間 - みる会図書館


検索対象: 点と線
222件見つかりました。

1. 点と線

204 。ししが、十五番線のホームに さて、ここで安田が困ったことがある。ほかの女中に見せるのよ、 行く理由がないから、《あさかぜ》のすぐそばに目撃者を連れて行くわけにはゆかない。彼の狙 いかにも偶然に見たようにしなければならないのです。十五番線は遠 いは、わざとらしくなく、 距離の発車ホ 1 ムですから、用もないのにそこに行ったのでは作為が知れます。どうしても、他 のホームから眺めなければなりません。それは彼が妻の所にしじゅう行く鎌倉行の十三番線ホー ム ( 横須賀線 ) を利用するのがもっとも自然で、作為が目だちません。 しかし彼は困りました。十三番線から十五番線の列車は見とおせないのです。いつも間に列車 や電車の発着があって、それに邪魔されるわけです。このことはいっか書きました。それで苦心 との末、九州行きの列車を待っている時刻で、しかも十三番線からその列車が見えるのは、一日の うち十七時五十七分から十八時一分の間の、たった四分間しかないことを彼は発見しました。貴 点重な四分間です。まったく大切な四分間です。 しいと書きましたが、ここで、十八時三十分発 そこで、前に私は九州行きの列車ならどれでも、 の〈あさかぜ》でなければならない必然が生じてくるのです。安田は、二人をどうしても《あさ かぜ〉に乗せなければならなかったのです。他の九州行き列車では間がふさがれてだめなのです。 かんげき この四分間の間隙を発見した安田は偉大でした。おそらく 自然らしく目撃者にふるまうために、 東京駅員も、この四分間の見とおしがある一、とに気がつくものは少ないでしよう。 かくて、佐山とお時の出発は、安田の工作であることがわかった。しかし、奇怪なことがある。

2. 点と線

点 「そうね」 と娘は、ちょっと考えるふうをして言った。 「やつばり食堂について行くでしようね。たってつまらないもの」 「そうか、やつばりな。お茶も欲しくないと思ってもか ? ー 「そうよ。そんなときでも、新田さんの傍についていてあげたいわ。ものが食べられなかったら、 コーヒーでもとって、おっきあいするわ」 あい・つち 線そうだろうな、と父親はうなすいて相槌を打った。それが真剣に聞えたので、今まで黙って縫 物をしていた女房が笑った。 と「何を聞いてるの、お父さん」 「おまえは黙っていろ」 と、茶のつきあいをしてもらえなかった重太郎は、一喝した。 「それは、なんたな、新田君にたいしてすまないという気持からだな」 「そうね。それは食欲の間題よりも愛情の間題だわね」 と、娘は言った。 「なるほど、そうか」 うまいことを言うと思った。重太郎が考えていたことを、娘は適切な一ことで言いえた。食欲 よりも愛情の問題か。そうた。それである。 かっ

3. 点と線

点 と 三原は何気なしにそう言った。そう言ってしまって、三原自身が、電気にでもかかったように、 はっとした。彼は、ある重大な事実に思いあたったのである。 東京駅では、〈あさかぜ》に乗る佐山とお時の姿を見た者があった。たしか、目撃者は十三番 線ホームに立って、十五番線の発車ホームを見たということだった。しかし、東京駅では、その ひんばん 間に十三番、十四番のホームがはさまっている。列車の発着の頻繁な東京駅のホームが、間に汽 車の邪魔なしに、十三番から十五番線にいる列車が、そのように見通せるものだろうか。 六四分間の仮説 三原紀一は、夕刻近く東京駅についた。 九州からの長い汽車の旅で、彼はうまいコーヒーに飢えていた。改札口からまっすぐに有楽町 に車をとばして、行きつけの喫茶店にとびこんだ。 「三原さん、しばらくね」 と、顔なしみの店の女の子が笑った。

4. 点と線

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5. 点と線

「なるほど。じゃ、二十日の晩のその時刻に、三十歳ぐらいの洋服の男と、二十四五歳ぐらいの 防寒コートを着た和服の女の連れが、駅から出てきたのを見ませんでしたか ? 」 「二十日の晩 ? だいぶ前のことですな。さて」 店主は考えるように小首を傾けた。これは無理な質間かもしれない、と重太郎は思った。四五 日前のことなのである。日を言ってもわかるまい。彼は、ふと別な間いかたを思いついた。 「この前、この辺の浜で心中があったことを知っていますか ? 」 うわさ 「はあ、朝、死体がわかったことでしよう ? 噂でも聞いたし、新聞も読みました」 「それですよ。それが二十一日の朝です。二十日というのは、その前の夜ですが、思いだしませ とんか ? 」 「ああ、そうか」 点店主は印入りの厚い前だれをたたいた。 「それなら思いだしました。そうですか、あの前の晩のことですか。それなら、見ましたよ」 「え。見た ? 」 重太郎は目を輝かした。 「ええ、見ました。どうして覚えているかというと、翌日、心中騒ぎがあったからですよ。そう ですな、あの晩の九時二十五分の客は十人ぐらいしか駅から出ませんでした。いったいにその時 刻は汽車から降りる人が少のうございましてね。その中に、今、おっしやったような洋服の男と

6. 点と線

点 「どんなことを言ったのですか ? 」 「私の傍を通り抜けるとき、女が、男に〈すいぶん寂しい所ね〉と言ったのです」 「ずいぶん、寂しい所ね。 ふくしよう 重太郎は、思わす復誦するようにつぶやき、 「それで、男の方はなんと答えましたか ? 」 「男の方は黙っていました。そして、ずんずん向うに歩いて行ったのです」 線「その、女の言った言葉は、声に何か特徴はありませんでしたか ? 」 なまり 「そうですな。わりあい澄んだ女の声でしたよ。それに上地の訛のない、標準語でした。この辺 との者なら、そんな言葉づかいはしません。言葉の調子から、あれが東京弁だと思います」 重太郎は、袋のくしやくしやになった「新生ーを取り出して火をつけた。吐いた青い煙が宙に もつれる間、つぎの質間の用意を考えていた。 「その電車は、たしかに九時三十五分着でしたか ? 」 「それはまちがいありません。私は博多で遊んで遅くなっても、かならずその電車にまにあうよ うに帰るのですから」 重太郎は、その返事を聞いて考えた。この会社員の見た男女は、国鉄の香椎駅で降りた、果物 屋の目撃した男女と同一人物ではないか。この会社員は、その男女を電車の中では見ていないの 弱た。ただ、自分のあとから追い越した同じ電車の降車客につづいていたから、そう思ったのでは

7. 点と線

三原は言った。 「そうもとれるがね。しかし安田の行動を警察が調べているというので協力してくれたのだろ 主任は微笑していた。その微笑には意味があり、三原にもそれはわかった。 「その石田部長と安田の関係はどうなんですか ? 」 「役人と出入り商人だからね。たいてい察しはつくよ。ことに石田部長は汚職の中で疑惑の人だ。 線が、現在のところ石田部長と安田の間には間題になるような線は出ていないね。しかし、安田は x x 省に最近かなり食い入っているから、部長に盆暮の挨拶は適当にしているたろう。石田部長 とのわざわざの申し出は、その返礼のつもりかもしれないな」 主任は、組んだままの指を鳴らした。 「しかしね、返礼であっても、言うことが事実なら仕方がないよ。念のために、北海道庁の役人 には照会電報を打っておいたが、返事は石田部長の申し出のとおりたろう。つまり、安田が一月 二十一日の《まりも》に乗っていたことは、嘘ではないということなのだ」 また、安田の《まりも〉乗車を証明する目撃者が一つふえた。三原は、うんざりして主任の前 を離れた。 ちょうど、午すぎであった。三原は庁内の五階食堂こよ、つこ。 冫冫しナここは地方のデパートの食堂 あふ ぐらいに広い。窓からの明るい陽射しが溢れていた。三原は飯を食う気になれないので、紅茶を 160 ひる

8. 点と線

能うのは、どういうわけだろう。 三原は時刻表をとり出した。函館・小樽間は急行でか 0 きり五時間かかることがわか 0 た。あ れほど部長と懇意だ 0 た安田が、五時間も知らぬ顔をして別な車両に引っこんでいるわけがない いや、もう一つ突 0 こめば、安田はどうして石田部長と同じ車両に乗 0 て、長い退屈な旅行を談 笑でまぎらわさなかったのであろうか。一歩ゆずって、それが遠慮から出たことであ 0 ても、五 時間もの間、寄りつかなかった理由がしれない。 稲村氏は厳正な第三者である。その稲村氏が、小樽をすぎて初めて安田を見たというのは。 ( 安田辰郎は、小樽駅から〈まりも》に乗車したのではあるまいか ? ) 三原の頭をこれがかすめた。これなら、稲村氏が小樽を過ぎたころに安田を初めて見たという 点ことがわかる。車両が違うということは、安田が小樽駅から乗りこむ姿を見られたくなかった、 ゅうゆう と解すれば理屈が合う。彼は小樽を列車が発車すると、悠々と石田部長と稲村氏の前に現われ、 あたかも函館から乗車していたように稲村氏に思いこませた。 まだ、厚い霧の中から、三原は前方に薄い明りがさし、ぼんやり物の形が見えたような思いが して、息がはずんだ。

9. 点と線

両人がそれから六日後、香椎の海岸で情死したことです。佐山とお時が青酸カリ入りのジュース を飲んで、お互いの体を密着するようにして自殺したことです。検案書によっても、現場状況 ( 私は写真しか見せてもらえなかったが ) によっても、はっきり情死であることに間違いはあり ません。 これがわからない。恋人でない者がどうして情死したか。まさか安田が指図しても、他人同士 で情死まで引きうけて実行するばかはいないでしよう。両人は恋愛の間でなかったと推論しても、 情死の現実を見ると、根底から崩れます。やはり情死を決行するほどの深い仲だったとしか思え ません。この矛盾がどうしても解けない。 だが両人の出発が、安田の仕掛けである以上、香椎海岸の情死が、どうしてもちぐはぐなもの となります。かといって、情死の現実は否定できない この相反する出発と結末の矛盾が、いか 点に考えても、解決でぎませんでした。 が、出発が安田の指図であるかぎり、この情死の結末にも何か安田の臭いが強くします。私は 漠然とだが、その直感から脱けられませんでした。私が彼の北海道行きを調べて歩いた間でも、 両人の心中当夜、その香椎の現場に安田が影のように立っているのを絶えす確信していました。 どういう役割かわからない。まさか催眠術を使って心中させたわけでもあるまい。正気で安田の 命令で、恋仲でもなんでもない者が情死するはずもない。が、何かわからないが、どうしても安 田を情死当夜、その現場にいあわせたという線を強引にひいてみました。 と 205 にお

10. 点と線

三原はがっかりした。ここにも、安田が確かにその列車に乗っていたという目撃の証人が現わ れていた。しかもこんどは安田に作られた証人ではない。一省の高級官吏であり、出張の予定は 数日前から決っている役人なのだ。現に連絡船の乗客名簿にも名前をつけている。疑点は塵ほど もなかった。 「君」 と、三原の沈んでいる様子を見て、笠井主任は立ちあがった。 「天気がよさそうだな。五分ばかり、そこいらを散歩しようか」 線 じっさい、外は明るい陽が降りそそいでいた。強い光は初夏が来たのを思わせた。上着を脱い とで歩く者が多かった。 ほり . ねた 主任は先に立って歩き、車の流れる電車通りを横切って、お濠端にたたずんだ。皇居の白い城 点壁が輝いている。暗い庁内の部屋から出た目には、あたりは素抜けたようにまぶしかった。 なが 主任は濠を眺めるように少し歩き、べンチを見つけると腰をおろした。よそ目に会社員が二人、 事務所を脱け出してさ・ほっているように見えた。 「君が北海道に行っている留守の間、僕は佐山憲一とお時とのあいだを洗わせたよ」 主任は煙草をとり出し、一本を三原にすすめて言った。 三原は思わず主任の顔を見た。 情死した二人の間を洗う。とっさに意味がわからなかった。 何を求めようというのか。 155 スケジュール ちり