315 そのかみの愛讀の書よ大方は・ そのかみの學校一のなまけ者・ そのかみの神童の名のかなしさよ その頃は氣もっかざりし假名ちがひの その名さへ忘られし頃融然と その後に我を棄てし友もあのころは・ その膝に枕しつつも我がこころ そのむかし秀才の名の高かりし その昔小學校の柾屋根に・ その昔搖籃に寢てあまたたび・ 蘇峯の書われに薦めし友はやく・ 空色の罎より山羊の乳をつぐ・ 空知川雪に埋れて鳥も見えす・ 空寢入り生広呻などなぜするや・ それとなく里のことなど語り出でて それとなくその由るところ悲しまる、 それもよしこれもよしとてある人の そんならば生命が欲しくないのかと、・ タ 大海にむかひて一人七八日・ 大海のその片隅につらなれる 大といふ字を百あまり砂に書き・ ダイナモの重き唸りのここちよさよ 大木の幹に耳あて小半日・ : さ : 五七 : 大四 ・五大 たひらなる海につかれてそむけたる たへがたぎ渇き覺ゆれど、手をのべて・ : 七五 高きより飛びおりるごとき心もて : 一大高山のいただきに登りなにがなしに 出しぬけの女の笑ひ身に沁みき・ 誰そ我にビストルにても撃てよかし ただひとり泣かまほしさに來て寢たる ただ一人のをとこの子なる我はかく・ たのみつる年の若さを數へみて・ 旅を思ふ夫の心 ! 叱り、泣く 旅七日かへり來ぬればわが窓の 旅の子のふるさとに來て眠るがに・ 田畑も賣りて酒のみほろびゆく・ 誰が見てもとりどころなき男來て 誰がみてもわれをなっかしくなるごとき 誰か我を思ふ存分叱りつくる・ たはむれに母を背負ひてそのあまり・ たんたらたらたんたらたらと雨滴が チ 慧とその深き慈悲とをもちあぐみ・ 近眼にておどけし歌をよみ出でし・ ・三カなく病みし頃より口すこし・ 父のごと秋はいかめし母のごと ・一七茶まで斷ちて、わが平復を祈りたまふ・ : 九 0
270 ( 明治四十一年八月八日 ) 徹夜百首會吟於千駄ヶ谷 夏三月かたりてつきぬ思出に富む人なれど錢は持たざり ( 錢 ) 一人ゐて思ふこと多き夜なるかないたづらに明き月に對ひて ( 徒ら ) 今の世の淸女を見まくはろばろと都にこそは上り來にけれ ( 女の許につかはしける ) 今も猶戀に死ぬ入ありかかる大事は史書に記すべかりける ( 歴史 ) 年若き今の世の我も古への老いし旅人も讚ふるは酒 ( 今の世 ) すでに三日見ずて過ぎけるその人を最も遠き星と呼びける ( 最 ) 美しきもの永久にありとせばかかる心も死なざるものか ( 美 ) 後の日を語りきそへる中にゐてかなし我のみ思出をいふ ( 談 ) もち 望の夜の月のごとくにまどかなるはた靜かなる戀なきものか 誰ぞと名をとはれて答ふ天地に似るものもなき我に名はなし ( 名 ) かかることあるもよからむと直ならぬ心に帽をおきてかへりぬ わが宿の障子ことごと張りかへし日より今年の秋立ちにけり ひとひ かかる事常にもがもな今日一日爲すことなしに心足らへる 深きこと我を見つむる少女子の黒き瞳にロ 汝くものぞなき 曇りたる空の面を減茶苦茶に槍もて突かば魚か降り來む ( 曇 ) たびと
しんどう そのかみの神童の名の かなしさよ ふるさとに來て泣くはそのこと ていしやばみち ふるさとの停車場路の 日ばたの くるみ 胡桃の下に小石拾へり むか ふるさとの山に向ひて 言ふことなし ふるさとの山はありがたきかな した やま こいしひろ な な
秋の風我等明治の靑年の危機をかなしむ顏撫でて吹く 時代閉塞の現状を奈何にせむ秋に人りてことに斯く思ふかな 地圖の上朝鮮國にくろぐろと墨をぬりつつ秋風を聽く 明治四十三年の秋わが心ことに眞面目になりて悲しも ( 明治四十三年九月九日夜「創作」一ノ八 ) 十月十三日夜 一三こゑロ笛かすかに吹きてみぬねられぬ夜の窓にもたれて むらさきの袖たれて空をみあげゐる支那人の目のやはらかさかな わが手とりかすかに笑みて死にし友その妹も病むと今日きく きす 酒のむが瑕にてありしそのかみの師のあやまちを今日はわれする ととせ とし子とは君が名なりき十年のち今は我子につけて呼べる名 何よりもおのれを愛し生くといふさびしきことにあきはてにけり 〇 けな 三人がみな恐れていたく貶すこと恐れえざりしさびしき心 四雄々しくも死を恐れざる人のこと巷にあしき噂する日よ 死 病める兒のむづかる朝の食卓よ旅をおもひて箸をはこべり ふたみ
兜 父母は老いていませりあはれ蚊よ皆來て我の痩脛を螫せ わが母の死ぬ日一日よき衣を着むと願へりゆるし給ふや 猛然としてわれ父母の名を念じ敵を追へどもやがて歸り來 かく弱き我を生かさず殺さざる姿を見せぬ殘忍の敵 宰相よ心して行け何時か我狂せむ時のなしと誓はず ( 明治四十一年六月二十五日夜半 ) 六月二十六日作 こころよく泣くに優れる喜びを知らずと默しやがて夜明けぬ 一食の麺麭をさくにも天にます神よと呼べる人を笑はず 明けてただ暮れしをも猶訷恩に歸して寢にけることただ一夜 悄然として街をゆく人我の外に猶あり泣きてかへりぬ ものみなにみな盡く一つづっ眼ありて我をつくづくとみる はてもなき高さにありてつねにつねに涙たたへし大いなる眼よ 一葉の葉書を君の入れたるを見しより愛す角のポストよ 筑紫なる下り松濱その濱の石ことごとく數へつくせよ 君があとわれ大聲に東歌うたひてゆけどふりむきもせず たはむれに君が名かきて其上にまだせぬ戀の部と朱書する
289 ( 明治四十二年 ) 正行寺記念歌會作ー故玉野花子女史忌日にー 燐寸をすり眞暗き路になげてみぬ消えたるあとのさらにおそろし 何事か大事を一つ企てし如し君みし後の心は はなやかにそがひの窓の外にうたふ聲をききつつ涙流れき かの女羞づべきことをことさらに眞面目に言ふもをかしくありき 春の暮戀なき人もそれとなく戀ふるが如き眼してありきぬ 再びと相逢ふことのなかるべき人にまじりて春の街ゆく 久しくも思出でざりし人の名を思ひ出す時は、フれしかりけり 大木の幹に耳あて小半時何も思はでありしをかしき 山路ゆけば馬車の轍ににじられし赤き櫛ありき秋の木曾路に 赤き花いれて名書かぬ袋五年まへに贈りたりしが 緩やかにたばこの煙天井にうづをまけるを眺めてありき 何事かいと聲高にあげつらふ二人にあひて怖れし君かな 障子一重それをあくれば化物の出るかとおそれ冬の夜いねず ( 明治四十二年一月十四日 ) かなしげに巷の家の高低の泳げるなかに冬の日の舞ふ ( 明治四十二年一月二十六日「國民新聞」 )
やまひ 病のごと しぎゃう わ 思鄕のこころ湧く日なり 目にあをぞらの煙かなしも おの な 己が名をほのかに呼びて なみだ 涙せし 十四の春にかへる術なし けむり あをぞら 靑空に消えゆく煙 さびしくも消えゆく煙 われにし似るか じふし はる けむり よ すべ けむり
しは きた 潮かをる北の濱邊の すなやま 砂山のかの濱薔薇よ 今年も咲けるや わか たのみつる年の若さを數へみて ゅび み 指を見つめて たび ↓ガ力いやになりき 三度ほど まど 汽車の窓よりながめたる町の名なども しこしかりけり みたび きしゃ ことし はまべ はまなす とし かぞ まち
246 すでにして我また多き思出の中の一人を思出にける 枕邊の瓶の白百合その中に一輪赤し我は慰む もの借りて未だ返さぬその人の娘に似たり我は逃げにき かくれて 三つの窓その何れより見ゆるやとわが眼ひまなし墻に 勸工場目をひく物のかず / \ をならべて見する故によろこぶ とけなき日のわが友は今も猶したしき如く我に物言ふ 初めよりいのちなかりしものの如ある砂山を見ては怖るる まなす 瀁薔薇 わが友は北の濱邊の砂山のはまなすの根に死にてありにき 女らよ我醉ひにけり衣みなすてて躍らむいかに歌ふや やよ柱カ角せむやといひて汗出づるまで推せど動かず 饒舌の人よりのがれ歌はざる花に對 ~ どいまだ足らはず かの入とかの人しらべ迷ふ時來りし故に君をとりにき 鼻少し曲れるひとと髪赤き入に戀はれて泣きて怒りぬ らうがはし我をとりまき爭ひぬ歌ふことなき少女子の群 それゆゑに我なほかくも老いざりと數々の名をいひてほこれる われ切に切にねが ~ り遠方にはなれて思ふ名のみ知る戀 くわんこうば ちからかく かめ むか
おのが時來るとやうにも高歌して秋を迎へぬ物思ふ人 一片の玉掌におけば玲瓏として秋きたるその光より おほぎみ 若き日はかへることなし燭を增せ我も舞はむと大王泣くも ( 明治四十一年十月「明星ー申九 ) 觀潮樓歌會作 烏羽玉の夜に包まれて立っ山のもだせる心人知るらめや ( 夜 ) 猿の子の木より落ちたる驚きに似たり今かく君を忘れて ( 落 ) 七人の中の一人のだきしめし髪の長きをよしと思ひぬ ( 髪 ) とある時とある處の白砂に指もてかきし名とも思ひき ( 指 ) あるところの砂に指もて書きしより長くその名の心にありき ( 指 ) 黄金の香爐があるらし東海の空はくゆれる春のあけぼの ( 香 ) 老人の諍ひするは醜くかり髑髏と髑髏相物むがごと ( む ) わが鼻は日に / \ 脹れぬ今は目もかくれぬ君をみぬが悲しき ( 脹る ) 年 小鼠のききと皿噛む音寒き夜半の埋火戀しかりけり ( 鼠 ) 十 四 ( 明治四十一年十月三日 ) 明 千駄ヶ谷徹夜會作 時計の音チクタクとひびく眞夜中の廊に往來す重き足音 ( 時計 ) いっぺん いさか