意志が入りにくい実験的操作をとっている。強化因もその方向性や意味づけを被験者にあらか じめ教示しない手続きを用いている。この事実は、一方ではアメリカの行動主義の伝統やそこ に流れる、意識を対象とすることを回避しようとする研究者の無意識的態度がうかがわれる。 ミラーらが一貫して被験体として動物を用いていることは、意図や意志も働かず、強化 因の意味をあらかじめ教示されることが無意味であることと深い関係がある。 人間は、セルフコントロールやパイオフィ ードバッグの操作がとれることで、動物とは異な った特質があることを、ミラーらの研究と筆者らの研究との比較で、顕著な対照を示してくれ バック訓練法 163 パイオフィ
自律反応のコントロール 私たちは通常、自分の心臓の拍動を自由に変化させることはできない。また、血圧が高いか ら、低いからといって、自分の意図で、下げたり上げたりすることはできない。いつも不安状 態にある人が、「えい」とか「やっ」などというかけ声や気合いで、すっと安定した気持ちに なってしまうとは、とても信じられない。 心臓の拍動は、直接的には心筋という特別な筋肉によって自動的に拍動を続けるようにでき ていて、私たちの意志による影響を直接に受けるような神経の仕組みにはなっていない。 しかし、血圧や血流量が、感情や情動、外的環境によって、私たちの意識とはあまり関係な く影響を受けて変化するのは、自律神経の中の交感神経によって、中枢あるいは末梢の血管運 動が直接支配されているからである。 末梢の血流量や皮膚温が交感神経の影響を受けることは知られているが、同時に、ある科学 リ東こよっては、この血流量などの変化も自分の意志や意識によって制御されうることは、 的 ~ いくつかの実験研究から指摘されている。 それでは、どうしたら、このような、初めは自分の意志、意図、努力によって制御を受けな 8
て、成功している。これは座禅の修行と類似している。自分には外からなんらの信号も与えら れないが、自分の意図、意志によって、自律反応を変化させ、その変化は身体内の固有受容感 大脳へ伝達され 覚器を通じて大脳に伝えられる。しかし、この感覚は意識にはのばらないが、 ることによって、人の意図、意志との連合が成立し、さらに反応の変化を促進するものと考え られる。自己暗示理論がこの関係を示している。 パイオフィード・ハック法の練習方法 ハイオフィ ード・ハッグ法の訓練には、自分の心理状態に応じて変化する心身反応を検出し、 それが音や光に変換される装置・器具が必要である。そのため、脳波、心拍、皮膚電気反射、 血圧、筋電などの心身反応を測定し、その結果を、音や光で聞いたり見たりできる装置が市販 されている。それも、研究・実験用の精密なものから、ごく手軽に使用できる簡便なポータブ ル装置まで、いろいろなものが入手できる。 ード・ハッグのみでオ なお、パイオフィード・ハッグ法は、前にも述べたように、、い身反応のフィ 自分の心理状態を変化させることはむずかしい。心身反応の情報を音や光で認知すると同時 に、自己暗示、自己確信、心身の弛緩訓練、受動的注意集中のような意図的な練習・訓練を媒 ィードバッグ訓練法
間のある特定の条件下の実験を除いて、一般的にいえば、人間の自律反応あるいは不随意反応 のパイオフィードバッグによる行動変容では、①心的ストラティジが必要であること、②フィ ード・ハッグ情報ないし、強化刺激について被験者はその意味、方向性を知っていること、③動 機づけ要因、教示は行動変容にはパイオフィード・ハック情報と相乗効果がある点を明らかにし ている。 意図的関与の効果 行動療法の実践で、四肢の力を抜く、呼吸調整をする、イメージを思い浮かべるなどは自分 の意図や意志で随意的に制御できる機能である。また、受動的注意集中、四肢の重感、温感な どの自己確信、自己暗示は、自律反応や脳波などの不随意反応に変化をひき起こす。この際、 生体の変化は外受容性感覚情報信号に変換され、生体にフィード・ハッグされる。 それでは、く ノイオフィード・ハック技法では、生体の意志、意図、自己確信などの心的ストラ ティジはどんな役割を果たしているか、生体反応の外的フィードバッグは、パイオフィー クの効果にとって必要条件であるか。筆者がすでに指摘しているように、人間の・ハイオフィー ド・ハッグは、動物の自律反応のオペラント条件づけほど、簡単なメカニズムでは説明できない
分の意志や意図や努力の気持ちだけで、直接そうした状態になれることはほとんど期待できな 少しむずかしい言葉でいえば、これらの心理状態は、どれをとっても自律神経系の支配下 にある反応や、意識によって制御できない不随意反応なのである。こうした反応を、なんの訓 練もなく、練習も積まないで、いわれた言葉どおりに実現できるとはとうてい思えない。 セルフコントロール法は、こうした自分の意志では、即時的には制御できない心身の反応を 自己訓練によって、意図的に制御できるようにすることである。 ⑥悪癖・悪習慣の矯正 人は誰でも癖を持っている。なくて七癖と呼ばれるほど、自分にもわからない癖がある。し かし、普通、多くの癖はたいして問題ともならない癖である。なにより、他人に迷惑をかける わけでもなく、自分からとり立てて気にしたり、悩んだりしなければ、癖も愛嬌のうちといえ るかも知れない。 子どもの悪癖の主要なものに「チック」というのがある。眼をパチグリしたり、頭を横に振 ったり、息を飲みこむ、肩をすばめたり、手をぶらぶらと二、三回振ったり、足をちょこんと 上にあげるなど、無数にある。ところが、こんな格好を毎日見ている親や祖父母は、自分の子
自己暗示法を含めセルフコントロールの訓練法は、 co さんのような対人関係問題の障害の克 服に用いられるだけではない。心の悩みからくる消化器官障害、循環器官障害、偏頭痛、不安 や恐怖症状、劣等感や自信の喪失、意欲の減退など、もろもろの心理的障害の除去に役立っ方 法であ第 1 しかし、自分から離れた対象に自分の力を及ばそうとする念力や念写は、本書で扱う対象に ならない。セルフコントロール法は、自分の意志によって自分の心身に影響を及ばすという点 で、念力とはまったく違っている。こうしようという信念を、自分の身体反応、心身状態を媒 介にして現実化するのがセルフコントロール法で、観念の遊びではない。 さんの症状の治療には自己暗示法が適していたようだ。しかし、 co さんと似た症状でも、 自己暗示法ではない、い口ま . 理汁療カ有効な場合が多いことも、いろいろな臨床心理学的研究から確 かめられてい . 1 心の悩みや心理的障害の治療に、薬物治療を中心とする医療がどうも効果が少ないと思われ るときに、さんが試みた自己暗示法のように、自分の意志・意図である種の訓練・練習をし てみると、うそのように悩みがふっ切れ、不安や恐怖が除去されることがある。こうした自分 の意図・意志の下にある種の訓練を行なって、心理的障害を除去・軽減する心理治療をセルフ
オフィ ード・ハック訓練法」の章でくわしく述べる。 身体弛緩を媒介とするコントロール 自分の骨格筋を自分の意志のままに動かしたり、身体運動が自由にできても、それは、行動 療法・行動変容の理論的枠内では、セルフコントロールとはいわない。また、学習、記憶、知 覚、イメージなどがどんなに意図的にできても、それがセルフコントロールによるものである とはいわない。 行動療法・行動変容理論では、自律反応や不随意的心身反応を自分の意志や意図のもとに随 コントロール 意的に制御できたり、変容できたりする技法をセルフコントロールといっている。とくに随 意的制御というのは、他者の働きかけ、外からの手段を直接借りたり、利用することなく、自 分の意図や意志によって心身反応を制御できることをいう チッグ、車酔い、不安・恐怖反応、強迫的行為などは、いずれも自分の意志・意図によって 直接に矯正・変容・除去することはできない。ある一定の手続き、訓練の下に、自らの意図で 行動障害の矯正・除去を図る技法がセルフコントロールである。 また、歪んだ自己概念の変容は、行動障害や不安反応そのものの軽減や除去でなく、最終的
記憶がよみがえり、あとになって、ハッとある連続的なできごとを想い出すことができる。 こうしてみると、夢も酒酔いとかなり似ている。夢をみているときは、意識水準が瞬間的に 上がり、そのまま再び下がって、覚醒してもなかなか想い起こせない内容になってしまう。し かし、ひょっとした瞬間、ときどき断片的な夢が想い出せるのも酒酔いと似ている。 自己暗示も、暗示効果が定着するには、ある適切な水準の意識状態であることが望ましいこ いくつかの実証的事実によって説明されている。しかし、自己暗示は、他者暗示と異な って、自分の意志による暗示を自分に向けて行なうというところが他者暗示と異なっている。 そのため、意識水準を下げて暗示効果の定着をはかることと、暗示そのものを自分で行なう 意図的作用とは互いに矛盾する働きである。 練習の間に休止をとって練習を中断するのは、暗示の定着のため下げた意識水準を、暗示そ のものを行なうため上げてやる手続きにほかならない。 したがって、不眠症のような特別のケ法 ースを除き、練習中に睡眠に移行しないよう気をつけなければならない。これは、意識を暗示 示 の定着に必要な適切な水準に保っためである。 暗 己 自 自己暗示訓練の準備
には、自分の意志・意図によって、その歪みの矯正を図るという点で、セルフコントロールの 一種である。自己概念の歪みとしての劣等感情や神経衰弱症状に悩むグライエントは、他人か ら、いかに自分の劣等感情が真実でなく、そう思い込んでいるにすぎないと、理論的に説得され ても、それにすぐ応じ、従うことはできない。だからといって、自分の意志で、この劣等感は 不当なもので、自分の思いすごしだから間違っていたと気づいて、真実の自己にもどすことも できない。わずかに残るセルフコントロールの力を基に、訓練やカウンセリングによってセル フコントロールの力を強くして、制御することが可能になるのである。 クライエントのある心身症状の除去や矯正は、その症状や障害を直接変容しようと意図する セルフコントロールによって成功するとは限らない。むしろ、その変容と直接関係はないが、 自分の意志による訓練や心身の変容過程をもっことによって、結果的に随意的制御ができるよ ル うになる。心身の随意的弛緩訓練による不安・恐怖反応の軽減などは、このセルフコントロー ルによって可能となる。 ン コ つまり、症状や反応を除去しようとする意図とは直接関係をもたない身体の弛緩訓練は、そ ル れ自体は自分の意志や意図によって行なわれる。この身体弛緩訓練は、不安反応の軽減や注意 セ 集中の効果をもたらすので、結果的には、随意的にコントロールできなかった不安・恐怖反応
フィード・ハック技法を適用できないだろうか。それは日本にある禅・内観法・森田療法、ある いは僧たちの特別の修行である。日本だけでなくインドのヨガもそうである。まだこのパイオ フィードバッグの本質は十分解明されていないが、禅やヨガなどと共通の特質があるに違いな パイオフィード・ハック説で強調されたのは、血圧のように、私たちが自分の意志で直接上げ たり下げたりすることのできない、いわゆる不随意反応が、ある手続きによって随意的に制御 できるという、きわめてショッキングな事実の発見であった。 なぜ随意的制御が可能になるのか。 ある心理状態のとき起き、しかも自分の意志で制御できない生理的反応 ( 血圧や心拍、脳波な ど ) の変化を、人が認知できる生理的指標に瞬間的に変換し、その指標を被験者に提示する。 被験者はこの指標を認知する。つまり、意識しない身体内の特殊な感覚受容器による生理的変 化と、この認知が結びつくことになる。 その訓練をくり返せば、やがて意図的な努力で、身体的・生理的変化をも、随意的に制御す ることができるとするのがパイオフィードバックの理論である。