て、やらねばならない仕事は彼を待つであろう。しかしーー・彼は、この引っかかりが解けない以 上、いつまでも気分がはれないように思えた。 ( よし、これは誰にも言わすに、一人で調べてみよう ) と、彼はつぶやいた。そう決心すると、今まで気重かった心が妙に軽くなった。 この情死事件は、汚職事件に関連してちょっと新聞を騒がしただけで、彼の頭上をすうっと通 過した。あまりになめらかな通過であった。情死という平凡さに、すぐ答えが出たのか、途中の くうげき 運算がない。答えが出る前の手数が、どこかにはぶかれているような空隙を感じるのだ 重太郎は、心中死体のあった香椎海岸の現場に、もう一度行ってみようと思い立った。 と彼は市内電車を箱崎で降り、和白行の西鉄電車に乗りかえた。香椎に行くには、汽車の時間を みて行くよりもこの方が便利である。電車は国鉄よりも海岸沿いを走った。 点西鉄香椎駅で降りて、海岸の現場までは、歩いて十分ばかりである。駅からは寂しい家なみが しばらく両方につづくが、すぐに切れて松林となり、それもなくなってやがて、石ころの多い広 い海岸となった。この辺は埋立地なのである。 しかのしま 風はまた冷たかったが、海の色は春のものだった。荒々しい冬の寒い色は逃けていた。志賀島 もや ぐきカカかっていた。 鳥飼重太郎は現場に立った。現場と見お・ほえがっかないくらい、あたりは黒い岩肌のごっごっ こんせき した、特徴のない場所であった。。 とのように格闘しても、絶対に痕跡を残しそうにない場所であ はこざき わじろ いわはだ
石田部長は、安田が事件のもみ消しをするから様子をみているように、とでも言ったのでしょ う。佐山は安田が来るのを今か今かと待っていました。その安田は来ないで、「代理」の亮子が 来ました。佐山は安田の家に行ったこともあるので、亮子を知っていたのです。いや下心のある 安田は、佐山を鎌倉の家に呼んで、亮子を引きあわせていたと思います。 この二人は博多から国鉄香椎で降りました。すぐあとから安田とお時とが西鉄香椎駅で降りて 同じ道を海岸に来ていることを知らないで。いや、知らないのは佐山だけで、亮子は万事、知っ 線ていました。 亮子は佐山に話しました。万事、都合よく運んでいるからと安心させ、寒いからウイスキーを と飲めとすすめました。酒好きの佐山は安心してウイスキーを飲みました。青酸カリがはいってい びん て、佐山は倒れました。現場に残っていた青酸カリ入りのジュース液の残り瓶は、亮子の偽装で 一方、すぐあとから来た安田はーー・彼は板付到着十九時二十分の日航機で東京から来たばかり で、お時とどこかで会って、いっしょになったのです。落ちあう場所も決められていたでしよう。 それは亮子が告げたと思います。その安田は、お時を海岸につれて出ました。途中で、お時は 「ずいぶん、寂しいところね」と言い、それを通行人に聞かれています。 ひとけ その人気のない、寂しい暗い夜の海岸で、安田はお時に同じく毒入りのウイスキーを飲ませた のでしよう。それから彼女の死体を抱いて、息の絶えている佐山の横に置きました。そこには亮 214
鳥飼重太郎様 線 ずいぶん、暑くなりました。炎天の下を歩くと靴がアスファルトにのめりこみそうです。勤務 まつばだか ノがたのしみです。いっそや、 とから帰ってくると、真裸にな 0 て行水し、井戸水で冷やしたビーレ げんかいなだ あなたに連れられて、香椎の海岸に吹きさらされてふるえた、玄界灘の寒風が恋しいくらいです。 点 このような落ちついた気持で手紙を書くのは久しぶりです。あなたにはじめて博多でお目にか か 0 たのは今年の一月でした。香椎の海岸で、玄界灘の吹きさらしの風にふるえながら、あなた のお話を聞いてから、七カ月経ちます。経 0 てみると早いものですが、搜査に心を追われて一日 としてしずかにやすむ余裕がありませんでした。今日は、初秋の陽ざしのように心がおだやかで いこ す。事件がおわ 0 たせいでしよう。困難な事件のあとほど、この憩いの気持は格別です。いや、 これは先輩のあなたに申しあけるのは釈迦に説法でした。だが、この充実した気持は、事件につ いてあなたに手紙を書かねばならぬ衝動となりました。それは、あなたにたいする私の義務でも 198 十三三原紀一の報告 しやか
結局、はっきりした解釈がっかないままに、彼は博多にもどり、家に帰って寝た。 翌朝、署に出てみると、二つの電報が重太郎あてに来ていて、机の上に待っていた。 彼は一通をひらいた。 「ケンイチハハカタニタビタビシュッチョウシタコトガアル。サヤマ」 つぎにもう一通を見た。 「ヒデコハハカタニィッタコトナシ」 昨日、重太郎が香椎駅から打った電報の返電で、一通は佐山憲一の兄の支店長から、一つは、 お時本名桑山秀子の母からのものである。 これで見ると、佐山憲一はたびたび博多に出張したことがあるというから、いわゆる土地カン はあった。お時はまったく博多に来たことはないらしい 点鳥飼重太郎の目には、ずいぶん寂しい所ね、と言う女を、黙って海岸の方へ急ぎ足で連れて行 く男の、黒い影のような姿が浮んでいた。 鳥飼重太郎は、午前中に一つの仕事をした。 彼は署を出ると、市内電車で箱崎まで行き、そこから競輪場前駅まで歩いた。この電車は、津 やざき 屋崎という北海岸の港まで通じていて、西鉄香椎駅は、その途中なのだ。 っ
しかし、そのお時は、同伴の男といっしょに、思いもかけぬ場所で、死体となって発見された のである。 はかた 鹿児島本線で門司方面から行くと、博多につく三つ手前に香椎という小さな駅がある。この駅 かしいのみや 点をおりて山の方に行くと、もとの官幣大社香椎宮、海の方に行くと博多湾を見わたす海岸に出る。 しかのしま うみなかみち 前面には「海の中道」が帯のように伸びて、その端に志賀島の山が海に浮び、その左の方には ちょうばう のこしま 残の島がかすむ眺望のきれいなところである。 おおとものたびと だざいのそち かしいがた この海岸を香椎潟とい 0 た。昔の「橿十の浦」である。太宰帥であ 0 た大伴旅人はここに遊ん しろたへそで で、「いざ児ども香椎の潟に白妙の袖さへぬれて朝菜摘みてむ」 ( 万葉集巻六 ) と詠んだ。 じよじよう しかし、現代の乾いた現実は、この王朝の抒情趣味を解さなか 0 た。寒い一月二十一日の朝六 時半ごろ、一人の労働者がこの海辺を通りかか「た。彼は、「朝菜を摘む」かわりに、家から名 と ニ情死体 かしい よ
子が立っていました。おそらくお時が殺された場所は、佐山の現場と二十メートルとは離れてい なかったでしよう。暗い闇たから、お時には何も見えなかったのです。 安田はお時を殺すと、 「おおい、亮子」と、大きな声で呼んだに違いありません。亮子は、 「はあい、ここよ」 と、闇の中で答えたでしよう。安田はお時の死体を抱いて、佐山の死体のころがっている妻の 線声のあった方へ歩きました。鬼気迫る光景です。 いわはだ ここで現場の様子を考えましよう。あの辺は私もあなたのご案内で実地に見ましたが、岩肌だ とらけの海岸です。少々、重いものを抱いて運んでも、足あとが残りません。犯人にとってはどこ までも計算ずくめです。おそらく、安田は香椎の海岸を前から知っていて、殺人の場所はそこに 点しようと考えたに違いありません。 情死に見せかけた殺人は、夫婦合作でした。亮子は計画者だけでなく、その実行者の半分でし た。お時は安田夫婦の言うとおり、なんの疑いもなく従ったのです。 ここで、奇妙なのは、安田夫婦とお時の関係です。以上でもわかるように、安田とお時とは深 い情事関係があることが想像されます。それはきわめて秘密が保たれたから外部にもれませんで した。二人のなれそめは、安田が「小雪」に通っているうちにできたのでしよう。お時は、安田 の係り女中でした。お時が電話でときどき呼び出されたり、外泊したりした相手は安田です。 215 やみ
です。亮子の方なら可能性があります。 なぜなら、亮子は安田の妻だから「代理」になれます。つまり、佐山は安田が来るのを待って いたのです。たから彼は亮子が安田の代理で来た、と言えば、すぐに出かけられるわけです。 亮子は佐山に会うと、彼の一番心配していることを告げました。それが香椎の海岸に連れて行 ひと ってからです。どういうロ実を言ったか定かでないが、おそらく秘密を要するからと言って、人 気のない場所をえらんだのでしよう。この香椎の海岸も、かねての設計図の中にはいっていまし 佐山が心配したこと、それは進行中の汚職事件の成りゆきでした。佐山は課長補佐として実務 とに通じており、捜査の手が伸びる寸前でした。佐山に言いふくめて、「休暇」のかたちで博多に 逃避させたのは石田部長です。彼こそ汚職の中心人物ですから、佐山が拘引されたら危なくなり ます。それで佐山に因果を含めて博多に逃避させたのです。十四日に《あさかぜ》に乗ることま なにぶん で指示しました。それから何分のことは、安田が博多に行って言うから、宿で待 0 ていろ、と命 じたのです。 りちぎ 佐山は、上司の命令に唯々諾々と従ったのでした。彼をわらうことはできません。律義で目を かけられている上司に、自分の供述で迷惑がおよぶことを恐れただけです。課長補佐には、そう いう人が多いのです。自殺した人さえあるくらいです。いや、この自殺の可能性が犯人の狙いで 213 だくだく
島にある工場に出勤する途中であった。 もや 朝は明けたばかりであった。沖には乳色の靏が立っていた。志賀島も海の中道も、その中に薄 。潮の匂いを含んだ風は冷たかった。労働者は外套の襟を立て、うっ向きかけんに、足早に歩 いていた。この岩の多い海岸を通ることが、彼の職場への近道であり、毎日の習慣であった。 が、習慣にないことが、そこに起った。彼のうっ向いた目が、それをとらえた。黒い岩肌の地 面の上に、二つの物体が置かれていた。いつもの見なれた景色の中に、それは、よけいな邪魔物 であった。 線 まだ陽の射さない、青白く沈んだ早朝の光線の中に、物体は寒々と横たわっていた。じっさい と衣類の端は寒そうに動いていた。が、動いているのはそれと、髪の毛ぐらいなものであった。黒 い靴も、白い足袋も固定したままであった。 点労働者の平静が破られて、いつもの習性とは異なった方向へ、彼の足を走らせた。彼は町の方 たた へ駆けて行き、駐在所のガラス戸を叩いた。 「海岸に死人がありますばい」 「死人が」 と、起きてきた老巡査は、冷たそうに上着の釦をかけながら、通告人の興奮した声を聞いた。 「はあ。二人ですたい。男と女のごっありましたやな」 「どけえあったな ? 」 じま にお ボタン 力いとうえり
両人がそれから六日後、香椎の海岸で情死したことです。佐山とお時が青酸カリ入りのジュース を飲んで、お互いの体を密着するようにして自殺したことです。検案書によっても、現場状況 ( 私は写真しか見せてもらえなかったが ) によっても、はっきり情死であることに間違いはあり ません。 これがわからない。恋人でない者がどうして情死したか。まさか安田が指図しても、他人同士 で情死まで引きうけて実行するばかはいないでしよう。両人は恋愛の間でなかったと推論しても、 情死の現実を見ると、根底から崩れます。やはり情死を決行するほどの深い仲だったとしか思え ません。この矛盾がどうしても解けない。 だが両人の出発が、安田の仕掛けである以上、香椎海岸の情死が、どうしてもちぐはぐなもの となります。かといって、情死の現実は否定できない この相反する出発と結末の矛盾が、いか 点に考えても、解決でぎませんでした。 が、出発が安田の指図であるかぎり、この情死の結末にも何か安田の臭いが強くします。私は 漠然とだが、その直感から脱けられませんでした。私が彼の北海道行きを調べて歩いた間でも、 両人の心中当夜、その香椎の現場に安田が影のように立っているのを絶えす確信していました。 どういう役割かわからない。まさか催眠術を使って心中させたわけでもあるまい。正気で安田の 命令で、恋仲でもなんでもない者が情死するはずもない。が、何かわからないが、どうしても安 田を情死当夜、その現場にいあわせたという線を強引にひいてみました。 と 205 にお
その当夜、たしかに何かの役を演じて居合せたと思われます。 それにつけても思いだすのは、心中の当夜、つまり一月二十日の夜、国鉄香椎駅と西鉄香椎駅 から下車した二組の男女が、一組が佐山とお時とであり、一組が安田とある婦人ではなかったか という想像であります。この二組はほとんど同時刻に下車して現場の海岸の方に向っております。 すると疑間なのは、安田の連れの婦人がどのような役割をしたかと言うことです。裏返してい うと、安田が情死の両人にある作為をもって立ちあったとすると、それにはある婦人が必要だっ たくら 線たということになります。つまり安田とその婦人が一体とならなければ、安田の企む工作はでき なかったと言えそうです。 とそれはいったいなんなのか。小生は御芳書をいただいて、もう一度あの香椎の海岸にまいりま した。時間もちょうど夜をえらびました。あのときと違い、今はここちょい涼風が吹いています。 それに誘われてか、アベックの影が幾組か散歩していました。町の灯は遠く、男女の組はただ黒 いたって好都合な場所です。いや、これは年寄りが い影だけでございます。若い人にとっては、 いのない言い方をしましたが、言いたいのは、佐山とお時、安田とその婦人の二組も、一月二十 日の夜、こうして黒い影となって、この辺を歩いていたということです。それから、この二組の 間隔は、六七メートルも離れると、たがいの存在がわからないほど暗かったということです。残 念なことに、小生にはこれくらいのことしかまだ申しあげられません。もやもやとした感じは持 っておりますが。 182 点