自分 - みる会図書館


検索対象: 点と線
70件見つかりました。

1. 点と線

線 点 173 りかえる。羽田では一時間の余裕があるから、それは悠々とできるのだ。 とうして 乗った人間が一人たから、一つの名前で通したと思いこんでいたのが錯覚であった。・ こぶし 早くこれに気がっかなかったのか。三原は人目がなかったら、自分の頭を拳でなぐりたかった。 どうも頭が硬化しているそと思った。 信号は青になった。三原は歩きだした。 ( そうすると、少なくとも三つの偽名がこのリストの中にある。それが安田辰郎の分身なのだ。 ) よし、このリストの中の名前を一つ一つ当ってみよう。かならず名前も住所も架空のものが出て くるはすだ ) 三原は歩きながら目をあげた。はじめて勝利の攻撃路が見えた。 三原は帰って主任に話すと、主任はすぐその意見に賛成した。 「よろしい。みんなで百四十三人だね」 主任は名簿を見て言った。 「都内が半分以上だね。あとは住所が地方になっている。都内の方は刑事たちに手分けさせて当 らせよう。地方はそれそれの所轄署に調査を依頼する」 その手はずはすぐに実行に移った。刑事たちは自分の分担の名前をリストから手帳に控えた。

2. 点と線

点 「しかし、東京からその電報を打ったことがわかってもなんにもならないね、あたり前の話たか ら。これが福岡から打ったとなると、安田がその朝、福岡にいたことが証明できるので、しめた ものだがねー と三原はさえぎった。 「東京から打ったとしてもおもしろいのですよ。その時間に安田が自身で打てるはすはないから 1 線誰か代人を頼んでいるはすです。私は、その代人が知りたいのですよ」 「安田が使っている事務員かもしれないよ」 と「それは、ありえないでしよう」 「どうしてだ ? 」 「安田が札幌に行くといって出発したのは、二十日の午後二時ごろですからね。その日に打つな らわかるが、翌二十一日の九時ごろに打ってくれと注文したら、変に思われますよ。安田という ささい 男の性格として、些細なことまで注意深いですからね。それに彼は、自分があとで調べられるこ とを十分に警戒していますよ」 問答はそれでおわった。 しかし、二三日た 0 ての結果は、都なのどの電報局も当日、そんな電報を受けつけたことがな いことが、調べにあたった刑事たちから報告された。 192

3. 点と線

「保存期間は、六カ月です」 六カ月。それなら十分である。三原はほっとした。 「じゃ、青森駅に行けば、保管してあるわけですね ? 」 「青森から、乗船したのですか ? 」 「そうです」 「青森まで行く必要はないでしよう。函館駅にも保存があるはずです」 三原がわからない頻をしたので、公安官は説明した。 「乗船客名簿は、甲・乙両方に名前住所を書きます。駅ではこれを切り離して、甲片は発駅に保 と存、乙片は船長が受け取って到着駅に引きつぐのです。だから函館駅にもあるわけです」 ああ、そうか、と三原は納得した。自分も両方書いたことをお・ほえている。 点「何日のをお調べになりたいのですか ? 」 公安官はきいた。 「一月二十一日です。ええと、函館に十四時二十分に着いた連絡船です」 「そりや 17 便です。あなたが行かれるのでしたら函館に電話をかけて、その便の名簿を出して もらうように一「ロっておきましようか ? 」 「そうしていただけばありがたいですね。ぜひ、お願いします」 三原は、今晩の夜行に乗るから、明日の朝早く函館駅に出向く旨の伝言も頼んで公安官室を出 146

4. 点と線

点 妙だが、何か考えに行きづまったときには、ぼんやり電車にすわって思案する。緩慢な速度と適 ひんばん 度の動揺とが思索を陶酔に引き入れる。頻繁にとまり、そのたびにがたごととぶざまに揺れて動 きだす都電の座席に身をかがめる。この環境の中に自分を閉じこめ、思考のただよいにひたるの である。 かわにし ( 安田は、それほど急用でもないのに、札幌駅に双葉商会の河西を電報で呼んだ。なぜ、呼ばね ばならなかったか ) 線三原はつかれたような目をしてそれを考えていた。乗客の話も出入りの動きも邪魔にはならな と駅に呼んだのは、自分が確かに札幌駅に《まりも〉で到着したことを河西に確認させたかった からだ。つまり、安田は、河西に自分の姿を見せ、アリバイの証人としたのだ。 アリ・ハイ ? 三原はふと自分の胸に浮んだこの言葉に引っかかった。なんの不在証明か。どこ で安田は不在であったか。 今までぼんやりとしたものを、三原は ( はっきりと形にまとめあげようとして突っこんだ。す ると、どこというのは、九州の香椎の海岸以外にないのだ。この情死の現場に不在だったという 証明である。 三原は、このごろ。ホケットから放さぬ時刻表を取り出した。佐山とお時の情死が一月二十日の 午後九時から十一時の間と仮定して、その後に乗りうる博多から東京へ向う一番急速の列車は、

5. 点と線

三原は疲労していた。囲まれた壁の中に彼はいた。どの壁面も打ち破ることができない。 鳥飼重太郎の長い手紙をポケットに入れたまま、彼は警視庁を出ると、いつもの店にコーヒー を飲みに行った。 昼すぎで、店の中は客で一ばいだった。席を探していると、女の子が、 「こちらへどうそ」 と誘った。若い女が、ぼつんと一人ですわって紅茶を飲んでいた。そのテープルの前だけが空 いていた。知らない女客の前に相客となるのは、なんとなく具合が悪い。三原は椅子に半分尻を 点すえたまま、落ちつかない気持でコーヒーを飲んでいた。自分ながら浮かない顔を意識した。 ゅううつ 鳥飼重太郎の手紙は、憂鬱な彼の心に一つの弾みをつけたことは確かである。しかし、それが まだ勇気とまでは行かない。示唆はあったが、抽象的に過ぎた。 なぞ なるほど、二十日の夜、一一つの香椎駅で降りた二組の男女から帰納して、新しく謎の女を出し た着想はおもしろい。しかし、それには鳥飼自身のいうように、なんの実証もないのた。この二 組の男女は、偶然に同じ時間に違 0 た駅で降りたというだけで、ま 0 たく関係がないかもしれな いのだ。あるいは国鉄香椎駅で降りた佐山とお時とが、西鉄香椎駅を歩いてすぎたころ、べつべ 185 はず 敬具 しり

6. 点と線

164 ればならなかった。すると、博多から北海道の方角に向うには、翌朝の七時二十四分発の東京行 上り急行に固定されるのだ。どう考えても、不可能は堂々めぐりしていた。 「翼でもないかぎり・、安田はその時刻に北海道に行けないが」 三原はロの中で思わずつぶやいたが、そのとたんに階段の最後を二段すべった。暗かったので とうして今までこれに気がっかなかったのか。耳が鳴った。・ あっ、と危うく叫ぶところだった。。 線彼は部屋に走るように帰り、おののくような指で時刻表の最後のべージを繰 0 た。「日本航空」 の時間表であった。念のために、わざわざ一月当時の運行ダイヤを調べた。 と 亘 8.00 ー↓渇 12.00 ( 302 言 ) 溿 13.00 ー↓ 16.00 ( 503 ) 点「あったそ」 三原は、息を大きく吸った。耳鳴りはまだやまなかった。 これだと、安田は九州博多を朝の八時にとび立ち、午後の四時には札幌に到着できるのだ。ど うして今まで、旅客機に気がっかなかったのか。汽車だけに観念が固定していたから、七時二十 四分博多発の急行〈さつま〉に取りつかれて身動きできなかったのだ。自分の呆けた頭をなぐり もうねん たかった。 : 、 カ妄念はこれで去った。 三原は日航の事務所に電話をかけた。札幌の千歳空港から市内までのパスの所要時間をきいた。、 はね ちとせ

7. 点と線

点 安田は確かに二十一日の二十時三十四分着の急行でこの札幌に着いている。その夜から丸惣旅 館にもとまっている。疑点は毛筋ほどもなかった。三原は石のような壁の前に自分が立っている ことを感した。 非常にむだな努力を自分が懸命にしているように思われ、それが自分を支援してくれている笠 井主任にわびようのない気持になった。課長はもとからこれに熱意がなかったという。それをな んを一かコり ーっぱってがんばったのは主任だった。三原は責任を感じないわけにはゆかなかった。 線三原が非常に暗い顔になったので、相手の河西という男は、うかがうようにしていたが、やが てためらいがちに、低い声で言った。 と「三原さんとおっしゃいましたね。こんなことを私が言ったのでは、安田さんにたいへん申しわ けないのですが、あなたが東京からわざわざいらしたので、気づいたことを申しあげます。ただ し、これはあくまでも参考ですよ。重要な意味にとられては困りますが」 「わかりました。どういうことですか ? 」 三原は河西の顔を見た。 「じつは、さっき安田さんが私を呼んたのは急ぎの商談と申しましたが、また、そういう電文を じっさいに安田さんからもらったのですが、会ってみると、それほど急を要する用件でもなかっ たのです」 「え ? ほんとうですか ? 」 142

8. 点と線

線 その翌日、三原が外から帰ってくると、笠井主任が三原を呼んだ。 「君。 xx 省の石田部長から申し出があったよ」 りようひじ こぶし 主任は机の上に両肘を突いて拳を組み合せていた。それは彼が多少困惑しているときの癖であ 「いや、直接本人が来たのではないがね。事務官がやってきた。ああ、ここに名刺がある」 べっ きたろう 名刺は、「 xx 省事務官佐々木喜太郎」とあった。三原は、それを一瞥して主任の話を待っ 「石田部長の申し出というのは、安田辰郎について先日、某氏から問い合せがあったが、これは 点警視庁からの意向だとわかったので、あらためて直接に届けると言うのた。彼は確かに一月二十 日からの北海道出張のときに自分と同じ列車に乗りあわせていた。もっとも車両は異なっていた が、ときどき、挨拶にも来たし、顔を合わせた。もし念のため自分以外の証人を求めるなら、 いなむらかっぞう 樽を過ぎたころに、北海道庁の役人で稲村勝三という人が自分と同席していたから、その男に照 会するがよい。稲村氏とは函館から偶然乗り合せたのだが、安田がつぎの札幌で降りますからと 挨拶に来たので、稲村氏にも引き合せたから知っているはすだ。と、まあこういう主旨なのた」 「ずいぶん、安田のために弁じたものですね」 159 たる

9. 点と線

点 いう文旬があったことを覚えているが、私の心も同じである。所在ないときは、時刻表のどこ たの を開けても愉しくなった。私は勝手に山陰や四国や北陸に遊んだ。 こんなことから、つぎに時間の世界に私の空想は発展した。たとえば、私はふと自分の時計 を見る。午後一時三十六分である。私は時刻表を繰り、十三時三十六分の数字のついた駅名を えちご きや 探す。すると越後線の関屋という駅に 122 列車が到着しているのである。鹿児島本線の阿久 ひだみやた 根にも 139 列車が乗客を降ろしている。飛騨宮田では 815 列車が着いている。山陽線の藤 おうじ きたのしろ おう ) いいだじようばん 線生、信州の飯田、常磐線の草野、奥羽本線の北能代、関西本線の王寺、みんな、それそれ汽車 がホームに静止している。 私がこうして床の上に自分の細い指を見ている一瞬の間に、全国のさまざまな土地で、汽車 がいっせいに停っている。そこにはたいそうな人が、それそれの人生を追って降りたり乗った りしている。私は目を閉じて、その情景を想像する。そのようなことから、この時刻には、各 線のどの駅で汽車がすれ違っているかということまで発見するのだ。たいへんに愉しい。汽車 の交差は時間的に必然だが、乗っている人びとの空間の行動の交差は偶然である。私は、今の 瞬間に、展がっているさまざまな土地の、行きずりの人生をはてしなく空想することができる。 他人の想像力でつくった小説よりも、自分のこの空想に、ずっと興味があった。孤独な、夢の 浮遊する愉しさである。 仮名のない文字と、数字の充満した時刻表は、このごろの私の、ちょっとした愛読書になっ 130 と ひろ くさの

10. 点と線

ニアッティル。二二ヒ、二三 . ヒ、ヤスダハ〇ソウニトマッティル」 半分は予期したことだが、三原は落胆をどこかにお・ほえて、椅子に腰をおろした・ ( 札幌の双葉商会の河西という男は、一月二十一日に駅で確かに安田と会っている。二十二日、 二十三日に、市内の丸惣旅館に彼は滞在している。ーー安田が言ったとおりだったな ) 三原は煙草をとり出して喫った。部屋には誰もいない ・ほんやり考えるには都合がよかった。 この返電の結果は予想したとおりであった。安田の答弁と食い違うのが嘘なのだ。すぐにシリ 線の割れることを安田が言うはずがなかった。すると、彼はやはり二十一日に北海道に到着してい たのだ。二十日は、九州で佐山とお時とが情死を決行した夜であり、二十一日朝はその死体が発 と見された。その時間は安田は北海道に向う急行《十和田》の列車の中であった。それでなければ、 札幌駅で双葉商会の河西という男と会えるわけがない。 かんげき 点しかし三原は、安田が東京駅で四分間の巧妙な間隙をねらって、佐山とお時の出発に第三の目 撃者をつくったことが頭から離れなかった。その目的はまた分らない。分らないだけに、二十日 ( その夜、佐山とお時は情死 ) から二十一日 ( その朝、死体発見 ) の両日にかけて、安田の行動 を九州になんとなく結びつけている。いや、 . そうしたがっている気持を、自分で執拗だと意識し ている。だが、現実は、安田は九州とは逆に行動していた。西へ行かすに、北に行ったー ( 待てよ。逆の方向に行ったのが、おかしいそ ) 三原は二本目の煙草に火をつけた。逆に行ったことに何か安田のわざとらしさがあるような気 132 しつよう