第 5 部ユニバックあれこれ のメリットを最大限引き出すために前項 13 で詳述した大型基板の 採用に踏み切った。このために大型基板を装置に実装してェクステ ンダで外部に引き出しコンポーネンレベルのデバッグを行うのは困 難なためテストべンチを作成しでできる限りのテストをテストべン チ上で行うこととした。 ①テストべンチでのテスト テストべンチは大型基板が 3 枚 (CTCI 、 CTC2 、 (T) と CI が平面状 にならべられオフラインでのデバッグは勿論、 UNIVAC 1100 との接 続テストも基本的なものは、このテストべンチで行った。当時開発 部には UNIVAC 1100 をよく知っているエンジニアは居らず、新人の 竹森信一を巻き込んで、少ないマシンタイムのやりくりとともに大 変苦労した。 HCS はオンライン、オフラインのテストのため可能な限りの場所 での折り返しテストの機能を組み込みデバッグの効率を上げること ができた。 ② HCS 装置フル実装でのオンラインテスト このテストで特にランダムなタイミングのテストに貢献したのは 異なる CT 、 CI のインブット、アウトブット同士をクロスに接続して テストできるプログラムの開発であった。 1 つの 1/0 からアウトプ ットしたメッセージを別のレ () で受けその正当性を検証する考え方 は、 UNIVAC 1100 のオンラインテストプログラムには無かったも のであり開発部テストプログラム開発者亀岡隆一郎が大変な苦労の 末実現させたもので、そのプログラムによるデバッグの結果 GCS 、 HCS のタイミングトラフ。ルはほぼ零であった。 15. HCS の製造 HCS の製造は、当時の担当本部長富田和夫の判断で東光を製造拠 点とした。 HCS 製造での問題点は大型基板の部品の半田付けであり、 338
第 5 部ユニバックあれこれ ( 5 ) 川鉄本社 ( 神戸 ) 昭和 41 年 ( 1966 年 ) 11 月に UNIVAC494 の一号機が導入された。翌 昭和 42 年 ( 1967 年 ) 「営業情報システム」と呼ばれたオンラインリ アルタイムシステムを、系列を含めた全営業部門、工場を 50/ 1 , 200 ボーで接続して稼動させた。 ( 6 ) 近畿日本ツーリスト旅行案内 昭和 42 年 ( 1967 年 ) 4 月 UNIVAC 418 Ⅱと、オンライン端末オキ・ タイバーを使用した、プラン作成から予約発券までを行う旅行案内 オンラインリアルタイムシステムを本格稼動させた。 ( 7 ) 石川島播磨重工業 昭和 43 年 ( 1968 年 ) 4 月豊洲に設置された UNIVAC 1107 と、横浜、 相生に設置された 0UK1004 を 1 , 200 ボー回線で接続し、遠隔地から プログラムを送り処理するリモートバッチに成功した。 ( 8 ) 野村證券 昭和 42 年 ( 1967 年 ) 9 月に UNIVAC1108 の 1 号機が導入された。証 券界初のリアルタイムシステムが、翌昭和 43 年 ( 1968 年 ) に稼動した。 ( 9 ) 国鉄地域間急行貨物情報 ( FOCS ) の即時処理 UNIVAC 490 を 2 台設置し、昭和 43 年 ( 1968 年 ) 4 月に処理対象の 貨物列車 7 本で試行を開始し、昭和 43 年 ( 1968 年 ) 10 月には本施行 として地域間貨物急行 86 本を対象に約 100 台の端末を使用した貨物 予約のオンラインリアルタイムシステムを稼動開始した。このシス テムは昭和 45 年 ( 1971 年 ) 1 月に UNIVAC 494 にグレードアップされ、 場所も丸の内から国立に移行した。 324
第 5 部ユニバックあれこれ ( 編集者注 : この文は最初に井出進さんが書いた文に、斉藤剛伸さんが 加筆し、水野孝三さんが書いた文を文末に付け加えたもので ある。原文は文中の「私」の後ろに「私」の名前を表記して いたが、項目ごとに主執筆者の名前を表記するように変更さ せて頂いた。 ) 1. 海上自衛隊艦船部品補給オンラインシステム 前書き - 斉藤剛伸 当時、 UNIVAC 1050 は厚生省等にかなり導入されていて、 1050 で は私は後発組だったと記憶している。確か、昭和 40 年 ( 1965 年 ) はじめに小磯と斎藤が呼ばれて「海上自衛隊・横須賀・呉補給処の 艦船部品補給オンラインシステム」構築の業務指示を受けたと思う。 当時の営業からは、この実績を作って舞鶴・佐世保・大湊等の全国 の補給処へオンラインシステムを導入する予定であることを聞かさ れた。私が呉の担当になったのは当時まだ独身だったからである。 当時、 UNIVAC 418 のオンラインの導入も控えていて、社内では藤 田献課長がリーダーとなって「リアルタイムシステム研究会」が編 成されて、盛んにリアルタイムシステムのスタディをしていた。米 国スペリー・ユバックのオンラインユーザーである米空軍やェアラ インのオンライン資料をスタデイしていた。小磯さんは確かこのス タディチームに入っていたと記憶している。私だけがオンラインも 1050 も知らない後発組だった。当時、小林功武課長が翻訳作成した 1050 解説書があったが、私は周囲から小さいサンプルプログラムを 入手し、自分で勝手にプログラムを作成してテストしたら簡単に稼 動した。特には誰からも教えてもらわなかった。当時、 SE は必要な 知識は自分で勝手に勉強していたと思う。後に、小林課長から本稼 動 6 ヶ月前で大混乱していた UNIVAC494 三菱銀行オンラインシステ ムプロジェクトを引継ぐことになるとは想像さえしなかった。 286
6 UNIVAC の ON-LINE の実績とその特徴 2. 他社システムに強い UNIVAC の特徴 NUK では、前記した ESI モードの特徴を生かし、他社製の接続端 末の通信制御ソフトウェアを開発してきました。 CCR ( コミュ ルーティン ) と呼ばれるソフトウェア シ - ョン・コントローーノレ・ です。特に銀行、証券業界では、店舗端末が沖電気製の製品、 NCR 二菱電機製の製品、オリべッティー製品などが端末装置に使 製ロ われていました。 NUK では、社内に「日本 U Ⅵ VAC 標準通信制御プロ トコル委員会 :NSCCP 」と称する機関の承認の元、ユーザの要求を第 ーと考え、実績の多い「沖電気との製造提携」その後「三菱電機と の共同開発提携」を図り、その端末の制御ソフトウェアの標準装備 を図ってまいりました。この柔軟な姿勢と対応技術が他社システム の接続を拒否してきた他社メーカとの比較に大きな差をつける結果 となりました。 3. X25 対応 ( バケット交換方式 ) に強い UNIVAC の特徴 NUK のオンラインの実績で、これほど他社システムに差をつけて 実績をあげた技術力は無いといわれたのが「 X25 対応」でした。 当時、 NUK は、昭和 39 年 ( 1964 年 ) ~ 43 年 ( 1968 年 ) にかけて銀行 のリアルタイムシステムの構築 ( 端末は沖電気製が主流 ) 、同時期に 川鉄システムの生産管理システム ( 営業情報システム全国オンライ ン ) 、 IHI の TSS オンラインが実現してきました。丁度、昭和 43 年 に防衛庁の所内オンラインが完成とともに、脚光を浴びたシステム が花王石鹸の流通オンラインシステムの完成でありました。日本で 初めて「 NTT 電信型通信網 ( テレックスオンライン ) 」との接続を図 り、全国のテレックスを端末として利用する日本で初めての流通オ ンラインを実現しました。その後、 NTT が新データ網として発表し た「 NTT-DDX 網の回線交換網」との接続にもいち早く実現し、新技 術の取り組みの早い花王石鹸とまで言われる伝説をつくりました。 279
1 1 IJNIVAC のリアルタイムシステムを支えた GCS 開発物語 クで競技記録の集計、速報に IBM 1401 システムが使用されて成功 を収めオンラインシステムが実用になることが証明されたのであ る。これを契機に IBM と UNIVAC はオンラインシステムの熾烈な受 注合戦を繰り広げることになった。 後述するように当時 ( 1960 年代後半から 70 年代前半 ) は通信の 自由化以前の時代で、通信事業は電電公社 ( 現 NTT) が独占し、同 社の技術基準や機器認定制度等々外部制約が多々あり、加えてコン ピュータに通信を行わせるプロトコルの国際標準化も作業途上にあ ったので、 NUK では独自のプロトコルを制定するなど苦労が多かっ たが UNIVAC が持っリアルタイム機能の優秀さとハードウェア、ソ フトウェアの技術陣の創意工夫と努力に加えて営業陣の熱意により NUK は IBM を凌駕する実績を築きつつあった。 オンライン / リアルタイム時代の黎明期に何故 UNIVAC は IBM を 凌ぐことが出来たのだろうか ? それには幾つかの理由を挙げることが出来るが、何と言っても UNIVAC のハードウェアと OS が優秀であったことが第一に挙げられ よう。本章では IBM に無い UNIVAC のオンラインシステムの最大の 特徴、コンピュータと通信制御装置 scs (Standard Communication Sub ー system ) 間のデータの授受を制御する画期的方式 ( これは特許で もあった ) ESI モード (Externally Specified lndex Mode) につ いて簡単に紹介したい。 ESI 方式が何故画期的であったか。第 2 世代の UNIVAC のオンライ ン機能を持ったセントボール系のコンピ = ータの入出力は、入出力 装置を入出力チャネルに接続し、データの入出力は ISI(Interna11y Specified lndex) 方式、即ち、チャネルの番号に対応する入力用、 出力用の BCW(Buffer control word) により指定されたメモリ上のバ ッフア領域を通じて行なわれていた。したがって、同時に接続でき 319
第 5 部ユニバックあれこれ ES I に関しては萬澤さんに最初のドラフトを書いていただき、何人 かの技術の方々に情報提供を頂き完成させている。 6 項以降の GCS の開発の物語は、実際に開発を担当された方々 ( 秋 元、田中、永田、森分、清水、山崎、竹森、他 ) より情報の提供を頂 き私が取纏を担当した。時間が経っていることでもあり、各人の記 憶のばらっき等で結構難航したが関係者の協力で何とか取り纏める ことが出来た。関連した各位に感謝申し上げる。 1. 米国でのオンライン / リアルタイムの歴史 商用コンピュータの実現は、 UNIVACI が 1951 年に最初の客先で ある商務省国勢調査局に納入が行われた時に始まる。当初は大型、 小型を問わずバッチ処理、例えば会計、在庫管理等に使用されていた。 1950 年代の終りに向けて、コンピュータの性能は、リアルタイ ム通信の一角を占めるようになった。即ち、コンピュータは、メッ セージ交換、航空会社の座席予約、銀行預金口座のオンライン更新 を行うことが出来るまでに発展していた。 1958 年には、スペリーランドの真空管使用の U Ⅵ VAC ファイルコ ンピュータは、汎用コンピュータとして初めて航空会社の座席予約 処理に使用された。数年後に トランジスタがコンピュータブロセ ッサの構成素子として真空管に取って代わってから、 1961 年、海軍 戦略データシステム (Navy Tactical Data system : NTDS) のために 作られたコンピュータの民需版が UNI VAC 490 として販売され、さま ざまなリアルタイムアプリケーションに使用された。 2. UN IVAC のオンライン / リアルタイムを 支えた ESI モード 昭和 39 年 ( 1964 年 ) は日本でオンラインの実用システムが初め て稼動した記念すべき年である。その年に行われた東京オリンピッ 318
第 5 部ユニバックあれこれ 1106 、 1108 、 1100/10,20 などの機種を使用するユーザーだった。 IC チップを使ったプロセッサやメモリー、磁気ドラムやディスク を補助記憶装置として使っているシステム、 scs を使った通信回線 の接続などは、私としては初体験の分野で、問題が発生すると苦闘 の連続だった。 プロセッサやメモリーのトラブルが発生するとピタッと止まって しまう UNIVAC Ⅲとは違って、自動的に再立ち上げをしてくれる Auto Reboot は私にとっては新鮮なものだったし、ドラムやディス クの障害がもたらす影響の大きさも過去に体験のない種類のトラフ。 ルであった。 AutoReboot によって 10 分ほどで立ち上がりはしたも のの、オンラインで業務の回復をするために必要となる復旧時間の 大きさが問題となった。 オンラインシステムであることから、システム障害については「い かに回数が少なくあるべきか (MTBF) 」と「いかに短い時間で直す べきか (MTTR) 」が常に問われた。 「壊れたら早く直す」ということの他に、「壊れても大丈夫な構 成を工夫する」動きが始まりつつあった。 バッチ処理の U Ⅵ VAC Ⅲのサービスから、オンラインの ll()() シリ ーズのサービスにシフトしたばかりの私には毎日が新しい体験で、 ひとつの問題にぶち当たるごとにひとつの学びを重ねる無我夢中の 時期だった。この頃からトラブルが起きると家に帰れない生活が始 まった。 ( 3 ) 1100 シリーズを中心としたカストマーサービスー 2 〔昭和 54 年 ( 1979 年 ) ~ 昭和 57 年 ( 1982 年 ) 〕 メモリーフォルト ( コアメモリ ) 、インストラクションフォルト、 ェラー 63 ・・、 8424 ディスクのクラッシュ、 MSA のデータ化け・・・。矢 継ぎ早に襲ってくるトラブルに、不慣れな私の奔走が続いていたあ 258
10 メモリーズオブ UNIVAC 418 はとても無理な注文でした。そこで、すでに同行で稼動していた 418 Ⅲをフロントエンドとし U-1110 ( すぐに 1100/40 にオンサイトアッ プグレードされた。 ) とチャネル結合することにより処理能力のア ップを図ることになりました。 1976 年にカットオーバした同行の第 2 次オンラインシステムは、 NUK にとってはチャネル結合も事実上初 めてでしたが、リアルタイムアプリケーションプログラムの開発用 ロ語として使用することが決まった ASC I I Fortran についてもファ ーストユーザーでした。そんな状況の中で秒 40 件というこれまた当 時 NUK 社内では誰も経験していないスルーブットを確保しなくては ならないという大変なプロジェクトとなり、これについても思い出 話がありますが、今回は 418 が主役ですので一つだけ 418 に因んだ 話をしたいと思います。 最近の大規模オンラインシステムについてはもはや門外漢も同然 なのでどのようなインフラが使われているか知りませんが、銀行の 第 3 次オンラインシステム開発が盛んな当時、国産他社も含めて『デ ィレイドバッチ』という考え方が流行した時期がありました。私の 記憶では、あの方式を最初に始めたのは NUK ですし、その方式を BOSS 1 1 ( 金融機関向けリアルタイムシステム用ミドルウェア ) などで 実現する元とのなったのは、私が足利銀行のシステムで実現した方 式であったと思っています。それは、リアルタイム処理の中で最大 のボトルネックとなる取り扱い件数や総金額の更新処理 ( 一般にカ ウンタ更新処理と呼ばれた ) を、リアルタイムプログラム自身では 行わず、常駐するバッチプログラムがリアルタイム処理の記録した 313 よりスルーブットを高める。 ①リアルタイム処理からボトルネックとなる処理をはずすことに 式を採用した目的は以下の 3 点です。 ログファイルを元に追随して処理していくという方式です。 この方
第 5 部ユニバックあれこれ ータそのものは障害が発生すると、その障害が一過性のも コン・ヒュ のであれば Auto Reboot による再起動をしてくれる。その後で、障 害の起きた部分を切り離し、 QuickRecovery により停止直前のデー タ処理との整合性を確保した後にオンライン業務が再開される。停 止から再起動までは 5 分程度の時間であっても、その後の処理を経 て支店の端末や ATM が動いてお客様が使用可能になるまでは 15 分、 20 分場合によってはそれ以上の時間がかかることがある。これがデ ータ処理量の多い給料日や月末などだと被害は増大する。そして、 時として新聞紙上を賑わすことになる。常に障害が発生すると頭に 入れておかなければならないことは「数分の停止が大きな事件に発 展するぞ」ということと「障害の真の原因は何かまで遡った対策検 討が必要」「金融機関の業務の流れを念頭においた障害対処が必要」 ということだった。 これらは当社のコンヒ。ュータによるオンライ ンが稼働している都銀、地銀のすべてのユーザーについて言えるこ とであり、各種対応策は全社の全組織が連携していく動きにつなが っていった。そして、金融機関のオンラインシステム安定性向上の ためのさまざまな策が講じられていった。 「故障率の低減策」を皮切りに「機器や系列の二重化」「データ の二重化」「自動切換え」「自動縮退」「最小時間での再起動が可 能な改善」などのノーダウンシステム実現に向けた対策検討が進め られ、具体的なアウトブットとしては、「安定性の高いプロダクト との入れ替え」「冗長性のある機器構成の構築」「自動化や二重化」 などハードウェアとソフトウェアに関するさまざまな改善が行われ 九州支店では、これらの金融機関のオンラインシステムへのサー ビスのほかにもうひとっ難しい任務を持っていた。九州 7 県プラス 沖縄プラス離島に広がるユーザーを、最少人数でいかに円滑にサー ビスしていくかに大いに頭を痛めた。各県にいる駐在員はできるだ 260
6 UNIVAC の ON-LINE の実績とその特徴 中でも、国鉄において試行したわが国初の専用回線による「 2 , 400 ビット / 秒」の実験は、丸の内の国鉄本社中庭に建ててありました「丸 い円形状の電子計算機室」と大阪支社とを UNIVAC 490 と UNIVAC 1004 間を国鉄の専用回線を用いて行った高速データ通信実験の成功の話 題は、電電公社 ( 現在の NTT) 独占時代の通信回線サービスに「高 速時代」の幕開けのきっかけを与えました。 一方、非金融業界 ( 製造、産業分野 ) におきましても、石川島播 磨重工業の TSS の開始、花王石鹸の物流 / 流通オンライン、川崎製 鉄・千葉製鉄所の熱延工程 (HOT-MIL) 厚板システム、水島製鉄所の 冷延工程オンライン、三菱自動車工業の生産管理オンライン、三菱 重工業の TSS 等々数々の実績を作り上げまさに「 ON ー LINE の UNIVAC 」 の名前をほしいままにしたと言っても過言ではないと思っています。 また、これらの ON ー LINE システムには、それぞれ特徴があり、 UNIVAC 製品だけで構築した「クローズした ON-LINE 」ではなく、ユーザの 要求を 100 % 取り入れた他社のシステムとの「オープン型の ON-LINE 接続」が大きな特徴でもありました。 NUK では、沖電気との端末の 共同開発提携、同じく三菱電機との共同開発の提携などを通して、 沖電気製端末、三菱電機製端末、オリべッティー製端末などが接続 されてきました。 このような実績の根源となった背景は、 ON-LINE に強いリアルタ イムソフトウェアの完備と当時の通信回線サービスは電電公社 (NTT) 独占時代であり、その NTT が提供する各種の通信回線サービ スと通信網への接続対応技術にあったと思います。 以下に、その 0N ー LINE の実績技術である「ネットワーク接続技術」 「他社システム接続技術」につき説明をしたいと思います。 あくまで当時の技術対応であり、今日の「 web コンヒ。ューティン グ時代」「ユビキタスネットワーク時代」の超小型、どこでも、誰で も、何時でも、何でも・・・といわれる世界、宇宙を超越したネットワ 277