「ひゅー ! 」コーリヤはひそかにロ笛を鳴らした。 「でなけりや、こうかもしれないわ。赤ちゃんはどこかから運ばれてくるんだけど、でもお嫁に 行った人のところにだけなのよ」 コースチャはまじまじとナースチャを見つめ、思慮深げにききながら、思案していた。 「ナースチャ、姉さんってばかだね」やがて彼はむきにもならずに、しつかりした口調で言った。 「だってさ、カテリーナはお嫁に行ってないのに、どうして赤ちゃんができるのさ ? 」 ナースチャはひどくいきりたった。 いらだ だん ち「あんたなんか、何もわからないのよ」苛立たしそうに彼女はさえぎった。「もしかすると、旦 ろうや 那さんがいたんだけど、今は牢屋に人っているのかもしれないわ。だから赤ちゃんを産んだんじ 年 少ゃないの」 編「ほんとに旦那さんが牢屋に人ってるの ? 」実際的なコースチャが重々しくたずねた。 第「それとも、こうかしら」ナースチャは最初の自分の仮説をすっかり放棄し、忘れ去って、勢い こんでさえぎった。「あの人に旦那さんはいないわ、それはあんたの言うとおりよ。でも、お嫁 に行きたいと思って、お嫁に行くことばかり考えて、いつもそのことばかり考えつづけていたも んだから、とうとう旦那さんの代りに赤ちゃんができたんだわ」 「そうにきまってるさ」すっかり言い負かされたコースチャが同意した。「はじめつからそう一言 ってくれないんだもの、僕わからなかったんだ」 「こら、ちびっ子たち」部屋に一歩踏みこんで、コーリヤは言った。「どうやら、君たちは危険 人物らしいな ! 」
第四部 第十編少年たち コーリヤ・クラソートキン・ 一一子供たち・ 三中学生 : 四ジューチカ・ 五ィリューシャの病床で・ 七ィリューシャ・ 第十一編兄イワン 一グルーシェニカの家で・ 目 次
「じゃ、なぜ赤くなったんですか ? 」 「それは、赤くなるように君が仕向けたからですよ ! 」アリヨーシャは笑いだし、本当に真っ赤 になった。「そう、なぜかわからないけど、いくらか恥ずかしいな、どうしてだかわからないけ ど : : : 」ほとんど照れた顔にさえなって、彼はつぶやいた。 「ああ、僕はあなたが大好きだし、今この瞬間のあなたを高く評価します、つまり、あなたも僕 といっしょにいるのをなぜか恥ずかしがっていることに対して ! だって、あなたも僕と同じだ からですよ ! 」コーリヤはまったく感激して叫んだ。頬が燃え、目がかがやいていた。 弟「あのね、コーリヤ、それはそうと君はこの人生でとても不幸な人になるでしようよ」突然どう のいうわけか、アリヨーシャが言った。 ゾ「知ってます、知ってますとも。ほんとにあなたは何もかも前もってわかるんですね ! 」すぐに マコーリヤが相槌を打った。 ラ 力「しかし、全体としての人生は、やはり祝福なさいよ」 「ええ、たしかに ! 万歳 ! あなたは予一一一口者だ ! ああ、僕たちは仲よくなれますね。カ一フマ ーゾフさん。実はね、何よりも僕を感激させたのは、あなたが僕をまったく対等に扱ってくれる ことなんです。でも、僕たちは対等じゃない、違いますとも、対等どころか、あなたのほうがず っと上です ! だけど、僕たちは仲よくなれますね。実はこのひと月というもの、僕はずっと自 分にこう言いつづけていたんです。『僕たちは一遍で永久の親友になるか、さもなければ最初か きゅうてき たもと ら、墓場までの仇敵として袂を分っか、だ ! 』って」 「そう言うからには、もちろん僕を好きだったんですね ! 」アリヨーシャが朗らかに笑った。
ずかしがらずに打ち明けたじゃありませんか。今の世でいったいだれが、そこまで自覚していま すか ? だれもいませんよ、それに自己批判の必要さえ見いださぬようになってしまったんです。 みなと同じような人間にはならないでください。たとえ同じじゃないのが君一人だけになっても かまわない、やはりああいう人間にはならないでください」 「すてきだ ! 僕はあなたを誤解していなかった。あなたは人を慰める才能を持ってますね。あ あこが あ、僕はどんなにあなたに憧れていたことでしよう、カ一フマーゾフさん、あなたと会う機会をず っと前から求めていたんです ! ほんとにあなたも僕のことを考えていてくださったんですか ? ちさっきそうおっしやったでしよう、あなたも僕のことを考えていたって ? 」 「ええ、君の噂をきいて、僕も君のことを考えていました : : かりに今そんなことをきいたのが、 年 少ある程度まで自負心のさせたわざだとしても、それはかまいませんよ」 編「あのね、カラマーゾフさん、僕らのこの話合いは、なんだか恋の告白みたいですね」なんとな 第く弱々しくなった、恥ずかしそうな声で、コーリヤがつぶやいた。「これはこつけいじゃありま せんか、こつけいじゃないでしようね ? 」 「全然こつけいじゃありませんよ。また、たとえこつけいだとしても、いいことなんだから、か まわないじゃありませんか」アリヨーシャが明るく徴笑した。 「でもねえ、カラマーゾフさん、そういうあなただって僕と今こうしているのが、少しは恥ずか しいんでしよう : : : 目を見ればわかりますよ」なにかいたずらつぼく、しかしほとんど幸福とい える表情をうかべて、コーリヤが薄笑いをうかべた。 「どうして恥ずかしいんです ? 」
「どうしてこんな寒空にここへよびだすのかは、僕が知ってることさ」コーリヤは暴君のように びしりと言った ( こういう〈子供》に対しては、そうするのが大好きだったのだ ) 。スムーロフ は命令をはたしに走って行った。 四ジューチカ コーリヤはもったいぶった表情で塀によりかかり、アリヨーシャの出てくるのを待ちはじめた。 うわさ ちそう、アリヨーシャとはもうずっと以前に知合いになりたいと思っていた。少年たちから噂はい けい・ヘっ やというほどきかされていたが、今までは彼の話がでると、いつもうわべでは軽蔑するような無 少関心な態度を示し、みなの伝える話をききながら、アリヨーシャを《批判〉さえしたものだった。 編だが、内心ではとても知合いになりたいと思っていた。彼のきいたアリヨーシャに関するどの話 第にも、何か心をひかれ、共感するものがあった。こういうわけで、今のこの瞬間は重大だった。 まず第一に、恥をかくようなことをせず、自立性を示す必要があった。『でないと、僕を十三だ と思って、あの連中と同じような子供と見なすだろうからな。あの人にとって、あんな子供たち が何だというんだろう ? 仲よくなったら、きいてみよう。それにしても、僕がこんなに背が低 いってのは、不愉快だな。トウジコフは僕より年下だけど、背は頭半分だけ高いもの。でも、僕 の顔は利ロそうだ。そりや美少年じゃないさ、いけすかない顔だってことは承知してるけど、で も利ロそうな顔だ。それから、あまり自分の考えを述べないようにしなけりゃな。でないと、 すぐに抱擁し合ったりして、なめてかかるからな : : : ちえ、なめてかかられたら、いやらしい
な、ハイカラとさえ言える外套を着た、頬の真っ赤な十一くらいの男の子がとびだしてきた。こ れは「十備クラス ( 0 磨がる前に設けられていたクラス ) にいるスムーロフ少年で ( 一方コーリヤ・クラソ ートキンは二年上級だった ) 、裕福な官吏の息子であり、どうやら両親が名うての向う見ずな腕 白小僧であるコーリヤなどとっきあうのを許してくれぬらしく、そのためスムーロフは、明らか に今も、こっそりぬけでてきたようだった。このスムーロフは、もし読者がお忘れでなければ、 どぶがわ 二カ月前に溝川をへだててイリュ ーシャに石を投げた少年のグループの一人であり、あのときイ シャのことをアリョ シャ・カラマーゾフに話してきかせた子だった。 ち「もうまる一時間も待っていたんですよ、クラソートキン」スムーロフは思いつめた顔で言い、 二人の少年は広場に向って歩きだした。 少「遅れちまったーコーリヤが答えた。「事情があってさ。僕といっしょにいたりして、でぶた 編れやしないか ? 」 第「いい加減にしてよ。僕が鞭でぶたれるとでもいうの ? 。ヘレズヴォンも連れてきた ? 」 「。ヘレズヴォンもな」 「その大もあそこへ連れて行くの ? 」 「こいつもあそこへさ」 「ああ、これがジューチカならな ! 」 「ジューチカを連れてくわけにはいかないさ。ジューチカはもう生きていないんだから。ジュー チカは未知の闇の中に消えちまったんだよ」 四「ああ、こういうわけにはいかないかしらね」ふいにスムーロフが足をとめた。「だってイリュ なお
「あなたが来てくださって、とても嬉しいですよ、カラマーゾフさん ! 」アリヨーシャに片手を さしのべながら、彼は叫んだ。「ここは恐ろしい有様です。ほんとに、見ているのがつらくって。 スネギリョフさんは酔っていないし、あの人が今日は何も飲んでいないのを、僕たちもちゃんと 知ってるんですけど、まるで酔払ってるみたいなんですよ : : : 僕はいつもはしつかりしてるんだ けど、これはひどすぎますよ。カ一フマーゾフさん、もしちょっとの間だけ差支えなければ、家に お人りになる前に、一つだけおききしておきたいんですけど」 「何をです、コーリヤ ? 」アリヨーシャは足をとめた。 弟「お兄さんは無実なんですか、それとも罪を犯したんですか ? お父さんを殺したのは、お兄さ のんですか、それとも召使なんですか ? あなたのおっしやることを、そのまま信じます。僕はそ ゾればかり考えて、四晩も眠れずにいるんです」 マ 「殺したのは召使で、兄は無実ですよ」アリヨーシャは答えた。 力「ほら、僕の言ったとおりだ ! 」突然スムーロフ少年が叫んだ。 「それじゃお兄さんは、真実のために無実の犠牲となって滅びるんですね ! 」コーリヤが叫んだ。 うらや 「たとえ滅びても、お兄さんは幸せだな ! 僕は羨みたいような気持です ! 」 「何を言うんです、よくそんなことが、いったいなぜです」アリヨーシャはびつくりして叫んだ。 「ああ、僕もせめていつの日か、真実のためにこの身を犠牲にできたらな」コ 1 リヤが熱狂的に 言い放った。 「でも、こんな事件でじゃなくたって、こんな恥辱やこんな恐怖なぞなくたっていいでしょ う ! 」アリヨーシャは言った。 482
. 工、ヒロ 497 いって、気にすることはないんですよ。だって昔からの古い習慣だし、良い面もあるんだから」 シャは笑いだした。「さ、行きましよう ! 今度は手をつないで行きましようね」 アリヨー 「いつまでもこうやって、一生、手をつないで行きましよう ! カラマーゾフ万歳 ! 」もう一度 コーリヤが感激して絶叫し、少年たち全員が、もう一度その叫びに和した。
コーリヤ・クラソートキン ち十・月初めだった。零下十一度の寒さがこの町を襲い、それとともに地面も木立ちも一面の氷 た に覆われた。その夜、凍りついた大地にばさつく雪が少し降り、《身を切るような乾いた風〉が 年 少それを巻きあげ、この町のわびしい通りや、特に市の立っ広場を吹きぬけた。翌朝はどんより曇 編っていたが、雪はやんだ。広場からさほど遠くない、プロトニコフの店の近くに、官吏の未亡人 第クラソートキナのこぢんまりした、内も外もいたって小ぎれいな家がある。当の十二等官クラソ ートキンはもうだいぶ以前、ほとんど十四年近く前に死んでいたが、いまだにたいそう器量のよ い三十そこそこの未亡人は健在で、この小ぎれいな家に《自分の財産〉で暮していた。やさしい ながら、かなり明るい性格の彼女は、正直な、小心な生活を送っていた。夫とはほんの一年足ら ず暮しただけで、息子を生むとすぐ、十八の若さで夫に先立たれた。それ以来、夫の死後ずっと 六一さ 彼女は宝物のコーリヤ少年の教育に自己のすべてを捧げ、この十四年間わが子を夢中で愛しつづ けてきたものの、ほとんど毎日のように、わが子が病気をしはせぬか、風邪をひくのではないか、 いたずらが過ぎはせぬか、椅子にはいあがって落ちはしないか、などと気をもみ、恐怖に死ぬ思 第十編少年たち
ですよ ( 訳 ナーフの諷刺詩一亟 ) 。おぼえてらっしやるでしよう ? 傑作ですよね ! どうして笑 うんです ? 僕が嘘ばかりついてると、思ってらっしやるんじゃないでしようね ? 」『だけども し、お父さんの形見の本棚に『警鐘』 ( ドみで出して〔た革命的な雑 ~ のその号がたった一冊あるきり で、その雑誌の中でも僕がこの詩以外何一つ読んでいないことを、この人が知ったらどうだろ う ? 』コーリヤはちらと思って、身ぶるいした。 「いえ、とんでもない、僕は笑ってなんかいませんし、君が嘘をついてるなんて全然考えてませ んよ。そうですとも、そんなことを考えるもんですか。だって悲しいことに、すべてまぎれもな 弟い真実ですからね ! それはそうと、プーシキンは読んだんですか、『オネーギン』は ? のたった今タチャーナの話をしてましたね ? 」 フ ゾ「いいえ、まだ読んでません。でも読みたいと思っています。僕は偏見を持たない人間ですから マね。両方の側の意見をきくつもりですよ。なぜ、そんなことをきくんです ? 」 ラ 力「べつに」 「あのね、カラマーゾフさん、あなたはひどく僕を軽蔑しているんでしよう ? 」突然コ 1 リヤが 語気鋭く言って、まるで身構えでもするように、アリヨーシャの前にまっすぐ身体を起した。 「君を軽蔑してるって ? 」アリヨーシャはびつくりして彼を見つめた。「何のために ? 僕はね、 君のようなすばらしい天性が、まだ生活もはじめないうちに、もうそんな粗雑なたわごとでゆが められているのが、悲しいだけですよ」 「僕の天性なぞ心配しないでください」多少の自己満足をおぼえながら、コーリヤはさえぎった。 「僕が疑り深いってことは、たしかにそのとおりです。僕はばかみたいに疑り深い、失社なほど