自分 - みる会図書館


検索対象: 点と線
70件見つかりました。

1. 点と線

193 三原は、自分の頭をまたなぐった。 線 ( おれは、なんといううかつだろう。受信局を調べたらわけはなかったのだ ) どうもこの事件では、頭脳が硬化してしまったようだ。 三原はさっそく、札幌署に調査を依頼した。 その返事は翌日にはいっこ。 点「その電報は一月二十一日八時五十分、青森県浅虫駅より発信された」 東京でも福岡でもなかった。とんでもない、青森県浅虫温泉からた 0 た。急行で行けば終点青 森駅の一つ手前の停車駅である。 三原は意外たった。 が、よく考えると意外でもなんでもない。東京から北海道へ行く道順ではないか。彼は、八時 五十分という発信時刻に注意した。時刻表を調べると、まさに上野発急行《十和田》が浅虫駅を 発車したばかりなのた。 と 福岡署からの回答も同様であった。福岡、博多両電報局とも受けつけていなかった。 三原は、。ほかんとなった。 ( 発信しない電報が届くはずがない。々 又、どこから打ったのだろう ? ) やっ あさむし

2. 点と線

笠井主任は、顔を突き出した。何か気分が乗ってぎたときにする、彼の癖であった。 「必要がありそうですね。やってみたいですな」 三原は、主任の光ってきた目を見つめて言った。 「偶然と作為の間題だね ? 」 主任は突然昨日の話をしゃれて言った。そんなことを言うときは、機のいい証拠であった。 「作為と言いたいですな。四分間の作為。ありやア偶然が希薄ですよ」 「作為の必然性を追及してゆくと目的がわかると、君は昨日言ったね ? 」 「はあ。そうでした」 じようしこう と「情死行に出発する佐山とお時に、なぜ安田は自分以外の目撃者を必要としたか。作為は、その 月撃者を自然らしくつくることによみ取れる、君はそう言ったね ? 」 点「そうです。そう思います」 「よかろう。同感た」 主任はあらためて賛成した。 「では、君の思うとおりにかかってくれ」 三原は煙草を灰皿にもみ消して、 「承知しました。割れるところまでがんばってみます」 と、頭を軽く下げて言った。 111

3. 点と線

分のことはしゃべりたがらない方である。結婚はしていないらしい。恋人がある様子もないし、 うわさ 浮いた噂も聞かなかった。いったい、そういう店に勤めている女には、朋輩になんでもあけすけ に話したり、相談したりする型と、自分のことは石のように黙・つている型とがあるらしい。お時 さんは、その黙っている方だった。 だから二人の女は、知らない彼女の一部分を偶然に発見した思いで、衝動をうけたのだろう。 「どんな男か、あのホ 1 ムまで行って窓からのそいてやるわ」 八重子がはずんだ声で言った。 「よせ、よせ。他人のことは放っとくものた」 と安田が言った。 「ああら、ヤーさん、妬かないの ? 」 点「妬くものか。おれもこれから女房に会いに行くんだ」 安田は笑った。 そのうち横須賀線の電車がはいってきた。これは十三番線だから、この電車のために、十五番 線のホームはかくれて見えなくなってしまった。あとで調べたときに、この電車は十八時一分に ホームに到着したことがわかった。 安田はその電車に片手をふりながら乗った。これは十一分後に出るから、しばらく間がある・ 安田は窓から顔を出して、 線

4. 点と線

点 った。午後の陽ざしが、オー 。ーの肩を温めていた。よそ目には陽なたぼっこのように見えた。 「ます、列車食堂の御一人様ですが : : : 」 と、鳥飼は考えを言いはじめた。かねての疑問の理由を述べたのだが、娘の言う「愛情と食欲 の問題」も、ついでに話した。 「それで、私は、あの列車には佐山が一人しか乗っていなかったのではないかと思うのです」 三原は興味をもってその話に聞き入った。 線「そりやおもしろい。私もなんだかそんな気がしますね」 と三原は、愛嬌のある目をくりくりさせて言った。 と「しかし、東京駅から女と二人連れで乗ったという目撃者がありますからね」 「それです。ですから、途中で女が、つまりお時がどこかの駅でおりたという推定にはなりませ んか ? 」鳥飼は言った。 「そういう仮定が出ますね。降りたとすると」と三原は、またポケットから手帳をとり出した。 「伝票は十四日たから二十三時二十一分の名古屋までの間です。しかし佐山が食堂に行ったのは、 むろん、二十二時の食堂の閉鎖の時間前ですから、お時が降りたとすると、二十時発の熱海か、 二十一時一分発の静岡か、ということになります」 「そうですな。そうなりますね」 鳥飼は、自分がぼんやり思っていたとおりのことを三原が言ったので、大きくうなすいた。

5. 点と線

冊なかろうか。国鉄の香椎駅には九時二十四分に着く。西鉄香椎駅は九時三十五分に着く。十一分 の差がある。両駅の間は約五百メートルの距離だ。香椎駅を降りて海岸に向う道は、この西鉄香 椎駅の傍を通るから、道の順序も時間の順序も合うわけである。 「私の申しあげるのはこれだけですー と、人のよさそうな会社員は、重太郎が考えている顔を眺めて立ちあがった。 「果物屋で心中の男女をおききのようでしたから、ついお話したかったのです」 「いや、どうもありがとう 線 と重太郎は、その人の住所と名前をきいて、心から礼を言って頭を下げた。女の言った一句を と知らせてくれただけでも、収穫であった。 その店から外へ出ると、すっかり夜になっていた。 点 ( ずいぶん、寂しい所ね ) 鳥飼重太郎は、会社員が聞いたという女の言葉が、あたかも直接に自分が聞いたことのように、 声が耳朶に残った。 この短い言葉から三つの要素が分る。 ①東京弁らしい調子の標準語だから、上地の者ではない。福岡県はじめ九州一帯はこんな言い

6. 点と線

点 「どんなことを言ったのですか ? 」 「私の傍を通り抜けるとき、女が、男に〈すいぶん寂しい所ね〉と言ったのです」 「ずいぶん、寂しい所ね。 ふくしよう 重太郎は、思わす復誦するようにつぶやき、 「それで、男の方はなんと答えましたか ? 」 「男の方は黙っていました。そして、ずんずん向うに歩いて行ったのです」 線「その、女の言った言葉は、声に何か特徴はありませんでしたか ? 」 なまり 「そうですな。わりあい澄んだ女の声でしたよ。それに上地の訛のない、標準語でした。この辺 との者なら、そんな言葉づかいはしません。言葉の調子から、あれが東京弁だと思います」 重太郎は、袋のくしやくしやになった「新生ーを取り出して火をつけた。吐いた青い煙が宙に もつれる間、つぎの質間の用意を考えていた。 「その電車は、たしかに九時三十五分着でしたか ? 」 「それはまちがいありません。私は博多で遊んで遅くなっても、かならずその電車にまにあうよ うに帰るのですから」 重太郎は、その返事を聞いて考えた。この会社員の見た男女は、国鉄の香椎駅で降りた、果物 屋の目撃した男女と同一人物ではないか。この会社員は、その男女を電車の中では見ていないの 弱た。ただ、自分のあとから追い越した同じ電車の降車客につづいていたから、そう思ったのでは

7. 点と線

彼は表へ出ると、市内電車に乗った。ぼんやり向い側の車窓から見える動く景色を見ていた。 しばらく乗ってある停留所まで来ると、そこで降りた。ひどく年寄りじみた動作であった。 彼は横丁をいくつもまがった。歩き方はやはり緩慢であった。それから、ゆっくり丹波屋とい う看板のかかった建物を見あげると、磨きのかかった廊下の見とおせる玄関にはいった。 番頭が帳場から出て、警察手帳を見てかしこまった。 若い刑事が主任に報告した事実をあらためてたしかめたのち、鳥飼重太郎はとがった頬に微笨 の皺をよせながら、質間した。 「その客が来たときの様子は、どうだったね ? 」 と「なんですか、たいそう疲れた様子で、夕食をたべると、すぐに寝てしまわれました」 と、番頭は答えた。 点「毎日、外出もせずにいると、ずいぶん、退屈だろうが、どんなふうでしたな ? 」 「女中もあんまり呼ばないで、本を読んだり寝ころがったりしていました。そういえば、陰気な お客さんだと女中も話していました。ただ、あのお客さんは、電話がかかってくるのをしきりと 待っていたようです」 「電話を ? 」 鳥飼は大きな目を光らせた。 「はあ。自分に電話がかかってくるはずだと、女中にも言い、私にも言っていました。電話がか

8. 点と線

これは、 しったい、どういうことなのか、と鳥飼重太郎は考えはじめた。どんなに、ゆっくり 歩いても七分ぐらいしかかからない所を、十一分もかかったというのは。 ここで、会社員の言葉が頭に浮んでくる。 ( その男女はあとから私を追い越し、かなり急ぎ足 で先に行きました ) そうだ。その足なら、五分もかからないくらいだ。十一分の余りは、どう解釈したらよいか。 ①途中で用事があったのか。たとえば買物など。 ②果物屋の見た男女と、会社員の見た男女は同一人ではなく、別人か。 この二つの場合は、どちらも考えられることだ。 ①の場合は、はなはた可能性がある。②の場合は、全然、時間的な開きには間題がなくなる。 じっさい、この二組の男女が、同一人だったという証明は、何もないのである。類似点は、男の ーと女の和装たけではないか。顔もわからなければ、着物の柄もわかっていない。 すると と重太郎は、ここでまた考えた。 佐山憲一とお時だとすれば、会社員の見た西鉄香椎駅の男女が、もっともそれに近い。女の言 った言葉が強く彼をとらえるのである。 だが、それかといって、国鉄香椎駅の男女が、まったくの別人だとも言いきれなかった。①の 場合だって、十分考えられることなのだ。重太郎は、この二つの駅の男女が同一人だという考え をすぐに捨てきれなかった。 線 と

9. 点と線

です。亮子の方なら可能性があります。 なぜなら、亮子は安田の妻だから「代理」になれます。つまり、佐山は安田が来るのを待って いたのです。たから彼は亮子が安田の代理で来た、と言えば、すぐに出かけられるわけです。 亮子は佐山に会うと、彼の一番心配していることを告げました。それが香椎の海岸に連れて行 ひと ってからです。どういうロ実を言ったか定かでないが、おそらく秘密を要するからと言って、人 気のない場所をえらんだのでしよう。この香椎の海岸も、かねての設計図の中にはいっていまし 佐山が心配したこと、それは進行中の汚職事件の成りゆきでした。佐山は課長補佐として実務 とに通じており、捜査の手が伸びる寸前でした。佐山に言いふくめて、「休暇」のかたちで博多に 逃避させたのは石田部長です。彼こそ汚職の中心人物ですから、佐山が拘引されたら危なくなり ます。それで佐山に因果を含めて博多に逃避させたのです。十四日に《あさかぜ》に乗ることま なにぶん で指示しました。それから何分のことは、安田が博多に行って言うから、宿で待 0 ていろ、と命 じたのです。 りちぎ 佐山は、上司の命令に唯々諾々と従ったのでした。彼をわらうことはできません。律義で目を かけられている上司に、自分の供述で迷惑がおよぶことを恐れただけです。課長補佐には、そう いう人が多いのです。自殺した人さえあるくらいです。いや、この自殺の可能性が犯人の狙いで 213 だくだく

10. 点と線

( なぜ、安田は河西に、札幌駅の待合室で待っているように電報で命じたのであろうか ? ) 安田は、小樽から《まりも》に乗ったのであるから、ホームに河西を出迎えさせておいた方が、 確実に自分が列車から降りたところを彼に見せつけて、効果はより有力なはずである。が、それ をきらうかのように、わざわざ待合室を指定した理由はなんだろう。 安田ほどの周到な男たから、何かの理由があったに違いない。それはなんだろう。三原はいろ いろと考えたが、どうしてもわからなかった。 まあ、 、それは後まわしとしようと思った。そこでこの行動を証明する方法だが、 それに付随して、安田を羽田まで運んだ自動車、板付 ①日航に当日の名簿を調べること。 から福岡市内、千歳から札幌市内に安田が乗ったバスか自動車を調べることだが、これは日時 が相当たっているので困難であろう。 点②福岡市内に安田が宿泊した旅館の捜査。 ③札幌から小樽までの普通列車内で安田を見た者。小樽では《まりも〉が到着するまで一時間 の待ち合せ時間があるので、この間安田を目撃した者。 証明の方法はだいたいこんなことであろうと思った。このうち③はもっとも期待が持てない。 なんといっても、キメ手は①と②であった。 三原は支度をすると警視庁を出た。外はあいかわらす明るい。銀座も人の歩きが多かった。 う陽が強いので、人の顔が真白であった。 170