鹿待っ君が』 ( 卷七・一二六二 ) 、『八峰には霞たなびき谿べには椿花さき』 ( 卷十九・四一七七 ) 等 よしぬ みくまり の如く、疊まる山のことである。なほ集中、『棘さぶる磐根こごしきみ芳野の水分山を見れ たづさ ばかなしも』 ( 卷七・一一三〇 ) 、『黄葉の過ぎにし子等と携はり遊びし磯を見れば悲しも』 ( 卷 すがた 九・一七九六 ) 、『朝鴉はやくな鳴きそ吾背子が朝けの容儀見れば悲しも』 ( 卷十二・三〇九五 ) 等 の例があるが、家持のには家持の領域があっていい。 うた この歌の近くに、『朝床に聞けば遙けし射水河朝漕ぎしつつ唱ふ船人』 ( 四一五〇 ) といふ歌 がある。この歌はあっさりとしてゐるやうで唯のあっさりでは無い。そして輕浮の氣の無し のは獨り沈嶝の結果に相違ない。 ますらをな ひと 丈夫は名をし立つべし後の代に聞きぐ人も かた 大件家持 語 , りぐがね〔卷十九・四一六五〕 大伴家持作、慕」振一功士之名一歌一首で、山上憶良の歌に追和したと左注のある長歌の反歌 をのこ むな である。憶良の歌といふのは、卷六 ( 九七八 ) の、『士やも室しかるべき萬代に語り繼ぐべき 名は立てすして』といふのであった。憶良の歌は病牀にあって歎いたものだが、家持のは、 のち 172
こまっ きし まきむく やま あしび会の山かも高き卷向の岸の子松にみ雪 柿本人置歌集 降う來る〔卷十・二三一三〕 卷向は高い山だらう。山の麓の崖に生えてゐる小松にまで雪が降って來る、といふので、 卷向は成程高い山だと感ずる氣持がある。『岸』は前にもあったが、川岸などの岸と同じく、 山と平地との境あたりで、なだれになってゐるのを云ふのである。『山かも高き』といふやう な云ひ方は既に幾度も出て來て、常套手段の如き感があるが、當時の人々は、いつもすうつ とさういふ云ひ方に運ばれて行ったものだらうから、吾々もそのつもりで味ふ方がいいだら う。『岸の小松にみ雪降り來る』の句を私は好いてゐるが、小松は老松ではないけれども相當 に高くとも小松といったこと、次の歌がそれを證してゐる。 あわゆき こまつうれ まきむくひはら 卷向の檜原もい寸だ雲ゐねば子松が末ゅ沫雪 柿本人置歌集 流る〔卷十・二三一四〕 たか ゆき
歌である。ただ現代語と違って古語だから、輕薄に聞こえずに濃厚に聞こえるのである。お もひがけず、突然に、といふのを『念はぬに』といふ。『念はぬに時雨の雨は降りたれど』 ゑま ( 卷十三二二七 ) 。『念はぬに妹が笑ひを夢に見て』 ( 卷四・士一八 ) 等の例がある。『歡しみと』 うれ の『と』の使ひざまは、『歡しみと紐の緒解きて』 ( 卷九・一士五三 ) とある如く、『と云って』 の意である。にこにこと匂ふやうな顏容をば、『笑まむ眉引』といふのも、實に旨いので、古 語の優れてゐる點である。やはり此卷 ( 二五一一六 ) に、『待つらむに到らば妹が歡しみと笑ま むすがたを行きて早見む』といふのがあり、大に似てゐるが、この方は常識的で、從って感 味が淺い。なほ、卷十一一 ( 三一三八 ) に、『年も經ず歸り來なむと朝影に待つらむ妹が面影に 見ゅ』といふのもある。 おも いもたもと 斯くばかう戀びむものぞと念はねば妹が袂を 纏かぬ夜もあう会〔卷十一・一一五四士〕作者不詳 作者不明。こんなに戀しいものだとは思はなかったから、妹といっしょに寢ない隗もあっ たやす たのだが、かうして離れてしまふと堪へがたく戀しい。容易く逢はれた頃になぜ毎晩通はな うれ
寄〉物述レ思の一首。難波の人が葦火を焚くので家が爍けるが、おれの妻もそのやうにもう 古び煤けた。けれどもおれの妻はいつまで經っても見飽きない、おれの妻はやはりいつまで も一番いい、といふので、若い者の甘い戀愛ともちがって落著いたうちに無限の愛情をたた へてゐる。輕い諧謔を含めてゐるのも親しみがあって却って好いし、萬葉の歌は萬事寫生で あるから、縱ひ平儿のやうでも人間の實際が出てゐるのである。『靑山の嶺の白雲朝にけに 常に見れどもめづらし吾君』 ( 卷三・三七七 ) 、『住吉の里行きしかば春花のいやめづらしき君 にあへるかも』 ( 卷十・一八八六 ) 等の例がある。結句ツネメヅフシキとも訓んで居り、いづれ でも好い。 まっかけ み 馬の音のとどともすれば松蔭に出でてど見つ けだ 作者不詳 る蓋し君かと〔卷十一・二六五三〕 結句、原文『若君香跡』で、舊訓モシハ・キミカト、考モシモ・キミカトであったのを古 ケダシクモ ケダシヒト ~ テ 義でケダシ・キミカトと訓んだ。若雲 ( 卷十二・二九二九 ) 、「若人見而』 ( 卷十六・三八六八 ) の 例がある。なほ田王の『古に戀ふらむ鳥は公鳥蓋しゃ鳴きし吾が慧ふるごと』 ( 卷二・一 けだ
0 のと うみ つき ゅ 能登の海に釣する海人の漁火の光にい往く月 作者不詳 待ちがて〔卷十二・三一六九〕 まだ月も出ず暗いので、能登の海に釣してゐる海人の漁火の光を賴りにして歩いて行く、 月の出を待ちながら、といふので、やはり相聞の氣持の歌であらう。男が通ってゆく時の或 時の逢遭を詠んだものと解釋していいだらうが、比較的獨詠的な分子がある。『光に』の『に』 といふ助詞は此歌の場合には注意していいもので、『み空ゆく月の光にただ一目あひ見し人 すけき し夢にし見ゆる』 ( 卷四・士一〇 ) 、『玉だれの小簾の隙に入りかよひ來ね』 ( 卷十一・二三六四 ) 、 『淸き月夜に見れど飽かぬかも』 ( 卷二十・四四五三 ) 、『夜のいとまに摘める芹これ』 ( 卷二十・ 四四五五 ) 等の『に』と同系統のもので色調の稍ちがふものである。なほ、『タ闇は道たづた づし月待ちて往かせ吾背子その間にも見む』 ( 卷四・七〇九 ) と此歌と氣持が似て居る。いづれ にしても燈火を餘り使はずに女のもとに通ったころのことが思出されておもしろいものであ - る。 つり あま いさりび ひかり 1C4
かったのか、と歎く氣持の歌である。當時の男女相逢ふ状態を知ってこの歌を味ふとまこと に感の深いものがある。ただこのあたりの歌は作者不明で皆民謠的なものだから、そのつも りで味ふこともまた必要である。卷十二 ( 二九二四 ) に、『世のなかに戀繁けむと思はねば君 が袂をかぬ夜もありき』といふのがあり、どちらかが異傅たらうが、卷十一の此歌の方が 稍素直である。 おもかく 相見ては面隱さるるものからに繼ぎて見まく きみ の欲し会君かも〔卷十一・二五五四〕作者不詳 作者不明。お目にかかれば、お恥かしくて顏を隱したくなるのですけれど、それなのに、 度々あなたにお目にかかりたいのです、といふ女の歌である。つつましい女が、身を以て迫 わもがくし るやうな甘美なところもあり、なかなか以て棄てがたい歌である。『面隱さるる』は面隱を おもが・ - 、し するやうに自然になるといふ意。『玉勝間逢はむといふは誰なるか逢へる時さへ面隱する』 ( 卷十二・二九一六 ) の例がある。『ものからに』は、『ものながらに』、『ものであるのに』の意。 『路遠み來じとは踟れるものからに然かぞ待つらむ君が目を欲り』 ( 卷四・士六六 ) の『ものか あひみ っ
には、『浮沙』、『白細砂』とあって、やはり砂のことを云ってゐるし、なほ、『八百日ゆく濱 まな 1 」 の沙も吾が戀に豈まさらじか奧っ島守』 ( 卷四・五九六 ) 、『玉津島磯の浦廻の眞砂にも型ひて行 まなご さがむちょろぎ かな妹が觸りけむ』 ( 卷九・一七九九 ) 、『相模路の淘綾の濱の眞砂なす兄等は愛しく思はるるか も』 ( 卷十四・三三士二 ) 等の例がある。皆相當によいもので、萬葉歌人の寫生カ・觀入態度の 雋敏に警かざることを得ない。 〇 あさがしは、フるはかはべ しぬ 朝柏閏八河邊の小竹の芽のしぬびて宿れば に見えけり〔卷十一・二七五四〕 作者不詳 此歌は『しぬびて宿れば夢に見えけり』だけが意味内容で、その上は序詞である。やはり うるわかはべ し灯 此卷に、『秋柏潤和川邊のしぬのめの人に偲べば君に堪へなく』 ( 二四士八 ) といふのがある。 この『君に堪へなく』といふ句はなかなか佳句であるから、二つとも書いて置く。このあた りの歌は、序詞を顧慮しつつ味ふ性質のもので、取りたてて秀歌といふほどのものではない。
色を保存したいのである。 この歌は、志貴皇子の他の御歌同様、歌調が明朗・直線的であって、然かも平板に墮るこ となく、細かい顫動を伴ひつつ莊重なる一首となってゐるのである。御懽びの心が印ち、 『さ蕨の ~ 明えいづる春になりにけるかも』といふ一氣に歌ひあげられた句に象徴せられてゐ るのであり、」」 ハ瀧のほとりの蕨に主眼をとどめられたのは、感覺が極めて新鮮だからである・ この『けるかも』と一氣に詠みくだされたのも、容易なるが如くにして決して容易なわざで 込さ はない。集中、『昔見し象の小河を今見ればいよよ淸けくなりにけるかも』 ( 卷三・三一六 ) 、 こだか のぼ 『妹として二人作りし吾が山齋は木高く繁くなりにけるかも』 ( 卷三・四五一 D 、『うち上る佐保 の河原の靑柳は今は春べとなりにけるかも』 ( 卷八・一四三 = l) 、『秋萩の杖もとををに露霜おき ま - 」と 寒くも時はなりにけるかも』 ( 卷十・二一士〇 ) 、『萩が花吹けるを見れば君に逢はず眞も久にな くれなゐやしほ りにけるかもス卷十・二二八〇 ) 、『竹敷のうへかた山は紅の八入の色になりにけるかも』 ( 卷 十五・三七〇三 ) 等で、皆一氣に流動性を持った調べを以て歌ひあげてゐる歌であるが、萬葉 の『なりにけるかも』の例は實に敬服すべきものなので、煩をいとはず書拔いて置いた。そ して此等の中にあっても志貴皇子の御歌は特にその感情を俥へてゐるやうにおもへるのであ る。此御歌は皇子の御作中でも優れてをり、萬葉集中の傑作の一つだと謂っていいやうであ
もみち 『君が家の黄葉の早く落りにしは時雨の雨に沽れにけらしも』 ( 卷十・二二一七 ) といふ歌があ るが平板でこの歌のやうに直接的なずばりとしたところがない。また『霍公鳥しぬぬに沽れ て』 ( 卷十・一九七士 ) 等の例もあり人間以外の沽れた用例の一つである。結句の『色づきにけ り』といふのは集中になかなか例も多く、『時雨の雨間なくし零れば眞木の葉もあらそひか ねて色づきにけり』 ( 一一一九六 ) もその一例である。 おほさか しぐ 大坂を吾が越え來れば二上にもみぢ流る時 れふ 作者不詳 雨零りつつ〔卷十・二一八五〕 大坂は大和北葛城郡下田村で、大和から河内へ越える坂になってゐる。二上山が南にある から、この坂を越えてゆくと、二上山邊の黄葉が時雨に散ってゐる光景が見えたのである。 『もみぢ葉ながる』の『ながる』は水の流ると同じ語原で、流動することだから、水のほか に、『沫雪ながる』といふやうに雪の降るのにも使ってゐる。併し、水の流るるやうに、幾ら か横ざまに斜に降る意があるのであらう。『天の時雨の流らふ見れば』 ( 卷一・八一 l) 、『ながら ふるつま吹く風の』 ( 卷一・五九 ) を見ても、雨・風にナガルの語を使ってゐることが分かる。 たがみ
らに』も同様で、おいでにならないとは承知してゐますのに、それでも私はあなたをお待ち してゐますといふ歌である。白樂天の琵琶行に、猶抱一一琵琶一半遮」面の句がある。 きみ ひとめぐ さと 人も無古うにし鄕にある人を愍くや君が戀 作者不詳 に死なする〔卷十一・二五六〇〕 作者不明であるが、舊都にでもなったところに殘り住んでゐる女から、京にゐる男にでも 遣 0 た歌のやうに受取れる。もう寂しくなって人も餘り居らないこの舊都に殘「て居ります 私に、可哀さうにも戀死をさせるお 0 もりですか、とでもいふのであらう。『めぐし』は、 『妻子見ればめぐし愛し』 ( 卷五・〈〇〇 ) 、『妻子見ればかなしくめぐし』 ( 卷十《・四一〇六 ) 等の 『めぐし』は愛情の切なことをあらはしてゐるが、『今日のみはめぐしもな見そ言咎むな』 ( 卷九・一七五九 ) 、『こころぐしめぐしもなしに』 ( 卷十七・三九七八 ) の『めぐし』は、むごくも 可哀想にもの意で前と意味が違ふ、その意味は此處でも使ってゐる。語原的にはこの方が本 義で、心ぐし、目ぐしの『ぐし』も皆同じく、『目ぐし』は、目に苦しいまでに附くことから 來たものであらうか。結句從來シナセムであったのを、新考でシナスルと訓んた。 こひ