母 - みる会図書館


検索対象: 啄木歌集
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1. 啄木歌集

250 父母のあまり過ぎたる愛育にかく風狂の兒となりしかな なれ 神よ神この日ばかりはただ爾に賴む外なし吾兒は病す 一髪の危機今去りて兒は生くとかける文みて泣笑ひする いと重く病みて搜せぬと文よめど夢に見る兒は笑みて痩せざり ふ君にまた泣く やめる兒をこの一心に癒さむと勇ましく、 重く病むその兒の母よ君もまた生れざりける世をば戀ふるや やみなか 妻と子と父と母とは各々に手ランプをもて暗中を來る ただ一つ家して住まむ才能をわれにあたへぬ神を罵る あらの 我時々見知らぬものに誘はれて曠野の中に捨てられて泣く つの年いつの時にか我はかのかの靑空にとぶことを得む いと高くとぶかの影を捉へむとひねもす馳せて家に歸らず 今日切に猶をさなくて故さとの寺にありける日を戀ふるかな われ父の怒りをうけて聲高く父を罵り泣ける日思ふ 母われをうたず罪なき妹をうちて懲せし日もありしかな 赤手もてかの王城の城門をひらかむとすと腕はさすれど われ入にとはれし時にふと母の齡を忘れて涙ぐみにき 母よ母このひとり兒は今も猶乳の味知れり餓ゑて寢る時

2. 啄木歌集

我いまだ髯を生やさぬそのうちに老いたる親をかなしみて泣く わが母は今日も我より送るべき爲替を待ちて門に立つらむ ふ我を信ずるや母 百二百さるはした金何かあるかくい われ今日も不倶戴天の敵を見て劍を拔かず老いたる母よ 夏來れど袷をぬがぬ人々は我と來て泣け夜の明くるまで あたたかき飯を子に盛り古飯に湯をかけ給ふ母の白髪 母君の泣くを見ぬ日は我ひとりひそかに泣きしふるさとの夏 今日は汝が生れし日ぞとわが膳の上に載せたる一合の酒 若しも我露西亞に入りて反亂に死なむといふも誰か咎めむ かなしみて破らずといふ都合よき事を知らざる愚直の男 雪深き人里の山をただひとり越えてゆきけむ老いし父はも 父と我無言のままに秋の夜半ならびて行きし故鄕の路 やや老いて父の怒らずなりし頃われわが君を思ひそめてき 一女なる君乞ふ紅き叛旗をば手づから縫ひて我に賜へよ 四君にして男なりせば大都會既に二つは燒けてありけむ ムロ わが父が蝋燭をもて蚊をやくと一夜寢ざりしこと夢となれ 天に問ふ今もし一人我しなばわが父母をいかに處するや しらがみ

3. 啄木歌集

ほかげ 燈影なき室に我あり はは 父と母 かべ 壁のなかより杖つきて出づ たはむれに母を背負ひて かろ そのあまり輕きに泣きて 三歩あゆまず 飄然と家を出でては くせ 飄然と歸りし癖よ 友はわらへど ちち せき ふるさとの父の咳する度に斯く 咳の出づるや 病めばはかなし さんぽ とも へうぜん へう懸ん かへ はは われ たび

4. 啄木歌集

しっとりと すな なみだを吸へる砂の玉 おも なみだは重きものにしあるかな だい 大といふ字を百あまり すな 砂に書き 死ぬことをやめて歸り來れり 目さまして猶起き出でぬ兒の癖は かなしき癖ぞ はは 母よ咎むな くれ ひと塊の土に涎し はは にがほ 泣く母の肖顏つくりぬ かなしくもあるか とカ っちょだれ なほお ひやく かへ たま きた くせ

5. 啄木歌集

ぶぶと笛鳴らして駛る自動車のあとに立ちたる秋の塵かな 春ゅふべ若き男はものずきに玻璃の管もてアルコホル吸ふ 靑草の土手に寢ころび樂隊の遠き響に眠たうなりぬ ためらはずその手とりしに驚きて迯げたる女再び歸らず なりかわ くくと鳴る鳴革入れし靴はけば蛙を踏むに似て気味惡し 君が眼は萬年筆の仕掛にや絶えず涙を流して居給ふ 投げやりし爆彈の爆ぜぬ如くにも張合ぬけし今年の秋かな 波來り波去る如く怪しきかな同じことのみ胸に去來す 何となく可笑しき日ありうつらうつら物忘れせし如き心地に 秋の風海をわたりて殺到す小兄ちまたに犬と鬪ふ わが少女孕めりといふあはれあはれかかる諷刺は我未だ聞かず 隣室の學生戀を論ずるを聞きて俄かに老いたる心地 ばらばらと釭丹の屋根に雨來る傘なき男驅け出せ驅け出せ 母よ母よ汝が兒の戀はまた破れぬ今日は一日起さでおき給へ 友は皆アカデミ出でて八方に散れり誰先づ名をば擧ぐらむ 敎會の男女の血色のよきを不思議と見て歸り來ぬ 暇あれば若き女の顏を畫く男なりしが博士になりぬ はぜだま

6. 啄木歌集

201 あの年のゆく春のころ、 くろめがね 眼をやみてかけし黒眼鏡、 こはしやしにけむ。 わす 藥のむことを忘れて、 ひさしぶりに、 しか 母に叱られしをうれしと思へる。 まくらべ しゃうじ 枕辺の障子あけさせて、 み くせ 室を見る癖もつけるかな 長き病に。 おとなしき家畜のごとき こころ 心となる、 たか 熱やや高き日のたよりなさ。 わっ くすり ながやまひ かちく はる

7. 啄木歌集

185 びっしよりと盗汗出てゐる あけがたの まだ覺めやらぬ重きかなしみ。 かな ばんやりとした悲しみが、 夜となれば、 寐臺の上にそっと來て乘る。 病院の窓によりつつ、 いろいろの人の ある げんき なが 元に歩くを眺む。 しんてい もうお前の心底をよく見屆けたと、 ゅめ 夢に母來て な 泣いてゆきしかな。 ねだい びやうゐん ははき まど ひと ねあせで みとど の

8. 啄木歌集

249 ( 明治四十年 ) まてどまてど盡くることなき葬りの無言の列ぞわが前を過ぐ 目ぞ曇り日月を見ぬこと既に八千餘日死なむともせず ゆきき 巡査來て怪しと我をひきゅきぬ君が家あたり徂徠するをば 「檢非違使よなどかく我を縛せるや」「汝心に三度姦せり」 よしさらば汝の獄にその少女ともに置かむと言へわが判事 ちのり 試みに赤き繪具の皿とわが血糊の皿を前にならべぬ また逢はむともせず欠伸かみ殺し涙拭ふを見たる宵より 地震の朝あまり慌てて起き出でし君が枕を嘲りてゐぬ ひねもす 千本の柱ことごと君が名をかきて終日めぐりては讀む 夏休暇第一日の朝に先づ君を訪はむとよろこびて待っ 半里ほど共に歩みて一本の煙草貰へる恩を忘れず 我いまだ忘れず壁と三味線とまたその室と室の主人を みとせ 我すでに三年目毎に一輪の花を贈ると餓ゑて暮せど 一我は今のこる最後の一本の煙草を把りてつくづくと見る かくてまた我生涯の一卷の劇詩の中の一齣を書く 父と母猶ましませり故に我死ぬを得ざりとまた筆をとる 兄よといひわが頬撫でけむそのみ手の病みて動かずなれる母はも かん

9. 啄木歌集

あちさる 昨日より色のかはれる紫陽花の瓶をへだてて二人かたらず しかはあれ我この君を忘れむと謀れる夜にも文をかきにき わがかぶる帽子のひさし大空を掩ひて重し聲あげて泣く 君とかく對ふ時のみ辛うじて酒を忘ると荒き涙す 昨日まで胸に十字をきりし指その指をもて君をゆびさす 一盞を飮みほすごとに指を物み血の一滴をさかづきに注す 炎天の下わが前を大いなる靴たた一つ牛のごと行く しつ 室の隅四隅に四つの石を置き中に坐りて石をかぞへぬ 永遠にまろぶことなき佳き獨樂をわれ作らむと大木を伐る 人住まずなれる館の門の呼鈴日に三度づっ推して歸り來 津輕の海その南北と都とに別れて泣ける父と母と子 いったび 飄然と國を出でては飄然とりたること既に五度 われいまだわが泣く顏をわが母に見せしことなし故にかなしき かし なれ 年 何ごとも汝にえ言はず妻よただ炊ぎてあれな三合の米 十 わが父は六十にして家をいで師僧の許に聽聞ぞする 明 わが家に安けき夢をゆるさざる國に生れて叛逆もせず だいおん にき 大音に泣くをえなさず今日も猶日記を背負へる流離の一人 むか やかた

10. 啄木歌集

ふつかまへ 二日前に山の繪見しが 今朝になりて こひ にはかに戀しふるさとの山 あめうり 飴賣のチャルメラ聽けば うしなひし こころ をさなき心ひろへるごとし このごろは ときどき はは 母も時時ふるさとのことを言ひ出づ あき 秋に入れるなり それとなく くに た 鄕里のことなど語り出でて よ あき や もち 秋の夜に燒く餅のにほひかな やま やま