に。そばにいた島崎はいつのまにかそこにいよかっこ。 「見ておいで ! 」 彼女は、こめかみをびりびりさせて、うしろを振り向くと、突然、ヒステリックな声 で呶鳴った。 悪いやつが大勢、邸宅の庭にはいりこんでいま 「どなたも ! みんな来てください , すから。ーーー爺やツ、三吉ツ、お客様たちも来て下さい」 そして、危険を避けるように、温室の周囲をバタバタと駈けめぐった。 「諸君、お芝居はハネましたよ」 お光さんは、夫人の狼狽を冷笑しながら、小型なカメラをかかえて、すばやく、庭園 だがひとりトム公だけは、みんなが逃げる方角 唄を横ぎった。誰の足もはやかった。 虫とは反対に、さっき豆菊と会った裏手の海岸の方へ駈けだした。 彼は、もういちどそこに待っていると言った妹との約束にひかれたのだった。しか ん サロン し、彼はすくなからずそれを悔いた。座敷から、風呂場から客間から、いちどに、吐き 出されて来た人間は、彼ひとりを見つけて、大げさに追い廻して来た。 やしき

3. かんかん虫は唄う

倒した馭者は蒼くなって謝罪した。けれどお光さんはきかなかった。 「いやよ , さ、裸にして調べて頂戴、君も男じゃないこと」 すると、群衆の中に交じって、それとなく弥次っていた愚連隊の中から、神学生の今 めくば しかつめ 彼女は今村と何か目交せをし 村がっかっかとそこへ出て来て、鹿爪らしく仲裁した。 , て、 そのかわり晩までにごあいさつがないと、わたし、どん 「じゃ、君にまかせるわ。 なことをするか分らなくってよ」 ほろ と、幌の中へことばを投げて、お光さんは恥しげもなく、折れたはすの脚をもって軽 快に歩き去った。 馬車は揺るぎ出した。それとほとんど一斉に切符売場は殺到する客で混乱しだした。 神学生の今村は、そのまま救ってやった馭車台に跳びついて、 「少しの間待っていたまえー・・ー何、じきにすくよ、また今みたいな女愚連隊に引ツかか 唄るとつまらんからね」 ほろ 虫 ーーーその幌 と、馭者に話しかけながら、眼は、幌の中へ媚びるように振りかえった。 ん マダム ばたんいろ にくるまれた牡丹色のビロウドのクッションには盛装した石炭屋の夫人高瀬槙子と、姪 ん おのの 、ゝ、ほッと、蒼白い顫きから救われた顔をしていたのである。そしてむろ の奈都子とが ん、神学生の今村に対して、ふたりの眼は、感謝に盈ちあふれていた。

4. かんかん虫は唄う

まな 姿にも示した。しかし次々と彼のそのきびしい眼ざしに鑑識されていった次郎の所有画 はそばからそばからまるで鼻紙でも押しやるように水野のわきへ片寄せられた。その全 部を見終るまでに十分間ともかからなかった。 「これッきり ? : 」と水野はあっけない顔して、「だめだな」とつけ加えた。 そして彼はもう一ペんわきの方へ片づけた版画のすべてを自分の前へ雑然と置きちら して、 すす あとず 「これは後刷り。これは煤と日光で古びをつけた偽物。これは近頃出来のイミテーショ ン。これは生れよ、、、ゝ 。ししが二番物に手を加えて直したもの」 と、一枚一枚とり上げて、精細にその欠点や偽物の非を指摘し、その指摘にすら値い しない安物があとの全部だとはっきり云った。 次郎はすっかり憂鬱になってしまった。もとより大きな金を出してあるものはない が、それでもひそかにこれは掘出しものではないかとひとり楽んでいた春章や一筆斎文 調があったし、また商人からこれは保証するし値も格安だからとすすめられて、貯金玉 どを割るような奮発をして買っておいた北斎もあるし、春信もある。ところがそういう物 、、、いちべっ 匂 ほど偽物や直し物だと水野はてんで一眄もくれないのである。 色 「これもだめでしようか」と、次郎は見せる気力も失ったが、さいごに肉筆浮世絵の軸 それも畳の の方に就てたずねた。水野はもう見るまでもないといった顔つきだったが、

5. かんかん虫は唄う

ろ 22 いか、自業自得だって。お前のおやじが何処にいようと、女房子が野たれ死にしよう と、知ったことじゃねえや」 次郎は泣き出しかけた。しかし母にこんこん云われて来たことを思 . い、門ロで一生懸 命に同じことばをくり返した。そのうちに、泣き声になり、ついシュクシュクと泣いて しまった。 「ちえつ、酒がますい」 太助は、突ッ立って来た。無意識に、次郎は逃げかけた。酒乱のように見えたからだ 「野郎、まだ居やがるか」 次郎が、物蔭に立ちどまると、太助は出て来て、そこにあった物干竿で、駈け出す次 郎を、いやというほど、撲りつけた。 次郎は出あいがしらに打つかった人の胸へ抱きついて、とたんに有りッたけな声を張 って泣き出した。彼を庇ってくれたのは近所の按摩の音さんであった。音按摩は、 「およしなさい太助さん、こんなチビをつかまえて」 と、次郎の頭を片手で抱えこみながら太助をたしなめた。 「がきめ。とんだ近所騒がせをさせやがる」と、太助は間が悪そうにして家の中へ入っ たが、彼の女房も、それきり外を振向きもしなかった。 っ ? ) 0

6. かんかん虫は唄う

ろ 59 色は匂えど とは見 て直じ 感頃。ないとすか陶すが生お 傷は春けち、まら然さいかい が癖 潮れどあんのた いか悲 もば僕のが水る 方っ観 おあ よ眼ん気君野風 さたす いる ろはとの、椋を しあこ弱階し太お てな いかろい下た郎び 分 君い 。んへ眼へとて そら すさ遊ももいく んんの 君ふ 。びとううる なや道 あと しいにの一もに もつだ 覚盃 品い来持本のっ のはつ 悟を はもい主云はれ は分て をや 下のよにつ ま みり しす るを。もてる彼 んやほ ほ似くでの が なあん てめ し、泣 春とんすれ別語 せと るき 潮、も 人気 束んに かそ も語の六 のま いにを本 観で 文君え いカ見目 が になる 浮眼 売んよ あ剌 。みせの をて替 ると 加やり 。変 払 , ムな つつ おえるを っこな ー ( オこ てか自 て ちれる 来 まがの は あ つ最は た 君 潮何郎 て初 ま ついも強し 本 まら生 と たないい の たま仕 酒 新だ事 も あいて お春も な が 美 は ロ日 ののを い 蒐眼い ひ女数 と っ めすや にも時々すすめたが、お三輪の来るたびに殆ど前の銚子はからになっていた。

7. かんかん虫は唄う

め 4 を語っていた。次郎も眼で、また来るからね、となぐさめ顔を示し、この部屋よりさら に暗い廊下のロへ出て行こうとすると、水野は彼の肩へ寄り添って、 「ちょっと、君、ひと足先へ出て行ってくれないか。あれに、云いのこしたことがある もんだから : : : 」と、妙にねばねば云った。 : そうですか。じゃあ」と、次郎は先に歩みかけた。。 たが、女郎屋の門ロとい う特殊な空気のーーそれもまだ明るいうちにそこから出るときいつも味わうあのいやな 気持をおもい出して足が怯んだ。水野と一緒に出たほうがまだいくらか救われるような 気がしたのである。 で、また戻って、今出て来たばかりの行燈部屋の前に立ってい た。しかし余り中がひそやかなので何をしているのかとなんの気もなくのそいてみる と、水野は半身を病人の胸へのしかけてその顔と顔とをひとつにしていた。うしろへ人 が寄ってっても気づくまいほどじっとそうしているのだった。次郎は何かそッとして暗 い壁の蔭へ身をかくした。行きもならす戻りもならず脚がふるえた。 おはぐろ溝に添った千束裏にはもうタせまる灯がこばれていた。世間を隔離した高い 塀の上にさらに高い三階や四階や和洋折衷や純女郎屋建ての背なかが廓の内の表通りと どぶ はおよそ表裏を正直に見せて並んでいた。そして黒い大きな溝にはその一軒一軒の裏口 どぶ ひる

8. かんかん虫は唄う

2 「ーー失敬ですが」 さっき 先刻から、森のうしろへはいったり、社の絵馬を仰向いたりしていた洋服屋の職人み ノンチング たいな島丁冒が、 . キ中その廂へ、ちょっと手をかけながら、彼女の前へ屈みこんで来て 「火を一つ」 と、一度吸って消してある両切りの先ッばを、ぶしつけに、出して来たのである。 「火ですか」 「恐縮ですが」 お光さんは、わざと火のついている煙草はそのまま指に置いて、ポケットから、香港 ろう 出来の蝦マッチを探って、黙って貸してやる。 男は、人間の小骨みたいな蝦の棒から、硫黄色の火を出して、すばっと、いやしい音 をさせて吸った。 それを、戻しながら、 しい日曜ですな」 お光さんは、道理で港内が静かなわけだったとうなずいたけれど、男の顔へは、一べ つも向けなかった。 「お散歩ですか」 ひ ) し やしろ いおう カカ ホンコン

9. かんかん虫は唄う

「オイ、鋲を抜けよ。鋲を抜けよ」 そういう外の幻に、やっと、一人が眼をこすり出した。そして、ほかの者の耳を順々 に引っ張り合った。 「トム公だぞ。トム公だそ」 「えつ、帰って来たのか」 「はんとか」 「ほんとだと・も」 ねじまわ 彼らは、畳の下の捻廻しを持ち出して、たちまち一枚のガラス板を外した。トム公 」にこしながら飛び込んで来た。彼は、からだじゅうのポケットを探って、手あ たり次第に持って来たものをそこへつかみ出した。アンバン、 かみそり 煙草、洋刀、ドロップ。 「食え、食え、食え、みんな。まだあるそ、いくらでもあるぞ」 えら 唄「偉いなあ、プリンスはやつばり偉い。おいらのプリンス」 虫「約束どおり帰って来たぜ」 「持って来たぜ」 「ばんキ、い ! 」 きようえん アンバンの饗宴が初まった。煙草の曲喫みが初まった。餓えた中に物のあること ! びよ・つ きよくの ーモニカ、ピストル、

10. かんかん虫は唄う

ろ 26 子供がないので、ジロ公ジロ公と、このかみさんも彼を猫よりは可愛がってくれた。 朝は早く、三時といえば寝床を出、すぐ車をひき出して、四時半にはもう河岸の買い 出しに行く。そして帰ると、とくい歩き、夕方の店がしまうと、盤台洗い、寝るのはい つも夜の十時、おそいときは十一時、ーーそしてまた明け方の三時起きといったような 丁稚生活が、何年もくり返された。 次郎は不平を知らなかった。むしろ反対な幸福感の中に三、四年はすごした。辛いの は寝不足だったが、 居眠りがそれを調節し、雪隠の中でも、車をひいて歩きながらで も、居眠りをすることができた。 しおもちゃにしてから 千束町の女たちは、御用ききにくる彼をつかまえては、常にい、、 かった。河岸では男たちにもまれ、商い先では白粉の女たちになぶられ、いやでも彼は ませていった。いや彼の素質のなかには早くからそれに応じる性格がすでにあって、漸 くその芽が季節と土壌を得て伸び出して来たものといったほうがほんとであろう。 女くさい町、女ばかりのような町、その千束町で十六の年をむかえた彼には、彼の胸 にも、ふたりの女がいっかきざみつけられた。しかしそれはさすがに夜咲く窓の女では きむすめ なかった。どっちもしもたやの生娘だった。ひとりはお三輪といい、猿之助横丁の髪結 でっち あきなさき