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検索対象: マキアヴェッリ語録
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1. マキアヴェッリ語録

ある人物が、賢明で思慮に富む人物であることを実証する材料の一つは、たとえ言葉だ けであっても他者を脅迫したり侮辱したりしないことであると言ってよい なぜならこの二つの行為とも、相手に害を与えるのに何の役にも立たないからである。 脅迫は、相手の要心を目覚めさせるだけだし、侮辱はこれまで以上の敵意をかき立たせ るだけである。その結果、相手はそれまでは考えもしなかった強い執念をもって、あなた を破滅させようと決意するにちがいない。 人間というものは、現にもっているものに加え、さらに新たに得られるという保証がな いと、現にもっているものすら、保有しているという気分になれないものである。 『政略論』 「政略論』 222

2. マキアヴェッリ語録

第一部君主篇 武装せる予言者は、みな勝利を収め、非武装のままの予言者は、みな減びる。 っ なぜなら、民衆の気分は変りやすく、言葉での説得では従いてこさせることができなく なったときは、カでもってそれをさせる必要があるからだ。 ーダーの素質とは、所詮もって生れた天性のものによるのではないだろうか。 だからいくら条理を説いて教えても、所詮は、学べる性質のものではないのではないだ ろ一つか。 たち 『君主論』 『手紙』 131

3. マキアヴェッリ語録

じような性向をもって生きてきたことがわかるであろう : ヴィルトウ / 良き性向は、時代によって移動する : : : 四 / 同じ地方に生れた人々は、時代が変ろうとも、同じような気質 をもちつづけるものである : た異なる気質が見出されるのは、地方や国ごとにかぎらない。同 じ都市の中でも、家族ごとにちがう気質が見出される : : : 変化なしの自然はありえないと同様、民族の運命にも、静止と い一つことはあ - りえない・ 次の二つのことは、絶対に軽視してはならない。第一は : 人の為す事業は : 197 202

4. マキアヴェッリ語録

これは、ただ一つの例外も存在しないと言ってよいほどの、普遍妥当性をもっ原則であ なぜか。 それは、強力になれたのは、それをさせてくれた者の力と思慮によったからだが、いっ たん強力になってしまえば、その者は、それに力を貸してくれた者の力と思慮の両方とも を、自分の存亡の鍵をにぎっているとして、疑いの眼で見ないではすまないからである。 『君主論』 謙譲の美徳をもってすれば相手の尊大さに勝てると信ずる者は、誤りを犯すはめにおち 「政略論』 204

5. マキアヴェッリ語録

第二部国家篇 その理由は、自由の守護役としてならば、自由をもたないがために自由を欲している 人々よりも、すでにもっているがために、今さら奪い取るなどという気持の弱い人々のほ うが適している、とい一つことにあろう。 ただし、もてる者といえども、彼らに対しても次の注意事項を忘れてはならない 第一に、彼らの権力をコントロールする機関の設立が、必要不可欠であるということ。 第二は、もてる階級に、彼らのもっているものが失われそうだという、不安や怖れをい だかせないようにすることである。 人間にとって、もっているものを失うかもしれないという不安や布れは、新たに曻よう と思う人々のいだく欲望と、同じ結果にむすびつくものだからである。 なぜ、人々の心に自由に生きることへの強い愛着が生れてくるのか、という問し えは簡単である。 歴史上、自由をもつ国だけが、領土を拡張し経済的にも豊かになったからである。 『政略論』 、への答 137

6. マキアヴェッリ語録

度ならずもったにちがいない : プ亡命中の人間の言うことを信ずるのは、多大な危険をともなわ ずにはすまないことである : : : 1 外交担当者への提言 = : = 人間というものは、一つの野心が達成されてもすぐ次の野心の 達成を願うようにできている : ・・ : 1 人間とは、その本性からして、恩恵をほどこされた場合と同様 ブ人間というものは、危害を加えられると思いこんでいた相手か ら親切にされたり恩恵をほどこされたりすると :

7. マキアヴェッリ語録

第三部人間篇 評判とは、立派な人物だという評価を獲得することである。そして、開かれた精神の持 主で、二枚舌など絶対に使わず、彼の言ならば信頼してもよいと思わせることである。 わたしの体験からも言えることだが、自分自身の頭の働きにあまりにも自信をもちすぎ、 巧みに泳ぐことしか考えない外交担当者は、結局は相手国の統治者たちの信用を失い、交 渉さえうまく進行しなくなってしまうものである。 しし。し力ないこともある 外交交渉なのだからもちろんのこと、ときにはロに出すわナこよ ) ゝ また、真意を隠すために、わざと口に出すこともある。 ただしこのような振舞いは、絶対に相手方に吾られてはならないのも当然だ。 外交担当者の任務のうち重要な一つは、本省に送る報告書書きである。 これは、三つに分かれる。 第一は、現在進行中の交渉なりその他のことについて。 第二は、終結した交渉のその後なり、その関連について。 第三は、これらの事柄がどのように進展し、どのような結果を生むかについての推測。 この三つのうち、二つは少々むずかしいが、残る一つはやさしい。 その理由は、現在ならば極秘事項とされていることでも、時が経てば表面ににじみ出て こずにはいないからである。 215

8. マキアヴェッリ語録

という弁護の論法には、弁護派に属する人々は気づいていないらしい落とし穴がかくされ ている。彼の生きた時代の特殊性を強調すればするほど、彼の思想の普遍性を否定するこ とになるとい一つことです。 これでは、時代の産物でありながら時代を越えるところに存在理由をもつ、普遍性をそ なえた思想とは言えなくなってしまう。つまり、マキアヴェッリ弁護派は、彼を弁護する つもりが、彼を否定するのに貢献したにすぎないという、皮肉な話になるのです。 彼の著作は、世界の名著の一つとされており、人類の智恵の系譜につらなる扱いを受け てきました。その理由はどこにあるのでしようか。 思想への論評とは、それに賛成であろうが反対であろうが、所詮は論評する人と時代を 映さずにはすみません。 それなのになぜ、現代に生きるわれわれが、マキアヴェッリの思想そのものでなく、た とえ研究者といえども第三者の映った鏡を眺めねばならないのでしよう。この種のフィル ターを通すことなく、直接にマキアヴェッリの思想に相対することこそ、たとえそれに反 対であっても、よほど収穫の多いやり方ではないでしようか。 『わが友マキアヴェッリ』での私は、ある書評が指摘してくれたように、彼を、非難もし なければ弁護もしていません。この『語録』でも、それと同じゃり方を踏襲しています。 日本にも、マキアヴェッリの思想そのものを、完訳でなく、かといって解説でもなく、 それでいて日本人がとりつきやすい形にして提供したいと考えた人はいたのです。佐々木

9. マキアヴェッリ語録

置き、他人に見せびらかし、果ては模造品をつくらせたりする ことには熱心だが、歴史がわれわれに知らせてくれる古人の気 高い行為についてとなると、同じような敬意を払ってきたであ ろ一つか : 人間にとって最高に名誉ある行為は、祖国のために役立っこと である。具体的に言えば : ノ国の中で、ある特定の個人に対して、民衆が不満や怒りをもっ 場合がある : : : 0 民衆への対処の仕方は、寛大な態度でのぞむか、それとも強圧 的に対するかのどちらかでなくてはならない。なぜなら : ノ相手を、どんなことにしろ絶望こ追いこむようなことは、思慮 ある人のやることではない : 209 0

10. マキアヴェッリ語録

ディクタト 同じく国民の自由な選挙によって選ばれたにもかかわらず、なぜ臨時独裁執政官は国家 デケンウィリ に利益をもたらし、十人委員会は不利益をもたらしたのであろうか。 それは、強大な権力を制約するための配慮がなされていたか、それともなされていなか ったか、のちがいにあるのである。 ここで、両者の行使しえた権力を比較してみることにしよう。 トリプヌス・プレビスコンスルセナートウス 臨時独裁執政官の場合は、護民官や執政官や元老院はそのままで残されており、臨 時独裁執政官は、これらのうちの誰かを免職にする権限はもっていたが、これらの制度を 変革する権限まではもっていなかった。 それゆえに、これらの機関が、臨時独裁執政官の絶大な権力を制約する働きをしていた のである。 それで、臨時独裁執政官を選ぶ権利を執政官に与えたのだ。 , 入間とい一つ、ものは、ゝゝ し力に傷つけられようと、自分がその責任者であれば傷の痛みも薄 らぐというものだからである。 「政略論』 156