不動点定理は、経済学で、市場均衡の存在証明をするのに使うのですが、なかなか興味 ぶかい定理だと、私は思います。言葉の意味するところが本当からズレているのが嘘です が、それを仮に連続写像と考えることができるなら、不動点、つまり本当のことを言うこ これをヒントに、 とが避けられない。 嘘をつくという行為を、すべての場合に貫き通すの は無理だと考えてみたのですね。 す約束はなぜ守るべきか 約束とは、当然、これから起こることについてなされるものです。ですから、約束を口 にしたときにはまだ本当か嘘か決まっていない。 「そこに机がある」と言ったときには、机があるかないかどちらかです。「明日、銀座の 和光の前で会いましよう」と言うのは、明日のことですから、まだ実現していません。事 理 実の報告ではなく、自分の意図、自由意志があり、行かなくてもよいのだけれども行きま 倫 すよという約束です。言ったら、これは守らなくてはなりません。言葉に合わせて現実を葉 作り出すのが、約束の特徴です。自分も約束に縛られますが、相手も縛られ、明日はやっ て来るという相手の行動が予測可能になる。
のひとつではないだろうか。社会的に有効な意志ですね。単に「心」の中にあってこうい う気持ちがするということではなく、約東とい、つ行為のかたちになることで、他の人の目 に見えるよ、つになっていく。 約束は、言葉の用法であり、それが実現するであろうことに対する信頼です。この社会 を生きる人びとは、人びとの意志が実現され、現実をつくり出すとか、言葉が制度を構築 して人びとを拘束することができるとか、約束を守ろうとする人びとの行動を信頼してい る。これがなければ、社会は成り立たない。その意味で、約束は社会の根本なのです。 す法と道徳 約束とは、ある人とある人が、こうしましようとあるときに取り決めることですが、そ れに対して法律は、社会全体で、こういうときにはこうしますということが、慣習によっ て決ま「ていたり、法律を作る議会を通過することで法律にな「ていたりして、すべての 葉 人びとが従う規則であるとみんなに周知されているもののことです。 言 人を殺してはいけません、殺したらこれこれの刑罰が科されます。物を盗ったらこれこ れの処罰をします。これが刑法ですが、刑法は約束と少し違い、みんなに同じことを一律
うことになる。日本語の辞書がそのロケットに積まれていて、それを見つけた宇宙人が、 宇宙語でその言葉の意味を説明しようとしても、日本人と連絡が取れなかったら難しい 宇宙語で説明してもいいのですが、それが果たして日本語の意味になっているのかを、誰 が保証するのかという問題があるわけです。 そんなことを言っても、日本語を英語で説明できるではないか、翻訳だってできるでは ないかと言うかもしれませんね。 翻訳の場合には、ふたつの言語があり、そこにある種の対応関係が成り立っている。じ つは、これはなかなか悩ましい問題です。最初どこかに二つの一一 = ロ語ができる人が存在し、 その人が通訳を始め、ほかの人びとにもうひとつの言語の意味を教えていったから、二つ の言語を使える人が増えたという現象です。しかし、最初の人がなぜ二つの言語ができた のか。そして、二つの言語のあいだの対応関係とはどういうものなのか。もしも完全に対 応関係がついてしまい、一方の言語の意味がそのままもう一方の言語の中にそっくり再現 できるのなら、それはそもそも、互いに異なる二つの言語なのだろうか。またもしも対応 関係が不完全であるのなら、一方の言語の意味 ( の一部 ) はもう一方の言語に移し替えら れないことになります。英語にならない日本語の意味がどんなものか、英語を使って表現 0 ラ 2
れ、それをフルシチョフが観にいった。フルシチョフは「こんなものはロバの尻尾で描い ます。実際ロバの尻尾に絵の具をつけて描いたように見えた たものだ」と酷評したといい のでしようが、無内容な絵の具の塗りたくりを芸術とあがめるなんて、いかにアメリカ帝 国主義の文化が腐敗堕落しているか、ということを宣伝したかったのでしよう。 絵画や音楽、文学に何か意味があるとしても、ほんとうにそこにどんな意味があるのか を論証することは、実はたいへん難しい では日常語に意味があることを言うのはどうかというと、これも難しい。そのことをこ れからお話しします。 定理 1 「ある言語が意味をもっことを、その言語で説明しても無意味である」 の たとえば、日本語に意味があることを日本語で説明できない。説明しても、説明になっ ていないのです。二〇〇一年の九月に、ワールドトレ 1 ドセンターに飛行機がぶつかって、ぜ 葉 これからの世の中は何が起きても不思議ではありません。そこで、こういう例を出しても、 言 突飛な想定だと思わないで下さい
ります。そこで、言葉をまず覚える。言葉を覚えた段階で、新しい人間として社会に受け 入れられる。そこではすべてが与えられているから、はじめはとにかくそれを学習してい きます。理解していきます。意味がある、大事なことがある、人を殺してはいけない、物 を盗んではいけない、などということを、とにかく吸収していきますが、そうするうちに だんだん、こんどは自分が主体的に生きていく。そういうことをし始めます。そして、一 ーになって、社会の意味をもう一度とらえ直し、考え直し、自分の生きてい 人前のメンバ く意味を考え直し、それを続け、結論は出ないままかもしれませんが、一生を終えていく。 人間とは、こうした存在なの 人間はこういうふうにしてきたんだな、と理解しつつ。 ではないでしようか 在 存 す言語は公共財である の 社会は、身体の交代にかかわらず不変である。誰が生まれても、誰が死んでも、社会は ど 根本的には変わりません。ちょっと悲しいことではあるけれど、自分が死んでもこの社会邯 は続いていきます。そういう意味で、一人ひとりと離れたレベルで存在するのが社会です。 この意味で社会は、客観的に実在すると考えられる。そういう特別な、個々人からしてみ
これは、性 ( セックス ) とは違った関係で、間接的な身体間の関係です。 さらに、人間が大勢集まることにより、お互いを拘東しあうという権力の関係がありま す。権力は、言語の関係とはまた違ったもので、大勢の人びとのあいだに秩序をもたらす ことができます。 性 / 言語 / 権力ーーーとりあえずこの三つの関係の。ハターンを用意しておくと、社会で何 が起こるかをとらえることができ、社会理論として基礎づけることができるのではないか、 というのが私の仮説です。 なかでも根本的なのが形式、すなわち言語です。言語は身体を構造化し、身体と身体の 関係を構造化し、社会を構造化する。構造化というのは、形式がなかったところに形式を 持ちこみ、分節化し、それを意味あるまとまりとする働きのことです。言語があることに よって人間の身体は、人間の身体らしいものになる。意味をもつ。身体が先にあるわけで はない。たんなる生理的身体という意味では、人間と動物はほとんど違いません。言葉や ル 1 ルがあることによって、身体が意味をもち始めるのだと思います。 人間はこういうふうに、既にできあがっている ( 構造化されている ) 社会のなかに生ま れます。人間が生まれ落ちたときには、その社会には既に「意味」があります。文化があ 070
することはやはりできないのです。ということで、どうやら定理 2 が成立しそうだ。 定理 1 と定理 2 を並べて考えてみると、ある言語が意味をもっということを、その言語 で説明してもしようがないし、別の言語で説明してもしようがない、 とい、つことになる。 いずれにしろ「説明」というのは、言語を使って行なうものですね。そこには「説明する 人ー理解する人」がいるわけですが、一一一口語の意味がわかるから説明もわかる。ここで問題 になっているのは、言語が「意味」をもっかどうかです。説明がわかるくらいなら、わざ わざ言語が「意味」をもっことを説明する必要はない。言葉がなぜ分かるかという根本の 根本の根本のところは、説明できない。それはただ、端的にわかると一言うしかない。 の 皆さんは、日本語をどのように習得したか、記憶していますか。 通 日本語がよくできる人から、日本語についての説明を受け、それで日本語ができるよう 、ませんね。 葉 になったという人はいますかも 言 どのように言語を習得したか、記憶がないはずです。これはたいへん本質的なことです。 通常の学習であれば、その学習のプロセスについて記憶しているはずです。たとえば、ど
使って世界のことやいろいろなことを考えたわけですが、この言葉の秩序がぐらぐらにな って壊れてしまったら、自分の思考も精神も解体して、クレージーになってしまう。クレ ジーにならずにまともにものを考えるためには、言葉が精密で正確でしつかりしたもの でなくてはならない。そこからヴィトゲンシュタインは哲学に入っていったわけですが これには彼自身の精神世界が崩壊にさらされているという危機感が関係していると思いま す。そして、世紀末ウィーンにはフロイトの精神分析など、いろんな思潮が出てきたのは ご存じと思いますが、その雰囲気が彼のこの書物にも反映しています。 というわけで、この本のテーマは、言葉を世界にしつかりつなぎとめて、言葉の意味を 確定することにあります。 ではどうするか 言葉には意味があるのが特徴です。言葉と世界に関係がなかったら、言葉に意味はなく、蛔 ム ただの記号になってしまいます。世界と何がしかの関係があるから、「コップ」といえば コップのことだなとわかるし 、ハシヅメダイサプロウさんと呼ぶと、実在する橋爪大三郎語 言 さんが、はい、と答える、そうやって一言葉は意味をもっているのですが、これはどうして 可能になっているのでしようか。常識からいうと、そんなことは当たり前ではないかと思
す言葉の本質とは何か 説明という方法をあきらめ、言葉の本質というものを考えてみます。これは「心」と関 係があります。 言葉はでたらめではありません。秩序があります。秩序の背後にあるものをとりあえず、 規則 ( あるいは、ル 1 ル ) と呼ぶことにします。 規則はどのように、意味を成り立たせているのか。 言葉には、名詞 ( ものの名前 ) が含まれています。まず名詞の意味について考えてみま 1 レよ、つ 0 たまたま「机」という日本語の意味を知らなかったとします。どうやって「机」という 言葉を教えるか。 と実例を挙げて教えるとします。机 < 、机、机 0 : : : と世界中にある机をすべて挙げな 0 ララ 3 言葉はなぜ通じるのか
来年、巨大彗星が地球にぶつかり、地球が減んでしまうことになりました。人類も全 減です。残念です。そこで、この地球に知性のある人類がいて、意味のある社会を営ん でいたということを、宇宙のどこかにいるかもしれない知性のある存在に何とか伝えた とういう方法があるだろうか。 人類の有意味な文化を他の惑星に伝達したい。。 言語を使っています。そこでまず考えつくことは、辞書 人類は、意味を伝達するのに、 をカプセルに入れてロケットで打ち上げる。辞書があれば、言葉がわかるかもしれない。 日本語の辞書には日本語の意味が書いてあるから、これを読んだ異星人は日本語のことが わかるよ、つになる・ : だろうか。 どこか古代の都市を発掘していたら、変な模様がたくさん書いてあるものが出てきた。 とうしたらよいでしよう。「ロ△■十 ひょっとしたら文字かもしれないので解読したい。。 * マ」を解読しました。これは「人間学アカデミー」と書いてあるのです。そう誰かが主 張したとして、どうやって検証できるでしようか。本当に「人間学アカデミー」と書いて ところが古代都市の住民 あるかどうかは、古代都市の住民に聞いてみなくてはならない。 つまり解読できたかどうかは永遠にわ はもう一人もいませんから、聞くことができない。 0 ラ 0