ピンポン - みる会図書館


検索対象: にんげんのおへそ
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1. にんげんのおへそ

オッパイ讃歌 四、五日、寝不足の日が続いた。 左のオッパイの下のピンポン玉のようなしこりが、アバラ骨を押して痛くて寝 つかれない。オッパイというものは、デカ、チビにかかわらず睡眠の邪魔になる という代物ではないのに : : と、胸をまさぐってみたけれど痛くもかゆくもなく、 ピンポン玉はやわらかいと固いのの中くらいの手ざわりでコロンと居据わってい る。カンシャクをおこした私は、ある朝、鏡に向かって左のオッパイをグイ ! オッパイ讃歌

2. にんげんのおへそ

オッパイ讃歌 おもい、 ノ 目に入らないテレビ脚本にくらいつくようにして、毎タ六時からのリ、 ーサルに通った。三人の先生に診察をしていただいた結果がどう出ようと、この と田 5 、つよ、つにはった。 ドラマ一作がきちんと演れれば海いはない、 半分はやけくそ、半分はサバサバとした気分で、私はけいこに没頭した。六時 から十時すぎのリハ ーサルで疲れ果て、私は以前からの睡眠不足をとり戻すかの よ、つにべッドに入ると同時に眠りに眠り、ピンポン玉をまさぐる気にもならなか った。 明日からビデオ撮り、という日、私はテレビ局の衣裳部屋で、仕立て上がった ばかりの和服を試着するために洋服を脱ぎ、スリップを脱ぎ、プラジャーを外し しや、ピ てガーゼの肌じゅばんに手を通したとき、ふっと右手がピンポン玉に、、 ンポン玉があったところに触れた。 z 先生の言葉の通り、ピンポン玉は跡かたも なく消えていた。徐々にだか、急にだかしらないが、私が気づかない内に、ピン ポン玉は消えて無くなっていた。 や

3. にんげんのおへそ

オッパイ讃歌 私は「ありがとうございました。私にこんな幸せをくださって」と、叫びたいお もいだった。 人間、現金なもので、三日間のビデオ撮りの間、私は幸せいつばいでタコ踊り でもしたい心境だったが、 おさまらないのは夫人で、婦長さんに手術と病室の キャンセルを電話したついでに、 < 医師の誤診をきびしく訴えたらしく、年が明 けて早々に「 < 医師はもうこの病院にはおりませんーという報告を、私は受けた。 < 先生 : ・。ほんの二、三十分ほどのおっきあい ( ? ) ではあったけれど、彼 は彼なりに「寸時も早く患者の乳ガンを退治するのだ」という意欲と使命感にか られての日々であったろう、と私は思う。 患者にとって、誤診は許せないことだが、私がピンポン玉の経験で教えられた とい、つことだった。 ことは、医師もまた生身の人間であって、全能の神ではない、 ピンポン玉の一件は、いまから二十年も昔の話で、テレビドラマは幸田文先生 原作の「台所のおとーだった。

4. にんげんのおへそ

% と押し上げてみた。「ありや ? 」オッパイの下が、ピンポン玉の半球のように突 起して、まわりがうっすらとピンク色になっている。 生来、ひたすら「健康」だけが取り得の私は、十八歳の春に盲腸の手術を受け た以外に一度も病気をしたことがない。昭和三十年に結婚してからは、これはま た、ひたすら病気ばかりしている夫に、「お前さんはあんまり丈夫すぎて可愛气 ~ がないネ」とイビられたほどの病い知らずである。が、いくら病気に鈍な私でも お の 「このピンポン玉がムクムクと野球のボールほどになり、夏みかんくらいに成長 ん んしたら : とおもうとさすがに不気味になったが、夫は旅行中だし、私には一丁 きつけの病院も主治医もいない。私は受話器をとって、隣家へのダイヤルをまわ した。 隣家の夫人は、私より四歳年上で、東京の五指に入る大病院の、元院長のお 嬢さんだから病院には顔がきく。早朝にもかかわらず、彼女は庭づたいにわが家 へ駆けこんできてくれた。適当に上品で、オッチョコチョイで、親切に手足が生

5. にんげんのおへそ

えたような彼女は、私のピンポン玉を一目みるなり唇までマッサオになった。 「あなた、す、すぐに病院へゆかなくちゃ」 「病院へ ? 「そ、つよ、診てもら、つのよ、今日中にでも 「今日中ったって、私、今日はいろいろと : : : 」 讃「なにを呑気なこと言ってるの。もしも 「、もし , も ? 「こ、乳ガンだったら」 オ 「ニュウガン ? 」 「じゃないかもしれないけど、とにかく婦長さんに連絡をとって、先生の時間を あけていただくから、あなたはいつでも出られるようにしておいて。わかったわ ねー 呆然としている私を置いて、彼女は自宅へ飛んで帰った。

6. にんげんのおへそ

私は宗教を持たない。が、私は私だけの「神」を自分の心の中に持っている。 〈「神サマだけが御存知よ : : : 」という歌があったけれど、私の神は常時私により お の そって、私のすべてを静かな眼でじっと瞠めている。優しいけれど超オッカナイ ん 心神だから、私は気安く願をかけたり甘えたりせずにビクビクと遠慮がちにおっき あいを願っている。私にとっての神は、ひそかな心の支えではあるがお助け爺さ んではないから、困ったときに「助けてくれ工 ! 」と叫んだこともない。叫んで みたところで、「悲しいときは悲しめばよい。死ぬときは死ぬがよろしく候」と、 褝坊主のような返事がかえってくるだけだ、ということも、私にはわかっている。 が、ピンポン玉が消えて無くなったときだけは、おもわず、神を間近に感じて、 みつ

7. にんげんのおへそ

院長室に入り、婦長さんが私のプラウスのボタンをはずすと同時に廊下がざわ めいて、院長先生を先頭に二十人ほどの白衣の大軍が目白押しに院長室を埋めた。 「どうしましたか ? ・ : どれどれ、ちょっと拝見 色浅黒く、くりくりとした丸顔に大きく見開いた眼の色が強い。 院長先生の指さきがのびて、右のオッパイを触診した。 へ「あれ ? : なんにも無いじゃないのー お の 「先生、ちがいます。左です、左」 ん ん うしろに控えていた白衣の一人がカルテを差しだした。 「あ、そ、つか。、つん、、つん、これは : 院長先生はピンポン玉の周りを押したり左右に動かしたりし、やがて、カルテ の医師にドイツ語でなにかを指示し、私の肩を優しくボンポンと叩いた。診察は、 それで終りだった。 ・ : 私はなんとしてでも、 Z 先生の言葉を一縷の望みとして頑張ろうと いちる

8. にんげんのおへそ

ふく子女史紹介の病院は大塚にあった。 婦長さんに案内された診察室には、 z 先生が机を背にゆったりと椅子に凭って 見迎えてくれた。年のころは < 先生と同じくらいか、ふつくらとした童顔で、身 体はふつくら以上の肥満体で、細めた眼の光がなんとも優しくやわらかい。 人間の第一印象というのはふしぎなもので、私は z 先生にすすめられるままに、 讃吸いよせられるように椅子に腰をおろした。手術をするなら、この Z 先生のよう な方にお願いしたい : : そんなおもいが、チラと頭の中を走った。 「ちょっと、拝見しましよ、つか : : : 」 オ z 先生の丸っこい指さきが、左のオッパイの上からまわり、下へ、と輪をかく ようにすべって、ピンポン玉をとらえた。 「あ、これですね」 「 < 先生はすぐにも手術を、とおっしゃいました」 「 < 先生 : : : ああ、あの方は切りたがりやだから : : : でも、これはねえ、私から

9. にんげんのおへそ

三ヶ月の内に いま、こうして痛めつけられている私の大切なオッパイは、二、 : これからさき、私は片方がカラのプラジ 跡かたもなく消え去ってしまうのか : ャーをどうやって着けたらいいのだろう : レントゲン室からよろめき出た私は軽い貧血をおこして長椅子にへたりこんだ。 : ど、つしてこんな目にあ、つの 「なにひとっ悪いこともしなかったあなたなのに : そ へ お の 夫人の眼に、女性にしかわからない涙が光っていた。 ん 病院の玄関を出た私の眼に、外の風景はヘンに眩しかった。人々も道も建物も、 ーの写真のように白っちやけていて、たったの すべてのものがまるで露出オー 二時間前に、 一抹の不安はあっても、平常心で病院の玄関を入ったときといまで : 。私は、生まれてはじめて自分の脆さ、意 は、世界がガラリと違って見える : 気地のなさをおもい知って、メタメタにメゲた。 ピンポン玉のまわりが、なんとなく熱つほい感じがして、私は病院から戻ると

10. にんげんのおへそ

氷のうを左胸に抱いてべッドにひっくりかえった。なにも手につかず、なにも考 えられす、食欲もない。こんな精神状態で、ビデオ撮りがあと十日さきに迫った 一時間ドラマのヒロインが無事につとまるだろうか。既に半分以上の台詞が頭に 入っている筈なのに、その一言さえ思い出せない。これまではいつも、スタジオ の中では役の人物に化けきって、終始ゆったりと構えていた私が、オロオロとと 讃り乱し、台詞をトチリ、動きを間違って、を続出して冷汗をかく : 「そんな自分を見るのはまっぴらだ。オッパイがひとっ無くなるより、もっと辛 くてイヤだ。イヤだ、イヤだ : : : 」 オ 私の眼からとめどもなく涙が溢れだし、メソメソとだらしなく泣き続けて、そ の夜は眠れなかった。 翌日、旅行から戻った夫は、べッドでのびている私に仰天し、説明に耳をかた むけながらピンポン玉にそっと指さきをのばした。 岩手医専中退、医者のおちこばれである夫はじいっと考えこんだまま一言も発