その後、保健所担当者の方が 動であるといっても過言ではなじている。 号 退職され、徐々にさいたま市が しと田学っ 月 ①—③のような活動を継続しこの活動から退いていってから 年 ③やる気のある人たちを心からながら、「」の実践に向は、私たち家族が会議のマネー けた実際の活動が始まってからジメントを担当している。会場 応援する と っ 私たち家族は困難さを抱えるは、次のようなことが大切なこを確保し、議題を決め、開催連絡 ね をし、必要に応じて資料を準備、 あまり、ロから出る言葉は愚ととして挙げられる。 会議の司会進行役等、家族会活み 痴つぼくなりがちであり、支援 する立場の方に対しては批判的④定期的会議開催を責任を持っ動と同様の役割を担っている。 一番思いの強い者が覚悟を て継続する になりがちでもある。 持って続けていくことで、周り この活動が開始された当初 事実を伝えることは大切だ が、愚痴や批判から何かを生みは、私たち家族に理解の深いさの人も動いてくれるようにな いたま市保健所の担当者が、毎る。家族は大変だからと支援を 出すことは難しい。何かを成し 遂げるには、やる気のある人た月夜間に行なわれる会議のマ待っているだけでは、何も変わ ネージメントを担当してくだることはない。 ちを支え続ける力になることが 必要である。家族だから言えるさったので、私たち家族は会議 こと、家族が言うからカになるに参加して、家族として体験か⑤顔の見える良好な関係をつく ことがあるのではないかと、私らの意見を述べることが役割でるために懇親会を開催する そして、人と人との円滑な人 自身はこの取り組みを通して感あったと思う。 た。訪問支援を実際に担うのはる人たちを動かす「カ」になる 間関係を築くための懇親会の開 催は、とても有意義な取り組み専門職の方々であるが、当事者という実践報告でもあると思 ( おかだくみこ ) だと感じている。この時間が円や私たち家族の強い希望が力あう。 滑油となり、何かあればお互い そこからまた に声をかけあい、 次の人と人とのつながりに広 出会いと繋がリに支えられて がっていく さいたま市に「 < O 」が 1 訪問看護ステーションふあん (Q)F—ふあん士ロ澤夫樹 チーム立ち上がった今も、「さ で いたま市メンタルヘルスネット も活動しています。看護師の資 新卒で精神科病院に就職し、 ワーク」という名称で、会議を 実 継続できているのは、この顔のたった 3 年で結婚妊娠を機に退格取得後、仕事をしていた年月 援 支 見える心地良い関係性が土台と職。その後、約凵年専業主婦をよりも専業主婦のほうが長く、 訪 していました。再就職して 9 年知識不足は否めません。若いこ なっていると思う。 経過した今、私は素晴らしい仲ろの様には体も頭も動きませ甎 求 間と共に訪問看護ステーションん。そんな私ですが、多くの人 家 さいたま市で取り組んできたを立ち上げ、ほぼ同時期に開院に支えられる中で、「が 集 訪問支援の体制づくりの経過した、だるまさんクリニックとやりたいです」と声に出し続け 特 を、家族の視点からまとめてみ連携し「 <0[—ふあん」としてたことで、新しい繋がりが生ま
生活できるのか ? と、考えるこ いけど、研修会場が近くだった 家族会と出会い とが多くなっていきました。 し、役に立ちそうだと、軽い気 背中を押され 持ちで参加したわけですが、第 <O}-- との出会い 1 回目から雷に打たれたような 研修会の最終回に <0+ に興 感じがしました。入院している味がある参加者が 2 数名集まり 私自身が、私らしく生きてい 人と地域で生活できる人の違 いました。みな < をやる気 くために再就職したのは、自宅を考え、重症な人は入院しかな満々で集まっているのだと思っ から車で分ほどの精神科病院 いのかと諦めていた矢先の <o ていたのですが、実際に です。凵年も現場を離れていた [-* との出会いです。夢中にならをやりたい人として挙手したの ので、知らない薬ばかりで驚きないわけがありません。「これは私一人でした。冷静に考えれ る す ましたし、忘れていることも多だ ! 」と思いました。同じ病院ば、簡単には手を挙げることが 現 実 く、その日の仕事をこなすのにの仲間 3 人で研修会に参加してできない状況にある方が多かっ 毎日精一杯。分からないことを いたのですが、回を重ねるごとたのだと思えます。能天気に挙支 訪 調べているうちに、理解する喜 にそれぞれ違う思いを抱いてい手してしまうほど夢中になって て びや新しいことを学ぶ喜びに目きました。「ちょっと大変そう」いたのが私だけで、深いことは め 求 覚め、自ら進んで研修会に参加「もう少し若ければやりたい気何も考えていなかったというの 族 家 するようになりました。 <oæもする」が二人の思いで、「絶が正しい状況だと思います。 集 との出会いはちょうどそのころ対 <oe をやりたい。、 とうすれ ですが、そこに同席されてい です。 <0+ が何だか分からな こいい ? 」が私の思いでした。 た、さいたま市の家族会の方々 れ、支えてくれる人が増え、 < 間、様々な方 ( 大人も子供も ) ながら特別支援学級のバスを待 o ふあんとして活動するに と知り合い、学びを深め、助けっ親子や、息子さんと思しき男号 月 至っています。アウトリーチは合い支え合い影響を受け、時に性を車いすに乗せ散歩している 年 繋がりが命です。繋がりを大事悩みながら、成長させてもらい年配の男性の姿を度々目にしま にしていればを立ち上げました。家族や親戚だけでなく、 した。また、激しい独語があり と ることは可能だと思いますし、 いろいろな方たちとの触れ合い ながらも速やかに買い物をされ っ ね 繋がりを大事にすることこそがを通し、私たち親子は「みんなている女性や、公園で遊ぶ子供 な ん 良い支援にも通じるのではないちがってみんないい」を肌で感たちに話しかけたくてしようが み かと考えています。 じることができたと思っていまない様子を見せる不思議な装束 す。下の子になればなるほど、を身にまとった女性は、精神科 専業主婦時代に考えたこと 地域の皆様の手を借りて子育て病院に入院している方と大差は ができたので、子供がのびのびないように感じました。そこで 私の子供たちは、地域の皆様育ったようにも感じています。 もまた、地域にはいろいろな人 に育ててもらったと思っていま 自転車で子供と共にグルグル がいて、それぞれの個性に合っ す。子供たちだけではなく、私と地域を走っていると、今までた生活をしているということに 自身も自治会や子供会の活動のは気が付かなかったことに気が 改めて気が付いたのでした。 中や幼稚園や学校の生活のお手付きました。それは、障害を持っ そこで、はて ? 入院している人 伝いの中で、地元のスポ 1 ッ少ている方が案外多いということ。 と地域で生活できる人の違いは何 年団においては足掛け 9 年もの雨の中、スー ーの軒先を借り だ ? 何があれば地域で自分らしく
は、とても喜んでくださいましで子育てをしてきた時の思いと院長先生をはじめ、多くの病院 号 た。私という人間がどんな経歴真逆です。自分に真逆のことが職員の方のおカ添えのおかげで、 月 起こっていたらどうだろう。子病院内の小さなチームではあり を持ちどれだけ勉強したかとい 年 うことより、私のやる気を受け育てを続けることができたのだましたが、金銭的な心配をする 止め喜んでくれたことがとてもろうか ? と考えただけで、鳥肌ことなく、「地域の中でその人ら うれしかったことを覚えていまが立ちました。と同時に、私がしく生きる」ことを念頭に、質っ ね 亠な す。それ以降、家族会だけでな地域の皆様に与えていただいたの良い支援を突き詰めることが ん み く、埼玉県立大学の先生や、保豊かな気持ちを還元できる場にできたように思っています。 ですが、病院の中にあるとい なるのではないかとも考えるこ 健所の有志の方たちと共に、し うことの制限が大きく、 <OE* かに <0+ をさいたま市で立ちとができました。気持ちが固まっ てからは、「私は <0+ をやりた支援の根幹である、「重症の精 上げるかという会議を重ねてい いです」と、いろいろな場で伝神障害を持っていても地域で暮 きました。会議の中で、家族が らす」支援ができているのかと なぜアウトリーチ支援を必要とえていきました。 いう疑問が沸いてきました。入 しているのかを切々と語ってお られたのがとても印象に残って <O}-- さいたまを立ち上けて院に頼らずに地域で暮らしてい る方の支援者が病院から出向く います。その切々とした思い <0+ さいたまは平成年 4 という矛盾にも耐えがたくなっ に、当事者と家族は地域から孤 ていきました。さらに、家族会 立しているとの訴えがありまし月、浦和神経サナトリウムとい からの期待に応えられていない た。これは、私が地域生活の中う病院内でスタートしました。 思いも強く抱くようになりましの上に、チームが成り立ってい 出会いと繋がりを求めて、地域 た。ある時、お世話になってい ます。それは、地域生活でも同に出かけてみませんか ? る家族会の方に、胸の内を吐露じではないでしようか。支えて したことがあります。困難な状もらって繋がっている安心感が 況の中でたとえ不完全であってあると、孤独から抜け出すこと も、 <0+ として活動を続けてができます。支えられ具合や繋 いることに意味があるのだと、 がり具合は、それぞれお好みが 言葉をかけていただき、包み込あるでしよう。その好みを把握 むような優しさとぬくもりを感し、何に、誰に、支えられ繋が じ、改めて支えてもらっているりたいのかを一緒に見つけられ と実感したのでした。 れば、「そのひとらしい地域生 活」が可能になるような気がし <0}—ふあんの活動を通してています。そのための支援をす ることが、私がこれまで多くの 数年前に <0+ を知り、今日方からいただいた思いを還元す があるのは、多くの方に支えらる方法ではないかと考えていま れたおかげだと痛感しています。こんな私でも出来たアウト す。支えてもらえるありがたさリ ーチ支援ですから敷居は高く や、繋がりを感じられる安心感ありません。興味を感じた方は、 「読者の皆様へ」 読者のページ「みんなのわ」への投稿をお待ちしています。採用され た方には図書カードを差し上げています。ふるってご応募ください。 【「みんなのわ」へメールで投稿できます】読者のページ ( みんなのわ ) への投稿がメールでできるようになりました。投稿のメールアドレ スは minnanet.seishinhoken@outlook.jp です。※投稿される 方は、氏名、住所、年齢、性別、 ( 家族、本人、その他 ) をご記入ください。 なお、ペンネームで投稿される方はペンネームをお書きください。 ( よしざわみき ) 19 特集家族が求めていた訪問支援が実現するまで
れを核として、いままでなかつりました。金銭的に娘に残せるサポートなかがわ事務所 ) を伴 〇た救急医療体制を実のあるものものがない自分だけに、今後のって来られ、お二人から障害年 号 月 に整備して、当事者と家族が地娘の経済生活に役立っことがで金手続きの代行に活躍しておら わ きたと少しほっとしました。とれる様子を聞くことができたか 域で安心して生活できるよう、 年 の 一日も早く実現してほしいと切同時に、さすが障害年金を専門らでした。 常々、私は障害厚生年金 3 級 とする " 史上最強の社労士チー んに願うばかりです。 と っ ム ~ ( 三五館発行『障害年金との在り方に矛盾を感じていまし ノやっく み ね た。障害国民年金 ( 障害基礎年 いうヒント』の惹句 ) の一員と、 〇◆障害年金 3 級が社労士さんの 亠な お世話になった白石社会保険労金 ) は 1 級と 2 級しかないためん 〇申請代行で 2 級に 〇島根県精神保健福祉会連合会務士事務所 ( 愛知県安城市三河障害年金に該当し、それも重度 〇 理事長谷口紘一安城本町 ) の白石美佐子社労士でない限り最低 2 級が適用さ れます。しかし障害厚生年金 〇娘が受給している障害厚生年に感謝したことでした。 私と白石社労士さんは面識がは 1 級から 3 級まであるがゆ 金 3 級が、社会保険労務士 ( 以 〇 なく、まったく知らない人でしえに、一番軽度と判定されれ 下、社労士 ) さんを通じて申請 〇したところ、見事、 2 級に変更た。それが障害年金の額の変更ば、障害国民年金 2 級受給者と になりました。障害者手帳の等申請を依頼することになったき日常生活の状況は変わらないと 級と障害年金の等級は違うとはつかけは、 2 月日に岡山市で思えても 3 級になります。そし いうものの、病状が重くなったあった中国プロック家族会長会て障害国民年金 2 級は月額約 6 万 5 0 0 0 円ですので、私の と宣告されたようなもので一抹議の席上のことでした。みんな の寂しさも感じましたが、おかねっとの木全副理事長が白石社娘のように就職して日も浅いう げで川月支給分から 3 級の月額労士と同じく史上最強の社労士ちに発症して厚生年金の加入期 約 4 万円が、約 4 万円チームのメンバーである中川洋間が短い者の年金額はそれより アップの約 8 万円とな子社労士 ( 岡山市中区浜、年金ずっと少額と、支給額に差が出 金も 2 級になると国民年金保険ャリングがあったほか、主治医 ます。 に診断書を書いてもらうことな 障害厚生年金 3 級でも就職で料の納入は法的免除を受けら きれば、なにも問題はありませれるので、この点でも白石社労ど指一小通りに行動しました。結 ん。しかし私の娘の場合、就職士さんには大いに感謝していま局、日本年金機構の審査を経て 決定をみたのは申請から半年ほ することはなかなか難しい。私す ) 。 中国プロック家族会長会議ど時間がかかりましたが、願い も就労支援型の作業所運営に 関わっていますが、そこの障害で、たまたま隣り合わせた白石がかなえられたことはこの上も なくありがたいことでした。 国民年金 2 級の利用者の皆さん社労士さんに娘の話をしたとこ 〇 と 3 級の皆さんの違いは私にはろ、その説明から 2 級変更の可私以外にも同じようなケ 1 ス 〇 分かりません。ほとんど一緒の能性があるとの感触を得ましで困っている方は、たくさんあ わ ように見えます。ですから障害た。恥ずかしながら、このときるかと思います。社労士さんの 国民年金は 2 級までしかないのまで社労士さんの仕事は区域に業務は全国区です。問題を抱えな に障害厚生年金が 3 級まである限りがあると思っていて、全国ている方、あるいは障害年金はん のは制度としておかしいので展開できるとは知りませんでしあらゆる病気、傷害をフォローみ た。そこで、会議を終え島根にしているといいますので、障害〇 は、とまで思っていました。 それに、障害厚生年金 3 級の帰「てから後、せ「かく知り合年金に関して知りたいことがあ〇の 受給者は国民年金に加入する法えた白石社労士さんに正式に 3 れば一度、社労士さんに相談し〇 〇み 的義務があります。少ない障害級から 2 級への額改定の申請代てみられたらどうでしようか。 年金の中から高い国民年金保険行をお願いしました。以後、白 〇、一 料を納めるのは誠に酷です ( 保石社労士さんとの連絡は私にメ 〇ペ 1 ルといった利器が使えません 険料は私が年金生活になって 〇者 士冗 〇 後、近年は減免措置を受けて納ので、もつばら電話と、 めてきましたが : ・。障害厚生年郵便。白石社労士から本人にヒ 一三Ⅳ
ーさいたま」が立ち上がる トリウム ) の菊池院長先生は、 ができた。 なぜ家族が <0+ を必要と考後日、私たちの会 ( さいたま市ことになった。その後、さいた えているのか、訪問看護と <0 精神障がい者もくせい家族会 ) ま市で活動を始めた第 1 号の「 < 0 [-* ーさいたま」は、 [-* とはどのような違いがあるのの周年記念誌に「家族会のご か等々、家族の体験してきたこ家族の立場から発言していただ平成年 4 月に精神科病院から いていることが、さいたま市の独立して、「訪問看護ステーショ とや考えていることを、まさに 生の声で地域の医療関係者に訴精神科医療の改善につながってンふあん」として活動を始める こととなった。 いますが、さらにすすめていた える機会ともなった。 だきたいと思います。また、病さらに、同年 6 月には訪問診 その席に参加された訪問看護 経験がある看護師の方が、平成院側も何のために、どのような療を中心とする「だるまさんク リニック ( 西村秋生院長 ) 」が 年に「訪問看護ステーション貢献を行なうべきかを常に意識 すずらん」を立ち上げ、医療機しながら、役割を適正に果たせ開院して、「ーふあん」 るよう努力していきたいと思っとしても活動を開始している。 関にはつながっているけれど、 社会的にはひきこもり状態にています」という文章を寄せてこの訪問する精神科クリニック の誕生は、「連れてくれば診ま いただいている。 あった多くの当事者の方々を訪 菊池院長先生のご理解と、同すよ」という現在の精神医療体 問し、家族共々支え続けてくだ 制の中で、私たち家族にとって さっている。 病院の <0+ に並々ならぬ熱い また、その席に参加された市思いを抱く看護師の吉澤美樹さは大きな希望の存在となってい 内の精神科病院 ( 浦和神経サナんのご尽力で、平成年に「 < る。 らえるように、一一一口葉で伝える力は大きかったと思う。 をつける努力は必要だと思う。 私たち家族は 家族会で行なった生活実態ア②家族以外の理解者・支援者と 何をしてきたか : ・ ンケート調査は現実の数字でのつながる そのためには、日頃の家族会 このような経緯の中で、私た確認であり、その数字はその後 ち家族が果たした役割は何だつの活動の軸になった。数字で表活動が開かれたものであること たのであろうか。わけもわからされたその実情をきちんと伝えは大切な要素である。 精神疾患や精神障がいについ る力はどこから得ればよいだろ ず無我夢中で突き進んできた、 というのが率直な気持ちであるうか。私自身は、「家族によるては、偏見や無理解から「隠 で が、この機会に、整理しながら家族学習会プログラム」を継続す」という心理が強く働きがち る す 実施することで、より多くの家だが、家族会活動までがそのよ 振り返ってみたい。 現 実 うな運営になっては、理解が広 族の実体験や実情を詳細に聴く ①地域で困っている現状を把握機会を得たこと、その中で良質がる機会を逃すことになる。家肢 訪 な語り合いのための対応を学族会活動をオープンな運営にす し、その実情を伝える力をつけ て び、その活動を通し多くの方々ることで、様々な立場の方との ること め 求 出会いとつながりが生まれ、理 当事者や家族が困っている事との出会いもあった。 家 実はあるが、それが具体的には家族同士の良質な語り合いの解も広がっていく。 どのような状況なのかを体験し場をつくることから、「語るカ 「 <0+ 」立ち上げの活動の特 たことのない人にも理解してもとは」を身を持って学んだこと原点は、この開かれた家族会活 みんなねっと 2016 年 1 2 月号 12
家族が求めていた 訪問支援が実現するま ' さいたま市精神障害者家族会連絡会 今回の特集は、月、ⅱ月号につづき、ア 岡田久実子 さいたま市メンタルヘルスネットワーク ウトリーチ ( 訪問支援 ) がテーマです。さ いたま市における取り組みの報告を、家族 < 0 ( アクト【 Assertive Community Treatment) とは、医療と の立場から岡田さんに、支援者の立場から福祉の専門職チームが、重度の精神障がい者の住まいを訪問 して、医療と福祉の生活支援をおこなうプログラム。 ( 編集部 ) 吉澤さんにお願いしました。 ( 編集部 ) 現在、さいたま市内では精神チームは、私たち精神障がい者とその力だけでは、なかなか社 科専門の訪問支援が複数か所、家族の切実な声を反映して活動会とつながるきっかけをつかむ ことができずに、人として生き 活動を始めている。その中の 2 を始めたという経緯がある。 精神疾患・精神障がいを抱える機会を見失った状態で長い時 か所、「訪問看護ステ 1 ション て家庭内に引きこもりがちな当間が経過してしまう場合が大変 すずらん」と「訪問看護ステー アクト に多く、その状況が「親亡き後 ションふあん (<0+—ふあん事者は、急性期のような病状は の心配・不安」という課題を生 を併設 ) 」というアウトリーチ何とか安定しても、家族の思い い知らされたばかりの頃であっ みだしている。 た。何の講演会なのかも良くわ また、入退院を繰り返す人、初めて知った からずに、ひどく重い気持ちで 未治療や医療中断の人も多く、 「 < ( 」とい - っ支援 席に座りこんだことを覚えてい 家族会には様々な相談が寄せら 今から年ほど前、私はまだる。 れるが、その解決策をもたない うつろな気持ちで壇上を見上 もどかしさをいやというほど味地域の家族会にたどり着いたば かりであった。 わってきている。 げると、講師の先生が何やら熱 当時の会長さんに誘われるま心にお話しをされていた。しば 私たち家族は、そのような状 ま、都内で行なわれるという講らくは何を話しているのか頭に 況を変えていくために、リカバ リー志向の支援を届けてくれる演会に足を運んだ。わが家では、入ってもこなかったのだが、重 訪問支援の仕組みが必要であるその 1 年半ほど前に長女が精神度の精神障がいの人が支援を受 実 けながら自宅で生活をする・ : と と考え、そのためにできることの不調を訴え、 2 か月の服薬治 に取り組んできた。数年前に、療で回復して就労するまでに いう話題に、その時の長女の姿肢 訪 やっとその願が叶い、訪問支援なっていた。しかしその後、主が重なってきた。 て よくよく耳を傾けてみると、 の仕組みが地域で活動を始めて治医からの病気や治療の説明は め 求 いるのである。ここに至るまでなく、もう治ったからと通院も米国で重度精神障がい者を在宅 家 の、私たち家族の思いと活動を服薬も止めてしまい、再び長女で支援する「 ( アクト ) 」 振り返ってみたい。 の大混乱を目の当たりにして、という仕組みがあり、今後は日特 ようやくこの病気の深刻さを思本でも普及をめざすというので みんなねっと 2016 年 1 2 月号 6
していいのか分かりません」と 休んでも元気が戻ればすぐに復 言われます。泣き出すような表 帰できます。でも、学生の場合 情でしたが、しつかりとした声 は出席を取る学校では数回休ん でした。 でも半期 ( 半年 ) の単位が取れ ここで私には、 0 さんは会社 なくなって 1 年遅れとなる場合 と家庭と学校の三つの分野の仕 があり、職業人より厳しい面が 事をこなしていくのに疲れ果土 あるのです。初診時に休学する て、うつ状態になっていると分 と決める必要があったでしよう かりました。混乱しておられる か ? 原因のあるうつ状態の場 が精神病ではなく、自分の考え 合、よく言われている " うつ病 ~ で精神科に助けを求めておられ ではないと伝えるだけで気が軽 るのでした。 くなる人も多いのですが。 〈休んで治す ? 〉 学〈弱気のピッチャー〉 お の 前の病院では、何病と言われ 「薬は 1 日 1 錠でしたが、体 ら ましたか ? どのような方針でを休んで自宅療養するように一『〔がだるくなったので数日で飲む 療 治そうと相談しましたか ? われました。学校は後期を休学のを止めています。飲んでも明 「うつ病と言われました。抗するように言われました」 るくなりませんでしたし、何を街 うつ薬を服用し、 1 か月間仕事 1 か月は長いですが、仕事はする気にもなりませんでした。 ・ : 急ぎ過ぎないで、決め付けないで、 の肋便 街よく考えて、納得してや「ていく : 連載第回 と遠くの夜学に通っておられ 〈うついて〉 〈うつ状態〉 る。核家族で子供が 2 人あり、 待合室では歳くらいの女性夫も家事を分担して、会社と家 ここまでは夫が話され、 o さ ( 0 さん ) がうつむいて座って庭のかなりの量の仕事をこなしんはうつむいたままでしたの おられ、そばには夫らしい男性ていました。 で、私は彼女はイヤイヤ連れて が付き添っておられます。診察 ところが、 1 年たった頃から来られたのかと考えて、ご主人 室では並んで座られ、ご主人が疲れを訴えるようになり、 1 月はそう言っておられますが、あ これまでのことを話されます。 前にはついに、「仕事に行けな なたにはあなたの考えがあるの 0 さんは地元の大学の卒業い」「学校に行けない」と泣くではないですか ? とさんに で、今の会社には 2 年以上勤めようになりました。それで、夫尋ねています。すると、さん ておられる。そして昨年からは が付き添って、隣市の心療内科 は初めて顔を上げて、 上級の資格を取るためにちょっを受診されています。 「私は疲れてしまって、どう 家庭 ましもと しげき 増本クリニック院長 みんなねっと 2016 年 12 月号 24 増本茂樹 二一口
も期待できるのではないかと考 oæ」について熱く語っていたをどうすれば良いのか、皆目見 えるようになった。 講師の先生と再会したのであ当もっかなかったからである。 る。その先生こそが伊藤順一郎 こんな私の後ろ向きの思いを 強い思いを持ち続けること先生であった。ある時、伊藤先察知したかのように、伊藤先生 でその思いが叶う : ・ 生から「さいたま市でをが <0+ の視察に同行すること 立ち上げてみないか」という夢を勧めてくださった。さいたま しかし、「 <0+ 」のようなのような言葉を投げかけられた市保健所職員 2 名と共に、家族 仕組みをつくることは、私たちことが、すべての始まりだった 2 名も同行。そこで、実際に家 家族が直接できることではない と記憶している。 庭や病院に訪問して当事者を支 で ので、「さいたま市内に < o その時の率直な気持ちは、「 < 援する現場に立ち合わせていた る す を : ・」という強い思いを持ち続ができたら、とても嬉しい だき、カンファレンスにも参加 現 実 けながらも、そのことはさてお でも : ・そんな風に言われてさせていただいたことで、その 援 支 いて、日々の家族会活動に取りも : ・何もないこのさいたま市で実際をよく理解することができ 訪 組んでいた。 <t O を ? いくら伊藤先生か 平成年、縁あって、認証 z ら声をかけていただいても、そ そして、ある一人暮らしの男甎 求 法人地域精神保健福祉機構んなことができるわけがない 性の買い物に同行したときのこ 族 家 コンボ主催の家族学習会企画委じゃない」であった。できるもとが強く印象に残った。できる 集 員会に参加するようになり、偶のなら立ち上げたいという強い ことは男生に任せ、困ったこと 特 然にも、かってあの壇上で「思いを持ちながら・ : けれど、何を手伝い、必要なことを確認し ある。 その数年後に、家族会会長と この数字を見た時から、「つ 号 なり、家族会の良き理解者であながる」ことを支援することが 「 < 0 」という言葉を聞い 月 たのは、この時が初めてであつる埼玉県立大学の先生のご協力不可欠であると気づき、かって 年 た。詳細は良く理解ができなを得て、会員へのアンケート調耳にした「 <0+ 」という支援 の仕組みへの興味関心がさらに かったが、重度の精神障がいを査を実施した。 と っ その回答の集計結果に唖然と膨らんでいった。 持つ人でも、この仕組みがあれ ね ば入院することなく、地域で生した。地域に当事者の居場所を 重度の精神障がいを持つ人 み が、チームによる訪問支援を受 つくりたいと、家族会で必死に 活を送ることができる : ・このこ とだけは、しつかりと脳裏に焼資金集めをして作業所を立ち上けながら地域で生活できる仕組 げ、社会福祉法人化するまで奮みⅡ <0+ が動き出せば、その き付けることができた。 「 < 0 [-* 」ってすごい " こ闘したにもかかわらず、「医療理念である「リカバリー」「ス の先、長女の回復が思わしくな機関以外の社会資源につながっトレングス * 」という考え方が、 くても、「」があれば何ている当事者の割合は約 3 割」病気の治療・回復だけを目的と とかなるかもしれなし くら資するのではなく、その人自身 、 : ・ほんのという数字であった。い かすかな、けれど確かな一筋の源が増えても、そこにつなぐ仕の「生きることを支える」とい う支援の質の向上につながるの 希望の光を見たような気がし組みがなければつながれない・ た。それ以来、私の中には「 < それが精神障害をもつ人たちのではないか・ : そして、「 <OE* 」 に限らず、訪問支援という「つ 」への興味関心が途絶える実情であることを痛みと共に理 ことはなかった。 なげる支援」の仕組みの広がり 解した体験であった。 * ストレングス【その人の強み、興味、特技、長所
知っておきたい精神保健福祉の動き / 特集 / ( 投稿 ) 私と家族の手記 / 連載 ①街の診療所からのお便り / 連載②精神科医療の現状と改革の展望 / 連載 ③知ることは生きること / 連載④真澄こと葉のつれづれ日記 / みんなのわ ( 読者のヘージ ) ほか ・「月刊みんなねら - と」これまでの特集の紹介・ ■ 2014 年■ 7 月号 : 奈良県で福祉医療制度が実現 8 月号 : いきいき家族会 9 月号 : 障害者差別をなくす地方条例をつくろう 10 月号 : 高齢化する精神障がい者にどんな支援が必要か 1 1 月号 : メンバーとスタッフが協働して運営するクラブハウス 1 2 月号 : 「あなた病気の人、私治す人」から「私も家族の一人です」となって見えてきたこと ■ 2015 年■ 1 月号 : 身体・知的障がい者と同等の交通運賃割引制度の実現を求めて 2 月号 : 精神障がい者同士で結婚して 11 年目のわたしたち 3 月号 : 精神障がい者の地域移行と地域生活を考える 4 月号 : 地域医療の発展をめざした「府中こころの診療所」を訪ねて 5 月号 : 精神障がい者の「住まい」を考える一英国の主支援から学ぶ ( 上野勝代 ) 6 月号 : 精神障がい者」にも交通運賃の割引を 7 月号 : グループホームの運営ってどうなっているの ? 8 月号 : 家族をひろげ元気にする家族相談活動ー愛知の経験から ( 木全義治 ) 【品切れ】 9 月号 : 全科が無料になる医療費助成一地域家族会のとりくみ 1 0 月号 : 精神障がい・精神保健の正しい教育を一世界の教科書比較 ( 山田浩雅 ) 11 月号 : 日本でも本人と家族をともに支援する家族支援の実現を 1 2 月号 : 戦後 70 年と障害者権利条約 ( 藤井克徳 ) ■ 2016 年■ 1 月号 : 世界から見た我が国の精神保健医療福祉 ( 長谷川利夫 ) 2 月号 : 精神障害者と差別解消法 ( 池原毅和 ) 3 月号 : 障害者総合支援法施行 3 年後の見直し ( 本條義和 ) 【品切れ】 4 月号 : 家族だからできる家族支援『家族による家族学習会プログラム』 ( 岡田久実子 ) 5 月号 : 精神障がい者と家族ーそれぞれが自立し、ささえあうために① ( 白石弘巳 ) 【品切れ】 6 月号 : 精神障がい者と家族ーそれぞれが自立し、ささえあうために① ( 白石弘巳 ) 7 月号 : みんなねっと「政策委員会」の取り組み① ( 野村忠良 ) 8 月号 : みんなねっと「政策委員会」の取り組み① ( 野村忠良 ) 9 月号 : メンタルヘルスと福祉教育をめざして ( 松本すみ子 ) 10 月号 : 訪問看護が家庭内暴力とどう向き合うか ( 原子英樹 ) 11 月号 : 家族の思いから立ち上がった ACT のとりくみ ( 宮崎富夫・倉知延章 ) ( ・「月刊みんなねら。と」のパックプ = = プトのお申し込み方法・ ) 「 300 円 x 冊数十送料 80 円」の金額を巻末の振込用紙にてお振り込みくだ さい。「通信欄」には、ご希望の号を記入してください。郵便局に備え付け の振込用紙の場合、「 () 0 1 3 0 ー O ー 3 3 8 3 1 7 みんなねっと」宛て にお振り込みください ( この場合、振込手数料は自己負担願います ) 。 FAX での申し込みもお受けします (FAX 番号 03-3987 ー 5466 ) 月刊みんなねっと ~ 毎月こんな内容でお届けします ~ 2016 12 月号通巻第 116 号 表紙の糸会】織田信生 知っておきたい精神保健福祉の動き 2 お知らせしますみんなねっとの活動 5 特集 家族が求めていた訪問支援が実現するまで ( 岡田久実子・ 吉澤美樹 ) 6 精神科医療の現状と改革の展望 【連載第 9 回】時代の変化に対応できない精神医療政策 ( 氏家憲章 ) 20 街の診療所からのお便り【連載 115 】 ( 増本茂樹 ) ・・急ぎ過ぎないで、決め付けないで、よく考えて、納得してやっていく・・・ 知ることは生きること ( 連載 12 回 ) 精神障害者保健福祉手帳《経済的支援特集⑥》 ( 越智あゆみ ) 28 24 真澄こと葉のつれづれ日記 ( 第 69 回 ) 34 みんなのわー -- 読者のページ・地域の話題 36 * 今月号は、誌面の関係で、「私の 家族の手記」は、お休みしました。 0
さこ 院内で経験しました。出たかっ な中 す みを た。今は自由で幸せ、幸福です。 号 の」 ~ 恫 日常生活 者殳 現在当事者本人以外の家族会や明 わ 医療機関 ( 精神病院 ) を含め、 年 ま則コ◆福井県おなさん本人 ( の 全ての方に当事者本人は存在 ~ わ扠す代 ) のの介 坊紹縁あって家族会に入会したとし、自由と幸福を求めているこ と ん っ ころ、水を得た魚のようにやるとを発見して欲しい み ね 亠な 気が出てまいりました。 〇 ん これからよろしくお願いしま 地域の話題 み 〇 す。 ◆大分県との交渉 〇「みんなねっと」の感想 大分県精神保健福祉会 ◆大阪府紅のトトロ本人 事務局長高野良隆 〇◆東京都ぬば本人 ( 代 ) 代 ) 真澄こと葉さんのつれづれ日 私は現在、マンションの一室大分県は、精神保健福祉法で 〇 記を毎月楽しみにしていますで一人暮らしで、生活保護を受定められている県立の精神科病 〇 け自活しています。私が一人で院が実質的に全国で、唯一未整 平凡に生きるのは難しいか 備であるということ、また、救 ら、一日一日を感謝したいとい 世帯主です。歳の男性ですが、 う言葉には、私の心にひびきま地域で生活し自由です。通院・急医療体制が整っておらず、緊 急時の時間外に措置対応以外に した。がんばって下さい 服薬もしています。 は民間の輪番制や当番制もな 自由な選択肢でコンビニに行 ったり、公園に行ったり、テレく、精神の救急医療病院もない ビを見たり。昔 2 回強制入院とといったこともあって、精神保 いう不自由な逮捕監禁を精神病健福祉が全国的にもかなり遅れ 読者のページ ている状態です。 の緊急時において、措置入院以ました。 この件については、県は引き これらの状況を受けて、平成外に対応できる時間 365 日 年 2 月に県立精神科基本構想の当番制や輪番制などのシステ続き協力していきたいとの回答 でした。 検討委員会がたちあがりましム化の早期実現などです。 次に医療費助成の問題です。 この要望を受けた県の回答 当会としては、他障がいが受 この委員会のなかで基本構想は、大筋は基本構想のとおりで が決定され、本年 3 月に知事にあり、民間病院の協力は不可欠けている医療費助成を、せめて 答申されました。 であるので、詳細については今同じレベルでの助成にしてもら 〇 いたいということで、要望いた それによるとべッド数床、後の関係機関との協議になると 〇 しました。 原則、医療保護入院を対象とし い , っことでした。 わ これについては、県は財政的 て、時間対応し、平成年度 これを受けて、当会会長が、 中に開設するとなっています。 新たに関係機関との協議の場をなこともあり、すぐというわけよ ししし , 刀 ~ なし , 刀 , 不・一三ロし その他の精神科救急医療シスできるだけ早く設置してもら 、貪寸よしていん テムについては、今後、関係機 すぐに協議に入れるよう要きたいとのことでした。 み これらの要望は、以前から関〇 関と協議するとなっているので請をしました。 わ す。 係機関には要請してきておりま〇 次に、交通運賃の割引制度に の 亠な したが、なかなか実現すること〇 これらの内容を受けて、 8 月ついてです。 〇み はありませんでした。 日に県との交渉に臨みまし本県においては、全国でも数 そのような中、やっと県立の 少ない精神障がい者の交通運賃 〇、一 精神科病院ができるということ 当会の要望としては、時間割引制度が全く行われていない 〇ペ になったのです。 365 日対応可能な精神医療相ということもあって、精神障が 〇諸 談窓口や精神科救急情報センタい者にも交通運賃の割引が受け 我々は、県が、この県立の精〇 ーなどの設置、さらに、時間外られるよう、県の協力を要望し神科病院を最新のものとし、そ 二一醇