ディクタト 同じく国民の自由な選挙によって選ばれたにもかかわらず、なぜ臨時独裁執政官は国家 デケンウィリ に利益をもたらし、十人委員会は不利益をもたらしたのであろうか。 それは、強大な権力を制約するための配慮がなされていたか、それともなされていなか ったか、のちがいにあるのである。 ここで、両者の行使しえた権力を比較してみることにしよう。 トリプヌス・プレビスコンスルセナートウス 臨時独裁執政官の場合は、護民官や執政官や元老院はそのままで残されており、臨 時独裁執政官は、これらのうちの誰かを免職にする権限はもっていたが、これらの制度を 変革する権限まではもっていなかった。 それゆえに、これらの機関が、臨時独裁執政官の絶大な権力を制約する働きをしていた のである。 それで、臨時独裁執政官を選ぶ権利を執政官に与えたのだ。 , 入間とい一つ、ものは、ゝゝ し力に傷つけられようと、自分がその責任者であれば傷の痛みも薄 らぐというものだからである。 「政略論』 156
第二部国家篇 かなりの時間が必要になってくる。 しかし、このようにゆっくりしたやり方は、一刻の猶予も許されないという場合、非常 に危険なものになってくる。 だから共和国はこのような場合のために、古代ローマの臨時独裁執政官のような制度を、 必らずつくっておかねばならない。 ヴェネッィア共和国は、近年の共和国としては強力な国家である。あの国では、非常事 態に対処するに、共和国国会や元老院での討議にかけずに、権限を委託された少数の委員 コンシーリオ・ディ・ディエチ の間で討議するだけで、政策を決定する方法をとってきた。 ( 十人委員会 ) この種の制度の必要性に目覚めない共和国の場合、従来の政体を守ろうとすれば、国家 は滅びてしまうであろうし、そうかといって国家の滅亡を避けようとすれば、政体そのも のをぶち壊さなくてはならないという、壁に必らず突き当るものなのである。 古代ローマの臨時独裁執政官の制度で注目すべきことの第二は、その選出方法である。 それを見ると、ローマ人がいかに賢明であったかがわかる。 ( ヴェネッィア人も、この点 においては同じ ) 共和制ロ 1 マの最高位者は執政官であったが、臨時独裁執政官が選出されると、執政官 といえども全市民と同じく、彼の下に入ることになる。これでは、執政官の地位にある者 が良い気分でいられるはずがない。 コンスル 155
第二部国家篇 度のおかげで、数限りなく乗りこえられたのである。 ディクタト 歴史家の中には、ローマ人の考え出した臨時独裁執政官の制度を、後の僭主出現の原因 になったとして非難する人が多い 彼らによれば、この制度さえ存在しなければ、ユリウス・カエサルがいかに他の称号で 飾られようと、あの権力を手中にすることは不可能であったというのである。 しかしこのように考える人々は、事実を充分に検討しないで議論しているにすぎない。 なぜなら、臨時独裁執政官の権力や地位が、後のロ 1 マを奴隷化したのではなかった。 この官職の任期の延長が、奴隷化の真の原因となったのである。 もしも口 1 マに、臨時独裁執政官の官名がなかったら、なにか別の官名を考え出してい たことだろう。なぜなら、欲望が名をつくり出すのであって、名が欲望を生むのではない からである。 共和制ローマの臨時独裁執政官は、終身どころか、任期は六カ月と限定されていたので せんしゅ 「政略論』 153
ノ古代の共和制下のローマ人は、危機管理の対策として、次の制 度を整備していた : ノ歴史家の中には、ローマ人の考え出した臨時独裁執政官の制度 せんしゅ を、後の僭主出現の原因になったとして非難する人が多い。彼 らによれば、この制度さえ存在しなければ、ユリウス・カエサ ノかいかに他の称号で飾られようと、あの権力を手中にするこ とは不可能であったというのである。しかし : : : 5 ノ同じく国民の自由な選挙によって選ばれたにもかかわらず、な ディクタトー デケンウィリ ぜ臨時独裁執政官は国家に利益をもたらし、十人委員会は不利 益をもたらしたのであろうか : ノ為政者であろうと指導者と呼ばれようと、支配者の存在しない 社会は、あったためしはないのである : : : ル ディクタト
第一部君主篇 リヴィウスの「ローマ史」を読んで、そこからなんらかの教訓を得ようと思うならば、 ローマの市民と元老院のとったすべての行動をじっくりと検討する必要があるだろう。 検討の価値ある事柄は数多いが、その中でもとくに次のことは重要だと思う。 1 アイクタト コンスル それは、軍隊を率いる執政官や臨時独裁執政官や軍司令官たちに、どの程度の権限を与 えて送り出したか、ということである。 答えは、はっきりしている。 古代ローマ人は、この人々を、絶大な権限を与えて送り出したのであった。 元老院は、新たに戦争をはじめるときと、和平を講ずる場合の決定権しか、もっていな かった。その他のことはすべて、現場の指揮官たちの意志と判断にまかされていたのであ このことは、元老院の深い思慮の結果であったと言えよう。 なぜなら、もしも元老院が指揮官たちに対し、元老院の決めたようになにもかも行うよ う求めれば、指揮官たちとて、全力を投入することなどしなくなってしまう。なぜなら、 「政略論』
ポポロ 民衆ほど軽薄で首尾一貫とはほど遠いものはないとは、テイト ウス・リヴィウスの評価であるが : 共和国においても、市民たちの行為に注意を怠ってはならない。 なぜなら : プ一国の国力を計る方法の一つは、その国と近隣諸国との間に、 どのような関係が成り立っているかを見ることである : : : 寧弱体な国家は、常に優柔不断である。そして決断に手間どるこ とは、これまた常に有害である : プ弱体な共和国にあらわれる最も悪い傾向は、なにごとにつけて も優柔不断であるということである。ゆえに : プ共和制下のローマでは、執政官の位が平民にも与えられるよう コンスル
コンスル 共和制下のローマでは、執政官の位が平民にも与えられるようになってからは、この官 ヴィルトウ 職は、門閥や年齢に関係なく、ただその人物の力量によってのみ与えられた。 公職につくのに年齢が問題とされたことは、ローマでは一度もなかったのである。 その理由は、国家が必要としている人物に対しては、そのようなことは問題とするに足 らない と思われていたからである。 これについて議論は多々あると思うが、次のことは言えると思う。 まず、門閥無関係、についてだが、共同体のために役立とうとしている人物に、その任 命は門閥に関係なく、ただその人個人の力量によってであるという″褒賞〃を与えること なしに、その人物に全力を投入させることなど不可能だからである。 年齢にも、同じことが言えるであろう。 気力を失わせてしまうからである。 この「弱さ」が、強大な外圧によって吹きとばされでもしないかぎり、この種の国家は、 あいも変らず優柔不断をつづけていくことになろう。 『政略論』 174
古代の共和制下のローマ人は、危機管理の対策として、次の制度を整備していた。 ディクタトール 臨時独裁執政官の制度がそれである。 これは、期限は限ったにしても一個人に絶大な権力を与える制度で、これに選出された 者は、独断で決定をくだすことが許され、しかも誰一人としてその実施に際して異議を唱 えることは許されなかった。 この制度は、当時は実に有効であった。ローマの直面した多くの不測の事態は、この制 市民間に平等が存在しない国では、共和制は成立しえず、存在する国では、君主制は成 立しえない。 『フィレンツェの今後について、メディチ家の質問に答えて』 「フィレンツェ史」 152
いずれも共和制であることに変りはないが、古代ローマでは、市民間の平等は不平等に 一一移行し、あげくに共和制は崩壊した。だが、フィレンツェ共和国では、不平等から平等へ の移行が、共和制の崩壊につながったのである。 だから、強いて富を求める必要もなく、欲求も生れなかったのである。 つまり、ローマ人の制度が、ローマ人自身に、富をがむしやらに追求する気持を生れさ せなかったのだった。 ディクタトール それどころか、畑仕事をしていたのを臨時独裁執政官に登用されたキンキナートウスの ように、立派な人物ならば、清貧もまた名誉とさえ思われていたのだ。 ローマの例が物語るように、清貧のほうが富裕よりも数等共同体のためになるのは、例 をあげてもあげ足りないくらいである。 清貧を尊ぶ気風が、国家や都市やすべての人間共同体に栄誉を与えたのに反して、富追 求の暴走は、それらの衰退に役立っただけなのであった。 「政略論」 151
ところが、十人委員会創設の際には、これと反対のことが起ってしまった。 十人委員会の委員に選ばれた人々は、執政官や護民官の制度を廃止し、国民のもってい た控訴権も取りあげてしまったのである。 誰の制約も受けないようになった十人委員会は、その一員であったアッピウスの野心の、 かっこうの舞台と化したのも当然である。 ゆえに、自由な投票によって与えられた権力といえども、共和制に害をおよばさないと いうことが保証されるには、以下の条件が満たされていなければならない。 システム 第一は、権力の適用範囲を明確にし、それを常にコントロールできる制度を整備してお くこと、である。 第二は、権力は必らず、一定期間にかぎって与えられること、だ。 秩序を保って統治されてきた共和国が、その権力を、長期にわたって誰かに委託しなけ ればならない場合、害をもたらさずに益を享受できるためにはどうすべきかということに ついては、スパルタの市民が彼らの王に対してしたような、またヴェネッィア共和国の市 ドージェ 篇民たちが彼らの元首にしたような、配慮を思い起すだけで充分であろう。 国 この両国では、支配者たちが権力を濫用できないような、制度が整備されていたのであ 部 る。 第 157