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検索対象: 超バカの壁
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1. 超バカの壁

ても、家の中は「私」だからロを出せないのです。アメリカならばドメスティック・ イオレンスや児童虐待に対して、どんどん警察や行政が個人の家庭に入っていけるのに、 日本の場合はそうできません。それも「家」は「私」の空間だからです。 児童相談所がなぜ積極的に動けないかというと、よその家の中のことに口を出すもの ではないという暗黙の前提があるからです。仮に家にずかずか入り込んで子供のことを いろいろと一一一一口えば、相手は「そこまでロを出すなら、おまえが子供を育てろ」と言いか ねない。 これは「私」イコール「家」であるということが前提の理屈です。 日本人の「私。 基本的には、身体の一部は自分ではないという考え方は、実は日本の伝統的思考では 分ありません。西洋人の考え方です。 ・目 ここまで述べたとおり、「自分」「私」についてのとらえ方がそもそも日本人と西洋人 とでは異なる。西洋人のように「私」の単位が個人で、その個人というのは意識という

2. 超バカの壁

つまり生物学的にいうと女のほうが強い。強いということは、より現実に適応してい るとい、つことです。 それが一番歴然とあらわれるのは平均寿命です。身体が屈強なはずの男よりも女の方 が長持ちします。現実に適応しているからです。 現実に適応しているということは、無駄なことを好まないということです。女性で虫 を集めている人はほとんどいません。虫好きの世界は男専科です。虫に限らず、コレク ターというのはそもそも基本的に男の世界です。 マッチの箱とか、ラベルとか、切手とか、余計なものを集めるのは男が圧倒的に多い。 女性は集めるにしても実用品中心です。フィリピンのイメルダ・マルコス大統領夫人は 靴を山ほど集めていました。それも要するに実用品です。使い終わったものが残ってい るだけ。買い込みすぎて結果的に実用にならなかっただけです。 女性の頑固さというのは生物学的なこの安定性に基づいているのではないでしようか システム的な安定性を持っていると言ってもいい。 体が安定していることは頭のことにもつながる。だから、口論になって男のほうがあ

3. 超バカの壁

の分布の中のいい線に女の人がいて真ん中におさまっていると言ってもいいでしよう。 政治家の夜 政治家というのは基本的には男性的な職業です。そのなかでも小泉首相は極端な人で すから、ものすごく男性的だと言ってもいいかもしれません。 政治家は選挙中に子供を作っていることが多いそうです。それは要するにギャンプル 性が高い行為に興奮しているからです。横山ノック前大阪府知事が選挙中に強制わいせ つ事件を起こしたのもその意味ではわかります。選挙とはああいうものなのです。 ) 、 こととは一一 = ロいませんが。 選挙はお祭りだといいますが、まさにお祭りの夜の男女みたいになっているのです。 お祭りの夜は非日常的な頭になって興奮状態にある。 政治家に女性問題がっきものになるのもそれが理由です。それを昔は格好よく「英雄 色を好む」と言っていたわけです。権力を追求するという行為自体がテストステロンと いう男性ホルモンの作用ではないかという気がします。多少の例外はあるにせよ、女性

4. 超バカの壁

しかし長い間つき合っていくと、大抵の厄介な人でもドミノを最後まで倒すほど大変 なことは言ってこないことがわかってきます。相手の呼吸、度合いがっかめてくる。じ ゃあ絶対大変なことにならないという保証はありますかなどと詰め寄られても、そんな ものあるわけがない。その人を根本から治すことは出来ないのです。本気でその相手を しようと思うと、自分の人生を全部つぎ込んでしまうことになります。 一番大切なのはいかに被害を受けないかということです。そのためには、なまじ親切 にしてはいけないというのが私の経験から得た結論です。 ファンレターの返事 私は基本的にファンレターに返事を書きません。返事も書かないし、変なものは読み もしません。それは場合によっては非常に個人的なことが書いてあるからです。 フランスの哲学者アランは「自分は占いは読まない。なぜなら、読むと信じるから」 と書いています。占いは信じないという人も、大抵少しは気になるものです。影響され ないようにするにはどうしたらいいか。読まなければいいし、聞かなければいいのです。 142

5. 超バカの壁

ありません。 しかしこれもある程度は仕方がないことです。他人が黙って乗っかってくるというこ とでいえば、生きていく限りどうしても他人は乗っかってくるものなのです。それが家 族だったら、仕方がないと思って受け入れるでしよう。かっての日本の世間というのは、 そのへんの決まりをきめ細かく作っていました。 江戸時代には五人組という制度がありました。これも今の人は封建的だとか、圧政だ と捉えているかもしれません。しかし実は庶民はそれで良かったのです。どうしようも ない人は、その村でローカルに面倒を見ていた。ともかく生きる権利ぐらいは確保して やるということにしていました。日本人は基本的にはそういう慣習を持っていたのです。 結局、外へ出したら迷惑がかかるから内輪で何とかしていた。自分のところで使えな い人が外で使えるわけがありません。今でも日本の会社というのは、そういう人を必ず ある程度抱えています。給料を貰っているけれど、実際はニートみたいな社員です。勤 めているふりをしているだけ、というような人です。 東京大学でもそうでした。東京大学という看板には、その下に何人か、ただぶら下が

6. 超バカの壁

同じところにつながるわけです。 経済の世界というのは基本的に脳の中にそっくりです。耳から入った信号も、目から月 入った信号も、脳の中では同じになってしまう。それは当たり前だと思うかもしれませ んが、実は極めて人間的な機能です。動物はそういう機能をほとんど持っていません。 さまざまな感覚を同じにしない。感覚を区別して「違う」とする機能しか持っていない。 だから動物は絶対音感の持ち主なのです。 人間は脳内で何でも金に変えられる。一円という単位は結局神経細胞の興奮と同じで す。変えられるというのは同じにするということです。一生懸命働いて稼いだ月給とパ ソコン一台がイコールである、となる。とても一カ月の労働とパソコン一台が引き合う とは思えないということがあるでしよう。動物ならば、その両者を同じだとは田 5 いませ ん。 しかし頭の中はそんなことは問題にしない。なるべく同じにしてしまう。乱暴なもの なのです。こういう意識先行の世界を人間が作り上げて、それを都市と称して、文明と 称して、進歩と称してきただけなのです。

7. 超バカの壁

ようが、それは動物に対して偏見があるからです。動物差別主義者といってもいい 実はこれは身体に対する偏見と言いかえてもいい。要するに脳みそが優位たというこ とと、意識の世界が優位だということを勝手に決めているからそういう偏見を持つよう になる。 そもそも牛の世界を見ればよくわかるのですが、男はこんなに要らない。家畜の牛は 種牛が何頭かいれば、あとは人工授精で済んでしまう。家畜の牛に雄はほとんどいませ ん。ただ精子を保存してそれで授精をしている。時々こっちの都合で雄をつくって、あ とは基本的に雌です。 本当のことをいえば人間の社会でも同じことができる。今は必要がないからやらない だけで、女性だらけのアマゾネスの国はできる。逆に男だけの部落というのは出来ない。 だから空想の話としても聞いたことがない。そもそも気持ち悪い。 女一応男性のほうのいい点をいえば男はロマンチックになります。女性が現実主義です 男 から、それに比べればそうなる。悪くいうと、女は近視眼的だとなる。哲学者のショー ペンハウエルは徹底的に女の悪口を書きました。「芸術は長く人生は短し」という有名

8. 超バカの壁

からです。だから、嗅覚的信号による言葉はないのです。香水はあるけれど、香水で言 語的ないわゆるインフォメーションを伝えることはできない。視覚には文字があり、聴 覚には音声があり、触覚には点字がある。味覚と嗅覚にはそれがありません。この匂い は「嫌い」、この匂いは「好き」というふうに匂いで言語メッセ 1 ジは作れないのです。 逆に言葉で嗅覚を表現する際もあまりうまい表現ができない。それ自体で言葉がつく せつけん れない。これはバラみたい、石鹸みたいというふうに何かにたとえてしまいます。常に そうなります。 嗅覚の入力が半分入る辺縁系というのは情操、感情の中枢です。たとえば好き嫌いな つかさどかいば どを決めている部分です。記憶を司る海馬も辺縁系です。 なぜ辺縁系と呼ぶかというと、基本的に大脳皮質を一枚の膜と考えたときに、そのヘ りにあるからです。脳は進化すると、真ん中の新皮質が大きくなってくるのです。周辺 に取り残されているのが辺縁系です。辺縁系よりもその内側の部分が大きいほうがいわ ゆる賢いことになります。人間に近くなる。 134

9. 超バカの壁

くてはいけない。ただし、国家が人を殺す、戦争を起すことが、日本以外の国では中国 だろうがアメリカだろうが、基本的には認められている。それは本当はまずいことなの だということだけは、戦争の被害者だからよくわかっています。 しよういたん 何せこっちは頭の上に焼夷弾を落とされた世代です。あんな物騒なものを無責任に落 とされた。そんなとんでもないことは後ろめたいと思ってもらわなくては困る。 世論調査は怪し、 世論調査をすれば憲法は改正すべきだと答える人も多いのかもしれません。しかし、 そんなものは実は当てになりません。フリーターに定職につかない理由を聞いたら「自 分に合った仕事を探しているから」と返事するのと同じようなもので、そう一一一一口えば通る と思って返事しているだけということが往々にしてある。表に出た一言論というのは当て にならないというのは、日本の古来の常識です。 それこそ、模範解答しなくてはいけない状況をすでに設定しているわけですから、そ ういう答えが出るのは当たり前です。ここでも意識より一秒前に脳が動いているという 104

10. 超バカの壁

してしま、つのです。 根本的に日本語というのは、読みが中心の言語だと私は考えています。脳の働きから みればそれは明らかです。日本人の脳は仮名読み部分と漢字読み部分を別々に持ってい ます。読む際に他の多くの国の人の二倍、脳を使っています。基本的に「読み書きそろ ばん」というのもそこに起因しています。西洋語のように弁論術に重きを置いていない。 日本人にとってはもともとそういうロに出す言語よりも、文字言語の重要性が非常に 高いのです。ですから活字文化が日本から消えることはあり得ないと思います。その点 においてはあまり心配しなくてもいい 日本語を使っている限りは文字に頼らざるを得ません。音で「こうくう」と聞いても、 高い空なのか、日本航空の「航空」なのか、ロ腔外科の「ロ腔」なのかわかりません。 のこういう同音異義語が山ほどあることもあって、日本語は文字が前提にならないと話に ならない言語なのです。 ロシア語の通訳でエッセイストでもある米原万里さんは体験的にこういう日本語の特 性を知っていました。彼女の仕事は日本語文を読んでロシア語をしゃべることと、ロシ