どうしても信じられない人は、どうして「腕が上がっていきます」と他人からいわれたぐら いで、命ずるままに自分の腕がやすやすと上がっていくのか、不満な表情をみせる。 「わたしなら、絶対に上がるものか ! 」と、かたくなにいいはる。 ところが、こうした不信感の持ち主ほど、その自信とプライドにこだわった頑固さとはうら はらに、じつは案外ころっと催眠状態に陥ってしまいがちなものなのである。 つまり「信じる」「信じない」といった主観的な態度とは別に、大多数の人は、事実として、 言葉やイメージだけで日ごろ覚醒状態にあるときには考えられもしないような心理状態に陥っ てしまう。それは科学的な実験によって実証されていることなのだから、私たちは事実として 認めざるをえないのである。 このような、他人から聞く言葉、あるいは自分の内語によって、その言葉の内容がおのずか ら行動にあらわれることを、われわれはふつう「暗示」あるいは「暗示現象」と呼んでいる。 法 この場合、「腕がだんだん上がります : : : 」とか「瞼が固く閉じてきます : ・・ : 」といった言 一小 葉が、たんなる物理的な音声刺激でないことは明らかである。 暗 己 ここにはある身体の動きがあらわれており、その動きには、動きを命ずる内容がふくまれて 自 いるからである。しかもその内容が、行動や反応となって現実にあらわれてくるからである。
セルフコントロール 0 一 セルフコントロール ・心の悩みとセルフコントロール ・心と体のコントロール ・セルフコントロールとは 身体弛緩を媒介とするコントロール ・自己暗示訓練法 自己暗示のメリット / 漢方薬に似た効果 ・ハイオフィード・ハック訓練法 生理的変化の認知 / 意志による変容 ・自己弛緩訓練法 筋弛緩と心的弛緩の融合 / 不安解消のメカニズム ・はらの・こうたろう 一九三〇年、長野県に生まれる。 一九五三年、東京教育大学心理学科卒業。同大学院修了。 東京教育大学教授、スタンフォード大学客員教授、 筑波大学学校教育部教授を歴任。臨床心理学、性格心理学、 行動療法などを専攻。一九九四年逝去。 主な著書に『教育臨床の心理』『教育指導の心理』ー金子書房、 『教育相談』ー第一法規出版、『教育心理学』ー学陽書房ーなど、 訳書に『人間行動の形成と自己制御』ー金子書房ーなどがある。 よ原野広太郎 睡「セルフコントロール 講談社現代新書 悩みや不安が身体症状としてあらわれる 現代新書既刊より ケースのあることは、多くの臨床例から報告されている。 心と身体の接点の医学Ⅱ心身医学の立場から、心と人生の 実像を探り、「自分」とは何かを問うのが池見酉次郎『自己分析』であり 身体と心の過敏状態を鎮静させ、自分の潜在能力をひき出す 自己鍛練法を具体的に示したのが成瀬悟策『自己コントロール』である。 石塚幸雄『自己実現の方法』は、不安、うつ状態などを、人格発展の 一・契機としてとらえ、″加点法″で生きることの大切さを説く。 褝を、自然と人間を透視する哲学、科学的な心身鍛練法と位置づけ、 だれにもできる禅の方法を示したのが佐藤幸治『禅のすすめ』、 な禅を生活する″ことを強く主張したのが飯塚関外『禅のこころ』である。 緊張を解きほぐす・ーー心の悩みや障害を持っているクライエントは、 身体全体に力が入り、緊張している。心がいつも緊張しているため 交感神経の緊張が身体の筋の緊張をもたらし、逆に筋緊張が 神経の緊張を誘うという悪循環を作っている。 筋と神経の緊張は、四肢では大部分が血管収縮を生じる。 血液循環が悪くなれば、肩がこる、手足がしびれる。 だるさを感じたり、意欲の減退を覚える。いつも緊張していれば、 すぐ不安状態に陥ったり、恐怖感に襲われる。 そして、突然動悸がしたり、冷や汗をかいたり、めまいがする。 この論理をちょうど逆にして、身体の弛緩 ( リラクセイション ) 訓練を することによって、心の緊張をほぐそうとするのが弛緩訓練である。 心と身体は密接に関係しあっていて、心の悩みや不安か ・ . 頭痛や高血圧などの身体症状をもたらすケースは多い ・心の状態は、どうすればコントロールできるだろうか ・自分のカで意図的に制御できる身体の反応の訓練から 自律反応の制御を通して、心を安定させるのが、 セルフコントロールの目ざすところである ①こうしたいと思う、動機づけをもっ ②呼吸の調整などで、緊張ー弛緩の 感じをつかむ。③この身体的弛緩が心の変化をうながす こうして実現される″とらわれのない開かれた心々は、 原野広太郎鞋い三能力。 : 本書よリ カバー・イラストⅡ渡辺富士雄 特製ブックカバー物呈 のマークを川枚集めて 封書てお送 リくたさい ( 葉書は不可 ) ノク「へカマーク代明も可 宛先 講談社新書販売部プクカバー係 リラクセイション 講談社現代新書 マークⅡノ—t ヘル平和賞 コ 7 定価 = 650 円 ( 本体 631 円 ) I S B N 4 - 0 6 -1 4 5 71 7 ー 9 C 0 2 1 1 P 6 5 0 E ( 6 ) P650 ◆
入ってきた青年が、順調に数年間勤務したある秋の午後、上司の前で起案書に筆をいれようと したら、急に手が固くなると同時にふるえ出して、筆がちっとも進まなくなってしまった。さ ては、、い臓マヒか、脳卒中かと自分から心配になって、顔がまっ青になった。上司もびつくり して、さあ大変とばかり、医務室に背負って連れてゆこうとしたが、本人は、しつかりした足 取りで、歩いて行けた。だが、意外なことに、、い臓にはなんの障害もないようだし、まして脳 卒中の気配など少しも認められなかった。二時間ばかり休みをとると、さっきのふるえはうそ のように消え、落ちつきを取りもどし、上司がいない所では、すらすら筆をとることができ だが、これを機に、人前で書くことを極度に避けるようになった。やむを得ず書くときに は、手がふるえ、字も滑らかさがなくなった。書くことに恐れがっきまとうようになった。 彼は自分の能力、抜群の統率力に強い自負心をもっていた。周囲の人も実力を認め、上司た ちは将来を嘱望していた。だが、この小事件は、彼の自信、自負心を一挙に吹き飛ばしてしま った。どんなに大きなショッグを彼が受けたのかは、その後長く不眠症に悩むようになったこ しよけい とと、いわゆる書痙の症状がみられるようになったことからもよくわかる。そして、しばらく は休養をとらなければならなかった。
第二には、主観的な悩みとして、眠れないこと自体を気にする。「どうしても眠れない」「な ぜ眠れないのだろう」「眠れなくて、本当に困る」「これで、身体もダメになってしまうのでは ないだろうか」と、眠れないことを悩むようになる。 そしてこの心配やら悩みやらが実は不眠を長びかせ、あるときは不眠を促進させてしまうこ とにもなる。 ある識者は、不眠は自分が眠れないことを気にするから眠れないのだ、この気にすることを 止めて、眠れないのならそれでも構わないと、ふてくされて開き直ればよいと教えている。 確かに、この識者のいう点は、不眠症のグライエントを見ていると、そのような論理で説明 ことど できるので、もっとも〃らしい〃。ところが、この理はあくまでもっとも″らしい〃冫 まる。それは後半の、眠れない状態に対し、どうにでもなれと居直る状況があくまで言葉だけ で、いわば意識上の間題であって、凡人にはそんな気になれない点が残念なことである。 セルフコントロールによる不眠症状の除去は、この居直るところを、、いだけに頼ってはでき ないものとして、身体の力を借りて達成しようとする。つまり、意識や努力では居直れない が、身体の働きならば意識や意志で制御できる。そして、この制御された身体の機能が間接的 に居直りを促すことになる。
でしまっている。このようなケースは身体の病気やけがと同じで、治療の結果、元通りになっ て当然である。 もう一つの方法は、現在の普通の状態から、さらに、もっと望ましい理想状態になろうとす る方法である。 たとえば、すばらしい創造的発想を得たいとか、自信をもっとつけて受験に臨みたい、自分 の意志できつばりと決断を下したいなど、より積極的な態度を望む人が必要とするセルフコン トロール法である。 この方法は積極的姿勢ではあるが、緊急度が少ない。反面、現在、不安に陥っている、悪癖 に悩んでいる、あがってしまう人の治療の動機は、事態をこれ以上悪化させないで、とにかく 普通の状態になりたいと願う消極的な態度や希望に根ざしている。 しかし、この消極的な態度も、必ずしもいやいやながらというのではない。むしろ、なんと か早く直したい、よくなりたいという強い願望でもある。 そこで、とくにこんな症状の人、こんな悩みをもっている人、こんないやな不安や恐怖にお びえる人が、セルフコントロール法によって克服できたケースの内容を次にあげてみよう。
これは、どのような症状に対してどのような治療法がもっとも適切か、さらにウォルビの提 唱による系統的脱感作法はどのような症状にもっとも有効かといった問題とも関連してくるも のである。 また、筋弛緩にせよ、心理的弛緩にせよ、ただ単に弛緩したということだけで、不安や恐怖 の軽減が可能になるかどうかという問題もまだ解決されていない。筆者らは心拍の制御におけ る心的ストラティジの重要性を強調したが、筋弛緩の場合も、同様に、なんらかのストラティ ジを用いて意図的に弛緩することが重要であると考えられるので、この点を検討することが新 たな問題である。行動療法の実践上の見地から、弛緩訓練の方法について吟味しなければなら ない。漸進的弛緩法、自律訓練法などに比して、より短期間に習得でき、効力を発揮する弛緩 法が考案されれば、臨床実践に大きな貢献となるといえる。 弛緩訓練は、心理療法の実践にすでに適用されているが、深い検討はほとんどなされていな い。そこで、上記のいくつかの問題をとりあげ、実証的研究に基づき、これらの問題の理論的 側面と行動療法における実践的側面を検討してみよう。 拮抗制止としての弛緩
そのあとはしどろもどろで、自分ながら何をいっているかわからなくなってしまう。 その上、こうした経験をしたあとでは、今度は嫌悪感が生まれ、人前でしゃべること自体が いやになって尻ごみをしてしまう。中には、人前でしゃべることから受けるショッグで、もの が書けない、いわゆる書痙にまでなってしまうこともある。 ところで、中学生・高校生・大学生の中には、普段はよく勉強ができるのに、いざ本番のテ ストになると、あがってしまって、頭がカッカしたり、ドキドキしたりで、冷や汗が出て、ど うも実力を十分発揮できず、思わしくない成績に終わってしまう生徒・学生がかなりいる。 それも、高校や大学の入学試験ともなれば、あがるなというほうが無理である。実際、あがっ ル てしまい、思わぬ失敗をしてしまった経験は、たいていの人が一回や二回はある。普段ならでロ きる問題であるのに、試験の後なら難なく解けるのに、と後年、遺恨となって歯ぎしりするも コ のである。 ル セ 日頃、努力を積み重ね、その結果が入学試験として結品するかどうかの瀬戸際に立って、思 と み わぬ失敗をするのは、泣くに泣けない悔みとして残る。それもこのミスが一生涯つきまとうと の いうことになれば、こうしたあがりをなんとか防げたらと思うのも、無理のないことである。 そして、このあがりは、人の実力や知的能力とはあまり関係なく生じるのであるから、まった
ウォルビは後に、逆条件づけという用語を用いているが、拮抗制止のほうをより好んで用い ていることは明らかである。 弛緩と心的ストラティジ 弛緩訓練は直接的には骨格筋が対象であるから、一般的には随意的に制御する訓練法であ る。しかし、神経障害、心理的障害の種類によっては、この随意反応でさえ制御できないこと もある。実際、緊張性の書痙、各種の恐怖症、脳性マヒなどにおいては、グライエント自身は その緊張について、ほとんどその自覚がないことがある。その緊張が身体的であっても、心理 的であっても、緊張の意識がない点では同じである。このような場合、まず必要なのは、この 緊張を意識し、グライエント自身が緊張していることを自覚することである。 不安や恐怖など、自律反応と密接に関係する心理的障害の軽減や除去のため、随意的に、し かも直接、作用できる方法はない。しかし、筋緊張や不安・恐怖反応を随意的に軽減し、減弱 させる直接的な方法はなくても、最初は単純な筋緊張を随意的に制御できる方法、たとえば呼 吸を意識的に調整する操作などが可能であればよい。この操作のくり返し、訓練の積み重ねに よって、緊張ー弛緩の感じがっかめれば、最初随意的に制御できなかった不随意反応の操作 192
状態になることは、人の場合には確かな事実として、いろいろな実験や臨床研究から実証され ている。 ノイローゼになる人、あるいはノイローゼ症状に似た性格の人では、重要な場面に遭遇し、 いずれかに決断をしなければならないとき、その決断に迷い、決心が鈍り、そのことがさら に、自分の心理状態をノイローゼ状態の方向に促進することになってしまう。 地位が高まり、責任が重くなればなるはど、決断の重大さやその回数も増すのが普通であ る。実際、ひどく内向的な人や神経質な人がこんな状況におかれたとき、ひどく困惑し、生活 適応が異常に陥ってしまうことは、われわれの周囲でも観察される。そうした性格の人ばかり でなく、普通の性格の人が、ひどい迷惑を受けることがある。 一般的に、職場の仕事でどちらに決断しても、その決断が後になって重大な不利をもたらす ということはほとんどない場合に、その決断に異常な時間を費やす課長がいる。その優柔不断 のため、部下は戸惑い、適切な処置をとり損ね、結局、機を失って不利を招き、課の仕事全体 そそう の成績が振るわず、士気まで阻喪してしまうことがたび重なる。 こうした優柔不断の性格や行動がますますこうじて、いつも戸惑いの態度ですっかり自信を 失ってしまう。私たちは、このような行動は、不安感や恐怖によって引き起こされた行動習慣
的不安を軽減させることは可能であり、イメージなどの具体的対象物を用いず、筋弛緩のみに よる場合を拮抗制止と考えるほうがより適切であろう。 図に示された図式によって、特定の対象をもたない不安神経症状や漠然とした恐怖の減弱に 導くことができる。しかし、恐怖症や強迫神経症の行動障害に見られるように、不安や恐怖が 特定の対象と結びついている場合には、この図式による拮抗制止法は必ずしも有効とはいえな ここで考えられるのが逆条件づけ ( 一般には拮抗条件づけ、あるいは抗条件づけと訳されているが、 逆条件づけのほうがより適訳であろう ) の手続きをとることである。これは元来ガスリーの理論で あって、ある条件刺激に対してという反応 ( 不安反応 ) が条件づけられている時、その条件 刺激に新しく ( 弛緩反応 ) という反応を条件づけていくものである。臨床場面においては、 不安・恐怖反応を引き起こす特定刺激と不安・恐怖に拮抗する反応とを結びつける訓練をくり 返すと、やがて、不安を引き起こした刺激は、不安を抑制する役割を果たすようになると考え ることができる。 自律訓練や筋弛緩訓練によって、たんに弛緩状態に導いても、一般的不安は減弱するが、特 定刺激に結びついた恐怖反応や不安症状の減弱はもたらされないことがある。これは、一般的